不登校傾向を示す児童への動物飼育による支援の一 考察 −動物飼育(モルモット)による−
著者 芳倉 優富子, 三本 隆行, 大宅 洋行
雑誌名 教育実践開発研究センター研究紀要
巻 23
ページ 213‑218
発行年 2014‑03‑31
その他のタイトル A Case Study;Support to Students with Tendency toward School Non‑Attendance by Animal Breeding −Guinea Pig in Elementary School−
URL http://hdl.handle.net/10105/9836
1.はじめに
文部科学省は不登校児童生徒を「何らかの心理的、
情緒的、身体的あるいは社会的要因・背景により、登校 しないあるいはしたくとも出来ない状況にあるために年 間30日以上欠席した者のうち、病気や経済的な理由によ る者を除いた者」としており、2011年度の全国の不登校 児童生徒数は、小学校で22,622名、中学校で94,836名 となっている(文部科学省, 2012)。不登校に至るまでの 支援として、不登校傾向を示し始めた児童に対して学級 での聞き取りや家庭状況の聞き取りなどから不登校の原 因となるものを探し、その原因が少なくなるように環境 を整えたり心理的ケアを試みたりと様々な手法でのアプ ローチがされてきた。不登校傾向を示す児童の中には、
対人コミュニケーションの弱さや日常生活場面での状況 把握の弱さ等を持つ児童も多く、不登校傾向を示してか ら発達障害と診断される児童もいる。これまで通級指導 教室の指導対象の中に不登校児童は含まれていなかっ
たため、発達障害と気づかれないまま不登校が長期化 するケースもある。発達障害との関係を十分に考慮しな がら不登校傾向を示し始めた早期への対応が不可欠で あると考える。
2年間不登校となり適応指導教室からの依頼で通級 に繋がってきた児童は、不登校になってから発達障害と 診断されている。通級指導教室と適応指導教室との連 携で1年後に登校できるようになった事例もあり、発達 障害を持つ不登校児童への支援において通級指導教室 が果たす役割があるのではないかと考える。
不登校傾向を示す児童への対応として、三本(2009)は、
数か月間不登校であった小学5年生の女子児童が、特別 支援学級でモルモットを飼育していることを知り、朝から 下校時までモルモットと過ごすために登校するようになっ たと報告している。ところで、モルモットは臆病で神経 質な動物であるが、やさしくゆったり接し続ければ人間 にも慣れ、ウサギよりも性格はおとなしく、体重も軽い ので児童にも扱いやすいとされる。
〜動物飼育(モルモット)による〜
芳倉優富子
(香芝市立下田小学校)
三本隆行
(帝塚山大学)
大宅洋行
(奈良教育大学 特別支援教育研究センター)
A Case Study;Support to Students with Tendency toward School Non-Attendance by Animal Breeding
−Guinea Pig in Elementary School−
Yufuko YOSHIKURA
(Simoda Elementary School)
Takayuki MIMOTO
(Tezukayama University)
Hiroyuki OHTAKU
(Nara University of Education, Center for Special Needs Education)
要旨:本事例は、登校しぶりが有り保健室登校となった児童に、モルモット飼育を通して支援した事例である。母子分離不 安のため登校しても母と離れにくかったり、登校途中で足が止まり登校できなくなってしまったりした児童が、通級指導教室 でモルモット飼育をすることで登校し始め、モルモット飼育を通して母子関係の改善や自尊感情の向上が見られ、登校しぶり や別室登校が改善した事例について検討する。
キーワード: 不登校傾向 Tendency toward School Non-Attendance、動物飼育 Animal Breeding、
自尊感情 Self-esteem、母子関係 Child-Mother Relationship
不登校傾向を示し始めた児童へのアプローチの一つと して動物飼育(モルモット飼育i)を通して学校での居場 所、心の安定、学校での役割と登校する意味を確認させ、
登校につながった事例を通して考察する。
2. 事例の概要
本児(以下、A子)はB市在住の小学3年生(X年4月〜
