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中古から現代にかけての日本語における事態把握の通時的変化

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中古から現代にかけての日本語における事態把握の

通時的変化

著者

大槻 くるみ

学位授与機関

Tohoku University

学位授与番号

11301甲第17625号

URL

http://hdl.handle.net/10097/00120398

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博士論文

中古から現代にかけての日本語における

事態把握の通時的変化

大槻 くるみ

(3)

論文内容要旨

中古から現代にかけての日本語における

事態把握の通時的変化

東北大学大学院国際文化研究科

国際文化交流論(言語文化交流論)専攻

大槻 くるみ

指導教員 上原 聡 教授

江藤 裕之 教授

副島 健作 准教授

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1

中古から現代にかけての日本語における事態把握の通時的変化

国際文化交流論専攻(言語文化交流論講座) B4KD1010 大槻 くるみ 1. 研究背景 これまで日本語話者の事態把握の通時的変化は、池上 (2012)、西光 (2012)、中村 (2009) らによって分析されてきた。その中で、主観性の変化については、上代から中世までの和歌集 における客観的把握の指標である<われ>の明示頻度が減少したことから、西光 (2012)は上代か ら現代にかけて主観的把握にシフトしていると論じている。また、主観性の変化を文法化の観 点から分析した研究に中村 (2009)や金谷 (2004)がある。中村 (2009)は、言語は一般に主観的 把握から客観的把握へと進化している。一方、金谷 (2004:178-184)は、英語が<ある>言語から <する>言語化していったのに対して、日本語は<ある>言語の特徴をより強めていっていると主 張している。 また、現代日本語は<なる>言語と呼ばれ、動作主よりも状況全体の変化に焦点を当てた<な る>表現を好んで用いると言われている。他方、英語は状況における個に着目し、その行為に 焦点を当てた<する>表現を多用する(池上 1981)。このような<する>/<なる>表現の使用に関 しては、これまでは日本語と英語のような類型が異なる言語を対照させて通言語的に論じられ てきたが、日本語という同一言語内で通時的にどのように変化していったのかについてはまだ 明らかになっていない。 そこで本研究では、中古から現代にかけての日本語の事態把握の変化を、①短歌における <われ>の明示頻度の増減によって主観的把握/客観的把握の変化を調べ、②心理動詞文におけ る<する>表現の使用頻度の増減によって、起因着目型事態把握/状況変化着目型事態把握の変 化を調査する。 なお、心理動詞構文を収集した予備調査の結果では、日本語話者はいずれの時代も<する>表 現よりも<なる>表現を多用することがわかった。そのため、本研究では客観的把握および起因 着目型事態把握という英語に代表される言語類型に適用される用語を用いるが、日本語はいず れの時代も英語に比べれば主観的把握および状況変化着目型事態把握であったと言える。一方 で、予備調査の結果では<する>表現を使用する頻度には時代間で有意差が表れたため、本研究 では<われ>においてもその明示頻度に時代間で差が表れると仮定し、<われ>の明示頻度がより 高い時代は他の時代と比べて客観的把握の傾向にある時代、その頻度がより低い時代は相対的 に主観的把握の傾向にある時代、<する>表現の使用頻度がより高い時代は他の時代と比べて起 因着目型事態把握の傾向にある時代、その頻度がより低い時代は相対的に状況変化着目型事態 把握の傾向にある時代と考えて分析することとする。 2. 研究の動機と意義 樋口 (2009:50)によると、認知言語学の対象は今のところ共時的現象が中心だが、歴史言語 学の研究成果には共時的現象の謎に新見地からの説明可能性や新展開への糸口を示唆するもの が多い。認知言語学の通時的研究はこれまで主に歴史語用論の分野で行われてきた。金杉 (2011)によると、歴史語用論は言語の語用論的な意味と機能について、歴史的な変化のプロセ ス、個々の時代での社会文化的規範、生活習慣をも含めた視点から考察を重ねる分野である。 ここ10年余りの間、この分野での研究はかなり活発化してきており、文法化、語用論的推論、

