食料・農業と環境との関連に関する概観(特集1 環境 と農業・都市)
著者 小林 弘明
雑誌名 東西南北
巻 2001
ページ 59‑68
発行年 2001‑03‑19
URL http://id.nii.ac.jp/1073/00003624/
特集1○環境と農業・都市
食料・農業と環境との関連に関する概観
一lはじめに歴史と今日的課題 小林弘明
農業と環境との関係は一般的にどのように意識されて
いるであろうか?
農業は︑そもそもの原生的な自然を破壊することで成
立している︒しかし︑農業はどちらかというと自然環境
を守るはたらきを果たしていると感じている人びとも多
いのではなかろうか︒このような意識は︑農業が自然と
も良く調和した産業であるという認識にもとづいている
ものと思われる︒しかしわが国の場合︑そのような﹁農
業的自然﹂が支配していたのは︑国全体が鴎霧騨珪云であ
った江戸時代までである︒欧米における画期は産業革命
までということになろうが︑それ以後農業は︑時には被
害者︑時には加害者として環境とのせめぎ合いの中に引
き込まれている︒ 本学経済学部助教授
明治維新以後︑わが国の農業はどちらかというと環境
汚染の被害者であったが︑第二次大戦後︑化学肥料およ
び農薬への依存体質を強め︑また畜産というわが国では
伝統的でない部門が成長する中で︑環境汚染・環境破壊
の加害者としての性格も強めることになった︒一方で
﹁農業的自然﹂を求める人びともおり︑農業が環境を守
る役割も求められている︒
以下の事件および状況は︑農業が経済成長の被害者と
*●Ⅱなった例として代表的なものであろう︒
﹇栃木県渡良瀬川足尾鉱毒事件﹈
被害は栃木県と群馬県を中心に︑埼玉︑茨城県まで広
がった︒一八八○年頃から魚類に異変︒一八九○年の大
洪水で鉱山から発生した土壌中の銅が環境中に排出され︑
農業生産に未曾有の被害︒洪水により引き起こされる被
害はその後も続き︑いくつかの村が消滅することで一応 *1資料l環境庁縄﹁環境白書︑平成二年度︑総説﹂一九九九年.阿部泰隆・淡路剛久編﹃環境法第二版﹂一九九八年︑有斐閣︒など
の集結を見た︒しかし︑問題は残された︒古河鉱業所が
責任を認め補偵金支払いに同意したのは︑一九七四年五
月一一日である︒
﹇日立煙害事件﹈
一九○五年に操業を開始した日立鉱山による農・林・
畜産業への被害︒調停交渉は順調に推移し︑さらに一九
一四年一二月︑一五六メートルの高煙突により被害は減
少した︒
﹇熊本県不知火海および新潟県阿賀野川流域の水俣病﹈
明治四一︵一九○八︶年に日本窒素肥料水俣工場が建
設されて以後水質汚濁が始まる︒昭和二○年代後半には︑
魚︑カラス︑水鳥の変死や猫の狂死︒昭和三一︵一九五
六︶年五月︑人の脳症状として最初の報告︒同様の被害
が︑昭和四○︵一九六五︶年頃︑昭和電工により新潟県
で引き起こされた︒
︹富山県神通川・イタイイタイ病﹈
大正時代から︑カドミウム︑鉛︑亜鉛等による水質汚
濁︒イタィイタイ病は長年原因不明の特異な地方病とさ
れていたが︑学会報告は昭和三○︵一九五五︶年が初め
て︒原因は三井金属神岡糖銅所の排水に含まれたカドミ
ゥム︒カドミウム汚染米は現在でも生産され︑非食用に
仕向けられている︒
﹇悪臭魚問題﹈
昭和三○年頃から開発が進められた石油コンビナート 一九九四年一二月︑わが国は二一世紀中頃までを見通
した環境問題に対する基本的な姿勢を﹁環境基本計画﹂
︵閣議決定︶で宣言している︒目標となる社会は︑経済
成長とともに定着した大量生産・大量消費・大量廃棄型
の社会を改め︑子孫に迷惑をかけないという意味での持
