一一 駒澤大學佛敎學部硏究紀第七十六號 成三十年三月 凡例 一 、 本 稿 は 、 二 〇 一 七 年 に お け る 、 駒 澤 大 学 大 学 院 の 角 田 ゼ ミ ︵ 宗 学 特 講 Ⅱ ︻ 演 習 ︼︶ で 作 成 し た 資 料 を 基 に 作 成 し た も のである 。 二 、︻ 本文 ︼ は 、 本山版 ﹃ 正法眼蔵 ﹄︵ 寛政十一年 ︿ 一七九九 ﹀ 刊 ︶ を底本とし 、 左記の ﹃ 正法眼蔵 ﹄ 諸本と校異して作 成した 。 校異は本文下段に示した 。 諸写本によって底本の本文を改めた部分もあるが 、 その場合は校異に記した 。 校 異した諸本の略号は次の通りである 。 なお 、 これらの写本は全て ﹃ 蒐書大成 ﹄ に収録されている 。 懐奘書写本 ⋮ 懐 正法眼蔵抄 ⋮ 抄 乾坤院所蔵本 ⋮ 乾 正法寺所蔵本 ⋮ 正 龍門寺所蔵本 ⋮ 龍 洞雲寺所蔵本 ⋮ 洞 瑠璃光寺所蔵本 ⋮ 瑠 長円寺所蔵本 ⋮ 長 玉雲寺所蔵本 ⋮ 玉 徳雲寺所蔵本 ⋮ 徳 三 、︻ 本 文 ︼ は 便 宜 的 に 適 宜 分 割 し 、 最 初 に 段 落 分 け を 示 す た め ︻ 本 文 ︼ の み を ま と め て 掲 げ 、 番 号 を 付 し た 。 底 本 の 片 仮名は平仮名に改め ︵ 子 ↓ ね 、 ヰ ↓ ゐ 、 ヱ ↓ ゑ ︶、 内容解釈に基づいて独自の句読点とルビを付した 。︻ 本文 ︼・ ︻ 懐奘 書写本 ︼ の漢字は原典の字体をそのまま用いたが 、︻ 本文 ︼ 以外は 、︻ 本文 ︼ からの引用も含めて 、 原則として新字体 に 改 め た 。 な お 、 本 文 中 の 漢 文 引 用 に つ い て は 、︻ 本 文 ︼ で は 施 点 の み 行 い 、 本 文 末 に ︻ 書 き 下 し ︼ と し て 書 き 下 し 文 及びルビを付した 。 四 、︻ 語 ︼ は既刊の辞典等を参照して新たに作成したが 、 辞典等をそのまま引用したものについては典拠を明記した 。 ︻ 語 ︼・ ︻ 解 説 ︼ で ﹃ 正 法 眼 蔵 ﹄ を 引 用 す る 場 合 は 、 大 久 保 道 舟 編 ﹃ 古本 校訂 正 法 眼 蔵 全 ﹄︵ 筑 摩 書 房 、 一 九 七 一 年 四 月 ︶ よ り引用し 、 頁数のみ記した 。 引用文中の句読点 ・ 濁点 ・ 傍点 ・ 傍線及び括弧内の傍註等は 、 全て筆者が付したもので ある 。 参照文献 ・ 辞典の略号は次の通りである 。
﹃
正法眼蔵
﹄﹁
仏性
﹂
巻訳
︵
三
︶
角
田
泰
隆
﹃ 正法眼蔵 ﹄﹁ 仏性 ﹂ 巻訳註 ︵ 三 ︶︵ 角田 ︶ 一二 ﹃ 大正新脩大蔵経 ﹄⋮﹃ 大正蔵 ﹄ ﹃ 大日本続蔵経 ﹄⋮﹃ 卍続蔵 ﹄ ﹃ 景徳伝燈録 ﹄︵ 禅文化研究所 、 一九九 〇 年五月 ︶⋮﹃ 禅文化本 ﹄ 中村元編 ﹃ 仏教語大辞典 ﹄︵ 東京書籍 、 一九八一年五月 ︶⋮﹃ 中村仏教 ﹄ ﹃ 新版禅学大辞典 ﹄︵ 大修館書店 、 一九八五年十一月 ︶⋮﹃ 禅学 ﹄ 入矢義高 ・ 古賀英彦編 ﹃ 禅語辞典 ﹄︵ 思文閣出版 、 一九九一年七月 ︶⋮﹃ 禅語 ﹄ ﹃ 大漢和辞典 ﹄⋮﹃ 大漢和 ﹄ ﹃ 漢辞海 ﹄ 第三版 ︵ 三省堂 、 二 〇 一一年二月 ︶⋮﹃ 漢辞海 ﹄ 大久保道舟編 ﹃ 道元禅師全集 ﹄ 下巻 ︵ 筑摩書房 、 一九七 〇 年五月 ︶⋮﹃ 大久保本 ﹄ 水野弥穂子校註 岩波文庫本 ﹃ 正法眼蔵 ﹄⋮﹃ 岩波文庫本 ﹄ ﹃ 道元禅師全集 ﹄︵ 春秋社 ︿ 原典版 ﹀︶⋮﹃ 春秋社本 ﹄ ﹃ 道元禅師全集 ﹄︵ 春秋社 ︿ 原文対照現代語訳版 ﹀︶⋮﹃ 春秋社本 ︿ 現代語訳版 ﹀﹄ ﹃ 永平正法眼蔵蒐書大成 ﹄︵ 大修館書店 ︶⋮﹃ 蒐書大成 ﹄ 角 田 泰 隆 ﹁﹃ 正 法 眼 蔵 ﹄﹁ 仏 性 ﹂ 巻 訳 ︵ 一 ︶﹂ ︵﹃ 駒 澤 大 学 仏 教 学 部 研 究 紀 要 ﹄ 七 十 四 号 、 二 〇 一 六 年 三 月 ⋮﹁ 仏 性 訳 註 ︵ 一 ︶﹂ 角 田 泰 隆 ﹁﹃ 正 法 眼 蔵 ﹄﹁ 仏 性 ﹂ 巻 訳 ︵ 二 ︶﹂ ︵﹃ 駒 澤 大 学 仏 教 学 部 研 究 紀 要 ﹄ 七 十 五 号 、 二 〇 一 七 年 三 月 ⋮﹁ 仏 性 訳 ︵ 二 ︶﹂ 五 、︻ 直 訳 ︼ は 、 で き る 限 り 本 文 に 忠 実 に 訳 し 、 基 本 的 に 古 文 を 現 代 語 に 訳 す に と ど め 、 一 部 便 宜 的 に 漢 字 用 語 の 現 代 語 訳も行った 。 六 、︻ 現代語訳 ︼ は 、︻ 直訳 ︼ に基づいて漢字用語の解説を加え 、 理解しやすくするために ︿ ﹀ 内に本文にない言葉を 補い 、 必要に応じて ︵ ︶ 内に直前の語の解釈を付した 。 七 、︻ 懐 奘 書 写 本 に 見 ら れ る 書 き 改 め に つ い て ︼ は 、 懐 奘 書 写 本 の 書 き 改 め の 前 後 で ど の よ う に 内 容 が 変 化 し た か に つ い て特に解説した 。︻ 懐奘書写本 ︼ 掲載の理由については 、﹁ 仏性訳註 ︵ 一 ︶﹂ ︵ 七七頁 ︶ を参照されたい 。
一三 ﹃ 正法眼蔵 ﹄﹁ 仏性 ﹂ 巻訳註 ︵ 三 ︶︵ 角田 ︶ 【本文】 ① 五 大 滿 禪 師 ハ 、 州 黄 梅 ノ 人 ナ リ 也 。 無 ク シ テ 父 而 生 ル 。 童 兒 ニ シ テ 得 道 ス 。 乃 チ 栽 松 道 者 ナ リ 也 。 初 メ 、 在 リ テ 州 西 山 ニ 栽 松 セ シ ニ 、 遇 フ 四 ノ 出 遊 ニ 。 告 グ 道 ニ 、 吾 レ 欲 ヘ ド 傳 法 セ ン ト 與 汝 ニ 、 汝 已 ニ 年 邁 ギ タ リ 。 若 シ 待 タ バ 汝 ガ 再 來 ヲ 、 吾 レ 尚 ホ 遲 ツ ベ シ 汝 ヲ 。 師 諾 ス 。 遂 ニ 往 テ 周 氏 家 ノ 女 ニ 托 生 ス 。 因 ニ 抛 ツ ル ニ 濁 港 ノ 中 ニ 、 神 物 護 持 シ テ 、 七 日 マ デ モ 不 損 セ 。 因 ニ 収 テ 養 ヘ リ 矣 。 至 リ 七 歳 ニ 爲 ル ニ 童 子 ト 、 於 テ 黄 梅 ノ 路 上 ニ フ 四大醫禪 師 ニ 。 、 見 ルニ 師 ヲ 、 雖 モ 是 レ 小 兒 ナリト 、 骨相奇秀 ニシテ 、 異 ナリ 乎常 ノ 童 ニ 。 、 見 テ 問 テ 曰 ク 、 汝何 ナル 姓 ゾ 。 師 答 ヘ テ 曰 、 姓 ハ 即 チ 有 リ 、 不 是 レ 常 姓 ニ ア ラ 。 曰 ク 、 是 レ 何 ナ ル 姓 ゾ 。 師 答 ヘ テ 曰 ク 、 是 レ 佛 性 。 曰 ク 、 汝 無 佛 性 。 師 答 ヘ テ 曰 ク 、 佛 性 空 ナル 故 ニ 、 所以 ニ 言 フ 無 ト 。 識 リ 其 ノ 法 器 ヲ 、 俾 ム 爲 ラ 侍 者 。 後 ニ 付 ス 正法眼 藏 ヲ 。 居 シテ 黄梅東 山 ニ 、 大 ニ 振 フ 玄 風 ヲ 。 し か あ れ ば す な は ち 、 そ 師 し の 道 どう 取 しゅ を 參 さん 究 きゅう す る に 、 四 し そ い は く 、 汝 にょ 何 か 姓 しょう は 、 そ の 宗 しゅう 旨 し あ り 。 む か し は 何 か 國 こ く じ ん 人 の 人 ひと あ り 、 何 か 姓 しょう の 姓 しょう あり 。 なんぢは 何 か 姓 しょう と 爲 い 説 せつ するなり 。 たとへば 吾 ご 亦 やく 如 にょ 是 ぜ 、 汝 にょ 亦 やく 如 にょ 是 ぜ と 道 どう 取 しゅ するがごとし 。 五 ご そ いはく 、 姓 しょう 即 そく 有 う 、 不 ふ 是 ぜ 常 じょう 姓 しょう 。 いはゆるは 、 有 う 即 そく 姓 しょう は 常 じょう 姓 しょう にあらず 。 常 じょう 姓 しょう は 即 そく 有 う に 不 ふ 是 ぜ なり 。 四 し そ い は く 、 是 ぜ 何 か 姓 しょう は 、 何 か は 是 ぜ な り 、 是 ぜ を 何 か し き た れ り 、 こ れ 姓 しょう な り 。 何 か な ら し む る は 是 ぜ の ゆ ゑ な り 、 是 ぜ な ら し む るは 何 か の 能 のう なり 。 姓 しょう は 是 ぜ 也 や 何 か 也 や なり 。 これを 蒿 こう 湯 とう にも 點 てん ず 、 茶 さ 湯 とう にも 點 てん ず 、 家 か 常 じょう の 茶 さ 飯 はん ともするなり 。 五 ご そ いはく 、 是 ぜ 佛 ぶっ 性 しょう 。 いはくの 宗 しゅう 旨 し は 、 是 ぜ は 佛 ぶっ 性 しょう なりとなり 。 何 か のゆゑに 佛 ぶつ なるなり 。 是 ぜ は 何 か 姓 しょう のみに 究 ぐう 取 しゅ しき た ら ん や 。 是 ぜ す で に 不 ふ 是 ぜ の と き 佛 ぶっ 性 しょう な り 。 し か あ れ ば す な は ち 、 是 ぜ は 何 か な り 、 佛 ぶつ な り と い へ ど も 、 脱 だつ 落 らく し き た り 、 透 とう 脱 だつ しきたるに 、 かならず 姓 しょう なり 。 その 姓 しょう すなはち 周 しゅう なり 。 しかあれども 、 父 ちち にうけず 、 そ にうけず 、 母 も 氏 し に 相 そう 似 じ なら ず 、 傍 ぼう 觀 かん に 齊 せい 肩 けん ならんや 。 四 し そ い は く 、 汝 にょ 無 む 佛 ぶっ 性 しょう 。 い は ゆ る 道 どう 取 しゅ は 、 汝 にょ は た れ に あ ら ず 、 汝 にょ に 一 いち 任 にん す れ ど も 、 無 む 佛 ぶっ 性 しょう な り と 開 かい 演 えん す る な り 。 