X+1年3月)の女児で、父・母(看護師)・兄・姉(中学 生)・A子の5人家族の末子。姉は小学校入学時から母 子分離不安が強く2年生まで母子登校をしていた。2年 生途中から少しずつ母子分離が可能となり、その後6年 生3学期までは、不登校になることもなく学校生活を送る ことができていた。しかし、6年生3学期より休みがちに なり、中学校入学後も不登校となり、行事等で登校刺 激を試みられているが、5月には家から出ようとしなくなっ てしまっていた。A子が教室へ入ることを嫌がりだした時 期と重なる。
姉が小学校入学後、母子登校していた2年生途中まで の間、幼少であったA子も母と共に姉の教室や保健室で 過ごすこともあったようである。
3. 経過
(以下、A子の発言やメモに書いた内容は「」で表し、
教員や獣医師などの発言は〈〉で表す)
3-1. 登校しぶりとケース会議
A子に登校しぶりが出始めたのは、小学3年生になっ て間もない時であった。担任の男の先生に注意されたこ とがきっかけとなり「男の先生がこわい。」と教室に行く ことを拒み始めた。
教室へ入れない状況であったため、保健室登校を始 めた。保健室登校を始めた頃は、母ともすぐに別れられ る日や、母と共に少しの時間を保健室で過ごした後、母 と別れることができる日もあった。たまに同じ学級の友 達の誘いで教室に行ける時間もあったが、ほとんどを保 健室で過ごしていた。
その後、登校できても学校玄関から保健室へも行け ず、学校玄関で母と押し問答をし、「やっぱりやめる。」
と家に帰る日もあった。それは、母が仕事や用事で直ぐ に学校を出なければならない日にそういう状態になるこ とが多かった。
B市には連携している大学の大学院生(心理学専攻)
が保健室登校児童をサポートするシステムがあった。A 子もそのサポートを受けることになった。A子は毎週水 曜日の午前中2時間程度、大学院生と学習をするという サポートを受けていた。
年度内に3回、心理学科教授とのケース会議(母親、
養護教諭、特別支援コーディネーター、B市スクールソー シャルワーカー、学級担任が出席)を行いA子への支援
内容について話し合った。その話し合いから『学校の入 り口から入れない時には、お母さんに一緒にいてほしい』
とお願いしたが、母親は仕事に行かざるを得ない様子で あった。さらに、姉を中学に連れて行かなくてはならな い日もあり、A子はそういった日に離れにくい様子が見ら れた。母親はA子と姉の間で焦っておられる様子であっ た。
1学期終わり頃になっても改善される様子がないまま、
学校玄関で黙ったまま立ち尽くし動こうとしない姿が続 いた。学校ケース会議(母親、学級担任、特別支援コーディ ネーター、養護教諭)で、母親の就業時間を減らすよう お願いした。保護者もこのままでは何も変わらないとい う危機感から、仕事の時間を徐々に減らしA子や姉との 時間を持つようになった。
3-2. 学校直前での立ち止まりと保健室登校の継続 2学期が始まり、10月の運動会を終えた頃から、家を 出て登校しようとするが、学校を前にすると足が進まず、
学校玄関や校門、隣接する幼稚園の前で立ち止まった まま動かなくなってしまう事が多くなった。〈無理しなく ていいよ〉、〈家に帰ってもいいのよ〉という教員の言葉 かけにも、何も答えず下を向いたまま黙って立ち止まり、
長い時には、朝から昼食時間までずっと立ち止まってい たこともあった。スクールサポートの学生や支援員、教 員などが交代でA子と共にその場に寄り添い、いろいろ な声かけや促しをするものの、A子は返事もしないまま ずっと立ち止まって動こうとしなかった。A子が元気なと きに、立ち止まっていた時のことを聞くと、「足が動かな くなる。なんでか分からんけど。足が勝手に止まる。学 校には行きたいけど行けない。」と答えた。
この頃から学校を休む日が増え、立ち止まると必ず帰っ てしまうようになった。学校玄関までは来ることができ た時でも、「今日は、帰ります。」と帰ってしまう日が増え てきた。保健室では、楽しそうに学習課題に取り組んだ り、学級での話を聞いたりし、一学期にこわいと言って いた学級担任との関係も良くなっている様子ではあった が、登校には繋がらなかった。
3-3. モルモット飼育の提案と飼育の条件
その後、保健室にも来ることが出来ず、途中で帰る日 や休む日が多くなり、このままでは不登校になってしまう のではないかと考えられた。そこで、A子が学校に来よ うと思えるような、登校刺激となるような事がないかケー ス会議で話し合い、学校に来る意味や必然性を与えてみ ることを考え、モルモット飼育を提案した。また、学校 内でも比較的静かな通級指導教室内でA子が、穏やか な気持ちでモルモットと接することができれば、A子自身 の心理状態も変化するのではないかと考えた。
A子にモルモット飼育を提案するにあたって、事前に 母親と話し合いを持ち、モルモット飼育の条件を共有し
た上で協力を依頼し実施した。
