博 士 ( 法 学 ) 丹 羽 正 夫
学 位 論 文 題 名
刑 法 に お け る 零 細 行 為 の 研 究 ―刑 法に おけ る 軽 微 性 原 理 解 明 の た め の Prolegomena
学 位 論 文 内 容の 要旨
我カ の日常において日々生起する零細な犯罪現象を、刑事法上いかに評価し、また、
こ れに どう 対応 して いく べき かと いう 問題 は、古 く、 かっ 新し い。そこに内包される 問 題領 域の ひろ がり と、 視点 の多 様性 によ り、そ の解 決は 刑事 法学上の難問のーっに か ぞえ られ てき た。 しか し、 今日 ほど この 問題が 国際 的に 注目 を集め、かっ、多様な 展 開を みせ てい る時 代は 、か って 存在 しな かった もの と言 えよ う。現代社会における 零 細行 為の 大量 現象 化は 、刑 事司 法の 効率 化・実 効性 の確 保を 緊急の課題として認識 さ せ、 刑事司法制度論に新たナょ動きをもたらした。また他方、刑事和解論・損害回復 論ナょどの刑事制裁論の新展開も、零細行為への対応に有益な考察視角を提供しており、
新 たな 問題 解決 のア プ口 ーチ が今 日で は必 要とさ れて いる ので ある。しかるに我が国 で は、 かか る零 細行 為の 問題 が、 実体 法的 には可 罰的 違法 性論 により、また手続法的 に は微 罪処 分論 や略 式手 続論 など の形 で、 いわば 分断 され て論 じられてきた。そこか ら 帰結 され るも のは 何で あっ たか 。私 見に よれば それ は、 統一 的な指導理念・目的意 識 の欠 如で あり 、さ らに は、 全刑 事司 法シ ステム をグ ロー バル に把握しっつ「ト一夕 ル、としての謙抑的刑事司法」を論ずる視点の欠如にほかナょらない。問題へのアプロー チ をみ ても 、前 者は 可罰 性「 阻却 」の 体系 的位置 付け に腐 心し 、後者も有罪とされた 行為の「処理」を論ずるのみで処理の正当化根拠ナょど実体面の考察に弱いナょど、議論 の 広 が り と 連 続 性 に 欠 け る 憾 み が あ っ た こ と は 否 め な い の で は ナ ょ か ろ う か 。 こうして、「阻却」論と「処理」論の中間には、可罰性が必ずしも明らかではナょく、
そ れに 対す る対 応の 面で も空 白の まま のグ レイ・ ゾー ンが 従来 から残されてきた。か か る問 題性 に鑑 みれ ば、 いま 我が 国の 議論 で必要 なの は、 この グレイ・ゾーンに眼を 向 け、 手続法的可罰性評価と実体法的可罰性評価の間に存する断層ナょいし不連続を解
消し、統 一的構想の もとで零 細行為へ の対応を 再検討す ることで あるといえ よう。そ れには、 その前提と して零細 行為の処 罰価値を 減少ない し消滅さ せる種々の ファクタ ーとその 機能の解明 をまず行 い、そこ で得られ た知見を 可罰性評 価において 用いるこ とによっ て、実体法 的非犯罪化の可能性の追求がなされねばならなぃものと思われる。
本稿は、以上のような問題意識のもと、(1)零細行為の処罰価値を減少ナょいし消滅さ せる種々のファクターと、その機能の解明を前提として、(2)それらのファクターによ る零細行為の処罰範囲限定の可能性と限界の検討を踏まえたうえで、(3)グレイ・ゾー ンに属す る行為への 対応を再 構想すべ く立法論 的試論を 提示し、 もって我が 国におけ る零細行 為論の展開 に新たな 展望を拓 かんとす るもので ある。第 一章「結諭 」では、
上述の問 題意識の提 示等がな される。 っづく第 二章では 「比較法 的考察」を 行う。零 細行為に 対応するた めの方法 は多様で あり、立 法形式も 一様では ないが、基 本思想の 点で認識 の一致がみ られる(可罰性評価における特別ナょ扱いの原則的承認)ことは重 要であろ う。また、 処罰価値 を減少・ 消滅させ るファク ターにっ いても指導 的観点の 共通性が 窺われ、@ 結果の軽 微性を中 核とする 不法の軽 微性、◎ 責任の軽微 性、◎総 合的処罰 価値を左右 し゛うる情状ないし予防の観点が重要な意味をもち、これらの機能