し るべし 、 學 がく すべし 、 いまはいかなる 時 じ 節 せつ にして 無 む 佛 ぶっ 性 しょう なるぞ 。 佛 ぶっ 頭 とう にして 無 む 佛 ぶっ 性 しょう なるか 、 佛 ぶつ 向 こう 上 じょう にして 無 む 佛 ぶっ 性 しょう なる か 。 七 しっ 通 つう を 逼 ひっ 塞 そく す る こ と な か れ 、 八 はっ 達 たつ を 摸 も 索 さく す る こ と な か れ 。 無 む 佛 ぶっ 性 しょう は 一 いち 時 じ の 三 ざん 昧 まい な り と 修 しゅ 習 じゅう す る こ と も あ り 。 佛 ぶっ 性 しょう 成 じょう 佛 ぶつ の と き 無 む 佛 ぶっ 性 しょう な る か 、 佛 ぶっ 性 しょう 發 ほっ 心 しん の と き 無 む 佛 ぶっ 性 しょう な る か と 問 もん 取 しゅ す べ し 、 道 どうしゅ 取 す べ し 。 露 ろ 柱 ちゅう を し て も 問 もん 取 しゅ せ し む べし 、 露 ろ 柱 ちゅう にも 問 もんしゅ 取 すべし 、 佛 ぶっ 性 しょう をしても 問 もん 取 しゅ せしむべし 。 ② し か あ れ ば す な は ち 、 無 む 佛 ぶっ 性 しょう の 道 どう 、 は る か に 四 し そ の そ 室 しつ よ り き こ ゆ る も の な り 。 黄 おう 梅 ば い に 見 けん 聞 もん し 、 趙 じょう 州 しゅう に 流 る 通 づう し 、 大 だい
﹃ 正法眼蔵 ﹄﹁ 仏性 ﹂ 巻訳註 ︵ 三 ︶︵ 角田 ︶ 一四 い に 擧 こ 揚 よう す 。 無 む 佛 ぶっ 性 しょう の 道 どう 、 かならず 精 しょう 進 じん すべし 、 趦 し 趄 そ することなかれ 。 無 む 佛 ぶっ 性 しょう たどりぬべしといへども 、 何 か なる 標 ひょう 準 じゅん あり 、 汝 にょ なる 時 じ 節 せつ あり 、 是 ぜ なる 投 とう 機 き あり 、 周 しゅう なる 同 どう 生 しょう あり 。 直 じき 趣 しゅ なり 。 五 ご そ い は く 、 佛 ぶっ 性 しょう 空 くう 故 こ 、 所 しょ 以 い 言 ごん 無 む 。 あ き ら か に 道 どう 取 しゅ す 、 空 くう は 無 む に あ ら ず 。 佛 ぶっ 性 しょう 空 くう を 道 どう 取 しゅ す る に 、 半 はん 斤 きん と い は ず 、 八 はち 兩 りょう と い は ず 、 無 む と 言 ごん 取 しゅ す る な り 。 空 くう な る ゆ ゑ に 空 くう と い は ず 、 無 む な る ゆ ゑ に 無 む と い は ず 、 佛 ぶっ 性 しょう 空 くう な る ゆ ゑ に 無 む と い ふ 。 し か あ れ ば 、 無 む の 片 へん 片 ぺん は 空 くう を 道 どう 取 しゅ す る 標 ひょう 榜 ぼう な り 、 空 くう は 無 む を 道 どう 取 しゅ す る 力 りき 量 りょう な り 。 い は ゆ る の 空 くう は 、 色 しき 即 そく 是 ぜ 空 くう の 空 くう に あらず 。 色 しき 即 そく 是 ぜ 空 くう といふは 、 色 しき を 強 ごう 爲 い して 空 くう とするにあらず 、 空 くう をわかちて 色 しき を 作 そ 家 か せるにあらず 、 空 くう 是 ぜ 空 くう の 空 くう なる べ し 。 空 くう 是 ぜ 空 くう の 空 くう と い ふ は 、 空 くう 裏 り 一 いっ 片 ぺん 石 せき な り 。 し か あ れ ば す な は ち 、 佛 ぶっ 性 しょう 無 む と 佛 ぶっ 性 しょう 空 くう と 佛 ぶっ 性 しょう 有 う と 、 四 し そ ・ 五 ご そ 問 もん 取 しゅ 道 どう 取 しゅ 。 ※ 各段の資料作成担当者は左記の通りである ︵ 所属 ・ 課程年次は本稿提出当時のもの ︶。 ①秋津秀彰 ︵ 曹洞宗総合研究センター宗学研究部門研究員 ︶ ②藤川直子 ︵ 博士後期課程一年 ︶ なお本稿は 、 右記の資料作成者に加えて 、 左記のゼミの参加者を加えて検討した共同研究である 。 横山龍顯 ︵ 大学院研究生 ︶、 菅野優子 ・ 坪井智聡 ・ 中野智教 ︵ 修士課程一年 ︶、 阿部伸二 ・ 塩澤眞澄 ・ 高橋信行 ・ 玉井 宏道 ︵ 聴講生 ︶ ※ 資料作成に当たっては 、 左記の諸氏が過去において同ゼミで作成した資料を参考にした 。 記して謝意を表する 。 新田正法 ・ 高崎秀一 ︵ 順不同 ・ 敬称略 ︶
一五 ﹃ 正法眼蔵 ﹄﹁ 仏性 ﹂ 巻訳註 ︵ 三 ︶︵ 角田 ︶ 五 大 滿 禪 師 * ハ 、 * 州 黄 梅 ノ 人 ナ リ 也 。 無 ク シ テ 父 而 生 ル 。 童 兒 * ニ シ テ 得 道 ス 。 乃 チ 栽 * 松 道 者 ナ リ 也 。 初 メ 、 在 リ テ 州 西 山 ニ 栽 松 セ シ ニ 、 遇 * フ 四 * ノ 出 遊 ニ 。 告 グ 道 者 ニ 、 吾 レ 欲 ヘ ド 傳 法 セ ン ト 與 * 汝 ニ 、 汝 已 ニ 年 邁 * ギ タ リ 。 若 * シ 待 * タ バ 汝 ガ 再 來 ヲ 、 吾 レ 尚 ホ 遲 * ツ ベ シ 汝 ヲ 。 師 諾 * ス 。 遂 * ニ 往 テ 周 * 氏 家 ノ 女 * ニ 托 * 生 ス 。 因 * ニ 抛 ツ ル ニ 濁 * 港 ノ 中 ニ 、 神 物 護 持 シ テ 、 七 日 マ デ モ 不 損 * セ 。 因 * ニ 収 * テ 養 ヘ リ 矣 。 至 リ 七 歳 ニ 爲 ル ニ 童 子 ト 、 於 テ 黄 梅 ノ 路 上 * ニ フ 四 大 醫 * 禪 師 ニ 。 、 見 ルニ 師 ヲ 、 雖 モ 是 レ 小 兒 ナリト 、 骨相 奇 * 秀 ニシテ 、 異 * ナリ 乎 * 常 * ノ 童 * ニ 。 、 見 テ 問 テ 曰 ク 、 汝 何 * ナ ル 姓 ゾ 。 師 答 ヘ テ 曰 、 姓 ハ 即 チ 有 リ 、 不 是 レ 常 姓 ニ ア ラ 。 曰 ク 、 是 *︵ 一 ︶ 何レ ナ ル 姓 ゾ 。 師 答 ヘ テ 曰 ク 、 是 *︵ 二 ︶ 佛レ 性 。 曰 ク 、 汝 無 佛 性 。 師 答 ヘ テ 曰 ク 、 佛 性 空 ナ ル 故 ニ 、 所 * 以 ニ 言 フ 無 ト 。 識 * リ 其 ノ 法 器 * ヲ 、 俾 ム 爲 ラ 侍 * 者 。 後 * ニ 付 * ス 正 法 眼 藏 ヲ 。 居 シ テ 黄 * 梅 東 山 ニ 、 大 ニ 振 フ 玄 風 ヲ 。 ※ 懐奘書写本の書き改めナシ 。 師│下 、﹁ ハ ﹂ アリ ︵ 玉 ︶︵ 徳 ︶ │右 、﹁ キム ﹂ ア リ ︵ 抄 ︶、 右 、﹁ キ ﹂ アリ ︵ 龍 ︶︵ 長 ︶︵ 玉 ︶︵ 徳 ︶ 兒│児 ︵ 懐 ︶︵ 乾 ︶︵ 正 ︶、 以下略 栽 松 │ 右 、﹁ サ イ ソ ウ ﹂ ア リ ︵ 抄 ︶︵ 正 ︶、 ﹁ 栽 ﹂ ノ 右 、 ﹁ サイ ﹂ アリ ︵ 瑠 ︶ 遇│右 、﹁ アフ ﹂ アリ ︵ 瑠 ︶ 四祖│左 、﹁ 大 醫 マン 禅師 ﹂ アリ ︵ 抄 ︶、 但シ森福寺本ニナ シ ︵﹃ 蒐書大成 ﹄ 続輯十 ・ 五 〇 頁 ︶ ノタメ後筆ヵ 與│与 ︵ 乾 ︶︵ 瑠 ︶︵ 玉 ︶︵ 徳 ︶ 邁 │ 右 、﹁ マ イ ナ リ ﹂ ア リ ︵ 龍 ︶、 右 、﹁ ス ギ タ リ ﹂ ア リ ︵ 洞 ︶︵ 瑠 ︶︵ 長 ︶︵ 玉 ︶︵ 徳 ︶ 若 │ 右 、﹁ マ イ ナ リ ﹂ ア リ ︵ 抄 ︶、 右 、﹁ モ シ ﹂ ア リ ︵ 瑠 ︶ 待 │ ナ シ ︵ 底 本 ︶、 ︵ 懐 ︶︵ 抄 ︶︵ 乾 ︶︵ 正 ︶︵ 龍 ︶︵ 洞 ︶ ︵ 瑠 ︶︵ 長 ︶︵ 玉 ︶ ニヨリ補 。 遲│右 、﹁ マツヘシ ﹂ アリ ︵ 抄 ︶︵ 乾 ︶︵ 正 ︶︵ 龍 ︶︵ 洞 ︶ ︵ 瑠 ︶︵ 長 ︶︵ 玉 ︶︵ 徳 ︶ 諾│右 、﹁ ナス ﹂、 左 、﹁ タ クス ﹂ アリ ︵ 抄 ︶、 右 、﹁ タクス ﹂ アリ ︵ 龍 ︶ 遂│右 、﹁ ツイ ﹂ アリ ︵ 瑠 ︶ 周 氏 家 女 │ ﹁ 周 氏 ﹂ ノ 右 、﹁ シ ウ シ ﹂ ア リ ︵ 抄 ︶、 右 、 ﹁ シウシカノムスメ ﹂ アリ ︵ 瑠 ︶ 女│右 、﹁ ムスメ ﹂ アリ ︵ 長 ︶︵ 徳 ︶ 托│右 、﹁ タク ﹂ アリ ︵ 抄 ︶︵ 龍 ︶︵ 瑠 ︶︵ 長 ︶︵ 徳 ︶ 因抛│右 、﹁ チナミニスツ ﹂ アリ ︵ 抄 ︶︵ 玉 ︶ 濁 港 │ ﹁ 港 ﹂ ノ 右 、﹁ カ ウ ﹂ ア リ ︵ 龍 ︶︵ 長 ︶、 右 、 ﹁ ヂョクカウ ﹂ アリ ︵ 瑠 ︶︵ 玉 ︶ 因│右 、﹁ チナミニ ﹂ アリ ︵ 抄 ︶ 損│右 、﹁ ソン ﹂ アリ ︵ 瑠 ︶ 収養│右 、﹁ トリテヤシナウ ﹂ アリ ︵ 瑠 ︶、 ﹁ 養 ﹂ ノ右 、 ﹁ トリテ ﹂ アリ ︵ 長 ︶︵ 玉 ︶︵ 徳 ︶ 上│右 、﹁ ホトリニアフ ﹂ アリ ︵ 瑠 ︶ 醫│翳 ︵ 懐 ︶ 奇秀│右 、﹁ キシウ ﹂ アリ ︵ 抄 ︶ 異│右 、﹁ コトナリ ﹂ アリ ︵ 瑠 ︶ 乎│于 ︵ 洞 ︶ 常│右 、﹁ ツネ ﹂ アリ ︵ 瑠 ︶