この頃のA子にとって、条件を設定することは厳しい のではないか、提示する条件の中でも月曜日の登校は難 しいかもしれないと考えていたが、あくまで登校刺激と してのモルモットであるので、登校できない日は、連れて こなくていいことにし、A子の自宅に長く置くことは、登 校を促す点ではマイナスになると考え、あえて下記の条 件をA子に提示した。
A子に以下の条件を守る約束でモルモット飼育を提案 すると考えるまもなく「私がやりたい!」と今までにない 笑顔で返事してくれた。
モルモット飼育の条件
① 通級指導教室で飼育する予定だが、担当教諭は出 張も多く忙しいので飼育を手伝って欲しい。
② 生後40日のモルモットなので、毎日必ず何回かお世 話をしないといけない。
③ うんちやえさの世話は必要。その世話のやり方は、
モルモットを連れてきてくれる獣医さんが教えてくれる
④ 土日や長期休暇にはA子が家に連れて帰ってお世 話してほしい。土日もお世話が必要であるため。
⑤ 通級指導室のモルモットだから、月曜日にはA子が 学校に連れて来て欲しい。
これらの約束は、登校できない日が多くなっているA 子にとっては、難しすぎるかもしれないとも考えられたが、
「いいよ。大丈夫。やるよ。」とA子は答えた。しかし、
モルモット飼育の提案後も登校する日が増える様子はな く、モルモット飼育を楽しみにしているものの登校に繋 がるのか不安は大きい様子であった。
3-4. モルモット飼育の実践
X年11月、飼育動物がいなくなっていた本校での動物 飼育ということで学校長の許可や職員の協力を得て、通 級指導教室でのモルモット飼育が始まった。モルモット が届いた当日、モルモットを届けた獣医師から聞いたこと
「両手で優しく持ってあげたら安心する。また、優しく静 かにお話ししてもいい。無理に慣れさせようとしてずっと 抱っこするのは、だめ。」を自らメモをした。その後、A 子は、獣医師からの提案もありモルモット飼育の様子や 疑問などをノートに書いていくことにした(図1, 図2:実 際はペンで書かれている)。
翌日、A子はモルモットの名前を『ルリー』に決め、
定期的に体重と体長を測るようになった。ルリーの世話 を始めてからは、毎日登校するようになり、ルリーの飼 育ケースの掃除(うんちとおしっこの片付けと新しいマッ トの交換)とえさ探し(タンポポとクローバーの葉が大 好物)に学校内を回りえさを集めるなどルリーの身の回 りの世話を行った。寒くなってきてタンポポやクローバー の葉が少なくなると家から人参やキャベツの葉などを
持ってきたり、母とエサをさがしに行くなどをした。それ らを学校に持ってきては、「人参が好きやで。」「リンゴ の皮はいっぱい食べるんやで。」「お兄ちゃんの部屋に置 いてあるねん。鳴いたらお兄ちゃんが教えてくれる。」「お 姉ちゃんもかわいいって言ってた。」など家に連れて帰っ た時の様子をうれしそうに話していた。
X年12月、A子は、通級指導教室に他の児童が来てル リーを触ったり抱っこしたりすることや、通級指導教室 で遊んだりするときに少し大きな声や物音をたてることに 敏感で、「ルリーが嫌がっている。」、「怖がっている。」、
「鳴き声が変わったから、本当はいやなんや。」、「動き回っ て落ち着きがない。」と、ルリーの様子から他の児童と の接触をルリーが嫌がっているのではないかというよう な話を通級担当や養護教諭によくするようになっていた。
通級担当や養護教諭が〈大丈夫だと思うよ。〉と言って 十一月二十日(火)
私は、モルモットの名前を考えていて、最初はティアラという名前にしたけど、ルリーという名前にかえました。
それで、前うさぎをかっていた所の前に広場があったので、そこではなしてあげました。するとすぐにすみっこの所にかくれてしまいました。すると寒くなったので、通級教室にもどることにしました。でもルリーは、ずっとすみっこにかくれているのでがんばってかごに入れました。それでへやにもどって体重を計りました。三百八十五グラムでした。かさもはかりました。十六・八センチでした。かわいかったです。休まずいきたいなと思いました。
図1. A子11月20日のメモ
十一月二十二日(木)
今日は、ルリーのうんちが小さくなっていないか見てみました。でも、小さくなってなかったのでよかったです。それで、ごはんもいっぱい食べていました。今日もルリーをうさぎをかっていた所にはなしてあげました。今日もきのうと同じでかくれてつかまえるのがたいへんでした。でも、元気でよかったです。
今日、お家に持って帰るのであんしんしてくれるとうれしいです。
図2. A子11月22日のメモ
もA子の思いは変わらなかったので、獣医師が来てくれ たときに聞くことにした。
獣医師がモルモットの様子を見るため学校に来る日に なると、A子は「こういう持ち方でいいのですか?知らな い子にさわられたり抱っこされたりするのはだめですか?