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2 主観性、間主観性をキーワードに意味と機能との歴史的拡張の原理を追及することが最大の課 題であるという。これらは主にTraugott (1989, 1995, 2010)などの枠組みで論じられてきた。 一方、本研究で扱う視点に関する研究にはLangacker (1985, 1991, 2009)がある。本研究で扱 う事態把握という問題は「捉えの問題」である。したがって、Langackerの研究のsubjectivity と関連しているが、認知言語学において通時的な研究が行われているのは今のところTraugott に代表される歴史語用論の分野がほとんどである。<する>と<なる>については、日本語の<なる >表現への着目は英語の<する>表現との対照に発しているため、日本語の記述的研究よりも、日 英対照の枠で行われる傾向が顕著であった(守屋 2016)。また、吉村 (2009:19)によると、「捉 え方」は物や出来事とそれにかかわる人間の主観、経験、母語の習慣によって決まるとされ、 コミュニティの構成員が1つの物や出来事に対して主観と経験を共有し、共通する言葉の慣習に したがってその物や出来事を指せるようになることと理解できる。このことから、言語共同体 は同じ捉え方を同じ言葉で指すコミュニティということになり、したがって母語の違いは捉え 方の違いを映し出す鏡ということになるという。このような背景もあって、事態把握の違いは これまで通言語的に論じられてきた。しかし、このコミュニティというのを「ある時代を生き る人々」と捉え直すことで、同じ母語であってもそれぞれの時代のコミュニティによって共有 された見方の間には差異があるのではないかと考えられる。このような考え方に基づくこれま での捉えの観点からの歴史的研究は、管見の限り池上 (2012)と西光 (2012)に限られている。 したがって、本研究で事態把握の通時的変化を分析することは、認知歴史言語学において新た な研究課題を開拓する試みである。通時的にこの事態把握の仕方がどのように変化したかを探 る分析では、共時的研究における対照研究のようにまったく同じテキスト(事態)をどのよう に違う言語形式で表現するかというような、対訳コーパスを用いた分析が可能でないことが困 難な点ではある。しかし、歴史語用論の研究で用いられている手法であるそれぞれの時代の話 し言葉にできる限り近いとされている口語資料の主に会話部分の分析によって表現形式を比較 することで、それぞれの時代の日本語話者がどのような視点で物事を見ていたのかを明らかに することができると考えられる。本研究の目的は、これまで主に共時的・通言語的に分析され てきた日本語の事態把握を通時的に分析することで、認知歴史言語学の分野に新たな知見を示 し、寄与することである。 3. 調査項目 本研究のリサーチクエスチョンは、以下の①~③である。 ①中古から現代にかけて日本語話者の事態把握が、客観的把握/主観的把握どちらの 傾向にシフトしたのか、また、起因着目型事態把握/状況変化着目型事態把握どち らの傾向にシフトしたのか。 ②日本語は、<われ>の明示頻度が高まり、客観的把握にシフトすると、<する>表現の 使用頻度も高まり、起因着目型事態把握にシフトするのか。 ③事態把握の通時的変化は、言語進化や言語発達のように不可逆的にシフトするのか。 これらのリサーチクエスチョンを究明するために、本研究で調査する内容は大きく分けて以 下の1~4 である。

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3 1. 客観的把握/主観的把握の通時的変化 短歌の<われ>の明示頻度の変化を探ることで、<われ>の明示頻度が高い時代は客 観的把握の傾向、低い時代は主観的把握の傾向と判断し、主観性の通時的変化を 分析する。 2. 起因着目型事態把握/状況変化着目型事態把握の通時的変化 心理動詞構文における<する>表現の使用頻度の変化を探ることで、<する>表現の 使用頻度がより高い時代は起因着目型事態把握、より低い時代は状況変化着目型 事態把握と判断し、状況変化着目型事態把握の通時的変化を探る。 3. <われ>と<する>表現の相関関係 ①客観的把握の指標である<われ> ②事態の基本形が<なる>型であるとされる日本語においてあえて使用されている <する>表現 の2 つの通時的変化に相関があるのかを調べる。 4. 1~3 の結果を踏まえて、日本語の事態把握が古い時代から新しい時代、子供から 大人にかけて、主観的把握から客観的把握に変化するとされている言語進化や言 語発達と同様の変化を辿るのかを考察する。 4. <われ>の明示頻度の通時的変化 4. 1 短歌の<われ>と主観性 佐佐木 (2007:10)によると、短歌は一般に私小説のように作者が自分を主人公にして、自分 の思いや行為を表現する一人称詩であり、作中の<われ>=作者<われ>が原則である。そして、 短歌は「うれしい」「悲しい」などの主観的感情をその主要なモチーフとしてきた(東郷2015)。 上原 (2016a:34)によると、このような感覚・感情・思考・欲求・意図を表す内的状態述語はそ の感情や意思の主体/主語が話者に限定されているため、一人称が明示されなくても主体が話 者であることは明確である。短歌は基本的に<われ>の極めて主観的な感情を表す一人称詩であ るため、<われ>を明示しなくても主体が<われ>であることは明確であり、基本的には主観的把 握で表された文学作品であると言える。 一方、短歌には作者の感情ではなく、作者の見た世界を写生した作品もあるが、このような 作品においても、ある風景の中の自分自身をも外の視点から見るのか、自己を原点として、自 己から見える世界のみを描写するのかという視点の違いが表れる。自分自身がいる景色を外の 視点から描写するということは、作者は見る主体であり、自身に見られる対象でもあるため、 自身を他者同様に客体と捉える客観的把握の描写であると言える。 一方、作者に見える世界のみを描写するということは、作者は見られる対象にはならず、作 者に見える世界である歌の情景によってのみ作者の位置や存在が規定されるため、主観的把握 の描写であると言える。 したがって、本研究では、本来<われ>を明示しなくても主体が<われ>であることが明確な一 人称詩の短歌において、<われ>を明示し、自分自身を客体として捉える視点の短歌を客観的把 握で描写された歌であると見なす。 4. 2 研究方法 近世は『新編日本古典文学全集73 近世和歌集』(小学館)の 1231 首、近代は以下の明治・