﹃ 正法眼蔵 ﹄﹁ 仏性 ﹂ 巻訳註 ︵ 三 ︶︵ 角田 ︶ 一六 ︻ 書き下し ︼ 五 ご 祖 そ 大 だい 満 まん 禅 ぜん 師 じ は 、 き 州 しゆう 黄 おう 梅 ば い の 人 ひと な り 。 父 ちち 無 な く し て 生 うま る 。 童 どう 児 じ に し て 得 とく 道 どう す 。 乃 すなわ ち 栽 さい 松 しよう 道 どう 者 しや な り 。 初 はじ め 、 き 州 しゆう 西 せい 山 ざん に 在 あ り て 栽 さい 松 しよう せ し に 、 四 し 祖 そ の 出 しゆつ 遊 ゆう に 遇 あ ふ 。 道 どう 者 しや に 告 つ ぐ 、 吾 わ れ 汝 なんじ に 伝 でん 法 ぽう せ ん と 欲 おも へ ど 、 汝 なんじ 已 すで に 年 とし 邁 す ぎ た り 。 若 も し 汝 なんじ が 再 さい 来 らい を 待 ま た ば 、 吾 わ れ 尚 な ほ 汝 なんじ を 遅 ま つ べ し 。 師 し 諾 だく す 。 遂 つい に 周 しゆう 氏 し 家 か の 女 むすめ に 往 ゆ き て 托 たく 生 しよう す 。 因 ちなみ に 濁 じょっ 港 こう の 中 なか に 抛 す つ る に 、 神 じん 物 もつ 護 ご 持 じ し て 、 七 な の か 日 ま で も 損 そん ぜ ず 。 因 ちなみ に 収 と り て 養 やしな へ り 。 七 しち 歳 さい に 至 いた り 童 どう 子 じ と 為 な る に 、 黄 おう 梅 ば い の 路 ろ 上 じょう に 於 お い て 四 し 祖 そ 大 だい 医 い 禅 ぜん 師 じ に あ ふ 。 祖 そ 、 師 し を 見 み る に 、 是 これ れ 小 しよう 児 に な り と 雖 いえど も 、 骨 こっ 相 そう 奇 き 秀 しゅう に し て 、 常 つね の 童 わらべ に 異 こと な り 。 祖 そ 、 見 み て 問 とう て 曰 いは く 、 汝 なんじ 何 いか な る 姓 しよう ぞ 。 師 し 答 こた へ て 曰 いは く 、 姓 しよう は 即 すなわ ち 有 あ り 、 是 こ れ 常 じよう 姓 しよう に あ ら ず 。 祖 そ 曰 いは く 、 是 こ れ 何 いか な る 姓 しよう ぞ 。 師 し 答 こた へ て 曰 いは く 、 是 こ れ 仏 ぶっ 性 しょう 。 祖 そ 曰 いは く 、 汝 なんじ 無 む 仏 ぶっ 性 しょう 。 師 し 答 こた え て 曰 いは く 、 仏 ぶっ 性 しょう 空 くう な る が 故 ゆえ に 、 所 ゆ 以 え に 無 む と 言 い ふ 。 祖 そ 其 そ の 法 ほつ 器 き を 識 し り 、 侍 じ 者 し ゃ た ら し む 。 後 のち に 正 しょう 法 ぼう 眼 げん 蔵 ぞう を 付 ふ す 。 黄 おう 梅 ば い 東 とう 山 ざん に 居 きょ して 、 大 おお いに 玄 げん 風 ぷう を 振 ふる ふ 。 童│右 、﹁ ワラハ ﹂ アリ ︵ 瑠 ︶ 何 │ 右 、﹁ イ カ ナ ル ﹂ ア リ ︵ 長 ︶︵ 玉 ︶︵ 徳 ︶、 以 下 略 ︵ 一 ︶ 是│ナシ ︵ 玉 ︶ ︵ 二 ︶ 是│ナシ ︵ 洞 ︶ 所以│右 、﹁ ユヘニ ﹂ アリ ︵ 瑠 ︶︵ 長 ︶︵ 玉 ︶︵ 徳 ︶ 識│右 、﹁ シリテ ﹂ アリ ︵ 抄 ︶ 器│右下 、﹁○﹂ アリ ︵ 懐 ︶ 侍 者 │ 下 、﹁ 至 其 家 於 父 母 所 乞 令 出 家 父 母 以 宿 縁 故 殊 無 難 色 捨 為 弟 子 ﹂ ア リ ︵ 乾 ︶︵ 正 ︶︵ 龍 ︶︵ 洞 ︶︵ 瑠 ︶、 下 、﹁ 至 其 家 於 父 母 所 乞 令 出 家 父 母 以 宿 縁 故 殊 無 難 心 捨 為 弟 子 ﹂ ア リ ︵ 長 ︶、 上 、﹁ 共 ︵ 異ヵ ︶ 本 ニ 至 其 家 於 父 母 所 乞令出家父母以宿縁故殊無難ム心也捨為弟子 ﹂ アリ ︵ 玉 ︶、 ︵ 徳 ︶ モ ︵ 玉 ︶ ト同ジ頭注アルカ 後│右 、﹁ ノチニ ﹂ アリ ︵ 抄 ︶ 付│右 、﹁ ツク ﹂ アリ ︵ 抄 ︶︵ 瑠 ︶ 黄│右 、﹁ ワウ ﹂ アリ ︵ 抄 ︶ ︻ 語 ︼ 五祖大満禅師 ∼ ⋮ 本段の出典及び内容は 、 大別すると 、 前半の 、 栽松道者が四祖と出会い 、 生まれ変わるまでの 、 いわ ゆ る 栽 松 道 者 の 話 の 部 分 と 、 後 半 の 、 生 ま れ 変 わ っ た 後 に 、 五 祖 と 問 答 し て そ の 弟 子 と な り 、 後 に 付 法 さ れ る ま で の 、 い わ ゆ る 仏 性 問 答 の 部 分 に 分 け ら れ 、 前 半 の 出 典 は ﹃ 禅 宗 頌 古 聯 珠 通 集 ﹄ 巻 七 、 後 半 の 出 典 は ﹃ 建 中 靖 国 続 燈 録 ﹄ 巻 一 、 大満弘忍章 、 但し本山版 ・ 懐奘書写本 ・﹃ 正法眼蔵聞書抄 ﹄・ 梵清本以外の諸本の場合は ﹃ 景徳伝燈録 ﹄ 巻三 、 大満弘忍 章 の 内 容 が 部 分 的 に 含 ま れ て い る と 考 え ら れ る 。 詳 細 は ︻ 解 説 ︼ 参 照 。﹁ 五 祖 大 満 禅 師 ﹂ は 、 中 国 禅 宗 五 祖 大 満 弘 忍 ︵ 六 〇 一 ∼ 六 七 四 ︶。 中 国 に お け る 五 祖 伝 の 成 立 及 び 展 開 に つ い て は 、 永 井 政 之 ﹁ 五 祖 弘 忍 信 仰 ︱ 栽 松 道 者 の 話 の 成 立 と 展 開 ︱﹂ ︵﹃ 中 国 禅 宗 教 団 と 民 衆 ﹄、 内 山 書 店 、 二 〇 〇 〇 年 三 月 。 以 下 、﹃ 永 井 書 ﹄︶ の 論 考 が あ り 、 そ れ に よ れ ば 、﹁ 黄 梅 の 人 、 俗姓は周氏 。 幼くして出家し 、 十二歳で道信に参じた 。 寡黙にして労働に励み 、 また坐禅を怠らなかった 。 道信に付法
一七 ﹃ 正法眼蔵 ﹄﹁ 仏性 ﹂ 巻訳註 ︵ 三 ︶︵ 角田 ︶ され 、 四方の道俗が参じた 。 異説があるが 、 成亨五年 ︵ 六七四 ︶ 二月一 六 ︵ マ マ ︶ 示 寂 。 世寿七四 ﹂︵ 一 〇 四頁 ︶。 最有力の門下 で あ っ た 六 祖 慧 能 と 交 わ し た 有 名 な 問 答 は 次 段 に て 引 用 、 拈 提 さ れ て い る 。﹁ 四 祖 ﹂ は 、 中 国 禅 宗 四 祖 大 医 道 信 ︵ 五 八 〇 ∼ 六 五 一 ︶。 州 ︵ 湖 北 省 ︶ 広 済 県 の 人 。 姓 は 司 馬 氏 。 一 三 歳 、 三 祖 僧 璨 に 従 い 、 奉 事 す る こ と 九 年 、 ま た は 一 二 年 、 そ の衣法を受ける 。 東山法門の初祖で 、 門下五 ○○ 人が集まったといわれ 、 禅宗史上 、 このように多数の学道者が同一師 の 下 に 修 行 し た の は 道 信 に は じ ま る と い う 。 唐 の 永 徽 二 年 示 寂 。 世 寿 七 二 。 代 宗 、 大 医 禅 師 の 諡 号 を 賜 う ︵﹃ 禅 学 ﹄ 九 三 〇 頁 ︶。 州 黄 梅 ⋮﹁ 州 ﹂ は 、 現 在 の 湖 北 省 春 県 南 部 の 古 い 地 名 ︵﹃ ポ ケ ッ ト プ ロ グ レ ッ シ ブ 中 日 辞 典 ﹄︶ 。﹁ 黄 梅 ﹂ は 、 湖 北 省 東 南 端 の 都 市 。 漢 の 春 県 、 東 晋 の 新 蔡 県 ま た は 永 興 県 、 隋 初 に 新 蔡 県 と 改 め 、 後 に 黄 梅 県 と 改 め て 州 に 属 す 。 江 西 省 の 北 端 、 安 徽 省 の 西 南 と 界 を 接 し 、 揚 子 江 の 中 流 に 位 置 す る ︵﹃ 禅 学 ﹄ 一 二 二 頁 ︶。 遂 往 周 氏 家 女 托 生 ⋮﹃ 林 間 録 ﹄ 巻一では ﹁ 旧説 ﹂ として 、 四祖と栽松道者の話に続いて 、 周氏家の女に宿った因縁や生まれてからのことが詳説されて お り 、﹁ 旧 説 四 祖 大 師 、 居 破 頭 山 。 山 中 有 無 名 老 僧 。 唯 植 松 、 人 呼 為 栽 松 道 者 。 嘗 請 於 祖 曰 、 法 道 可 得 聞 乎 。 祖 曰 、 汝 已 老 。 脱有聞 、 其能広化耶 。 儻能再来 、 吾尚可遅汝 。 乃去行水辺 、 見女子浣衣揖曰 、 寄宿得否 。 女曰 、 我有父兄 、 可往求 之 。 曰 、 諾我即敢行 。 女首肯之 。 老僧回策而去 。 女周氏季子也 。 帰輙孕 。 父母大悪逐之 。 女無所帰 。 日庸紡里中 。 夕於 衆館之下 。 已而生一子 。 以為不祥棄水中 。 明日見之 、 泝流而上 。 気体鮮明 。 大驚遂挙之 。 成童随母乞食 。 邑人呼為無姓 児 ︵ 旧 説 に 四 祖 大 師 、 破 頭 山 に 居 す 。 山 中 に 無 名 の 老 僧 有 り 。 唯 だ 松 を 植 え る の み に し て 、 人 呼 び て 栽 松 道 者 と 為 す 。 嘗 つ て 祖 に 請 い て 曰 く 、 法 道 聞 き 得 べ き や 。 祖 曰 く 、 汝 已 に 老 い た り 。 脱 し 聞 く こ と 有 る も 、 其 れ 能 く 化 を 広 め ん や 。 儻し能く再来せば 、 吾れ尚お汝を遅つ可し 。 乃ち去りて水辺に行きて 、 女子の衣を浣ぐを見て揖して曰く 、 寄宿し得る や 。 女曰く 、 我れに父兄有り 、 往きて之を求む可し 。 曰く 、 諾せば我れ即ち敢えて行かん 。 女首肯す 。 老僧策を回らし て去る 。 女は周氏の季子なり 。 帰りて輙ち孕む 。 父母大いに悪みて之を逐う 。 女帰る所なし 。 日は里中に庸紡し 、 夕は 衆舘の下に於てす 。 已にして一子を生む 。 以て不祥と為し水中に棄つ 。 明日之を見れば 、 流を泝りて上る 。 気体鮮明な り 。 大 い に 驚 き て 遂 に 之 を 挙 ぐ 。 童 と 成 り て 母 に 随 い て 乞 食 す 。 邑 人 呼 び て 無 姓 児 と 為 す ︶﹂ ︵﹃ 卍 続 蔵 ﹄ 一 三 五 ・ 五 九 〇 右 下 、﹃ 永 井 書 ﹄ 一 〇 五 ∼ 一 〇 六 頁 ︶ と あ る 。﹁ 托 生 ﹂ は 、 胎 生 の 衆 生 が 母 胎 に 宿 り 、 生 を 受 け る こ と ︵﹃ 禅 学 ﹄ 八 二 一 頁 ︶。 濁 港 ⋮ ク リ ー ク ︵﹃ 岩 波 文 庫 本 ﹄ 一 ・ 八 一 頁 ︶。 ク リ ー ク は 、 中 国 の 平 野 部 な ど に 多 い 排 水 、 灌 漑 、 交 通 を 目 的 と し た 小 運 河 ︵﹃ 日 本 国 語 大 辞 典 ﹄︶ 。 神 物 護 持 、 七 日 不 損 ⋮ こ の 一 節 は ど の 灯 史 中 に も 見 え ず 、 そ の 典 拠 は 不 明 で あ る 。 瑩 山
