博 士 ( 医 学 ) 愛 尓 竺
学 位 論 文 題 名
HTLV‑I 持 続 感 染 ラ ッ ト T 細 胞 へ の ヒ ト CRIVI1 遺 伝子 導 入 に よ る HTLV‑I ウ イ ル ス 発 現 の検 討
学位論文内容の要旨
ヒ 卜T細 胞 自 血 病 ウ イ ル スI型(humanT一cell leukemia virus typeI;HTLVーI) が 成 人T細 胞 白 血 病(adultT―cell leukemia;ATL)の 原 因 ウ イ ル ス で あ る こ と が 判 明 し て か ら20余 年 が 経 過 し た 。 こ の 間 にHTLV―I遺 伝 子 に よ る 細 胞 腫瘍 化 の メカ ニ ズ ム に つ い て 多 く の 研 究 が 行 わ れ て き た が、HTLV−I感染 か らATL発 症に 至 る 分子 機 構 は 未 だ 完 全 に は 明 ら か に さ れ て い な い 。 そ の 理 由 の ひ と っ と し て 、HTLV−Iに 感 染 しT 細 胞 白 血 病 を 発 症 す る 動 物 モ デ ル が 確 立さ れ て いな い こ とが あ げ られ る 。 一般 に 実 験 動 物 と し て 用 い ら れ る マ ウ ス な ど 齧 歯 類 のHTLVーIに 対 す る 感 染 感 受 性は 極 め て低 い こ と が 知 ら れ て い る が 、 ラ ッ ト で は 複 数 のHTLV―I持 続 感 染T細 胞 株 が 樹 立 さ れ て い る 。 当 教 室 で は 、 近 交 系 ラ ッ ト を 用 い たHTLV―I持 続 感 染 モ デ ル を 作 製し 、 解 析し て き た 。 こ の う ちWKAH/Hkmラ ッ ト を 宿 主 と し た 持 続 感 染 系 で は 、 ヒ トHTLV−I感 染 者の 一 部 に 認 め ら れ る 痙 性 脊 髄 麻 痺 に 類 似 した 疾 患 の発 症 が 確認 さ れ てい る 。 しか し な が ら 、HTLV―Iの 持 続 感 染 が 成 立 し たど の 系 統の ラ ッ トに もT細胞 自 血 病の 発 症 は観 察 さ れ な か っ た 。最 近 、HTLV−Iが ヒ ト 以外 の 動 物細 胞 で 効率 良 く 増殖 で き ない の は 、ウ イ ル ス 粒 子 の 形 成 に 必 須 なHTLV−IRexの 働き を 支 持す る 宿 主細 胞 性 因子CRMl (Exportin 1) の う ち、 ヒ ト 型の みHTLVーIに有 効 に 作用 す る ため で あ る可 能 性が報 告された 。CRM1 はnuclear export signal (NES)をも つ 蛋 白質 と 結 合し 、 こ れ を核 か ら 細胞 質 へ 輸送 す る 。HTLV―Iが 宿 主 細 胞 内 で 複 製 す る た め に はRNA genomeを 核 か ら細 胞 質 へ 輸送 す る 過 程 が 必 要 で あ り 、 こ の と きHTLV―Igenomic RNAは 自 己 の 産 物 で あ るRexと 結 合 す る 。Rexは 分 子 内 にNESを 有 レ て お り 、genomic RNAとRexの 複 合 体 が さ ら にCRM1 と 結 合 す る こ と に よ っ て 、HTLV−Igenomeが 核か ら 細 胞質 へ 輸 送さ れ る 。HTLV−Iに 感 染 し た ラ ッ トT細 胞 に お い て も 、 ラ ッ トCRM1のRexに 対 す る 支 持 活 性 が 低 い た め 、 十 分 な ウ イ ル ス 発 現 が 誘 導 さ れ ず 、 個 体 レ ベ ル で はT細 胞 白 血 病 の発 症 に 至ら な い 可 能 性 が 考 え ら れ る 。 本 研 究 で は 、 当 教 室 で 維 持 さ れ て い るHTLV―I持 続 感 染 ラ ッ 卜T 細 胞 株 に ヒ トCRM1遺 伝 子 を 導 入 し 、 実 際 に ウ イ ル ス 発 現 が 増 加 す る か ど う か を 検 討 した 。
は じ め に 、 通 常 の 培 養 状 態 で ヒ トCRM1遺 伝 子 を 導 入 し 、 ウ イ ル ス 発 現 の 変 化 を 検 討 し た 。HTLV一Iウ イ ル ス のgenomic RNAお よ び そ の 産 物 を 検 索 対 象 と す る た め 、 ス プ ラ イ シ ン グ を 受 け な いgag遺 伝 子 由 来 のp19蛋 白 質 の 発 現 を 検 討 し た 。 し か し な が ら 、 ヒ トCRM1遺 伝 子 導 入 後 のHTLV―I持 続 感 染 ラ ッ トT細 胞 株 の 培 養 上 清 中 にELISA