続可能な発展︵曾切国ご脚匡①ロ2座8日①gを実現する
社会であり︑農業に対しても等しく求められる達成課題
である︒
﹁環境基本計画﹂の農林水産業に関する記述では︑
①それが生産力の基礎を自然の物質循環の中において
いるという他産業とは異なる性格を有することを認
めつつも︑ 周辺で発生︒川崎︑尼崎︑北九州︵以上は戦前からの工業地帯︶︑四日市︑京葉︑水島など︒一九五八年︑浦安漁民騒動では被害漁民が本州製紙江戸川工場に対して実力行使を行ない︑刑事事件となった︒
﹇経済成長︑住宅・公共施設開発と農地のかい廃﹈
昭和三五︵一九六○︶年には約六○○万ヘクタールあ
った農用地は︑近年五○○万ヘクタールを割り込む水準
となっている︒これは都市化によるアスファルトの被覆
面積の増加や農業による緑の減少をもたらすだけではな
く︑農村地域の美しい景観をも破壊する結果となってい
る︒この点については後述︒
一 0
②農薬や化学肥料の節減︑
③家畜糞尿の適切な管理︑
④農地周辺の生態系保全︑
⑤林業・水産業における適切な資源管理︑
などの必要性が指摘されている︒
課題や目標として掲げられている事柄は︑性々にして
現在は守られていないことを暗示しているのであり︑
林・水をも含めたさまざまな問題点を伺い知ることがで
妾?よ︾フ︒
本稿の目的は︑今日的な状況を通観することにより︑
食料・農業部門と環境との関わりを考察する上での論点
の整理を行なうことにある︒食料と環境︑ないし農業と
環境をテーマとする論考は数多く見られるが︑やや専門
的なものが多く︑かつ特定の分野︑特定の側面に焦点が
当てられており︑全体像を把握できるような標準的な解
説を与えるものも必要と思われる︒本稿はそのための第
申ワ﹄一歩である︒
以上の目的にそって︑次節以下では︑国内外の農業が
環境と接する諸側面について︑統計数値および具体的な
事例を交えながら説明し︑また︑林業および水産業につ
いても若干言及する︒
ニーさまざまな環境問題
図表1は今日われわれが問題として直面しているさま ざまな環境汚染を分類し︑かつそれぞれの問題を引き起こす原因ないし原因物質を整理したものである︒一般的な意味での自然破壊は含まれていないが︑それは図表中︑生物多様性の減少をもたらすものである︒原因︵物質︶の中で︑太字で示したものは農業がかかわると見られる
*︑︶ものである︒
環境に対する汚染者・汚染物質が直接働きかける対象
は︑大気︑水︑土壌である︒水は地下水と地表水に分け
られ︑さらに地表水は︑海洋︑河口域︵または汽水域︶︑
陸水︵または表流水︶および湿地に分けることができよ
う︒水は︑降水︑蒸発︑蒸散︑浸透︑浸出および流出と
いう複雑な循環Ⅱ水循環を繰り返し︑土壌の汚染が人間
への驚異となって曝露する際に重要な働きをする︵ただ
し︑土壌から大気への汚染物質の流れもある︶︒
なお︑農業︑あるいはやや範囲を広げた食料供給部門
がもっぱら関わる問題として食品の安全性︵弓呂鯉嚴g
および食料安全保障︵詞︒呂艀219がある︒しかし︑
後者は一般的に﹁環境問題﹂として議論の対象とはされ
ていないようである︒さらに水産業は海洋資源の問題と
かかわっている︒
ところで経済学の中では︑環境問題は﹁外部性︵また
は外部経済効果︑闇房ョ堅昼︒﹃關蔚g堅固89昌弐負
の場合は恩月冒堅豆の①8弓目邑﹂の問題として位置づけ
