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アメリカ合衆国における社会科論の展開(4) 一The Community and Citizenship一

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アメリカ合衆国における社会科論の展開(4)

一The Community and Citizenship一 江  口  勇  治*

(昭和59年10月31日受理)

A Study on the Development of the Theory on the Social Studies in the United States         of America(4)

一The Community and Citizenship Yuli EGUCHI

(Received October31,1984)

1 はじめに

 本小論では,社会科教育の文脈で捉えられた「コミュニュティ」と「シティズンシップ」

(市民的資質)との関連について論究する。アメリカ社会科の主要目的の一つは,「市民的 資質の育成」である。この目的は,質の問題を加味しなければ,かなりの一致を得てい る(1)。しかし,何を市民的資質の内実とするかについては,不一致の状況にある(2)。もとよ りこのような一致,不一致の様相は,当然のことかもしれない(3)。そこで,「市民的資質の 育成」を「社会科」(Social Studies)だけに限定する理由は,見当たらなくなる。「市民的 資質の育成」に優先権を与えるならば,形式を度外視する姿勢において,改革は進行しな

ければならない。すなわち,いろいろな教授アプローチを提出・実践することによって,

市民的資質の内実を実践的に補完することを模索する(4)。この模索の努力において,社会科 と市民的資質とコミュニティという三つの概念は,新たな関係を結び,一つの方向性を示 す。こうした状況が,アメリカ社会科の一般的な動向であろうと思われる。以下では,こ のことをより具体的に考察する。

II 社会科と市民的資質

 社会科教育と市民的資質教育の接近は確実に進行している。社会科論の上では,1960年 代の「新社会科運動」(The NewSocial StudiesMovement)の一部反省の形で展開されてい る(5)。社会科学の構造に基づいて作成されたカリキュラムの順序性が適切に市民的資質教

※長崎大学教育学部社会科教室

(2)

育をなしうるか,という疑問は,60年代中頃にすでに社会科研究者から提出されていた(6)。

そしてこの疑問が適中したかのように,70年代の社会科は「市民的資質の育成」へと改革 の力点を移動して行った。このことを,二つの全米的な委員会を中心に跡づける。

 A.「教育の進歩についての全国的アセスメント」(National Assessment ofEducational Progress一以下NAE Pと略す)

 NAE Pは,議会(Congress)によって委託された全米的な教育研究プロジェクトであ る。1969〜75,1975〜76,1981〜82の3回にわたって,報告書を公刊している。社会科が 市民的資質教育へ傾斜していることをきわだたせるために,第一回と第三回をとりあげて みる。なお,この報告書で提示された目標は,各州のカリキュラムに対して規制的に機能 するわけではないが,かなりの貢献があると思われる(7)。

 第一回目の内容の中心は「カリキュラム開発とアカウンタビィリィティー」の基本モデルの 提出であった(8)。そのために,市民的資質教育と社会科教育の基準となる達成目標を列挙し ている。その内容を一部掲載する。

 ⇔り改訂版「市民的資質の目標」(※1969−70  (イ)「社会科の目標」(※1971−72年用アセ 年のアセスメントの改訂として,1974−75用 スメントとして提出されている。それぞれ

に提出された。)       の小目標は略す。)

1.他人の幸福と尊厳とへの関心を示す。

2.法およびすべての個人の権利を守る。

3.政治の主要構造と諸機能を理解する。

4.民主的,公民的改善に参加する。

5.世界・国家・地域の重要な公民的問 題を理解する。

6.理性的な公民的意思決定のためのア プローチを習得する。

7.自分の家族を助け,尊敬する。

1.人間事象に好奇心をもつ。

2.分析的一科学的方法を効果的に使用

する。

3.人問的条件の説明のために,創造的 一直観的方法にも鋭敏である。

4.社会科学者の主要な思考や関心に関 連している知識を習得する。

5.自由な社会を維持するための価値に 対して,理性的に関与する。

 上記のは,市民的資質教育の目標である。この目標下に,具体目標が列記され,9才,13 才,17才,26〜35才の各年齢集団の達成課題が盛り込まれている。この目標で注目される

ことは,く1969−70アセスメント>では使用されていなかった「C I V I C」(公民と訳述 した)という用語が改訂版では「4,5,6jの目標記述に使用されていることである。

