問題と目的
女性の労働力率(15 歳以上人口に占める 労働力人口(就業者+完全失業者)の割合) は,結婚・出産期に当たる年代に一旦低下 し,育児が落ち着いた時期に再び上昇すると いう,いわゆる M 字カーブを描くことが知 られている(内閣府,2013)。2018 年実施 の「第 3 回日本人の就業実態に関する総合 調査」では,30 代女性の就業率 が 2014 年 から約 7% 伸び,20 代女性 81.3%,30 代女 性 74.1%,40 代 女 性 82.1%, 50 代 女 性 77.8% となり,30 代 40 代の就業率が低か った女性のいわゆる M 字カーブが改善され つつあることが指摘されている(労働政策研成人期有職女性の生きがい形成プロセス:
キャリア志向と職業観の観点から
熊
野
道
子
要約:本研究の目的は,成人期有職女性の職業観とキャリア志向が生きがい感とどのような関係 があるかを正規・非正規職員の就業形態別に明らかにし,「時間と状況の 2 次元からみた生きがい 形成の価値過程モデル(以下,生きがい形成モデルと記す)」を適用して生きがい感をいかに高め るかと考察することを目的とする。30 代有職女性 600 名(正規職員 300 名,非正規職員 300 名) に対して web 調査を行った。調査項目は,職業観尺度,キャリア志向,生きがいプロセス尺度, 生きがい状態尺度であった。その結果は以下の通りである。(1)個人的職業観と社会的職業観は 生きがいプロセス尺度や生きがい状態尺度と相関が認められ,経済的職業観は認められなかった。 (2)専門職志向の者はその他の志向の者より生きがいプロセス尺度の 5 種の下位尺度すべてが高 かった。(3)生きがい状態尺度では,キャリア志向による相違は認められなかった。これらの結 果に生きがい形成モデルを適用して考察した。 生きがい形成モデルは,ライフイベントから価値付与プロセスと価値受容プロセスの 2 つの生 きがいプロセスを経て,生きがい状態を形成するモデルである。成人期女性の生きがい状態を高 めるためには,生きがいプロセスの価値付与プロセスの向上,生きがいプロセスの価値受容プロ セスの向上,生きがい対象の多様化が重要になる。成人期有職女性は,自分の職業に対して専門 性を意識することや自分の職業の社会貢献や社会的役割を意識したりして働くことにより生きが いプロセスの価値付与プロセスを高めることができる。また,日常生活のささやかなことのもつ 価値に気づく力を持つことにより生きがいプロセスの価値受容プロセスを高めるとともに,多様 なライフイベントから生きがい対象を選別することができ,生きがい対象を多く持つことができ る。これらにより生きがい状態を高めることができると考えられる。 (51)究・研修機構,2020)。 2019年実施の「国民生活に関する世論調 査」(内 閣 府,2019)で は,18 歳 以 上 を 対 象として単一回答で働く目的を調査したとこ ろ,お金を得るためが 56.4%,社会の一員 として勤めを果たすためが 14.5%,自分の 才能や能力を発揮するためが 7.9%,生きが い を 見 つ け る た め が 17.0% に な っ て い る (内閣府,2019)。 成人期である 30 代や 40 代の男女別では, お金を得るためが女性の方が多く(30 代男 性 69.3%;30 代 女 性 74.7%; 40 代 男 性 68.4%;40 代女性 72.6%),社会の一員とし て勤めを果たすためが男性の方が多くなって いる(30 代男性 12.4%;30 代女性 9.5%; 40代 男 性 16.3%;40 代 女 性 9.7%)。自 分 の才能や能力を発揮するため(30 代男性 8.8 %;30 代 女 性 7.2%;40 代 男 性 6.0%;40 代女性 7.2%)と生きがいをみつけ る た め (30 代男性 9.5%;30 代女性 8.1%;40 代男 性 8.8%;40 代女性 10.1%)で は 男 女 差 は ほぼみられない(内閣府,2019)。このよう に,成人期の 30 代や 40 代の女性において は,自己実現のためや社会参加よりも経済的 な収入のために働く者が多いと考えられる。 子育てと仕事の両立がしやすい環境になり, M字カーブの改善が図られているとの指摘 もあるが(内閣府,2013),経済的に働かざ るを得ない社会環境であることも考えられ る。 ところで,2018 年実施の「第 3 回日本人 の就業実態に関する総合調査」では,就業者 を対象として何に生きがいを感じるかという 生きがい対象を調査している(労働政策研 究・研修機構,2020)。この結果では仕事を 生きがい対象と回答した者は男性 31.0%, 女性 31.8% であった。性別・年代別にみる と,60 代 男 性 が 最 も 高 く(60 代 男 性 39.5 %;60 代 女 性 33.3%),40 代 や 50 代 で は 男女差 は ほ ぼ み ら れ な か っ た(40 代 男 性 30.2%;40 代 女 性 31.3%;50 代 男 性 34.5 %;50 代 女 性 32.9%)。一 方,20 代 や 30 代の女性は同世代の男性より仕事を生きがい 対象とする割合が高くなっている(20 代男 性 20.3%;20 代 女 性 24.5%; 30 代 男 性 26.3%;30 代 女 性 35.0%)。す な わ ち,20 代や 30 代においては,女性の方が男性より 仕事をすることに生きがい感を感じているこ とが示唆されている。 このように,働く目的と生きがい対象の調 査より,30 代女性は,30 代男性よりも,経 済的な目的のために働いている者が多いが, 仕事を生きがい対象とする者も多いことが示 されている。すなわち,30 代女性は経済的 な目的で働きながら,それに生きがい感を感 じている者も多いと考えられる。 仕事に対する意識(職業観とキャリア志向) ここで,仕事に対する意識と生きがい感に ついて本研究で取り上げる用語の定義をす る。仕事に対する意識として,職業観とキャ リア志向について検討する。職業観は,多義 的に使用されることが指摘されているが(広 井 , 1962 ; 平 岡 ・ 宮 里 , 2020 ; 浦 上 , 2015),本研究では,職業観を論じる際によ く用いられている(平岡・宮里,2020;白 木,2010),尾高(1995)の職業の定義に基 づいて職業観を定義する。尾高(1995)は 職業を経済的側面,個人的側面,社会的側面 の 3 つの側面から捉えている。職業の経済 (52)