冬休みの時、爪が伸びたらどうすればいいですか?遊ば せる時はどこに放してあげたらいいですか?歯が伸びて 口が閉まらなくなったらどうすればいいですか?冬休み にルリーが病気になったらどうすればいいですか?」と、
獣医師に聞くことをノートに書いて準備していた
獣医師はA子からの質問を受け、〈これくらい(手で大 きさを表現)大きくなってきたら、優しくさわられたり抱っ こされたりしても大丈夫。小さい時から学校にいるので、
少しくらいやかましくても、夜には静かに過ごすことがで きているので大丈夫。固いものをかじって歯は削られる ので口が閉まらなくなることはない。ルリーが病気になっ たら、獣医さんはすぐに駆けつけるから、何かあれば通 級の先生に連絡してもらって。〉と回答し、A子は獣医師 からの言葉を聞いていた。
また獣医師から、A子の不安を取り除くようなお話や 言葉かけを受け、守ってあげないといけないと思ってい た弱そうに見えているモルモットのルリーが、案外強くこ れからも少しずつ成長するに従ってどんどん強くなること を確認していた。
3-5. モルモット飼育後のA子の変化
飼育が始まってからは、学校の玄関前や幼稚園の角で 止まっていたのが嘘のようにスムーズに登校できるように なった。校長先生は「あの小さなネズミ一匹で、こんな に変わるのか。」と驚き、「今まで学校玄関で難しい顔し て立っていたのに、変わったね。」、「学校では無表情だっ たが、笑顔で挨拶をしてくれた。」、「表情が明るくなった。」
と職員からも報告を受けた。一方、「いつかルリーが死 んだ時は、どうするのか。A子のショックが大きくなるの ではないか。」と、心配する声も教員の間からはあったが、
今のA子の様子を優先し、飼育を継続することにした。
登校しづらかった月曜日にも登校するようになり、どうし ても登校できない月曜日には、ルリーを学校の玄関に置 いた後「今日は、帰ります。」と言ってから帰るようになっ た。そんなときでも制服に着替え、ランドセルを背負って 登校していた。A子は心理サポート大学院生にもルリー のことを話し、世話の仕方を教えてあげて一緒にえさを 探しに出かけたり飼育ケースの掃除をしたりしていた。ま た、通級指導教室に遊びに来る児童にルリーの抱き方 や世話の仕方などを教えてあげていることも多くなった。
うまく飼育ケースから出して抱くことができない低学年の 児童には、まずA子が見本を見せてから抱かせてあげる 姿も見られるようになった。大きなボールを床について遊 ぼうとした児童に「大きな音は、ルリーが嫌いやから、ボー ルはつかないで。」と、してはいけないことなどを遊びに
来た児童に伝えた。
X+1年2月、ルリーは体重570g、身長27㎝と飼育を 始めて3 ヶ月足らずで1.5倍に成長した。弱々しかった姿 から大きく成長し、活動の範囲も広くなり、頼もしく強く なってきた。飼育ケース内の木製の家の上に昇って、ケー スのふたを押し上げたり、飼育ケースを掃除する時に小 さなカゴに入れてあげていると、いつの間にかカゴを乗 り越えて教室を歩いたりするなど、活動的になってきた。
そんなルリーの姿を見てA子は、「ルリーも外へ行きたい んや。」「自由に動きたいのかな?」、「ルリーもいろんな 事がしたいのかな?」、「遊びたいのかな?」等と言う事 が多くなり、ルリーを飼育ケースから出して教室内で遊 ばせたり、過去にウサギを飼育していた旧飼育小屋へ連 れて出たりすることが多くなった。「散歩させてくる」と スクールサポーターと一緒に旧飼育小屋に連れて行き遊 ばせるのが日課になっていた。「ルリーを放すと走るのが 速くて追いつかへん。穴の中に入っていってしまったら大 変やねん」と活動的になってきたルリーに困りながらもう れしそうに話していた。この頃には、登校のリズムもつき、
休む日が少なくなってきていた。下校時だけ、仲のいい 友だちと集団下校できる日も出てきた。
