農業と環境問題(特集1 環境と農業・都市)
著者 持田 恵三
雑誌名 東西南北
巻 2001
ページ 42‑58
発行年 2001‑03‑19
URL http://id.nii.ac.jp/1073/00003623/
最近︑農業基本法の改正をやろうというので︑今国会
にもかかっております︒二年ぐらい前に農業基本法の研
究会があったのですが︑その中でも﹁農業と環境問題﹂︑
あるいは﹁環境保全﹂といった問題が出ていました︒農
業保護の役に立ちそうな自然環境保識とか︑そういった
ことを盛んに農林省あたりが言い出しているわけです︒
今改正しようとしている農業基本法というのは一九六
三年にできて︑それ以来︑毎年農林省が︑﹁農業白書﹂
を出しております︒
その白書を最近さかのぼって調べてみたんですが︑環 特集1○環境と農業・都市農業と環境問題持田恵三
本日はお招きいただきまして︑どうもありがとうござ
います︒久しぶりで和光大学へ来まして︑大変懐かしく︑
うれしく思います︒ 本学名誉教授
境問題に触れはじめたのは︑比較的新しくて︑七○年代
になってからです︒六○年代にはほとんど出てこなくて︑
七○年代になって初めて出てくるわけです︒
﹃農業白書﹂は︑二部の構成になっていまして︑第一
部は︑農業の動向に関するいろいろな報告が出ています︒
例えばその時その時のトピック的な問題︑ウルグアイラ
ウンドとか何とかとか︑そういったものが書かれていま
すし︑今年の農業はどうなったかということ︑これは必
ず書かなければいけないんです︒
第二部に農業に関してどういう施策をやりましたとい
うことが報告される︒そこの中に七○年代に入ってから
環境問題が出てくるわけであります︒
その場合でも︑実は公害問題という形で出てくる︒一
番最初に出てくるのは︑水質汚濁とか︑土壌汚染とか︑
− 4 2
地盤沈下とか︑そういった問題が出てくるわけです︒
水質汚濁というのは︑あくまでも農業用水が汚濁して
いるということです︒土壌汚染というのは︑重金属︑カ
ドミウムとかが土壌の中に入っていて問題になってくる︒
要するに農業が環境汚染の被害者であるような公害なん
ですね︒そういう形でまず出てくるわけであります︒
七○年代に出てくるということの意味は︑高度成長の
過程の中で産業活動が活発になり︑都市化が進み︑そう
いう中で農業の置かれた環境がだんだん悪くなってきた
ということのあらわれでして︑一番有名なのは︑農業で
はないけれども︑水俣病もそうでありますし︑四日市の
公害もそうです︒
海洋汚染という問題︑これは漁業の話ですけれども︑
そういう問題も出てきたわけです︒その中の一環として
今言ったようなものが出てくるわけです︒
産業活動にともなう農業に対する被害というのは︑一
番古いのは足尾鉱毒問題というのがありまして︑これは
明治の話であります︒そういった問題というのは︑ある
意味では局地的でございまして︑極端に言えばそこだけ
保障をすれば済むというような問題だったんです︒とこ
ろがだんだんそれでは済まなくなってくるような︑広範
囲の問題がでてきた︒都市化に伴う問題もちょっと扱い
にくい問題として出てきたわけです︒
都市化に伴う水質汚染︑汚濁とか︑そういった問題を 扱おうとすると︑そう簡単ではない︒局地的ではなくてかなり広範な問題になってきます︒下水道を完備しなければならないとか︑そういったことにもなってくるわけで︑その意味では大変難しい問題を抱え込むことにもなるのです︒最近︑所沢のダイオキシン問題がありましたが︑あれは都市のごみ処理に伴う問題であるわけです︒
都市化に伴う農業に対する被害というのは︑高度成長
の過程の中でだんだん出てきて︑目立つようになってき
たというのが最近までの行政でして︑﹁農業と環境問題﹂
についてまず真っ先に出てきたのはそういう話なんです︒
ところが︑もう一つの問題は︑農業が加害者であるよ
うな環境問題というのがあるわけで︑そのほうが実は深
刻なんです︒一番最初に出てきたのは農薬問題です︒こ
こには化学の専門家が二人もおられますが︑農薬問題が
一番最初に出てきたように思います︒
私は︑三○年ぐらい前に農薬問題についてちょっと書
いたことがあるんですが︑その知識で申しますと︑一番
最初の農薬問題というのは︑実は農民自身の問題だった
んです︒農薬を使っている農民が中毒するという話がま
ず真っ先に出てきました︒戦後の農薬というのは︑戦争
中の毒ガスの研究の成果として︑非常に強力な農薬がで
きました︒有機リン系のパラチオンとか︑有機塩素系の
BHCとか︑有機水銀の化合物とか︑そういった非常に
4 3 ‑
強力な農薬が登場してくるわけです︒
念のために申しますが︑こういった非常に強力な農薬
というのは︑当初非常に効いたので使われたのですけれ
ども︑害も非常に激しいということで︑散布する農民自
身がそれにやられてしまうわけです︒そんなことが問題
になって︑今はほとんど使われていませんけれども︑当
初それら農薬が農業の病害虫に対してとにかく画期的な
効果を持ったということは事実ですね︒
ただ︑今言ったような問題で農民自身がやられるとい
うこともありますし︑さらにそれ自体が環境汚染に結び
ついていく︒あるいは︑作物の中に残った農薬が残留農
薬という形で問題になってきたわけです︒
第二次大戦後の先進国における農業の革新というのは
大変なものでして︑農業革命と言ってもいいぐらいの発
展を遂げるわけです︒その発展の過程の中に農薬問題が
実は組み込まれているわけです︒
表lに︑穀物単収の推移というのが出ております︒イ
ギリス︑フランス︑ドイツ︑アメリカ︑日本といった先
進国では︑戦前と比べると︑戦後の反収が非常に伸びて
いるということがわかります︒
例えば小麦について言うと︑フランスは戦前は一ヘク
タール当たり一・六トンぐらいだったのが︑戦後は四・
九トン︑五トンぐらいまで伸びている︒ドイツでもアメ
リカでもそうですが︑まさに画期的な伸びですね︒日本 の場合︑米がそんなに伸びてないのは︑日本の米はもともと収穫量が高かったからで︑ヨーロッパみたいには伸びていない︒
戦後の技術革新に基づく農業の発展は︑ヨーロッパ農
業が一番目覚ましかった︒それは結局表2にありますよ
うに︑今申し上げたような農薬もありますし︑化学肥料
の投入量がふえていくし︑トラクターもふえてくる︒ト
ラクターを中心とした機械化と化学肥料の大量使用によ
る技術革新が︑反収の目覚ましい発展を支えていくわけ
です︒その中に実は農薬の使用が組み込まれていくわけ
であります.
