【はじめに】 排卵時に産生された少量の卵巣浸出液は、正常 では腹膜から吸収される。付属器貯留嚢腫は、手 術、外傷、炎症、子宮内膜症を誘因とした骨盤内 の腹膜癒着によって腹膜からの吸収能が低下した 結果、卵巣浸出液が貯留することにより形成され た非腫瘍性嚢胞である1)。保存的治療に抵抗性の 場合、外科的嚢胞切除術が施行されるが、再発率 は30-50%と報告されている2)。今回、われわれは 腹腔鏡下手術後に発症した付属器貯留嚢腫に対 し、経腟穿刺嚢胞内容除去を併用した腹腔鏡下手 術が有用であった症例を経験したので報告する。 【症 例】 年齢:44歳 2013 November 日産婦内視鏡学会 第29巻第1号
症例報告
Successful Laparoscopic Excision of a Peritoneal Inclusion Cyst with
Transvaginal Ultrasound-Guided Cyst Puncture and Aspiration
Tomohiko Murase, Nodoka Miyazaki, Tetsuya Kokabu, Shinya Kondo, Natsuki Koide, Mayu Ukai, Michinori Mayama, Masato Yoshihara,
Toko Harata, Yasuyuki Kishigami, Hidenori Oguchi
Department of Obstetrics and Gynecology, Toyota Memorial Hospital Abstract
Giant peritoneal inclusion cysts have been excised via laparotomies. We report a case in which a giant peritoneal inclusion cyst was successfully evacuated by laparoscopic-assisted surgery after securing a visual field by transvaginal puncture. The patient was a 44-year-old woman who had been diagnosed with a uterine myoma at another hospital at 42 years of age; she underwent a total laparoscopic hysterectomy and laparoscopic right adnexectomy. She returned to the same hospital with a chief complaint of a lump in her abdomen of six months' duration; she was diagnosed with a left ovarian tumor and was referred to our hospital. A diagnosis of a peritoneal inclusion cyst was made, and laparoscopic-assisted surgery was performed. Because the lesion was too large to allow a laparoscopic visual field, 1,100 mL of fluid was removed from the cyst transvaginally. The bladder peritoneum and sigmoid mesocolon were then dissected; the cyst wall was then opened revealing normal left adnexa within it. Then, the surgery was completed by opening the pouch of Douglas. The patient's postoperative course was uneventful, and she was discharged on postoperative day 3. There have been no signs of recurrence. Laparoscopic-assisted surgery is a useful procedure for radical treatment of peritoneal inclusion cysts; however, it may be difficult to perform if the cyst is large. When a patient with such a cyst presents to us, we transvaginally puncture the cyst and evacuate it; thus, enabling safe and successful completion of laparoscopic-assisted surgery.