の検出感度以上のp19 は認められず、同細胞を溶解して検索しても同様であった。用 いた細胞株におけるHTLV ―I 発現の基礎値が低い可能性が考えられ、次に、BrdUrd で 刺激した細胞株を用いて実験を行った。BrdUrd で短期間刺激することにより、HTLV ―I 持続感染ラットT 細胞株におけるウイルス遺伝子の発現が増加することが知られて いる。今回の検討でも 50 ロg/ml のBrdUrd で3 日問刺激することにより、LEWIS ーSl 細胞においてgag 遺伝子の発現が約4 倍に増加した。一方、ヒトCRMI の発現はBrdUrd 刺激による HTLV ーI 遺伝子発現の増加になんら影響を及ぽさないことも確認された。
現在までに CRM1 の遺伝子転写因子としての機能は知られておらず、今回の実験結果 もそれに矛盾しない。
BrdUrd で刺激した TARS −1 の細胞溶解液中において39. lpg/ml のp19 が検出された
。 同 細胞 に ヒ ト CRM1 遺 伝子 を 導入 し た 場合 に は細 胞 溶解 液 中の p19 の 濃度は 60. 2pg/ml とさらに高値を示した。今回の検討ではラットCRM1 遺伝子導入のコント 口ールをおいていないため、ヒトCRM1 がラットCRM1 よりHTLV ―Ip19 の発現に対し てsupport ive に働くかどうかは明らかではない。しかし、 CRM1 がgag 遺伝子の発現 には影響を及ぼさないことを考慮すると、ラット細胞内に導入されたヒトCRM1 によ りHTLV −I の genomic RNA が核から細胞質に輸送され、その結果 p19 への翻訳が増加 した可能性が示唆された。今後、p19 以外のウイルス蛋白の発現について追試し、ヒ トCRM1 の効果をさらに確認する必要がある。TARS −1 以外の細胞株では、 B 「dUrd 刺激 とヒトCRM1 遺伝子導入を組み合わせてもELISA の検出感度以上の p19 発現は観察さ れなかった。ヒト CRM1 遺伝子を導入しなかったBrdUrd 刺激後の細胞株でELISA の感 度 以上のp19 が検出された株は TARS −1 のみであり、 TARS ― 1 が他の細胞株に比し HTLV −I ウイルスを発現しやすい株である可能性がある。BrdUrd で刺激レたTARS ―1 の ように、ある程度以上のHTLV −I 遺伝子の発現があるラット細胞にヒトCRM1 を強制発 現させることにより、HTLV −I ウイルス発現の誘導を期待できることが示唆された。
HTLV ― Igenome の 核 か ら細 胞 質へ の 輸送 に 関わ る もう ひ とつ の 分子として eukaryotic initiation factor 5A (eIF 一5A) が知られている。eIF ―5A は Rex がCRM1 と結合するより先にRex と結合するか、もしくは CRM1 と複合体を形成してRex に結 合する可能性が示唆されている。ヒトCRM1 とラットeIF ― 5A が機能的に十分な結合を するかどうかは検討していないため不明である。仮にeIF ―5A とCRM1 が複合体を形成 することが Rex との結合に必要であるなら、ラット細胞にHTLV ―I に対する高感受性 を誘導するためにはヒトCRM1 と同時にヒト eIF 一5A も強制発現させる必要があるかも しれない。今回の検討では、細胞溶解液中にp19 の発現が認められたときの培養上清 中にp19 は検出されなかった。培養液量による希釈の影響は無視できないが、ほかの ヒト因子が HTLV ― I ウイルス発芽の最終段階に関わっているとの報告もあり、ヒト CRM1 の強制発現だけではラッ卜に HTLV −I に対する高感受性を誘導できない可能性も 考えられる。
今後さらに、この´ロvi tro での遺伝子導入系を用いて HTLV ―I の複製に不可欠なヒ ト因子を解明することにより、それらの因子の役割を明らかにしていける。また、そ れらの遺伝子を導入することによりATL 発症モデル作製に必要と考えられるHTLV 一I 高 感 受 性 宿 主 と な る ラ ッ ト の 作 製 が 可 能 に な る と 期 待 さ れ る 。
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学 位 論 文 審 査 の 要 旨 主 査 教 授 吉木 敬 副 査 教 授 小林邦彦 副 査 教 授 長嶋和郎
学 位 論 文 題 名
HTLV‑I 持 続 感 染 ラ ッ ト T 細 胞 へ の ヒ ト CRM1 遺 伝 子 導入 に よ る HTLV‑I ウ イ ル ス 発 現 の検 討