目標の記述において,個人レベルから公民レベルヘの重点移動がありそうな印象をうけざ るをえない。上記α)は,社会科教育の目標であるが,1960年代の「新社会科運動」の成果 をうけた形で記述されている。社会科の目標記述において,「社会科学の優位」が読みとれ る。また,切とα)の目標にはそれほどの関連性はなく,むしろ両者の役割分担が意識され ていると言えよう。ところが,第三回目の報告書(1981−82)では,市民的資質教育での 重点移動が,社会科教育にも波及している内容となる。そして,両者の目標上の一致が強調

され,社会科教育と市民的資質教育の目標は同一に記述されてくる(9)。その内容は以下である。

 (ウ)「市民的資質と社会科の目標」(※1981−82アセスメントでは,知識・技能・態度につ

いての目標が各年齢集団〔9,13,17才〕ごとに列記されている。)

(3)

1.知識の習得に必要な技能の育成 A.諸感覚(the senses)の使用 B.諸資料の 使用 C.諸テクニック(たとえばインタビュー)の使用

2.知識の利用に必要な技能の育成 A.知識の組織化 B.知識の応用 C.意思 決定と問題解決 D.知識の批判的評価

3。個人的発達についての理解と他人との意思疎通に必要な技能の育成 ◎中目標略す 4.人類がその環境を組織し,それに適応し,それを変化させてきた方法への理解と

関心の育成      ◎中目標略す 5.合衆国の発展についての理解と関心の育成      ◎中目標略す

 上記(ウ)の最大の特徴は,先述したように社会科教育と市民的資質教育の目標が一致して いることである。そして,一致の形式は,第一回目の記述に比較した場合,前者が後者に より譲歩して即応するというものである。あるいは前者が後者に包合されるとも考えられ る。たとえば,1と2の知識に関する記述では,社会科学的知識を問題としているわけで はなく,そうした知識の習得に必要な技能,いわゆる「How To」式の学習目標が中心と なっている。3,4,5は「科学外の問題」(態度,興味,関心など「人格や人問性の問題」)

として受けとられる。要するに,市民的資質としての能力〔上記(ウ)〕が社会科教育の目標 であることを明言している。このNAEPによって提出された二つの報告書は,1969年か ら1982年の間にかけて,社会科が市民的資質教育へ明らかに接近していることを如実に 語っている。

 B.「全米社会科協議会」(The National Council for the Social Studies一以下NC S Sと略す)

 2万人を超える社会科教育関係者によって組織されているNC S Sは,アメリカの社会 科の動向を知る上では最適の団体である。この団体の動きについては,すでに簡単な紹介

を試みている(10)。ここでは,1980年に発表された「社会科の本質」(11)という短いパンフレッ トとこのパンフレットに対する評価によって,NC S Sが社会科による市民的資質教育を 強力に推進している状況を明らかにしてみる。パンフレットの内容は以下である。

 匡)「社会科の本質」

 公的生活への市民参加は,我々の民主的システムの健全さにとって必須である。効 果的な社会科教育は,ますます多様化し相互依存した世界が直面する問題を解決する ために,思考し理解し活動する青少年を育成することである。こうした社会科教育は,

専門的に計画されたスコープとシークエンスによって組織される。その計画は次の通 りである。

 1.(社会科教育は)就学前に始まり,義務教育(学校教育)および中等段階の選択   教科で行われる。

 2.社会科は,個人的・文化的アイデンティティーを伸長する。

 3.社会科カリキュラムは,学校・コミュニティの観察,参加を含む。

 4.社会科は,論争問題や現実の世界を扱う。

 5.社会科は,児童生徒がアメリカ国家の原理に基づいて意思決定できるようにす

(4)

  る。

 6.社会科は,高いレベルのパフォーマンスを要求し,児童生徒が知識の記憶以上   の手段でそれを達成することを評価する。

 7.社会科は,広く歴史・人文・社会諸科学と教育理論および実践力のある革新的   教師らに依存している。

 8.社会科は,プログラム開発や児童生徒の関与ということから,コミュニティの   構成員を含む。

 9.社会科は,公的事象への公民としての参加を指導する。

1979年に,NC S Sは11の他の専門組織と協力して,均衡のとれた教育の価値を再主 張した。我々は上記に模範となる社会科の主要点を明らかにした。この計画は,児童 生徒の読みや計算の能力の発達に貢献するばかりでなく,民主的原理,その応用と理 解,委託をともなう知識・技能(規約化された知識・技能)と関連している。