られる︒外部性とは︑金銭の取引を伴う市場取引が通常 *2ただし︑本稿で取り扱うのは︑主に食料・農業部門が環境に対して働きかける側面が中心となる︒地球平均気温の上昇による農業生産の変化など︑食料・農業部門に対する環境変化の影響に関する今日的な状況についてはあまり言及していない︒また︑農業部門から排出される廃棄物︵ゴミ問題︶および﹁食品の安全性﹂については︑それ自体重要な問題ではあるが︑本稿で議論の対象とはせず︑他の槻会を期したい︒なお本稿は︑本号掲救の持田稿を参考にしているが︑持田稿と一部内容が璽複している︒一つの詰考としての一貫性を保つため︑内容の調整は必ずしも十分ではないことをお断りしておく︒*3*2で述べた本稿の趣旨と紙幅の都合により︑以下︑図表に関して必ずしも詳細な説明を行なってはいない︒
三11農業が関わる環境汚染
図表2は︑農業による環境汚染に対して︑一般市民が
どのように捉えているかを示す一つの指標として︑農林
水産省によるアンケート調査を引用したものである︒
図表1の整理にしたがうと︑典型七公害の一つである
悪臭について︑農業に対する一般市民の目が厳しくなっ は成立しないということを意味する︒公害・環境汚染とは︑﹁負﹂の外部性をもたらすさまざまな人間活動にかかわる問題となる︒
理論的には﹁正の﹂外部性も存在し得るわけだが︑森
林による酸素の生成や治水機能などはその典型的なもの
であろう︒
農業生産活動もまた︑無視し得ぬ規模の正の外部性を
有するといわれている︒そのような働きは﹁多面的機能
盲屋屋昏画&呂農g﹂と呼ばれ︑農業をめぐる環境問題
の一角として近年活発な議論がなされている︒
特にわが国の場合︑畜産起源の悪臭問題を別にすれば︑
農業によるいわゆる環境汚染が深刻な問題として取り上
げられたことは他産業に比べればむしろ少ないようであ
り︑この多面的機能は︑自由競争に基づく市場経済から
農業を守ろうという見解の論拠となっている︒また︑後
述するように︑多面的機能に関する議論は多分に対外的
な側面ももつ︒ 本41農業による大気汚染
農業が大気汚染をもたらす事態は一般的ではない︒し
かし︑地球温暖化をもたらす温室効果ガス︵の函⑦
の局曾言扁の⑦勝過は少なからず排出している︒
農業による二酸化炭素の排出は︑主に農業機械・施設
等での化石燃料の燃焼に由来するが︑わが国の場合︑経
済全体に占める農業の割合が低いこともあり︑農業の二
酸化炭素排出に占める割合は二・七%と低い︒また︑新
たな農用地はほとんど造成されていないので︑農業部門
が二酸化炭素の吸収源である森林を破壊するという事態
も︑今日のわが国において一般的ではなくなった︒
二酸化炭素の一二倍の温室効果をもっとされるメタン
は︑水田や家畜︵反翻動物のゲップ︶から排出され︑わ
が国の排出するメタン総量の五六・八%が農業起源であ
る︒水田からのメタンは排水条件を整備すれば減少し︑ ていることがわかる︒しかしそれ以上に一般市民の関心が高いと見られるのは︑農業景観についてである︒事柄が事柄であるだけに︑その具体的な内容を正確に捉えることは難しいが︑少なくともこの問題が︑悪臭以外の典型七公害など︑狭い意味での環境破壊よりも注目されているという結果は留意すべきであろう︒
以下では︑一般的な意味での環境汚染である大気汚染
と水質汚濁を取り上げ︑農業との関連を概観する︒
*4﹁図説食料・農業・農村白書平成二年度﹂︵農林統
計協会︶などを参照︒
− − 6 2
図 表 1 環 境 問 題 と そ の 原 因 少するとされている︒ また︑家畜からのメタンも飼養管理技術の改善により減
施肥土壌や家畜排泄物からは亜酸化窒素︵厚gが発
生し︑大気に直接排出される︒農業の占める割合は九・
九%︒
わが国の場合︑炭素換算の総温室効果ガス排出量に占
める農業の割合は三・八%と比較的低い︒しかし︑人口