HTLV―Iに持続 感染したWKAH/Hkmラット ではヒトHTLV−I感染者の 一部に 認められる HAM/TSPに類似した脊髄症を発症するものの、HTLV―Iの持続感染が成立したどの系統のラ ツ卜に もATL類 似のT細胞自 血病の発症は観察されていない。その理由のーつとして、ウ イルス 粒子の形 成に必 須なHTLVーIRexの働きを支持する宿主細胞性因子CRM1が、ラット 型ではヒト型に比べてHTLV−Iに対する支持活性が低いためである可能性が報告された。
CRM1はImportin Betaファミ リーに 属する輸 送蛋白 質で、核内でLeuに富むNES配列と結 合し、 核―細胞 質問輸 送にかかわっている。RNA結合蛋白質であるHTLV―IのRexはNES配 列を持ち、宿主のCRM1を利用して全長のウイルスRNAを核から細胞質へ輸送していると考 えられている。
本研究 ではHTLV−I持続 感染ラットT細胞株にヒトCRM1遺伝子を導入し、実際にウイル ス発現が増加するかどうか検討した。ウイルスの発現はHTLV−Iプ口ウイルスから転写され るmRNAのう ちスプ ライシン グを受け ない全 長のウイ ルスmRNAの みから蛋 白に翻 訳され るgag遺伝子由 来のp19蛋白の 発現にて検討した。しかしながら、ヒトCRM1遺伝子を導入 してもHTLV−I持 続感染 ラットT細胞株の培養上清中にELISAの検出感度以上のp19は認め られず、また同細胞の溶解液中でも検出できなかった。用いた細胞株におけるHTLV―I発現 の基礎値が低い可能性が考えられたため、次にBrdUrdで刺激した細胞を用いて実験を行っ た。BrdUrd処理を行うと、LEWIS―Sl細胞ではgag遺伝子のmRNA発現が約4倍に増加した。
一方、 ヒトCRM1の 発現はBrdUrd刺 激によ るHTLVーI遺伝子mRNA発現の増加になんら影響 を及ぼさないことも確認された。CRM1には遺伝子転写に影響を与える機能は知られておら ず,今回の結果もそれに矛盾しなかった。そこで、過去の結果より最もウイルス発現量が 多いと 想定され るTARS…細 胞にヒ卜CRM1遺伝子を導入し、BrdUrdで刺激した細胞溶解液 で検討すると、ヒトCRM1遺伝子を導入した場合は導入していないコント口ールに比較して 細胞溶解液中のp19発現が増加した。したがって、少なくともラット細胞内に導入したヒ 卜CRM1はHTLV―Iの 全長型mRNAの核から細胞質への輸送を促進し、その結果p19への翻訳 が増加した可能性が示唆された。しかし、細胞溶解液中にpl9の発現が認められても培養 ―610−
上清中にp19は検出されず、期待したレベルより低い発現にとどまった。培養液量による 希釈の影響は無視できないが、未知のヒト因子がHTLV−Iウイルス発芽の最終段階に関わっ ているとの報告もあり、ヒトCRM1の強制発現以外にもHTLV一Iの高発現にはさらに別のヒ 卜因子が必要となる可能性も考えられた。
公開発表において、副査の小林教授よりCRM1遺伝子導入後の転写レベルとp19蛋白量と の問のギャップについて、TARS―1のみに発現が見られた理由について何か情報あるかどう か、ラットのCRM1が阻害している可能性があるかどうについて質問があった。次いで、副 査の長島教授より導入効率の細胞間差の有無についての質問があった。申請者はこれらの 質問に対して自身の実験結果や文献的考察を含めて、少なくともTARS―1では発現しており 転写以降に何らかの因子が関わっているかもしれないこと、TARS−1は感染効率が良いと考 えられ るものの その理由は今後検討する必要があること、ラットCRM1がヒトCRM1の働き を阻害している可能性は否定できないこと、どの細胞でも導入効率に大差なかったことな ど概ね 妥当な回 答した。さらに、長嶋教授より今後CRM1の一部をmutationさせてCRMIの 働きを観察ことや細胞学的方法などを用いて核内と細胞質での発現の比較や動きを調べる ようにとのアドバイスがあった。最後に主査の古木教授より遺伝子の導入効率や発現を高 める工夫が必要なこと、遺伝子導入ラットの作製にはラットCRMIをノックアウトする必要 があるかもしれないことなどのアドバイスがあった。
この論文は、HTLV―Iに対する感染感受性を規定するCRM1を含めさらにヒト因子の探索 を継続するものとして高く評価され、今後新たなHTLVーIの高発現、複製に不可欠なヒト因 子を明らかにし、CRMlとともに遺伝子導入したラットの作製によって、HTLV−I感染による ATL発症の動物モデルの樹立に向けた研究が期待される。
審査員一同は、これらの成果を高く評価し、大学院課程における研鑽や取得単位なども 併せ申 請者が博 士(医 学)の学 位を受 けるのに 充分な 資格を有 するもの と判定した。
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