早 稲 田 大 学 審 査 学 位 論 文 ( 博 士 )
広 帯 域 ア ン テ ナ の 最 適 化 設 計 及 び 特 性 評 価 に 関 す る 研 究
田邉 勇二
早稲田大学大学院情報生産システム研究科
2011 年 2 月
目次
第 1 章 序論... 1
1.1 研究背景... 1
1.1.1 アンテナ技術の変遷... 1
1.1.2 広帯域アンテナ設計の課題... 2
1.2 本論文の構成と意義... 5
第 2 章 アンテナの群遅延特性評価技術... 8
2.1 緒言... 8
2.2 理論解析... 9
2.2.1 ダイポールアンテナシステムのモデル化... 9
2.2.2 相互インピーダンスの導出...11
2.2.3 ダイポールアンテナの群遅延... 13
2.2.4 八木・宇田アンテナの群遅延... 15
2.3 実験結果... 18
2.3.1 実験構成... 18
2.3.2 ダイポールアンテナの群遅延測定結果... 20
2.3.3 八木・宇田アンテナの群遅延測定結果... 23
2.4 考察... 27
2.4.1 反射波の影響によるアンテナ群遅延誤差の導出... 27
2.4.2 反射波による影響の考察... 30
2.4.3 広帯域アンテナの群遅延特性... 31
2.5 結言... 36
第 3 章 無指向性広帯域アンテナの設計技術... 37
3.1 緒言... 37
3.2 広帯域アンテナ... 38
3.3 設計指針と指標... 41
3.3.1 設計指針... 41
3.3.2 設計指標... 43
3.4 アンテナ設計... 43
3.4.1 インピーダンス帯域幅に注目した設計... 43
3.4.2 無指向性に注目した設計... 47
3.4.3 設計フローと最適化... 56
3.5 アンテナの動作解析... 57
3.5.1 インピーダンス特性... 57
3.5.2 放射パターン及びアンテナ電流... 58
3.6 アンテナの特性評価... 59
3.6.1 試作アンテナ... 59
3.6.2 インピーダンス帯域幅... 61
3.6.4 従来例との比較... 61
3.7 結言... 64
第 4 章 アンテナの放射効率測定技術... 65
4.1 緒言... 65
4.2 放射効率測定手法... 66
4.2.1 アンテナの放射効率について... 66
4.2.2 Reverberation chamber法... 67
4.2.3 Wheeler cap法... 67
4.2.4 改良型Wheeler cap法... 69
4.3 提案手法... 70
4.3.1 Wheeler cap形状... 70
4.3.2 高次共振モード離調型Wheeler cap ... 72
4.4 実験方法... 82
4.4.1 測定系システム... 82
4.4.2 測定用アンテナ... 83
4.5 測定結果... 84
4.5.1 アンテナ効率の測定結果... 84
4.5.2 Reverberation chamber法との比較... 92
4.6 同軸ケーブルの影響に関する考察... 93
4.6.1 表面電流分布... 93
4.6.2 同軸ケーブル長... 95
4.7 結言... 96
第 5 章 結論... 97
5.1 本研究の成果... 97
5.2 今後の展開... 99
付録 ... 100
A.1 ダイポールアンテナの等価回路... 100
A.2 アンテナの解析モデルと吸収境界条件... 101
A.3 解析条件と収束値... 102
謝辞 ... 104
参考文献 ... 105
研究業績一覧... 109
図番号
図 1.1 位置特定システムにおけるアンテナ群遅延... 2
図 1.2 アンテナの広帯域化... 4
図 1.3 UWB通信などのシステムに求められる全方位への電波放射... 4
図 1.4 スマートフォンに内蔵されたアンテナの課題... 5
図 2.1 半波長ダイポールアンテナシステム... 9
図 2.2 4端子回路網... 10
図 2.3 2 ポートZ マトリックス等価回路...11
図 2.4 相互インピーダンスと送受信ポート間距離の関係... 12
図 2.5 自己インピーダンスより計算したダイポールアンテナの群遅延...14
図 2.6 2素子八木・宇田送信アンテナとダイポール受信アンテナモデル... 16
図 2.7 バズーカバラン及びダイポールアンテナ... 19
図 2.8 アンテナ群遅延測定法... 19
図 2.9 アンテナ間距離d に対するダイポールアンテナ群遅延Da... 20
図 2.10 ダイポールアンテナ群遅延Daの周波数特性... 21
図 2.11 d=5.0 λ時のアンテナ回転角に対するダイポールアンテナ群遅延Da... 22
図 2.12 アンテナ素子半径を変化させたときのダイポールアンテナ群遅延 Daの周波数特性 (素子長は0.5λ, d=5.0λ) ... 22
図 2.13 5素子八木・宇田送信アンテナ及び受信アンテナの配置... 23
図 2.14 5 素子八木・宇田アンテナ群遅延Dyの周波数特性... 25
図 2.15 d=5.0 λ時のアンテナ回転角に対する5素子八木・宇田アンテナ群遅延Dy... 26
図 2.16 反射波があるときの電波伝搬経路... 28
図 2.17 反射波があるときの電波伝搬経路の計算結果... 30
図 2.18 ハーフスロットアンテナ... 31
図 2.19 モノポール及び逆F アンテナの等価回路... 32
図 2.20 ハーフスロットアンテナの等価回路モデル... 33
図 2.21 アンテナの自己インピーダンス特性... 33
図 2.22 各回路素子の値... 34
図 2.23 アンテナ間距離d に対するハーフスロットアンテナ群遅延Dh ... 35
図 2.24 ハーフスロットアンテナ群遅延Dhの周波数特性... 35
図 3.1 ディスクモノポールアンテナ... 38
図 3.2 TV用広帯域ループアンテナ... 39
図 3.3 本章で設計するアンテナの動作原理... 40
図 3.4 無指向性UWB ハーフスロットアンテナの構造... 41
図 3.5 インピーダンス帯域幅の定義... 42
図 3.6 放射指向性の落ち込みの定義... 42
図 3.7 スロット終端位置X を変数にしたインピーダンス帯域幅の様子... 45
図 3.8 最適給電位置l における帯域幅の比較... 47
図 3.9 スロット終端位置Xをパラメータにしたxy面放射指向性の落ち込みの様子... 48
図 3.10 スロット終端位置Xをパラメータにしたyz面放射指向性の落ち込みの様子... 50
図 3.11 スロット終端位置Xをパラメータにしたxz面放射指向性の落ち込みの様子... 52