対比で見た家畜飼養頭数のきわめて多いニュージーラン
ドでは︑国全体で見た温室効果ガス排出量の半分近くが
農業起源︵反鍔動物のゲップ︶となっている︒また︑イ
主な原因(物質)の例 (典型7公害)
r天気の汚染粒子状物質、二酸化硫黄、一酸化炭素、
二酸化窒素、オゾン、鉛 2水質の汚濁
3土壌の汚染
栄養塩類(窒素・リンの化合物>、麺金属、
有機合成化合物(屡薬、プラスチック、洗剤 など)、病原体、放射性物質、その他多く の有害物質、酸・塩基
鉄道、高速道路、工事現場、工溺 4騒音
5振動 鉄遊、工事現場
6 地 盤 沈 下 地下水採取、鉱山
化学工場、堆厩肥、畜産農家 7 悪 臭
(地球環境問題)
lオゾン層破填フロン類、臭化メチル(土壊消毒剤)
2酸性雨 二酸化硫黄、二酸化窒素
3地球温瑠上二酸化炭素、メタン、フロン類、
代替フロン類、亜酸化窒素 4熱帯雨林
の 破 壊
薪炭採取、森林火災、伝統的でない焼畑、
不適切な商業伐採
過放牧、ステップでの樹木の伐採や土壌の 露 出 、 地 下 水 採 取 一 5砂漠化
6 海 洋 汚 染 タ ン カ ー 事 故
7有害廃棄物の確信犯。根源は国際的な貧寓の格差か?
越 境 移 動 として︑国際的な批判を受けることがあるらしい︒ ンフラの整備されていない途上国の水田はメタン発生源
また︑野菜・果樹作で使用される土壌消毒剤から発生
する臭化メチルはオゾン層破壊物質であるが︑二○○五
年までに全廃される︒
2農業による水質の汚濁
農地に施された肥料や圃場に排泄された家畜の排泄物
は︑生産物である植物によって消費されず土壌に残留す
ると︑水循環を通じて水質を汚濁する︒代表的な汚染物
8生物多様性の 減 少
土地利用の変化、湿地の喪失、
マングローブ林の破壊 9南極の環境
(その他)
1 廃 棄 物 問 題 廃 棄 物
注:(1)典型7公害は、「環境基本法j(1993年11月)2条3項の「公害」
の定義にしたがう。
(2)酸性雨、辮│涌林の破壊、砂漠化、有害物寅の越境移動、
南極の環境および廃棄物問題は、「環境基本法」(2条2項)に よる「地球環境保全」の対象としては明記されていない。し かし、同項では「その他の地球全体又はその広範な部分の 環境に影標を及ぼす小態に係る」ものも対象としている。
地球琉境問題の確たる定義はなかろう。
(3)太字は農林水産業生産が直接関わるものである。
図表2農業に対する市民からの苦情件数の推移
(過去5年間)
80%1 % 稲わら等の焼却に伴う煙
農作業に伴う騒音 河川湖沼・地下水汚染 農薬の散布 家畜排泄物による悪臭 農業景観の悪化
11
→少し燗
→大きく蝋 変わらない →あまり →少し減 →大きく減 ない →クレームは
出典:「食料・農業・鰹村白鐡附刷統計表・平成11年庇』(農林統叶協会)。
原典は農林水産省「腱業生産環境調査(市町村)』(10年7月鯛在)。
− F …
鐘藍塞碧震雲雲 3 蕊 壼 簔 雲 塞 琴 割 催
醒 鞭
雷霊霊雲簔篝 霊│
可弓T8●
質は硝酸態窒素︵Z︵ことリン︵里である︒また︑分解さ
れずに残った農薬は︑多くが有害な化学物質であり︑同
様の経路により水質を汚濁する︵よく耳にする残留農薬
基準とは食品に関するもの︶︒このような問題は︑肥料
︵窒素︑リン︑カリ︶の調達が死活問題となったかつて
の農耕社会では起こり得なかったことであろう︒
二○世紀以降の化学肥料︵無機質肥料ともいう︶の存在
により︑圃場が栄養過多となり養分が環境に排出される
事態が起こり得るようになった︒ただし︑それが現実とな