的側面は,衣食の資を得るための継続的な人 間活動であり,それは何よりもまず生計維持 の手段であるという「生計維持」の側面であ る。職業の個人的側面は,職業とは人間がそ の個性を発揮して他に寄与するところの活動 にあるという「個性の発揮」の側面である。 職業の社会的側面は,一社会の成員である限 り,各人にはそれぞれその役割があり,その 役割が遂行されることによって,人間の社会 生活が可能となるという「役割の実現」の側 面である。この 3 側面に基づき,本研究で の職業観を生計維持の側面から「経済的職業 観」,個性の発 揮 の 側 面 か ら「個 人 的 職 業 観」,役割の実現の側面から「社会的職業観」 に分類して定義する。 キャリア志向は,稲上(1993)の定義に 従い,「職業的生涯のゆくえに対して個人が 思い描く希望の道筋。広くは,その背景にあ る職業生活に対する価値態度まで含める」と 定義する。そして,稲上(1993)はキャリ ア志向を管理職志向,専門職志向,独立自営 志向,勤め上げ志向,なりゆき志向などの類 型に区別することができると述べているが, 本研究でのキャリア 志 向 は,稲 上(1993) と佐野(2015)を参考にして,以下のよう に 7 つに分類する。すなわち,管理職への 昇進を重視する「管理職志向」,管理的な仕 事よりも専門的な仕事内容を重視する「専門 職志向」,昇進や仕事内容よりも就業自体を 継続することを重視する「就業継続志向」, 仕事よりも私生活や社会生活を重視する「生 活重視志向」,そのときの状況でキャリアを 選択していく「なりゆき志向」,自分で起業 することを希望する「起業志向」,専業主婦 になるなど退職することを希望する「退職志 向」である。 生きがい感の定義 生きがい感は,日本人にとって,よりよい 人生や充実した人生を成し遂げるための重要 な概念である。日本人の精神科医であり,生 きがい研究の創始者である神谷(1966)が 論じるには,生きがいは曖昧さによって特徴 づけられた包括的な概念であり,生きがいは 西洋語で相当するものより,哲学的でなく, 直観的で,非合理的で複雑なニュアンスをも つ。 生きがい感の定義をレビューする研究が行 わ れ て い る が(近 藤,1997;長 谷 川・藤 原・星,2001),生きがい感の定義は合意に 至っておらず,その理由は,「生きがい」と いう用語が生きがいをもたらす対象,生きが い感を感じている精神状態,および,その精 神状態に至るためのプロセスを含んで使用さ れているためであることが指摘されている (熊野,2011, 2012)。 熊野(2011, 2012)では,「生きがい」と いう用語について,生きがいをもたらす対象 を「生きがい対象」として分離し,「生きて いる張り合い,生きている価値を感じる状 態,もしくはその状態に至るプロセスを含む 用語」と定義している。そして,従来になか った視点として,生きがいを感じている精神 状態とその状態に至るためのプロセスの二つ に分離して整理している。そこでは,生きが いを感じている精神状態を「状態としての生 きがい感(以下,生きがい状態と記す)」,そ の状態に至るためのプロセスを「生きがい感 へのプロセス(以下,生きがいプロセスと記 す)」と定義して,「時間と状況の 2 次元か 成人期有職女性の生きがい形成プロセス:キャリア志向と職業観の観点から (53)
らみた生きがい形成の価値過程モデル(以 下,生きがい形成モデルと記す)」(Figure 1)を提案している(熊野,2011, 2012)。 生きがい形成モデルでは,個人の外的な環 境で生じている事実である,個人の経験する 多くのライフイベントの中から,個人の内的 な価値体系に基づいて,生きがい対象となる ライフイベントが選別され,そのライフイベ ントに対して生きがいプロセスを経て,生き がい状態に至ると考えられている。生きがい プロセスにはライフイベントに対して行動し たり,価値づけを行ったりする「価値付与プ ロセス」とライフイベントのもつ価値をその まま受容する「価値受容プロセス」の 2 種 類がある。 生きがいプロセスの「価値付与プロセス」 は,過去の意味づけ,未来の目標意識,ポジ ティブ状況の没頭,ネガティブ状況の受容, ネガティブ状況の対処であった。生きがい状 態は,人生肯定感,存在価値感,人生の意味 感,生 存 充 実 感 で あ っ た(熊 野,2011, 2012)。本研究では,「生きがい感」として 熊野(2011, 2012)の生きがい状態を使用 し,「生きている張り合い,生きている価値 を感じる状態」と定義する。 職業観と生きがい感 神谷(1966, p 32)は,仕事と生きがいの 関係において,仕事を選ぶ場合に,もし生き がい感を大切にするならば,世間体や収入よ りもなるべく自分でなくてはできない仕事を 選ぶのがよいと述べている。さらに,神谷 (1966, p 31)は,どんなに苦労の多い仕事 でも,これは自分でなければできない仕事で あると感ずるだけでも生きがいをおぼえるこ とが多いと述べている。その理由として,そ の仕事をすることによって,その人の自我の 中心にあるいくつかの欲求が満たされるから であると述べている。すなわち,自分でなく てはできない仕事とは,仕事をすることで他 者にはない自分の個性や能力を発揮できるこ とが生きがい感の自己実現的な要素を満たす と考えられる。 また,神谷(1966, p 28)は,一番生きが いを感じる人は,自己の生存目標をはっきり と自覚し,自分の生きている必要を確信し, その目標に向かって全力をそそいで歩いてい る人であり,言い換えれば,使命感に生きる 人であると述べている。その例として,小中 学校の先生,僻地の看護師,特殊教育に献身 する人を挙げている。使命感とは「与えられ た任務をやりとげようとする責任感」(広辞 苑第 6 版,2008)であり,仕事を通じて使 命感を感じることは,社会的な責任感を感じ ることが生きがい感につながると考えられ る。また,職業に献身することは,職業を通 じて社会的役割に貢献することによって生き がい感を得られると考えられる。 こ の よ う に,神 谷(1966)に 基 づ け ば, 職業観では個人の可能性を発揮する側面であ る個人的職業観や社会的な役割を担うことで 社会的に貢献する側面である社会的職業観 が,収入のために働くという経済的職業観よ り深く生きがい感に関係すると考えられる。 キャリア志向と生きがい感 キャリア志向について,稲上(1993)は, 実証的に示されてはいないが,管理職志向あ るいは専門職志向の者ほど,勤め上げ志向や なりゆき志向の者よりも,職業生活に関する (54)