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4 大正時代の代表的歌人20 人の歌集の冒頭 50 首を計 1000 首集めた。 會津八一『南京新唱』、石川啄木『一握の砂』、岡本かの子『桜』、北原白秋『桐の花』 『木下利玄全歌集』、斎藤茂吉『赤光』、古泉千樫『屋上の土』、九条武子『金鈴』 釈迢空『海やまのあひだ』、土田耕平『青杉』、土屋文明『ふゆくさ』、『長塚節全集』 前田夕暮『収穫』、増田雅子『みをつくし』、山川登美子『白百合』、横瀬夜雨『死のよろ こび』、与謝野晶子『みだれ髪』、与謝野鉄幹『むらさき』 若山牧水『別離』 現代は、読売新聞社「万葉のこころを未来へ」推進委員会編 (2009)『平成万葉集』の 1000 首を資料とし、「わ」「あ」「われ」「あれ」に加えて現代の一人称代名詞「わたし」「ぼく」「お れ」を数えた。そして、これらの明示頻度が高くなった場合には客観的把握にシフトし、低く なった場合には主観的把握にシフトしたと判断して分析する。 4. 3 結果 本研究で収集した近世から現代のデータの集計結果と、佐佐木 (2007)が収集した中古と中世 の結果を合わせた結果から<われ>の明示頻度は以下の図の変化をたどっていることが分かっ た。 図1 <われ>の明示頻度の変化 短歌の<われ>の明示頻度は、中古、近代、現代で高く、中世と近世で低いという結果となっ た。このことから、中古、近代、現代はより客観的把握の傾向であったのに対して、中世と近 世はより主観的把握の傾向であったと考えられる。 5. <する>の使用頻度の通時的変化 5. 1 <する>表現と<なる>表現の定義 守屋 (2016)によると、<する>表現とは、事態の出来・変化に際し、動因―多くは行為者―を 軸とし、事態をその動因による動作・作用として分析的に捉え、言語化するものを指す。そし て、行為者が行為を行うという意味構造をとり、目的語を伴う他動詞の表現が好まれる。これ に対し、<なる>表現とは、事態の出来・変化に際し、その動因を―たとえ人間であっても―必 ずしも言語的に明示しない表現を指す。そして、<なる>をはじめとする自動詞の表現が選ばれ る。すなわち、同じ出来事であっても、その原因に着目するか、その変化に着目するかという 0.0% 5.0% 10.0% 15.0% 20.0% 中古 中世 近世 近代 現代

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5 認知主体の視点の違いが、<する>表現と<なる>表現の選択に表れている。このような同じ出来 事でも認知主体の捉え方が違うということを事態解釈モデルによって表した研究に山梨 (1995)がある。山梨 (1995:254-259)による図 2 の a~d はそれぞれ(1)の a~d を表し、図の枠 線は認知のスコープ(前景化された事象)を表す。 (1) a. 太郎が鍵で窓を開けた。 b. 鍵で窓が開いた。 c. 窓が開いた。 d. 窓が開いている。 図2 山梨 (1995:254-259)による認知のスコープ 守屋 (2016)で<する>表現とは、「事態をその動因による動作・作用として分析的に捉え、言 語化するもの」と定義されているが、山梨による図2 でこのような事態の切り取り方をしてい るのは、最左端の変化を引き起こす存在とその働きかけがスコープに入っている(a)にあたる。 また、このようなスコープであれば、変化の対象に視点を置いた受身であっても<する>表現に 含まれると考えられる。 また、守屋 (2016)によると<なる>表現とは、「事態の出来・変化に際し、その動因を―たと え人間であっても―必ずしも言語的に明示しない表現」である。これは、山梨 (1995)による図 2 でいえば、最左端の変化を引き起こす存在とその働きかけがスコープに入っていない事態把 握の表現ということになる。したがって、図2 の(b)~(d)がこれにあたる。 山梨 (1995)による図 2 は典型的な動力連鎖を表しているため、動作主と変化の対象の間に道 具が表されている。本研究で扱う心理動詞構文も抽象的な力の伝達としてこのような動力連鎖 によって図式化することはできるが、多くの場合は道具が介在しないため、谷口 (2005)による