... 55
図 3.13 ハーフスロットアンテナの設計概念図... 56
図 3.14 アンテナのインピーダンス特性 (50Ω正規化)... 57
図 3.15 放射パターン特性 (計算値)... 58
図 3.16 導体平板上の電流分布... 59
図 3.17 UWBハーフスロットアンテナの外観... 60
図 3.18 ハーフスロットアンテナのVSWR 特性 (50Ω正規化) ... 60
図 3.19 ハーフスロットアンテナの放射指向性... 62
図 3.20 インピーダンス帯域幅の比較 ...63
図 3.21 放射指向性の比較...63
図 4.1 アンテナにおける電力フロー... 66
図 4.2 Reverberation chamber法... 68
図 4.3 Wheeler cap法... 69
図 4.4 改良型Wheeler cap法... 70
図 4.5 Wheeler capの種類... 71
図 4.6 効率落ち込みと離調周波数モデル (β=1)... 73
図 4.7 Q0δに対する効率落ち込みηdrop... 74
図 4.8 離調周波数の例... 74
図 4.9 球座標系... 75
図 4.10 既存のWheeler capと提案するWheeler cap ... 76
図 4.11 スタブチューナ挿入長lに対するTMモード共振周波数... 76
図 4.12 スタブチューナWheeler capの等価回路モデル... 77
図 4.13 球形Capの基本モード... 78
図 4.14 考案したチューナモデル... 79
図 4.15 チューナ挿入長lに対する高次共振モード変化の様子... 80
図 4.16 Capの導電率を変えたときのS11_cap... 81
図 4.17 測定系システム... 82
図 4.18 試作したWheeler capと測定装置... 83
図 4.19 各スタブチューナ挿入長さlにおけるアンテナ効率測定結果... 85
図 4.20 各マルチモードチューナ挿入長さlにおけるアンテナ効率測定結果... 88
図 4.21 UWBハーフスロットアンテナの効率測定結果... 91
図 4.22 Reverberation chamber... 92
図 4.23 Reverberation chamber法と提案手法によるアンテナ効率測定結果... 93
図 4.24 電磁界解析による4.8GHzにおける測定系の表面電流分布の様子... 94
図 4.25 電磁界解析による同軸ケーブルの長さに対するアンテナ効率の様子... 95
図 A.1 ダイポールアンテナの等価回路... 100
図 A.2 等価回路の自己インピーダンス軌跡... 101
図 A.3 ダイポールアンテナシステムの解析モデル... 102
図 A.4 メッシュ数と計算時間の関係... 103
図 A.5 メッシュ数と解の収束... 103
第 1 章 序論
【関連論文[A1], [A2], [A8], [B2], [B5]~[B7], [B20]】
本章では,アンテナ技術の変遷について述べるとともに,研究の背景と目的を明確にする.アン テナ技術の進歩は,無線通信の発展に多大な恩恵を与えてきた.その中でも今後,幅広い通信応用 が期待される広帯域アンテナの研究動向について言及する.また,広帯域アンテナの小型化とその 高性能化における課題と本研究の意義を述べる.
1.1 研究背景
1.1.1
アンテナ技術の変遷近年,アンテナ技術の著しい進歩は,携帯電話や車載無線通信機器をはじめとする通信システム の実現に大きく貢献してきた.1887年にヘルツが放電間隙を持った2つの導体球 (ヘルツダイポー ル)を高圧火花放電させることで電磁波の放射実験を行い,初めてその存在を証明して以来,アン テナは幾多の変遷を辿ることとなる[1]-[3].アンテナが一般に利用されるようになったのは,戦後,
八木・宇田アンテナが家庭のテレビ受信用アンテナとして普及しはじめてからである.1990年代以 降,携帯電話の普及に伴い,アンテナ技術の中心課題は小型化と高性能化になった.携帯電話が商 用化された当初,アンテナは本体内に格納され,通話時に伸長して使用されていた.しかし,通常 の電波受信時には,鞄やポケットにあることがほとんどであるため,収納された状態でも感度の良 いアンテナが要求されるようになった.このことから,800MHz, 2GHzで動作する携帯電話に用い られるダイポールもしくはモノポールタイプのアンテナは,これらの筺体に内蔵できるような低姿 勢化を課せられることになる.これを実現させるために,アンテナを折り曲げた後,放射素子とグ ランドの間に寄生するキャパシタンスを打ち消すためのインダクタンスをグランド側に接続する こと (逆Fアンテナ)でインピーダンス整合を図ってきた.携帯電話の利用とともに,RFID (Radio
Frequency Identification: 利用周波数は13MHz, 433MHz, 900MHz, 2450MHz)を用いた近距離通信も
急速に広まっていくこととなった.RFID は,携帯電話に比べ低い周波数を利用するため,用いら れるアンテナはループアンテナを折りたたんだものが主流となっている.2000年代以降,携帯電話 の一般利用が広がると,ノートパソコンなどのモバイル通信機器に対して無線LAN (主に2.5GHz, 5GHz帯)により最大で54Mbpsのデータ送受信を行う通信システムが普及し始めた.無線LAN用ア ンテナも,携帯電話同様に低姿勢化がなされている.これらは,液晶モニタの淵に配置する形状と するため,逆Fアンテナやメアンダアンテナなどで構成されている.また,無線LANに留まらず,
Bluetooth や GPS 用のアンテナも内蔵されるようになり,多周波共用アンテナなども盛んに研究さ
れてきた.2008 年頃から,携帯電話と携帯情報端末 (PDA)を融合したスマートフォンが広く利用
Transmitting antenna
Receiving antenna
Group delay of antenna itself
(Antenna group delay)
Group delay in free space
(several ten ns)
Far field
Near field Receiving
antenna Several meters
Several square meters 1GHz:1λ=30cm
3GHz:1λ=10cm 10GHz:1λ=3cm
図 1.1 位置特定システムにおけるアンテナ群遅延
有している.このことから,それぞれに対応するアンテナを筐体内外に配置するため,通話時には 受信感度が劣化するといった問題も指摘されている.
