同値関係 と価値形態論
永 田 聖
Equi va l e nc eRe l a t i o n a nd Fo r m o fVa l ue
Se i j i NAGATA
1.はじめに
「貨 幣 は財 を購入 す るが、財 は貨 幣 を購 入 しない。 そのため、貨幣的作用 の運行 を研究 す るための本来 の場 は、直接、財市場で あ る。 これが本書 の中心 テーマであ る。」 1)
この ような宣言 をかか げて、購買 とい う行為 にかんす る貨幣 と商 品 との非対称性 に読者 の 注意 を喚起 した に もかか わ らず、パ テ インキ ンは、 それ につづ く議論 のなかで は、 この よ うな試行 を うま く処理 す るこ とがで きず、せ っか くの野心的な企 て も、せ いぜ い、商品需 要 が、相対価格 だ けで はな く、保有す る金融資産 の実質価額 に も依存す る とい う、 いわゆ る 「実質残高効果」を紹介 す るだ けに終 わ った。 かれの採用 した経済モデルが、 ワル ラス に起源 を発 す る交換 の一般均衡 モデルで あ る以上、 このモデルがオ リジナルな タイ プの ま まで は、経済変数 の実質値 は、 すべ て、各人 に与 え られた商 品の初期賦存量 と、各種商品 へのめいめいの主観 的 な評価 づ けだ けの情報 か ら決定 されて しまい、 その結果、貨幣 に残 された課題 は、 たかだか、絶対的な物価水準 を決定 す るだ け とい う 「貨幣 ヴェール観」が 導かれ、実物界 と貨 幣界 とに境界 を定 め る 「古典派二分法」 の世界 に陥 って しま う2)。 そ こで、 その打開策 として、 いわば苦 しまざれ に、需要関数 のなか に保 有金融資産 の実質価
1)パ テ インキン【32]訳書Ⅹ iページ。 なお、 すべての経済 システムに共通 な非歴史 的な概 念 で あ る 「財」 とい う用語 を、商品経済 に特有 なそれ 「商 品」 に代 えて使用 してい る とい う点で は、パ テ インキンは、 いわゆ る 「近代経済学」 に共通 な誤 りを犯 してい る が、 それ に輪 をか けて、 そ こで は、かれ は、 なん らかの使用価値 を もつ ものを 「商品」
とす る一方で、 この 「商品」 に貨 幣 を含 めた全体 の和集合 を 「財」 とよぶ混乱 まで披 露 して い る。 た とえば、訳書34ペ ージ参照。 もっ とも、 この引用文 で意味 す る 「財」
には、 あ き らか に、貨 幣 は含 まれ ないので、用語上の首尾一貫性 まで欠如 してい るの で はあ るが。
2)根岸
[ 2 7 ]
を引用 すれば、「ワル ラス はい よい よ最後 に貨 幣 を導入 します。 ところが、貨 幣が な くて もうま くい って い る経済 に貨 幣 を持 ち込 もうとい うわ けですか ら、せ っか く貨 幣が最後 に真 打 ち よろ し く登場 して も、 もはや なすべ き仕事 はほ とん ど残 っていない とい う非常 に皮 肉 な結果 にな ります。 ‑貨 幣の役割 は物価 を決 め る とい うこ とだ けです。 ‑・最後 に出て くる真打 ちに して はい ささか役不足 とい うこ とに、 ワル ラスの世界 の貨 幣 はなって し まい ます。」 (261‑262ページ)
額 とい うあ らたな変数 を導入 して、強 引に、実物界 と貨 幣界 との リンクを設 け、安直 に、
両体系の同時決定方程式 として問題 を倭小化 して しまったのがパ テインキン ・モデルであ ると解釈す ることもで きるだ ろう。
また、 さきの引用文では、貨幣で商品を買 うことはで きて も、逆 に、商品で貨幣を買 う ことはで きない とい う意味で、パ テインキンは、事実上、 ほかの どんな商品に も代役 をつ とめ ることがで きない、一般的等価物 としての貨幣の独 占的な地位 を認 めてい るのではあ るが、 この ことか ら、 なぜ、貨幣の作用 を分析 す る場が商品市場 にな るのか については、
明確 な根拠 を提示 してはいない。 「商品」、 「財」、 そ して貨幣 をめ ぐる、かれが使用す る用 語上の混乱 をみれば、 あきらか に、商品 と貨幣 とは、議論の前提 として、 「マナの ように」
は じめか ら天下 り的に与 え られ、 その存在が保証 されてい るので、商品のなかか ら特定 の 商品が出現 し、 それが一般 的等価物 としての独 占的地位 を占め るようになって はじめて貨 幣が登場 す る とい う価値形態論 に類 した考 えは毛頭 もないはずである。 ともあれ、文言 ど お り解釈すれば、貨幣は商品を買 えるので、貨幣の効果 は、 この購買 とい う行為 を通 じて、
直接、商品市場 にあ らわれ る、 これにたい して、一般 に、商品で貨幣は買 えないのだか ら、
商品か ら貨幣への反作用 は考慮 しな くて もよい、 とで もい うのであろ うか ? それ とも、
一般均衡理論が信奉す る、 「消費者」の予算制約式の総計 として導かれ る恒等式が もた ら す 「ワル ラスの法則」 を認 めれば、 「財」 と貨幣を含 めたすべての市場 のなかで、 1つだ け は従属 にな り、の こりの市場 さえ均衡 すれば、 自動的に、 この市場 の均衡条件 はみた され るので、 「財」市場 の均衡 さえ注 目すれ ば、貨 幣市場 の様相 も、 その鏡像 として余 す とこ ろな くとらえ るこ とがで きる、 と考 え るのか ? もっ とも、後者 の ばあい、 そ もそ も、
「ワル ラスの法則」 自体か らは、除去 され る市場 には、 どんな優先順位 もつ けることがで きないので、貨幣の均衡条件 を消去す る積極的な理 由づ けには、 いささか説得力 に欠 ける ように もお もえるのではあるが。 いずれ に して も、パ テインキンの この断言 は、物々交換 か らの議論 の延長線上 に、天下 り的に、 い きな り、貨幣が 自明な存在 として与 え られた、
特殊 な土壌か ら醸成 された ものであると、結論で きるだろう。