(以下,その知識・技能の内容)

 ①知識(略) ②民主的信念 正義・平等・自由・多様性・プライバシー  ③思考技能 データ収集の技能・合理的技能・意思決定の技能・人間関係の円  滑化を図るための技能 ④参加技能一効果的な集団作業・他の集団との連  携・説得,妥協,契約・目的的作業において忍耐づよく根気よく遂行する・文化の  クロスした状況での経験 ⑤公民的行動(略)

 上記ωの内容の特徴も,やはり社会科教育の市民的資質教育への深い接近ということで あろう。1960年代の「新社会科」が「社会科学」との関係の上に展開されたものとすれば,

70年代・80年代の「人間中心の社会科」と呼ばれるものは「市民的資質」(政治的・道徳的 ニュアンスを込めた思想)との関係で展開されていると言えよう。社会科における「社会 科学」への依存度が記述上でかなり減少していること,コミュニティ (学校を含む)や現 実社会がかなりのウェートを占めていること,最終的目標として公民的参加が位置づけら れていること,60年代の「新社会科」では影をひそめていた「スコープやシークエンス」

という用語が使用されていることなど,これらはいずれもその証左である。

 この内容について,アメリカ社会科の代表的な研究者の一人である1.モリセットは次の ように反応している。すなわち,「本書は,社会科に適切する知識・技能・価値・社会参加 を論じている。しかしこれらの目的が,公的生活への利他主義的参加以外の目的に必要で あるといったいかなる意味も実際には示していない。知識と技能は,公的生活への参加の ための準備として考えられている。高度な道徳性の発達を目標とする唯一の理由は,児童 生徒が気前よく,利他的に公的生活へ参加でぎるようにということである。」と(12)。そし て,彼はその内容があまりにも「市民的資質」を強調しすぎていることに批判的である。

このモリセットの批判は,社会科教育の目標を「市民的資質の育成」という学問外的色彩 をもった修辞へ単一化して行こうとする動きに対する警句である。このような市民的資質 教育を唯一の目的とするかの如き社会科教育の動きに対しては,同様の批判がある。たと

えば,社会科による市民的資質教育の実践上の問題に関して,R.C.レミーの論文は示唆的 である(13)。彼の論旨は,幼稚園から高校までカリキュラムとして組織されている社会科は,

目的の上で「市民的資質の育成」に優先権を与えることによって,様々なアプローチを開

(5)

発しているが,それらはすでに社会科の限界を超えているということである。簡単に言え ば,社会科教育だけでは市民的資質教育は無理である,ということであろう。しかし,こ のような批判が表面的にはあるにしても,傾向として,社会科教育が市民的資質教育に深

く取り込まれていることは確かなことである。

 以上,二つの委員会の動きはアメリカ社会科の代表的なものである。そして,この動き は,社会科の主要目的が「市民的資質の育成」であるという一致した見解を示している。

しかし,何を市民的資質の内実にするかについては,やはり単一化が困難である。それで は,この単一化の問題の解消に何を持ち込もうとするのか。どのような概念・思想によっ て,市民的資質の内実を実践的に補完しようとするのか,という問題である。解答の一つ を,社会科とコミュニティの関係のなかに求めてみよう。

皿 社会科とコミュニティ

 社会科教育が市民的資質教育の領分まで拡大し,多様性を増すにつれ,逆の現象として どこかに収束の基盤を求めざるをえない。かつて,「新社会科」が「社会科学」に,」.デュー イに代表される1930年代前後の社:会科が「児童生徒の経験」「興味・関心」「社会改造」に,

その基盤を求めたようにである。そして,この基盤は,現在のアメリカ社会科にあっては,

コミュニティの思想のなかに代表的に求められていると考えられる。このことを,幾つか の社会科論の整理を通して説明する(14)。

 コミュニティが,「市民的資質の育成」を強化した社会科のカリキュラムのなかで重要な 位置を占めていることは,NC S Sの動きで充分に理解できる。この点を二冊の著作