(とくに ◎)と相互 連関がさ らに探ら れるべき ではなぃ かとの作 業仮説が本 章の結諭 として導 かれる。こ れをうけ て、第三 章「可罰 性限定要 因の機能 と総合的可 罰性評価 の可能性 」では、オ ーストリ ア刑法四 二条を手 掛かりと しっつ、上記ぐD〜◎すべてを 総合的に 用いた可罰 性評価の 可能性が 論じられ る。かか る理論枠 組は比較的 広い処罰 阻却機能 を営みうる が、他方 、具体的 理論構成 いかんで は処罰拡 張的作用を 営む虞れ が強い。 この限りで は、結果 無価値を 中核とす る構成要 件的不法 を犯罪の本 質として 捉えることの妥当性と、伝統的三分体系の長所が確認される。しかし他方、(a)上記@
にっき「結果」の相対化を否定してこれを構成要件的結果に限定し、(b)◎の「責任」
を量刑論 的にではな く、不法 に従属し 処罰限定 的にのみ 作用する 個別的行為 責任とし て把握するとともに、(c)種々の情状とくに一般予防に可罰性限定の控制原理としての 機能を認 めず、特別 予防も行 為者に有 利な方向 で片面的 にのみ考 慮するとき は、グレ イ・ゾー ンに属する 零細行為 の可罰性 評価にと り有益な 理論枠組 ともなりう るのでは ナよいか 。このグレ イ・ゾーンを可罰性「阻却」と「減少」の緊張関係が生ずる場とし て理解す るならば、 そこでの 可罰性評 価の可能 性の解明 には、「 阻却」の見 地からは 犯罪論体 系内におけ る上記の ファクタ ーの活用 ・整序の 可能性と 限界(阻却 論の側か
らみ た 「 減少 」 論と の 接点)が 、また「 減少」論の 観点から は可罰性 減少が極 限態に 至っ た 場 合の 効 果( 減 少諭の側 からみた 阻却論との 接点)が 、さらに 検討さる べきで あろ う 。 統く 第 四章 「 可罰性限 定原理と しての軽微 性とその 機能」で は、かか る見地 から 総 括 的考 察 がな さ れる。軽 微性によ る可罰性の 限定を阻 却と減少 に分かっ とき、
前者に関しては、大別して、(1)構成要件該当性の否定ないし違法阻却、(2)責任阻却、
(3)違法 ・責任双 方の減弱の総合判断といった三っの理論枠組を設定しうるであろう。
零細行為との関連では(2)の意義は相対的に乏しく、(3)も行為者の主観の過度の重視に 傾く虞れ を否定し えないとの問題性を孕むため、(1)の理論枠組(結果無価値の軽微性 によ る 構 成要 件 的不 法 の阻却) が妥当と 考えられる 。しかし 実際には 、かかる 理論枠 組に よ っ て十 全 に捕 捉 しえぬ零 細行為も 多い。こと に、法益 侵害は不 可罰性の 上限を 少し 超 え るも の の責 任 や情状が ごく軽微 な事例群を 、可罰性 減少論に おいて妥 当に評 価し え ぬ かが 課 題と し て残され よう。こ こで量刑判 断を可罰 性滅少の 具体的発 現の場 としてと らえ、犯 罪後の情 状などによ る処罰価 値の変動を認めるナょらば、それは究極 的に 処 罰 価値 の 消滅 に まで至る はずであ る。軽微性 は、ここ では刑罰 目的とい う共通 項を 媒 介 に、 犯 罪論 と 量刑論と を架橋す る機能を営 み、責任 判断を経 ても残存 する微 弱な 処 罰 価値 が 種々 の ファクタ ーにより さらに限定 され、具 体的に科 されるべ き刑の 量が 結 局 ゼ口 に 帰す な らば、そ れは「ゼ 口に至る量 刑」とし て処罰阻 却事由を 構成す ると 考 え られ る 。し か し、我が 国ではか かる理解を 活かしう る実定法 上の制度 を見出 せな い 。 これ を 超法 規 的処罰阻 却事由と して構成す るとして も、非構 成要件的 事情た る各 種 の 情状 に っい て は判断の 指標が得 られにくく 、またそ れらを可 罰性限定 の方向 で片 面 的 に構 成 する こ とも困難 である。 かかる問題 性に鑑み るならば 、立法に よる解 決が究極 的に目指 されるべ きであろう 。かくし て最後の第五章では、「立法論的考察」