今後,通信システムの送受信機において,アンテナは実装上の容易性や量産性の観点からコンパ クトであるとともに,システムの高速化 (数Gbps以上)に対して広帯域な動作特性 (動作帯域幅は 数GHz以上)を満足させることが必要となる.一般に,広帯域アンテナは狭帯域のアンテナに比べ 素子形状が大きくなり,小型化に伴う性能劣化が問題であった.このため,近年では,アンテナサ イズの縮小に対して,その放射特性を維持または向上させることに重点を置いた広帯域設計が主流 となってきている.広帯域アンテナの設計では,動作帯域幅 (インピーダンス帯域幅)だけでなく,
その帯域内における放射指向性,放射効率や群遅延などの特性を同時に考慮した評価が,重要な課 題になっていくと考えられる.
1.1.2
広帯域アンテナ設計の課題従来,狭帯域の通信方式においては,アンテナのインピーダンス帯域幅と放射指向性の評価が主 として行われてきた.一方,広帯域通信では,アンテナの特性が信号伝送特性に与える影響を明ら かにする必要がある.以下では,広帯域アンテナ設計技術の現状と課題を述べる.
広帯域通信として,UWB (Ultra wideband:3.1~10.6 GHz)[4]-[13]が挙げられる.UWBスペクト
考えられる.UWBアンテナの送受信間における群遅延特性については,全帯域幅において1 ns以 下の変動を目標とした設計がなされている[14].しかし,送受信アンテナ間の群遅延特性評価は行 われているが,アンテナ単体すなわちアンテナ自身の群遅延特性評価についての報告はほとんどさ れていない.また,UWB 技術の応用として,図 1.1 に示す位置特定システムを想定したとき,送 受信アンテナの近傍においてアンテナ自身が持つ群遅延特性 (アンテナ群遅延)が測位誤差に影響 を与えるものと推測される.これは,例えば1GHz においてアンテナ群遅延が1λであるとき,約 30cmの測位誤差を持つことに相当する.したがって,数m四方の室内などにおける高精度な位置 特定システムにおいては,アンテナ群遅延は無視できない値となる.これらより,広帯域通信にお いてはこれまで注目されていなかったアンテナ群遅延特性を ns 以下の時間分解能で正確に見積も り,位置特定システムなどにおける測位誤差を補正できるようなアンテナの設計が必要である.
アンテナの広帯域化は,無線通信において高利得化,低サイドローブ化,偏波共用化と並んで古 くからの課題の一つである.アンテナを形状により分類すると,線状アンテナ,平面アンテナ,開 口面アンテナに大別できるが,いずれのタイプのアンテナにおいても,実用のために何らかの広帯 域化が図られてきている.古くは,ひし形アンテナ,ヘリカルアンテナなどの進行波タイプの線状 アンテナに始まり,自己相似構造のアンテナ,更には自己補対アンテナが開発されている[11]-[13]. マイクロストリップアンテナに代表される平面アンテナにおいても,広帯域化,マルチバンド化は 主要課題の一つであった[15].図 1.2 に,従来の広帯域アンテナの設計例を示す.図は,線状アン テナ素子を平面化することで広帯域化を図っている.図 1.3 は,UWB 通信などのシステムに求め られる全方位への電波放射の様子を示している.UWB では等価等方放射電力 (EIRP:equivalent
iso-tropically radiated power)が-41.3dBm/MHz以下と微弱に限られているので,その応用展開を図る
ための手段として無指向性を満足する広帯域アンテナが必要となる.従来は,インピーダンス帯域 幅に着目した設計がなされてきたが,体系立てた無指向性アンテナの設計手法はまだ確立されてい ない.したがって,これを実現するためには,広帯域アンテナの構造パラメータをインピーダンス 帯域幅のみならず放射指向性にも着目して系統的に最適化することが重要となる.
広帯域通信システムに用いるアンテナには,高い性能が求められる.アンテナの性能評価として,
近傍電磁界計測,位相分布特性,有能利得性能,偏波特性,放射効率特性などが考えられる.近傍 電磁界計測では,アンテナの近傍電界分布を光デバイスなどにより光-電界変換することで測定が 行われている[16].位相分布特性は,ネットワークアナライザを用いて簡易に計測することが可能 である[17].また,有能利得,偏波特性は,ネットワークアナライザにより電波暗室内でターンテ ーブルなどを用いて送受信間電力の透過係数を測定することで相対的な値を得る方法により測定 が行われている[11],[18].図1.4は,スマートフォンに内蔵されたアンテナの課題を示している.図 のように内蔵されたアンテナは広帯域化及び小型化されていることから,放射効率の低下が懸念さ れる.放射効率は,特に広帯域アンテナの特性評価において重要な指標の一つである.広帯域アン テナの放射効率測定[19]においては,さまざまな手法[13]が挙げられるが,従来は広帯域にわたっ て放射効率を精度良く簡便に測定することが容易ではなかった.広帯域アンテナの性能を正確に評 価するためには,アンテナの動作帯域において,簡便かつ実際の値に対して誤差数%以内の高精度
Wideband Plane structure
Narrow band antenna
図 1.2 アンテナの広帯域化
Receiving antenna
UWB communication (3.1~10.6GHz)
Transmitting antenna
×
×
×
×
×
×
×
×:
Omnidirectional radiation pattern
図 1.3 UWB通信などのシステムに求められる全方位への電波放射
Small and wideband
Degradation of Radiation efficiency
Built-in antenna
Need evaluation
(90% is preferable for practical application)
Smart phone
図 1.4 スマートフォンに内蔵されたアンテナの課題
本論文では,上記のような広帯域アンテナ設計の要件において,以下の3つの課題について議論 する.
