正 法 華 経 光 瑞 品 課 語 例 考
小
島
文
保
正法華経の課語例を検討することによつど法華経原典解明への一助にし, 併せ
て 法 華 経 精 神 の 一 端 に 鰯 れ て み た い と 思 う。 因 み に こ こ で は 正 法 華 経 第 一 章 の み を 取 上 げ る こ と に す る。 先 づI, 数 字 に つ い て 眞 田 有 美 教 授 は 西 域 文 化 研 究, 第 四, 中 央 ア ギ ア 古 代 語 文 鰍 (1961, 3) の 「法 華 経 梵 本 の 研 究 」, 光 瑞 品 の 「比 丘 衆 の 人 数 」 と い う項 (128頁) にmahata bhiksu salhghena sardhanh dvadasabhir bhiksu-sataih (南 條, ケル ン本, P. 1. 1. 6)
1200人 (の 比 丘)
mahata bhiksu
samghena sardham
dvadacabhir
maha-cravaka-sahasraih
(pet-rovsky 本, 6. b. 1. 4-5) 12000人 (の 弟 子) 大 比 丘 衆 と倶 な りき 比 丘 千 二 百 は (正 法 華) 大 比 丘 衆 萬 二 千 人 と倶 な りき (妙 法 華) と し る し て, 南 條, ケ ル ン本 は 正 法 華 に 合 し, Petrovsky 本 は 妙 法 華 に 合 す と 述 べ ら れ て い る。 そ こ で 私 は こ の 眞 田 先 生 の 勢 作 に ヒ ン トを 得 て, こ こ に 梵 漢 の 資 料 を 封 照 し乍 ら, 数 字 を 槍 討 して 行 く こ と に す る。 正 法 華 (大, 9, 66, a-b) に 「其 の 佛 の 世 に 菩 薩 あ り, 名 づ け て 超 光 と 日 う, 侍 者 十 八 人 有 り 」 と あ る。 そ の 同 じ箇 虜 を, 妙 法 華 (大, 9, 4, a) に 「時 に 菩 薩 有 り, 名 を 妙 光 と い い, 八 百 の 弟 子 あ り」 と あ り, 南 條, ケ ル ン本 (p. 20. 1. 16) に
tayastau satani ante-vasinam
と, asta sata (=800) と あ り, astadasa (=18) ど は な つ て い な い の で あ る 。 つ ま り 梵 本 と 妙 法 華 と は 一 致 し, 正 法 華 の み が 異 な つ て い る。 こ れ は 正 法 華 の 課 者 が asta dasa の dasa を sada と 轄 倒 し て 讃 み, そ れ を sata と 讃 ん だ も の か。
(58)
正法華経光瑞 品繹 語例 考 (小
島)
或 は原、
典 が sata と dasa と二 種 類 あ つた の か。 これ に類 した例 を あ げ る と, 正
法 華 (大, 9, 66, b) に 「
最 後 に興 れ る者 を號 して 法 事 と日 う。十 八 人 中 に一 菩 薩
あ り, (中略) 時 に族 姓 子 よ, 名 聞定 を得 て」 と あ り, これ に 相 當 す る妙 法 華 (大,
9, 4, b) は 「その 最 後 に成 佛 す る者 の 名 を燃 燈 とい う。八 百 の弟 子 の 中 に 一 人 あ
り, 號 を求 名 とい う」 とあ り, この慮 に封 慮 した 梵 文 は, 南條, ケ ル ン本, 22頁,
4行 目に
tesam ca astanam antevasi-satanam
と あ る。 こ の 場 合 も 妙 法 華 と梵 文 と が800と い う数 字 に於 て 一 致 を 見 せ て い る。 し か し こ の 南 條, ケ ル ン本 の 「800の 弟 子 」 の 脚 注 を 見 る と, Cambridge B本 と British Museum 本 は asta (=8) だ け で, sata (=100) が 見 え な い。 何 故 に8