ったのは比較的最近のことである︒冒頭ふれたように︑わ
が国で化学肥料や農薬が一般的になったのは戦後である︒
幸か不幸か︑わが国の場合︑地下水を飲用とする割合
が比較的低いこと︑また︑下水道の整備状況が悪いこと
もあり︑農業生産からの栄養分の排出以外に水質を汚濁
する人間活動が盛んなためか︑あるいは排出量自体が少
ないためか︑肥料・農薬の使用量は国際的に見てきわめ
て高水準であるにもかかわらず︵図表3︐4︶︑農業だ
けが水質汚濁の原因として取り上げられることは少ない
ようである︒DDTなど残留性の高い有機塩素系の農薬
は現在では使用が禁止されている︒農薬による地下水汚
染という点では︑ゴルフ場の方がむしろ問題視されよう︒
とはいえ︑畜産による水質汚濁は各地で問題になって
いる︒農林水産省による︑図表2とは別の調査は︑
①悪臭関連の苦情が苦情全体の六割と最も多いが︑水 総人口の半分︑農村地域の人びとの九五%が地下水を飲料水として利用している︒そのアメリカでは肥料や農薬による地下水資源の汚染が問題になっている︒一九七九年のカリフォルニア州による井戸の検査など︑農地面積の多い州を中心として地下水の水質調査が数多く行なわれ︑多くの飲料水源が汚染されていることがわかった︒環境保護庁による一九八八年のモニタリング調査では︑二六州の地下水から四六種類の農薬が見つかった.その
後の全国調査では︑公共用井戸の一○・四%︑個人用井 質汚濁の苦情が図表2よりも多く︑四割を占める︑
②害虫発生に対する苦情もある︵全体の八%︶︑
③畜産に起因する苦情の発生件数は︑昭和五八年の約
一万件から︑平成二年の約二︑六○○件へと減少
したが︑
④規模拡大と農家戸数の減少さらに混住化などにより︑
農家一戸あたりでみた苦情発生率はかなり上昇して
いる︵平成二年において︑乳用牛︑養豚︑養鶏で
それぞれ二・四%︑七・三%︑五・五%︶︑
などの状況を明らかにしている︒また︑排泄物処理が
中P③不適切な畜産農家は全国で約四万戸といい︑堆肥化や浄
化施設を整備する必要性が認識されている︒
事例lアメリカにおける農薬および農業化学資材による水質汚濁 *5﹁畜産基本調査﹂による乳用牛︑肉用牛︑豚︑採卵鶏およびブロイラーの飼養農家数は延べ約一八万戸︒
一 4
一九九二年時点︑スイスの農業生産の七割は畜産で
特に酪農は三六%を占める︒これは他の欧州諸国でも一
般的な形態であるが︑スイスは丘陵地ないし山岳地域の
割合が高い︒戦後︑スイスの農業は集約度を高め︑環境
に対して悪影響を与えるようになった︒それは家畜糞尿
の表土︑表流水︑地下水︑さらには河川・湖沼への浸透
による水質汚濁問題であった︒水質に対する汚染物質は
窒素およびリンであることから︑それをもたらしたのは
主に酪農を中心とする農業であり︑他産業の活動による
汚染は従なことが明らかであるという︒生物多様性も減
少したとされている︒
農業による環境汚染問題が顕在化し︑政治的・社会的
問題となったのは一九八○年代後半である︒具体的な改
革は一九九○年代になってからである︒これは︑同時に
進行している農政改革︵主な内容は農業への価格支持を
引き下げること︶の中で︑環境調和的な農業生産活動に 戸の四・二%で最低一種類の農薬が検出された︒ただし︑人間の健康を脅かすほどのものは︑公共用井戸ではゼロ︑個人用井戸でも一%以下とのこと︒
ちなみにアメリカの環境政策においては︑﹁排出ゼロ﹂
と﹁魚が捕れて泳げる﹂という野心的な目標が掲げられ
*戸りているが︑今のところ達成は困難なようである︒
事例lスイスの農業・環境政策
