アメリカ合衆国における社会科論の展開(4)
一The Community and Citizenship一 江 口 勇 治*
(昭和59年10月31日受理)
A Study on the Development of the Theory on the Social Studies in the United States of America(4)
一The Community and Citizenship Yuli EGUCHI
(Received October31,1984)
1 はじめに
本小論では,社会科教育の文脈で捉えられた「コミュニュティ」と「シティズンシップ」
(市民的資質)との関連について論究する。アメリカ社会科の主要目的の一つは,「市民的 資質の育成」である。この目的は,質の問題を加味しなければ,かなりの一致を得てい る(1)。しかし,何を市民的資質の内実とするかについては,不一致の状況にある(2)。もとよ りこのような一致,不一致の様相は,当然のことかもしれない(3)。そこで,「市民的資質の 育成」を「社会科」(Social Studies)だけに限定する理由は,見当たらなくなる。「市民的 資質の育成」に優先権を与えるならば,形式を度外視する姿勢において,改革は進行しな
ければならない。すなわち,いろいろな教授アプローチを提出・実践することによって,
市民的資質の内実を実践的に補完することを模索する(4)。この模索の努力において,社会科 と市民的資質とコミュニティという三つの概念は,新たな関係を結び,一つの方向性を示 す。こうした状況が,アメリカ社会科の一般的な動向であろうと思われる。以下では,こ のことをより具体的に考察する。
II 社会科と市民的資質
社会科教育と市民的資質教育の接近は確実に進行している。社会科論の上では,1960年 代の「新社会科運動」(The NewSocial StudiesMovement)の一部反省の形で展開されてい る(5)。社会科学の構造に基づいて作成されたカリキュラムの順序性が適切に市民的資質教
※長崎大学教育学部社会科教室
育をなしうるか,という疑問は,60年代中頃にすでに社会科研究者から提出されていた(6)。
そしてこの疑問が適中したかのように,70年代の社会科は「市民的資質の育成」へと改革 の力点を移動して行った。このことを,二つの全米的な委員会を中心に跡づける。
A.「教育の進歩についての全国的アセスメント」(National Assessment ofEducational Progress一以下NAE Pと略す)
NAE Pは,議会(Congress)によって委託された全米的な教育研究プロジェクトであ る。1969〜75,1975〜76,1981〜82の3回にわたって,報告書を公刊している。社会科が 市民的資質教育へ傾斜していることをきわだたせるために,第一回と第三回をとりあげて みる。なお,この報告書で提示された目標は,各州のカリキュラムに対して規制的に機能 するわけではないが,かなりの貢献があると思われる(7)。
第一回目の内容の中心は「カリキュラム開発とアカウンタビィリィティー」の基本モデルの 提出であった(8)。そのために,市民的資質教育と社会科教育の基準となる達成目標を列挙し ている。その内容を一部掲載する。
⇔り改訂版「市民的資質の目標」(※1969−70 (イ)「社会科の目標」(※1971−72年用アセ 年のアセスメントの改訂として,1974−75用 スメントとして提出されている。それぞれ
に提出された。) の小目標は略す。)
1.他人の幸福と尊厳とへの関心を示す。
2.法およびすべての個人の権利を守る。
3.政治の主要構造と諸機能を理解する。
4.民主的,公民的改善に参加する。
5.世界・国家・地域の重要な公民的問 題を理解する。
6.理性的な公民的意思決定のためのア プローチを習得する。
7.自分の家族を助け,尊敬する。
1.人間事象に好奇心をもつ。
2.分析的一科学的方法を効果的に使用
する。
3.人問的条件の説明のために,創造的 一直観的方法にも鋭敏である。
4.社会科学者の主要な思考や関心に関 連している知識を習得する。
5.自由な社会を維持するための価値に 対して,理性的に関与する。
上記のは,市民的資質教育の目標である。この目標下に,具体目標が列記され,9才,13 才,17才,26〜35才の各年齢集団の達成課題が盛り込まれている。この目標で注目される
ことは,く1969−70アセスメント>では使用されていなかった「C I V I C」(公民と訳述 した)という用語が改訂版では「4,5,6jの目標記述に使用されていることである。