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6 事態解釈を用いて本研究で研究対象とする各構文の事態解釈モデルを<する>表現と<なる>表 現に分けて表すと以下の図3 のようになる。 <<刺激>が~を―させる> <…は<刺激>に―(さ)せられる> (a) <する>表現 <…は<刺激>に/で/を―する> <…は―する> (b) <なる>表現 図3 <する>表現と<なる>表現 本研究では、コーパスから収集した心理動詞構文の文例を以上の図3 のように<する>表現と <なる>表現に分けて分析する。 5. 2 研究対象の構文 集めた文例は前節で論じた山梨 (1995)を踏まえて定義した以下の<する>表現と<なる>表現 に分けて集めた。 ①<する表現>:統語構造が、<<刺激>が<経験者>を―す(他動詞)/させる(使役)> および<<経験者>が<刺激>に―される(他動詞受身)/させられる(使 役受身)>の心理動詞構文 a. 自動詞の使役文 例)船子どもは、腹鼓を打ちて、海をさへおどろかして、波立てつ べし (紀貫之『土佐日記』) b. 感情の対象を目的語にとる他動詞の使役文 例)死んだお父さんを喜ばせるのだよ

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7 (夢野久作『ルルとミミ』) c. <(刺激)が+(経験者の身体部位・心など)を+(心理動詞) させる> 例)富は人の心を惑はして生活の分限を濫るものだと悟つた (内田魯庵『投機』) ②<なる>表現:統語構造が、<<経験者>が(<刺激>に/で/を)―する(自動詞/他動性の 低い他動詞)>の心理動詞構文 a. 自動詞文 例)イヽヱもふ、どうも形ばつかりで、いたづらには困りきります (風鈴山人『甲駅新話』) b. 感情の対象を目的語にとる他動詞文 例) 在京の徳といふは、このやうな珍物、美物を食うて、常に楽し むぞ。 (イソップ『天草版伊曽保物語』) c. <(経験者)が+(刺激)に+(経験者の身体部位・心など)を+(心 理動詞)させる> 例)内務大臣といふものはソンナ小問題ばかりに頭を惱ましては居 られんよ (鷹陵山人『聴診器の響』) 5. 3 研究方法 はじめに各時代を代表する作家と作品の総索引などから出現頻度の高い以下の心理動詞30 個の文例を収集し、このうち複数の時代で10 例以上のデータが集まり、さらに<する>表現が 1 例以上集まった次の動詞13 個を研究対象の動詞とした。 「悩む」「喜ぶ」「迷う」「(戸)惑う」「腹が立つ/腹を立てる」「驚く」「怒る」「困る」「堪 える」「恥じる」「楽しむ」「悲しむ」「嘆く」 各動詞のデータ数は、時代間に大差が出ないよう15 例以上集まった時代の中で最も少ない 時代に合わせるか、全ての時代で15 例に満たない動詞は 10 例ずつ収集した(最大 100 例、最 小10 例)。口語体の心理動詞文をコーパスでの出現順に抽出して<する>と<なる>の表現に分け た。 5. 4 結果 以下の図は<する>表現の使用の中古から現代にかけての変化を表したグラフである。