図lは﹁農業白書﹂にある図です︒これで見ると︑ヨ
ーロッパなんかに比べれば大したことはなさそうに見え
ますが︑昭和四○年ごろから化学肥料︑農薬の使用量が
ふえてくるということがわかります︒それに対応して︑
厩肥︑すなわち有機肥料はどんどん減っていく︒有機肥
料が化学肥料に変わっていく形で︑戦後の農業の技術革
新は起こっていくわけです︒
今申し上げたような技術革新がどういう形で農薬と結
びついていくかということですが︑表3がございます︒
これは日本の水稲作に対する病害虫の被害率をあらわし
ているんですが︑被害面積率はどんどん増加しているわ
けです︒年によって違いますけれども︑技術革新の中で
被害面種がだんだんふえていく︒ただ︑被害の量は減っ
‐ 4
表1穀物単収の推移(1ha当たり) らした︒被害面積はむしろふえている︒ は︑実は被害面積を減らしたのではなくて︑被害量を減 ているという形になっております︒農薬の使用というの
農薬を投下してどうしてふえていくかというと︑それ
は農薬のせいではないんです︒被害面積がふえていくと
いうのは︑新しい作付け体系のおかげでありまして︑化
学肥料を多投しますと病害虫にやられやすくなるという
米(玄米)(単位:kg) ア メ リ カ 日 本
(870)2,040 1,2782,505 1,5152,850 1,7713,000 1,8843,200 2,8073,983 3,6754,490 小麦(単位:kg)
イギリスフランス 2,0401,183 2,2371,382 2,2241,455 2,3031,578 2,7341,806 3,5772,503 5,5954,913
躰一岬一|恥一蝿一柳一郵一抑
ド イ ツ ア メ リ カ 1,532714 1,786878 1,984882 2,279655 2,7351,143 3,2731,610 4,9792,289
隻 一
1885‑89 1994‑09 1924‑29 1934−39 195卜52 1960‑62 197坐81
(持田忠三『日本の米j59n)
表2購入肥料消費量(単位:千トン)、使用トラクター台数(111位:千台)
年 イ ギ リ ス フ ラ ン ス 西 ド イ ツ ア メ リ カ 日 本 N 1 9 3 8 6 0 2 1 8 3 4 3 3 4 6 2 5 3
1 9 4 8 / 4 9 2 0 9 2 5 2 3 6 5 1 , 1 7 1 3 6 8 1 9 6 1 ‑ 6 5 5 8 1 7 6 6 7 6 0 3 , 9 2 2 7 3 6 1971‑738641.6731,1407,691743 P 2 0 s l 9 3 8 1 7 0 2 9 7 4 1 0 6 7 5 3 2 3 1 9 4 8 / 4 9 4 0 3 4 5 4 4 0 6 1 , 9 6 0 2 2 5 1961‑654421,1357403,009495 1 9 7 1 ‑ 7 3 4 8 4 2 , 0 4 6 9 1 8 4 , 5 4 5 7 2 8
K 2 0 1 9 3 8 7 5 3 0 6 6 0 4 3 5 7 1 1 3 のが一つあります︒
もう一つは︑日本の場合︑第二次大戦後︑新しい栽培
技術が導入されていくわけです︒それはどういう栽培技
術かと申しますと︑米で言えばだんだん作付けが早くな
った︒例えば戦争前の水稲というのは︑収穫期は大体一
一月がピークだったんですが︑今はもう一○月の中ごろ
がピークですね︒それだけ田植えも早くなっている︒早
1 9 4 8 / 4 9 2 1 5 3 6 2 6 6 0 1 , 2 4 3 1 4 5 1 9 6 1 ‑ 6 5 4 4 0 9 2 0 1 , 1 2 7 2 , 4 6 0 5 6 8 1 9 7 1 ‑ 7 3 4 8 5 1 . 6 5 7 1 . 1 8 2 4 , 2 4 5 6 2 1 ト ラ ク タ ー 1 9 4 7 2 3 3 1 0 9 6 3 2 , 6 7 7 0 . 6 1 9 6 1 ‑ 6 5 4 7 2 8 7 3 1 . 0 5 2 4 . 7 5 2 1 9 1 9 7 0 4 4 4 1 , 3 1 0 1 , 3 1 1 4 , 5 6 2 2 7 8 197歩815121,4841,4674,7681,327 (持III恵三『I1本の米j66頁)
表 3 水 稲 病 虫 害 の 発 生 状 況 病 害 虫 害
被 害 面 積 率 被 害 率 被 害 量 (%)(%)(kg/1'a) 被 害 面 積 率 被 害 率 被 害 量
(昭和)(%)(%)(kg/ha)
8 . 7 1 . 1 4 1 1 2 4 年 2 0 . 3 4 . 4 6 8 5
2 4 . 0 2 . 4 3 3 1 2 7 年 2 1 . 3 2 . 4 3 7 6
3 0 . 7 1 . 3 1 3 0 年 4 8 . 9 2 . 5 1 7 0
3 6 . 8 1 . 8 1 6 7 3 3 年 6 8 . 8 4 . 2 2 1 3
4 3 . 9 2 . 1 1 7 7 3 6 年 8 4 . 9 4 . 5 2 0 1
3 3 . 3 1 . 0 1 2 1 3 9 年 9 1 . 2 4 . 7 2 0 6
3 4 . 0 1 . 2 1 4 7 4 2 年 6 3 . 8 3 . 3 2 1 0
3 8 . 6 2 . 0 2 2 3 4 4 年 5 8 . 6 2 . 9 2 0 9
(腱林脅測べ)
図1水稲作における10a当たり肥料(『農業白併』平成362m)
kg kg
30 HX)
蕊 一
6(X) 20
一・一 間糞耐.〜 2Ⅸ) :
10 一・/ 〕( −ローーーーー−==画一一一霞薑
0 S 1 ( ) 年 4 5 5 0 5 5 6 0 H 帥
堆きゅう肥及び稲わら(実電量)
S 4 0 年 4 5 5 0 農薬の施用量の推移
4 5 一 一
弱 6 0 1 . 1 Ⅸ )