(第一の課題) アンテナ群遅延の評価
広帯域通信においてはアンテナの群遅延特性を正確に見積もることが必要となる.
(第二の課題) 広帯域アンテナの最適化
アンテナのインピーダンス帯域幅のみならず放射指向性を考慮した広帯域設計が要求される.
(第三の課題) アンテナの効率評価
高精度で簡便なアンテナ効率測定が重要となる.
1.2 本論文の構成と意義
本論文は,大きく分けて3部から構成されている.第2章はアンテナ群遅延特性評価技術に関す る研究,第3章は無指向性広帯域アンテナの設計技術に関する研究,第4章はアンテナの放射効率 測定評価技術に関する研究である.
第2章では,第一の課題であるアンテナ群遅延の評価に関して,アンテナ群遅延特性を正確に見 積もるための手法について議論する.アンテナ群遅延は周波数特性を持つため,UWB などの広帯 域においては信号伝送の歪みが生じ,信号品質の劣化をもたらす大きな要因となる.また,高精度 な位置特定システムにおいては,アンテナ群遅延による測位誤差を補正することが要求される.例 えば,数m四方の室内において1GHzの条件で位置特定を行い,アンテナ群遅延が1λである場合 には,測位誤差が30cmであることに相当する.したがって,これを定量的に解明することは,ア ンテナを応用したシステム設計において重要である.しかし,これまでアンテナ群遅延を正確に見 積もったという報告はされていない.この課題に対し,原理的な考察をするために半波長ダイポー ルアンテナ及び八木・宇田アンテナを例に2 ポートZマトリックスを導入することでアンテナ群遅 延を解析的に求める手法を提案する.具体的には,アンテナ群遅延は送受信アンテナポート間の群 遅延から送受信間距離に対応する伝搬遅延時間を引いて得られるため,ポート間の群遅延を計算す る.この結果から,遠方において,ダイポールアンテナの群遅延はアンテナの自己インピーダンス により決定され,八木・宇田アンテナの群遅延は放射器の自己インピーダンスと放射器近傍に存在 する素子間における相互インピーダンスによって決定されることを示す.上記を踏まえ,実測によ り提案手法の妥当性を実証する.また,マルチパス環境下においても,反射波の影響をほとんど受 けることなくアンテナ群遅延の測定が可能であることを定量的に示す.最後に,広帯域アンテナの 群遅延特性についても電磁界解析による同様な評価を行う.
第3章では,第二の課題である広帯域アンテナの最適化に関して,広帯域性と無指向性を同時に 考慮した設計手法について議論する.UWB 通信では,通信エリアを拡張するための手段として何 れの方向にも一様に電力を伝送することができる広帯域アンテナが要求される.従来の広帯域アン テナは,主にインピーダンス帯域幅に着目して設計が行われてきたが,全方位に電波を放射する広 帯域アンテナを開発するためには,インピーダンス帯域幅だけでなく放射指向性の観点からもアン テナの構造パラメータを最適化する必要がある.なお,従来の広帯域無指向性アンテナは,電界面 については 3.1~10.6GHzの UWB 全帯域において放射指向性の落ち込みが3dB以内の無指向性を 満足しているが,磁界面については,放射指向性の落ち込みが 20dB以上生じている.この課題解 決に対し,ここではUWBハーフスロットアンテナを取り上げ,広帯域性と最も無指向性に近い特 性が電界面と磁界面の2つの面に対して同時に得られる最適な構造パラメータの評価手順を体系立 てた設計手法として提案する.具体的には,電磁界解析によるアンテナの特性評価を行い,インピ ーダンス帯域幅が最大となるスロット幅,スロット切込み深さ及び給電位置を決定する.さらに,
上記スロット幅を条件とし,UWB全帯域にわたって放射指向性の落ち込みが10dB以下となる無指 向性に近い特性が得られるスロット切込み深さ及び給電位置を確定する.それぞれのアプローチで 得られた構造パラメータを比較し,最適なスロット寸法及び給電位置を絞り込む.続いて,最適化 した構造パラメータを元に,アンテナの動作解析を行う.また,無指向性の放射パターンに起因す る構造パラメータを電磁界解析により検証する.これを踏まえ,アンテナを試作評価することで,
提案手法の妥当性を実証する.
第4章では,第三の課題であるアンテナの効率評価に関して,精度高く測定するための手法につ いて議論する.放射効率は,実用化を考慮したアンテナに要求される性能の中で重要な項目の一つ である.放射効率測定として,簡便かつ高精度なWheeler cap法が提案されている.しかし,測定 においては波長に比べてCapが大きくなるため,Cap自身の共振 (高次共振)が発生し,測定誤差が 生じることが課題であった.UWB のような広帯域アンテナの放射効率を測定するには,この高次 共振に起因する測定誤差を避けることが必要である.従来は,高次共振を避けるために,Capのサ イズを変えることで測定を行っていた.例えば,1つのCapサイズでは,3~4.2GHzまで高次共振 が存在しないので,これによる効率の落ち込みが無く測定が可能である.なお,大きさの異なる5 つのCapを用いると3~5.4GHzまで落ち込みを回避して測定が可能である.しかし,Capを測定ご とに変えるのは,煩雑であるため,Capサイズを変えることなく測定可能な手段について検討する.
そこで,高Q (Quality factor)である球形のWheeler capを用い,高次共振モードを離調するために,
スタブチューナ及びスタブとリングを組み合わせた真鍮製マルチモードチューナを提案し,広帯域 アンテナ効率測定に応用する.具体的には,真鍮製の球形Wheeler capを用い,高次共振周波数を わずかに離調することで測定可能となることを理論式により明らかにする.さらに,球形 Wheeler cap内におけるTM,TE両モードの高次共振周波数を十分に離調可能なマルチモードチューナが設 計できることを示す.実測により,前章で設計したUWBハーフスロットアンテナの効率を測定し,
UWB 帯域においていくつかのマルチモードチューナ挿入位置によりほぼすべての高次共振が離調 でき,これらの最大値を包絡処理することでCap自身の共振によるアンテナの効率測定誤差を回避 可能であることを確認する.