目標の記述において,個人レベルから公民レベルヘの重点移動がありそうな印象をうけざ るをえない。上記α)は,社会科教育の目標であるが,1960年代の「新社会科運動」の成果 をうけた形で記述されている。社会科の目標記述において,「社会科学の優位」が読みとれ る。また,切とα)の目標にはそれほどの関連性はなく,むしろ両者の役割分担が意識され ていると言えよう。ところが,第三回目の報告書(1981−82)では,市民的資質教育での 重点移動が,社会科教育にも波及している内容となる。そして,両者の目標上の一致が強調
され,社会科教育と市民的資質教育の目標は同一に記述されてくる(9)。その内容は以下である。
(ウ)「市民的資質と社会科の目標」(※1981−82アセスメントでは,知識・技能・態度につ
いての目標が各年齢集団〔9,13,17才〕ごとに列記されている。)
1.知識の習得に必要な技能の育成 A.諸感覚(the senses)の使用 B.諸資料の 使用 C.諸テクニック(たとえばインタビュー)の使用
2.知識の利用に必要な技能の育成 A.知識の組織化 B.知識の応用 C.意思 決定と問題解決 D.知識の批判的評価
3。個人的発達についての理解と他人との意思疎通に必要な技能の育成 ◎中目標略す 4.人類がその環境を組織し,それに適応し,それを変化させてきた方法への理解と
関心の育成 ◎中目標略す 5.合衆国の発展についての理解と関心の育成 ◎中目標略す
上記(ウ)の最大の特徴は,先述したように社会科教育と市民的資質教育の目標が一致して いることである。そして,一致の形式は,第一回目の記述に比較した場合,前者が後者に より譲歩して即応するというものである。あるいは前者が後者に包合されるとも考えられ る。たとえば,1と2の知識に関する記述では,社会科学的知識を問題としているわけで はなく,そうした知識の習得に必要な技能,いわゆる「How To」式の学習目標が中心と なっている。3,4,5は「科学外の問題」(態度,興味,関心など「人格や人問性の問題」)
として受けとられる。要するに,市民的資質としての能力〔上記(ウ)〕が社会科教育の目標 であることを明言している。このNAEPによって提出された二つの報告書は,1969年か ら1982年の間にかけて,社会科が市民的資質教育へ明らかに接近していることを如実に 語っている。
B.「全米社会科協議会」(The National Council for the Social Studies一以下NC S Sと略す)
2万人を超える社会科教育関係者によって組織されているNC S Sは,アメリカの社会 科の動向を知る上では最適の団体である。この団体の動きについては,すでに簡単な紹介
を試みている(10)。ここでは,1980年に発表された「社会科の本質」(11)という短いパンフレッ トとこのパンフレットに対する評価によって,NC S Sが社会科による市民的資質教育を 強力に推進している状況を明らかにしてみる。パンフレットの内容は以下である。
匡)「社会科の本質」
公的生活への市民参加は,我々の民主的システムの健全さにとって必須である。効 果的な社会科教育は,ますます多様化し相互依存した世界が直面する問題を解決する ために,思考し理解し活動する青少年を育成することである。こうした社会科教育は,
専門的に計画されたスコープとシークエンスによって組織される。その計画は次の通 りである。
1.(社会科教育は)就学前に始まり,義務教育(学校教育)および中等段階の選択 教科で行われる。
2.社会科は,個人的・文化的アイデンティティーを伸長する。
3.社会科カリキュラムは,学校・コミュニティの観察,参加を含む。
4.社会科は,論争問題や現実の世界を扱う。
5.社会科は,児童生徒がアメリカ国家の原理に基づいて意思決定できるようにす
る。
6.社会科は,高いレベルのパフォーマンスを要求し,児童生徒が知識の記憶以上 の手段でそれを達成することを評価する。
7.社会科は,広く歴史・人文・社会諸科学と教育理論および実践力のある革新的 教師らに依存している。
8.社会科は,プログラム開発や児童生徒の関与ということから,コミュニティの 構成員を含む。
9.社会科は,公的事象への公民としての参加を指導する。
1979年に,NC S Sは11の他の専門組織と協力して,均衡のとれた教育の価値を再主 張した。我々は上記に模範となる社会科の主要点を明らかにした。この計画は,児童 生徒の読みや計算の能力の発達に貢献するばかりでなく,民主的原理,その応用と理 解,委託をともなう知識・技能(規約化された知識・技能)と関連している。
(以下,その知識・技能の内容)
①知識(略) ②民主的信念 正義・平等・自由・多様性・プライバシー ③思考技能 データ収集の技能・合理的技能・意思決定の技能・人間関係の円 滑化を図るための技能 ④参加技能一効果的な集団作業・他の集団との連 携・説得,妥協,契約・目的的作業において忍耐づよく根気よく遂行する・文化の クロスした状況での経験 ⑤公民的行動(略)