向上意欲,労使関係評価,社会的関心の広 さ,日常的生活態度などの点で積極的である と一般的にされていると述べている。すなわ ち,キャリア志向では管理職志向や専門職志 向の者がその他の志向の者よりも様々な面で 積極的であることから,生きがい感が高い可 能性が考えられる。 ま た,労 働 政 策 研 究・研 修 機 構(2011) の調査では,20 歳以上 65 歳未満の男女を対 象とした調査で,仕事を生きがい対象とする 者は,無業者を含んで全体では 26.5% であ り,職業別では専門・技術職が 50.3%,管 理職が 52.4% と他の職業よりも高い傾向が みられた。すなわち,キャリア志向の観点か らは明らかではないが,現在就業している職 業が管理職・専門職である者は,仕事を生き がい対象とする傾向がみられた。 一方,熊野(2011, 2012)の生きがい形 成モデルによれば,生きがい対象は仕事だけ でなく,家庭,子ども,自分の趣味の活動, 社会活動やボランティアなど様々なものがあ り,仕事にかかわるライフイベントだけでな く,これらの家庭生活や自分の生活に関わる ライフイベントから生きがい感を感じること ができると考えられる。生活重視志向の者 は,これら仕事以外のライフイベントから生 きがい感を感じている割合が高いと考えられ る。 就業形態(正規職員と非正規職員)と生きが い感 労 働 政 策 研 究・研 修 機 構(2016)で は, 現在就業している就業形態別での仕事を生き がい対象とする者は,正規職員が 32.5% で, 非正規職員が 26.6% であった。すなわち, 正規職員の方が非正規職員より仕事を生きが い対象とする者が多く,仕事を通じて生きが い感を感じている可能性が考えられる。正規 職員と非正規職員は賃金差等にみられる処遇 の違いが大きく,処遇の違いから非正規職員 が不満等を感じていることが指摘されており (内閣府,2017 a),処遇の面から生きがい 感の相違が生じている可能性が考えられる。 しかしながら,非正規職員として働く理由 として,35−44 歳の女性については,正規 職員の仕事がないからよりも,家事・育児・ 介護などと両立しやすいから,家計の補助・ 学費などを得たいから,自分の都合のよい時 間に働きたいからといった本人の意思が大き く な っ て い る(内 閣 府,2017 a)。す な わ ち,生活を重視する者にとっては,時間的制 約の大きい正規職員よりも非正規職員を選択 することで,生きがい感を高く感じているこ とも考えられる。 本研究の目的 以上のように,成人期有職女性における職 業と生きがい感の関係においては,成人期有 職女性がどのような職業観やキャリア志向を もっているかによって生きがい感の程度が異 なると考 え ら れ る。そ こ で,本 研 究 で は, 30代有職女性を対象に,仕事に対する意識 として職業観やキャリア志向が生きがい感に どのように関わるかを,正規・非正規職員と いった就業形態別に明らかにすることを目的 とする。そして,成人期有職女性の生きがい 感を高めるにはどのようにすればよいかを生 きがい形成モデルを適用して考察する。 成人期有職女性の生きがい形成プロセス:キャリア志向と職業観の観点から (55)
方 法
調査方法 調 査 会 社 の 登 録 モ ニ タ ー を 対 象 と し た web調査を 2020 年 7 月に実施した。協力者 は 30 代女性 600 名(正規職員 300 名,非正 規職員 300 名)であった。調査項目は,生 きがいプロセス尺度,生きがい状態尺度,職 業観尺度,キャリア志向であった。 調査項目 生きがいプロセス尺度 生きがいプロセス の価値付与プロセスを測定するために,熊野 (2013)で信頼性・妥当性が確認されている 15項目の生きがいプロセス尺度を用いた。 生きがいプロセス尺度は,過去の意味づけ, 未来の目標意識,ポジティブ状況の没頭,ネ ガティブ状況の受容,ネガティブ状況の対処 の 5 つの下位尺度から構成され,各項目に 「まったく当てはまらない(1)」から「とて も当てはまる(6)」までの 6 件法で回答を 求めた。 生きがい状態尺度 生きがい状態を測定す るために,熊野(2013)で信頼性・妥当性 が確認されている 12 項目の生きがい状態尺 度を用いた。生きがい状態尺度は,人生肯定 感,存在価値感,人生の意味感,生存充実感 の 4 つの下位尺度から構成され,各項目に 「まったく当てはまらない(1)」から「とて も当てはまる(6)」までの 6 件法で回答を 求めた。 職 業 観 尺 度 尾 高 ( 1995 ), 福 丸 他 (1999),塚脇他(2012),菰 田(2006),内 閣府(2011, 2017 b),浦上(2015)を参考 に し て,「個 人 的 職 業 観」「社 会 的 職 業 観」 「経済的職業観」の 3 つの職業観の観点から 18項目を作成した。「あなたにとって職業と はどのようなものと考えていますか」と尋 ね,各項目に対して「まったくそう思わない (1)」から「とてもそう思う(6)」までの 6 件法で回答を求めた。 キャリア志向 労働政策研究・研修機構 (2013)を参考にして,現在の就業形態や就 業関係を前提とせず,将来的なキャリア志向 をどのように考えているかを尋ねた。「現在 の勤務先に限らず,転職した場合も含めて, あなたは今後,どのように仕事をしていきた いですか」と尋ね,「管理職志向」「専門職志 向」「就業継続志向」「生活重視志向」「なり ゆき志向」「起業志向」「退 職 志 向」の 7 つ のキャリア志向に対応した 7 つの選択肢の 中から最もあてはまるもの一つの選択を求め た。7 つの選択肢は,「管理職としての仕事 をしていきたい」「専門性や技術を活かせる ような仕事をしていきたい」「社内での地位 や仕事内容にこだわらず仕事をしていきた い」「家庭生活や地域活動など自分の自由に できる時間を優先させながら仕事をしていき たい」「なりゆきにまかせていきたい」「自分 で起業もしくは経営したい」「退職したい (専業主婦を含む)」であった。 分析方法 本研究の統計解析については,IBM SPSS Statistics ver. 25.0を使用した。なお,確認 的因子分析については,IBM SPSS Amos ver. 26.0を使用した。 (56)倫理的配慮 調査は無記名式で行い,調査目的を最初に 説明した。そして,調査が強制でなく,自由 に拒否でき,得られたデータは統計的に処理 されることや研究以外に使用しないことを説 明し,調査の同意を得た。また,調査会社に 調査対象者の個人情報が保護されることを確 認した。本研究は,大阪大谷大学文学部・教 育学部・人間社会学部研究倫理委員会の承認 を得て行われた。