(Bulletin)で明らかにしよう。『市民的資質教育のための諸原理の構築』(15)(1977)と題す

る本は,1970年代のNC S Sによる市民的資質教育への取り組みの成果を受けて刊行され

ている。ここで,従来から社会科による市民的資質教育に好意的であったF.M.ニューマ

ンは,次のように社会科とコミュニティの関係を捉らえている。すなわち,「六つのアプロー

チ(註参照)は,学校での教授と主に抽象的分析や言語的伝達に基づく学習形態を必要と

する。(これらのアプローチでは)児童生徒は 現実世界 から遊離するので, コミュニ

ティ関与 の標榜者は次のような理由によって,彼らをコミュニティヘ移行させようとす

る。すなわち,社会過程のため,社会の要求や問題の調査のため,社会機関への自発的貢

献のため,青少年の活動を中心にした新しいカリキュラムの開発のため,選挙政治への参

加のため,コミュニティの諸組織や市民活動への参加のため,等の諸理由からである。(コ

ミュニティヘの)関与や参加は,学習や思考の代用としてではなく,それらが社会現実に

むけられ,参加技能の形成にむけられるための保障として強調されている。」と(16〉。彼のこ

の指摘は,コミュニティが「市民的資質の育成」のために,社会科の文脈のなかで,様々

な意味でその役割を果たしていることを示唆している。そして,この前提には,市民的資

質の内実をコミュニティにおける具体的な能力として把握しようとする姿勢がある(17)。ま

た,同書で,C.K』カーティスは,学習遅進児の問題の解決策として,コミュニティの調査

を中心にした社会科について論じている(18)。60年代の「新社会科」はカリキュラムの上で

は,「社会科学の構造と方法」に依拠し,その内容の習得にはオプティミズムの面を残して

いた。しかし,現実には,アカデミックな内容についていけない学習遅進児を多数生み出

(6)

したことも事実であり,その克服手段としてコミュニティ学習は期待されている(24)。ま た,さらに同書には,P,コンラッドとD.ヘディンによって,コミュニティ参加の具体的プ ログラムが展開されている(19》。彼らの計画は,すでに伝統的な地理・歴史・公民による社 会科の枠を越えている。市民的資質教育のために,コミュニティという学習素材や児童生 徒が帰属するコミュニティでの経験が,カリキュラムの主要な構成要素になっている。こ のように,本書に収められた三つの論文は,社会科が「市民的資質の育成」のために多様 な教授アプローチを考案している状況とそれらのアプローチの主要なものとして「コミュ ニティ関与」という学習方法が展開されていることを示唆している。そして,このコミュ ニティを中心にした社会科教育は,『社会科における発達論的見地』(1982)と題する本の なかでは,より具体的な実践として提示されている。

 本書の編集意図は,1982年のNC S Sの会長であったJ.A.バンクスによって次のよう に語られている。すなわち,「1980年代の社会科教育者の課題は,過去20年問の構造主義者

(」.S.ブルーナー)の改革を根こそぎにすることでもないし,反革命主義的な段階へ入り 込むことでもない。我々の課題は,これらの改革を,よりリアリティのある社会科のなか

に,すなわち現代社会の諸問題や道徳的論争へ直接的に焦点づけられた,児童生徒の認知 的・道徳的発達段階に密接に関連したカリキュラムヘ統合することである。」と(20)。こうし た課題に基づき,本書では,L.コールバークの道徳的発達に関する段階論を中心にした社 会科教育の諸実践例がとりあげられているが,ここでは,C.キューブリックの「小学校の なかに,ジャスト・コミュニティを作り上げる」という論文を紹介してみる(21)。この実践 例は,ピッツバーグ大学付属のFalk実験学校でなされたものであり,道徳と社会的技能の 発達を目標にしたものである。右頁の図1がその具体的計画である。計画の主眼は,道徳 教育を伴った社会科の実践である。そのため,まず学習環境としての学校を,」.デューイ がかつて主張したように一つの社会,すなわち現実のコミュニティと類似した世界である と見なす。この実践では,コミュニティはもっぱら学校や学級そのものを意味し,そのな かでの知的・道徳的な諸技能が重視されることになる。計画の対象は,小学校中学年(8,