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8 図4 <する>表現の使用の変化 心理動詞構文における<する>表現の使用頻度は、中古と近代で高く、中世、近世、現代で低 いという結果になった。このことから、中古と近代はより起因着目型事態把握の傾向が強く、 中世、近世、現代はより起因着目型事態把握の傾向が強い時代であったと考えられる。 6. <われ>と<する>表現の相関性 客観的把握の指標である<われ>と起因着目型事態把握の指標である<する>の相関関係を調 べた結果、中古から現代までの変化では弱い正の相関だが、中古から近代までの変化では非常 に強い正の相関があるということがわかった。 また、<われ>の明示頻度と<する>表現の使用頻度で現代でのみ相関性が低かったため、この 要因を探るために以下の調査を行った。 3-1 <する>表現における各時代の使役受身構文の使用頻度を調べる。 3-2 <なる>表現における刺激が、ニ格、デ格、ヲ格で表されている構文の使用頻度を 調べる。 これによって、各時代の構文選択の傾向を調査したところ、以下の結果が出た。 3-1 近代のみ使役受身構文の使用頻度が有意に高い。 3-2 デ格とヲ格は各時代の使用頻度に大きな差はないが(デ格は使用が定着して以降)、 ニ格は<われ>の明示頻度同様に、中古で使用頻度が有意に高く、中世と近世では 低く、近代で再度有意に高くなり、現代にかけて横ばいとなっているという結果 が出た。そのため、ニ格の使用頻度と<われ>の相関を調べたところ、強い正の相 関が見られた。また、ニ格と<する>表現との相関を調べた結果、中古から近代ま では強い正の相関が見られたが、<われ>と<する>同様に現代では相関が低くなっ た。 これらの結果から、近代と現代は、他の時代と比べて刺激をニ格で表示する構文を有意に高 い頻度で使用するという点で共通している。そのため、単純に<する>と<われ>を二分して分析 すると、近代と現代は異なる構文選択をすると結論づけられるが、より詳細な分析によって、 2 つの時代は近しい構文を選択する傾向にあると言える。このような観点から現代における相 0.0% 2.0% 4.0% 6.0% 8.0% 10.0% 12.0% 中古 中世 近世 近代 現代

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9 関の低さを説明すると、<われ>と<する>表現、客観的把握と起因着目型事態把握の傾向の間に は相関があると言えるだろう。 7. 言語進化/言語発達と事態把握の通時的変化の関係 これまでは文法化などに見られる言語進化は子供の言語発達と類似した一方向的な変化を 辿るものと考えられてきた。これを踏まえると、本研究の事態把握の通時的変化においても、 古い時代ではより根源的な主観的把握および状況変化着目型事態把握の傾向で、時代が進むに したがってより客観的把握、起因着目型事態把握の傾向に変化することが予想された。しかし、 収集したデータ分析の結果、中古から現代にかけての事態把握の通時的変化は、主観的把握や 状況変化着目型事態把握から、客観的把握や起因着目型事態把握に一方向的に変化するのでは なく、中古から近世まではむしろ逆により客観的把握や起因着目型事態把握の傾向から、より 主観的把握や状況変化着目型事態把握の傾向に変化し、近世から近代にかけてはより客観的把 握や起因着目型事態把握の傾向にシフトし、その変化は曲線を描いている。一方、言語の進化 は社会の複雑化などによって、また、子供の言語は脳の発達や人々との接触、社会化によって 発達するもので、基本的には一方向的に変化するものであると考えられている(中村2009)。 これまでの研究では、言語進化における主観性の変化について研究が進められてきたが、本研 究では新たに事態把握における主観性の変化を調べ、この変化が言語進化や言語発達とは異な る動きを示すことを明らかにした。言語進化は人類が言語を使い始めてから現代に至る長い時 間の中で徐々に徐々に変化するものであるが、事態把握は相対的に短い期間で変化し、また、 曲線を描くという点が言語進化とは異なると言えるだろう。 8. 日本語の変化と今後の課題 本研究の結果から、日本語の事態把握は客観的把握/主観的把握、起因着目型事態把握/状況 変化着目型事態把握ともに現代にかけて客観的把握/起因着目型事態把握に変化するのではな く、中古から近世にかけてはより主観的把握/起因着目型事態把握の傾向にシフトし、近世か ら近代にかけてはより客観的把握/状況変化着目型事態把握の傾向にシフトするという事態把 握の変化があったことがわかった。本研究の結果では、近代から現代にかけてはそれ以前と比 べて客観的把握および起因着目型事態把握と状況変化着目型事態把握の間の傾向を示してお り、しばらくはこのままの傾向が続くと思われる。池上 (2016:9)が論じるように、今後さらに 外国語や外国からの移住者との接触が増えることで、日本語話者は客観的に物事を整理した上 でのコミュニケーションが必要になるかも知れない。池上 (2016:9)は、広くグローバルな規模 での多様な言語集団との接触を経て、日本語話者ももっと客観的、中立的な性格の<客観的把 握>のスタンスを採る方向へ変わっていく可能性があると述べている。一方で、近現代は客観 的把握および起因着目型事態把握の傾向ではあっても、あくまで他の時代と比べての相対的な 傾向であって、現代英語と比べればいずれの時代も主観的把握および状況変化着目型事態把握 の傾向が色濃いと言える。そのため、今後どれほどこの傾向を強めていくのかは経過の観察が 必要であると思われる。逆に、中古から中世にかけて主観的把握および状況変化着目型事態把 握の傾向にシフトしたように、今後何らかの要因によって再びこのような傾向に移行する可能 性もあるだろう。したがって、本研究はこれをもって終わりではなく、今後も継続して日本語 の姿を追うことで、日本語話者のものの見方の変化の様相を見つめていきたい。