なお、 ポス ト ・ケイ ンジアンの立場か ら、パテインキンが依拠す る一般均衡理論の現実 妥当性 には懐疑 の念 を示 し、 ワル ラス ・モデルを評 して、配給 された便宜品を各 自の噂好 に応 じて相互 に交換 しあ う 「捕虜収容所」の世界である と郷旅 す る、 ジ ョー ン ・ロビンソ ンで あって も、 その批判 の論拠 といえば、 そ こには、 「現在 と将来 とを結 びつ ける」価値 保蔵手段 としての貨幣が欠 けている とい う、 ケイ ンズ直伝の流動性選好説 の立場か らの批 判がみ られ るにす ぎない3)。 その点で、不意の支払 いに備 える必要性、 または、販売代金 の授受 に応 じて期首か ら期末‑向けて変動す る貨幣残高のいわば在庫管理の問題、 あ るい は、ほかの代替的な資産 と比較 した利子生み資本 としてのポー トフォ リオ選択問題 として、
貨幣保有の動機 を根拠づ けようとす る、パテ インキンや、かれ以後、一般均衡理論の流れ
3)ロビンソン[331訳書27ページ。 なお、資本主義的生産 とい う観点 を欠 いた純粋交換 モ デルの不毛性 を、谷崎潤一郎の 『小 さな王国』 とい う小説 を題材 に、指摘 した ものに、
向坂
【 3 5
】があ る。 また、生産 を欠いたシステムが、 マ クロ的にみれば、正 の利潤 を と もな う価格の根拠づ げに失敗す ることについては、永 田[23】参照。を継 ぐ新古典派貨幣理論の提唱者たち と、皮肉にも、軌 を一 にす る側面 さえ うかがえる4)0 かれ らは、 ともに価値保蔵手段 としての貨幣の役割 を強調 し、 いわば蓄蔵貨幣の側面か ら 経済 システムを照 らし出そ うとしているのであるが、 そもそも、流通手段 としての貨幣 と 支払い手段 としての貨幣 とを結びつ け、 ひいては、利潤獲得の手段 として資本 に転化す る ための媒介項 になるはずの蓄蔵貨幣の存在 を、はじめか ら議論の前提 に置 けば、論理的に みればそれ以前に解決 され るべ き一般的等価物 としての貨幣の役割 を解明で きるはずがな い ことは、 あきらかであろう。 とくに、一般均衡理論の世界では、商品所有者のあいだの 交換過程その ものを議論の対象に設定 しているために、貨幣 とい う一般的等価物な しには、
直接 にせ よ間接 にせ よ、交換が不可能であるとは思い もよらず、せ いぜ い、計算単位 とし ての貨幣な しには価格表示の統一性 に欠けるため取引が煩雑 ・不便である、 あるいは、貨 幣な しでは条件が折 り合 う交換相手を捜 し出すための取引 コス トがか さむ とい う程度の認 識 に とどまることになろう。 このような交換過程論 と一体化 した価値形態論の問題 につい ては、 『資本論』で展開 され る価値形態論 と交換過程論 とのかかわ りあいの問題 として、
次節以後で もとりあげよう。
2.
『資本論』における使用価値 と交換価値『資本論』の冒頭で、マルクスは、資本主義経済では、富は膨大 な商品群 として姿をあ らわ し、 この富 を形づ くる個々の要素が商品であると道破 して、人々のなん らかの欲望 を みたす 「財」 とい う非歴史的で一般的な概念ではな く、分析の出発点には、 この経済シス テムを特徴づ け、 また、 このシステムの基底 にすわる商品を位置づ けた。 そ して、商品に は、 その有用性 を反映す る使用価値 と、他の商品 と交換 され る比率 としてあ らわれ る交換 価値 とい う2つの要因があるが、前者 は後者の 「素材 的担 い手」 として、商品が交換価値 をもつための消極的ないわば必要条件ではあるが、交換価値 その ものを左右す るのに十分 な積極的要因にはな らない と判断 し、 これ以降、交換価値の分析 に進んでい く。なぜな ら、
このシステムでは、富 は、直接、むき出 しの まま素材的な姿であ らわれ るのではな く、 あ くまで交換価値 を ともなった一群の商品の姿を呈することになるか らである。
こうして、マルクスは、交換価値の分析へ と進むのであるが、議論の出発点で、かれは、
xo(‑1)単位の商品
0
は、商品1
のxl量、商品2
のx2量、商品3
のx3量、‑、商品iのx‑量、‑な ど、さまざまな商品のそれぞれ異なった量 と交換 され ることに注 目す る。 ここでは、交換価値 その ものは、
∬o=∬1,∬0=∬2,∬0=∬3,‥●,∬0=ガタ,…
とい うふ うに、 さまざまなかたちで表現 されてはいるが、表現す る形式 は違 って も、 これ らは共通 に、おなじ∬o単位の商品
0
の交換価値 をあ らわ しているはずである。 そう判断 した かれは、交換価値 にかんする2つの命題 を主張す る。Ⅰ .1
つの商品の交換価値 を表現す るには、交換 の対象 となる各種商品に応 じて、 さ4)一般均衡理論 の立場 に立つ貨幣 ・金融理論 につ いては、 た とえば、永谷[24]・【25]、 あるいは、ニーハ ンス[28]な どがある。 なお、 「貨幣理論 と価値理論 との総合」を唱え るいわゆる 「パテインキン論争」については、ジ ョンソン【12]第ⅥⅠ章参照。
まざまな形式が成立 しうるが、 これ らすべての形式 をつ うじて表現 され る共通 の 要素がある。
ⅠⅠ.交換価値 は、 この共通 に存在 す る 「実質」 5)のひ とつの表現形式、 あ るいは、 そ の 「現象形態」 にすぎない。
これ らの命題 に基づいて、交換価値 を表現す る、 さきの一連 の等式では、 それぞれの商品 の物理的な属性 は異 なるので、 その ような属性 とは別 に、質的にみて同一 な、 なん らかの 共通 の要素があ るはずであ ると、かれは、問題提起 す る。つづ けて、商品の物理的な属性 を反映す る使用価値 は、それぞれ異なった用途 に利用 され る質的相違が問題 にされ るため、
