23 (2)
前回に引き続き、カルボン酸誘導体の求核アシル置換反応について学ぶ。最初に、前 回学んだ一般的な反応機構に沿って、エステル・カルボン酸・アミドの反応について学 ぶ。その後、特別な注意を要する反応として、カルボン酸誘導体と有機金属化合物・ヒ ドリド試薬の反応について学ぶ。
1.
エステルは、脱離基としてアルコキシ基
–ORを持つ。これは強塩基であるため、脱 離能が低い。したがって、反応が起きる条件は、塩化アシルや酸無水物よりも限定され る。ここでは、以下の三つの場合に分けて考える。
(1)
この場合は、アルコキシ基と同等か、それよりも強い塩基性を持つ求核剤を使う必要 がある。エステルとの反応でよく利用されるのは、水酸化物イオンまたは別のアルコキ シ基(アルコキシドイオン)である。
水酸化物イオンとの反応は、「 」
base-promoted hydrolysisと呼ぶ。また、古い呼び方だが、
saponificationという名称も使われる(「けん 化」とは、 「セッケンを作る反応」という意味である)。アルコキシドイオンとの反応は、
エ ス テ ル の ア ル キ ル 基 が 入 れ 替 わ っ た よ う に 見 え る の で 、
ester exchange, transesterificationと呼ぶ。
水酸化物イオンとの反応は、不可逆である。これは、水酸化物イオンとの反応で、ア ルコキシ基が脱離したあとに、さらにもう一段階の酸塩基反応が起きるためである。こ の反応(カルボン酸とアルコキシドイオンの反応)は、可逆反応であるが、平衡は圧倒 的に右側に偏っている。したがって、カルボン酸は反応系中に事実上残らないため、そ こからエステルに戻る反応も起こらない。また、この酸塩基反応が起きるため、水酸化
+ HO–
R C O– O
+ H OR' R C
OR' O
+ R''O–
R C OR'' O
+ R C
OR'
O R'O–
解」と呼ばないのは、このためである。)
エステル交換は、可逆反応である。これは、四面体中間体が持つ二種類のアルコキシ 基の脱離能が同程度であり、またカルボン酸と違って後続の酸塩基平衡が存在しないた めである。
アルコキシ基よりも塩基性の強い求核剤として、有機金属化合物・ヒドリド試薬があ る。これらの反応については、後で述べることにする。
(2)
この場合は、求核剤の共役塩基がアルコキシ基よりも強い塩基であればよい。よく用 いられるのは、アミンとの反応である。アミンの共役塩基(
R''NH–)はアルコキシドイ オン(
RO–)よりも強い塩基なので、この反応が進行する。
この反応は、以下の機構で進行する。最初に生成した四面体中間体から
H+が放出さ れたあと、アルコキシ基が脱離する。アルコキシ基自体も塩基性が強く脱離しにくいた め、この反応は遅い。
R C OR' O
+ HO–
R C O OR'
OH R C O–H O
+ R'O–
R C O– O
+ H OR'
R C OR' O
+ R''O–
R C O OR'
OR'' R C
OR'' O
+ R'O–
R C OR' O
+ R''NH2
R C
NHR'' O
+ H OR'
R C OR' O
+ R''NH2 R C O OR'
N H
R'' H
C O OR'
N H
R – H+
R C
NHR'' O
+ R'O– H+
R C
NHR'' O
+ H OR'
(3)
前回学んだ通り、酸性条件での反応は、水またはアルコールを求核剤にする場合に限 られる。水との反応は
acid-catalyzed hydrolysis、アルコールとの反応は
acid-catalyzed transesterificationである。これらの反応は、
いずれも可逆反応である。
酸触媒加水分解の機構を下に示す。悪い脱離基であるアルコキシ基を、プロトン化に よって良い脱離基に変えていることに注意する。エステル交換の反応機構も、
H2Oが
R’’OH
に置き換わるだけで、同様である。
2.