、がなさ れる。立 法モデル としては、 「刑を留 保して行う警告」に類する制度や秩序違 反法の導 入ナょど が長期的 には考慮に 値するが 、制度の急激な転換は実際的でなく、段 階的 改 革 が望 ま しい こ とからす れば、ま ず現行制度 の空白部 分を埋め るために 最も必 要な 制 度 とし て 、勺 量 免除を刑 法典総則 に規定する 途がえら ばれるべ きであろ う。展 望と し て は、 本 稿で 試 みられた 「処罰価 値」論の構 想をさら に発展さ せ、これ を全刑 法 学 的 見 地 か ら 総 合 的 に 展 開 す る 途 が 模 索 さ る べ き も の と 思 わ れ る 。 以 上
学位論文審査の要旨 主査
副査 副査
教授 教授 助教授
小暮 能勢 今井
学 位 論 文 題 名
得雄 弘之 猛嘉
刑法における零細行為の研究―刑法における 軽 微 性 原 理 解 明 の た め の Prolegomena
日 常 生 活 の 場 で は 、 ご く 零 細 な 反 法 行 為 が 大 量 に 生 起 し て い る 。 そ の 際 、 刑 事 法 的 な 視 角 か ら は 、 訴 迫 機 関 や 裁 判 所 を 過 重 な 負 担 か ら 解 放 す る た め に も 、 あ る い は 万 人 に 対 す る 前 科 の 烙 印 、 、 ス テ ィ グ マ を 回 避 す る た め に も 、実 体 刑 法上 の 非犯 罪 化 な い し は 可 罰 性 の 限 定 、 と い う 方 向 が 追 求 さ れ る べ き で あ ろ う 。 従 来 、 わ が 国 で は 、 零 細 行 為 へ の 対 応 を め ぐ っ て 、 実 体 法 上 の 可 罰 的 違 法 性 論に よ る 犯罪 の 「 阻却 」 諭 と、
か た や 手 続 法 上 の 微 罪 処 分 論 や 略 式 手 続 に よ る 「 処 理 」 論 、 と い う 形 で 、 分 断 し て 論 じ ら れ て き た 憾 み が あ る 。 そ の 結 果 、 「 阻 却 」 論 と 「 処 理 」 論 の 中 間 に は 、 可 罰 性 が 必 ず し も 明 か で な く 、 ま た 、 そ れ に 対 す る 法 対 応 の 面 で も 空 白 な ま ま の グ レ イ ゾ ― ン が 残 さ れ て き た 。 議 論 の 断 層 を 埋 め る た め に は 、 全 刑 事 司 法 シ ス テ ム を グ ロ ー バ ル に 把 握 し っ つ ( ト ー タ ル と し て の . 謙 抑 的 刑 事 司 法 ) をめ ざ す 、統 一 的 な視 点 が 必要 で あ ろ う 。
本 論 文 は 、 上 記 の 問 題 意 識 に 沿 っ て 、 (1) 零 細 行 為 の 処 罰 価 値 を 減 少 、 ま た は 消 滅 さ せ る 種 々 の フ ァ ク タ ー と 、 そ の 機 能 を 解 明 し 、 (2) こ れ ら の 要 素 に よ る 処 罰 範 囲 限 定 の 可 能 性 な い し 限 界 を 追 求 し 、 さ ら に は (3)グ レ イ ゾ ー ン に 対 応 す る 立 法 論 的 試 論 を 提 示 す る 、 こ と に よ っ て 、 わ が 国 に お け る 零 細 行 為 論 の 展 開 に 新 し い 展 望 を 拓 こ う と し た も の で あ る 。