と の み な つ て い る か を 考 え る と, 上 に 述 べ た 長 行 の 例 に 呼 慮 す る 偶 の 部 分, 印 ち 第87偶 か ら第89偶 を 見 る と, 8と い う 敷 字 が 見 え る の で, Cambridge 本, Britisb Museum 本 の8と い う数 字 も う な つ か れ る の で あ る。 印 ち 妙 法 華 (大, 9, 5, a) に 「こ の 諸 の 八 王 子 は 妙 光 に 開 化 せ られ て 無 上 道 に 堅 固 に し て 當 に 無 数 の 佛 を 見 た て ま つ る べ し。 ……最 後 の 天 中 天 を ば 燃 燈 佛 と い い, 諸 佛 の 導 師 と し て 無 量 の 衆 を 度 脱 した ま う」 と あ り, これ に 封 し て, 正 法 華 の 第 87偶 よ り第89偶 (大, 9, 67, b) を 見 る と 「彼 の 時 の 侍 從 に 十 八 人 有 り, 敢 化 し て 之 を 度 し, 皆 安 隠 を 蒙 ら しむ。 ……時 に 於 て 諸 佛 皆 悉 く究 寛 し, 定 光 世 尊 最 後 に 佛 を 得 た ま へ り」 と あ る。 梵 文 は 南 條, ケ ル ン本, 26頁, 13行 に
astasatam tasya abhusi sisyah
と 「800人 の弟 子 が あつ て 」 とあ り, 正 法 華, 妙 法 華, 梵 文, 共 々 に偶 「
頗 と 長 行
と は少 し数 が、
異 なつ て い る よ うで あ る。
序 い で に この箇 庭 に出 てい る固 有 名 詞 「法事 」 「燃 燈 」(長行, 偶頒共 に) の 梵 語
は Dipam
kara で あ り, 之 に封 す る正 法 華 は長 行 に於 て 「
法 事 」 とい う繹 語 が
な され て い る。 との課 語 を考 へ る と 「燃燈 」 とい う課 語 と は凡 そほ ど遠 く, 梵語
で 云 え ば Dharma
kara と で もい うべ き で あ ろ う。 しか も正 法 華 の 第89偶
に は
「
定 光 」 と い う課 語 が な され て い る こ と, 換 言 す ると長 行 と異 な る Dlpanh kara
の 課 語 が見 られ る こと は, 什 課 の 「燃燈 」 とい う一 完 した 課 語 に 封 し, 法護 課 は
課 語 が 一 定 して い な い よ うに思 わ れ る。 又 妙 法 華 の 「
求 名」 は梵 語 の yasas
ka-ma で, 正 法 華 の 「名 聞定 」 に當 るが, 一 般 に阿 難 は 多 聞 第 一 と い うの で, 多 聞
とい う異 課 も考 え られ るが, 一 髄 「名 聞 定 」 とい うの は, 梵 語 で何 の繹 が當 るの
で あ ろ うか。
-417-正 法 華 経 光 瑞 品 課 語 例 考 (小 島) (59) 次 に 第42偶 を 見 る と, 正 法 華 に 「三 事 」 と い う課 語 が 目 に つ く。 三 事 と は 一 髄 何 々 で あ ろ う か 。 正 法 華 の 第42偶 (大9, 65, b) に 「あ き ら か に 不 秘 落 法 を 観 察 し, 三 事 を 滅 除 し て 寂 な る こ と等 し く し て 室 の 如 し」 と あ り, 之 に 封 慮 す る 妙 法 華 は 大, 9. 3, bに 「或 は 菩 薩 の 諸 法 の 性 に は, 二 相 有 る こ と な く猫 虚 室 の 如 し と観 ず る を 見 る 」 と二 相 の2の 敷 字 が 目 に つ く。 と こ ろ が 南 條, ケ ル ン本, 14 頁, 5行 に は nirihaka dharma prajanamana dvayam Pravrttab khaga-tulya sadrisah/と あ り, や は り dvayam と い う敷 字 が 目 に つ く。 因 み に 南 條, 泉 課 の 「新 課 法 華 経 」 の21頁 に は 「不 二 の 法 を ば 悟 り つ 瓦, 盧 室 の 如 くみ な ひ と し 」 と 「不 二 の 法 」 と繹 し, 又 岩 本 課 (岩 波 本, 35頁) に は 「中 庸 の 教 え を 遵 奉 し鳥 の 室 に鰯 れ な い よ うに, 二 者 を 取 扱 い 」 と 「二 者 」 と い う繹 が な さ れ て い る。 要 す る に dvayam と い うの は 「封 立 を な く し て 」 と い う意 味 に 用 い ら れ て あ る の で, 言睾語 と し て 「二 相 」 で あ り 「二 事 」 で あ るべ き で, 三 事 の 三 は 何 を 意 味 す る も の で あ ろ う か。 