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ワシントン州(アメリカ合衆国)における社会科教 育の新動向

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奈良教育大学学術リポジトリNEAR

ワシントン州(アメリカ合衆国)における社会科教 育の新動向

著者 菊地 一郎

雑誌名 奈良教育大学教育研究所紀要

7

ページ 17‑23

発行年 1971‑03‑31

URL http://hdl.handle.net/10105/6224

(2)

ワシントン州(アメリカ合衆国)

    における社会科教育の新動向

菊  地  一  邸

(地理学教室)

は じ め に

 筆者は昭和5年度文部省在外研究貧として出張を命ぜられ,ワシントン州シアトル市にあるワシン トン大学に訪問研究員として9月末から約10ケ月間滞在することになった。最近わが国では戦後の新 教育が発足してから20年を経て,大学教育をはじめ高・中・小学校教育全般にわたって再検討の必要 が痛感さ札慎重在うちにも大き方変革がもたらされようとしている。筆者も一人の地理学の教師と

して,重たその主たる目的が致負養成である大学に勤務するものとして,教育改革の動向に大き在関 心を寄せるように庇った。たまたまアメリカの地に来ることに在って,筆者の関係する社会科教育お

よび地理教育の現状が,ここワシントン州ではどう在っているのか知りたいと思い。シアトルに着く と間もなく,オリンピア市にある州教育庁(STAT画BOARD O亙EDUCATI ON)を訪札 教育 長(StatθSupθrintθndθntOfPub1ic工nstruction)のブルーノ氏(Mr.

LOU工S BRUN0)に会った。彼ば心よく筆者にワシントン州に拾付る公教育の実状を話され一社会 科教育については専門家に引き合わせるとともに若千の資料を提供してくれた。ここにそれらの調査 結果および資料をもとに同州に拾ける社会科教育の動向を報告するとともに,若干の見解をつけ加え ることにした。な拾本論文の作製にあたり、疑問た個所や資料の不足の折に同庁教科課程・教育部

(Di viεi on O f Cu rr i cuユu皿 an a工n日tru ct i on)の学習資料諜準指導主事

(A880C iate Supe rVi sOr of Lθarning Rθ80urC e S Sθrvi Cθ8),元松氏

(M工SS NANCY MOTOMATSU)の助力を得たのでここに併記したい。

1 社会科教育1こ対する最近の批判

 州議会の現開期中に提出された法案の条項によれば,社会科を事実上廃止すべきであるという内容 が盛られている。その法案はワシントン州の公教育に歩ける社会科教育をアメリカ史政治扮よび 地理の3教科に限定すべきであるとしている。この新提案の特別な狙いはアメリカの政体歩よび伝統 に対する忠誠心をかん蟹することにある。法案の提案者たちは次のように述べている。「現実を直視

してみよう。今日の青年には忠誠心が欠如して拾り・彼等は無責任である。彼等は権威を尊重しよう としない。これらの忠誠心,責任感拾よび権威の尊重を教えるのが社会科教育ではないか。事実は社 会科教育が失敗であったことを物語っている。」また意見を求められたとさ・ある有力議貢は「われ われは学生や社会に役立走ない学校教育計画に州民の税金を注ぎ込むことはできない。」と語った。

 これに対して,州議会の教育審議会が開催した公聴会において,教師や教育行政担当者走ちは挙っ てこの法案に反対し走。ある小学校の教師は次のように証言・した。「法案を提出した議員走ちは近視

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眼的であるといえよう。社会科教育は青年の行動を形成する上で一つの力でしかない。学校教育にお ける他の学科のみならず家庭教会,上院議員たちもまた青年の行動に影響を及ぼす力である。責任 ある青年の行動はそれらすぺての力の結果であって,いずれの一つだけの力の結果てば在い。学校教 育にだけ責任を負わせることは誤まりである。」ある大都市学区の教育長はその法案の趣旨に反対し て次のように述べた。「議員さんたちはデモクラシーの意味を忘れてしまっているらしい。青年たち の現在の行動はもっと奨励されるべきであって非難されるべきではない。われわれは実際的に・ま走経 験的に政治運動,人権運動呑よび平和部隊活動に参加する多くの青年走ちを見聞している。青年らし い抗議行動さえも彼等の信念の強さを示しているのである。実際に法律を破るものの数はきわめて少 方い。さらに重要なことば議員さんたちは受動的、無感動的,そして盲従的市民は,民主的行動の正 反対をあらわすものであることを知るべきである。自由社会の進歩と発股は批判と抗議によって育成 されてゆ(。現代青年僧は明らかにこのような意味を込めて行動しているのである。そうすることに 拾いて彼等は社会科教育の成果を示しているのである。社会科教育は拡充と深化の必要はあっても.