交換価値 の大小 を特徴づ ける、質的に同一で、 ただ量的 にだけ比較計量 され る差異 をもた らす ような要因の リス トか らは除外 して もよい と断定す る。 そ うす る と、 この ような使用 価値 の捨象 とい う 「ふ るい」 にか けたあ とで も、 なお商品 に残 ってい る共通の属性 は、唯 一、 それ らが、 ともに、労働生産物であ り、 しか も、使用価値 の捨象 と一蓮托生で、有用 性 を もた らす具体的有用労働 も消失 してい るので、 げっきょ く抽象的人間労働 の産物であ る とい う性質 だ けが最後 に残 る と結論づ ける。 こうして、 「価値 を形成 す る実体」 は、 こ の抽象的人間労働 の量であ り、 その量 は、 この商品を生産 す るために通常利用 され る生産 条件 の もとで、社会的にみて平均的な レベルの熟練や強度 に換算 して、必要 とされ る労働 時間で評価 され ることになる。
これ までみて きた ように、価値形態論の議論 を展開 しようとす る端緒 の段階で、 マル ク スは、すでに、労働量 とい う価値 の実体規定 を、 いわば勇み足的に、導入 して しまってい る。 この ことは、交換行為 その ものを考察の対象 とした ことや、 この段階ですでに労働生 産物だ けに対象 を限定 した ことと三位一体 になって、次節で述べ るように、価値形態論 に あ らわれ る 「等式」 の両辺 の役割 の逆転 とい う暴挙 を容認す るバ ックボー ンに もなった。
ともあれ、 「社会 的に必要 な労働時間」 が確立す る条件が整備 され、 しか も、超過利潤 の 獲得 をめ ぐる資本間の競争 をつ うじてそれが強制的に適用 され る とい うことは、生産活動 と切 り離 された商品交換行為 自体 は もちろん、 たんなる商品生産 とい う条件だ けか らも保 証 され るわけではない。 いわゆる 「労働力の商品化」 を契機 として、資本がなんで も生産 で きる環境が整 って、 は じめて、利潤獲得競争 を媒介 に した利潤率均等化 プロセスのなか で、各種生産部門への労働力の配分が調整 され、 それ と同時 に、 「社会 的に必要 な労働 時 間」 も確定 され るメカニズムが備 わって くるのである。 この ような資本主義社会 の再生産 プロセスの分析や、競争 をつ うじたシステムの運行 の全体像 の把握が必要 な ことが らにつ いては、 もはや、議論の端緒 に自明な前提 として認 めることが不適切 であることは、明 白 であろ う。事実、 『資本論』で も、 これ らのテーマは、第2巻、 あ るいは、第3巻 にな るま で議論 を控 え られてい る。 この ように、価値形態論 を展開す る前の段階で、価値 の実体規 定 を密輸す るような議論 は、論理的にみて、不適当であろう6)。
また、商品か ら使用価値 を捨象 したあ とにの こるのが労働生産物 とい う属性 だけである とい う議論 は、 いわゆ るマル クスの 「蒸 留法」 として知 られてい るが、 この離れ業 には、
5)
ここでい う 「実質」 とは、 これか ら本文でみてゆ くように、抽象的人間労働、 いわば 宇野のい う価値 の 「実体」 に相当す る。当然、 その限定性 の論拠 につ け込 む余地が生 じ、 ベーム‑バ ヴェル クを陣頭 に、つ ぎの よ うな批判 が浴 びせ か け られた。使用価値 を捨象 したあ とにの こるのが、 なぜ、労働生産物 とい う属性 だ けに限定 で きるのか ? ほか に も、共通 な属性 がの こっていないのか ? 有 り体 にいえば、 「効用 」 とい う共通 の性質 が認 め られ るはずで あ る !この よ うな主観価値 説側 か らの批判 にたい して、 ヒル フアデ イングが提 出 した回答 ・反批判 も、 げっ きょ くは、
価値 の実体規定 に依存 す る論拠であったために、説得力 に欠 けるよ うにお もわれ る7)。
3
. 『資本論』 におけるマルクスの価値形態論『資本論』 で は、 マル クス は、価値形 態論 の議論 に さきだ って、商 品 を規定 す る2つ の 要 因 として、人々 に有用性 を もた らす使用価値 と、 ほかの商品 との交換比率 として あ らわ れ る交換価値 とをあげてい る。 そ して、 ただ ちに、商品 をつ くりだす労働 の議論へ とすす み、 これ ら2要 因 に対応 して、労働 に も、 この商品 に有用性 を もた らす具体 的有用労働 と、
その交換価値 を形成 す る抽象的人間労働 とい う、2つの側面が あ る と述べてい る。
「すべ ての労働 は、一面 で は、生理学 的意 味での人 間の労働 の支 出で あって、 この同 等 な人間労働 また は抽象 的人間労働 とい う属性 において それ は商品価値 を形成 す るの で あ る。 すべての労働 は、他面で は、特殊 な、 目的 を規定 された形態での人間の労働 の支 出で あって、 この具体 的有用 労働 とい う属性 において それ は使用価値 を生産 す る のであ る。」 8)
この議論 とあわせ て、前節 で紹介 した、 マル クスの 「蒸留法」 と 「使用価値 の捨象」 とが 展 開 され、 この段 階で、 すで に、商 品価値 を究極 的 に規定 す る要因 は、抽象 的人間労働 で あ る と断定 され る。 そ して、 この断定が、 じつ は、 のちに、価値形 態論 の 「等号」 の逆転 を容認 す る伏線 とな るので あ る。 すなわち、 「等号」 が あ らわす2つの商品の等値 の背景 に は、 どち らも、抽象 的人間労働 として等 しい量が投下 されてい る とい う、暗黙 の想定が あ る。 そ こで、 以下 で は、 この想定 が、 『資本論』 のなかで価値形 態論 の論理 をいか に矛盾 と混乱 に導 いたか をみてゆ こう。
価値形 態論 で は、 は じめに、 いちばん単純で はあ るが、 そのなか には価値形態 のエ ッセ ンスが凝縮 されてい るケース として、2つの商 品のあいだの価値表現 をめ ぐる関係 で あ る、
6)日高[7]に よれ ば、労働 力の商 品化 を抜 きに した、 いわゆ る 「単純商 品生産社会」 は、
歴史 的 にみて も部分 的 な存在 にす ぎなか った し、 また、 そ こには労働量 を基準 として 交換 され るメカニズムは備 わっていない。 日高
[ 7 ] 1 7 ‑ 1 8
ページ。 また、伊藤[ 1 1 ]
第1
章 も参 照 。 な お 、 森 嶋【 21 ]
の 「価 値 ‑単 純 商 品 生 産 社 会 の価 格 」 説 につ い て は、Nagata【22]参照。