次 にII, 劫 に つ い て 妙 法 華 (大, 9, 4, a) に 「日 月 燈 明 佛 は 三 昧 よ り起 ち て, 妙 光 菩 薩 に 因 せ て 大 乗 経 の 妙 法 蓮 華, 菩 薩 を 敏 え る 法, 佛 に護 念 せ ら る る も の と 名 つ く る を 説 き た ま い、 六 十 小 劫, 座 を 起 う た ま は ず ・ 時 の 會 の 聴 者 も 亦 一 腱 に 坐 し て 六 十 小 劫, 身 心 動 ぜ ず 」 と あ り, 正 法 華 (大9, 66, b) に 「超 光 菩 薩 の 爲 に 正 法 華, 方 等 之 業, 諸 菩 薩 行, 皆 説 佛 法 を 講 じ 一 虜 に 安 坐 し て 六 十 劫 を 具 足 し, 斯 の 経 典 を 説 く, 衆 會 亦 然 り, 身 は 傾 動 せ ず, 心 は 因 縁 な し, 又 彼 の 世 奪 六 十 中 劫, 因 て 諸 會 の 爲 に 法 を 説 く」 と。 こ れ に 封 鷹 の 梵 文 は, 南 條, ケ ル ン本, 21頁 の1行 目 よ り3行 目 に Sasty antara kalpan と あ る。 これ ら長 行 に 封 鷹 す る偶 頚 を 見 る と
妙 法 華 の 第76偶 (大, 9, 5, a) に 「六 十 小 劫 を 満 し て も」(岩 波 本58頁 に は小 劫 の 小 を落 す) と あ り, 之 に 封 す る 正 法 華 (大, 9. 67, a) は 「六 十 中 劫 を 具 足 す 」 と あ り, 梵 文 の 南 條, ケ ル ン本, 25頁, 8行 に は antara kalpa sastim と あ る。 尚, 同 じ様 な 例 と して 妙 法 華, 第86偶 (大, 9. 5, a) に 「八 十 小 劫 の 中 に 廣 く法 華 経 を の ぶ 」 と あ り, 正 法 華 (大, 9. 67, b) に は 「印 ち 具 足 し て 八 十 中 劫 を 満 ち ぬ 」
と あ り, 南 條, ケ ル ン本, 26頁, 12行 目 に asiti so antara kalpa purpam と あ る。 上 に 叙 べ た 例 か ら して 妙 法 華 は 六 十 小 劫 と い う一 定 の 繹 語 が 見 られ, 正 法 華 は 六 十 中 劫 と 六 十 劫 と い う二 課 が 見 ら れ る。 そ こ で 問 題 と な る の は 「小 劫 」 か 「中 劫 」 か, ど ち ら が 適 課 か と 云 う こ と で あ ろ う。F. Edgerton のB. H. S.
(60)
正法 華経光瑞 品課語例考 (小
島)
Grammar
& Dictionary, 38頁 を見 る と antara-kalpa は 「
劫 の間 」 とい う繹 が
され てい る。 從 つ て 「中劫 」 とい う繹 語 が よい よ うで あ る。 ロ ン ド ン大 學 の
Br-ouch 教 授 も同意 見 で あつ た。
次にIII, 辟 支彿 に つ い て
法 華 経 に於 て三 乗 の教 義 的 問題 は, 三 國 を通 じ論 孚 され て來 た もの で あ るが,
こ こで は教 義 的 事 柄 につ い て は燭 れ ず, 売 だ正 法 華 の 第 一 章光 瑞 品 に於 て辟 支 佛
が ど のや うに取 扱 わ れ て い るか を 述 べ て 見 よ う。正 法 華 (大, 9, 65,c) に 「
聲 聞
乗 の 爲 に 聖諦 を講 陳す れ ば, 則 ち衆 庶 と して 生 死 憂 悩 衆 患 を 度 し, 無 爲 に入 近 せ
しむ, 諸 菩 薩 大 士 の 衆 の爲 に, 部 分 を顯 揚 し六 度 無 極 無 上 正 眞 を 分 別 す, 諸 聲 聞
の爲 に四 諦 十 二 因 縁 を講 説 して, 生 死 愁 戚 諸 患 皆 滅 度 せ しめ無 爲 を究 寛 せ しめ,
諸 の菩 薩 の た めに は, 六度 無 極 を講 じ無 上 正 眞 道 に逮 び 諸 の通 慧 に 至 ら しむ 」 と
あ り, 「辟 支 彿 の 爲 に 」 とい う項 が な い。 これ に相 當 す る妙 法 華 (大9, 3, c) に は
「
辟 支 佛 」 が 明 か に 述 べ られ て い る。即 ち 「
聲 聞 を求 む る者 の た め に は鷹 ぜ る四
諦 の 法 を説 き, 生 老 病 死 を度 して浬 藥 を究 寛 せ しめ, 辟 支 佛 を 求 む る者 の た め に
は慮 ぜ る十 二 因 縁 の 法 を説 き, 諸 の菩 薩 の た め には 慮 ぜ る六 波 羅 蜜 を と き阿 褥 多