第5章では,本論文をまとめ,得られた成果を総括するとともに,今後の技術的な研究課題につ いて述べる.
本論文の意義は,アンテナの広帯域化における課題を考察し,広帯域アンテナの最適化設計技術 のみならず,その群遅延及び放射効率の特性評価技術を提案したことである.
第 2 章 アンテナの群遅延特性評価技術
【関連論文[A8], [B20]】
本章では,アンテナの群遅延特性評価手法について論じる.広帯域な信号は,アンテナの周波数 特性及び群遅延特性によって時間領域での信号波形に歪みが生じる.したがって,この波形歪みを 補償するための手段が必要となる.このため,波形歪みを抑制できるアンテナの設計やアンテナの 群遅延特性を解析することが重要である.そこで,広帯域通信を想定したアンテナの群遅延特性に 着目し,理論解析,電磁界解析,実測評価によりその値を定量的に述べる.
2.1 緒言
広帯域通信においては,アンテナや伝搬路の位相すなわち群遅延を含む周波数特性を考慮した上 で,無線通信システムを設計することが重要である.したがって,例えばUWBアンテナの仕様は,
変調方式やシステムと密接に関係しながら検討されることが重要である.UWB では,信号伝送の 無ひずみ条件に対応する平たんな群遅延特性に対して,具体的な評価指標が鍵となる.無ひずみな 群遅延特性を得るためには,振幅及び位相が所定の帯域内で一定となる必要がある.従来,広帯域 アンテナとして用いられているアンテナであってもアンテナの形式により位相特性に問題があり,
UWBアンテナとしては適さない場合がある.UWBアンテナの送受信間における群遅延特性につい ては,動作帯域において1 ns以下の変動を目標としたアンテナ設計が要求される.
一方,通信目的以外の例として位置特定システムの観点から見たアンテナの群遅延特性について も論じる.近年,位置特定システムを搭載した無線通信機器の要求が増している.その中でもGPS
(Global Positioning System)はもっとも一般的な位置特定システムの一つである.歩行者用GPS は位
置特定システム研究開発の指標ともいえる.しかし GPS は室内においては,位置特定が困難とな る.つまり衛星からの信号が届かない場所では,GPS は機能しないといえる.将来,掃除ロボッ トなどが活躍する生活を想定すると,室内での正確なロボットの位置特定が要求されると考えられ る.室内位置特定システムとして,ワイヤレスLAN やRFID を利用した手法がすでに提案されて いる[20],[21].これらの手法は通信機能を位置特定に応用しているため位置特定精度の観点からは 不十分な方法である.また,UWB による位置特定システムも提案されている[22],[23].
位置特定の精度だけに注目すると,定在波を利用した近距離レーダ[24]によるものが報告されて いる.この手法では相対的な位置を正確に特定することが可能であるが,絶対的な位置を特定する にはアンテナや回路での信号伝搬遅延を補正することが必要となる[25], [26].従来の位置特定シス テムにおいては,数十cm 以下の精度が必要とされなかったことから,アンテナ自身が持つ群遅延 は無視されてきた.しかし,送受信アンテナ間の電波伝搬群遅延は,自由空間の電波伝搬群遅延と
本章では,2ポートZ マトリックスを用いて半波長ダイポールアンテナ及び八木・宇田アンテナ を例に理論解析を試みる.これにより,アンテナ間距離が十分に確保された遠方の条件では,送受 信アンテナの群遅延がそれぞれ独立に扱えることを確認する.特に,八木・宇田アンテナの群遅延 に関しては,2素子アンテナを例に放射器と反射器間の相互インピーダンスに起因する群遅延が付 加されることを解析的に考察する.またそれぞれのアンテナ群遅延について,広帯域通信システム を想定した条件下で実験により評価し,理論解析の有意性を確認する.最後に,室内位置特定の実 使用環境を検証するために,マルチパス環境下で反射波がアンテナ群遅延に与える影響についても 考察する.以上の結果を元に,広帯域通信における応用例として,UWB アンテナの群遅延特性に ついても評価を行う.
2.2 理論解析
2.2.1
ダイポールアンテナシステムのモデル化半波長ダイポールアンテナの群遅延を解析するにあたり,図2.1のように距離d離れた同一平面 上に,送受信アンテナをそれぞれ最大放射方向に配置したモデルを考える.このとき,2つのアン テナの送受信ポートを,それぞれTp,Rpとする.また,送受信ポート間の電波伝搬群遅延をDT, 送信アンテナの群遅延を Da,受信アンテナの群遅延を Db,送受信ポート間距離 (自由空間距離)d の電波伝搬群遅延をDdとした.送信アンテナの信号源電圧はV0,入出力負荷抵抗はそれぞれRと する.
Dipole antenna
D
TD
aD
bD
dFeeding port (Port)
Tp Rp
d
l
R R
V 0
図 2.1 半波長ダイポールアンテナシステム
一般に,図2.1の送受信ポート間は図2.2に示す4端子回路網で表現することができる[11].この とき V1,V2,I1,I2は送受信ポートにおける入出力電圧及び電流,マトリックス要素 Z11,Z22は送 受信アンテナの自己インピーダンス,Z21(=Z12)は送受信ポート間の相互インピーダンスを示す.さ らに,半波長ダイポールアンテナシステムは,図2.3の2ポートZマトリックス等価回路で表現す ることができる.図2.3より,電圧比V0/V2は
21
2 21 22
11 2
0
( )( )
RZ
Z Z
R Z R V
V
... (2.1)で与えられる.V0とV1は同位相であることから,送受信ポート間の電波伝搬群遅延DTは,式(2.1) の偏角を角周波数ωで微分したものより表すことができる.
21
2 21 22
11 2
0
( )( )
RZ
Z Z
R Z Arg R
V Arg V D
T
... (2.2)次節では,送受信アンテナ間の相互インピーダンスの影響について述べる.