7)ベーム‑バ ヴェル クお よび ヒル フアデ イング[2】参照。 また、大 内 ・桜井 ・山 口[30】第
Ⅰ章 も参照。 なお、 この よ うなベームエバ ヴェル クの問題提起 は、 日本 で は、小泉信 三や高 田保馬 らに よって継承 されて、 山川均、河上撃や櫛 田民蔵 な ど、 マル クス擁護 者側 を交 えて、 いわゆ る 「価値論争」が展開 された。詳細 につ いては、 向坂編 [34】第3 編、 あ るいは、川 口【15]参照。
8)
マル クス[ 1 9 ]
訳書9 1
ページ。「簡単な価値形態」が、
x
量の商品A‑y
量の商品B
た とえば、2 0
エ レの リンネル‑1
着の上着 として紹介 され、 それぞれ、x
量の商品A
はy量の商品B
に値す る あるいは、2 0
エ レの リンネルは1
着の上着 に値す るとい うことを意味す るもの として定義 され る。 そ して、 この関係のなかで これ らの商品が 演ず る役割の相違点 について、つ ぎの ような、ただ し書 きがつ け加 え られている。
「ここで は二つの異種 の商品
A
とB
、 われわれの例 で は リンネル と上着 は、明 らか に二 つの違 った役割 を演 じてい る。 リンネルは自分 の価値 を上着で表わ してお り、上着 は この価値表現 の材料 として役立 っている。第一 の商品は能動的な、第二の商品は受動 的な役割 を演 じている。第一の商品の価値 は相対的価値 として表 わされ る。言 いか え れ ば、 その商品 は相対的価値形態 にあ る。第二の商品 は等価物 として機能 してい る。言いかえれば、 その商品は等価形態 にある。」 9)
「リンネルの価値 は、 ただ相対的に しか、 すなわち別の商品で しか表現 され えないの で ある。 それゆえ、 リンネルの相対的価値形態 は、 なにか別 の一商品が リンネルにた い して等価形態 にある とい うことを前提 しているのであ る。他方、等価物 の役割 を演 ず るこの商品は、 同時に相対的価値形態 にあ ることはで きない。 それ は自分 の価値 を 表 わ してい るのではない。 それ は、ただ別 の商品の価値表現 に材料 を提供 してい るだ けである。」 10)
すなわち、左辺 にあ らわれ る商品 リンネルは、 その価値 を単独 で は表現 で きないために、
他 の商品のかたちを借 りて価値表現 をお こなわざるをえない。 この ように、能動 的に価値 を表現 しようと働 きか けるがわの商品を、マル クスは、相対的価値形態 にある商品 とよん でいる。 これ にたい して、 その さい、価値表現の材料 として、 リンネルがわか ら、一方的 に採用 された商品が、 このケースでは、上着であ り、 この左辺 に位置す る受動的な役割 を 演 じるにす ぎない商品は、等価形態 にあるとよばれ る。 この ように、 マル クス本来の定義 で は、 「等式」の両辺 にあ らわれ る商品 は、価値 を積極 的に表明す る左辺 と、 そのための 材料 として受動的に採用 されたにす ぎない右辺 とは、 あきらか に、異な る役割 を演 じるこ
とが強調 されている。
ところが、 「等式」の意味す る常識 的な先入観 に幻惑 されたのか、 マル クスは、 その直 後 に、
「 2 0
エ レの リンネル‑1
着の上着 または、2 0
エ レの リンネルは1
着の上着 に値 す る とい う表現 は、1
着の上着‑2 0
エ レの リンネル または、1
着の上着 は2 0
エ レの リンネルに値9)
マル クス【 1 9 ]
訳書9 4 ‑ 9 5
ページ。1 0 )
マル クス[ 1 9
】訳書9 5
ページ。l l )
マル クス[ 1 9
】訳書9 5 ‑ 9 6
ページ。す る とい う逆関係 を含 んでい る。」 ll)
といって、両辺 にあ らわれ る商品の役割 にかんす る独創 的な区別 を、 あや う く、 だいな し にす る危 うさもあ るが、つづ いて、
「しか し、 そ うで はあって も、上着 の価値 を相対 的 に表現 す るため には、 この等式 を 逆 に しなけれ ばな らない。 そ して、 そ うす るや いなや、上着 に代 わって リンネルが等 価物 にな る。 だか ら、 同 じ商 品が 同 じ価値表現で同時 に両方 の形態で現 われ るこ とは で きないのであ る。 この両形態 はむ しろ対極 的 に排除 しあ うのであ る。」12)
とい う ぐあいに、や は り、 この 「簡単 な価値形 態」 で は、相対的価値形 態 と等価形態 との 峻別 は、維持 されていた といえ よう。
つづ いて、 マル クスは、 さきの 「簡単 な価値形 態」で は、 リンネルの価値 をあ らわす材 料 として、 た また ま上着が採用 された と想定 したが、 リンネルに とって、等価物 とな りう
る候補 は、上着 にか ぎ らず、 さまざまなヴァリエーシ ョンがあ りうることに注 目す る。
「個別 的 な価値形 態 はおのずか らもっ と完全 な形 態 に移行 す る。個別 的な価値形 態 に よって は、一商 品
A
の価値 はただ一つの別種 の商 品で表現 され るだ けで あ る。 しか し、この第二 の商品が どんな種類 の もので あ るか は、 まった くどうで もよいので あ る。 つ ま り、商 品
A
が他 の どんな商 品種類 にたい して価値 関係 にはい るか に したが って、 同 じ一つの商 品のい ろいろな単純 な価値表現が生 ず るので あ る。 ・・・商 品Aの個別 的 な価 値表現 は、商 品A
の いろい ろな単純 な価値表現 のい くらで も引 き延 ばせ る列 に転化 するので ある。」 13)
そ うす る と、 この 「拡大 された価値形態」 で は、 おな じ リンネルの価値 を表現 す る式で は あ るが、 そのための材料 として採用 され るさまざ まな等価物 ご とに、 い くつ もの 「等式」
が並列 され る。 すなわち、
Z量 の商品
A‑u
量の商品B
または‑
〃量 の商品C または‑
W量 の商品D または‑x
量の商品E または‑e t c.