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目次

第1 章 序論 ... 1 1. 1 研究背景 ... 1 1. 2 研究の動機と意義 ... 2 1. 3 本研究の立場と認知歴史言語学の枠組み ... 4 1. 4 本研究における指標と事態把握 ... 4 1. 4. 1 <われ>と客観的把握/主観的把握 ... 5 1. 4. 2 <する>表現/<なる>表現と起因着目型事態把握/状況変化着目型事態把握 ... 6 1. 4. 3 <われ>の明示/非明示と<する>/<なる>表現の選択の間の関係 ... 7 1. 5 時代区分 ... 8 1. 6 中央語の歴史 ... 9 1. 7 仮説 ... 10 1. 7. 1 先行研究 ... 10 1. 7. 2 本研究における仮説... 11 1. 8 研究課題 ... 14 1. 9 論文の構成 ... 15 第2 章 認知言語学における事態把握の概念 ... 17 2. 1 認知言語学とは ... 17 2. 2 事態把握とは ... 18 2. 3 事態把握の対照言語的相違 ... 19 2. 4 事態把握の指標 ... 24 2. 5 視点 ... 24 2. 6 主観的把握と客観的把握 ... 25 2. 7 エコロジカル・セルフ ... 25

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ii 2. 8 視点と認知モデル ... 28 2. 8. 1 Langacker (1990, 1991a) ... 28 2. 8. 2 中村 (2004, 2009) ... 31 2. 8. 3 町田 (2009) ... 33 2. 9 話者の視点 ... 33 2. 10 動力連鎖と前景化/背景化 ... 34 2. 11 まとめ ... 39 第3 章 短歌における<われ>の明示頻度の変化 ... 40 3. 1 はじめに ... 40 3. 2 主観的把握と客観的把握 ... 41 3. 3 主観性の指標の使用の通時的変化 ... 44 3. 4 研究課題 ... 46 3. 5 短歌を資料とする理由 ... 46 3. 6 研究方法 ... 48 3. 7 結果 ... 52 3. 7. 1 近世 ... 53 3. 7. 2 近代 ... 59 3. 7. 3 現代 ... 63 3. 8 <われ>の明示頻度の変化 ... 66 3. 9 まとめ ... 72 第4 章 <する>/<なる>表現の使用頻度の変化 ... 73 4. 1 はじめに ... 73 4. 2 心理動詞の定義 ... 74 4. 3 <する>表現と<なる>表現の定義 ... 74 4. 3. 1 守屋 (2016) ... 74 4. 3. 2 山梨 (1995) ... 75 4. 4 研究対象 ... 79 4. 4. 1 研究対象の心理動詞... 79 4. 4. 2 研究対象の構文 ... 80 4. 5 データの収集方法と用いるコーパス/資料 ... 83 4. 5. 1 中古 ... 83 4. 5. 2 中世 ... 86 4. 5. 3 近世 ... 87

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iii 4. 5. 4 近代 ... 94 4. 5. 5 現代 ... 99 4. 6 結果 ... 100 4. 6. 1 中古 ... 100 4. 6. 2 中世 ...110 4. 6. 3 近世 ...115 4. 6. 4 近代 ... 129 4. 6. 5 現代 ... 134 4. 7 各時代の<する>表現の使用頻度の比較 ... 137 4. 8 まとめ ... 141 第5 章 <われ>と<する>表現の相関性 ... 142 5. 1 はじめに ... 142 5. 2 <なる>表現と主観的把握の相関性 ... 142 5. 3 各指標の使用頻度の結果 ... 143 5. 4 <われ>と<する>表現の相関性 ... 145 5. 5 まとめ ... 147 第6 章 心理動詞の<する>/<なる>表現の構文選択 ... 148 6. 1 はじめに ... 148 6. 2 <する>表現における使役受身構文 ... 148 6. 3 <なる>表現の格選択 ... 152 6. 3. 1 ニ格 ... 152 6. 3. 2 デ格 ... 157 6. 3. 3 ヲ格 ... 162 6. 3. 4 格助詞の分析結果のまとめ ... 166 6. 4 <われ>とニ格/刺激格の相関性 ... 170 6. 5 <する>とニ格の相関性 ... 172 6. 6 相関分析結果のまとめ ... 174 6. 7 近代と現代の違い ... 174 第7 章 結論 ... 179 7. 1 事態把握の変化 ... 179 7. 2 言語進化/言語発達と事態把握の通時的変化の関係 ... 182 7. 3 研究の限界 ... 183