上記ωの内容の特徴も,やはり社会科教育の市民的資質教育への深い接近ということで あろう。1960年代の「新社会科」が「社会科学」との関係の上に展開されたものとすれば,
70年代・80年代の「人間中心の社会科」と呼ばれるものは「市民的資質」(政治的・道徳的 ニュアンスを込めた思想)との関係で展開されていると言えよう。社会科における「社会 科学」への依存度が記述上でかなり減少していること,コミュニティ (学校を含む)や現 実社会がかなりのウェートを占めていること,最終的目標として公民的参加が位置づけら れていること,60年代の「新社会科」では影をひそめていた「スコープやシークエンス」
という用語が使用されていることなど,これらはいずれもその証左である。
この内容について,アメリカ社会科の代表的な研究者の一人である1.モリセットは次の ように反応している。すなわち,「本書は,社会科に適切する知識・技能・価値・社会参加 を論じている。しかしこれらの目的が,公的生活への利他主義的参加以外の目的に必要で あるといったいかなる意味も実際には示していない。知識と技能は,公的生活への参加の ための準備として考えられている。高度な道徳性の発達を目標とする唯一の理由は,児童 生徒が気前よく,利他的に公的生活へ参加でぎるようにということである。」と(12)。そし て,彼はその内容があまりにも「市民的資質」を強調しすぎていることに批判的である。
このモリセットの批判は,社会科教育の目標を「市民的資質の育成」という学問外的色彩 をもった修辞へ単一化して行こうとする動きに対する警句である。このような市民的資質 教育を唯一の目的とするかの如き社会科教育の動きに対しては,同様の批判がある。たと
えば,社会科による市民的資質教育の実践上の問題に関して,R.C.レミーの論文は示唆的 である(13)。彼の論旨は,幼稚園から高校までカリキュラムとして組織されている社会科は,
目的の上で「市民的資質の育成」に優先権を与えることによって,様々なアプローチを開
発しているが,それらはすでに社会科の限界を超えているということである。簡単に言え ば,社会科教育だけでは市民的資質教育は無理である,ということであろう。しかし,こ のような批判が表面的にはあるにしても,傾向として,社会科教育が市民的資質教育に深
く取り込まれていることは確かなことである。
以上,二つの委員会の動きはアメリカ社会科の代表的なものである。そして,この動き は,社会科の主要目的が「市民的資質の育成」であるという一致した見解を示している。
しかし,何を市民的資質の内実にするかについては,やはり単一化が困難である。それで は,この単一化の問題の解消に何を持ち込もうとするのか。どのような概念・思想によっ て,市民的資質の内実を実践的に補完しようとするのか,という問題である。解答の一つ を,社会科とコミュニティの関係のなかに求めてみよう。
皿 社会科とコミュニティ
社会科教育が市民的資質教育の領分まで拡大し,多様性を増すにつれ,逆の現象として どこかに収束の基盤を求めざるをえない。かつて,「新社会科」が「社会科学」に,」.デュー イに代表される1930年代前後の社:会科が「児童生徒の経験」「興味・関心」「社会改造」に,
その基盤を求めたようにである。そして,この基盤は,現在のアメリカ社会科にあっては,
コミュニティの思想のなかに代表的に求められていると考えられる。このことを,幾つか の社会科論の整理を通して説明する(14)。
コミュニティが,「市民的資質の育成」を強化した社会科のカリキュラムのなかで重要な 位置を占めていることは,NC S Sの動きで充分に理解できる。この点を二冊の著作
(Bulletin)で明らかにしよう。『市民的資質教育のための諸原理の構築』(15)(1977)と題す
る本は,1970年代のNC S Sによる市民的資質教育への取り組みの成果を受けて刊行され
ている。ここで,従来から社会科による市民的資質教育に好意的であったF.M.ニューマ
ンは,次のように社会科とコミュニティの関係を捉らえている。すなわち,「六つのアプロー
チ(註参照)は,学校での教授と主に抽象的分析や言語的伝達に基づく学習形態を必要と
する。(これらのアプローチでは)児童生徒は 現実世界 から遊離するので, コミュニ
ティ関与 の標榜者は次のような理由によって,彼らをコミュニティヘ移行させようとす
る。すなわち,社会過程のため,社会の要求や問題の調査のため,社会機関への自発的貢
献のため,青少年の活動を中心にした新しいカリキュラムの開発のため,選挙政治への参
加のため,コミュニティの諸組織や市民活動への参加のため,等の諸理由からである。(コ
ミュニティヘの)関与や参加は,学習や思考の代用としてではなく,それらが社会現実に