﹃ 正法眼蔵 ﹄﹁ 仏性 ﹂ 巻訳註 ︵ 三 ︶︵ 角田 ︶ 一八 禅 師 ︵ 一 二 六 四 ︿ 一 二 六 八 ﹀∼ 一 三 三 五 ︶ は ﹃ 伝 光 録 ﹄ 大 満 禅 師 章 に お い て こ の 一 段 を 引 用 し て お り 、﹁ 神 物 護 持 シ テ 七 日マデ損セズ 、 所謂神物ト云 、 ヒ ︵ 昼 ︶ ル ハ二羽ノ鳥有テ羽ヲノベテ是ヲ覆 、 夜ハ二疋狗有 、 ヒ ︵ 膝 ︶ ザ ヲ 窟 ︵ 屈ヵ ︶ シテ是守 、 躰鮮明ニシ テ 六 根 欠 ル コ ト ナ シ ﹂︵ 乾 坤 院 本 、 正 冊 二 六 丁 表 ∼ 裏 、 東 隆 眞 ﹃ 乾 坤 院 本 ﹃ 伝 光 録 ﹄﹄ 、 隣 人 社 、 一 九 七 〇 年 二 月 、 六 五 頁 ︶ と 示 さ れ て い る 。﹁ 神 物 ﹂ は 、 ① 神 奇 霊 異 な も の 。 ② 神 仙 ︵﹃ 漢 辞 海 ﹄ 一 〇 一 四 頁 ︶。 出 遊 ⋮ ① 遊 び に 出 る 。 ② 故 郷 を 離 れ 、 仕 官 ま た は 遊 学 す る ︵﹃ 漢 辞 海 ﹄ 一 五 八 頁 ︶。 こ こ で は ② の 意 。 骨 相 ⋮ ① 骨 組 み 。 ② 顔 や 頭 部 の 骨 格 の 上 に 表 れ た 、 その人の性格や運命 ︵﹃ 漢辞海 ﹄ 一五九八頁 ︶。 ここでは②の意 。 法器 ⋮ 仏道修行に堪え得る器量のこと 。 また 、 法を伝 え得るにたる人 。 器は 、 人の器量のこと ︵﹃ 禅学 ﹄ 一一五三頁 ︶。 ︻ 直訳 ︼ 五祖大満禅師は 、 州黄梅の人である 。 父無くして生まれた 。 童児にして道を得た 。 すなわち栽松道者であった 。 初 め 、 州西山にいて松を栽えていると 、 四祖の出遊に遇った 。︿ 四祖は ﹀ 道者に告げた 、﹁ 私はお前に伝法したいと思う が 、 お前はもう年を取り過ぎている 。 もしお前が再来するのを待てるものなら 、 私はまだお前を待っているつもりであ る ﹂ と 。 五祖は承諾した 。 遂に周氏の家の女の所に往って托生した 。 そして濁港の中に抛てたが 、 神物が護持して 、 七 日 ︿ 経 っ て も ﹀ 傷 つ か な か っ た 。 そ し て 引 き 取 っ て 養 っ た 。 七 歳 に な っ て 童 児 と な り 、 黄 梅 の 路 上 で 四 祖 大 医 禅 師 に 逢 っ た 。 四祖は五祖を見ると 、 この子は小さな童児であっても 、 骨相奇秀であって 、 普通の童児とは異なっていた 。 四祖は 見て問うて言った 、﹁ お前は何という姓か ﹂。 五祖は答えて言った 、﹁ 姓はありますが 、 普通の姓ではありません ﹂。 四祖 は言った 、﹁ 何という姓か ﹂。 五祖は答えて言った 、﹁ 仏性です ﹂。 四祖は言った 、﹁ お前は無仏性である ﹂。 五祖は答えて 言った 、﹁ 仏性は空であるから 、 だから無いと言うのですね ﹂。 四祖はその法器を識って 、 侍者として 、 後に正法眼蔵を 付した 。︿ 五祖は ﹀ 黄梅東山に居して 、 大いに玄風を振るった 。 ︻ 現代語訳 ︼ 五祖大満禅師は 、 州黄梅の人である 。 父は誰だか分からないが生まれた 。 童児であったが 道 さとり を得ていた 。 すなわち ︿ 前 世 に お い て は ﹀ 栽 松 道 者 で あ っ た 。 そ の 昔 、 州 の 西 山 に い て 松 を 栽 え て い る と 、 四 祖 の 行 脚 に 遭 遇 し た 。︿ 四 祖 は ﹀
一九 ﹃ 正法眼蔵 ﹄﹁ 仏性 ﹂ 巻訳註 ︵ 三 ︶︵ 角田 ︶ 道 者 に 告 げ た 、﹁ 私 は お 前 に 法 を 伝 え た い と 思 う が 、 お 前 は も う 年 を 取 り 過 ぎ て い る 。 も し お 前 が 再 び ︿ 生 ま れ て ﹀ 来 る の を 待 て る も の な ら ば 、 私 は そ の 時 ま で お 前 を 待 っ て い よ う ﹂。 道 者 は 承 諾 し た 。 そ し て 周 氏 の 家 の 娘 の 胎 内 に 宿 り 、︿ 再 び ﹀ 生まれた 。 その ︿ 父親が分からないという出生の因縁 ﹀ ゆえに 、 小運河の中に捨てられたが 、 神物が護って 、 七日 経っても傷つかなかった 。 そこで ︿ 母は子を ﹀ 拾い上げて養うこととした 。 七歳になって童児となり 、 黄梅の路上で四 祖大医禅師に出会った 。 四祖は五祖を見てみると 、 この子は童児であっても 、 その人相はきわめて秀れていて 、 普通の 童 児 と は 異 な っ て い た 。 四 祖 は そ れ を 見 て 尋 ね た 、﹁ お 前 は 何 と い う 姓 か ﹂。 五 祖 は 答 え た 、﹁ 姓 は あ り ま す 、 し か し 普 通 の姓ではありません ﹂。 四祖は言った 、﹁ 何という姓か ﹂。 五祖は答えた 、﹁ 仏性です ﹂。 四祖は言った 、﹁ お前に仏性は無 い ﹂。 五 祖 は 答 え た 、﹁ 仏 性 は 空 で あ る か ら 、 そ の ゆ え に 無 ︿ 仏 性 ﹀ と 言 う の で す ね ﹂。 四 祖 は そ の 法 器 ︵ 法 を 伝 え 得 る に たる器量 ︶ に気付いて 、 侍者とし 、 後に正法眼蔵を付した 。 黄梅の東山に住んで 、 大いに玄風を振るった 。 ︻ 解説 ︼ 本 段 で は 、 五 祖 の 前 世 と 再 び 生 ま れ て く る ま で の 因 縁 を 記 し た 栽 松 道 者 の 話 、 及 び 再 び 生 ま れ た 後 に 、 四 祖 と 出 会 い 、 問答を交わし 、 弟子として認められた仏性問答を取り上げ 、 それに対して道元禅師独自の解説がなされている 。 まずこ の ︻ 解 説 ︼ で は 、 五 祖 伝 の 出 典 に つ い て 確 認 す る 。 そ の 後 、 本 稿 末 の ︻ 解 説 ︼︵ 二 五 ∼ 二 七 頁 ︶ で 、 道 元 禅 師 の 解 説 全 体 について論じていきたい 。 こ の 五 祖 伝 の 出 典 は 、﹃ 道 元 引 用 語 録 の 研 究 ﹄︵ 春 秋 社 、 一 九 九 五 年 三 月 ︶ に は 掲 載 さ れ て お ら ず 、﹃ 春 秋 社 本 ﹄ で は ﹁ 続 燈 録 一 。 伝 燈 録 二 ︵ ママ ︶ 三 ﹂︵ 一 ・ 一 九 頁 ︶ と さ れ て い る 。 ま た 永 井 政 之 氏 は ﹁ 道 元 禅 師 が ﹃ 林 間 録 ﹄ を 典 拠 と し た こ と は 疑 い な い ﹂︵ ﹃ 永 井 書 ﹄ 一 〇 七 頁 ︶ と し 、 石 井 修 道 氏 も ﹃ 林 間 録 ﹄ を 中 心 に 、﹃ 建 中 靖 国 続 燈 録 ﹄ 等 と 合 糅 し た も の で あ る と し て い る ︵﹃ 正 法 眼 蔵 行 持 に 学 ぶ ﹄、 禅 文 化 研 究 所 、 二 〇 〇 七 年 二 月 、 四 五 一 ∼ 四 五 六 頁 ︶。 永 井 氏 ・ 石 井 氏 が ﹃ 林 間 録 ﹄ を 挙 げ る 根 拠 は 、 例 え ば ﹁ 行 持 ﹂ 下 巻 に ﹁ 石 門 林 間 録 云 ﹂︵ 一 四 二 頁 ︶ と あ る よ う に 、 道 元 禅 師 が 見 た こ と が 確 実 で あり 、 かつその中で詳細な裁松道者の話を記す数少ない典籍の一つであるためであろう 。 確かに 、 引用文後半の仏性問 答 に つ い て は ﹃ 続 燈 録 ﹄ 巻 一 ﹁ 大 満 弘 忍 章 ﹂、 ﹃ 景 徳 伝 燈 録 ﹄ 巻 三 ﹁ 大 満 弘 忍 章 ﹂ に も 見 ら れ 、 道 元 禅 師 は 主 に ﹃ 続 燈 録 ﹄ に基づいていると考えられるが 、 栽松道者の話については ﹃ 続燈録 ﹄・ ﹃ 伝燈録 ﹄ 共に詳細な記載はない 。