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iv 7. 4 おわりに ... 184 引用文献 ... 186 資料 ... 192 コーパス ... 194 謝辞 ... 196 付録 ... 197 A. 各時代の<われ> ... 197 a. 近世の<われ> ... 197 b. 近代の<われ> ... 203 c. 現代の<われ> ...211 B. 現代の年代別<われ>の有意差の z 検定結果 ... 222 C. 各時代の<なる>表現における格助詞の使用 ... 229 a. ニ格 ... 229 b. デ格 ... 247 c. ヲ格 ... 254

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表の目次

表 1 Langacker (2006)によるトローゴットとラネカーの違い ... 3 表 2 指標と事態把握 ... 5 表 3 加藤他編 (1989:282-283)による日本語史の時代区分 ... 8 表 4 本研究の日本語史の時代区分 ... 8 表 5 中古・近代・現代における<する>/<なる>表現の使用 ... 12 表 6 中古・近代・現代の<する>表現の使用比率のz検定結果 ………13 表 7 中古・近代・現代の<われ>の明示頻度の各時代間の有意差の有無 …………13 表 8 上原 (2016b)による日本語と英語の一人称代名詞の 明示/非明示の対応関係の研究とその類型 ...13 表 9 佐佐木 (2007:42)による『万葉集』,『古今和歌集』,『新古今和歌集』 における<われ>の使用の変化 ... 44 表 10 佐佐木 (2007:42)による『古今和歌集』と『新古今和歌集』 における<われ>の使用 .………..49 表 11 近世の研究対象の抄物・歌人とその歌数 ... 50 表 12 近代の研究対象の歌人とその歌集 ... 51 表 13 近世の<われ>の明示頻度 ... 53 表 14 近世の作者別<われ> ... 56 表 15 近世の時期別<われ> ... 58 表 16 近世の時期別<われ>の z 検定結果 ... 58 表 17 近代の<われ>の明示頻度 ... 59 表 18 近代の<われ> ... 62 表 19 現代の<われ>の明示頻度 ... 63 表 20 中古から現代の<われ>の明示頻度 ... 66 表 21 <われ>の明示比率の z 検定結果 ... 67 表 22 <われ>の明示頻度の各時代間の有意差の有無 ... 69, 144 表 23 現代の年齢別<われ> ... 70 表 24 年代間の有意差の有無... 71 表 25 見かけの時間の近代と現代の z 検定結果 ... 72

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vi 表 26 中古のコーパスと資料... 85 表 27 中世のコーパスと資料... 86 表 28 近世のコーパスと資料... 87 表 29 小椋他 (2011)による助詞/助動詞の口語/文語の対応表 ... 95 表 30 近代のコーパスと資料... 98 表 31 中古の<する>/<なる>表現の使用頻度 ... 100 表 32 中古の時期区分 ... 105 表 33 中古の<する>表現の時期別・作品別内訳 ... 106 表 34 中古の<なる>表現の時期別・作品別内訳 ... 107 表 35 中古の時期別<する> ... 109 表 36 中古の時期別<する>の z 検定結果 ... 109 表 37 中世の<する>/<なる>表現の使用頻度 ...110 表 38 中世の<する>表現の作品別内訳 ...113 表 39 中世の<なる>表現の作品別内訳 ...113 表 40 中世の地域別<する> ...114 表 41 中世の地域別<する>の z 検定結果 ...114 表 42 近世の<する>/<なる>表現の使用頻度 ...115 表 43 近世の時期区分 ...118 表 44 近世の<する>表現の作品別内訳 ... 120 表 45 近世の<なる>表現の作品別内訳 ... 124 表 46 近世の時期別<する> ... 127 表 47 近世時期別<する>の z 検定結果 ... 128 表 48 近世の地域別<する> ... 128 表 49 近世の地域別<する>の z 検定結果 ... 129 表 50 近代の<する>/<なる>表現の使用頻度 ... 129 表 51 近代の使役受身構文 ... 132 表 52 現代の<する>/<なる>表現の使用頻度 ... 134 表 53 各時代の<する>/<なる>表現の使用 ... 137 表 54 <する>表現の使用比率の z 検定結果... 139 表 55 <する>の使用比率の各時代間の有意差の有無 ... 141, 144 表 56 相関係数と相関性の度合い ... 145, 170 表 57 <われ>と<する>表現の各時代の使用比率 ... 146 表 58 中古から現代の<われ>と<する>表現の相関関係 ... 146 表 59 中古から近代の<われ>と<する>表現の相関関係 ... 146 表 60 各時代の<する>表現における使役受身構文の使用 ... 149