期栽培になっていくわけです︒これは水稲全体について
そうであります︒
なぜかというと︑早期作にすれば災害をある程度回避
できるんです︒例えば東北の場合︑冷害が回避できる︒
西日本や九州で言えばメイチュウの害があったんですが︑
今はメィチュウなんて忘れられている︒秋落ちが回避で
きるとか︑早くすればするほどよかったわけです︒
それでは︑なぜ昔から早くしなかったのかといいます
と︑昔は早くすると病害虫にやられてしまうという面が
あったんです︒例えば戦後の東北の農業の革新というの
は︑保温折衷苗代によって︑苗代が早く出来るようにな
った︒一番最初はビニールではなくて︑油紙を張ったら
しいんですけれども︑油紙を張った苗床に種をまいて育
てると早く育つ︒それができることによって︑早期栽培
が可能になり︑普及し︑東北を冷害から救っていく︒
ところが︑早期栽培をやるとイモチ病が発生しやすく
なるので︑それを避けるために農薬を投下しなければい
けない︒つまり農薬のおかげでそういった新しい作付け
体系が可能になったという面があります︒
今申し上げたように︑なぜ被害がふえていくかという
と︑新しい作付け体系のおかげで被害がふえていくので
す︒そのふえた被害を農薬で抑えるという形で生産力の
発展を図っていったというのが︑戦後の稲作の構造です︒
そればかりではありませんで︑戦後の農業の技術革新 の中で非常に目立ったのは︑野菜の周年栽培です︒今︑我々はトマトやキュウリが一年中食べられる︒あれはハウス栽培が可能になったからなんですが︑温室の中で栽培するということは︑高湿度︑高温ですから︑極めて病害虫に弱い栽培の仕方なんです︒それを抑えるにはどうしても農薬が必要になってくる︒農薬のおかげで野菜についても水稲についても新しい栽培方法が可能になったという側面がございます︒だから被害面積はふえていく︒しかし農薬によって抑えるから︑被害鼠は減っているというような形の中に農薬が位置づけられていくわけです︒
現在農法の問題点というのはそういうことなのですが︑
そういった農法が最近行き詰まってきているというのが︑
農業における環境問題であり︑後でお話しするような環
境保全型農業という提案に結びついていくのです︒
化学肥料︑農薬に依存するという形の現代農法におけ
る一つのマイナスは︑自然環境に大きな負荷を与えると
いうことです︒もう一つは︑そうしてつくられた作物が︑
はたして人間にとって害はないのかという問題がありま
す︒有機農業が今はやっていますけれども︑昔風のやり
方であればすべて安全で︑最近の機械とか農薬とか化学
肥料を使ってできた作物はすべて危険であるというよう
な感覚は︑本当はちょっと問題だと思うんです︒そんな
に問題はないと思うけれども︑そういう感覚が消費者の
中にもかなりありますね︒安全性の問題が消費者の側か
一 6
農業というのは一体何なのかという話がそもそも根本
にあるんですが︑農業の営みというのは非常に特殊な側
面を持っております︒自然の循環過程に依存して生産せ
ざるを得ないというのが農業の特色なんです︒工業とは
全然違うわけであります︒
自然過程に全くないものを人間が人工的につくってい
くというのが工業の過程であります︒例えば一番単純な
工業製品の織物といったものは︑ほうっておいては絶対
できません︒何万年たっても自然がつくり出してくれる
わけではない︒工業製品というのは何でもそうで︑自然
過程に逆らう形でつくっていくわけです︒自然過程とい
うのは︑自然法則という意味ではなくて︑自然のプロセ
スに逆らう形で物をつくっていくのが工業なんです︒
農業というのはそうではなくて︑自然の循環過程に依
存して生産せざるを得ない︒これは当たり前の話ですけ
れども︑例えば米にしても︑種をまけば︑ほうっておい
てもある程度は自然に実るわけです︒
中世のヨーロッパの農業で︑例えば小麦を一粒まいて
何粒とれるかというと︑三粒とれるという話です︒これ
を三倍になったと考えるか︑いかにも少ないと考えるか
という問題はありますが︑大体そんなのが中世のヨーロ ら出てくる︒現代農法の行き詰まりということがそういう面からも言えてくるというのが最近の状況です︒ シバ農業の生産性だったんです︒
日本の場合︑米の収穫率を見ると︑江戸時代でも一粒
まいたら三○粒︑四○粒とれたんです︒今は一粒まいて
大体一二○から一五○粒ぐらいとれます︒今はヨーロッ
パでも大体二︑三○倍にはなります︒だけど日本の米は
けた違いです︒
ほうっておいてもある程度実るけれども︑それだけし
かできない︒それを人間が手を加えることによって拡大
していこうというのが農業なんです︒例えば一粒まいて︑
ほうっておけば三粒しかできない︒それを一○粒にし︑
二○粒にする︒そのために手を加えていくというのが農
業の営みであります︒
ちょっと面倒くさい言い方をすれば︑農業というのは︑
自然の循環過程に依存して︑それを拡大再生産していく︑
ということになります︒これは穀物ばかりではありませ
んで︑畜産でもそうです︒例えば我々は乳牛から牛乳を
とるわけですが︑牛はほうっておいても妊娠して子ども
を産めば乳を出すわけです︒ところがそれは子どもの生
育に必要なだけ出せばいいわけでして︑それ以上出す必
要はない︒現在︑乳牛一頭が一年間に生産する生乳とい
うのは八・七トンぐらいです︒そんなものはもちろんほ
うっておいて出てくるものではありません︒
いずれにしても︑自然の恵みを人間が手を加えて拡大
していくというのが︑農業のあり方であります︒
4 7 − −
その一面として︑農業は自然の生育過程に基本的に依
存せざるを得ないという︑そういった弱点を持っている
わけです︒農業問題とは何かという議論で︑私は三○年
前からそう言っているんですけれども︑自然の生育過程
に依存することが農業の基本であって︑だから生産行程
は季節に従属し︑年中田植をすることは出来ない︒だか