﹃ 正法眼蔵 ﹄﹁ 仏性 ﹂ 巻訳註 ︵ 三 ︶︵ 角田 ︶ 二 〇 こ の 話 の 出 典 に お い て 問 題 と な る の は 、 前 半 部 の 栽 松 道 者 の 話 で あ る 。 永 井 氏 は 、﹁ 初 期 の 禅 者 に 関 わ っ て 、﹁ 伝 灯 録 ﹂ の記事を超えて新たな伝説が成立展開したことは稀な部類に属するものとして興味深い ﹂︵ ﹃ 永井書 ﹄ 一 〇 五頁 ︶ と指摘 し て い る が 、﹁ 禅 宗 の 灯 史 に お け る 弘 忍 伝 の 形 成 は 、﹃ 五 灯 会 元 ﹄ 前 後 を も っ て 確 立 し た よ う に 見 受 け ら れ る ﹂︵ ﹃ 永 井 書 ﹄ 九二頁 ︶ ために 、 道元禅師の頃は 、 五祖伝の確定に近い時期ではあるが 、 決定稿のようなものもまたなかったという状 況であったと思われる 。 実際に 、 本稿で取り扱っている ﹁ 仏性 ﹂ 巻以上に五祖伝を詳述している灯史 ・ 典籍は 、 道元禅 師が参照できたものの中にはほとんどない 。 よって ︻ 語 ︼ でも示した通り 、 本稿ではその出典を 、 前半の出典は ﹃ 禅宗頌古聯珠通集 ﹄ 巻七 、 後半の出典は ﹃ 続 燈録 ﹄ 巻一 、 大満弘忍章であると判断した 。 それぞれの本文については 、︻ 解説 ︼ の末尾に記した ﹁[ 参考 ]﹃ 正法眼蔵 ﹄ ﹁ 仏 性 ﹂ 巻 所 収 、 五 祖 伝 本 文 ・ 出 典 対 照 表 ﹂ を 参 照 さ れ た い 。 こ の 両 者 を 合 わ せ れ ば 、 ほ ぼ 全 文 の 出 典 を 道 元 禅 師 以 前 の 典籍に求めることができ 、 かつ ﹃ 林間録 ﹄ よりも文字の一致度が高い 。 ﹃ 禅 宗 頌 古 聯 珠 通 集 0 0 0 0 ﹄︵ 以 下 、﹃ 聯 珠 通 集 ﹄︶ は 、 淳 熙 二 年 ︵ 一 一 七 五 ︶ に 成 立 し た ﹃ 禅 宗 頌 古 聯 珠 集 0 0 0 ﹄︵ 以 下 、﹃ 聯 珠 集 ﹄︶ が元代に増補され 、 成立したものである ︵ 柳田聖山 ﹁ 禅籍解題 ﹂、 ﹃ 世界古典文学全集 ﹄ 第三十六巻 B、 筑摩書房 、 一 九 七 四 年 二 月 、 五 〇 二 ∼ 五 〇 三 頁 ︶。 そ の た め 、﹃ 聯 珠 集 ﹄ を 道 元 禅 師 が 参 照 し た 可 能 性 は あ る が 、﹃ 聯 珠 通 集 ﹄ を 参 照 することはできない 。 しかし 、﹃ 聯珠通集 ﹄ の時点で増補した部分は ﹁ 増収 ﹂ 等と明記しており 、﹃ 聯珠集 ﹄ に元々あっ た記載とを区別できるように記されていることから 、 現存しない ﹃ 聯珠集 ﹄ の内容が推定可能である 。 そして今回典拠 として示した箇所は ﹁ 増収 ﹂ 部分ではないことから ﹃ 聯珠集 ﹄ にも記載されていた内容となり 、 道元禅師が参照した可 能性が考えられるのである 。 ﹃ 聯 珠 通 集 ﹄ は 、﹃ 道 元 引 用 語 録 の 研 究 ﹄ に お い て も ﹁ 大 修 行 ﹂ 巻 ︵ 前 掲 書 二 七 八 頁 ︶ や ﹁ 春 秋 ﹂ 巻 ︵ 前 掲 書 三 八 七 頁 ︶ 等 で 第 一 出 典 と し て 挙 げ ら れ て い る こ と か ら 、 道 元 禅 師 が 本 書 を 引 用 し て い る 可 能 性 に つ い て は 既 に 指 摘 さ れ て お り 、 また清野宏道氏の論考もある ︵﹁ 道元禅師と ﹃ 禅宗頌古聯珠通集 ﹄﹂ 、﹃ 印度学仏教学研究 ﹄ 第六十三巻第一号 、 二 〇 一四 年十二月 ︶。 しかし本段の引用文については 、 ややつぎはぎに過ぎる感があること 、﹁ 神物護持 、 七日不損 ﹂ などの灯史 中 に は 見 ら れ な い 表 現 も あ る こ と か ら 、 道 元 禅 師 が 中 国 滞 在 中 に 見 聞 し た 伝 承 や 逸 話 等 も 反 映 さ れ 、﹃ 続 燈 録 ﹄ 等 を 参 照 しながら増補 、 作成していったものとも考えられる 。 永井氏は 、︻ 語 ︼ でも引用した ﹃ 林間録 ﹄ の ﹁ 旧説 ﹂ について 、
二一 ﹃ 正法眼蔵 ﹄﹁ 仏性 ﹂ 巻訳註 ︵ 三 ︶︵ 角田 ︶ ﹃ 石門文字禅 ﹄ 巻二十二を引用して 、﹁ 黄梅県では童ですらこの逸話を語り 、 学者の疑信があい半ばして決着をみないと 言 う の は 、﹁ 旧 説 ﹂ が 具 体 的 資 料 で は な く 、 伝 聞 で あ る こ と の 可 能 性 を 高 か ら し め る ﹂︵ ﹃ 永 井 書 ﹄ 一 二 二 頁 ︶ と 述 べ て い る 。 そ の よ う な 視 点 か ら 見 れ ば 、﹁ 仏 性 ﹂ 巻 の 事 例 も 、 道 元 禅 師 が 見 聞 し た 故 事 に 基 づ い て 灯 史 の 増 補 を 試 み た 、 栽 松 道 者の話の展開の一事例として見ることも可能であるかもしれない 。 以 上 、 五 祖 伝 の 出 典 に つ い て 述 べ て き た が 、 永 井 氏 は 、﹁ 弘 忍 の 前 生 譚 を め ぐ っ て 、 中 国 の 禅 者 の 大 半 は 、 弘 忍 と 道 信 の ﹁ 仏性問答 ﹂ ではなく 、 文字通り託胎し再生したという部分に注目する ﹂︵ ﹃ 永井書 ﹄ 一 〇 九頁 ︶、 ﹁﹃ 禅宗頌古聯珠集 ﹄ 所収一 〇 人の偈をみると 、 仏性問答に関心を寄せて作る宏智正覚のそれを除けば 、 いずれも ﹁ 裁松道者 ﹂ の話そのもの に関心を寄せる 。 ちなみに道元禅師も ﹃ 正法眼蔵 ﹄︵ 仏性 ︶ において 、 この公案を引用するが 、 そこで拈提されるのは 、 言 う ま で も な く ﹁ 仏 性 ﹂ を め ぐ っ て で あ る ﹂︵ ﹃ 永 井 書 ﹄ 一 〇 七 頁 ︶ と 指 摘 し て い る よ う に 、﹁ 仏 性 ﹂ 巻 に お い て は 、 栽 松 道者の話よりも仏性問答に力点をおいて解説しているため 、 その点では宏智との類似性が見られ 、 また栽松道者の話そ の も の は 、﹁ 周 ﹂ と い う 姓 を 除 い て は 、 さ ほ ど 重 要 な 意 味 を 持 つ も の で は な い と 言 え る 。 こ の ﹁ 周 ﹂ が 示 す 意 味 等 に つ い ては後述したい 。
﹃ 正法眼蔵 ﹄﹁ 仏性 ﹂ 巻訳註 ︵ 三 ︶︵ 角田 ︶ 二二 [ 参考 ]﹃ 正法眼蔵 ﹄﹁ 仏性 ﹂ 巻所収 、 五祖伝本文 ・ 出典対照表 本文 出典 五 大滿禪師 、 州黄梅人也 。 無父而生 。 ﹃ 景徳伝燈録 ﹄ 巻三 、﹁ 大満弘忍章 ﹂ 第三十二 弘忍大師 、 州黄梅人也 ︵﹃ 禅文化本 ﹄ 三九 頁 ︶。 童兒得道 。 乃栽松道 也 。 ﹃ 建中靖国続燈録 ﹄ 巻一 、﹁ 大満弘忍章 ﹂ 爾 時 五 弘 忍 大 滿 禪 師 、 童 兒 得 道 、 乃 栽 松 道 者 後 身 。 居 黃 梅東山 、 大振玄風 ︵﹃ 卍続蔵 ﹄ 一三六 ・ 二三左下 ︶。 初 在州西山栽松 、 遇四 出遊 。 告道 、 吾欲傳法與汝 、 汝 已 年 邁 。 若 汝 待 再 來 、 吾 尚 遲 汝 。 師 諾 。 遂 往 周 氏 家 女 托 生 。 因 抛 濁 港 中 。 神 物 護 持 、 七 日 不 損 。 因 収 養 矣 。 至 七 歳爲童子 、 ﹃ 禅宗頌古聯珠通集 ﹄ 巻七 五 弘 忍 大 師 、 前 身 在 州 西 山 栽 松 、 遇 四 。 告 曰 、 吾 欲 傳 法 與 汝 、 汝 已 年 邁 。 汝 若 再 來 、 吾 尚 遲 汝 。 師 諾 。 遂 往 周 氏 家 女 托 生 。 因 抛 濁 港 中 、 神 物 護 持 、 至 七 歲 為 童 子 。 四 一日往黃梅縣 、 一小兒 、 骨相奇秀 、 乃問曰 、 子何姓 。 曰 、 姓 即 有 非 常 姓 。 曰 、 是 何 姓 。 曰 、 是 佛 性 。 曰 、 汝 無 性 耶 。 曰 、 性 空 故 。 默 識 其 法 器 、 即 俾 侍 者 後 令 出 家 。 後 付 衣 法 。 居 黃 梅 東 山 ︵﹃ 卍 続 蔵 ﹄ 一 一 五 ・ 三 七 左 上 ︶。 於 黄 梅 路 上 四 大 醫 禪 師 。 見 師 、 雖 是 小 兒 、 骨 相 奇 秀 、 異 乎 常 童 。 見 問 曰 、 汝 何 姓 。 師 答 曰 、 姓 即 有 、 不 是 常 姓 。 曰 、 是 何 姓 。 師 答 曰 、 是 佛 性 。 曰 、 汝 無 佛 ﹃ 建中靖国続燈録 ﹄ 巻一 、﹁ 大医道信章 ﹂ 爾時四道信大醫禪師 、 生而超異 、 頓悟空宗 、 入解脫門 、 宛 如 夙 習 、 既 續 風 。 將 求 嗣 法 、 於 黃 梅 路 上 見 一 小 兒 、 骨 相 奇 秀 、 異 乎 常 童 。 師 見 問 曰 、 汝 何 姓 。 答 曰 、 姓 即 有 、
二三 ﹃ 正法眼蔵 ﹄﹁ 仏性 ﹂ 巻訳註 ︵ 三 ︶︵ 角田 ︶ ︻ 懐奘書写本に見られる書き改めについて ︼ 本 段 以 降 、 全 体 的 に 書 き 改 め は 減 少 し て い く 傾 向 に あ る が 、 部 分 的 に は 見 ら れ る た め 、 確 認 し て い き た い 。︻ 本 文 ︼ に も 記 し た 通 り 、 五 祖 伝 の 部 分 に は 書 き 改 め は な い が 、 一 箇 所 問 題 点 が あ る 。 そ れ は 、︻ 校 異 ︼ で も 示 し た が 、 問 答 部 分 に あ る ﹁ 祖 識 其 法 ﹂ の ﹁ ﹂ の 右 下 に ﹁○﹂ が 記 さ れ て い る こ と で あ る ︵﹃ 道 元 禅 師 真 蹟 関 係 資 料 集 ﹄ 六 六 五 頁 、 東 隆 眞 編 ﹃ 大乗寺 開 山徹 通 義 介 禅 師 関 係 資 料 集 ﹄、 春 秋 社 、 二 〇 〇 八 年 二 月 、 一 七 頁 参 照 ︶。 こ れ は 、 乾 坤 院 本 や 洞 雲 寺 本 等 に あ る 、﹁ 至 其 家 於 父 母 所 、 乞 令 出 家 。 父 母 以 宿 縁 故 、 殊 無 難 色 、 捨 為 弟 子 ﹂ と い う 文 を 挿 入 す る た め の 指 示 で あ る と 考 え ら れ る 。 本 文 中 に ﹁○﹂ を 付 し て い る 事 例 と し て 、﹁ 仏 性 訳 ︵ 二 ︶﹂ の ︻ 解 説 ︼︵ 一 五 六 ∼ 一 五 七 頁 ︶ で 取 り 上 げ た よ う に 、 本 文 を入れ替える誘導線の起点として ﹁○﹂ が記されているものがある 。 本稿では 、 この一文の有無が解釈に影響を与える ということもないため 、 底本に記されているままの本文を採用した 。 性 。 師 答 曰 、 佛 性 空 故 、 所 以 言 無 。 識 其 法 器 、 俾 爲 侍 者 、︵ 至其家於父母所 、 乞令出家 。 父母以宿縁故 、 殊無難 色 、 捨為弟子 、︶ 後付正法眼藏 。 居黄梅東山 、 大振玄風 。 ※︵ ︶ 内 は 本 山 版 ・ 懐 奘 書 写 本 ・﹃ 正 法 眼 蔵 聞 書 抄 ﹄・ 梵清本以外の本文 。 不 是 常 姓 。 師 曰 、 是 何 姓 。 答 曰 、 是 佛 性 。 師 曰 、 汝 無 佛 性 。 答曰 、 佛性空故 、 所以言無 。 師識其法器 、 俾為侍者 、 後付正法眼藏 ︵﹃ 卍続蔵 ﹄ 一三六 ・ 二三左下 ︶。 ﹃ 景徳伝燈録 ﹄ 巻三 、﹁ 大医道信章 ﹂ 第 三 十 一 道 信 大 師 者 ⋮ 一 日 往 黄 梅 縣 路 一 小 兒 。 骨 相 奇 秀 、 異 乎 常 童 。 師 問 曰 、 子 何 姓 。 答 曰 、 姓 即 有 、 不 是 常 姓 。 師 曰 、 是 何 姓 。 答 曰 、 是 佛 性 。 師 曰 、 汝 無 性 耶 。 答 曰 、 性 空 故 。 師 默 識 其 法 器 、 即 俾 侍 者 至 其 家 於 父 母 所 、 乞 令 出 家 。 父 母 以 宿 縁 故 、 殊 無 難 色 、 遂 捨 爲 弟 子 。 名 曰 弘 忍 ︵﹃ 禅文化本 ﹄ 三九頁 ︶。