X+1年3月、ルリーの体重が700gになる。A子は「身 長を測りたいけれど、ルリーが動き回って計れない。何 か良い方法ないかな?」と言うので、獣医師に聞くことに した。獣医師から〈ルリーが入るくらいの細い箱のような ものがあれば、そこに入れてはかってはどうかな〉と教 えられ、A子は養護教諭からもらったお菓子の箱をルリー が入れる程度の細さに作り替えた。それでも嫌がるルリー を見てA子は、「嫌がっているし、大体でいい。大きくなっ てるから。」と言い、自分本位の考えではなく、ルリーの 気持ちや行動に立って世話を行った。そういったA子の 様子は、ルリーを飼い始めてから多くなった。
3月に入った頃、A子は登校できるようになっているも のの教室には入ることができていなかった。「来年度も 保健室で過ごすのではないか」と関わってきた教員の多 くは思っていた。しかし、来年度に向けての部団(居住 地域別)児童会で自分から進んで副部団長に立候補し た。今年度ほとんど部団で集団登校できていないA子が 自分から挙手して立候補した事に部団担当はじめ、教員 一同は驚き、どう思って立候補したのかを聞いてみた。
すると、「来年度は4年生やし、来るねん。」「みんなと同 じように学校に来て、教室に行く。」と言った。そして、
A子は母親にルリーの事について、「部団登校は集団登 校になるので、ルリーを連れて登校できないし、ルリー を連れて下校できない。」「私が教室に行くと、ルリーの お世話をする人がいなくなる。だから、ルリーを獣医師 に返す方が良いのではないか。」といった相談をした。
そこで、通級学級担当から、〈獣医師から小学校に頂い たので、学校で最後まで責任を持って飼育する。〉〈ルリー は、通級指導教室で飼育している動物だから、A子さん
が来られなくても通級指導教室の教員が毎日お世話をす る。〉〈土日や長期休暇は、担当教員やその他の教員が 家に連れて帰る。〉〈ルリーは通級指導教室に常時いるか ら、来られる時にお世話をしてくれると教員は助かる。〉
といった内容を話すとA子は、安心した様子で、「家にル リーを連れて帰れない代わりに、子鳥を飼ってもらうこと にした。」と嬉しそうに話した。母親からは「半年間ルリー を飼育して、子どもの気持ちが強くなったと思う。自分 がやってあげないといけない、という思いを持ってくれた。
動物を飼育する事で視野が広くなり、気持ちも安定して きたので飼育しやすい小鳥を家で飼うことになった。」と 聞いた。
その後、通級指導教室では、A子もたまにお世話をし に来るが、他の児童もルリーを楽しみに多く来るように なった。
4. 取り組みのまとめと考察
X年4月、小学3年生になって一週間後に登校しぶりが 出始め、教室に入れなくなり、保健室登校となった母子 分離不安を持つ児童が、X 年11月からモルモット飼育の 機会を得た。
X年10月からは、家は出ることができるものの学校が 近づいて来ると足が止まってしまい、学校に入ることが できない日が多くなってきた。母親は、立ち止まるA子 を残して仕事に通い続けていたが、A子の様子から仕事 の量を減らし母子登校を続けた。しかし、母子登校で あっても立ち止まり、学校に入れなくなったA子に、モル モットの飼育を通して学校での居場所、心の安定の場所、
自分の役割の確認をさせるよう試みた。モルモットの飼 育を始めてからのA子の変化は著しいものがあり、登校 時の様子、表情、自分からの会話などいい方向に動い ていった。登校したくても足が止まる、登校できないと いう状況のA子は、自分でもわからない、どうしようもな いという不安定な心理状態であったと推察される。その A子が生後40日といういかにも弱いモルモットを飼育する ことで学校での自分の役割を確認することができ、何も 言わずに無条件に受け入れてくれるモルモットに癒されて いったのではないだろうか。そこで、A子の変化につい て以下の点から考察を行う。
4-1. 自尊感情の向上という観点から