9,10歳)の四クラスである。クラスの形態は,複式であり,計画の第一段階においてそ

れぞれの学級で「教室での手続き,アカデミックな目標,集団での認識」が「市民的資質

の育成」の観点から決定されてくる。この活動に基づき,第二段階では3週問の訓練計画

が展開されている。その内容は,「問題解決的な諸集団の目的,諸集団の公平な意思決定の

ダイナミックス,集団機能の円滑化のための議事手続きの過程,討論を聴く技能,役割を

果たすためのコミュニケーション技能」などの学習にあてられ,学習活動としては「ゲー

ム,映画,集団討議,教材用フィルム,役割演技」などが採用されている。第三,四段階

では,これらの学習で習得された技能を実際の場面で使用するように計画されている。ク

ラブ活動や学級討議での社会的技能の使用がなされたり,クラブや学級のニュースが報告

されたりして,長期問にわたり実践が行なわれている。この実践全体の最終的目標は,ま

ず学級をコミュニティと見なすことによって児童生徒の帰属意識を高め,さらにこの意識

を現実のコミュニティですくい上げようとするものであろう。ここで紹介した実践は,す

でに従来の意味での社会科の枠を越え,市民的資質教育あるいは道徳教育の観を呈してい

る。そして,求められる能力は,コミュニティを円滑的に運営するのに必要な社会的能力

である。アメリカ社会科成立期に生まれた小学校教科「コミュニティ・シビックス」の目

(7)

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Two

図1 SOCIAL SKILLS DEVELOPMENT   PLAN(P.18)

標を想像させる内容である(22》。この ように,NCS Sの二冊の本によっ ても,様々な意味においてコミュニ ティという概念が社会科教育のなか        つい で,市民的資質と対になってあらわ れてきていることが理解できよう。

先に引用した,NAEPおよびNC

S Sの報告書においても,このこと は同意できるであろう。コミュニ ティは,学習の場として,学習素材 として,社会科教育が「市民的資質 の育成」を第一目標にすればするほ ど,ますます重要な基盤となって立 ちあらわれてきている。

 ところで,社会科教育においてコ ミュニティを重視する思想は,かな らずしも新しいものではない。「社会 統制」の手段として,成立期社会科

(1910年代)がコミュニティを重視 したことはよく知られている。たと えば,1960年代の「新社会科、1の理論家であった経済学者L.セネッシュでさえ,「(歴史的 に)総括すれば,青少年を成人生活に準備してやるために,学校・家庭・コミュニティが 密接な連携を保つ大衆的カリキュラム(grass−roots curriculum)は,アメリカの一つの遺 産であった」と述べている(23)。この弁は,社会科の歴史的展開のなかで,コミュニティが つねにこの教科の基盤であったことを明らかにしている。「新社会科」と呼ばれた「学問中 心カリキュラム」においても,それは例外ではなかったかもしれない。現実に,「新社会科」

の成果である「社会科学の概念や構造,および方法論」を継承する姿勢において,コミュ ニティ学習を展開しようとする実践も諸例ある(24〉。しかしながら,社会科とコミュニティ の関係において,過去の社会科論に比較して,基本的に最近の社会科論は異質な面をもっ ていると思われる。それは,社会科が「市民的資質の育成」という倫理的・道徳的ニュア ンスをもった態度目標を,強力に押し進める過程で結ばれた点にある。その意昧で,コミュ ニティ重視の社会科教育は,過去の教育の焼き直しではないだろう。社会科教育が市民的 資質教育へ従来以上により接近し,社会科という地理・歴史・公民により構成された枠を

「市民的資質の育成」のために再編するなかで,コミュニティは様々な局面で生かされよ うとしているのである。その関係は,代表的には,NC S SやNAE Pの報告書に,また 以下に例記する『市民的資質教育についての国家的課題に関する報告書』(25)にもあらわれて いる。この報告書は,市民的資質教育に関して21の勧告を提示しているが,7つの勧告に おいてコミュニティを強調している。

 ㈲ 「公民教育の強化のための勧告」(PP.9〜13)

(8)

勧告3.市民的能力を扱うすべての学校教育,および学校によって方向づけられたコミュニ     ティでの経験において,多様に児童生徒は市民的資質の育成を図るべきであ     る。