22 21
12 11
Z Z
Z
V 1 Z V 2
I 1 I 2
Tp Port Port Rp
図 2.2 4端子回路網
Port
Tp Rp
Port
図 2.3 2 ポートZ マトリックス等価回路
2.2.2
相互インピーダンスの導出ここで,半波長ダイポールアンテナシステムにおける送受信ポート間距離dが波長λに比べて十 分大きいときの相互インピーダンスZ21について考察する.文献[11]より,2つのダイポールアンテ ナの相互インピーダンスは,起電力法により計算で求めることができる.送受信アンテナの素子長 がそれぞれl,送受信ポート間距離がd,自由空間を伝搬する電波の速度がcであるとき,送受信ポ ート間の相互インピーダンスZ21は以下の式により導出することができる.
21 21
21
R jX
Z
... (2.3)
d l l
Ci c l
l c d
Ci c d
Ci
R
2130 2 ( )
2 2
2 2... (2.4)
d l l
Si c l l c d
Si c d
Si
X
2130 2 ( )
2 2
2 2... (2.5)
R21とX21は相互インピーダンスの実部と虚部をそれぞれ示す.
ここで,余弦積分Ci(x)及び正弦積分Si(x)の変数項がx≫1のとき,
x x x
x Si x x
Ci cos
) 2 ( sin ,
)
(
... (2.6)
-150 -100 -50 0 50 100 150
0 5 10 15 20
Distance d [λ]
Impedance [Ω]
R21 X21
R21 X21
図 2.4 相互インピーダンスと送受信ポート間距離の関係
である.
したがって,d≫1のとき,式(2.4),(2.5)中の余弦積分及び正弦積分の項は以下に近似することが できる.
d l l
cd c dc
l l c d
l l c d
Ci
sin sin
2 2
2 2 2
2
... (2.7)
d l l
cd c dc
l l c d
l l c d
Si
cos
2 cos
2 2 2
2 2 2
2
... (2.8)
式(2.7)及び式(2.8)より,式(2.3)はつぎに示す近似式に変形することができる.
c d d d c
c d jX c
R
Z
sin 120 cos
21
120
21
21
... (2.9)これより,遠方における相互インピーダンスZ21の位相成分ArgZ21は,次式で与えられる.
) (cot tan
tan
121 1 21
21
d
c R
ArgZ
X
... (2.10)式(2.9)で得られた相互インピーダンスZ21と送受信ポート間距離dの関係を図2.4に示す.このとき,
dを波長λで正規化している.図2.4より,dが大よそ10 λ付近になると,Z21は十分小さな値に収 束していることが分かる.すなわち,送受信ポート間距離が10 λ以上の遠方においては,相互イン ピーダンスの値は自己インピーダンスの値に対して無視することができる.
2.2.3
ダイポールアンテナの群遅延ここでは,ダイポールアンテナの群遅延について解析を行う.式(2.10)で示した遠方すなわち d が十分大きいとき,送受信ポート間の相互インピーダンスZ21及びその位相ArgZ21は
0 ) (
lim
lim
21 2121 /
/
Z R jX
l d l
d ... (2.11) c d
R ArgZ X
21 1 21
21
tan
... (2.12)に近似することができる.式(2.11)が成り立つ条件下では,Z212の項が無視でき,式(2.2)の電波伝搬 群遅延DTは
( R Z
11) Arg ( R Z
22) Arg ( RZ
21)
Arg D
T
... (2.13)と近似できるので,送受信ポート間の電波伝搬群遅延DTは
)}
{( R Z
11Arg
D
a
...(2.14))}
{( R Z
22Arg
D
b
... (2.15)c Z d
Arg RZ
Arg
D
d
{
21} {
21}
... (2.16)の組み合わせで表すことができる.式(2.16)より送受信ポート間距離 d の電波伝搬群遅延 Dd は,
d/l→∞の条件下において送受信アンテナ間の相互作用が無限少となり,式(2.12)を角周波数 ω で微
分したもので表されている.
またアンテナ群遅延Daは,Z11=Z22のとき Dbと等しくなり,送受信ポート間の電波伝搬群遅延 DTから送受信ポート間距離dの電波伝搬群遅延Dd (=d/c)を差し引くことで見積もることができる.
c d D D
D
aD
T d T2 2
2
... (2.17)以上より,遠方において形状が等価対称なダイポールアンテナの群遅延Da及びDbは,アンテナ 自己インピーダンスZ11(=Z22)の値によって決定される.例として,図2.5に自己インピーダンス (付 録A.1参照)より計算した1.68GHzで動作するダイポールアンテナの群遅延Daの周波数依存性を示 す.縦軸は,自由空間で伝播する電磁波の波長 λ で正規化した群遅延の値Daを示している.図に おいて,共振周波数付近でアンテナ群遅延 Daは最大となる.これは,共振周波数付近でアンテナ の自己インピーダンスの周波数に対する位相変化が最も大きいことを示している.
0 0.5 1 1.5
1.4 1.6 1.8 2
Frequency [GHz]
D ipol e a nt enna group de la y D
a[ λ ]
図 2.5 自己インピーダンスより計算したダイポールアンテナの群遅延
2.2.4
八木・宇田アンテナの群遅延八木・宇田アンテナにおいては,寄生素子によりアンテナインピーダンスが影響を受けるので,
アンテナ群遅延の計算が複雑になる.ここでは,図2.6に示すような図2.1のモデルに反射器を加 えた2素子の八木・宇田送信アンテナと受信ダイポールアンテナが距離d離れた同一平面上に配置 した簡単なモデルを考える.ダイポールモデルと比較するため,各アンテナ素子番号は放射器を1,
受信アンテナを2,反射器を3とする.また,送受信ポート間の電波伝搬群遅延をDT′,八木・宇田 アンテナの群遅延をDyとした.このとき,図2.6のモデルは,つぎのZマトリックスで表すことが できる.