た とえば、
2 0
エ レの リンネル‑1
着の上着 または‑1 0
ポ ン ドの茶 または‑4 0
ポ ン ドの コー ヒー または‑1
クオーターの小麦 または ‑2オ ンスの金 または‑1 / 2
トンの鉄または ‑その他
で あ る。
1 2 )
マル クス【 1 9 ]
訳書9 6
ページ。1 3 )
マル クス【 1 9
】訳書1 1 8
ページ。ところが、 この 「拡大 された価値形態」で も、や は り、価値表現が完成 の域 に達す るこ とはない。 マルクスによると、
「第一 に、商品の相対的価値表現 は未完成で あ る。 とい うのは、 その表示の列 は完結 す ることがないか らである。一つの価値等式が他 の等式 につなが って くる連鎖 は、新 たな価値表現の材料 を与 える新たな商品が現れ るごとに、相変 わ らずい くらで も引 き 伸 ばされ るものである。第二 に、 この連鎖 はば らば らな雑多な価値表現 の多彩な寄せ 木細工 をな してい る。最後 に、‑ この展開 された価値表現で表現 され るな らば、 どの 商品の相対的価値形態 も、他 の どの商品の相対的価値形態 とも違 った無限の価値表現 列である。」14)
すなわち、 「拡大 された価値形態」で は、 リンネルの価値表現 に とって、 さまざまな等価 物 を材料 として表現で きる とい うメ リッ トの裏面 には、等価物 とな りうるあ らたな商品の 出現が、完結す ることなき価値形態の列の延長 を もた らすにすぎない とい う難点 を ともな う。 したがって、 リンネルは、 さまざまな等価物のかたちで、 その価値表現 をえんえん と つづ けなけれ ばな らないが、 この ような事情 は、他 の商品に とって も回避で きず、 それぞ れの商品は、 まるでバベルの塔 につ どう人々の ように、各 自が採用 した さまざまな等価物 の ことばで、 ば らば らに、 はて しない価値表現 を くりかえす ことにな る。 その結果、統一 的な価値表現 を欠いた、 この形態は、各種等価物 の混沌の世界 におちいる。すなわち、
「展開 された相対的価値形 態の欠陥は、 それ に対応 す る等価形 態 に反映す る。 ここで は‑それぞれが互 いに排除 しあ う制限 された等価形態があるだけである。」15)
そ こで、 この ような 「拡大 された価値形態」の難点 を解決で きるような、 さらに うえの 段階の価値形態が求め られ ることにな るが、 マル クスの解決 は、安易 に 「等式の逆転」に うったえるものであった。 これでは、産湯 といっ しょに赤子 を捨てて しまうような もので、
いったん 「等式の逆転」 をみ とめて しまうと、せ っか く、価値形態の独創的な視座 として、
価値 を表現す る積極 的な相対的価値形態 と、 そのための材料 として受動的に採用 されたに すぎない等価形態 との峻別 を唱えたにもかかわ らず、はか らず も、両者 の役割 を、実質上、
おな じものに帰 して しまうこ とにな るので あ る。詳細 につ いては、次節で、 「関係」 とし て価値形態論 を再構成 す るさいに、ふたたびふれ ることにす る。 ともあれ、 マル クスに し たが えば、
「展開 された相対的価値形態 は、単純 な相対的価値表現 すなわち第一の形態の諸等式 の総計か ら成 っているにすぎない 。 た とえば、
2 0
エ レの リンネル‑1
着の上着2 0
エ レの リンネル‑1 0
ポン ドの茶 な どの総計か らである。1 4 )
マル クス[ 1 9
1訳書1 2 1
ページ。1 5 )
マル クス【 1 9
】訳書1 2 1
ページ。 なお、訳文で は、 「展開 された価値形態」 とい う表現 に なってい るが、等価物 のヴ ァリエーシ ョンの拡大 とい う意味 を考慮 して、本稿で は、宇野 にな らって、 「拡大 された価値形態」 とい う用語 を採用 す る。 なお、 「簡単な価値 形態」 とい う用語 も、訳文では、 「単純 な価値形態」 とい う表現 になっている。
しか し、 これ らの等式 は、 それぞれ、逆 にすればまた次の ような同 じ意味の等式 を も含んでいる。
すなわち
1
着の上着‑2 0
エ レの リンネル1 0
ポン ドの茶‑2 0
エ レの リンネル な どを含 んでいる。じっさい、 ある人が彼 の リンネルを他 の多 くの商品 と交換 し、 したが って また リン ネルの価値 を一連 の商品で表現す るな らば、必然的に他 の多 くの商品所持者 もまた彼 らの商品 を リンネル と交換 しなければな らず、 したが って また彼 らのいろいろな商品 の価値 を同 じ第三の商品で、すなわち リンネルで表現 しなければな らない。‑そ こで、
2 0
エ レの リンネル‑1
着の上着 または‑1 0
ポン ドの茶 または‑e t c .