﹃ 正法眼蔵 ﹄﹁ 仏性 ﹂ 巻訳註 ︵ 三 ︶︵ 角田 ︶ 二四 し か あ れ ば す な は ち 、 そ 師 し の 道 どう 取 しゅ を 參 さん 究 きゅう す る に 、 四 し そ い は く 、 汝 * にょ 何 か 姓 しょう は 、 そ の 宗 * しゅう 旨 し あ り 。 む か し は 何 * か 國 こく 人 じん の 人 * ひと あ り 、 何 * か 姓 しょう の 姓 しょう あ り 。 な ん ぢ は 何 か 姓 しょう と 爲 * い 説 せつ するなり 。 たと へ * ば 吾 ご 亦 やく 如 にょ 是 ぜ 、 汝 にょ 亦 やく 如 にょ 是 ぜ と 道 どう 取 しゅ するがごとし 。 五 ご そ い * は く 、 姓 しょう 即 * そく 有 う 、 不 ふ 是 ぜ 常 じょう 姓 しょう 。 い は ゆ る は 、 有 う 即 そく 姓 しょう は 常 じょう 姓 しょう に あ ら ず 。 常 じょう 姓 しょう は 即 そく 有 う に 不 ふ 是 ぜ なり 。 四 し そ い は く 、 是 * ぜ 何 か 姓 しょう は 、 何 か は 是 ぜ な * り 、 是 ぜ を 何 か し き た れ り 、 こ れ 姓 しょう な り 。 何 か ならしむるは 是 ぜ の ゆ * ゑなり 、 是 ぜ ならしむるは 何 か の 能 のう なり 。 姓 しょう は 是 * ぜ 也 や 何 か 也 や なり 。 これを 蒿 * こう 湯 とう にも 點 てん ず 、 茶 さ 湯 とう にも 點 てん ず 、 家 か 常 じょう の 茶 さ 飯 はん ともするなり 。 五 ご そ い は く 、 是 ぜ 佛 ぶっ 性 * しょう 。 い は * く の * 宗 しゅう 旨 し は 、 是 ぜ は 佛 ぶっ 性 しょう な り と な り 。 何 か の ゆ ゑ * に 佛 ぶつ な る な り 。 是 * ぜ は * 何 * か 姓 しょう の み に 究 ぐう 取 しゅ し き た ら ん * や 。 是 ぜ す で に 不 ふ 是 ぜ の と き 佛 ぶっ 性 しょう な り 。 し か あ れ ば す * な は ち 、 是 ぜ は 何 か な り 、 佛 ぶつ な り と い へ ど * も 、 脱 * だつ 落 らく し きたり 、 透 * とう 脱 だつ しきたるに 、 かならず 姓 しょう なり 。 その 姓 しょう すなはち 周 しゅう なり 。 しか あれども 、 父 * ちち にうけず 、 そ にうけず 、 母 * も 氏 し に 相 そう 似 * じ ならず 、 傍 * ぼう 觀 かん に 齊 せい 肩 けん なら んや 。 汝何姓│右 、﹁ ニョカシャウ ﹂ アリ ︵ 長 ︶︵ 玉 ︶︵ 徳 ︶ 宗旨│右 、﹁ ソウシ ﹂ アリ ︵ 瑠 ︶︵ 長 ︶︵ 徳 ︶ 何 國 人 │ 右 、﹁ カ コ ク ジ ン ﹂ ア リ ︵ 瑠 ︶、 ﹁ 人 ﹂ ノ 右 、 ﹁ ジン ﹂ アリ ︵ 長 ︶︵ 玉 ︶︵ 徳 ︶ 人│右 、﹁ ジン ﹂ アリ ︵ 長 ︶︵ 玉 ︶ 何姓│右 、﹁ カシャウ ﹂ アリ ︵ 瑠 ︶、 以下略 爲│右 、﹁ ヰ ﹂ アリ ︵ 瑠 ︶ へ│え ︵ 正 ︶、 ゑ ︵ 瑠 ︶、 以下略 いはく│曰 ︵ 抄 ︶、 いわく ︵ 長 ︶︵ 玉 ︶、 以下略 即│右 、﹁ ソク ﹂ アリ ︵ 瑠 ︶ 是何姓│右 、﹁ ゼカシャウ ﹂ アリ ︵ 瑠 ︶ なり│也 ︵ 洞 ︶︵ 瑠 ︶ ゆ ゑ │ 故 ︵ 抄 ︶、 ゆ へ ︵ 懐 ︶︵ 乾 ︶︵ 龍 ︶︵ 洞 ︶︵ 長 ︶ ︵ 玉 ︶、 ゆえ ︵ 正 ︶、 以下略 是也何也│右 、﹁ ゼヤカヤ ﹂ アリ ︵ 瑠 ︶、 是也なり何也 ︵ 長 ︶︵ 玉 ︶ 蒿 │ 右 、﹁ ス ウ ﹂ ア リ ︵ 乾 ︶︵ 正 ︶、 右 、﹁ カ ウ ﹂ ア リ ︵ 龍 ︶ 性│姓 ︵ 懐 ︶ は│わ ︵ 瑠 ︶ の│ナシ ︵ 乾 ︶ ゑ│へ ︵ 懐 ︶︵ 徳 ︶、 以下略 是│右 、﹁ ゼ ﹂ アリ ︵ 瑠 ︶ は│ナシ ︵ 長 ︶ 何性│ ﹁ 何 ﹂ ノ右 、﹁ カ ﹂ アリ ︵ 瑠 ︶、 右 、﹁ 佛ト異本 ﹂ アリ ︵ 長 ︶、 ﹁ 何 ﹂ ノ右 、﹁ 佛異本 ﹂ アリ ︵ 徳 ︶ ん│む ︵ 洞 ︶、 以下略 すなはち│便ち ︵ 瑠 ︶ ども│らん ︵ 懐 ︶ 脱落│右 、﹁ トツラク ﹂ アリ ︵ 長 ︶︵ 徳 ︶ 透 脱 │ ﹁ 透 ﹂ ノ 右 、﹁ テ ウ ﹂ ア リ ︵ 抄 ︶、 右 、﹁ テ ウ ト ツ ﹂ アリ ︵ 瑠 ︶︵ 長 ︶ 父│右 、﹁ チチ ﹂ アリ ︵ 瑠 ︶ 母 氏 │ 右 、﹁ モ シ ﹂ ア リ ︵ 抄 ︶、 左 、﹁ ハ ヽ ノ ウ チ ﹂、 ﹁ 氏 ﹂ ノ右 、﹁ シ ﹂ アリ ︵ 瑠 ︶ 似│右 、﹁ ジ ﹂ アリ ︵ 龍 ︶ 傍│右 、﹁ ハウ ﹂、 左 、﹁ カタハラ ﹂ アリ ︵ 抄 ︶
二五 ﹃ 正法眼蔵 ﹄﹁ 仏性 ﹂ 巻訳註 ︵ 三 ︶︵ 角田 ︶ ︻ 懐奘書写本 ︼ し か あ れ ば す な は ち 、 師 の 道 取 を 參 究 す る に 、 四 い は く 、 汝 何 姓 は 、 そ の 宗 旨 あ り 。 む か し は 何 國 人 の 人 あ り 、 何姓の姓あり 。 なんぢは何姓と爲説するなり 。 たとへば吾亦如是 、 汝亦如是と道取するがごとし 。 五いはく 、 姓即有 、 不是常姓 。 いはゆるは 、 有即姓は常姓にあらず 。 常姓は即有に不是なり 。 四いはく 、 是何姓は 、 何は是なり 、 是を何しきたれり 、 これ姓なり 。 何ならしむるは是のゆへなり 、 是ならしむる は何の能なり 。 姓は是也何也なり 。 これを蒿湯にも點ず 、 茶湯にも點ず 、 家常の茶飯ともするなり 。 五いはく 、 是佛性 。 いはくの宗旨は 、 是は佛性なりとなり 。 何のゆへに佛なるなり 。 是は何姓のみに究取しきたら んや 。 是すでに不是のとき佛姓なり 。 しかあればすなはち 、 是は何なり 、 佛なりといへらん 。 脱落しきたり 、 透脱しき たるに 、 かならず姓なり 。 その姓すなはち周なり 。 しかあれども 、 父にうけず 。 ︻ 語 ︼ 宗 旨 ⋮ 根 本 的 な 意 味 。 前 稿 ︵﹁ 仏 性 訳 註 ︵ 一 ︶﹂ 八 一 頁 ︶ 参 照 。 む か し は 何 国 人 の 人 あ り 、 何 姓 の 姓 あ り ⋮﹃ 景 徳 伝 燈 録 ﹄ 巻 二 十 八 、 泗 州 僧 伽 大 師 章 に 、﹁ 或 問 、 師 何 姓 。 即 答 曰 、 我 姓 何 。 又 問 、 師 是 何 国 人 。 師 曰 、 我 何 国 人 ︵ 或 ある ひ と 問 う 、 ﹁ 師 は 何 な る 姓 や ﹂。 即 ち 答 え て 曰 く 、﹁ 我 れ の 姓 は 何 な り ﹂。 又 た 問 う 、﹁ 師 は 是 れ 何 の 国 の 人 や ﹂。 師 曰 く 、﹁ 我 れ は 何 国 の 人 な り ﹂︶ ﹂︵ ﹃ 禅 文 化 本 ﹄ 五 六 〇 頁 ︶ と あ る 。 僧 伽 ︵ 六 二 八 ∼ 七 一 〇︶ は 、 姓 は 何 、 何 国 ︵ ク シ ャ ー ニ ー ヤ ︶ の 出 身 。 中 国 龍 りゆう 朔 さく 元 年 ︵ 六 六 一 ︶ に 中 国 に 渡 り 、 人 々 の 救 済 及 び 教 化 に 努 め 、 多 く の 信 仰 を 集 め た 。 そ の 伝 の 詳 細 及 び 僧 伽 伝 の 展 開 に つ い て は 、 牧 田 諦 亮 ﹁ 僧 伽 和 尚 ﹂︵ ﹃ 中 国 近 世 仏 教 史 研 究 ﹄、 平 楽 寺 書 店 、 一 九 五 七 年 八 月 ︶ 参 照 。 吾 亦 如 是 、 汝 亦 如是 ︵ 吾も亦た是くの如し 、 汝も亦た是くの如し ︶ ⋮ 六祖慧能が南嶽懐譲を印可した語 。 ひとしく如是 ︵ 真実 ︶ に体達 し 、 師資一如であること ︵﹃ 禅学 ﹄ 九九四頁 ︶。 真実の当体 、 その姿 ・ その働きをあらわす語 。 自己もまた真如そのもの で あ る と い う こ と ︵﹃ 禅 学 ﹄ 三 六 〇 頁 ﹁ 吾 亦 如 是 ﹂ 項 ︶。 六 祖 慧 能 が 弟 子 の 南 岳 懐 譲 の 悟 り を 証 明 し た 語 を 転 用 し て 、 吾 ・ 汝 ︵ 悉 有 ︶ も 仏 性 そ の も の で 、 全 く 等 し い こ と を い う ︵﹃ 春 秋 社 本 ﹄ 一 ・ 二 〇 頁 ︶。 ﹁ 仏 性 ﹂ 巻 の 冒 頭 で 引 用 さ れ た ﹁ 是 什 麼 物 恁 麼 来 ﹂ の 問 答 の 最 後 の 語 で 、 出 典 等 は 前 稿 ︵﹁ 仏 性 訳 註 ︵ 一 ︶﹂ 八 一 頁 ︶ 参 照 。 何 は 是 な り ⋮ 何 ︵ が ︶ は 仏 性 空 、 是 ︵ ぜ ︶ は現実一切の存在の事実相 。 何なる仏性空の能 ︵ はたらき ︶ の事実が是なる現実の一切存在としての現成であ