一九九二年時点︑スイスの農業生産の七割は畜産で︑ 対して︑価格支持から振り替えられた補助金によって運営されている︒具体的には︑面職あたり家畜飼養頭数の制限︑ならびに有機農業の推進などを内容としており︑
本一J
要はより粗放的な農業へと生産者を誘導するものである︒
四l欧米と日本の農業観の違いと
農地のもつ多面的機能
一で述べたように︑概して日本人は農業を環境の破壊
者としてとらえる認識は薄いように思われる︒対して欧
図表3世界の肥料使用量の推移(単位:農用地1ha当たりk9)
300 250 200 150 100 50 0
二世呂匡宝玉︼き﹄E﹄E口邑岳・亀孟庄■E■冨昏刮磨6号毎五脚毎月局■日笥畠軋達■ ◎るオセアニア蔬南アメリカ蝿
し北アメリカ除先進国でアフリカ耐
地ロシア用農
東ヨーロッパ錨
を西ヨーロッパ地牧
アジア
韓途上国採
中国を
郵羅日本使世界計恥
料合資注
図表4世界の農薬使用量(1994年)
J A P A N N O R T H W E S T E R N 12%AMERICA30%EUROPE25%
↓ ↓ ↓
EASTERN EUROPE2%
一 ↓
↑ ASIA 16%
↑ AFRICA 2%
↑ LATlN AMERlCA13%
鵬蝋纈灘瀞謂蝿議職鏡職 叱羽︑一九九六年三月︶ 省農業総合研究所﹃農総研季報﹂ の農業・環境政策﹂︵農林水産 *7資料l小林弘明﹁スイス 7〜628頁 九年︑原著は一九九六年︑61 農業政策研究センター︑一九九 境管理の原理と政策﹄︑食料・ ス著︑生態経済学研究会訳﹁環 ラン︑ジャネット.M・トーマ *6資料lスコット.J・カ
. = 一 一 』 ■ ■
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i§I 函̲一『‑1鯛̲=詞一̲壜
米人の認識は︑日本人とはかなり違うようであり︑第一
義的に農業は環境の破壊者であるととらえている︒この
ため国際交渉の場などにおいて︑農産物貿易の自由化と
農業への国内助成措置削減を訴える欧米諸国に対して︑
わが国が農業の持つ非市場的な価値を訴えてもなかなか
理解されないということが生じている︒なぜこのような
認識の違いが生じるのであろうか?
一つの要素として社会の現実がある︒図表5で示され
るように︑わが国の国土面頓に占める森林面積の割合は
多くの欧米諸国に比べると著しく高い︒歴史的に見て︑
欧米では農業が森林面積を減らすことによって成立して
きたのであり︑原生的な自然に農業が手を加えた程度が︑
欧米と日本とでは相当違うと言うことができる︒また︑
欧米の農地のほとんどは畑と牧草地であるのに対して︑
わが国では︑持続可能性が高く︑優れた国土保全機能を
持つとされる水田の割合が高いことも重要であろう︒さ
らに欧米では︑すでに見たように水質汚濁の主たる汚染
源として農業が名を連ねている︒
さらにわが国の近年における土地利用の状況を見ると︑
耕地の減少は︑森林の増加ないしは土地の自然への回帰
を必ずしも意味してはいない︒図表6で︑近年における
わが国農地のかい廃要因を見ると︑植林されているもの
はごくわずかで︵図表では植林と農林道等が合計されて
いる︶︑ほとんどが︑より集約的な利用形態になるか︑ あるいは単に耕作放棄される状況となっている︒工場︑宅地や道路など非農業用途での利用と農業とを対比すれば︑後者がより自然に近いと考えるのが通常であろう︒﹁耕作放棄﹂は︑単なる荒れ地になることを意味し︑土地が自然に帰ることとは異なる︒
﹁非市場的価値﹂については︑近年精力的な研究が進
められ︑﹁農業の多面的機能﹂として概念化されつつあ