3 2 1
33 32 31
23 22 21
13 12 11
3 2 1
I I I Z Z Z
Z Z Z
Z Z Z V
V V
... (2.18)
V3,I3は反射器の給電電圧及び電流,Z31 (=Z13)は放射器 1と反射器3の間の相互インピーダンス,
Z32 (=Z23)は受信アンテナ2と反射器3の間の相互インピーダンス,Z33は反射器の自己インピーダ
ンスを示している.ここで,反射器3は給電のないアンテナ素子なのでV3=0となる.したがって,
式(2.18)は式(2.19)のような2ポートZマトリックスの式に変換することができる.
2 1
22 21
12 11
2 1
I I Z Z
Z Z V
V
... (2.19)
ただし
33 2 23 22 22
33 23 31 21 21
33 32 13 12 12
33 2 13 11 11
Z Z Z Z Z
Z Z Z
Z
Z Z Z Z
Z Z Z Z Z
... (2.20)
ここで,Z21′ (=Z12′) は送受信ポート間の相互インピーダンスを示す.
式(2.19)より送受信ポート間の電波伝搬群遅延DT′は,式(2.2)と同様に式(2.21)で表すことができる.
d V 3 V 1
Tp Rp
D T
D y D b
D d
Reflector Radiator Receiver
3 1 2
V 2
′
図 2.6 2素子八木・宇田送信アンテナとダイポール受信アンテナモデル
21
2 21 22
11
)( )
(
RZ
Z Z
R Z Arg R
D
T
... (2.21) 遠方において,相互インピーダンス Z21,Z23 はアンテナ間の相互作用が無限小となるので 2.2.2 より0 lim
lim
2321 /
/
Z Z
l d l
d ... (2.22) に近似することができる.
式(2.22)が成り立つ条件下では,Z212,Z232,Z21・Z23の項が無視でき,式(2.21)は
(
11) (
22) (
21 )
Arg R Z Arg R Z Arg RZ
D
T
... (2.23)と近似できるので,送受信ポート間の電波伝搬群遅延DT′は以下の組み合わせで表すことができる.
)}
{(
11
Arg R Z
D
a
... (2.24))}
{( R Z
22Arg
D
b
... (2.25)
33 23 31 21 21
}
{ Z
Z Z Z
Arg RZ
Arg D
D
d d
33 21
23 31 21
1
Z Z
Z Z Z
Arg
... (2.26)ここで,Da′は八木・宇田アンテナの給電点インピーダンスによって決定される群遅延である.
Ddは送受信ポート間距離 d の電波伝播群遅延である.式(2.26)中の ΔDdは,式(2.26)と式(2.16)の差 分をとることにより,式(2.27)で表すことができる.
33 21
23
1
31Z Z
Z Arg Z
D
d
... (2.27)ΔDdは,式(2.22)より Z23/Z211 となるので,実質的に,反射器の自己インピーダンス Z33及び放
射器1と反射器3の間の相互インピーダンスZ31により派生する群遅延であると考えられる.
これらより,遠方における八木・宇田アンテナの群遅延Dyは,式(2.24),式(2.27)より以下のよう に近似することができる.
c D d D D D D D D
D
y
a
d
T
b
d
T
b
... (2.28)2素子八木・宇田送信アンテナの群遅延 Dyは,遠方において,放射器の自己インピーダンスと放 射器の近傍に存在する素子間の相互インピーダンスによって決定されることを示している.なお,
八木・宇田アンテナの群遅延は,送受信ポート間の電波伝搬群遅延 DT′より既値であるアンテナの 群遅延Dbと自由空間距離dの電波伝搬群遅延Ddを差し引くことで求められる.
2.3 実験結果
2.3.1
実験構成高周波領域において電圧,電流測定は困難であるため,ネットワークアナライザによりアンテナ の信号伝送特性 (S21)を測定することでアンテナ群遅延を求める.このとき S21 は式(2.29)で表され
[27],式(2.1)と同じ群遅延特性を示す.
21
2 21 22
11
21
2
) )(
( 1
RZ
Z Z
R Z R S
... (2.29)ここで,Rは測定系の特性インピーダンスを示す.
半波長ダイポールアンテナの寸法は,使用する電波暗箱(1.5 m×1.5 m×2 m)の下限の周波数範囲 に対応させるために84 mmとした.アンテナ素子の半径は0.175 mmであり,1.68 GHzの共振点を 持つ.一般にダイポールアンテナのような平衡系アンテナは,測定に同軸ケーブルを用いるのでバ ランが必要であり,図2.7に示すようなバズーカバランを使用した.バズーカバランは42 mm (λ/4) の長さで作られ,ネットワークアナライザの特性インピーダンスと合わせるために50 Ωの同軸ケ ーブルに接続される.実験は周波数範囲1.4 GHz~2.0 GHzにおいて行った.ダイポールアンテナの 群遅延測定法を以下に述べる.
はじめに,図2.8(a)に示すように基準となる二つのバランの入出力ポートTp, Rp を直結させたと きの群遅延を測定する.つぎに,図 2.8(b)のようにバランにアンテナ素子を結合させた送受信アン テナをそれぞれ距離d離したときの群遅延を測定する.(b)から(a)の群遅延を差し引くことで送受信 ポート間の電波伝搬群遅延 DTが得られる.ダイポールアンテナの群遅延 Daは,式(2.17)のとおり DTから送受信ポート間距離 (アンテナ間距離)d の電波伝搬群遅延 Ddを差し引くことで容易に得ら れる.