ら田植を年中専門にやる人は生まれない︒つまり経営内
分業が成立しにくい︒それが農業問題の特徴なんだと随
分前から言っている︒
米をつくるためには︑早くても三月︑四月に種をまい
て︑収種するのは一番早くても八月の中ごろから一○月
で︑それを崩すことはできないんです︒秋に種をまいて︑
春に米をとることは︑現在の段階では不可能です︒人工
的な気象室みたいなものをつくってやれば別で︑環境を
全部変えてしまえばできますけれども︑自然環境の中で
はそれは不可能ですね︒
特別高価な物︑例えば野菜でも一般的なものではなく
て︑かなり高く売れる物に関しては︑人工気象室みたい
なものをつくって︑太陽光線まで人工的な光線によって︑
湿度も温度も管理してやれば︑自然の制約を突破するこ
とはできますけれども︑これはもう野菜工場みたいなも
のですね︒それは極めて高価な限られた物だけに可能で
あって︑一般的にはコストの面ではとても引き合わない︒
穀物のように特に大量生産を必要とする物は︑そんなこ とはとても不可能です︒
炭酸ガス︑水︑太陽エネルギー︑この三つが農業生産
の基本なんですけれども︑いずれも薄く分布した存在な
んです︒太陽光線というのは一カ所に集中できない︒太
陽エネルギーは広い面秋で初めて大量の穀物に転化し得
る︒炭酸ガスにしてもそうです︒一カ所で集中的に炭酸
ガスを使うわけではなくて︑広範囲の面積で炭酸ガスを
使っていかなければならない︒そういった性格から言え
ば︑どうしても広い面積が必要になってくる︒そういう
意味では今言った人工気象室みたいなことは︑穀物に関
してはいつまでたっても不可能だと思います︒それより
もむしろ可能なのは︑人工的にでん粉を合成するほうが
まだ可能だろうと思います︒それが農業というものの特
色だということです︒
今言ったように︑自然の生育過程そのものに依存して︑
それを拡大再生産していくというのが農業なんですが︑
もう一つ︑自然の生育過程がよってたつところの自然環
境そのものをまた拡大再生産していく必要があるのです︒
実は農業の営みというのはみんなそうだと思うんです︒
例えば一番単純な話では︑﹁地力﹂という言葉がありま
す︒これは農業ではしょっちゅう出てくる言葉なんです
が︑案外難しい言葉で︑厳密に定義しろと言われると困
ってしまうんですが︑定義するとすれば︑作物を生育さ
せる土地の力とでも言うしかしょうがないですね︒極端
− 型 8
に単純化してしまえば︑肥沃度だと思えばいいですね︒
肥沃であるかないかということなんですけれども︑決し
てそれだけではないんです︒
作物が生育するには︑肥料分だけではなくて︑土壌の
性質とかいったものが非常に重要になってきます︒団粒
構造だとか︑ミミズがたくさんいなくちゃいけないとか︑
そういった話が必ず出てくるわけでございまして︑地力
というのは決して肥沃度だけではないんです︒
一番わかりよく肥沃度ということにいたしますと︑地
力を高めて︑それによって農業生産を拡大しなければな
らない︒自然の地力があるわけですが︑それを強めるた
めには肥料を投下することが必要なわけでありまして︑
それは結局︑自然環境を拡大再生産しているという言い
方をしてもいいと思うんです︒
もう一つ︑農業にとって一番大事なものは水でありま
す︒天然の場合には空から降ってくる水だけですから︑
天水を使うわけですけれども︑農業としてやるためには
それではとても足りなくなってくる︒したがって潅慨と
かいう形で水を補給してやらなければならない︒これも
いわば水の条件の拡大再生産だと言ってもいいわけです︒
農業というのは︑とにかく自然の生育過程に人間が関
与することによって︑それを拡大再生産していく︒その
ためには︑よってたつ自然環境自体を拡大再生産しなけ
ればならない︒したがって︑そこにまた一つ農業という ものの限界があって︑工業のようにはいかないのです︒
地力自体をどういう形で再生産していくか︑そのやり
方自体が農法だと私は定義している︒農業というのはた
えず再生産していかなければならない︒つまり一年で終
わってしまうわけではないんです︒毎年毎年同じ土地で
同じようにとれていかなければ困るわけです︒そのため
には︑作物を植えれば必ず地力は消耗するわけですから︑
それを何らかの形で補てんしていかなければならない︒
その補てんの仕方というのが︑ヨーロッパでは畜産と
結びつく形で行なわれてきたわけです︒例えば草を家畜
にやって︑家畜の腹を通して厩肥にして︑それを畑に投
じて穀物をつくる︒そういう循環が成立していくという
のがヨーロッパ農法の基本的なやり方です︒細かく言う
といろいろな組み合わせがあるわけですけれども︑そう
いう形で地力を補てんしながら︑毎年毎年同じように生
産していくというのが農業というものの基本的な姿であ
り︑そのやり方自体を農法と言うわけです︒
日本の水田農業の場合はそんな難しいことを言わなく
ても︑水が自然に肥料分を運んできて︑結構それで補っ
ていけるんです︒それが水田農業の特色なんです︒
ついでに言うと︑これは今日の話とはちょっと違うけ
れども︑嫌地現象というのが水田にはないんです︒これ
が非常な特色で︑水によって有害物を流してしまうんで
す︒畑には必ず嫌地現象というのが起こります︒毎年毎
4 9 ‑
年同じ作物を植えていくと︑収種量がどんどん減ってい
く︒それを嫌地現象とか連作障害とか言うのですが︑そ
れが水田にはないんです︒これが水田の特色であります︒
なぜ連作障害が起こるかというと︑悪い分泌物がたま
るらしいという話で︑よくわからないのですが︑そうい
うものがあるらしいんです︒そういった悪いものを水が
流してしまうから︑水田には連作障害は起きないんです︒
また︑水田は︑水が自然に肥料分を運んでくる︒日本
の水田の場合には︑そのほかに余分なものを多少加えて
いけばいい︒例えば金肥みたいなもの︑江戸時代にはホ
シヵと言って︑ニシンの干したものを投入したりしてい