勧告8.価値的・倫理的問題は,市民教育の中心である。そこで学校は,法律教育や     コミュニティの価値を反映した教育と同時に,道徳教育の思想も導入すべき    である。

勧告9.高校卒業に要求された経験に,「市民としての実践」が必要である。この要件    は,コミュニティでの活動に基づく「ボランティア・サービス・プロジェク     ト」として満たされるべきである。

勧告10.市民的資質教育は,学校のスタッフに加えてコミュニティからの広範な参加    者を含むべきである。

勧告13.学区および学区内の教育委員会は,政治的社会化の教育目的設定のために,コミュ    ニティの市民による諮問委員会を作るべきである。

勧告19.青少年から成人への順調な移行は,教育の主要目的である。学校は,青少年     と大人のそれぞれの文化の意思疎通を図るべきである。児童生徒と大人との    拡大しつつある相互関係を保つために,学校はコミュニチィでの活動の中心    になるべきである。

 上記㈲で示されているように,市民的資質教育において,コミュニティは多様に生かさ れている。すなわち,①学校によるコミュニティ経験の方向づけ(目標),②コミュニティ の価値を反映した教材(内容),③高校の卒業要件としての「市民としての実践」(方法),

④コミュニティの市民の関与(アカウンタビィリィティー),⑤コミュニティスクールとしての 役割(制度),などの意味において市民的資質のなかに入り込んでいる。そして,このよう なコミュニティの意味は,同時に社会科教育のなかでも応用されていると言えよう。なぜ なら,一般的に市民的資質教育と社会科教育はその目標において一致していると考えられ ているからである。

IV おわりに

 本小論では,現代のアメリカ社会科の動向について整理を試みた。今一度,結論部分を 繰り返して見よう。まず,アメリカ社会科はその目標を「市民的資質の育成」に単一化し て行こうとしていることである。そして,市民的資質教育として社会科教育を再編するこ とによって,従来の社会科の枠をとりはずし,より現実社会との関係を内容・方法面で強 化しようとしていることである。そのため,具体的には「よき市民的資質」の内実を,コ

ミュニティでの具体的な能力として捉えようとする。学校や教室の壁をとりはらうこと によって,実質的に市民的資質教育であろうとする社会科教育を補完しようとしているの である。必然的に,この過程はコミュニテイという人問の学習経験の場である世界との関 係へと入り込むことを意味する。この時,機能的社会としてのコミュニティは,多様な形

(目標,内容,方法,制度など)において,社会科教育のなかに生かされてくる。それと

同時に,かつてコミュニティが充全に機能していた時代に成立の根拠をもつ社会科は,コ

ミュニティの再生を担う教科としても要求されるようになる。そのために,道徳教育や倫

(9)

理教育と従来以上の関係を保とうとする。こうした動向が,現代の社会科の一般的動向と して展開されているのである。

〈註および引用文献〉

(1)この点については,拙稿「アメリカ合衆国における社会科論の展開(3)  社会科における市民  的資質教育  」(筑波大学社会科教育学会『筑波社会科研究』第2号 1983 11〜20頁)および拙稿  「外国の公民教育2 (1)アメリカ」(日本社会科教育学会編『社会科における公民的資質の形成』 東  洋館出版社 198465〜72頁)を参照していただければ幸いである。

(2)不一致の問題については,Robert Barr etal.l Defining The Social Studies,NCSS Bulletin51,

 1977およびRobert Barr eta1.;The Nature of The Social Studies,An ETC Publication,1978が参  考になる。

(3)わが国の社会科教育の主要目的として,「公民的資質の育成」が考えられているが,それがどのよう  な資質なのかについては不一致の状況にあることを思い起こせばよい。

(4)様々な教授アプローチとして,次のようなものがある。人類学,キャリア・エデュケーション,市  民的資質教育,消費者教育,現代の諸問題中心の学習,エネルギー教育,未来学習,経済学,地理学,

 グローバル・エデュケーション,法律教育,道徳教育,多文化(異文化)教育などである。たとえば,

 その具体的内容にっいては,Wayne L Herman,Jr.l What Should Be Taught Where P,Social  Education Vol.47No.21979PP,94〜100を参照のこと。

(5)拙稿「アメリカにおける社会科教育論の展開  1960年代の新社会科教育論の再考察を通して」筑  波大学大学院 中問論文 1979 でこのことについてはすでに考察した。

