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まえおき私は “ リハビリテーション ”(以下,リハビリ)医 学を専攻してきた者ではない.しかし,内科医の仕事 を通して感じていたことは,薬物治療も食事処方も,
そして運動負荷についても,殊に慢性疾患の診療にお いては,つねに患者の QOL(Quality of Life)あるい は ADL(Activities of Daily Living)の改善を目指し ており,リハビリの精神に裏打ちされたものであった ということである.臓器相関の視点に立つと,はじめ
は単臓器疾患の様相であっても,次第に他の臓器障害 も露呈し,全身的に著しい影響を与え合っていること を痛切に感じさせるものであった.全身への目配りが いつも求められていたのである.
リハビリ医学のさらなる発展を目指す諸君にとっ て,君達が接する対象の病態が医学的にはどのような ものであるのか,どのように診療されているのかを知 ることは,チーム医療として問題を共有したり,ある いはリハビリ医学に新しい問題点を見出すために大切 なことではあるまいかと思う.つまり,本講義は医学
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Corresponding author:
新潟リハビリテーション大学
〒958-0053 新潟県村上市上の山 2 -16 Tel:0254-56-8292
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総 説
人の老化と臓器機能低下(Ⅰ)
フレィルの概念の浮上 Aging and Frailty
大 澤 源 吾*
新潟リハビリテーション大学 教授
キーワード:老化,身体機能,日常生活動作機能,フレィル,前要介護状態,リハビリテーション
要旨 20世紀後半に入って,わが国のヒトの平均寿命は世界で一,二を争うまでに延長したが,そのなかに は晩年に寝たきりになったり自立性を喪失したりする期間が男女とも平均して10年前後が含まれる.
近年,完全な要介護状態に至る “ 前段階 ” の高齢者をフレィル(frail eldely)として捉え,これに対処す ることによって健康寿命を延伸し,最終段階である要介護状態に到達するのを防ごうとする考え方が生まれ てきている.
老化に伴う身体臓器機能の低下や日常生活動作機能障害,さらには神経・精神機能変化に対する注意深い 理解が,リハビリ医学に求められる理由である.
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大澤源吾
的な視点での内容になることをまずお断りしておきた い.
1 )なぜ “ 老化 ” をとりあげるか
わが国は1985年に世界一の長寿国にのし上がり,21 世紀に入っても他の先進国と競いつつ長寿を謳歌して いる(2009年の平均寿命は男79.59歳,女86.44歳)1 )
.
WHO は1963年当時,人の年齢区分について45~59 歳を “middle aged person(中年者)”,60~74歳を “the elderly(年長者 )”,そして75歳以上を “the aged(老 齢者)” と呼び分け,“the elderly” を「熟練度や技術,
知識・経験によって十分に社会的に有用な年齢層」と してとらえたのに対し,75歳以上の “aged” を「多く の介護・支援を要する年齢層」とみなしていた.これ に対して20世紀の終わり頃には本邦の実情から亀山は 80歳以上を “the aged” とするのが妥当2 )ではないか という程に変化したのである.今世紀に入って大内は 65歳以上を高齢者とし,その細区分について,65~74 歳を “ 前期高齢者 ”,75歳以上を “ 後期高齢者 ” とし,
さらに90歳以上を “ 超高齢者 ” と特別に呼び分けてい る.
そして75歳以降の後期高齢者および超高齢者群にお いては個人個人に顕著な差異があるものの平均的には 老化の特徴が明確となり,複数の疾病を抱える人も多 くなり,日常生活に関連した機能が低下してきて,い わゆる “ 虚弱高齢者(frail elderly)” が増加すると指 摘している3 )
.
国際的にも通常は65歳以上を高齢者と定義し,65歳 以上の人口が総人口に占める割合を高齢化率という.
そして高齢化率が 7 ~14%を “ 高齢化社会 ”,14~
21%を “ 高齢社会 ”,21%以上を “ 超高齢社会 ” と呼 んで区別している4 )が,わが国の高齢化率は1970(昭 和45)年に 7 %,1994(平成 6 )年に14%,そして 2007(平成19)年には21%以上となり,今やこの国の 4 人に 1 人は “ 高齢者 ” であり,世界最速で超高齢社 会を先駆けているのである.こうして世界で覇を競う 超高齢社会ではあるが,寝たきりになったり認知症な どで自立性を喪失してしまい,真の意味での健康寿命 は男性で約 9 年,女性で約13年ほど平均寿命よりは短 い4 )とされている.すなわち,人生の最終段階で要 介護状態で過ごすことが避け難いことが如実に示され ている.