とい う列 を逆 に すれば、すなわち事実上すで に この列 に含 まれてい る逆関係 を言 い表 してみれば、次 の ような形態が与 え られ る。」 16)この よ うに、 マル クスは、 「等式 の逆転」 とい う手品 にた よって、 「拡大 された価値形 態」
か ら 「一般的価値形態」への発展 を主張す る。 その さい、かれ は、 さきに注意 した抽象的 人間労働 の等値 の想定 とあわせて、 この引用文であきらかなように、 じっさいの商品の交 換過程 を念頭 に置 いて、 「等式の逆転」 を正 当化 しようとこころみてい るようであ る。交 換 がお こなわれ るときには、交渉の結果、相手 との条件が一致す るので、一方か らみた相 対的価値形態 と等価形態 との役割が、他方 に とっては、 まった く運転 してみえる。 しか も この とき、詐欺や無知 を別 にすれば、等労働 に もとづ く交換が条件 にな るはずだ、 とい う ような論理 なのであろ うか ? この ような議論 には、 あきらかに、価値表現の方法 として の価値形態論の論理 と、 じっさいの交換 プロセス としての交換過程論 との論理の混濁がみ
られ る。 ともあれ、か りに、 「拡大 された価値形態」 を逆転で きるとすれば、
1着の上着 10ポン ドの茶 40ポン ドの コー ヒー 1クオーターの小麦 2オ ンスの金 1/2トンの鉄
x
量の商品A等々の商品
2 0
エ レの リンネルとい う、 「一般的価値形態」 をえる。
この 「一般的価値形態」 にかん して、 マル クスは、つ ぎの ような注意 をあたえている。
「いろいろな商品 はそれぞれの価値 を ここで は (‑)単純 に表 してい る。 とい うのは、
ただ一つの商品で表 しているか らであ り、 そ して (二)統一的に表 してい る、 とい う のは、 同 じ商品で表 してい るか らであ る。諸商品の価値形態 は単純で共通であ り、 し たがって一般的である。」 17)
1 6 )
マル クス【 1 9 ]
訳書1 2 2 ‑ 1 2 3
ページ。すなわち、共通 の等価物 として採用 された商品 をのぞ く、 すべての商品 は、 この共通 の商 品だけの タームで、価値表現 をお こない、 この共通 の商品以外 には、 けっ して、等価形態 におかれ ることはない。 さらに、
「前 のほ うの二つの形 態 は、 ‑ どち らの場合 に も、 自分 に一つの価値形態 を与 え るこ とは、 いわば個別商品の私事であって、個別商品は他 の諸商品の助力な しに これ をな しとげるのである。他 の諸商品は、 その商品 にたい して、等価物 とい う単 に受動的な 役割 を演ず る。 これ に反 して、一般的価値形態 は、 ただ商品世界 の共 同の仕事 として のみ成立す る。一つの商品が一般的価値形態 を得 るのは、 同時 に他 のすべての商品が 自分たちの価値 を同 じ等価物で表現す るか らにはかな らない。」 18)
いいか えれ ば、 「簡単 な価値形 態」 と 「拡大 された価値形態」 は、 ともに、価値 を表現 し ようとす る相対的価値形態 にある商品がわか らの、一方的な価値 の表明 にす ぎず、 その さ いた また ま価値表現の材料 として採用 された等価物がわの商品には関係 のない領域 の問題 を とりあつか ってい る、 いわば 「個別」の世界 のはな しで ある。 これ にたい して、 「商品 世界」 の共 同事業 として、合意の もとに、 1つの商品が この世界 の共通 の等価物 として採 用 され る ときに成 立 す るのが 「一般 的価値形 態」 で あ る。 この よ うに、 マル クス 自身、
「拡大 された価値形態」 と 「一般 的価値形態」 との立脚す る世界が違 うことを強調す るか らには、 ます ます、 さきの 「等式の逆転」 に依拠す る前者 の形態か ら後者への移行 の論理 が受 け入れ難 くお もわれ るの も当然であろ う。
なお、 マル クスは、つづ いて、 「一般的価値形態」か ら 「貨幣形態」‑の移行 を、う ぎ の ように言及 してい るが、一般的等価物 として金が採用 され、 この一般的等価物 としての 役割が貨幣の機能 にな る とい うことで、基本的には、 「一般的価値形態」 とおな じなので、
説明は省略す る。
「その現物形 態 に等価形 態が社会 的 に合生す る特殊 な商品種類 は、貨 幣商品 にな る。
言 いか えれば、貨幣 として機能す る。商品世界 のなかで一般的等価物 の役割 を演ず る とい うことが、 その商品の独 自な社会的機能 とな り、 したが って またその商品の社会 的独 占 となる。 この ような特権的な地位 を、‑ある一定の商品が歴史的にかち とった。
すなわち、金である。」 19)
2 0
エ レの リンネル 1着の上着1 0
ポン ドの茶 40ポン ドの コー ヒー 1クオーターの小麦1 / 2
トンの鉄x
量の商品A2
オ ンスの金1 7 )
マル クス【 1 9 ]
訳書1 2 3
ページ。1 8 )
マル クス[ 1 9
】訳書1 2 5
ページ。4.