カルボン酸は脱離基としてヒドロキシ基
–OHを持つ。ヒドロキシ基の脱離能はエス テルのアルコキシ基と同程度であるが、カルボン酸は酸塩基反応を起こすため、反応の 様子がエステルとは大きく異なる。
負電荷をもつ求核剤、およびアミンが求核剤である場合は、カルボン酸が求核剤と酸 塩基反応を起こして共役塩基になる。カルボン酸の共役塩基は求核剤との反応性が低い ため、それ以上の反応は起こさない。
R C OR' O
+ H2O
R C OH O
+ H OR' H+
R C OR' O
+ R''OH
R C OR'' O
+ H OR' H+
C OR' O H+
C OR' O H
H2O C
OR' O H
O H
H C
OR' O H – H+ OH
H+
C OR' O H
OH C
OH O H
– H+
C OH O
H+
H
– R'OH
R C O–H O
+ R''O– R C O– O
+ H OR''
一方、酸性条件での反応は、エステルと同様に進行する。アルコールを求核剤にした
場合は、
acid-catalyzed esterificationである。エステルの酸
触媒反応と同様に、この反応も可逆反応である。
反応機構は下のようになる。これは、エステルの酸触媒加水分解の逆反応である。
3.
アミドは、脱離基としてアミノ基(
–NH2, –NHR, –NRR’)を持つ。アミドイオン(
NH2–,RNH–, RR’N–
)は非常に強い塩基であるため、アミノ基の脱離能は非常に低い。したが
って、アミドが求核アシル置換反応を起こすためには、アミノ基をプロトン化して、よ い脱離基に変える必要がある。つまり、アミドの求核アシル置換反応は、酸性条件でな いと進行しない。
反応機構は下の通りである。脱離したアミン(上の例ではアンモニア)が酸によって さらにプロトン化を受けて求核性を失うため、これらの反応は不可逆である。
R C O–H O
+ R''NH2 R C
O– O
+ R''NH2
H
R C OH O
+ R''OH
R C OR'' O
+ H OH H+
C OH O H+
C OH O H
R''OH C
OH O H
O R''
H C
OH O H – H+ OR''
H+
C OH O H
OR'' C
OR'' O H
– H+
C OR'' O
H+
H
– H2O
R C NH2 O
+ H2O
R C OH O H+ +
NH4+
R C NH2 O
+
R C OR'' O H+ +
NH4+ R''OH
4.
2.
で述べた通り、カルボン酸の求核アシル置換反応は、酸触媒条件でのエステル化に ほぼ限定される。しかし、有機化合物の合成において、カルボン酸を原料として種々の カルボン酸誘導体を作ることは重要である。そこで、カルボン酸を活性化する様々な方 法が工夫されている。
基本的な考え方は、カルボン酸の
–OH基を「
–OX」(
Xは電子求引性の置換基)に 置き換えることである。
Xが電子求引性であると、「
–OX」というアニオンの塩基性が 低くなるため、良い脱離基になる(これは、アルコールの
OHを活性化するのと同様 の考え方である)。
具体的な例として、塩化チオニルとの反応を紹介する。カルボン酸は、塩化チオニル と反応して、塩化アシルを生成する。
この反応は、二段階で進行する。塩化チオニルの
S=O結合は、カルボニル基と同じ ように、求核剤の攻撃を受ける。この
Sには電気陰性度の高い
Clが2個結合している ため、非常に電子不足になっている。そこで、カルボン酸の
OH酸素が
Sに対して求 核攻撃する。
Cl–が脱離したあとの生成物は、カルボン酸の
Oの先に電子求引性の「
S=O」 が結合しているため、良い脱離基を持つカルボン酸誘導体となっている。
続いて、
Cl–が求核剤としてカルボニル炭素に求核攻撃する。
–OSOCl(クロロスル
C NH2O H+
C NH2
O H
H2O
CNH2 O H
O H
H C
NH2 O H – H+ OH
H+
C NH2 O H
OH C
OH O H
C OH O
H+
H
+ NH3 + NH4+
R C OH O
S O Cl Cl
+
R C Cl O
H Cl
+ + O S
O
R C OH O
+ S
O
Cl Cl R C
O O
S O R C Cl
O O
S Cl O Cl
H
– H+ R C
O O
S Cl O Cl – Cl–
クロロスルフィン酸アニオンは、
H+と結合して
SO2と
HClに分解する。これらはと もに気体として除けるため、生成した塩化アシルは容易に単離できる。
5.