リハビリ医療のさらなる展開を示す諸君の対象とし て,こうした高齢者の健康寿命の延伸,換言すれば寝 たきりや要介護状態の期間の短縮が得られるならば,
まさしく人類への大きな貢献となることは間違いな い.未知のものがぎっしりとつまった前人未踏の研究 領域なのである.“ 老化 ” を最初にとりあげた理由は ここにある.飛び込んでみようではないか.
2 )加齢による身体機能の変化
加齢(aging)は生後から時間経過と共に暦年齢を 重ねることを意味し,生後から時間経過と共に個体に 起こるすべての過程をいい,老化とは異なる概念であ る5 )
.これに対して,老化(senescence)は成熟期以
降,加齢と共に各臓器の機能,あるいはそれらを総合 する神経系や内分泌系などの機能が低下し,個体の恒 常性(homeostasis)を維持することができなくなり,最終的に死に至る過程を指す5 )
.
ついでに,年齢(age)には暦年齢(chronological age)と生物学的年齢(biological age)の 2 種類があ るが,前者は生年月日が分かれば一義的に決まる.後 者は老化がその個体レベルでどの程度進んでいるかと いうことと同じ意味で「老化度」にほかならない.現 在までに生物学的年齢を求める決定的な方法は知られ ていないのである.
病理学的にみると,老化は細胞機能低下による臓器 機能の低下であり,老化した細胞には細胞内の小器官 が減少している6 )
.成長期の活発な細胞は核が大きく
丸い,ミトコンドリアは細長く内部のクリスタの構造 がはっきりしている,小胞体は大きく切れ込みがあ り,細胞膜には分泌と貪食が行われており,細胞の代 謝は活発である.これに対して老化した細胞では,核 がいびつでクロマチンの凝縮がみられ,物質の合成な どは活発でないことを示している.ミトコンドリアは 膨化し,クリスタの構造もはっきりしない.また細胞 内に異常な物質の沈着,細胞機能が低下して分泌や貪 食が活発でないことを示している6 ).
人の老化に伴って臓器の細胞が消滅・減少し,消失 した細胞のあとは線維性組織で置換される.すると細 胞間,ひいては組織間の代謝交流も阻害され,機能的 な低下を加速することになる.加齢に伴う身体諸臓器 の重量は10~20歳代をピーク値として,以後は徐々に 低下・減少する2 )
.とくに脾臓の減少率が50歳代から
顕著で,肝や腎臓の減少率は70歳以降に低下が大き い.唯一の例外は心臓で,加齢と共に重量を増し超高 齢期がピークである.個人差も大きく,80歳で20歳代 と変わらない脳の大きさを維持している人もいれば,40代で80歳代の大きさまで脳萎縮が進む人もいること はよく知られたことである.
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人の老化と臓器機能低下(Ⅰ) フレィルの概念の浮上
加齢によってはヒトの生理的機能も一般に直線的に 低下していく2 )
.この低下の速度も臓器によって異な
る.たとえば高音域聴覚は後期高齢者では生涯最大値 の30%以下位までに大きく低下するし,心臓の安静時 1 回当たりの血液拍出量も,最大値の45%以下位まで 低下する.肺活量や腎糸球体濾過量は50%前後までの 値下にとどまり,低音域聴覚や嗅覚,握力は生涯最大 値の30%位の低下にとどまる.神経伝達速度に至って はさらに軽度の低下にとどまり85%を維持する2 ,7 ,8 ).
老化に伴う各種生理活性も一様に低下する訳ではな く,一部の酵素活性やホルモン分泌には代償的な増加 がみられたりする.これは老化過程が適応能力の低下 をもたらしている過程であることを物語る現象でもあ る3 )
.こうした生理的老化過程による予備力あるいは
適応力低下の状態に,さらに病的要因が加わって負荷 に耐えられなくなって初めて「疾病」が発症する.つ まり,老化現象の過程は老年疾患の発症の基盤を形成 しながら経過,進行しているのである.個体の老化過程が進行し,その個体のもっていた生 理的機能が大幅に減退してホメオスタシス(恒常性)
の維持が困難となり,衰弱していく現象は “ 老衰
(decrepitude)” とも表現される7 )ことがある.大辞 林でも広辞苑でも「年老いて “ 心身 ” が衰えること」
と定義され,「身体機能」の低下とともに「心~精神」
力の低下も込めた表現と解釈されるが,後で述べる
“ フレィル ” の概念に関連するので,ここで触れてお く.老衰は臨床上,通常は疾病とは区別して扱われて いる.