論 文 の 内 容 を さ ら に 敷 衍 す れ ば 、 第 一 章 「 緒 諭 」 に 続 い て 、 第 二 章 で は 、 ド イ ツ 刑 法 や オ ー ス ト リ ア 刑 法 、 あ る い は 旧 社 会 主 義 圏 刑 法 を 素 材 と し て 、 「 比 較 法 的 考 察 」 が 試 み ら れ る 。 零 細 行 為 に 対 応 す る 方 法 は 多 様 で あ り 、 立 法 形 式 も 一 様 で は な い が 、 軽 微 性 が 犯 罪 の 成 立 を 否 定 す る 、 と い う 方 向 で 基 本 思 想 の一 致 を 窺う こ と がで き よ う。
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そ の 間、 軽 微性 を 規定 するファ クターと して、著 者は、@ 結果の軽 微性を核と す る 不法の軽 微、◎責任 の軽微性 、◎総合 的ナよ処 罰価値の程度を左右する情状及び予防 の 観点、を 抽出した。 っづく第 三章では 、比較法 上とりわけ重要ナょ立法モデルという べ き オ ース ト リ ア刑 法 第42条 を手 掛 か りと し て、 「 可 罰性 限 定要 因 の 機能 と 総 合的 可 罰 性評 価 の 可能 性 」 が詳 細に論じ られる。 そこで得 られた知 見にもと づいて、零 細 行 為 の可 罰 性 評価 に と って 有益と思 われる理 論枠組み を提示し たのが、 第四章「司 罰 性 限定原理 としての軽 微性とそ の機能」 である。 著者は、@構成要件該当性の否定ナょ い し 違法 性 阻 却、 ◎ 責 任阻 却、◎違 法・責任 双方の減 弱にかか わる総合 判断、とい う 三 様 の理 論 枠 組み を 設 定し 、それぞ れの妥当 性を検証 しながら 、@の理 論枠組みを 基 調 と して 、 個 々の 事 案 に即 した可罰 性の阻却 、ないし ゼロに 至る量刑 の可能性 が 追 求 され る べ き旨 を 説 く。 犯罪論と 量刑論の 架橋を志 向する、 本論文の 白眉といえ よ う 。 一方 、 残 念な が ら 、か かる理論 枠組みに 対応して 「ゼロに 至る量刑 」を担保す る 実 定 法上 の 制 度が な い こと から、著 者は最後 の第五章 「立法論 的考察」 において、 い く っ かの 選 択 肢の 中 か ら、 裁量的 酌量免除 規定の 導入を、 望ましい 方向として 提 案した。
万 引き や 交通 秩 序 違反 等の 激増とい う社会状 況のもと で、零細 な犯罪現 象への法対 応 は 緊要 な 課 題で あ る 。本 論文が、 鮮明な問 題意識に 支えられ つつ、比 較法的考察 を 手掛かりとして、司罰性の阻却ナょいし減少に影響する多様ナよ要素を抽出・検証したこ と 、 その 知 見 にも と づ き零 細行為の 処罰阻却 を導く理 論的枠組 みを構想 したこと、 こ の 問 題に 対 処 する 現 行 法制 度の空隙 を埋める べく 酌 量免除 規定の新 設を提案し た こ と、は単 に高い資料 的価値を もっぱか りでなく 、零細行為ナよいし軽微事犯に関する はじめての総合的理論研究として、評価に値する。
む ろん 、 本論 文 に も、 論文 のキ一・ ワードの ーつであ る 処罰 価値 の 実体が必ず し も 鮮明 で な いこ と 、 伝統 的な犯罪 論の三分 体系が、 いわぱ所 与のもの として前提 さ れ 、 ひい て 零 細行 為 の 非犯 罪化を導 く新しい 解釈論の 可能性に っいての 追求が不徹 底 であること、などの不満、あるいは不十分な点があることを認めナよけれぱナょらナよい。
と は いえ 、 問 題点 の 多 くは 、たぷん 、 犯罪 とは何か という 根源的な 問にかかわ る も の で、 現 代 刑法 学 そ のも のに負わ された課 題という べく、現 段階で、 本論文にそ の 辺の完熟を求めることは、望蜀のそしりを免れないであろう。
以 上の理由 で、審査員 の全員一 致をもっ て、本論 文を、博 :K法学ゆ 学位を受け るに ふさわしい業績と判断した。
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