(6)James P.Shaver,Donald W.Oliverl The Structure of The Social Sciences And Citizenship  Education,1965(ERIC EDO44348)

(7)市民的資質教育へのNA E Pの貢献は,たとえば①B.Frank Brown,ed.;Education for  Responsible Citizenship   The Report of the National Task Force on Citizenship Education,

 McGaw−Hil1,1977のP,11の勧告13および.②JoAnne Buggeyl Citizenshlp and Community  Involvement:The Primary Grades,Social Education Vo1.40No.31976PP.160〜163の教育目標  で使用されていることなどから推察できる。

(8)Bob L.Taylor;Implications of the National Assessment Model for Curriculum Development  and Accountability,Social Education Vo1.38No.5PP.404〜410

(9)NAEP;Citizenship And Social Studies Objectives1981−1982Assessment,1980(ERIC  EDl86330)

(10)前掲書「外国の公民教育2 (1)アメリカ」

(11〉 NCSS;Essentials of the Soc圭al Studies,1980

(12)Irving Morrissett;Comments on The NCSS Essentials of the Social Studies and the Issue of  Scope and Se(luence 1980(ERIC ED194438)P.3

(13)Richard C,Remyl Social Studies and Citizenship Education,1977 (ERIC EDl50035)PP.1〜34

(14〉より具体的なコミュニティ学習については,拙稿「アメリカの社会科におけるコミュニティの学習」

 (『社会科教育と地域学習』 明治図書 1985出版予定)を参照していただければ幸いである。

(15) NCSSl Building Rationales for Citizenship Education,Bulletin52,1977

(16)Fred M。Newmam;Building a Rationale for Civic Education (15)の書に所収 P.7。なお,引用

 文の六つのアプローチとは,「①歴史と社会諸科学によるアカデミックな訓練 ②法律に関連した教育

 ③特殊な社会問題に焦点を置いたアプローチ ④批判的思考力の育成を中心にしたアプローチ ⑤価

 値明確化を図るアプローチ⑥道徳的発達を主眼にしたアプローチ」である。彼は,この六つのア

(10)

 プローチの他に,⑦のコミュニティヘの参加を中心にしたアプローチ,⑧市民的資質教育の制度的な  改革の主張,の新しい動向にもふれている。

(17〉市民的資質をコミュニティでの具体的な活動内容として設定しようとする動きは,オハイオ大学や  バージニア州などで試みられている。たとえば,(A)Mary J.Tumer;The Community and Citizenship:

 A Guide for Plaming and Leadership,1979(ERIC ED177038),(B)Virginia Department of  Education;Suggested Guidelines for Developing and Implementing A Minimm Program in  Citizenship,1978(ERIC ED185067)を参照。

(18)Charles K.Curtis;Citizenship Education and the Slow leamer,(15)の書に所収,PP。74〜95

(19)Dan Conrad and Diane Hedinl Leaming and Eaming Citizenship Through Participation (15)の  書に所収PP.48〜73。彼らの計画とは,1)ボランティア活動 2)単位認定のコミュニティ活動 3)

 現在の教育課程に参加経験を加える実験室的学習 4)コミュニティ参加コース 5)コミュニティ活  動のための学習センター作り 6)参加経験を中心にしたトピック学習,の諸内容を含んだものであ  る。

(20〉Linda W.Rosenzweig,Ed。;Developmental Perspectives on the Social Studies,NCSS Bulletin  66,1982,P.V

(21)Cheryl Kubelick;Building a Just Community in the Elementary School,(20)の書に所収,PP15  〜29

(22)「コミュニティ・シビックス」の内容については,拙稿「アメリカ合衆国における社会科論の展開(3)」

 (前掲書)を参照いただければ幸いである。

(23)Lawrence Senesh eta1。;Constmcting a Community System−Based Social Science Education,

 1977,P.8(ERIC EDl53884)

(24)この実践例として,メリーランド州のコミュニティ学習やL,セネシュを中心にしたコロラド大学の  コミュニティ学習があげられる。たとえば,Maryland State Dept,of Education;Grade2  Commmities−People Communities−Goods and Services,1978(ERIC ED187658)を参考のこ

 と。

(25) B。Frank Brown,ed.,oP.cit,

参照

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