Form HJ (S→O)
アジア太平洋研究科 博士学位論文要旨
日本におけるブロードバンド網整備に対する株主の反応:
アンバンドル規制と NTT のネットワーク投資計画を事例とする実証分析
4012s009-6 光山 奈保子
E.
主指導教員 三友仁志教授Keywords :
ブロードバンド, アンバンドル規制, イベント・スタディ1990年代半ばから一般に普及し始めたインターネットは、2000年 代以降、世界的に急速に拡大している。インターネットの社会的・経 済的な重要性とも相まって、アクセス回線の更なるブロードバンド
(広帯域)化が求められており、世界各国でブロードバンド網の整備 目標が策定され、その実現に向けて様々な施策が検討・実施されてい る。日本では、固定網ブロードバンド(以下、ブロードバンド)の整 備において世界をリードしており、その成功要因について学術・実務 の両面から議論されてきている。定性分析では、アンバンドル規制に よる競争の活発化や既存事業者であるNTTによる積極的な投資など が要因として挙げられているが、同規制の下では期待収益が減少する ため既存事業者による投資が抑制されることが多くの先行研究で指 摘されている。ファイナンス経済学によれば、期待収益の変化は株価 の変化として表出する。例えば米国では、既存事業者からの徹底的な 抵抗などもあってブロードバンドに対するアンバンドル規制は撤廃 され、その後既存事業者によるブロードバンド網投資が急速に活発化 しているが、アンバンドル規制導入から撤廃に至る期間に、規制の変 更に対して既存事業者の株価が反応していたことが先行研究で明ら かにされている。NTTの株価は同様に反応していたのか。していな かった場合、どのような理由によるものなのか。この点に関しては、
詳細な分析は行われてきていない。以上のような背景により、本研究 は、ブロードバンド・アンバンドル規制の導入及び同規制下における NTTのブロードバンド網投資計画に対する同社の株価の変動を分析 することを通じて、NTTの所有・組織形態がブロードバンド網整備 進展に与えた影響を考察することを目的とする。
NTT持株会社の株価に有意な反応が見られなかった場合、その理 由として、(1)株主は期待収益が変化すると考えたが、持株会社とい う組織形態によって他の事業の期待収益と相殺された、(2)株主が期 待収益変化の可能性を検討した結果、変化なしと判断した、(3)株式 の一部を政府が所有していることによって収益が保証されていると 考え、株主が期待収益変化の可能性を検証しなかった、(4)政府一部 保有か私有に関わらず、当時の日本では株価を通じたモニタリングが 十分に機能していなかった、という4つの可能性が考えられる。以上 を検証するために、アンバンドル規制とNTTによるブロードバンド 網投資について、それぞれ4つの理論仮説を設定し、前者については
15、後者については9の作業仮説に関して実証分析を行う。
あるイベントによって投資先の企業の期待収益が大きく変化する と株主が判断した場合、当該企業の株価が有意に変動する、という考 えに基づきイベントの影響の強さを検証するイベント・スタディ法と いう方法が、学術・実務の両分野で広く利用されている。米英を中心 とする電気通信・ネットワーク産業における規制変更が被規制事業者 の株価に与えた影響についても、この方法を適用して多くの分析が行 われている。本研究では、この方法に基づき、分析対象のイベントに 対してそれぞれのイベントの関連企業の株価がどのように反応した かを検証する。株価が有意にプラスに反応していれば、株主は当該イ ベントによって期待収益が大きく増加すると判断していたことを意 味し、マイナスに反応していれば減少すると判断していたことを表す。
実証分析の結果、(1)アンバンドル規制、(2)NTTの投資のいずれにつ いても、NTT持株会社の株価に有意な反応は見られなかった。続い て有意な反応が見られない理由の4つの可能性を検証した。まず、(1) 及び(2)について、NTTグループの主要企業3社(NTTドコモ、NTT
データ、及びNTTコミュニケーションズ)の影響を除去して分析を 行ったところ、いずれについても影響除去前の結果から大きな変化は なかった。したがって、持株会社という組織形態によってブロードバ ンド事業の期待収益の変化が株価変動に表出することが妨げられた わけではない、と推察された。次に、理由の第二の可能性を検証する ために、各種規制変更及びイノベーション関連イベントに対する政府 一部保有企業の株価の反応を分析した結果、規制変更に関しては有意 な反応が見られたことから、政府一部保有企業の株主は一般に、規制 変更に関して期待収益の変化を検討していることが覗われた。したが って、アンバンドル規制についても、NTTの株主は、検討の結果期 待収益が変化しないと考えた可能性が高い、と推察された。最後に、
理由の第三と第四の可能性を判定するために、各種規制変更及びイノ ベーション関連イベントに対する私有企業の株価の反応を検証した ところ、件数は限定的であるものの(1)、(2)のいずれについても有意 な反応が見られた。このことから、私有企業の株主は一般に、規制変 更やイノベーション関連イベントについて期待収益の変化の可能性 を検証していると想定され、理由の第四の可能性は棄却された。即ち、
政府一部保有企業の株主は一般に、政府が株式の一部を所有している ことによって収益が保証されると判断し、イノベーションに関するイ ベントについて期待収益の変化の可能性を検証していないと解釈さ れる。
アンバンドル規制について、NTTの株主が期待収益の変化の可能 性を検証した結果変化しないと判断した理由の1つとして、政府と非 政府株主の間に情報の非対称が発生し、非政府株主が他の規制変更と 比べてアンバンドル規制の内容を十分把握していなかった可能性が 指摘される。また、NTTのブロードバンド網投資については、NTT 法によって研究を行いその成果の普及に努めることが同社に義務付 けられていることが、NTTの株主の期待収益判断に影響を与えた可 能性がある。本研究により、NTTの所有・組織形態は株価変動とい うシグナルの発出が妨げられた訳ではなかったことが明らかになっ たが、情報の非対称性やNTT法における研究に関する規定など、NTT のコーポレート・ガバナンスに関わる問題が株主の判断に影響を与え たことが考えられるため、今後、事例数を増やして引き続き分析を進 めることが望まれる。
本論文は、序論(第1章)、先行研究(第2章)、日本におけるブ ロードバンド・アンバンドル規制とNTTの所有・組織形態(第3章)、 分析枠組み、仮説、方法、及びデータ(第4章)、実証分析:ブロー ドバンドに対するアンバンドル規制に対するNTT持株会社の株価の 反応(第5章)、実証分析:アンバンドル規制下におけるブロードバ ンド網投資に対するNTT持株会社の株価の反応(第6章)、考察及 び結論(第7章)及びイベント・リスト、結果表、分析対象候補企業 沿革、分析に使用した株価データ(付表1~4)によって構成される。
[主要参考文献]
Ingraham, A. T., & Sidak, J. G. (2003). Mandatory unbundling, UNE-P, and the cost of equity: Does TELRIC pricing increase risk for incumbent local exchange carriers?Yale Journal on Regulation, 20(2), 389-406.
Fransman, M. (Ed.) (2006).Global broadband battles : Why the U.S. and Europe lag while Asia leads. Stanford, Calif.:
Stanford Business Books.