結 果
因子分析 生きがいプロセス尺度・生きがい状態尺度 生きがいプロセス尺度と生きがい状態尺度は 熊野(2013)により尺度を構成されている ので,確認的因子分析を行った。生きがいプ ロセス尺度は,Amos を用いた確認的因子分 析により 3 項目ずつの 5 因子での適合度は 概 ね 満 足 の い く も の で あ り(GFI=.921, AGFI=.882, CFI=.921, RMSEA=.074), 5因子であることが確認された。生きがい状 態尺度は,Amos を用いた確認的因子分析に より 3 項目ずつの 4 因子での適合度は概ね 満足のいくものであり(GFI=.920, AGFI =.870, CFI=.966, RMSEA=.095),4 因子 であることが確認された。両尺度とも,3 項 目ずつ合算し平均を求め,各下位尺度得点と した。なお,生きがい状態尺度は各下位尺度 間の相関が .75−.87 と高かったため,全項目 の平均を求め,生きがい状態(合計)の得点 とした。 職業観尺度 職業観尺度については,本研 究で作成したので,SPSS を用いた探索的因 子分析を行った。職業観尺度の回答結果を最 尤法,プロマックス回転を用いて探索的因子 分析を行った。繰り返し因子分析を行い,最 終的に 5 項目を削除した。固有値の推移は, 6.40, 2.51, 0.81, 0.50, 0.47, 0.43・・・であっ た。スクリー基準と因子解釈可能性により, 3因子を採択した。その結果を Table 1 に示 す。本尺度の第 1 因子は「職業とは,自分 にある可能性を実現していく過程である」で 最も因子負荷が高く,「個人的職業観」と名 付けた。第 2 因子は「職業とは,生計を維 持するためのものである」で最も因子負荷が 高く,「経済的職業観」と名付けた。第 3 因 子は「職業とは,社会の一員としての役割を 果たすためのものである」で最も因子負荷が 高く,「社会的職業観」と名付けた。Cron-bachの α 係数は .83−.93 と十分な信頼性が あった。 正規・非正規職員別での職業観尺度と生きが いプロセス尺度・生きがい状態尺度との相関 生きがいプロセス尺度 正規・非正規職員 別に,職業観尺度と生きがいプロセス尺度と の相関係数を Table 2 に示す。正規・非正 規職員ともに同様の傾向であった。すなわ ち,個人的職業観が生きがいプロセス尺度と 最 も 相 関 が 強 く(正 規:.36−.51,非 正 規:.32−.47),次に社会的職業観が生きがい プ ロ セ ス 尺 度 と の 相 関 が 強 か っ た(正 規:.33−.43,非 正 規:.23−.37)。経 済 的 職 業観と生きがいプロセス尺度との相関は見ら れなかった(正規:.02−.15,非正規:−.08 −.17)。 生きがい状態尺度 職業観尺度と生きがい 状態尺度との相関係数を Table 3 に示す。 成人期有職女性の生きがい形成プロセス:キャリア志向と職業観の観点から (57)Table 1 職業観尺度の因子分析結果(最尤法,プロマックス回転) F1 F2 F3 第 1 因子:個人的職業観(α =.93) 職業とは,自分にある可能性を実現していく過程である .91 −.01 −.04 職業とは,個性を発揮するためのものである .88 −.12 −.09 職業とは,自分のやりがいを感じるためのものである .83 −.01 .02 職業とは,自分の夢や希望を叶えるためのものである .81 −.01 −.07 職業とは,自分の能力を発揮するためのものである .78 .08 .05 職業とは,自分を成長させるためのものである .68 .11 .14 職業とは,自己実現の機会である .66 −.07 .15 第 2 因子:経済的職業観(α =.88) 職業とは,生計を維持するためのものである .06 .92 −.05 職業とは,収入を得るためのものである .04 .88 −.02 職業とは,衣食住など生活に必要なお金を得るためのものである −.15 .76 .04 第 3 因子:社会的職業観(α =.83) 職業とは,社会の一員としての役割を果たすためのものである −.03 −.01 .86 職業とは,社会に貢献するためのものである .19 −.09 .70 職業とは,社会とのつながりのためのものである .29 .13 .47 因子間相関 F2 .10 F3 .71 .31 Table 2 正規・非正規職員別での職業観と生きがいプロセス尺度の相関係数 正規職員 非正規職員 個人的 職業観 社会的 職業観 経済的 職業観 個人的 職業観 社会的 職業観 経済的 職業観 過去の意味づけ 未来の目標意識 ポジティブ状況の没頭 ネガティブ状況の受容 ネガティブ状況の対処 .41*** .51*** .36*** .41*** .49*** .38*** .41*** .33*** .33*** .43*** .15** .02 .04 .11* .07 .47*** .46*** .32*** .36*** .43*** .37*** .27*** .23*** .30*** .32*** .17** −.08 −.01 .17** .08 ***p<.001, **p<.01, *p<.05 Table 3 正規・非正規職員別での職業観と生きがい状態尺度の相関係数 正規職員 非正規職員 個人的 職業観 社会的 職業観 経済的 職業観 個人的 職業観 社会的 職業観 経済的 職業観 人生肯定感 人生の意味感 生存充実感 存在価値感 生きがい状態(合計) .43*** .47*** .44*** .41*** .47*** .35*** .37*** .39*** .32*** .38*** .04 −.01 .08 −.01 .03 .24*** .35*** .31*** .36*** .35*** .22*** .24*** .22*** .27*** .26*** −.02 .00 −.02 −.02 −.02 ***p<.001 (58)