﹃ 正法眼蔵 ﹄﹁ 仏性 ﹂ 巻訳註 ︵ 三 ︶︵ 角田 ︶ 二六 り 、 その個々の相 ︵ 姓 ︶ に外ならないことをいう ︵﹃ 春秋社本 ﹄ 一 ・ 二 〇 頁 ︶。 つまり 、 何は〝なにか〟という質問の語 ではなく 、 事実を表した語であり〝なに〟としか言いようのない事実 ︵= 是 ︶ を示したものであるとする 。 蒿湯にも点 ず 、 茶 湯 に も 点 ず ⋮﹁ 蒿 湯 ﹂ は 、 蒿 草 を 湯 に 和 し た も の 。 よ も ぎ の 湯 。 茶 の 代 り に 用 い た ︵﹃ 禅 学 ﹄ 三 二 一 頁 ︶。 ﹃ 正 法 眼 蔵 聞 解 ﹄ に は 、﹁ 蒿 ギ ハ 香 物 故 ニ 粉 砕 シ テ 湯 ニ 入 ル 也 、 点 茶 之 点 字 ハ 、 茶 ヲ 粉 ニ シ テ 筒 ヘ 入 レ 置 キ 、 湯 ヲ 湧 シ テ 其 中 ヘ 筒 ヨ リ振リ入レルハ 、 物ニ点スル様ニアルカラ点抹杯ト云也 ﹂︵ ﹃ 蒐書大成 ﹄ 十七 ・ 一三頁 ︶ とある 。 家常の茶飯 ⋮ ふつうの 家庭料理 、 ありあわせの食べ物 。 どうということもないもの ︵﹃ 禅語 ﹄ 四七頁 ︶。 茶を飲み飯を喫する日常生活の端々ま でが仏性そのものと一体なるはたらきである意 ︵﹃ 春秋社本 ﹄ 一 ・ 二 〇 頁 ︶。 ﹁ 仏性 ﹂ 巻の後段に 、﹁ この問取は 、 この僧 搆 得 趙 州 の 道 理 な る べ し 。 し か あ れ ば 、 仏 性 の 道 取 問 取 は 、 仏 祖 の 家 常 茶 飯 な り ﹂︵ 三 二 頁 ︶ と あ る 。 究 取 ⋮ 参 究 す る こ と 。 極めること ︵﹃ 禅学 ﹄ 二四二頁 ︶。 透脱 ⋮ 突きぬける 、 穴をあける ︵﹃ 禅語 ﹄ 三四 〇 頁 ︶。 透り脱けること 。 脱却する こ と 。 解 脱 。 脱 落 ︵﹃ 禅 学 ﹄ 九 三 四 頁 ︶。 そ の 姓 す な は ち 周 な り ⋮﹃ 正 法 眼 蔵 抄 ﹄ に は 、﹁ 其 姓 ハ 則 周 ナ リ 。 シ カ ア レ ド モ 、 父ニウケズ 、 祖ニウケズ 、 母氏ニ相似ナラズ 、 傍観ニ斉肩ナラムヤト云々 。 其姓即周ナリトアルハ 、 周氏ガ家女ニ 往 所 ヲ 如 此 被 釈 ナ リ 。 然 而 此 姓 ハ 打 任 タ ル 様 ニ 父 姓 ヲ ウ ク ル 儀 ニ テ ア ル ベ カ ラ ズ 。 只 此 周 ハ 周 遍 ヘン 法 界 ナ ム ド 云 程 ノ 周 ナ リ 、 更 不 可 有 際 限 。 凡 モ 無 父 生 ト ア レ バ 尋 常 ノ 非 父 子 之 儀 、 勿 論 事 ナ リ ﹂︵ ﹃ 蒐 書 大 成 ﹄ 十 一 ・ 九 八 頁 ︶ と あ り 、 こ の ﹁ 周 ﹂ は ﹁ 周氏家 ﹂ の ﹁ 周 ﹂ ではなく 、﹁ 周 あまね し ﹂ の意味であるとしている 。 托生した娘の姓が ﹁ 周 ﹂ ということを考えて みると 、 例えば 、﹁ 有時 ﹂ 巻では 、 古仏 ︵ 薬山惟 ︶ の言葉として ﹁ 有時張三李四 ﹂︵ 一八九頁 ︶ という文言が引用され ているが 、 娘の姓は ﹁ 張 ﹂ でも ﹁ 李 ﹂ でも構わないはずなのに 、﹁ 周 ﹂ という ﹁ 遍く 、 欠けることなく行き届いている ﹂ という意味を持つ姓を使用しており 、 これが仏性に直結しているということであり 、 敢えて ﹁ 周 ﹂ という姓を使用して いるという見方が考えられる 。 また ﹃ 正法眼蔵聞書 ﹄ には 、﹁ 周ノ字モ 、 アマネシ云 ク 訓 ム ノ 読 ヨミ アリ 、 コノ心ニ不可 違 仏 性アマネキガ故ニ ﹂︵ ﹃ 蒐書大成 ﹄ 十一 ・ 一 〇 五頁 ︶ とある 。 斉肩 ⋮ 前段の用例 ︵﹁ 仏性訳註 ︵ 一 ︶﹂ 一 〇 五 ∼ 一 〇 六 、 一 〇 八頁参照 ︶ とは異なり 、 ここでは一般的な 、 同等なさま 、 肩を並べる意 ︵﹃ 漢辞海 ﹄ 一六四五頁 ︶。 ︻ 直訳 ︼ そうであるからつまり 、 祖師の道取を参究すると 、 四祖が言った ﹁ 汝何姓 ﹂ は 、 その宗旨がある 。 むかしは何国人と
二七 ﹃ 正法眼蔵 ﹄﹁ 仏性 ﹂ 巻訳註 ︵ 三 ︶︵ 角田 ︶ い う 人 が あ り 、 何 姓 と い う 姓 が あ っ た 。﹁ な ん じ は 何 姓 ﹂ と 為 説 す る の で あ る 。 た と え ば ﹁ 吾 亦 如 是 、 汝 亦 如 是 ﹂ と 道 取 するようなものである 。 五祖は言った ﹁ 姓即有 、 不是常姓 ﹂ と 。 ここで言っているのは 、 有即姓は常姓ではない 。 常姓は即有に不是である 。 四 祖 が 言 っ た ﹁ 是 何 姓 ﹂ は 、 何 は 是 で あ り 、 是 を 何 と し て き た の で あ る 、 こ れ が 姓 で あ る 。︿ 是 を ﹀ 何 に な ら し め た の は 是 の 故 で あ る 。︿ 何 を ﹀ 是 に な ら し め た の は 何 の 能 で あ る 。 姓 は 是 也 何 也 で あ る 。 こ れ を 蒿 湯 に も 点 ず 、 茶 湯 に も 点 ず 、 家常の茶飯ともするのである 。 五祖は言った ﹁ 是仏性 ﹂ と 。 ここで言っている宗旨は 、 是は仏性であるというのである 。 何であるから仏であるので ある 。 是は何姓のみに究取してきたのだろうか 。 是はすでに不是のときに仏性である 。 そうであるからつまり 、 是は何 であり 、 仏であるといっても 、 脱落してきたのであり 、 透脱してきたので 、 かならず姓である 。 その姓はすなわち周で ある 。 そうであるが 、 父にうけず 、 祖にうけず 、 母氏に相似ではなく 、 傍観に斉肩であろうか 。 ︻ 現代語訳 ︼ そ う で あ る か ら つ ま り 、 祖 師 の 言 葉 を 参 究 す る と 、 四 祖 が 言 っ た ﹁ 汝 何 姓 ﹂ は 、︿ 姓 を 聞 い た の で は な く ﹀ 宗 門 で の 理 解 ︵ 解 釈 ︶ が あ る 。 昔 は ﹁ 何 国 人 ﹂ と い う 人 が あ り 、﹁ 何 姓 ﹂ と い う 姓 が あ っ た 。︿ 四 祖 は そ れ を 踏 ま え て ﹀﹁ あ な た は ﹁ 何 ﹂ と い う 姓 で あ る ﹂ と 説 い た の で あ る 。 た と え ば ︿ 六 祖 が 南 嶽 に ﹀﹁ 吾 亦 如 是 、 汝 亦 如 是 ﹂︵ 吾 も 真 実 そ の も の で あ り 、 汝も真実そのものである ︶ と言ったのと同じである 。 五祖は言った ﹁ 姓即有 、 不是常姓 ﹂ と 。 この意味は 、 有即姓 ︵ 五祖が ﹁ 姓はあります ﹂ といったところの姓 ︶ は通常 の姓ではない 。 通常の姓なら ﹁ 即有 ﹂︵ そのままの存在 ︶︿ を姓とするの ﹀ とは違うのである 。 四 祖 が 言 っ た ﹁ 是 何 姓 ﹂ は 、﹁ 何 ﹂ と は ﹁ 是 ﹂︵ 真 実 ︶ で あ り 、﹁ 是 ﹂ を ﹁ 何 ﹂ と 表 現 し た の で あ る 。 こ れ が ﹁ 姓 ﹂ で あ る 。﹁ 何 ﹂ と 表 現 し た の は ﹁ 是 ﹂ で あ る か ら で あ る 。﹁ 是 ﹂ を 表 現 で き る の が ﹁ 何 ﹂ の 能 力 で あ る 。﹁ 姓 ﹂ は ﹁ 是 ﹂ で あ り ︿ その姓が ﹀﹁ 何 ﹂ である 。︿ そう ︵ 真実 ︶ であるから ﹀ ヨモギ茶を入れ 、 抹茶をたて 、 日常の茶飯ともするのである 。 五祖は言った ﹁ 是仏性 ﹂ と 。 その宗門での理解 ︵ 解釈 ︶ は 、﹁ 是 ﹂ が仏性であるというのである 。︿ 真実そのものを表 現 し た ﹀﹁ 何 ﹂ で あ る か ら 仏 で あ る の で あ る 。﹁ 是 ﹂ は ﹁ 何 ﹂ と い う 姓 に だ け 究 め ら れ て き た の か ︿ そ う で は な い ﹀。 ﹁ 是 ﹂
﹃ 正法眼蔵 ﹄﹁ 仏性 ﹂ 巻訳註 ︵ 三 ︶︵ 角田 ︶ 二八 が そ の よ う で は な い ︵﹁ 何 ﹂ だ け に 限 ら な い ︶ と き 仏 性 な の で あ る 。 そ う で あ る か ら つ ま り 、﹁ 是 ﹂ は ﹁ 何 ﹂ で あ り ﹁ 仏 ﹂ で あ る と 言 っ て も 、 脱 落 し 、 透 脱 し て き た か ら 、 か な ら ず ﹁ 姓 ﹂︵ 氏 姓 ︶ と な る の で あ る 。 そ の ﹁ 姓 ﹂ が つ ま り ︿ こ の 祖 師の話の中の ﹀﹁ 周 ﹂ である 。 しかしながら 、︿ その姓は ﹀ 父から受けたものでもなく 、 祖から受けたものでもなく 、 母 の氏姓と似たものではなく 、 傍観 ︵ 周を単なる氏姓と見る一般的な見解 ︶ とは同等のものではないのである 。 ︻ 懐奘書写本に見られる書き改めについて ︼ 本段で取り上げた段落では 、 最終段落に書き改めが見られる 。 まず 、 書き改め前は ﹁ 父にうけず ﹂ のみであったもの に 、﹁ 祖にうけず 、 母氏に相似ならず 、 傍観に斉肩ならんや ﹂ という文が追加されている 。﹁ 周 ﹂ という姓は確かに父か ら受けたものではないが 、 一方で ﹁ 周 ﹂ という姓は 、 特定の人から受け継いだものではなく 、 母のものとも異なるとい うことをより一層強調するためにこのように追記したものであろう 。