すでに学んだ通り(第
20回)、
Grignard試薬などの有機金属化合物とカルボニル化 合物の反応は、有用な合成反応である。ここでは、カルボン酸誘導体と有機金属化合物 との反応について学ぶ。
Grignard
試薬は強い求核剤なので、カルボン酸誘導体のカルボニル炭素を求核攻撃
して、四面体中間体を作る。求核剤の脱離能は非常に低いので、脱離基は何でもよいが、
エステル(脱離基=アルコキシ基)が最も適している(注1)。アルコキシ基が脱離す ると、ケトン(
R = Hの場合はアルデヒド)が生成する。
注1:カルボン酸(脱離基=ヒドロキシ基)は使えない。2. で述べた通り、求核剤と酸塩基反 応を起こして共役塩基になり、それ以上の反応が進行しづらいためである。
しかし、この反応はここでは終わらない。同じ反応系中に、まだ
Grignard試薬が存 在している。第
20回に学んだ通り、
Grignard試薬はケトンとも反応する。従って、さ らに反応は続く。なお、ケトンの方がエステルよりも反応性が高いため、この反応をケ トンの段階で止めることはできない。
最終的に得られるのはアルコールである。このアルコールは、
Grignard試薬由来の アルキル基を二つ持つ。つまり、エステルと
Grignard試薬との反応は「同じ置換基を 二つ持つ二級または三級アルコールを合成する」方法として使うことができる。
R C O O
S O
Cl + Cl– R C
Cl O
–O S O
+ Cl R C
O O
S O
Cl Cl
–O S O
Cl O S
O + Cl– H+
O S
O + H Cl
R C OR"
O
+
RC OR"
O R' MgBr – MgBr+ R'
R C R' – –OR'' O
R=H
R C R' O
+ R' MgBr – MgBr+ R
C O R'
R'
H+
R C HO R'
R'
6.
カルボン酸誘導体とヒドリド試薬(ヒドリド等価体)との反応について述べる。ここ でも、エステルの反応について述べる。
「ヒドリド等価体」にもいくつかの種類があり、それぞれ反応性が異なる。アルデヒ ド・ケトンの反応で用いた水素化ホウ素ナトリウム
NaBH4は、ヒドリド等価体の中で は比較的反応性が低い。エステルはアルデヒド・ケトンよりも反応性が低いため、水素 化ホウ素ナトリウムはエステルとは反応しない。エステルとの反応には、
lithium aluminum hydride LiAlH4
を用いる。アルミニウムはホウ素より も電気陰性度が低いため、
Al–H結合は
B–H結合よりも強く分極している。従って、
AlH4–
は
BH4–よりも強い求核剤として働く。
エステルと水素化アルミニウムリチウムの反応は、以下の機構で進行する。四面体中 間体からアルコキシ基が脱離して、アルデヒドが生成する。
エステルと
Grignard試薬の反応と同様に、この反応もここでは終わらない。アルデ ヒドは元のエステルよりも反応性が高いため、水素化アルミニウムリチウムと反応する。
最終的に得られるのは、一級アルコールである。
すなわち、エステルと水素化アルミニウムリチウムの反応は、一級アルコールの合成 法として使うことができる(注2)。
注2:実は LiAlH4 の H は4個とも求核剤として反応できるので、物質量としては エステルの R C
OR"
O (1) R'–MgBr (2 eq.) (2) H+
RC HO R'
R'
C OR'' O
+ H AlH3 – AlH3
RC OR"
O
H R C
H – –OR'' O
R C H O
+ H AlH3
– AlH3 R
C O H
H H+
R C HO H
H
R C OR"
O (1) LiAlH4 (2 eq.) (2) H+
RC HO H
H
には深入りせず、単に「2当量のヒドリドが必要」と考えておくことにする。
7.