動物が子どもに与える影響として、山崎(2009)はモー チベーター(「動物に触れたい」「動物と仲良くしたい」と いう動機づけとなる)、コーディネーション(自分の体の 適切な使い方やバランスを保つこと。特に、小さい動物 に触れたり抱いたりする際、微妙な力加減を無意識に習 得する)、言語発達(動物を目にすることで自然に発言 をするきっかけとなる)、集中力(動物は注意の焦点にな りやすく、テレビゲームや玩具などの趣味や興味の壁を
越えて子どもをひきつけ、その集中力を高める)、社会性
(言葉を使わない動物と接することで、非言語的コミュニ ケーションが上手になり、ボディ・ランゲージを発したり 読み取ることができるようになる)、セルフケア(動物を 世話することで、自分自身の身の回りのことを整え、正 しい生活習慣が身につく)、自尊心(弱者である子どもが、
さらに弱い動物を飼養管理することで、動物が快適そう に過ごし、周囲の人間から褒められる。これが達成感に つながり、自尊感情を強くする。動物の健康状態や感情 を気遣いながら世話することで、自己の価値を見出す)、
コンパッション(動物を受け入れ共感することで、動物に 対して優しく親切になることができる。さらに、人間に 対しても同様の対応ができるようになる)、という8項目を 挙げている。また、中川(2003)は、学校で飼育される動 物の存在が、飼育動物に愛情を持っている児童にとって、
緊張感を弛緩させ、人間関係の改善に影響すると述べ ている。A子は3年生の10月になる頃には、校門の前にな ると勝手に足が止まるがそれが何故なのか本人には分か らないという様子が見られた。この頃のA子は、行きた くても行けない、しかしなぜそうなっているのか本人に も分からないという状態であったと思われる。
そこで、A子は動物好きであるので、学校で動物を飼 育すれば、その動物に関心を持つだろうと思われたが、
多くの小学校では、屋外の飼育舎にウサギやニワトリを 飼育し、飼育委員会等がその飼養管理を行っている。
また、児童個人での飼育は難しく、集団活動組織が必要 である。そこで、教室全体で育てるという形をとりつつ も、A子にはモルモットの飼育という役割を与えられたこ とにより、それが登校刺激に繋がったのではないかと考 えられる。さらに、弱い動物と思っていたルリーの安全 な育て方について、自分から獣医師に聞くなど、モルモッ トの成長をA子が支えているという感覚を体験し、自分 自身の価値を見直すきっかけとなったと思われる。
4-2. 母子の分離不安という観点から
子どもが生後6か月頃から6歳までの間に、母性的人物 の喪失があった場合、母子分離不安状態となるといわれ る。J.ボウルビィ(2007)は愛着行動を構成する行動型を 3つに分類している。全ての愛着行動は空間における特 別な愛着対象に向けられるという定位行動、母親を子ど もの方へ引き寄せる信号行動、子どもを母親の方へ近づ ける接近行動である。その一つである信号行動の中に、
後追い、しがみつき、泣き叫び等がある。A子は母親の 関心を得ようとするが、姉のことで母親は忙しい。A子 の母親は看護師という責任の重い職業に就き、A子の子 育てに一日中関われなかった。また、同じく不登校傾向 であった姉の送迎を繰り返す母親の行動をA子は幼児期 に見続けている。ここでは姉が愛着対象である母親を奪 う略奪者であり、略奪者(姉)から愛着対象(母親)を 防御する行動が後追いやしがみつきではなく、立ち止ま
りとなったのではないだろうか。
また、細川(2012)は、小学校三年生・四年生の時期 を発端とする小学校でこじれる問題の原因として、「この 時期が、生活言語から学習言語に移行する時期であり その個人差が大きいこと、自己中心性を強く残す児童と 脱中心化した児童が混在している時期であることから、
児童同士に「行き違い」「思い違い」が多発する」ことを 挙げている。A子は、自己中心性を持ちつつ脱中心化が 混在し、他者と自分の違いを意識し自我を確立する時期 であり、それまで培ってきた「自分」と向き合って新たな 自我を確立する時期でもあることから、母子関係を確認 する時期でもあったのではないか。A子は、それを「教 室不適応行動」「不登校傾向」という形で表していたの ではないかと思われた。