これらの相関係数は,生きがい状態尺度のど の下位尺度でも生きがい状態(合計)尺度で も同様の傾向であった。個人的職業観と生き がい状態尺度の相関係数が最も強く,正規職 員で .41−.47,非正規職員で .24−.35 であっ た。次に社会的職業観が生きがい状態尺度と 相関が強く,正規職員で .32−.39,非正規職 員で .22−.27 であった。個人的職業観と社会 的職業観は正規職員の方が非正規職員より強 い相関であった。経済的職業観は,正規職員 も非正規職員も,ともにほぼ相関がみられな かった。すなわち,個人的職業観が社会的職 業観より生きがい状態尺度と相関が強く,正 規職員が非正規職員より生きがい状態尺度と 相関が強く,経済的職業観と生きがい状態尺 度は相関がみられなかった。 正規・非正規職員別でのキャリア志向 正規・非正規職員別でのキャリア志向の選 択結果を Table 4 に示す。正規職員も非正 規 職 員 も 生 活 重 視 志 向 が 最 も 多 く(順 に 37.7%,43.7%),正規・非正規職員にかか わらず家族の時間や自分の時間を大切にする ことを志向する者が多かった。次に多いの は,正規職員では専門職志向 28.7%,就業 継続志向 13.7% であったが,非正規職員で は,就 業 継 続 志 向 15.3%,な り ゆ き 志 向 15.0%,専門職志向 13.0% であった。すな わち,正規職員では生活重視志向に続いて, 専門職志向が顕著に多い傾向がみられた。 正規・非正規職員別でのキャリア志向に関 する χ2 検定を行った 結 果,有 意 で あ っ た (χ2 (6)=27.9, p=<.001)。そして,残差分 析を行った結果,正規職員の方が専門職志向 の 割 合 が 大 き く(調 整 済 み 残 差=4.7, p <.01),非正規職員の方がなりゆき志向の割 合 が 大 き か っ た(調 整 済 み 残 差=2.4, p <.05)。 管理職志向,起業志向,退職志向は正規・ 非正規職員を合わせた合計がそれぞれ 30 人 以下(全体の 5% 以下)と人数が少ないの で,キャリア志向に関する分析は専門職志 向,就業継続志向,生活重視志向,なりゆき 志向の 4 志向について分析する。 正規・非正規職員別と各キャリア志向での生 きがいプロセス尺度・生きがい状態尺度 生きがいプロセス尺度 正規・非正規職員 Table 4 正規・非正規職員別でのキャリア志向 管理職 志向 専門職 志向 就業継続 志向 生活重視 志向 なりゆき 志向 起業志向 退職志向 合計 正規職員 n (%) 調整済み残差 10 (3%) 1.31 86 (29%) 4.72** 41 (14%) −0.58 113 (38%) −1.50 26 (9%) −2.40* 11 (4%) −1.16 13 (4%) −0.75 300 (100%) 非正規職員n (%) 調整済み残差 5 (2%) −1.31 39 (13%) −4.72** 46 (15%) 0.58 131 (44%) 1.50 45 (15%) 2.40* 17 (6%) 1.16 17 (6%) 0.75 300 (100%) 合計 n (%) 15 (3%) 125 (21%) 87 (15%) 244 (41%) 71 (12%) 28 (5%) 30 (5%) 600 (100%) **p<.01, *p<.05 成人期有職女性の生きがい形成プロセス:キャリア志向と職業観の観点から (59)
別に各キャリア志向での生きがいプロセス尺 度の各下位尺度得点を算出し,就業形態(正 規・非正規)とキャリア志向(専門職志向・ 就業継続志向・生活重視志向・なりゆき志 向)の 2 要因分散分析を行った(Table 5)。 その結果,正規・非正規職員の主効果は,過 去の意味づけとネガティブ状況の受容に認め られ,正規職員の方が非正規職員より高かっ た。 また,キャリア志向の主効果は,5 つすべ ての下位尺度ともに認められたので,それぞ れの下位尺度について多重比較である LSD 検定を行った。ネガティブ状況の受容を除く 4つの下位尺度(過去の意味づけ,未来の目 標意識,ポジティブ状況の没頭,ネガティブ 状況の対処)では,専門職志向が他の 3 志 向(就業継続志向,生活重視志向,なりゆき 志向)より高かった。ネガティブ状況の受容 では,専門職志向が生活重視志向とは有意差 がみられなかったが,就業継続志向となりゆ Table 5 正規・非正規職員とキャリア志向での生きがいプロセス尺度 n 過去の意味づけ 未来の目標意識 ポジティブ状況の没頭 ネガティブ状況の受容 ネガティブ状況の対処 M SD M SD M SD M SD M SD 専門職志向 正規 非正規 86 39 4.6 4.7 0.8 0.7 4.0 3.9 1.0 1.2 3.9 3.9 1.0 1.3 4.2 4.3 0.9 1.0 4.3 4.3 0.8 1.0 就業継続志向 正規 非正規 41 46 4.3 4.0 0.9 1.2 3.5 3.1 1.0 1.2 3.8 3.3 1.1 1.0 4.1 3.8 0.9 1.0 4.1 3.8 0.9 1.0 生活重視志向 正規 非正規 113 131 4.4 4.2 0.9 1.0 3.4 3.2 1.0 1.1 3.6 3.6 1.0 1.0 4.2 4.1 0.8 0.9 4.0 3.9 0.9 1.0 なりゆき志向 正規 非正規 26 45 4.1 3.7 1.1 1.3 3.2 3.1 1.1 1.1 3.5 3.5 1.2 1.1 4.0 3.7 0.9 1.1 3.8 3.7 1.1 0.9 2要因分散分析結果 4 (専・就・生・な)×2(正・非) 主効果(キャリア志向) LSD F =8.9*** 専>就,生,な 就,生>な F =10.2*** 専>就,生,な F =3.1* 専>就,生,な F =4.0** 専>就,な 生>な F =5.0** 専>就,生,な 主効果(正規・非正規) F =5.1* 正>非 F =3.7 F =1.1 F =4.0* 正>非 F =1.9 交互作用 F =1.4 F =0.4 F =0.8 F =1.0 F =0.5 ***p<.001, **p<.01, *p<.05 専:専門職志向,就:就業継続志向,生:生活重視志向,な:なりゆき志向 正:正規職員,非:非正規職員 Table 6 正規・非正規職員とキャリア志向での生きがい状態尺度 n 人生肯定感 人生の意味感 生存充実感 存在価値感 生きがい状態(合計) M SD M SD M SD M SD M SD 専門職志向 正規 非正規 86 39 3.6 3.3 1.2 1.1 3.6 3.5 1.2 1.4 3.7 3.7 1.1 1.2 3.7 3.9 1.2 1.2 3.7 3.6 1.1 1.1 就業継続志向 正規 非正規 41 46 3.5 3.3 1.1 1.2 3.6 3.3 1.1 1.2 3.8 3.4 1.0 1.2 3.7 3.4 1.0 1.3 3.7 3.3 0.9 1.2 生活重視志向 正規 非正規 113 131 3.7 3.4 1.1 1.1 3.6 3.4 1.1 1.1 3.7 3.5 1.0 1.0 3.7 3.5 1.2 1.1 3.7 3.4 1.0 1.0 なりゆき志向 正規 非正規 26 45 3.6 3.3 1.1 1.1 3.5 3.1 1.1 1.0 3.6 3.3 1.0 1.1 3.6 3.2 1.2 1.1 3.6 3.2 1.0 0.9 2要因分散分析結果 4 (専・就・生・な)×2(正・非) 主効果(キャリア志向) F =0.7 F =0.9 F =0.9 F =1.4 F =0.7 主効果(正規・非正規) F =7.6** 正>非 F =4.9* 正>非 F =5.4* 正>非 F =2.6 F =5.8* 正>非 交互作用 F =0.05 F =0.4 F =0.6 F =1.2 F =0.4 ***p<.001, **p<.01, *p<.05 専:専門職志向,就:就業継続志向,生:生活重視志向,な:なりゆき志向 正:正規職員,非:非正規職員 (60)
き志向より高かった。 生きがい状態尺度 正規・非正規職員別に 各キャリア志向での生きがい状態尺度の下位 尺度得点と生きがい状態(合計)得点の 2 要因分散分析を行った(Table 6)。その結 果,生きがい状態尺度のうち,人生肯定感, 人生の意味感,生存充実感,生きがい状態 (合計)は,キャリア志向の主効果は認めら れなかったが,正規・非正規職員の主効果が 認められ,正規職員の方が非正規職員より高 かった。存在価値感は正規・非正規職員の主 効果もキャリア志向の主効果も認められなか った。 正規・非正規職員別と各キャリア志向での職 業観 正規・非正規職員別に各キャリア志向での 職業観尺度の各下位尺度得点を算出し,就業 形態(正規・非正規)とキャリア志向(専門 職志向・就業継続志向・生活重視志向・なり ゆき志向)の 2 要因分散分析を行った(Ta-ble 7)。その結果,正規・非正規職員の主効 果は,社会的職業観に認められ,正規職員の 方が非正規職員より高かった。また,キャリ ア志向の主効果は,3 つすべての下位尺度と もに認められたので,それぞれの下位尺度に ついて多重比較である LSD 検定を行った。 個人的職業観と社会的職業観では,専門職志 向が他の 3 志向(就業継続志向,生活重視 志向,なりゆき志向)より高かった。経済的 職業観では,生活重視志向が専門職志向やな りゆき志向より高かった。
考 察
30代有職女性の仕事に対する意識として 職業観やキャリア志向が生きがい感にどのよ うに関わるかを,正規・非正規職員の就業形 Table 7 正規・非正規職員とキャリア志向での職業観 n 個人的職業観 社会的職業観 経済的職業観 M SD M SD M SD 専門職志向 正規 非正規 86 39 4.2 4.5 0.9 0.8 4.3 4.4 1.0 1.0 4.9 4.9 1.0 1.0 就業継続志向 正規 非正規 41 46 4.0 3.6 1.0 0.9 4.3 3.8 1.0 1.1 5.3 4.9 0.8 1.0 生活重視志向 正規 非正規 113 131 3.7 3.5 0.9 1.1 4.1 3.7 0.9 1.1 5.3 5.2 0.9 0.9 なりゆき志向 正規 非正規 26 45 3.6 3.4 0.9 1.0 3.9 3.5 1.0 1.1 4.6 4.8 1.0 1.2 2要因分散分析結果 4(専・就・生・な)×2(正・非) 主効果(キャリア志向) LSD F =18.0*** 専>就,生,な 就>生 F =7.4*** 専>就,生,な 就>な F =8.0*** 生>専,な 就>な 主効果(正規・非正規) F =1.6 F =9.6** 正>非 F =0.7 交互作用 F =2.3 F =2.1 F =1.2 ***p<.001, **p<.01, *p<.05 専:専門職志向,就:就業継続志向,生:生活重視志向,な:なりゆき志向 正:正規職員,非:非正規職員 成人期有職女性の生きがい形成プロセス:キャリア志向と職業観の観点から (61)態別に生きがい形成モデル(Figure 1)を適 用して考察していく。このモデルでは,個人 の外的な環境の事実であるライフイベントか ら,個人の内的な価値体系に基づくプロセス により,生きがい対象が選別され,生きがい 状態を形成するまでを示している。 職業観の生きがい形成モデルへのかかわり 生きがいプロセス尺度と生きがい状態尺度 の各職業観との相関係数より,経済的職業観 は生きがいプロセス尺度にも生きがい状態尺 度にも関係せず,個人的職業観が生きがいプ ロセス尺度や生きがい状態尺度に最も強く関 係し,次に社会的職業観が生きがいプロセス 尺度や生きがい状態尺度に関係することが示 された(Table 2, 3)。 神谷(1966)は,生きがい感を大切にし て職業を選ぶなら,世間体や収入よりもなる べく自分でなくてはできない仕事を選ぶのが よいと述べている。これは,自分の可能性や 個性を発揮する面の強い個人的職業観と生き がいプロセスの価値付与プロセスや生きがい 状態との関係が強いという本研究の結果と一 致している。 職業を通じて,社会に貢献したいという社 会的職業観は,個人的達成面である個人的職 業観の次に生きがいプロセス尺度や生きがい 状態尺度と関係していた。生きがい感には職 業を通じて社会貢献を果たすなど(神谷, 1966)社会的職業観との関連があることが 考えられるが,本研究においても実証され た。本研究の結果においては,社会的職業観 よりも,個人的な可能性を広げるという個人 的職業観とのかかわりと生きがいプロセスの 価値付与プロセスや生きがい状態との関連が 強いと考えられる。 お金のために働くという経済的職業観は生 きがいプロセス尺度や生きがい状態尺度に関 係ないことが示された。経済的に満たされる ことは Maslow(1970)の欲求段階説では Figure 1 時間と状況の 2 次元からみた生きがい形成の価値過程モデル (生きがい形成モデル)(熊野,2011, 2012) (62)