Key words: peritoneal inclusion cyst, residual ovary syndrome, laparoscopic surgery, mesothelial cyst, cyst puncture
経腟穿刺嚢胞内容除去を併用した腹腔鏡下手術が有用であった
付属器貯留嚢腫の1例
トヨタ記念病院 産婦人科
邨瀬智彦、宮﨑のどか、古株哲也、近藤真哉、小出菜月、鵜飼真由、
眞山学徳、吉原雅人、原田統子、岸上靖幸、小口秀紀
妊娠分娩歴:2経妊1経産 既往歴:他院で子宮筋腫の診断で腹腔鏡下子宮全 摘出術、腹腔鏡下右付属器摘出術を施行(42歳) 家族歴:特記すべき事項なし 現病歴:6ヵ月前より続く腹部腫瘤感を主訴に前 医を受診し、左卵巣腫瘍と診断され、精査治療目 的に当院紹介受診となった。初診時の診察では臍 高に達する超成人頭大の骨盤内腫瘤を認めた。血 液検査所見を表1に示す。血清CA125を含む腫瘍 マーカーはすべて正常であった。超音波断層法で 腫瘤は18.3×8.4 cmの単房性嚢胞性腫瘍で、嚢胞 内に3.1×2.1 cmの左卵巣と思われる構造物を認 めた(図1A、B)。MRIで嚢胞内容はT1強調像 にて低信号、T2強調像にて高信号で、嚢胞の腹 側に左卵巣を認め、左付属器貯留嚢腫と診断した (図2)。患者、家族の希望もあり、腹腔鏡下手術 を施行する方針となった。 手術所見:全身麻酔下に、オプティカル法で臍底 部より5mmのトロッカーを挿入し、気腹後に両 側下腹部腸骨稜内側に5mmのトロッカーを挿入 する3孔法にて行った。鏡視下では腫瘤が巨大で あり視野が確保できなかった(図3)。経腟超音 波ガイド下に嚢胞を穿刺し、褐色透明な漿液性の 内容液を1,100 mL除去したところ、視野が確保で きた(図4)。S状結腸間膜と膀胱子宮窩腹膜を 含む骨盤腹膜が広範囲に癒着し、背側に貯留嚢腫 を形成していた(図5A、B)。S状結腸間膜と左 骨盤腹膜の癒着を剥離し嚢胞を開放したところ、 内 部 に 正 常 大 の 左 付 属 器 を 認 め た( 図 6)。 Douglas窩が十分開放されるまでS状結腸間膜と 骨盤腹膜を剥離し、腹腔内を洗浄し手術を終了し た(図7)。子宮、右付属器は認めず、前回他院 で施行した術式から推測される手術所見として矛 盾しなかった。手術時間は1時間51分で、出血量 は少量であった。貯留嚢腫内容液の細胞診の結果 は陰性であった。 臨床経過:術後経過は良好で術後3日目に退院と なった。術後1年4ヵ月が経過した現在、再発徴 候はなく外来にて経過観察中である。 図1 超音波断層法 A:経腹超音波断層法 B:経腟超音波断層法 嚢胞壁に接して左卵巣( )が内在している。 表1 初診時の血液検査所見
図2 腹部MRI A:T1強調像矢状断 B:T2強調像矢状断 C:T1強調像水平断 D:T2強調像水平断 嚢胞壁の腹側に接して左卵巣が内在している。 図3 嚢胞内容除去前の腹腔鏡下所見 腹腔内を観察すると、腫瘤が巨大であり視野が確保できな かった。 図5 A:S状結腸間膜と左骨盤腹膜の癒着 癒着部位を↑で示す。一部貯留嚢腫が可視できた( )。 B:S状結腸間膜と膀胱子宮窩腹膜の癒着 図4 経腟穿刺嚢胞内容除去後の腹腔鏡下所見 経腟穿刺嚢胞内容除去を行い、視野が確保できた。
【考 察】 手術時に温存した卵巣は術後内分泌機能を維持 しており、このことが卵巣を温存する理由でもあ るが、その残存卵巣が原因で下腹部痛、骨盤内腫 瘤などの症状が出現する症候群はResidual Ovary Syndrome(ROS)と言われている3,4)。ROSの発 症頻度は、2.9-5.2%と報告されている3,5-7)。ROSと 診断された症例の多くは、骨盤内に嚢胞性腫瘤が 発生しており、卵巣腫瘍の診断で再開腹手術が行 われると卵巣腫瘍ではなく、腸管膜や腹膜などが 癒着して形成された付属器貯留嚢腫と診断される ことが多い8)。ROSのため再開腹手術を行った Christらの202例の報告によると、87.7%に卵巣、 S状結腸、骨盤壁腹膜などの間に広範な癒着がみ られ、その摘出物の病理組織診断は卵胞嚢胞や黄 体 嚢 胞 が71.3%、 子 宮 内 膜 症 が14.4%、 腫 瘍 が 26.3%(悪性3%を含む)であった5)。このように、 ROSの70-80%は広範な癒着を伴った付属器貯留 嚢 腫 が 占 め て い る9)。 こ の 付 属 器 貯 留 嚢 腫 は Peritoneal inclusion cyst、Pelvic peritoneal cyst、Intraperitoneal cyst、Post-operative peritoneal cyst、Pseudocyst、Benign cystic