前期高齢者(65~74歳)では,個人個人の老化の徴 候が明瞭になってきて,老年疾患を発症する人の数も 増えてくるが,日常生活に大きく差し支える機能障害 に至る人の割合は未だ低く,中年者の延長上と同様な 考え方で臨んでも誤ることが少ない.社会的にも未だ 活躍を続けることが可能な年代である3 )
.ところが,
後期高齢者や超高齢者になると老化の徴候が顕著にな り,ひとりの人に複数の臓器疾患として現れることも 多くなる.すなわち,老衰の度合いが増して日常生活 に関連した機能も低下し,いわゆる虚弱高齢者(frail elderly)3 )が増加するのである.そのために従前の 若年・中年者への対処の仕方とは違った,高齢者に 沿った格別な対処の仕方が必要になってくる.そし て,その対処法は従来の成書には答えがなく,世界に 先駆けて超高齢社会に突入したわれわれ日本の医療人 が新しく築き上げていかねばならぬのである.
臨床医学的にみても,個々の疾病に対してはこれま
での診断・治療法で対処しようとしても,それ以上に 全身の身体機能の総合的な保持に注意を向ける必要が 大きくなるのである.いわゆる「全人的医療」とよば れる総合的な視点が求められてくるのである3 )
.そし
て,この「全人的医療」の中には身体の臓器機能だけ ではなく,日常動作機能(activities of daily living : ADL)などの身体機能,さらには「心のケア」,「社 会環境の整備」にも及ぶ広い視点が,すなわち「老衰」を含めた視点が求められるのである.
3 )フレィルの概念
ヒトは加齢と共に老化・老衰し,遂にはホメオスタ シス(恒常性)の維持が困難な状態に至るが,その過 程は程度にも進行速度にも個人差が大きいことはすで に触れた.90歳以上になっても活動的な人も居れば,
60歳で寝たきりとなって死に至る人もある.
20世紀の中葉(1968年)に高齢者の脆弱性が亢進し た状態として “frailty” が使われて以来,“ フレィル ” は「他者からの十分な支援なしでは生きて行けない脆 弱な要介護高齢者」という捉え方で用いられてきた.
しかし,1990年以降,この「フレィル」の概念は大き く変化した.すなわち,「生理的予備能が低下し,要 介護のリスクが増加した状態」と定義され,「要介護 状態の “ 前段階 ”」と位置づけられて,治療などによっ て改善を図るべき時期として具体的に主張されるよう になったのである.
“ フレィル(frailty)” は完全自立できなくなってき た初期の段階から,進行して要介護の一歩手前位の,
しかも回復可能なレベルの,幅広い時期として捉えた 概念である9 )
.この概念を高齢者に適用して正確にし
かも簡単に判断するにはどんな点に注目したら良い か,つまり誰にも分かりやすい簡単な診断基準的な手 段はないのか,目下,世界の各地で模索されている段 階なのである.Buchner ら10)はフレィルの特徴とし て神経系の障害,筋力の低下,エネルギー代謝の障害 の 3 つに注目しているし,Fried11)らは体重減少,握 力をはじめとする筋力の低下,歩行速度の低下などを 測定,定量化して判断しようと試みている10).いずれ
も骨格筋量の減少(サルコペニア : sarcopenia)の状 態に多角的に迫ろうとしているのである.こうした“physical” frailty の 把 握 の ほ か に, 特 に う つ 状 態
(depression)を中心とした “ 心のフレィル ”(mental frailty), ひ い て は “ 社 会 性 の フ レ ィ ル ”(social frailty)” の検討などが問題として浮かび上がってく る.詳細は「高齢者総合的機能評価」として後続の講
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大澤源吾
義に述べることにする.
おわりに
現在,わが国のヒトの平均寿命は世界で覇を競うま でに延長したが,健康寿命は男女とも平均寿命よりも 10年前後,短いといわれている.
翻って ヒトは加齢・老化とともに身体臓器機能が 低下するが,特に75歳以降の後期高齢者においては身 体機能のほかに,日常生活動作機能,精神機能の低下 も顕著となり,老人性疾患も重複しやすく,その程度 や進行速度には個人差が極めて大きい.
近年,完全に要介護状態になる “ 前段階 ” の高齢者 をフレィル(frail elderly)として捉え,これに対応 することによって健康寿命を延伸し,最終段階である
“ 要介護 ” 状態に到達するのを防ごうとする考え方が 生まれてきた.
老化に伴う身体機能の低下のほかに,日常生活動作 機能,さらに神経・精神機能の低下も含めた総合的な 理解が医療に求められ,その対処法の新しい開発が問 題となろう.
文献