全く削減されるべきではない。ついで高校卒業生たちその多くは大学生の年代であり,社会科教育 の成果を代表するものたちの意見は次のと参りであった。「社会科というのは道徳問題について誰が 一体正しい解答をもっているのかという大問題について、少しも助力を与えてくれなかった。私たち の最大の問題といえぱすべて適切立判断に関することである。麻薬とか戦争とかのような大きな問 題から,女性とか自動車とかに関する小さな問題に対する判断である。社会科はこのような判断の助 付とぱをら凌かった。」

 このように社会科教育に対して批判提起された問題は複雑多岐にわたり・解決の困難なものが多 い。学校教育は都市化人種問題春よび戦争といったよう在問題を取り上げるべきであろうか。社会 科教育は一体学習者にとって意味のあるものなのであろうか。各時代の青年たちはつねに進歩的であ って,青年の大部分は心配ないのだといって済ましてしまっていいのだろうか。学校は個人お・よび社 会に対して役立たないものにな弓でし一まったのであろうか。教育者および社会科教育の担当者走ちの 悩みは深刻である。しかし結論として,現代社会の緊急問題に対してのみならず,青年の変動する特 性に対応した何らかの改革が必要であることを痛感している。そしてもしそうしなかったら.現代社 会は秩序の破壊と青年層との断絶に陥いることを知っている。今のと1=ろ社会科教育がどうをるか誰 にもわからない。ただそれを支持する者も,批判する者もともにこれまでの伝統的なやり方がいいと は思ってい在い。社会科教育が将来何らかの形で変革を迫まられることは確実である。ただしそれが 急激に行なわれることは注いであろう。

2 社会科教育の新宿瑠要領 (蝸鵬πguidθhnθsof曲目。c釧sセ地蘭呼。9腕)

 1970年に州教育長ルイヌ・ブル,ノ氏の名前で社会科教育の新指導要領が発表された。それは,

「われわれの住む世界(thθWOr1d WθユiVθin)」の甲に鶏載されている。その序文のな かで。ブルーノ氏は次のように書いている。「これまでの社会科教育の主な目的は,善良な市民を育 成し.一連の基礎知識を与え,思考力を養い、そして文化遺産を青年に伝達することであった。それ らは現在でも望 ましい目的に違い珪いが.学習過程拾よび社会発展に関する最近の研究によってそれ

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らの有効性の改良を目指して教育計画を再検討する必要のあることがわかってきた。オートメーショ ン.知識の開発.都市化および社会不安はすべて社会的革新の絶えざる促進に貢献してきた。人類が 月面に第一歩をしるしたことは,地球およぴわれわれをとり まく宇宙を新しい視角からとらえさせる ようにした。その惰性は等比数列的に増大し このすぺてが,もし人類が今な拾自己の運命を制御し つづけようとする在ら,われわれ人類の目的と価値を再検討する責任をわれわれの上に課している。

われわれの政治体制は柔軟なものであり,われわれの当面するいかなる問題ともう書く十分に対応で きるほどに開放されている。しかしわれわれは宇宙の開拓と同じように人類の基本的目的達成に発奮 して適進するような市民を養成しなければ庄らない。ここに提示する新指導要領は適切でダイナミッ クな社会科学習課程の立案の上で,カリキュラム作製委員の手助けとなるように作製されたものであ る。各学校のカリキニラム委員が作製する教科課程は絶対的なものではなく、試行的領域の甲で生徒 たちに安易感を与えるようなものであって欲しい。そしてそれは生徒たちに人間的庄暖かさを吹き込 ませ,人生にダイナミンク漬ひらめきを一与え、さらに人聞存在の意義を生涯かけて探究しようとする 意欲を一人一人にかきたてるものであることを願っている。」