図 2.7 バズーカバラン及びダイポールアンテナ
Tp Rp
50 Ω
λ/4 bazooka(a) Setting reference planes
d
Tp Rp
(b) Connecting dipole antennas
0.175mm
84mm
42mm
2.3.2
ダイポールアンテナの群遅延測定結果アンテナ間距離dに対するダイポールアンテナの群遅延Daの測定結果を図2.9に示す.図2.9で,
Exp.は実験値,Sim.は電磁界解析の結果を示す.横軸は,距離dを0.01 λ (=1.68 mm)から10.0 λ
(=1680 mm)まで変化させている.縦軸は,自由空間で伝播する電磁波の波長λで正規化した群遅延
の値Daを示している.測定周波数は,アンテナの共振点1.68 GHzである.電磁界解析には,三次 元電磁界シミュレータ (CST MW-Studio)を用いた.図2.9より,Exp.とSim.値にわずかな差が生じ ている.これは,電磁界解析において有限サイズのメッシュの切り方と吸収境界領域の設定により,
解が±数パーセント異なってくるためと考えられる.ここでは,メッシュをλに対して20分割に設 定している (付録A.2,A.3参照).図のd<2.0 λ (=336 mm)の領域においてDaはdが小さくなるにし たがい振動を伴い減少している.これは,送受信ポート間の相互インピーダンス Z21がダイポール アンテナ近傍ではDaに及ぼす影響が無視できなくなるためと考えられる.2.0 λ<d<5.0 λ (840 mm) の領域においてはExp.とSim.値は比較的安定した一定値となる傾向を示した.一方,5.0 λ<d<10.0 λ では,同軸ケーブルやコネクタなどの実験環境に起因すると推定されるゆるやかな波状変動を除外 すれば,Daの実測値は電磁界解析値にほぼ一致することが示されたといえる.
図2.10は,アンテナ間距離dが5.0 λのときのアンテナ群遅延Daの周波数特性を示している.Exp.
とSim.は,図2.9と同じく実験と電磁界解析結果を示している.Equ.はモーメント法[28]により算
0 0.5 1 1.5 2
0 2 4 6 8 10
Distance d [λ]
A nt enna group de la y D
a[ λ ] Exp.
Sim.
d =5.0λ
measured at1.68GHz
図 2.9 アンテナ間距離d に対するダイポールアンテナ群遅延Da
出したダイポールアンテナの自己インピーダンス Z11を式(2.14)に代入し Daを計算した結果を示し ている (付録A.1参照).図2.11でExp.,Sim.とEqu.値が動作周波数帯域 (VSWR<2)の範囲におい てほぼ一致しており,直接アンテナの自己インピーダンスZ11からDaを計算できることが確認でき
た.VSWR<2以外の周波数領域においてExp.,Sim.とEqu.値に差異が生じているが,これは計算方
法の違い,測定誤差によるものであると考えられる.なお,ダイポールアンテナの共振周波数 1.68GHzにおいてDaは1.3 λ (=213 mm)である.
図2.11は,d=5.0 λのとき,受信ダイポールアンテナを図中の幾何学図形のように回転させたと きのアンテナ群遅延Daの実験結果を示している.図2.11より,受信アンテナの回転角が0°~75°
の指向性範囲内においては,Daがほぼ一定であることがわかる.一方,>75°のアンテナ指向性範 囲外ではアンテナの受信レベルが低下することから,精度よくアンテナ群遅延 Da を見積もること が困難であった.
図2.12は,アンテナ素子の半径rを0.05 mmから0.5 mmまで変化させたときのアンテナ群遅延 Daについて電磁界解析及びモーメント法による算出からDaを計算した結果を示している.図2.12 より,Daはアンテナ素子の半径 r によって特性が大きく変化していることがわかる.なお,Sim.
値とEqu.値は,大よそ一致している.
以上よりダイポールアンテナの群遅延Daは,遠方においてアンテナ自己インピーダンスZ11で決 定され,アンテナ素子の線径に依存する.
0 0.5 1 1.5
1.4 1.6 1.8 2
Frequency [GHz]
Antenna group delay Da [λ]
Exp.
Sim.
Equ.
VSWR<2
図 2.10 ダイポールアンテナ群遅延Daの周波数特性
0 2 4 6
0 40 80
[degrees]
Antenna group delay Da [λ]
d=5.0λ
Out of range >75°
図 2.11 d=5.0 λ時のアンテナ回転角
に対するダイポールアンテナ群遅延Da
0 0.5 1 1.5 2
1.4 1.6 1.8 2
Frequency [GHz]
Antenna group delay Da [λ] r=0.5 Sim.
r=0.5 Equ.
r=0.175 Sim.
r=0.175 Equ.
r=0.05 Sim.
r=0.05 Equ.
r=0.5 Sim.
r=0.5 Equ.
r=0.175 Sim.
r=0.175 Equ.
r=0.05 Sim.
r=0.05 Equ.
VSWR<2
(r=0.175) r=0.5
r=0.175
r=0.05
図 2.12 アンテナ素子半径を変化させたときのダイポールアンテナ群遅延Daの周波数特性
(素子長は0.5 λ,d=5.0 λ)
2.3.3
八木・宇田アンテナの群遅延測定結果本実験では,5素子八木・宇田アンテナを例にとりアンテナ群遅延Dyを測定した.理論解析では,
Zマトリックスでの取り扱いやすさの観点から2素子としたが,実験においてはダイポールアンテ ナの群遅延Daと八木・宇田アンテナの群遅延Dyの差異が顕著化するように5素子とした.用いた 八木・宇田アンテナは,1.67~1.82 GHzにおいてVSWR<2であり,約10 dBの利得を持つ.測定は,
図2.8と同様の手順の後,無給電素子を付加して行った.
八木・宇田アンテナを送信側とし,ダイポールアンテナを受信側としたとき,それぞれのアンテ ナを同一平面上に距離d離して配置した実験構成を図2.13に示す.送受信アンテナ間の回転角をθ, 受信アンテナ自身の回転角をとする.最大放射方向はθ及びがそれぞれ0°のときである.ただ し,回転角θ及びは図中の同一平面上 (xz面)に対して水平偏波面内で回転するものとする.アン テナ素子の半径は給電素子,無給電素子,受信ダイポールともに0.175 mmである.
z
x
d
0.25λ 0.25λ 0.285λ 0.285λ
Tp
Rp Rp
d
0.61λ 0.5λ 0.46λ 0.46λ 0.46λ
0.5λ 0.5λ
図 2.13 5素子八木・宇田送信アンテナ及び受信アンテナの配置