下位の分類になり,衣食住を満たすという生 理的欲求を満たす面があり,それらが満たさ れてから,所属の欲求や承認の欲求,自己実 現の欲求が出現する。このため,経済的職業 観をもつことは生きがいプロセスの価値付与 プロセスや生きがい状態との関係が認められ なかったと考えられる。 なお,非正規職員では,正規職員より個人 的職業観や社会的職業観と生きがいプロセス 尺度や生きがい状態尺度との関係が弱くなる 傾向がみられた。これは,非正規職員は,雇 用期間が限られているため未来展望を持ちに くいことや,処遇面での不満が高い(内閣 府,2017 a)ためであると考えられる。 キャリア志向の生きがい形成モデルへのかか わり 生きがいプロセス尺度 正規・非正規職員 別と各キャリア志向での生きがいプロセス尺 度は,過去の意味づけとネガティブ状況の受 容で,正規職員の方が非正規職員より高かっ た(Table 5)。雇用期間が定められている非 正規職員は,正規職員と比較して,仕事に対 して長期間の将来展望をもちにくい構造にあ ると考えられる。また,非正規職員は,一 旦,結婚や子育てで離職している場合も多い と考えられる。このように,仕事の継続性の 観点から,非正規職員は,正規職員より過去 の仕事での経験を,今の自分に意味づけする ことが行われにくいことが考えられるため, 過去の経験に対する意味づけが低くなってい る要因と考えられる。ネガティブな経験に対 しても非正規職員は,正規職員と比べて,雇 用期間の終了により,受容する必要性が低い ことが考えられる。 また,専門職志向が他の 3 志向(就業継 続志向,生活重視志向,なりゆき志向)より 生きがいプロセスの 5 種の価値付与プロセ スすべ て に お い て 感 じ る 程 度 が 高 か っ た (Table 5)。本研究において示されているよ うに,専門職志向の者は他の 3 志向の者よ りも個 人 的 職 業 観 と 社 会 的 職 業 観 が 高 く (Table 7),自分の専門性を発揮して,個人 の可能性を実現しようとしたり,社会に貢献 しようという意識が高い。このような特性を 持った専門職志向の者は,自分の専門性や技 術を活かすことにやりがいをもって,仕事に 没頭していることが考えられる。また,これ までの知識や技術を活かすだけでなく,新た な知識や技術を習得するという目標意識が高 いと考えられる。さらに,仕事を通じて過去 の成功経験を現在の自分の生き方に対して意 味づけることが促されやすく,失敗経験につ いても,その経験を受け止め,自分の専門性 や技術により対応できるようになりたいとい う気持ちが生じることで,ネガティブ経験を 受容し,対処することが促されやすいと考え られる。このように,専門職志向の者は,自 分の専門性や技術を活かすという志向をもつ という特性のため,他の 3 志向の者より生 きがいプロセスの 5 種の価値付与プロセス を感じる程度が高かったと考えられる。 これらは,稲上(1993)が指摘していた が,実証的には示されていなかった「専門職 志向の者は勤め上げ志向やなりゆき志向の者 よりも,職業生活に関する向上意欲や日常的 生活態度の点で積極的であること」を実証す るものと考えられる。 生きがい状態尺度 正規・非正規職員別の 各キャリア志向での生きがい状態の分析結果 成人期有職女性の生きがい形成プロセス:キャリア志向と職業観の観点から (63)
では,人生肯定感,人生の意味感,生存充実 感,生きがい状態(合計)で,正規職員の方 が非正規職員より高くなることが示された (Table 6)。これは,正規職員の方が非正規 職員より仕事を生きがい対象とする者が多い ことが報告されていること(労働政策研究・ 研修機構,2016)と一致していると考えら れる。また,非正規職員は,自分の都合のよ い時間に働きたいから選択する面もあり(内 閣府,2017 a),時間的制約の大きい正規職 員よりも生きがい感を高く感じることも考え られたが,非正規職員の方が正規職員より生 きがい感が低かった。 一方,キャリア志向による生きがい状態の 相違は認められなかった。生きがい形成モデ ルでは,ライフイベントから選別された生き がい対象を経て生きがい状態に至るプロセス には,価値付与プロセスと価値受容プロセス があり,様々なライフイベントから,生きが い対象が選別され,この 2 つのプロセスを 経て生きがい状態を感じている。そこでは, 仕事を通じてだけではなく,家庭生活や自分 の生活などの様々なライフイベントから生き がい状態を感じている。他の 3 志向より生 きがいプロセスの 5 種の価値付与プロセス を感じる程度が高かった専門職志向では,5 種の価値付与プロセスを経て生きがい状態を 感じている割合が他の 3 志向よりも高かっ たと考えられる。それに対し,生きがい状態 では専門職志向と他の 3 志向での有意差は 見られなかった。他の 3 志向では,専門職 志向より,生きがいプロセスの価値受容プロ セスを通じて,仕事の面だけでなく,家庭生 活や自分の生活などの様々なライフイベント から生きがい状態を感じている程度が高いと 考えられる。 また,本研究でのキャリア志向別の職業観 尺度の結果より,生活重視志向は,専門職志 向やなりゆき志向よりも経済的職業観が高い ことが示された。生活重視志向の生きがい対 象は仕事よりも家庭生活や自分の生活であ り,仕事は収入を得る手段と捉える程度が高 いためと考えられる。生活重視志向の者は, 生きがい形成モデルによれば,育児や家庭団 欒などの家庭でのライフイベントや,趣味の 集会や交流会などの自分の趣味でのライフイ ベントから,その多様なライフイベントのも つ価値を受容する価値受容プロセスを経て, 生きがい状態を高めていると考えられる。 成人期有職女性の生きがい状態を高めるには 生きがい形成モデルより生きがい状態を高 めるためには,(1)生きがいプロセスの価 値付与プロセスを高めること,(2)生きが いプロセスの価値受容プロセスを高めるこ と,(3)生きがい対象を多く持つことが有 効と考えられる。以下,本研究の結果より, この 3 点について論じる。 生きがいプロセスの価値付与プロセスの向 上 本研究の結果より成人期有職女性の生き がいプロセスの価値付与プロセスを高めるた めには,専門職志向を持つことにより高まる ことが明らかになった。本研究での専門職志 向は自分で専門職を定義し選択しており,職 種に拠らず,自分で専門性を発揮しようと考 えていると捉えることができる。それゆえ, どんな職業であっても,専門家であるという 意識を持ち,専門性を高め,能力を発揮しよ うとすることにより,生きがいプロセスの価 値付与プロセスを高めることができると考え (64)