 ブルーノ氏によって提示された社会科教育の新指導要領は。社会科諮問委員会の指導と助言にもと づいて作製されたもので,その諮問委員会はワシントン大学のジョン・シ十ロリミック教授(教育学)

同じくフィリップ・べ一コン教授(地理学),同じくトーマス・プレスリー教授(歴史学)をはじめ いくつかの学区の教育長.指導主事などから構成されている。この新指導要領は小学校および中学校 の社会科課程表の全体的立案に関する問題を取扱っている。それは学校教育の指導的立場にある人た ち,す庄わちカリキュラム監督官,社会科指導主事力リキニラム委民社会科主任拾よび学校管理 者向けのものであって社会科教育の改訂に役立つべく作製されている。教師にとっても有益なもの であるか学級に持ける教育活動には直接役立つものてはなへ

 前記の「われわれの住む世界」甲で新指導要領の適用について次のように書かれている。まず第 1にこの指導要領は,社会科教育の改訂の方向を示す理想案であって,各項にわたって完全な達成は 不可能なことであり、そのために各項の末尾に適切な参考文献があげられている。各項の趣旨にそっ て展開を試みて欲しい。第2に各カリキ』ラム作製者は,指導要領の項目のうち各学校の実情に照し てもっとも重要在ものから選択的に採用して,カリキュラムを作製できる。生徒の要求や社会が直面 する諸問題は新指導計画を完全に展開するために4年も5年も要するようなことを許さ在いであろう。

早急にできるところから社会科カリキュラムの立案に着手すべきである。第3にこの指導要領は現在 の教科課程の批判にもとづいていることに注意して欲しい。明らかにこれら批判のすべては,必ずし もある状態の中で妥当でないかも知れ在い。カリキュラム作製者はこの指導要領の適用において幡広 い考え方を持たなければならない。最後に指導姿領の末尾に参考文献と並んで質問が設けてある。こ れは現在の教科課程を評価する定めに設けられたのではない。それは新指導要領の意義を一層明確に しま是より研究を必要とする場合の方向を示唆するものである。さらに専門のカリキュラム作製者 は、長い間現在の社会科学習課程の目的達成のために.一生懸命努力してさたので,彼等の反省と議 論を誘発するためのものである。教科課程の改訂にあ走っては・社会科カリキニラム委員会は学校の 有効性を左右する重要な役割をになっている。この指導要領がカリキュラム作製にあたって真に役立

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っものであることを願って止まない。各カリキュラム委員は新指導要領の全体に精通するとともに.

とくに最初の2項目ま走は3項目には特別の注意を払って欲しい。

3 新指導要領の内容

新指導要領の全内容を詳細にここに述べることは・紙数の」二からできないので・以下その概要を紹 介し・若干の解説を加えることにすふ

 重す新指導要領の理論的基礎を明らかに しよう。この指導要領にもとづい友カリキ ュラムを構成する3要素として・知誠 思 考拾よび社会活動を挙げることができる・

3要素はこの指導要領においては重要度が 等しく,どの一つをも無視することはその 目的を失敗に導くものである。3要素問の 関係は動態的であって・静態的であっては ならない。それらは相互に作用し合い、相 互に育成されていく。知識は思考と社会活 動の基礎であり・知誠をともなっ走思考は 社会活動となり・さらに結果として新知識 となる、社会活動がカリキュラムの目標と