たんですけれども︑そういったものを加えていけば︑あ
るいは草を入れていけば済んだわけであります︒いずれ
にしても日本の水田農法のやり方はそうなんです︒
ヨーロッパの場合は畜産と結びつくという形で︑農業
を長く営んできているわけです︒
そういったものを自然農法と言いますと︑自然農法が
第二次大戦後の技術革新の中で破壊されてしまって︑工
業と農業が結びつくことになります︒工業における化学
肥料生産とか︑農薬とか︑工業の生産物を農業に取り入
れることによって︑自然農法の循環というものが破壊さ
れてくる︒それで大量に増収したわけですから︑一時的
には非常にいいんです︒これは見方の問題ですけれども︑
自然農法的な見方からすると︑自然本来のあるべき姿の 環境保全型農業というのは︑最近︑日本だけではなくて︑アメリカあたりでも言い出している︒アメリカでは環境保全型農業のことをLISAと言っています︒ローインプット・サステーナブル・アグリカルチャー︑つまり低投入・持続的農業ということですが︑そういった新しいやり方でやっていこうではないかと︒
その中にはもっとほかの農業問題そのものが実は入っ
ていて︑アメリカ︑ヨーロッパは過剰農産物に悩まされ
ているわけですから︑それへの対策として出てきた面が
一つあるんです︒簡単に言えば︑昔のようなやり方でや
って︑むしろ生産性を落としていこうという意味が一つ
あるんです︒それは表面には出てきませんけれども︑ヨ
ーロッパ農業の場合︑新しいやり方というのはまさにそ
うなんです︒集約的農業ではなくて︑昔のように粗放的
な農業にしようと︒日本でも米が過剰だから︑生産を減 破壊であると︑そういう議論になってくるわけであります︒それが結局環境を破壊して︑自然農法そのものができなくなってくる︒
最近︑高度成長の反省の中で︑自然環境の破壊︑ある
いは工業的農業に対する反省が世界的に出てきたわけで
す︒農業の環境問題︑新しい農業のあり方が問われてい
る︒もう一度昔に帰ったような︑環境保全型の農業をや
ろうじゃないかというのが最近の提案なんです︒
− 5 0
らすためにどうしたらいいかという議論が出ているのと
同じように︑そういった面と結びついていることは否定
できない問題で︑過剰農産物問題と結びついているとい
うことであります︒
自然環境と農業という話から少しはずれるかもしれま
せんけれども︑農業というのは︑今こういった形で言う
と︑あるいは環境保全型農業ということで言うと︑いか
にも農業は自然の保護者であるような感じがあるわけで
すけれども︑実は原生的な自然に対する問題で言えば︑
農業というのはまず第一の破壊者です︒農業は原生的な
自然を破壊することなしには成り立たないんです︒した
がって︑まず第一の破壊者は農業です︒
日本からヨーロッパ農業を見ていて︑ぴんとこないこ
とがいくつかある︒ヨーロッパというのは︑一つは農地
率が高いんです︒イギリスにしるフランスにしろ︑国土
の半分ぐらいは農地なんです︒日本はたった一五%です︒
ヨーロッパが一面の農地になっているのは︑実は一二世
紀ごろからの話なんです︒
ヨーロッパの原生的自然というのは︑もともとは大森
林地帯だった︒それが二世紀ごろに大開墾時代という
のがありまして︑鉄製の幽擬低具が使われるようになって
くると︑それを武器にして森林を開墾して︑みんな農地
にしてしまうわけです︒それ以来ヨーロッパではほとん
ど農地はふえていないと言われています︒そのくらいの 大開墾をやったわけです︒そういう意味ではヨーロッパの農業というのは︑今はいかにも自然の保識者みたいな顔をしているけれども︑もともとは原生的自然を壊すことによって成立したわけです︒
日本の場合もこの点は同じです︒水田を開いて︑潅概
施設を持ってくるというのは︑人工的な営みであります︒
そうした営みが江戸時代になってから初めて本格的にな
ってくるんです︒水田が一番最初に開けたのは︑山間部︑
川の上流の渓谷地帯です︒相手が小さくて︑水の管理が
容易だからです︒今︑我々が知っている水田地帯は︑信
渡川とか利根川とか筑後川など大河川の河口部の広大な
平地が水田になっていますが︑これは土木技術が進んで︑
大河川の水の管理が可能になって初めてやられたんです︒
要するに私が言いたいことは︑日本の農業でも︑農業
は人間がつくり出した自然の上に成り立っているという
ことです︒農業的自然とでも言うべきものが︑我々が見
ている自然です︒決して自然そのものではないのです︒
農業的自然が形成されて︑それに基づいて生産してき
た農業というのは︑とにかく自然の循環機能そのものを
保全しなければやっていけないという面がどうしてもあ
るわけです︒したがって︑農業というのは自然循環機能
を保全する︒自分が生きるためにも自然環境を本当に破
壊してしまってはできないんだという意味では︑自然保
護的な︑自然環境保全的な機能を持たざるを得ないんで
5I−
す︒そうしなければ農業自体がつぶれてしまいますから︑
そういう形で自然の循環を守ってきたというのが︑農業
と自然とのかかわり合いなんです︒
そういったかかわり合いを︑工業的な農業︑つまり化
学肥料と農薬に依存するような農業︑あるいはトラクタ
ーに依存する農業というのはぶち壊してきたわけでして︑
そのつけが最近出てきているということになるわけです︒
その反省として︑先ほど申し上げたような環境保全型
農業をやろうではないかという発想が出てくるんです︒
ついでに申しますと︑工業的農業の自然に対する負荷
という形では︑畜産の廃棄物の問題もあります︒日本の
畜産というのは︑アメリカから輸入した飼料によって大
量生産される畜産ですね︒豚にしても鶏にしてもそうで
すが︑簡単に言えば︑日本にはそういった家畜の排泄物
を返すべき土地がないんです︒アメリカの広大な土地を
背景にした飼料穀物を食べさせて︑理屈としては︑それ
によって出てきたものは有難く日本の土地に入れればい
いじゃないかということになるんだけれども︑たちまち