むけられ,参加技能の形成にむけられるための保障として強調されている。」と(16〉。彼のこ
の指摘は,コミュニティが「市民的資質の育成」のために,社会科の文脈のなかで,様々
な意味でその役割を果たしていることを示唆している。そして,この前提には,市民的資
質の内実をコミュニティにおける具体的な能力として把握しようとする姿勢がある(17)。ま
た,同書で,C.K』カーティスは,学習遅進児の問題の解決策として,コミュニティの調査
を中心にした社会科について論じている(18)。60年代の「新社会科」はカリキュラムの上で
は,「社会科学の構造と方法」に依拠し,その内容の習得にはオプティミズムの面を残して
いた。しかし,現実には,アカデミックな内容についていけない学習遅進児を多数生み出
したことも事実であり,その克服手段としてコミュニティ学習は期待されている(24)。ま た,さらに同書には,P,コンラッドとD.ヘディンによって,コミュニティ参加の具体的プ ログラムが展開されている(19》。彼らの計画は,すでに伝統的な地理・歴史・公民による社 会科の枠を越えている。市民的資質教育のために,コミュニティという学習素材や児童生 徒が帰属するコミュニティでの経験が,カリキュラムの主要な構成要素になっている。こ のように,本書に収められた三つの論文は,社会科が「市民的資質の育成」のために多様 な教授アプローチを考案している状況とそれらのアプローチの主要なものとして「コミュ ニティ関与」という学習方法が展開されていることを示唆している。そして,このコミュ ニティを中心にした社会科教育は,『社会科における発達論的見地』(1982)と題する本の なかでは,より具体的な実践として提示されている。
本書の編集意図は,1982年のNC S Sの会長であったJ.A.バンクスによって次のよう に語られている。すなわち,「1980年代の社会科教育者の課題は,過去20年問の構造主義者
(」.S.ブルーナー)の改革を根こそぎにすることでもないし,反革命主義的な段階へ入り 込むことでもない。我々の課題は,これらの改革を,よりリアリティのある社会科のなか
に,すなわち現代社会の諸問題や道徳的論争へ直接的に焦点づけられた,児童生徒の認知 的・道徳的発達段階に密接に関連したカリキュラムヘ統合することである。」と(20)。こうし た課題に基づき,本書では,L.コールバークの道徳的発達に関する段階論を中心にした社 会科教育の諸実践例がとりあげられているが,ここでは,C.キューブリックの「小学校の なかに,ジャスト・コミュニティを作り上げる」という論文を紹介してみる(21)。この実践 例は,ピッツバーグ大学付属のFalk実験学校でなされたものであり,道徳と社会的技能の 発達を目標にしたものである。右頁の図1がその具体的計画である。計画の主眼は,道徳 教育を伴った社会科の実践である。そのため,まず学習環境としての学校を,」.デューイ がかつて主張したように一つの社会,すなわち現実のコミュニティと類似した世界である と見なす。この実践では,コミュニティはもっぱら学校や学級そのものを意味し,そのな かでの知的・道徳的な諸技能が重視されることになる。計画の対象は,小学校中学年(8,
9,10歳)の四クラスである。クラスの形態は,複式であり,計画の第一段階においてそ
れぞれの学級で「教室での手続き,アカデミックな目標,集団での認識」が「市民的資質
の育成」の観点から決定されてくる。この活動に基づき,第二段階では3週問の訓練計画
が展開されている。その内容は,「問題解決的な諸集団の目的,諸集団の公平な意思決定の
ダイナミックス,集団機能の円滑化のための議事手続きの過程,討論を聴く技能,役割を
果たすためのコミュニケーション技能」などの学習にあてられ,学習活動としては「ゲー
ム,映画,集団討議,教材用フィルム,役割演技」などが採用されている。第三,四段階
では,これらの学習で習得された技能を実際の場面で使用するように計画されている。ク
ラブ活動や学級討議での社会的技能の使用がなされたり,クラブや学級のニュースが報告
されたりして,長期問にわたり実践が行なわれている。この実践全体の最終的目標は,ま
ず学級をコミュニティと見なすことによって児童生徒の帰属意識を高め,さらにこの意識
を現実のコミュニティですくい上げようとするものであろう。ここで紹介した実践は,す
でに従来の意味での社会科の枠を越え,市民的資質教育あるいは道徳教育の観を呈してい
る。そして,求められる能力は,コミュニティを円滑的に運営するのに必要な社会的能力
である。アメリカ社会科成立期に生まれた小学校教科「コミュニティ・シビックス」の目
「一榊一一一一一一
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