「関係」 としての価値形態前節で検討 した ように、 『資本論』 にお けるマル クスの価値形態論 は、相対的価値形態 と等価形態 とい う、価値 を表現す るがわ とその材料 として採用 され るがわ とを峻別す る画 期 的な こころみを提起 したので はあ るが、 「価値等式」 の背後 に、価値 の実体 としての抽 象的人間労働 の等値 を想定 した り、取引者が相対す るじっさいの交換過程 を念頭 に置 いた りす る傾 向が、議論 の正常 な進行 を妨 げ、価値形態論 の論理 に矛盾 と混乱 を招 いた。 そ し て、 この混乱 は、 「拡大 された価値形態」か ら 「一般的価値形態」への移行 の論証 に 「等 号 の逆転」 とい う禁 じ手 をつか うさいに最高潮 に達 す る。 そ こで、以下で は、宇野
[ 3 8 ]
のアイデ ィアに もとづ いて、マル クスの価値形態論のなかか ら、抽象的人間労働 の等値 と 交換過程の様相 とをふ るい落 とし、純粋 な価値表現の観点か ら、論点 を整理 してみ よう。は じめに、 マル クス もしば しば使用 してい る 「関係」 とい うキー ワー ドに注 目 しよう。
じっさい、かれは、価値形態論 の意義 を 「諸商品の価値関係 に含 まれている価値表現の発展 をその最 も単純 な最 も目だたない姿か ら光 まばゆい貨幣形態 に至 るまで追跡す ること」20) と宣言 している。
「われわれが、価値 としては商品は人間労働 の単 な る凝 固で あ る、 と言 うな らば、 わ れわれの分析 は商品を価値抽象 に還元 Lはす るが、 しか し、商品 にその現物形態 とは 違 った価値形態 を与 えは しない。一商品の他 の一商品にたいす る価値関係 のなかで は そ うではない。 ここでは、 その商品の価値性格が、他 の一商品 にたいす るそれ 自身の 関係 によって現われて くるのである。」 21)
「価値 関係 の媒介 によって、商品
B
の現物形態 は商品A
の価値形態 にな る。言 いかえれ ば、商品Bの身体 は商品Aの価値鏡 にな る。商品Aが、価値体 としての、人間労働 の物 質化 としての商品Bに関係す ることによって、商品Aは使用価値Bを自分 自身の価値表 現の材料 にす る。商品A
の価値 は、 この ように商品B
の使用価値で表現 されて、相対的 価値 の形態 をもつのである。」 22)これ らの引用 か ら、価値 の実体 に関連 す る部分 をふ るい落 とし、価値 を表現 す る 「関係」
1 9 )
マル クス[ 1 9 ]
訳書1 3 0
ページ。 なお、金が一般的等価物 になる と、本来の使用価値 とは べつ に、価値表現の材料 とな ること自体が金の 「一般的使用価値」 として認 め られ る ようになるので、相対的価値形態がわにある商品の物理的な測定単位 ・取 引単位 に応 じて、 それ にみあ う金 の量 を表示す る とい う価値表現がお こなわれ ることを宇野[ 4 0】
は指摘 してい る。 マル クスの 「貨幣形態」の例 は、せ いぜ い、
YI O
Oシ ョップ ぐらい しか該当 しない とい うわけである。2 0 )
マル クス[ 1 9
1訳書9 4
ページ。2 1 )
マル クス【 1 9
】訳書9 8
ページ。 なお、 マル クスは、価値 の実体 としての抽象的人間労働 と価値形態 との関係 を、 同一の化学式 を もつ物質が、酪酸 と蟻酸 プロピル とい う異 な ったかたちで存在 す る とい う例 で示 しているが、宇野【 3 9 ]
は、 その ような例示 は不適 切 であ る とす る。 同一の化学式 を もつ分子の ヴァリエーシ ョンについては、 ウイル ソン
[ 4 3
】では、 グラフ理論の観点か ら採 りあげ られている。2 2 )
マル クス【 1 9 ]
訳書1 0 2
ページ。だ けに注 目 しよう。 その さい、宇野 に したがって23)、売 り手の立場 か ら価値表現 をみてゆ こ う。 と くに、価値形 態論 に商 品所 有者 を登場 させ た ほ うが論点が明確 にな る として、
『資本論』研究 に斬新 なエポ ックを切 り開いた、宇野のアイデ ィアは特筆 に値す る24)0 は じめに、議論の前提 として、
「 2
項関係」 と、 そのなかで も特殊 な意味 をもつ 「同値関 係」 とを導入す る25)。一般 に、集合Aか ら、要素aとbとを取 りだ して きた とき、aがbにた い してなん らかの 「関係」R
を もつ とき、記号Rを利用 して、a Rb
とあ らわす。定義か ら、通常
、a Rb
がかな らず Lもb Ra
を意味 しない ことは、 あきらかであ ろう。 そ して、 この ような 「関係」の うち、つ ぎの3
つの性質、a Ra
(反射律)a Rb
⇒b Ra
(対称律)a Rb
,b Rc
⇒a Rc
(推移律)をみたす特殊 な 「関係」 を 「同値 関係」 とよぶ。 マル クスの価値形態論 の推論 を
2
項関係 の表現 に翻訳 すれ ば、 これ ら3
つの性質 の どれ もみた され ないので はあ るが26)、 とくに、「等号 の逆転」問題 と関連す る性質が 「対称律」であ る。 この ことを検証す るまえに、 「逆 関係」 とい う概念 を導入 しよう。 すなわち、aがbにたい してなん らかの 「関係
」R
を もつとき
、b
はaか ら 「逆関係」R
11をはた らきか けられた として、記号b R‑ l a
で あ らわす。 ようす るに、 これ は、
a Rb
とおな じ内容 をbのがわか ら述べた にす ぎない27). また、2つの関係RとPとが 「等 しい」 とは、任意の要素臥 bにたい して、a Rb
Sa Pb
が成 り立つ ことと定義 され る。 この とき、 もし、対称律が成 り立てば、
a Rb
⇔b R
a いっぽ う、逆関係の定義か ら、a Rb
⇔b R
l1a なので、 けっきょく、b Ra
⇔b R1 a
であるか ら、相等の定義 によ り、関係Rと逆関係R 11とは完全 に一致 して しまう。
それで は、 これ らの道具 を利用 して、 『資本論』で展開 され る価値形態論 の議論 を、価 値の実体概念 にふみいれ ることな く、数学的な 「関係」概念 に翻訳 してみ よう。 はじめに、
2 3 )
宇野【 4 1 ] 2 3 7
ページ参照。 なお、宇野の価値形態論 は、売 り手である商品所有者がわか らの商品価値 の値づ げ として取 りあっかわれてい る点で、買 い手側 の主観的な評価 を 意味す る効用価値説 とは、 あきらかに、観点が異な る。2 4 )