そのような中で、A子とモルモットとの関係では、モル モットの養育者と被養育者の関係になり、小さなモルモッ トをたくましいモルモットに育てることを通して登校する 自信や集団に入っていく自信を失っているA子が、自分と モルモットを重ね、飼育し始めたモルモットは生後6週齢 で、性成熟が8週〜 12週齢ということから考えると、少 しずつ大きく強くなっていくモルモットと同じよう心理的 に強くなっていった。また、母親とA子の間では、家庭 でのお世話やエサさがしに二人で出かけるなど、A子の 満たされていなかった母子のつながりができた。つまり、
A子、母親の中で、モルモットという動物を介した関係 性が築き上げられたのであろう。Brickel(1982)は動物が 情緒的支えになると報告している。また、林ら(2012)は、
動物が人の健康に与える効果として、身体的・精神的・
社会的各効果に分類し、それぞれが相互的、複合的に 作用すると述べている。動物が人の神経系に何等かの変 化を及ぼして精神や心理に対して効果を表し、個人の社 会的側面に影響する。特に、心身に損傷を受けた者に、
再び社会復帰を目指すリハビリテーションの役割を動物 が担ってくれるものであり、子どもたちには教育的効果と して発現するとしているが、モルモットを育てることで自 身の母性が育ち、それと共に自尊感情も高まってきたと 思われる。
5.今後の課題
今回の事例では、通級指導教室内という人の出入りの 限られた環境で、動物好きな児童が飼育の大半に関わり 効果を得た。しかし、今回の例を継続することや、新規 に個々の児童のために動物飼育を開始することは難しい と思われる。
学校で動物を飼育する場合、多くの児童に効果を期待 して、誰もが見ることのできる屋外飼育舎で動物を飼育 し、学年活動や委員会活動として世話にあたることが多 く、個人向けに飼育されることはほとんど無い。
また、学校で動物を飼育するにあたっては、多くの学
校が抱える問題が以下のように挙げられる。
* 春夏冬季の長期休業日や、土日祝日での動物の世話。
* 食餌や飼育にかかる費用。
* 動物の健康管理。
* 児童の動物に対するアレルギーや衛生面での問題。
* 教員の飼育動物に対する知識。
これらの問題は、学校全体で取り組まなければいけ ない問題で、放置すると教員自身の負担となったり、飼 育動物の虐待につながる。また、児童にとっても悪影響 を与えることになるであろう。教職員や保護者の動物飼 育に対する理解のもと、用途に応じた動物飼育が望まれ る。
参考・引用文献
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J.ボウルビィ 著, 黒田実郎 訳(2007)母子関係の理論Ⅰ 愛着行動, 290-294, 岩崎学術出版.
J.ボウルビィ 著, 黒田実郎 訳(2007)母子関係の理論Ⅱ 分離不安, 27-33, 岩崎学術出版.
三本隆行(2009)特別支援学級での動物飼育実践と保 護者の反応. 10, 32-34. 全国学校飼育動物研究会.
動物飼育と教育.
文部科学省(2012)統計情報:児童生徒の問題行動等 生徒指導上の諸問題に関する調査(届出統計). 文 部科学省.
中川美穂子(2005)学校飼育動物と生命尊重の指導 教 職研修総合特集. 157, 42-45, 教育開発研究所.
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科臨床, 62, 573-578, 日本小児医事出版社.
i 今回導入したモルモット(guinea pig)について:齧歯 目テンジクネズミ科 南アメリカ原産 イングリッシュ・
ハートレイ種(白色)の6週齢メス 草食性 成獣平均 体重850~900g(メス)4~5年生存Specific Pathogen Free(特定病原微生物を持っていない) 屋内飼育が 原則で、野外の飼育には適さない