にしてそれが過剰になってしまう︒
過剰になると︑畜産の廃棄物による水質汚染の問題が
出てくる︒霞ヶ浦の汚染の問題というのは︑その周辺の
豚の生産と結びついているわけです︒今や大畜産農家で
は浄化槽をつくらなければならないという話になってい
るわけであります︒ もともとヨーロッパ型の畜産は農業とうまく結びついていて︑そこでうまく循環していたものが︑化学肥料によって厩肥が要らなくなると︑それが廃棄物という形になって出てくる︒それが問題の基本なんです︒ヨーロッパでも︑畜産の厩肥過剰による地下水の汚染が問題になっている︒そういうのが新しい工業的農業の一つの問題点であるわけです︒
そうし問題に対する反省から︑環境保全型農業という
のが提唱されていくということになるのです︒
例えば今年出た﹁農業白書﹂では︑第一部で農業の自
然循環機能の維持・増進ということを大きく取り上げて
います︒農業の持続的な発展のため︑農業の自然循環機
能が維持・増進されることが必要である︒さらに持続性
の高い農業生産方式の普及定着が求められるとか︑有機
農産物の生産は︑消費者ニーズに的確に対応することが
必要であるとか︒安全志向ですね︒
それから︑農業分野でも地球環境問題の対応の強化が
必要です︒地球環境問題︑いわゆる○Pの問題とかそう
いった問題は︑比較的最近︑農業の中でも出てきて︑そ
れに対してどうするんだという話があるわけです︒現在
の農業というのは石油依存農業で︑石油を除いて日本の
農業というのは成り立たない︒トラクターの燃料だけで
はなくて︑肥料とか農薬そのものが石油化学の所産なん
− 5 2
です︒その意味では農業も︒Pを出す源泉になっている︒
もう一つよく言われるのは︑家畜のげっぷが問題にな
っている︒家畜のげっぷから発生するメタンガスが︑温
暖化の一つの原因になっている︒それから肥料をやった
土壌︑あるいは家畜の糞尿から酸化窒素が排出され︑こ
れが温室効果をもたらす︒温暖化問題にかかわって︑最
近そういった問題が農業の側から反省されているのです︒
それから︑国産食料品の安全性の確保のため︑ダイオ
キシン類とか環境ホルモンの対応に対する強化が必要で
ある︒こういうことも今年の白書に書いてあるわけです︒
図 2 農 業 と 環 境 の 関 係 農雲生産活動
(健全な農業生産活動の展開
環 境
殼慧窯繍龍潮
土 壌 の 劣 化 、 地 力 の 低 下 等 土づくりの後退、
過剰な施肥・農薬の使用、
不 適 切 な 家 畜 ふ ん 尿 処 理 篝 人の生活環境や営艘環境、
農 産 物 の 安 全 性 へ の 支 障
,←(良好な環境の保全 )
←G篭雛鷲嚇擬,)
(持続的な織業生産の確保)
球の温暖化、オゾン層の 壊 等 に よ る 環 境 の 悪 化 農 雲 牛 犀 活 動 へ の 悪 影 樗
図3大雨時における表面流水量及び地中浸透水量の推移
4 0 0 3 0 0 2 0 0 1 0 0 0 m m 0 1 0 0 2 0 0 3 0 0 4 0 0 積算地中浸透水量
E 眉 裸 地 ( 不 耕 起 ) 一 匡 裸地(耕起中耕)−ヶI源悪霊 作 付 地 ( 耕 起 中 耕 ) 一 ケ −
1 = 〒 一 ー 肩 で 軍 一 寅 宣 言
=
1
= ー ̲ 茸 二 一 Z
| 昌 一
17日
18日
19日
20日 筐ヨ
I 農 業 白 書 ( 1 9 9 1 年 ) 6 8 頁
そういう意味では︑環境問題に対する農業側の取り組
みというのが︑今言ったような形で出されてきています︒
今審議されている農政審議会の調査会の答申には︑農
業とか農村に対する国民の期待として︑農業の自然循環
機能の発揮ということが盛り込まれています︒あるいは︑
農業︑農村の多面的機能の発揮︒農業生産活動の国土環
境保全機能︑あるいは︑農村では多様な生物が生息して
おり︑それぞれ地域固有の農村景観を持ち︑歴史と伝統
に根ざした地域の文化が維持されているというようなこ
とを答申の中で強調しているわけです︒だから農業とか
図4農村における農業の営みがもたらす他面的・公益的機能
/霞業就業人口亜万人︵平成8年 村における農業の営み つつ 何部経済効驫 、 〆 、12︐586万人︵平成8年 国民全体総人口 外部経済効
果│文化・伝統の提供
、ご̲ノ 、ご̲ノ
(参考)全国を対象にした農業・農村の外部経済効果の 評価に関する主要研究(試算例)
研 究 機 関 公 表 年 評 価 額 評 価 の 対 象 評 価 の 手 法 三 菱 繕 合 6 年 6 兆 7 千 億 円 農 地 代 替 法 研 究 所
野 村 総 合 8 年 4 兆 1 千 億 円 農 業 ・ 農 村 仮 想 状 況 評 価 法 研 究 所 ( C V M 法 )
農業白書(平成9年腰)252頁
図 5 有 機 農 業 等 の 栽 培 方 法 別 構 成
0 2 0 4 0 6 0
%︑
80 米
(51.0) 野 菜
〈36.5) 果 樹 (6.9) 茶 (4.9)
菫篝篝−豊蕊魚← 篝臺臺雲
=
蕊 篝 鶏 翻 ツ 糖 蕊 蕊 篝 謹 謹 溺 一 W
雀無膿蕊緬化学肥料無農潔蝋鱒料↑ 1
( ) 内 は 禍 成 比 減 農 薬 ・ 減 化 学 肥 料 農業白書(平成9年度)255頁
53
農 業 生 産 等
−
水 黄 源 の か ん 養 国 土 の 保 全 自然環境の保全・形成
農村を大事にしましょうという話に結局はなるわけです︒
基本的にはそういうことを言いたいわけです︒
さらに︑農村の豊かな自然環境や︑美しい景観の持つ
重要性なども︑国民に必要な多面的機能に含まれるとい
うのが︑新しい基本法の答申の一つのポイントなんです︒
農業と環境というのは︑今そういう形で見直されつつ
あるということは事実でありまして︑それは過去の生産
性向上一辺倒の工業的農業に対する反省の結果として出
てきているわけであります︒
ただ︑農業基本法の調査会の答申もそうなんですが︑