られる。これ は,神 谷(1966)が,仕 事 を 選ぶ場合に,もし生きがい感を大切にするな らば,世間体や収入よりもなるべく自分でな くてはできない仕事を選ぶのがよいと述べて いることとも一致する。 また,正規・非正規職員別での職業観と生 きがいプロセス尺度・生きがい状態尺度の相 関係数(Table 2, 3)は,個人的職業観や社 会的職業観が高いほど,生きがいプロセスの 価値付与プロセスや生きがい状態が高いこと が認められた。すなわち,仕事を通じて自分 の個性や可能性の発現を考えたり,自分の職 業の社会貢献や社会的役割を意識したりして 働くことで,生きがいプロセスの価値付与プ ロセスや生きがい状態を高めることができ, 生きがい状態を高くもつ生活をできるように なると考えられる。 生きがいプロセスの価値受容プロセスの向 上 生きがいプロセスの価値受容プロセスは 個人の価値体系に基づき,ライフイベントの もつ価値を受容するプロセスである。価値受 容プロセスを高めるためには,日常生活の 様々なライフイベントでのささやかなことの 持つ価値に気づく力のある個人の価値体系を 持つことが重要である。すなわち,成人期有 職女性の価値受容プロセスを高めるために は,個人の価値体系として,仕事や家庭生活 や自分の生活など日常生活の様々なライフイ ベントでのささやかなことを大切に考えた り,ささやかなことに幸せを見出したり,感 じたりする価値体系をもつことが重要であ る。 生きがい対象の多様化 成人期有職女性の 生きがい状態を高めるためには,個々の生き がい対象から得られる生きがい状態を高める だけでなく,生きがい対象を多く持つことも 考えられる。仕事以外にも,家庭生活,個人 の趣味,地域活動,ボランティア活動など多 くの生きがい対象をもつことにより,それぞ れの生きがい対象から生きがい状態を得るこ とが期待できる。また,生きがい対象を喪失 した場合に,複数の生きがい対象を持つこと により生きがい状態の低下を防ぐことができ る。多様なライフイベントの中から生きがい 対象を見出すためには,ライフイベントを体 験するだけでなく,ライフイベントを生きが い対象として選別されるように気づく力のあ る個人の価値体系を確立することが重要であ る。 さらには,生きがい対象選別の基盤とな る,それぞれの人が望む多くのライフイベン トを経験できる生活環境とするため,ワー ク・ライフ・バランスを実現することが生き がい状態を高めるために必要であると考えら れる。仕事と生活の調和(ワーク・ライフ・ バ ラ ン ス)憲 章(2007)に よ れ ば,ワ ー ク・ライフ・バランスが実現した社会とは, 「国民一人ひとりがやりがいや充実感を感じ ながら働き,仕事上の責任を果たすととも に,家庭や地域生活などにおいても,子育て 期,中高年期といった人生の各段階に応じて 多様な生き方が選択・実現できる社会」であ ると定義されている。すなわち,仕事を重視 する者,生活を重視する者,仕事と生活の両 方を重視する者など,それぞれが個人の価値 観に応じて,多様な生き方を実現していき, 経験する多様なライフイベントの中から生き がい対象を見出し,生きがい状態を高めてい る社会であると考えられる。 以上のように,成人期女性の生きがい状態 成人期有職女性の生きがい形成プロセス:キャリア志向と職業観の観点から (65)
を高めるためには,生きがいプロセスの価値 付与プロセスの向上,生きがいプロセスの価 値受容プロセスの向上,生きがい対象の多様 化が重要になる。成人期有職女性は,自分の 職業に対して専門性を意識することや自分の 職業の社会貢献や社会的役割を意識したりし て働くことにより生きがいプロセスの価値付 与プロセスを高めることができ,日常生活の ささやかなことのもつ価値に気づく力を持つ ことにより生きがいプロセスの価値受容プロ セスを高め,さらに,多様なライフイベント から生きがい対象であると選別することがで き,生きがい状態を高めることができると考 えられる。 引用文献 福丸由佳・無藤 隆・飯長喜一郎(1999).乳幼 児期の子どもを持つ親における仕事観,子ど も観:父親の育児参加との関連 発達心理学 研究,10, 189-198. 長谷川明弘・藤原佳典・星 旦二(2001).高齢 者の「生きがい」とその関連要因についての 文献的考察−生きがい・幸福感との関連を中 心に 総合都市研究,75, 147-170. 平岡春香・宮里智恵(2020).望ましい職業観を 育てる中学校道徳科の 授 業 開 発:「個 人 性」 の視点を育てる教材の検討 教職開発研究, 3, 11-20. 広井 甫(1962).職業価値観の研究 職業科学, 3, 69-87. 稲上 毅(1993).「キャリア志向」 森岡清美・ 塩 原 勉 ・ 本 間 康 平 ( 編 ) 新 社 会 学 辞 典 (pp.268-269)有斐閣 神谷美恵子(1966).生きがいについて みすず 書房 菰田孝行(2006).大学生における職業価値観と 職業選択行動との関連 青年心理学研究,18, 1-17. 近藤 勉(1997).生甲斐感への一考察 発達人 間学研究,6, 11-20. 熊野道子(2011).時間と状況の 2 次元からみた 生きがい形成の価値過程モデル 教育福祉研 究,37, 26-38. 熊野道子(2012).生きがい形成の心理学 風間 書房 熊野道子(2013).生きがい形成モデルの測定尺 度の作成−生きがいプロセス尺度と生きがい 状態尺度− 教育研究,39, 1-11.
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