二九 ﹃ 正法眼蔵 ﹄﹁ 仏性 ﹂ 巻訳註 ︵ 三 ︶︵ 角田 ︶ 四 し 祖 そ い * は く 、 汝 にょ 無 む 佛 ぶっ 性 しょう 。 い は ゆ る 道 どう 取 しゅ は 、 汝 にょ は た れ に あ ら ず 、 汝 にょ に 一 いち 任 * にん す れ ど も 、 無 む 佛 ぶっ 性 しょう な * り と 開 かい 演 えん す る な り 。 し る べ し 、 學 * がく す べ し 、 い ま は い か な る 時 じ 節 せつ に し て 無 む 佛 ぶっ 性 しょう な る ぞ * 。 佛 ぶっ 頭 * とう に し て 無 む 佛 ぶっ 性 しょう な る か 、 佛 ぶつ 向 こう 上 じょう に し て 無 む 佛 ぶっ 性 * しょう な る か 。 七 * しっ 通 つう を 逼 * ひっ 塞 そく す る こ と な か れ 、 八 * はっ 達 たつ を 摸 * も 索 さく す る こ と な か れ 。 無 む 佛 ぶっ 性 しょう は 一 いち 時 じ の 三 ざん 昧 まい な り と 修 しゅ 習 じゅう す る こ と も あ り 。 佛 ぶっ 性 しょう 成 じょう 佛 ぶつ の と き 無 む 佛 ぶっ 性 しょう なるか 、 佛 ぶっ 性 しょう 發 ほっ 心 しん のとき 無 む 佛 ぶっ 性 しょう なるかと 問 もん 取 しゅ すべし 、 道 どう 取 しゅ すべし 。 露 * ろ 柱 ちゅう を し て も 問 もん 取 しゅ せ し む べ し 、 露 ろ 柱 ちゅう に も 問 もん 取 しゅ す べ し 、 佛 ぶっ 性 しょう を し て も 問 もん 取 しゅ せ しむべし 。 し か あ れ ば す な は ち 、 無 む 佛 ぶっ 性 しょう の 道 どう 、 は る か に 四 し そ 祖 の 祖 そ 室 しつ よ り き こ ゆ る も の な り 。 黄 おう 梅 ば い に 見 けん 聞 もん し 、 趙 じょう 州 しゅう に * 流 る 通 づう し 、 大 だい い に 擧 * こ 揚 よう す 。 無 む 佛 ぶっ 性 しょう の 道 どう 、 か * な ら ず 精 しょう 進 じん す べ し 、 趦 * し 趄 そ す る こ と な か れ 。 無 む 佛 ぶっ 性 しょう た * ど り ぬ べ し と い * へ ど も 、 何 か な る 標 * ひょう 準 じゅん あ * り 、 汝 にょ な る 時 じ 節 せつ あ り 、 是 ぜ な る 投 とう 機 き あ り 、 周 しゅう な る 同 * どう 生 しょう あ り 。 直 * じき 趣 しゅ なり 。 いはく│曰 ︵ 瑠 ︶ 任│右 、﹁ ニム ﹂ アリ ︵ 抄 ︶ な り │ 也 ︵ 洞 ︶ 學 す べ し │ 学 す べ し ︵ 乾 ︶、 右 、 ﹁ 有本ニハ学スベシノ句ナシ ﹂ アリ ︵ 瑠 ︶ ぞ│か ︵ 抄 ︶ 頭│右 、﹁ テウ ﹂ アリ ︵ 長 ︶ 性│ナシ ︵ 乾 ︶ 七通を│七通 ヲ ︵ 乾 ︶︵ 正 ︶ 逼 塞 │ 右 、﹁ ヒ ッ ソ ク ﹂ ア リ ︵ 抄 ︶︵ 龍 ︶︵ 瑠 ︶、 左 、 ﹁ セマリフサガル ﹂ アリ ︵ 抄 ︶、 ﹁ 逼 ﹂ ノ下 、﹁ ノ ﹂ ア リ ︵ 瑠 ︶、 ﹁ 逼 ﹂ ノ 左 、﹁ フ サ ガ ル ﹂ ア リ ︵ 瑠 ︶︵ 長 ︶ ︵ 玉 ︶︵ 徳 ︶ 八達を│八達 ヲ ︵ 乾 ︶︵ 正 ︶ 模 索 │ 模 ︵ 懐 ︶︵ 抄 ︶︵ 玉 ︶、 右 、﹁ モ サ ク ﹂ ア リ ︵ 抄 ︶︵ 龍 ︶︵ 瑠 ︶、 左 、﹁ サ グ リ モ ト ム ﹂ ア リ ︵ 瑠 ︶ ︵ 長 ︶、 ノ 左 、﹁ モ ト ム ル ﹂ ア リ ︵ 玉 ︶、 左 、﹁ サ グ リモトムル ﹂ アリ ︵ 徳 ︶ 露 柱 │ 右 、﹁ ロ チ ウ ﹂ ア リ ︵ 抄 ︶︵ 瑠 ︶、 ﹁ 柱 ﹂ ノ 左 、 ﹁ ハシラ ﹂ アリ ︵ 抄 ︶ に│ナシ ︵ 乾 ︶︵ 正 ︶︵ 龍 ︶ 擧│挙 ︵ 乾 ︶︵ 龍 ︶︵ 瑠 ︶ かならず│必 ︵ 瑠 ︶ 趦 趄 │ 妝 趄 ︵ 懐 ︶︵ 乾 ︶︵ 正 ︶︵ 龍 ︶︵ 洞 ︶︵ 長 ︶︵ 玉 ︶、 右 、﹁ シ ソ ﹂ ア リ ︵ 抄 ︶、 右 、﹁ シ ソ ﹂、 左 、﹁ 行 不 進 貌 也 ﹂ ア リ ︵ 龍 ︶、 右 、﹁ ト ド コ ヲ ル ﹂ ア リ ︵ 洞 ︶、 左 、﹁ ト く カ ヲ ル ﹂ ア リ ︵ 瑠 ︶、 趄 ノ 右 、﹁ ソ ﹂ ア リ ︵ 瑠 ︶、 右 、﹁ シ ソ ﹂、 左 、﹁ ト ド コ ホ ル ﹂ ア リ ︵ 長 ︶ ︵ 玉 ︶︵ 徳 ︶ た│ナシ ︵ 龍 ︶ いへども│云へども ︵ 抄 ︶、 いゑども ︵ 乾 ︶︵ 正 ︶︵ 龍 ︶ ︵ 瑠 ︶︵ 長 ︶︵ 玉 ︶ 標準│右 、﹁ ヘウシユン ﹂ アリ ︵ 抄 ︶︵ 長 ︶︵ 玉 ︶︵ 徳 ︶、 左 、﹁ シルシ ﹂ アリ ︵ 瑠 ︶︵ 長 ︶︵ 玉 ︶︵ 徳 ︶ あり│なり ︵ 乾 ︶︵ 正 ︶︵ 龍 ︶︵ 徳 ︶ 同生│底本 ﹁ 同姓 ﹂、 ︵ 懐 ︶︵ 抄 ︶︵ 乾 ︶︵ 正 ︶︵ 龍 ︶︵ 洞 ︶ ︵ 瑠 ︶︵ 長 ︶︵ 玉 ︶︵ 徳 ︶ ニヨリ訂 。 直趣│右 、﹁ チキシュ ﹂︵ 抄 ︶、 直ノ右下 、﹁ ニ ﹂ 趣ノ右 下 、﹁ ク ﹂ アリ ︵ 龍 ︶
﹃ 正法眼蔵 ﹄﹁ 仏性 ﹂ 巻訳註 ︵ 三 ︶︵ 角田 ︶ 三 〇 五 ご 祖 * そ い * は く 、 佛 ぶっ 性 しょう 空 * くう 故 こ 、 所 しょ 以 い 言 * ごん 無 む 。 あ き ら か に 道 どう 取 しゅ す 、 空 くう は 無 む に あ ら ず 。 佛 ぶっ 性 しょう 空 くう を 道 どう 取 しゅ す る に 、 半 はん 斤 きん と い * は ず 、 八 はち 兩 * りょう と い は ず 、 無 む と 言 * ごん 取 しゅ す る な り 。 空 くう な る ゆ ゑ *︵ 一 ︶ に 空 くう と い は ず 、 無 む な る ゆ ゑ *︵ 二 ︶ に 無 む と い は ず 、 佛 ぶっ 性 しょう 空 くう な る ゆ ゑ *︵ 三 ︶ に 無 む と い * ふ 。 し か あ れ ば 、 無 む の 片 * へん 片 ぺん は 空 くう を 道 どう 取 しゅ す る 標 * ひょう 榜 ぼう な * り 、 空 くう は 無 む を 道 どう 取 しゅ す る 力 りき 量 りょう な り 。 い * は ゆ る の 空 くう は 、 色 しき 即 そく 是 ぜ 空 くう の 空 くう に あ ら ず 。 色 しき 即 そく 是 ぜ 空 くう と いふは 、 色 しき を 強 * ごう 爲 い して 空 くう とするにあらず 、 空 くう をわかちて 色 しき を 作 * そ 家 か せるにあ らず 、 空 くう 是 * ぜ 空 くう の 空 くう なるべし 。 空 くう 是 ぜ 空 くう の 空 くう といふは 、 空 くう 裏 り 一 いっ 片 ぺん 石 せき な * り 。 しか あればすなはち 、 佛 ぶっ 性 しょう 無 む と 佛 ぶっ 性 しょう 空 くう と 佛 ぶっ 性 しょう 有 う と 、 四 し そ 祖 ・ 五 ご 祖 そ 問 もん 取 しゅ 道 どう 取 * しゅ 。 祖│右下 、﹁ ノ ﹂ アリ ︵ 龍 ︶ いはく│曰 ︵ 瑠 ︶ 空 故 │ 空 ノ 右 下 、﹁ ナ ル ガ ﹂、 故 ノ 右 下 、﹁ ニ ﹂ ア リ ︵ 龍 ︶ 言 無 │ 言 ノ 右 下 、﹁ ク ﹂、 無 ノ 右 下 、﹁ ニ ﹂ ア リ ︵ 龍 ︶、 右 、﹁ ゴンム ﹂、 左 、﹁ イカムト ﹂ アリ ︵ 瑠 ︶ いはず│云はず ︵ 抄 ︶、 いわず ︵ 瑠 ︶、 以下略 八兩│ 八 両 ︵ 玉 ︶ 言 取 │ 道 取 、 道 ノ 右 、﹁ 言 ﹂ ア リ ︵ 長 ︶、 言道取 、 道ノ右 、﹁ 言 ﹂ アリ ︵ 玉 ︶ ︵ 一 ︶ ゆ ゑ │ ゆ へ ︵ 懐 ︶︵ 抄 ︶︵ 乾 ︶︵ 龍 ︶︵ 洞 ︶︵ 長 ︶ ︵ 玉 ︶︵ 徳 ︶、 ゆえ ︵ 正 ︶︵ 瑠 ︶ ︵ 二 ︶ ゆ ゑ │ ゆ へ ︵ 懐 ︶︵ 抄 ︶︵ 乾 ︶︵ 龍 ︶︵ 洞 ︶︵ 長 ︶ ︵ 玉 ︶︵ 徳 ︶、 ゆえ ︵ 正 ︶、 故 ︵ 瑠 ︶ ︵ 三 ︶ ゆ ゑ │ ゆ へ ︵ 懐 ︶︵ 抄 ︶︵ 乾 ︶︵ 龍 ︶︵ 洞 ︶︵ 瑠 ︶ ︵ 長 ︶︵ 玉 ︶︵ 徳 ︶、 ゆえ ︵ 正 ︶ 片片│片々 ︵ 懐 ︶︵ 抄 ︶︵ 乾 ︶︵ 龍 ︶︵ 洞 ︶︵ 瑠 ︶ 標 榜 │ 右 、 ヘ ウ ハ ウ ︵ 抄 ︶、 左 、﹁ シ ル シ ﹂ ア リ ︵ 長 ︶ ︵ 徳 ︶ なり│也 ︵ 洞 ︶ いはゆる│いわゆる ︵ 瑠 ︶ 強爲│強為 ︵ 懐 ︶︵ 乾 ︶︵ 正 ︶︵ 瑠 ︶︵ 玉 ︶、 強ノ右 、﹁ カ ウ ﹂、 左 ﹁ シ イ テ ﹂ ア リ ︵ 抄 ︶、 右 、﹁ カ ウ ヰ ﹂ ア リ ︵ 瑠 ︶ 作家│右 、﹁ ソカ ﹂ アリ ︵ 瑠 ︶︵ 長 ︶︵ 玉 ︶ 是│右下 、﹁ レ ﹂ アリ ︵ 龍 ︶、 以下略 なり│也 ︵ 瑠 ︶ 取│右下 、﹁ ス ﹂ アリ ︵ 龍 ︶ ︻ 懐奘書写本 ︼ 四いはく 、 すなはち汝無佛性 。 いはゆる道取は 、 汝はたれにあらずといへども 、 汝に一任すれども 、 無佛性なりと 開演するなり 。 しるべし 、 學すべし 、 いまはいかなる時節にして無佛性なるぞ 。 佛頭にして無佛性なるか 、 佛向上にし