宇野 ・向坂編【 3 8 】 1 5 7 ‑ 1 6 7
ページ参照。 なお、久留問【 1 7
1は、 『資本論』 に忠実 に、抽象 的人間労働 の等値が価値形態の等式 を根底か ら規定 してはい るが、 それが表現 され る 形式だ けを価値形態論で検討 してい る と解釈 し、 この ような解釈が 「正 当派」の 「定 説」 になっているようである。遊部【 1
】、麓【 5
1、飯 田[ 8 ]
、杉本[ 3 6 ]
な ども参照。2 5 )2
項関係や同値関係 については、た とえば、松坂【 2 0 ]
、石谷[ 1 0 ]
な どを参照。「簡単 な価値形態」では、 リンネル所有者が、所有す る商品 リンネルの価値 を、交換 を希 望す る商品上着の使用価値 のかたちをか りて、一方的に表明す る とい う関係 を、
「 2 0
エ レ の リンネルは1着の上着に値する」 とい う意思表明をあらわす記号、20リR上1
として表現 しよう。 この とき、 もし、 「等号の逆転」をみ とめれば、対称律
20リR上1 ⇒ 1上Rリ20
が成立す るので、上述の結果か ら、
1̲LRリ20 ⇔ 1上R 11リ20
したがって、 ほん らい、 リンネル所有者が リンネル
2 0
エ レの価値 を表現す るために、等価 物 として1
着の上着を採用 した とい う関係20リR̲ヒ1を、受動態の形式でいいかえた、1
着の上 着は等価物 として リンネル所有者か ら2 0
エ レの リンネルの価値 を表現す るために採用 され た とい う同義反復 にす ぎない内容が逆関係1上R‑1リ20の意味であ り、 いずれに して も、価値 を積極的に表明す るリンネル と、 その さい受動的に価値表現の材料 として採用 され るにす ぎない上着 とのあいだには、相対的価値形態 と等価形態 との逆転 は生 じない。逆関係では、受動態の表現であるため、左辺がわにあらわれ る商品は、形式上、主語の位置 にあるよう にみえるが、定義 にさかのぼってその内容 を検討すれば、依然 として、相対的価値形態に 立つ リンネル と、等価物の役割 を演 じるにすぎない上着 とのあいだに逆転 は生 じていない。
ところが、いったん、等号の逆転が認め られれば、 この受動態の形式で表現 された同義反 復 の関係1J:R‑1T)20は、形式上の逆転 に とどまらず、本質的な意味内容の変更 を ともな う関 係である1J‑R リ20に一致す る。後者 は、上着所有者が1着の上着の価値 を表現す るために等 価物 として リンネル
2 0
エ レを採用 した とい う内容 をあ らわす もので、あきらかに、相対的 価値形態がわに立つ商品 と等価形態 を演 じる商品 とのあいだに立場の本質的な逆転が生 じ ている。 これでは、価値形態論の検討のさい、導入 された、価値 を積極的に表現す る相対 的価値形態 と、 その表現のため採用 され る受動的な等価形態 とのあいだの峻別が無効 になり、せ っか くのマルクスの斬新的なアイディアも台無 しになって しまう。
26)反射律が成 り立たない ことは、注10)の引用文か ら、 あきらかであろう。ただ し、数 学的な取 りあっかいを容易 にす るために、便宜上、 「自分 自身が所有す る商品 と交換 可能」 と定義す るばあいがある。 また、一般 に、 リンネル所有者が上着 との交換 を希 望 し、同時 に、上着所有者が茶 との交換 を希望 した として も、かな らず Lも、 リンネ ル所有者が茶 との交換 を希望す るとはか ざらない し、た とえそ うであった として も、
交換条件が一致す るとはかざ らないので、推移律 も成立 しない。 なお、 クラウゼ
【 1 6 】
は、価値形態論 を交換過程論 の立場か ら考察 してい るために、価値形態論 の問題 を
「推移性問題」 に接小化 している。
27)数学的な定義か らいえば、 これ は、逆対応 に相 当す る。 同様 に、 「関係」の 「相等」
の定義は、対応のそれに準 じる。
5.
おわ りに本稿 で は、 『資本論』 におけるマル クスの価値形態論 の論理 をみて きたが、 「簡単 な価値 形 態」の考察でみ られ る相対的価値形 態 と等価形態 とを峻別 す る とい う慧眼に もかかわ ら ず、 「等号」 の背後 に抽象 的人間労働 の等値や交換過程論 の想定 をの こしたため、かれ は、
その論理 を一貫 させ るこ とはで きず、 「等号 の逆転」 とい う論理 の破綻 を もた らした こ と を、数学 的な 「関係」 の用語 で議論 した。 その さい、宇野 にな らって、価値形態論 を検討 す る段 階で は、抽象 的人間労働や交換過程論 に関係 す る問題 つ いて は差 し控 え、純粋 な価 値 の表現問題 として価値形態論 を再構成 す るこ とを意識 した。価値形 態論 で 「等号」 を記 号 として採用 す るの は ミス リーデ ィングだ とい うことは、従来、宇野 をは じめ さまざまな 人々 に よって指摘 され、 それ に代 わ る記号 として、 日高
[ 7
】や 山 口[ 4 4
】は矢 印‑ を使用 し、また、大 内
【 2 9
】で は⇒ とい う記号が採用 された りしてい る。前者 の記号 は、相対的価値形 態 に立つ商品がわか ら等価物への一方的な表現 を意味 し、 さ らに、後者で は、価値 が等 し い と主張 され る とい う意味 を付加 して、等号 と矢印 とを合成 した記号 と提 唱 されてい るよ うで あ る。 ところが、一般 に、後者 の記号 は、推論 の さい、十分条件 と必要条件 とのあい だの論理的 に成 り立つ関係 をあ らわす記号 を意味す るので、混乱 を招 きかねない。 そ こで、本稿 で は、一般 的 な 「関係」をあ らわす記号Rを使用 したので あ るが、 日高や 山 口が採用 した記号で あ る矢印‑ も、 じつ は、 グラフ理論 で は、一方通行 的な関係 をあ らわす 「有 向 グラフ」 の記号 として使用 されて い ることは、価値形 態論 の一方通行的な関係 とシ ンクロ ナイズ して興 味深 い。価値形 態論 をグラフ理論 の観 点か ら、 と くに、 「拡大 された価値形 態」 か ら 「一般 的価値形 態」へ の移 行 問題 をめ ぐって、再構成 す る課題 は、別稿 にゆず
る。
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