 持 続

       思修算

       知

 秩 序選択識 考ノ創造

       解 決       、        判 断        言平 価

社会活動

 応  用  相互作用  社会的地位  社会的能力

社会科学習課程の理論的基礎 3要素とそれらの諸機能

なってはならない。この3橿対はその関係に赤いて相互に力動的であるとともに 3要素はしっかり と結び合わされた組合わせとみることができる。

 こ〜=に知識とは3要素の中で,もっとも伝統的なものである。学校はその当初から.知識の伝達者 としてみられてきた。しかし学校が提供してきた知識が常に現代性と正当性の基準を守ってき先と主 張することば難しい。この指導要領が目指す知識ば3つの機能をもつものである。第1にその知識は 各個人に歴史的見透しを与えることによって.現在と過去拾よび現在と未来との間に重大な関係が存 在することを認識させる一策2ぱ各個人に彼の環境に類型と体系が存在することを認識さ也複雑な 宇宙さえも知的κ統御できるのは整理機能であることを知らせる。第3はとくにこの指導要領にとっ て重要なものであるが,社会活動の基礎としての知識の機能である。学校という環境の中で。知識の 庇い社会活動は認められ凌いてある㌔

 思考は知識と違って,最近になってその重要性が学校カリキニラムの甲でみとめられるようになっ た。国民教育協会の教育行政委貞は次のように述べている。 「アメリカにおける教育の中心目標は思 考能力の発達である」と。思考は大抵のカリキーエラムに体系的に取り入れられたことぱなく.より次 元の低い思考能力(記憶理解)は教師の質問と教科書の教材によって特色づけられている。思考能 力は蓄積された知識の結果として発達するものではない。思考能力の崩発はカリキュラム作製者と教 師によって体系的に計画さ札実施されなければ売らない教科課程の重要な要素である。思考は知識 と第3要素である社会活動との間に密接な連繋をもっている。

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 この指導要領が目指す社会活動は社会が当面する問題を合理的に解決する個人の行動にかかわるも のである。学校が直接地域社会と社会問魑に各個人を参加させる方法を発見する様に望んでいる。知 識と思考力のポテンシャルは・2・4教育(two by four θduca.t i on・2フィートと4フ

ィートまたは狭いという一般的意味とこの場合はとくκ教科蕃の2枚の表紙と教室の4つの壁に限ら れた教育の意味)と呼ばれるものに・教育者たちが彼らの考え方をとじ込めて来たために実現するに 至らなかった。学校での社会活動といえば生徒の政治デーと地方の裁判所へ実地見学に行くことぐら いに限られていた。これまで学習者をあ昔りに受動的宏教育対象として,反復練習法による教育を強 いてき旭この指導要領は、社会活動が知識と合理的在思考作用の論理的悌緒をあらわすべきである

という立場をとっている。要するに理性的判断を睡で自分たちの行動を決定レ社会矛盾の解決に役 立つように行動する青年を育成するのがこの指導要領の目的である。そのためには学校が学習者と現 実社会との間の相互作用を保証してやらなけれぱなら在い。

 つぎに新指導要領の概要を項目を追って紹介してみよう。

 1.社会科学習課程は相互訓練の仕方で社会科学の幻滅と方法を応崩し永続的な社会問題の批判   的分析能力を発達させるものでな竹ればなら凌い。

 2.社会料学習課程は検極的な自己概念の啓発,市民としての責任の遂行および社会的地位の向上   に必要な学問的および社会的技能を発達させるもので在けれぱなら凌い。

 3.社会科学習課程は責任のあるいろいろな思考力を発達させるものでなけれぱ方ら凌い。

 4.社会科学習課程は各個人をして自分自身の価値を理性的に発農させ.その価値にふさわしい自   己の貴脇を認紬させるものでなければなら在い。

 5.選択される学習内容は大体社会科学から導入された一般概念と調査法にもとづくもので.永続   内かつ広汎な社会問越をめぐって組み立てられたものでなければならない。