羅 三 貌 三 菩 提 を得 て一 切 種 智 を 成 せ しめ た ま う」 で あ る。 之 に反 し南 條, ケ ル ン
本, 17頁, 13行 よ り18頁,
1行 に も 「
辟 支 佛 」 の 項 は な い の宅 あ る。印 ち yad
uta sravakanam
catur-arya-satya-satya-samprayuktam
pratitya
samutpada-pravrttam
dharmam
desayati
sma
jati-jara-vyadhi-marana-soka-parideva-duhkha-daurmanasyopayasanam
samatikramaya
nirvana-paryavasanam/bo-dhisattvanam
ca sat-paramita-pratisamyuktam
anuttaram
samyak
sambod-him arabhya sarvajna-jnana-paryavasanam dharmam desayati sma/と あ り, 叙 上 か ら し て 正 法 華 と梵 文 と に は 「辟 支 佛 」 の 表 示 が な い の で あ る。 因 み に 常 被 輕 慢 品 (大9, 65, c) に も 「辟 支 彿 」 の 表 示 は 見 られ な い。 次 にIV, 正 法 華 の み に あ る課 語 例 こ こ に 氣 の 付 い た もの と して 四 例 を あ げ よ う。(1) 三 界 に 遊 ぶ 猫 ほ 日 の 明 な る 如 し, 一 切 法 は 幻 の 如 く, 野 馬 影 響 し悉 く所 有 な く無 所 佳 に 佳 す (大, 9, 63, a) (2) 諸 天 龍 神 世 人 蹄 命 奉 敬 侍 坐 せ ざ る な し (大9, 63, b) (3) 狩 著 す る 所 な く, 猫 師 子 の 如 く, 開 化 し て 衆 を 度 し, 道 意 を 議 さ し め 衆 生 居 に 在 り手 に 所 供 を 執 り, 心 に 悦 豫 を 懐 き, 愈 然 倶 に 詣 る (大, 9, 64, c) (4) 禁 戒 安 隠 に し て 生 死 を 畏 れ ず,
正 法 華 経 光瑞 品 課 語 例 考 (小 島) (61) 彼 に 於 て 心 に 乗 り, 諸 行 を 具 足 す (大, 9, 65, a) 次 にV, 正 法 華 に な い 課 語 例 (1) 衆 所 知 識 ・ 大 阿 羅 漢 等 ・ 復, 學 無 學 二 千 人 有 り (大, 9, 1, c) (2) 十 六 正 士 は 梵 文 の み あ り, 爾 漢 課 に な し。(3) 第49偶 の 再 出 な し。 これ に 就 い て は, 龍 大 論 集, 第379號 と 日本 印 度 學 佛 教 學 研 究, 13巻, 1號 を 参 照 願 い た い。 最 後 にVI, 正 法 華 と して 特 色 の あ る繹 語 例 以 下 に 一, 二 を 指 摘 して お こ う。 (1) sugata の 課 語 は 凡 て 安 佳 と言睾 じ て い る。 こ れ に 關 し て は, 龍 大 論 集, 第 379號 (昭 和41, 11) に 光 瑞 品 中, 16例 を 學 げ て お い た が, 他 の 諸 品 に も 同 じ く安 佳 と して 多 く散 見 す る と こ ろ で あ る。(2) sattva の 課 語 は1。 群 黎 (大, 9, 63, a) 2。 黎 庶 (大, 9, 63, a) 3。 蒸 民 (大, 9, 63, c) と 三 種 の 課 語 が ご く近 い 文 章 に 使 用 さ れ て い る。 こ れ は 正 法 華 の 繹 語 が 一 定 して い な い と い う の で な く, 寧 ろ 中 國 的 な 表 現 で あ ろ うか と思 わ れ る。(3) dharmasvabhava の 課 語 は 自 然 と あ る。 即 ち 妙 法 華 (大, 9, 5, a) (大, 9, 5, b) に 「實 相 の 義 」 と あ る と こ ろ, 正 法 華, 第78 偶 (大, 9, 67, a) に 「自然 の 義 」, 第98偶 (大, 9, 67, c) に は 「自 然 の 敏 」 と あ る。 これ ら は い つ れ も爾 課 者 の 時 代 と思 想 背 景 の 相 違 と い う も の で あ ろ うか。 と も あ れ 法 護 課 は 古 代 中 國 語 に 忠 實 と い え よ う。 (昭 和41年 度 文 部 省 科 學 研 究 費 に よ る綜 合研 究 の分 捲 研 究)