こうした問題というのは必ず全部︑だから農業保護が必
要だということに結びつくわけです︒それが一つ問題な
んだけれども︑そういう形で今︑農業保護のあり方の理
由づけというものが見直されてきているのも事実です︒
図2は︑基本法の答申に出てくるんですが︑農業生産
活動がどういうふうに環境に役立っているかという話や︑
マイナスの面もあるわけですが︑そういったものが図で
描いてあります︒
もう一つ強調しているのは地下水の問題です︒例えば
質疑応
司会どうもありがとうございました︒ご質
問やご意見がございましたらお願い致します︒ 参会者ヨーロッパでは過剰生産物の施策の
ために︑農法を粗放農法に戻そうというお話 図3ですが︑雨が降ったときに水は一体どうなるのか︒耕作地︑作付けした土地では地下水の浸透が非常にうまくいくけれども︑裸の土地ではあんまり浸透しないということを強調しています︒だから地下水を浸透させるためにも耕地が必要だということであります︒
農村における農業の多面的機能というのは︑図4に示
したものであります︒多面的機能の中で︑下に書いてあ
るように︑評価するとどのぐらいになるか︒六兆円とか
七兆円とかいうことになるわけでありまして︑これもち
ょっと我田引水的な話ではあるけれども︑いずれにして
もそういうふうに役に立っている︑農業保護の費用はむ
だではないということを強調したいわけです︒
図5は有機農業の栽培方法別構成で︑有機農業と今言
われていて︑環境にやさしい農業と言われている農業の
内容を示しています︒無農薬︑無化学肥料というのが一
番多いんだけれども︑本当に無農薬・無化学肥料ででき
るかどうか︒化学肥料を減らして有機肥料を使うとか︑
そういったことが今言われている有機農業なんです︒
これで話を終わらせていただきます︒
ですが︑ヨーロッパで消費するよりも︑はる
かに多くつくったということですね︒
− 5 ¥
日本ではどうしてそういうことができない
んでしょうか︒農業白書では︑農業が大切だ
というところに持っていこうとしています︒
でも︑実際は多くの食糊品は輸入していなが
ら︑輸入の問題はあまり何も言っていない︒
持田日本で問題になっているのは︑米の過
剰の問題があります︒米の過剰に対して︑生
産性をむしろ落とそうということで︑今︑減
反という形で作付けを減らしています︒そう
いう形で対応しているわけです︒
日本は確かに膨大な食糎品︑六割ぐらいを
輸入しています︒その原因は日本の戦後の食
生活にあります︒戦後︑日本の食生活は︑畜
産物を食べる形で進んできた︒畜産というの
は︑日本の農業にもともとないものです︒水
田農業と畜産というのはそもそもなじまない
んです︒
畜産物を食べたいというと︑簡単に言えば
飼料の問題で︑日本には飼料を栽培する農地
がないので︑輸入せざるを得ない︒そうなる
と工場的な畜産にならざるを得ない︒一番大
きいのは飼料の輸入なんです︒
そのほかにも︑外国の安い小麦を輸入した
り︑自由化された何でも輸入できるものは輸 入しているというのが現状ですけれども︑日本人の食生活そのものが変わらない限り︑自給は無理だと思います︒参会者私が不思議に思ったのは︑ヨーロッパはそうやってヨーロッパの内部でちゃんと自給して︑むしろ過剰に生産しているわけです︒日本は︑一部のものは過剰になるけれども︑他のものはほとんど輸入している︒なぜ輸入するかというと安いからで︑では輸出しているところ︑例えば東南アジアではそのために環境破壊が生じている︒なぜそういう形になってしまったのか︑ということです︒持田日本が輸入に依存せざるを得ないというのは︑基本的には土地資源の不足です︒ヨーロッパは土地が多いんです︒面積は日本と同じでも︑半分は農地でしょう︒日本は一五%ですから︒
これは農業一般に言えることですけれども︑
昔はヨーロッパの農業も︑農業として見た場
合︑日本と比べれば貧弱な農業で︑広大な土
地を必要としていました︒面積が広いと︑耕
転も手ではできず︑畜力が必要になってくる︑
という方向に発達していったわけです︒その
後︑化学肥料とか︑工業的農業に入っていく︒ そうすると一挙に生産性が上がって土地資源が有効に使われ︑農業生産全体が非常に高まったわけです︒その結果として過剰になる︒
日本の場合は面穂当たりの収穂量がもとも
と高いためそんなに上がらないんです︒米の
反収が倍になるのに明治以後七○年ぐらいか
かっている︒もともと水準が高いものだから︑
なかなかそれ以上高くならないんです︒だか
ら︑ヨーロッパのような形で急激に生産が増
えていくということはまず望めないと思いま
す︒土地もないし︑土地面積当たりの収種量
が急激に上がっていくこともない︒ぜいたく
な食生活をしようとすれば輸入せざるを得な
い︒ヨーロッパの場合は全体が上がったから︑
十分な食生活をやってもまだ余裕があるんで
す︒アメリカはもちろん大輪出国です︒
日本では︑土地資源の不足が基本的にあり
ますね︒それに農法がそもそも違っていたと
いうことが根本にあるんですね︒
参会者私は農業は全くわからないんですが︑
今︑先生のお話で︑近代農業がなぜ環境破壊
につながったかというと︑都市化にあるとい
うわけですが︑それでは都市化を抑えて︑農
業から来る環境破壊を抑えるという方法が一
5 5 ‑
つあるわけです︒
日本の農業はずっと保識政策で来たわけで
すから︑もっと保護をして︑いわゆる有機栽
培ができるような形の体制をつくれば農業が
自然破壊をしないという理屈になりますか︒
持田理屈としてはそうでしょうね︒自然破
壊しないということになるかもしれないけれ
ども︑都市化がすべてではなくて︑原因の一
つとして都市化があるということです︒
参会者農業経営というものは家族経営を中
心にしていて︑家族それぞれがやって︑農業
があることで自然が守られているのではない
かという感覚があったけれども︑そうではな
くて加害者であると︒そうすると︑もう一歩