 6.選択される学習内容は人類の経験。文化。活動および信念を表現するものでをけれぱならない。

 7.選択される学習内谷は社会科学の専門分野で一般に認められている最近の知識,理論拾よび解   釈と一致するものでなければならない・

 8.カリキニラムに選択される学習内容は生徒の直接的関心を誘発させるものでなけれぱ在ら在い。

 9.学級や学習経験の場面で使用される学習内容はト12(幼稚園から12学年まで)の全課程への   影響を考憾して計画され,修正されたものでをけれぱなら凌い。

10.教育方法は望ましい生徒の能力を特定の言葉(理解.識別.認識)で記述する学習対象を設定   するものでなければ庄らない。

11.教育方法は直接的かつ積極的に生徒を学習過程に巻き込むもので安けれぱなら凌い。

12.教育方法は将来の見込み,方法拾よび評価の個別化を強調したものでなければならない。

13.教育方法は広汎な教育賢料と手段に依存するものでなければならない。

14.教育方法は体系的,包括的かつ教科課程の一定の目的と一致した評価手順を使用するもので庄   ければならない。

15.教育方法は生徒が地域社会の仕事を観察し,それに参加する機会を保証するものでなければな   らない。

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 新指導要領の第1項から第4項董てば・社会科学習課程の目的を明らかにしている。それらは知識 の豊かなそして有能な市民の育成拾よび個性の完成と自尊心の高鋳を目指している。第5項から第9 項までは,社会科学習課程の学習内容に関して定性的な基準を確立している。またそれらの項目は社 会問題を理解するためには社会科学分野からの貢献が必要であることを強調して紅り、加えてそれら は提供される知誠が最新のものであり,それは正直に人類の総経験を反映するものであることお・よぴ それぱ学習者に対して直接意味をもつものであることが要求されている。第10項から第15項までは,

この教科課程のもつ可能性を実現するために必要な教育方法の特徴を明らかにしている。それらは明 確に定められた学習目標の必要性と学習者に責任ある社会活動を拾こなわせるような教育方法の採用 を強調し,そして個別化された方法と将来の見透しおよぴいろいろ庄教育手段の使用一が必要であるこ とを主張している。

む  す  ぴ

 新指導要領を検討してみて感ずることは,それが非常にダイナミ・ソクでラデカルであるということ である。筆者はどちらかというとこれまで専門分野の地理学研究に関心が厚く,地理教育や社会科教 育をやや凌お・ざりにしてきたが、〜二の指導要領を一読んでみると戦後まも在くアメリカから導入された 頃の新教育の社会科に非常に似ているように思えてなら衣い。そういえばこの州の教育長ブルーノ氏 は州民の公選によって選出された,有徳の教育者だと聞いている。日本ではその後新教育の行き過ぎ への反省から,やや反勅化への動きがあり.主知主義に傾きその傾向は現在に及んでいる。新指導要 領てば決して知識を軽視しているものでは庄い。むしろ新しい意味での知識をあるぺき位置に拾さめ.

思考および社会活動(実践)と対等のウェイトを拾いている。見方によれば知識偏重への反省のあら われともいえよう。社会のめざましい発展と青年たちのエネルギッシュな反体制.反権威の主張と行 動によってひきおこされた社会科教育への批判に対して,反動化することなく,よりラデカルな新し い感覚の新指導要領を作製したこの州の教育担当者の見識を高く評価したい。

 前述のごとく,筆者は教育学に自信がをいため.むしろ新指導要領が出された背景に多くの紙面を さき,その内容は概要の紹介にとどまったこと,春よぴとくにそのスコ■プとシークェンヌ(S C O−

pe and 日equθnCe)に論及できなかったことは全体を削りにくいものにしてしまった。この点 残念に思っている。

参  考  文  蔵

1. Bruno,Loui8,ed. Thθ Worユa We Livθ in.1970. Officθ of Statθ   Superintθndθnt Of 戸ubユic In8truction. 01y皿pia,wa8hington 2. Benne・Kθnnθth・ Thθ Major Ta8k日 of Conte皿porary Thinkユng

  瓦ffθotivθ Thinking in thθ Sociaユ St1ユd−iθ8・ ed・itθd・ by こrθan   Fair ana Falユniθ Sha.fteムWa8hingtO逼、]⊃.C。:Nationa1 Counoiユ   for thθ Sooiaユ Stud−ie富. 1967

3. Myd−aユ・Gunnar・A皿θrioan Vaユ1ユe8 ana A皿erican Behavior:A Diユθ一

(8)

皿皿a,De皿。cracy,:Pユuraユi日m・and− thθ Sociaユ Stud−iθ8,θd−itea l〕y Jamθs P.Shavθr and− Haroユd Berユak,]∋os1;on:Hougton Miffユin,1968

参照

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