mesothelioma、Mesotherial cystなどとも呼ばれ ており、臨床上その取り扱いについてはまだ統一 されていない10)。 付属器貯留嚢腫は、主に子宮全摘出術後に、腹 膜などの損傷や感染によって発生した炎症性の癒 着による空間に液体が貯留、発育したものであり、 その嚢胞壁や内在する卵巣からの腹水産生や排卵 時の出血、卵胞や黄体内容液などが関与している とされる10)。貝原らは、貯留嚢腫が男性の骨盤手 術後には発生せず、性成熟期の女性に特有なもの であることから、発生機序に卵巣が関与している 可能性は明らかであると述べている10)。発生部位 の左右差に関しては、左側に発生することが多く、 特に右卵巣を摘出し左卵巣を温存した場合に多 い3,4)。本症例も腹腔鏡下右付属器摘出術を施行し、 左付属器を温存した症例であった。この原因とし ては、片側の卵巣を摘出した場合、残存卵巣が hyperfunction状態になることと、左卵巣とS状結 腸とその間膜との解剖学的位置関係により左卵巣 を核とする閉鎖腔が形成されやすいことが関与し ている9)。 付属器貯留嚢腫の診断に際しては、手術の既往 と、嚢胞は緊満感が少なく他臓器との境界が不鮮 明で可動性に乏しく、左側発生が多い点が重要で ある。また、一般的に腫瘍マーカーは正常で、超 音波断層法、CT、MRIの画像所見を総括して診 断することが必要となる。 超音波断層法では、本症例で認めたように嚢胞 内または近傍に卵巣が描出されることが診断のポ イントである。Savelliらは31例のうち26例(84%) が経腟超音波断層法で同側に正常卵巣が見え、20 例(65%)は嚢胞の外側にあるが6例(19%)は 嚢胞内に取り込まれていたと報告している11)。嚢 胞内容は通常均一な無エコーであるが、炎症、壊 死、出血などを反映して時に低エコーとなる1)。 MRIで貯留嚢腫は真の嚢胞壁は持たず、周囲臓 器が嚢胞の壁を形成しており、周囲臓器の形状や 突出により嚢胞は不整形となる。また、真の嚢胞 壁を持たないために造影MRIで嚢胞壁の増強効果 はみられない12)。卵巣は同定可能で、嚢胞内また は嚢胞の辺縁に沿って存在したり、分葉状になっ ている場合もある1)。本症例でも嚢胞内の壁に沿 って内在する卵巣を同定できた。嚢胞内容液は T1強調像にて低信号、T2強調像にて高信号を呈 し、漿液性と考えられるが、時に陳旧性出血によ りT1強調像にて高信号を呈する12)。Kurachiらは 付属器貯留嚢腫の診断におけるMRIの有用性を超 図6 貯留嚢腫内の左付属器 図7 手術終了時の腹腔鏡下所見 剥離部位を で示す。温存した左付属器を で示す。
音波断層法およびCTと比較しており、MRIは超 音波断層法よりも容易に嚢胞の全体像を把握で き、CTよりも嚢胞内容液の性状把握に優れ、付 属器貯留嚢腫の診断および他疾患との鑑別に有用 であると述べている13)。 付属器貯留嚢腫は自然に消失することがあるの で、しばらく経過観察するべきであるが、症状を 有する場合には治療が必要となる10)。保存療法と して、経口避妊薬やGnRH agonistによる排卵抑 制療法が有効とされており9)、このことからも付属 器貯留嚢腫の発生には、残存卵巣のhyperfunction が関与しており、付属器貯留嚢腫の補助診断とし て排卵抑制療法が有用であることが示唆されてい る。すなわち、ROSと考えられる症例に排卵抑制 療法に対する反応を見て、有効であれば腫瘍より も付属器貯留嚢腫であるとするものである8)。排 卵抑制療法を根治療法として考えた場合、作用機 序から推測すると投与中止後に再発することも考 えられ、長期の投与が必要となる。他の保存療法 としては、経腟穿刺嚢胞内容除去後にエタノール 固定あるいはビブラマイシンやベリプラストを注 入し閉鎖腔を癒着させる方法などがある14)。しか し、これらの方法は嚢胞のサイズが大きいと必ず しも有効ではなく、再発することもあり、結局手 術療法を選択せざるを得ないことが多い8)。須野 らは、超音波断層法で嚢胞を観察し、小さく症状 がなければ経過観察するが、卵巣腫瘍など他疾患 を否定できなければ原則的には開腹術を施行し確 定診断を行うとしている14)。 