飛躍的な現代化を図らないことには環境保全
はできないのではないかということですね︒
持田一番簡単なのは︑野菜工場みたいなも
のができて︑工場生産になってしまえば問題
は解決しますね︒そうなると農業問題はなく
なってしまうわけです︒
野菜とか一部のものについてはそれができ
ると思いますし︑今︑現にありますけれども︑
農業生産物の中で一番大事なのは穀物ですか
ら︑何千万トン︑何億トンという穀物全体を 人工的な形でつくることは恐らく不可能だと思います︒参会者私もきょうの先生のお話で一番おもしろかったのは︑加害者としての農業というところなんです︒もしも日本が︑今後農業は収益率が低いからやめて︑工業化していくとなった場合には︑今度は国土の保全といったものに影響してくるんでしょうか︒持田それはそうでしょうね︒農業的自然と私は言っていますけれども︑現在我々が知っている自然というのは︑農業によって囲い込まれた︑改造された自然ですね︒それがなくなっていくということは︑環境問題としては大きいでしょうね︒
ただ︑極端な話になることはないので︑一
九世紀型の国際分業ということは今はあり得
ない︒世界最大の穀物輸出国はアメリカです︒
アメリカがハイテク産業という一番進んだと
ころと︑農業で食っているわけですからね︒
その農業というのは世界最高レベルに立った︑
生産性の高い農業ですからね︒あれだけの膨
大な農産物を︑総人口の二%以下でやってい
るんですから︑大変な生産性です︒
そういう意味で考えれば︑農業と工業の分 業とかいったことは簡単には言えないと思います︒農工業の国際分業というのはもうないと思うんです︒農業もコンピュータ管理されたハイテク産業として工業の一部となっている︒農工国際分業なんていうのは一九世紀ですよ︒参会者今︑バイオテクノロジーの農業や畜産がどんどん進んでいますね︒例えばドリー︵世界初のクローン羊︶ができたり︑品種改良も︑今は週伝子をいじっていますね︒そうすると農薬の要らない穀物というのがつくれると︑こういう問題はよくなるんでしょうか︒持田よくなるんじゃないですか︒私はバイオテクノロジーに反対ではないんです︒あれは大いにやればいいんじゃないですか︒参会者バイオテクノロジーの話に関連して︑先ほど先生のおっしゃった自然循環型の農業というのは︑これは工業との関係が当然あるわけですけれども︑農業はもともと自然循環型で︑今は工業も自然循環型にしたいんです︒そうならないと汚染は本質的に解決できない︒私はそう思っているんです︒
それで︑我々工業屋は︑工業製品も自然循
環に最終的に入る方法を考えなければならな
− 5 6
いところに来ているわけです︒
農業のほうは︑どうも工業化農業という方
向にいっている︒工業はもともと自然の循環
とは全く独立したものですから︑その独立し
たものから︑少なくとも工業の中で︑あるい
は生活圏の中で循環するものは循環させます
が︑どうにもならないものが必ず出てくる︒
その出てきたものを自然の循環の中に移し入
れるという︑それができなければごみは絶対
なくならない︒それをどうしてやるかという
のが技徹屋の問題になっているわけなんです︒
きょうの先生のお話は︑化学工業屋として
の面から非常に考えさせる面がありました︒
結論的に言いますと︑農業も大変なことにな
っているなという感じがしたわけです︒
参会者私︑農業の立場から考えてみて︑自
然の保全と循環過程から考えて︑耕地が戦前
の四五・五%ぐらいに減ってしまったところ
へ︑穀物とか大変安いものが外国から入って
きて︑今︑日本ではいくら逆立ちしてもでき
ないですね︒
持田耕地が減っているのは︑乱開発や︑宅
地︑道路︑あるいは工場とかに転用されてい
るためです︒最近は放棄されて休耕地になっ ているのが多い︒植えてないわけです︒山間部とか条件の悪い耕地で休耕地が年々ふえている︒そういう形で耕地がさらに減っているわけです︒
だからどうしようという話になると難しい
んですけれども︑山間部に手をつけろという
話になっているけれども︑非常に難しいです
ね︒農業基本法が四○年目になって︑今やり
直そうとしているわけです︒四○年間︑一体
何をやってきたかというと︑はっきり言えば
何もやってないんですね︒
自立経営をつくろうということで︑規模拡
大をうながした︒生産性の高い︑国際競争力
のある農業をつくるというのが夢でしたから
ね︒四○年かかって余り進展しなかった︒
土地が不必要な畜産なんかではかなり規模
拡大は進んだが︑土地利用型農業というのは
ほとんどだめだったんです︒
これからどうするのかという話になってく
ると︑結局また同じことを繰り返すことにな
るんですね︒生産性の高い農業をつくろうと︒
もうそんなのはあきらめてしまえという話も
ないことはないんだけれども︑どうしても農
林省が書くとそういうことになるんですね︒ 輸入の自由化が進んでいる段階で︑消費者に高い米を買ってくださいとは言えませんからね︒どうしてもそれに対抗できる農業ということになってくると︑同じことを繰り返すことになるんですね︒
その中で土地は減っている︒どう頑張って
も︑条件の悪い土地では生産性の高い農業は
できないんです︒平たいところだけができる
わけですが︑そういう土地は限られてしまう︒
そういう意味では︑農業というのはそう簡単
にうまくいかないんです︒
参会者地球上の人口問題は︑いわゆる工業
的農業は大体限界だから︑もう少し環境保全
的にやるという方向にいった場合に︑これは
大丈夫なんですか︒
持田問題は途上国なんです︒先進国は今︑
基本的には過剰農産物を抱えていますから︑
少々生産性が落ちてもいいわけです︒だけど
途上国は一体どうするのか︒まだ工業的農業
までいっていませんで︑原始的農業をやって
いるわけです︒そこはやはり農薬と化学肥料
を取り込まなければいけないんじゃないか︒
緑の革命というのは成功したのか失敗したの
かよくわからないけれども︑とにかくある程
5 言