*8る︒単なる食料生産以外に農業が果たしているとされる
申Q︾機能を列記すれば下記のとおりである︒
環境保全
︵国土の保全︑水源の酒養︑自然環境の保全︑良
好な景観の形成︶
地域社会の維持活性化
︵文化の伝承︑保健休養︑地域社会の維持活性化︶
食料安全保障
食品安全性
農業の多面的機能を強調しすぎることには異論もある
が︑右のうち︑欧州諸国が農業の持つ外部効果として最
も重要視しているのは︑良好な景観の形成である︒アメ
リカなどケァンズグループを形成する新大陸諸国は非常
に批判的である︒
これらの議論では︑多面的機能を強調することが︑市
場歪曲的な農業保護を継続するための隠れ蓑としてそれ
を利用しているという批判もあり︑さらなる研究を要す *9農林水産省﹁WTO農業交渉の課題と議点﹂︵平成一二年︶参照︒ *80ECD﹁農業の環境便益﹂︵家の光協会︑農業総合研究所訳︑平成一○年︶︑﹁代替法による農業・農村の公益的楓能評価﹂︵﹃農業総合研究﹂第五二巻第四号︑平成一○年﹀など︒
− 6 6
図表5先進主要国の各国の土地利用(1994年)
0 % 2 0 % 4 0 % 6 0 % 8 0 % 1 0 0 %
るところであろう︒例えば︑掲げられた機能の中でも重
要な要素である国土保全と水源涌養に関していうと︑そ
のような機能を果たし得るのは農業だけではない︒他の
方法と比べたときの費用対効果も検討した結果︑農業に
よるものが最適であるということでなければ︑﹁多面的
機能のために農業保護が必要である﹂とする主張は説得
力を持たないというのである︒しかし︑残念ながら︑多
面的機能を強調する議論の多くは便益面のみを強調して
いるようにも見受けられる︒
フランス ドイツ 日本 アメリカ
… ・ … ー1、',!【.¥'L『│鯏撫』窪塞鼈器學鶏筆鍔篝§鑿制
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宮 一.. 言忌ヨ峯舂壼襄9
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− 二 一
↑ 森 林 1 1 ↑ 農 用 地 I ↑ そ の 他
資料:MOSrXr(www・faO.oIg) 図表6わが国における耕地のかい廃と拡張
耕地の甥漉拡踊俶)6Q00080.。0。,00."0,20000
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− コ 瘻 一
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fTf琴
I
曇への
農 林 道 ・ 植 林 戸 耕 作 放 棄 等
用 五111途上国の状況
環境問題への取り組みの遅れと人口・食糧問題
﹁衣食足りて礼節を知る﹂︒環境は上級財であるといわ
れる︒豊かな自然環境や汚染されていない大気と水︑さ
らには生物多様性への需要が表面化するのは︑国民所得
水準が十分に高くなってからであるという︵この点に関
して︑﹁環境クズネッッ曲線﹂という概念がある︶︒地球
温暖化に対する国際的な取り組みがなされている中にお
) 01,0002,0m3,0004.0005.0006,0007, 0 耕地面積(1,000ha)
資料:『食料・農業・良村白書附属統叶表:平成11年度j(農林水産街)。
原資料は『耕地および作付け而秋訓在』。
注:(1)耕地面穣は8月1,現在。1973(昭和48)年以前は沖縄県を含まない。
(2)拡張およびかい塊而槻は前年8月から当年7月までに生じたもの.