付属器貯留嚢腫が術後に再発した場合には、年 齢や症状の有無を考慮し、個々に治療法を決定し ていく必要がある。具体的には、症状が乏しい貯 留嚢腫に対しては上述した排卵抑制療法などの保 存療法を行い、症状が強い場合や腫瘍が否定でき ない場合には手術療法を選択する。 「付属器貯留嚢腫」、「貯留嚢胞」、「癒着性嚢胞」、 「偽嚢胞」、「Peritoneal inclusion cyst」、「Pseudocyst」、 「Peritoneal cyst」、「Residual Ovary Syndrome」 をキーワードに入れて論文検索を行った。本邦に おいて、付属器貯留嚢腫に対して腹腔鏡下手術を 施行した症例はなく、開腹術を行った症例は20例 であった(表2)。発症時の平均年齢は38.8±7.4 歳で、卵巣機能を有している性成熟期年齢であっ た。初回臨床診断は、子宮筋腫が5例、子宮腺筋 症または子宮内膜症が5例、卵巣腫瘍が5例、子 宮頸癌が2例、卵管留水腫が2例、異所性妊娠が 1例、骨盤位妊娠が1例であった(重複あり)。 子宮全摘出術を施行していない8例(40%)にも 6.5×4.7 cm 12×10 cm 8.1×7.3 cm 7.3×5.9 cm 8.4×6.1 cm 表2 付属器貯留嚢腫に対し開腹術を行った症例
付属器貯留嚢腫が発生した。温存した卵巣は、左 側が9例(45%)、両側が7例(35%)、右側が3 例(15%)であった。術後発症時期の平均期間は 63.7±90.1ヵ月であった。11例は症候性でそのう ち8例に下腹部痛を認め、8例は無症候性であっ た。付属器貯留嚢腫の発生は左側が20例中19例 (95%)と多く、両側卵巣を温存した7例でみて も左側発生が6例(86%)と多かった。開腹術施 行後、付属器貯留嚢腫の再発を認めた症例は20例 中5例(25%)であった。本症例は左側発生であ る点が典型的で、嚢胞の大きさは18.3×8.4 cmと 比較的大きかったが、経腟穿刺嚢胞内容除去を併 用した腹腔鏡下手術を完遂できた。 近年、婦人科領域において、従来開腹術が施行 されていた症例も、腹腔鏡下手術が施行されるよ うになっている。付属器貯留嚢腫の手術療法では 嚢胞が大きい場合には、腹腔鏡下手術では視野の 確保ができないため、開腹術が選択されてきた。 しかし、本症例のように、経腟穿刺嚢胞内容除去 を併用することで、視野が確保でき、腹腔鏡下手 術が完遂できる症例もあり、低侵襲で整容性に優 れている点で腹腔鏡下手術は有用と考えられた。 【文 献】 1) 多賀茂樹、他:当科で経験した貯留嚢胞の2症例、現 代産婦人科、2008;57:59-62.
2) Ross MJ, Welch WR, Scully RE:Multilocular peritoneal inclusion cyst(so-called cystic mesotheliomas). Cancer, 1989;64:1336-1346. 3) 大 野 勉、 他: 当 科 に お け る Residual Ovary
Syndromeの臨床的検討、日産婦会誌、1994;46: 353-356.
4) 松林 滋、澤崎雅俊:Residual Ovary Syndromeの2 例について、産婦治療、1997;74:113-117. 5) Christ JE, Lotze EC:The residual ovary syndrome.
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7) Grogan RH, Duncan CJ:Ovarian salvage in route abdominal hysterectomy, Am J Obstet Gynecol, 1955;70:1277.
8) 藤本英夫、中西慶喜、中尾行憲:Pill療法を試みた子 宮全摘出術後の付属器貯留嚢腫の1例、日産婦中国四 国会誌、1999;47:158-162.
9) 田巻勇次、他:Residual Ovary Syndrome−特に術 後癒着性付属器貯留嚢腫の成因・診断・治療−、産 婦の実際、1985;34:1999-2003.
10) 貝 原 学: 腹 式 単 純 子 宮 全 摘 出 術 後 に 発 生 す る
pseudocyst、特に発生機序からみた予防対策、産婦 治療、1998;77:146-149.
11) Savelli L, et al.:Transvaginal sonographic appearance of peritoneal pseudocysts. Ultrasound Obstet Gynecol, 2004;23:284-288.
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