1974(昭和49)年以帥は沖抑県を含まない。
(3)1960〜1963年の非農柴への転用には農林滋・植林等および 耕作放棄等を含む。
(4)1964〜1968年の農林逝植林等には耕作放棄等を含む。
図 表 7 海 洋 漁 業 と 資 源 問 題
最大漁獲高を最大漁獲高(千トン)近年の漁獲高 記 録 し た 年
漁 業 水 域
1.007 北 西 大 西 洋 * 1 9 6 7 2 . 5 8 8
北 極 海 * 1 9 7 1 189 28
南 西 大 西 洋 * 1 9 7 2 962 312
中 西 大 西 洋 * 1 9 7 4 181 162
中 東 大 西 洋 * 1 9 7 4 181 320
中 東 太 平 洋 * 1 9 7 5 93 76
北 東 大 西 洋 半 1 9 7 6 5 , 7 4 5 4.575 北 西 太 平 洋 * 1 9 8 7 6 , 9 4 0 5.661 北 東 太 平 洋 1 9 8 8 2 , 5 5 6 2337
南 西 大 西 洋 1 9 8 9 1.000 967
南 西 太 平 洋 1 9 9 0 498 498
南 東 太 平 洋 1 9 9 0 508 459
地 中 海 1 9 9 1 284 284
西 部 イ ン ド 洋 1 9 9 1 822 822
いても︑途上国の主張は﹁われわれにとっての最大の環
境問題は貧困﹂であり︑熱帯雨林の破壊︑砂漠化︑酸性
雨という国境を越えた環境問題に対しても途上国の姿勢
が積極的とはいえない︒
図表1で示したように︑熱帯雨林の破壊と砂漠化には︑
農業生産活動︵農地開発や不適切な焼畑など︶が深く関
わっている︒熱帯雨林は︑中央アフリカ︑東南アジアお
よびアマゾン地域といういずれも途上国に分布している︒
また砂漠化が深刻な地域の半分以上は︑アフリカ︑イス
ラム圏および中国に分布している︒薪炭の過剰採取も含
めて︑問題の根源の一つが貧困にあるということを認識
しておこう︒
なお︑砂漠化はアメリカおよびオーストラリアでも広
範な地域で問題化している︒これらは商業的な農業生産
活動に起因するところが大きい︒
同国は森林搾窪郡を禁止している︒ *10事例l東北タイの森林破壊一九六○年代を中心に︑東北タイでは︑森林を切り開
くことによる大規模な開田が行なわれた︒タイはアジア
でも屈指の食料輸出国であり︑この開田された耕地では︑
キャッサバやコメなど輸出を志向する商品生産が拡大し
た︒北タイにおける主に商業目的の伐採も加わり︑同国
は土砂崩壊など深刻な環境問題を経験した︒一九八九年︑ *・ICI事例lもう一つの食料供給部門I水産業農業と同様︑水産業も食料を供給する重要な部門である︒一九五○年には二︑○○○万トンに過ぎなかった世界の漁業生産は一九九六年において一億二︑○○○万トンに達している︒海洋からの捕穫が八︑七○○万トンと大宗を占める︒海洋資源に限りはないのであろうか?
持続可能性を欠いた漁穫が海洋資源の保全を脅かす問
題は︑環境経済学においては﹁コモンズの悲劇へ卑眉の号
gooヨョ◎易︶﹂の例として取り上げられている︒実際︑
古くからの漁場である大西洋や西太平洋海域など多くの
海域において︑漁狸量荻ピークを過ぎてしまったか︑あ
るいはピークに近づいているものと思われる︵図表7︶︒
FAOの予測では︑海洋からの捕猿可能量は一億トンか
ら一億二︑○○○万トンであろうとされている︒
また淡水および汽水域での水産養殖が近年盛んである︒
東南アジアにおけるエビ養殖が︑生物多様性の宝庫であ
るマングローブ林を破壊する問題はあまりにも有名だが︑
農地への転換も一要因である︒ 途上国の森林破壊は︑自分たちの必要とする食料のためだけに引き起こされるわけではないことの一例である︒もっとも東北タイは︑同じタイの中でも︑遅れた経済状況に取り残された貧困な地域ではあるが︒
*皿資料I﹁世界食料農業白
瞥﹂︑国際食細農業協会訳など
FAO言冒震註︒b員︶による各
樋の資料︒﹁エビと日本人﹂︑岩
波新惑︒ *皿資料l農林水産省﹃アジア主要国の農林水産業の概要﹄など︒
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