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vii 表 61 使役受身構文の使用頻度の z 検定結果 ... 150 表 62 <する>表現に占める使役受身構文の各時代間の有意差の有無 ... 152 表 63 各時代の<なる>表現におけるニ格の占める割合 ... 154 表 64 <なる>表現におけるニ格の使用比率の z 検定結果 ... 155 表 65 <なる>表現に占めるニ格の各時代間の有意差の有無 ... 157 表 66 <なる>表現におけるデ格の占める割合 ... 158 表 67 <なる>表現におけるデ格の使用比率の z 検定結果 ... 160 表 68 <なる>表現に占めるデ格の各時代間の有意差の有無 ... 161 表 69 <なる>表現におけるヲ格の占める割合 ... 163 表 70 <なる>表現におけるヲ格の使用比率の z 検定結果 ... 164 表 71 <なる>表現に占めるヲ格の各時代間の有意差の有無 ... 166 表 72 各時代の刺激の格表示の頻度………..167 表 73 <なる>表現における刺激格の使用比率の z 検定結果………168 表 74 <なる>表現に占める刺激格の各時代間の有意差の有無………..170 表 75 <われ>とニ格の各時代の使用比率 ... 171 表 76 <われ>とニ格の相関関係 ... 171 表 77 <する>とニ格の各時代の使用比率 ... 173 表 78 中古から現代の<する>とニ格の相関関係 ... 173 表 79 中古から近代の<する>とニ格の相関関係 ... 174

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viii

図の目次

図 1 岡 (2013)による英語と日本語の事態把握 ... 11 図 2 中古・近代・現代における<する>表現の使用の変化 ... 12 図 3 『雪国』における外の視点と内の視点 ... 27 図 4 Langacker (1985:121)による視点配列モデル ... 29 図 5 Langacker (1991a:209-211, 317)による視点配列モデル ... 29 図 6 上原 (2011:241)によるそれぞれの表現の表す「見え」 ... 30, 31 図 7 中村 (2009:359, 363)による認知モード ... 32 図 8 町田 (2009:359)による SS モデル ... 33 図 9 Langacker (1991b:215)による人間の外界認知のプロセス ... 35

図 10 Langacker の action chain と Croft の causal chain ... 36

図 11 山梨 (1995:254-259)による前景化と背景化 ... 37 図 12 上原 (2006:98)による内的状態述語の表す状況 ... 47 図 13 Langacker (2003:6)による参照点構造……… 55 図 14 (23a)と(24a)の見えの違い………..61 図 15 <われ>の明示頻度の変化 ... 67, 143 図 16 現代の年齢別<われ> ... 70 図 17 谷口 (2005:261)による他動構造と自動構造の事態解釈モデル ... 77 図 18 <する>表現と<なる>表現 ... 78 図 19 中古の<する>表現の使用頻度(悩む~驚く) ... 101 図 20 中古の<する>表現の使用頻度(怒る~嘆く) ... 101 図 21 中世の<する>表現の使用頻度(悩む~驚く) ... 111 図 22 中世の<する>表現の使用頻度(怒る~嘆く) ... 111 図 23 近世の<する>表現の使用頻度(悩む~驚く) ...116 図 24 近世の<する>表現の使用頻度(怒る~嘆く) ...116 図 25 近代の<する>表現の使用頻度(悩む~驚く) ... 130 図 26 近代の<する>表現の使用頻度(怒る~嘆く) ... 130 図 27 現代の<する>表現の使用頻度(悩む~驚く) ... 135 図 28 現代の<する>表現の使用頻度(怒る~嘆く) ... 135

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ix 図 29 <する>表現の使用の変化 ... 139, 144 図 30 <われ>と<する>表現の相関関係 ... 147 図 31 <なる>表現に占めるニ格の使用の変化 ... 155 図 32 <なる>表現に占めるデ格の使用の変化 ... 159 図 33 <なる>表現に占めるヲ格の使用の変化 ... 164 図 34 刺激の格表示の頻度の変化 ... 168 図 35 <われ>とニ格の相関関係 ... 172 図 36 <する>とニ格の相関関係 ... 173 図 37 起因着目型事態把握と状況変化着目型事態把握にまたがるニ格…………..176

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1 章 序論

1. 1 研究背景

これまで日本語話者の事態把握の通時的変化は、池上 (2012)、西光 (2012)らによって 分析されてきた。その中で、主観性の変化については、上代から中世までの和歌集におけ る客観的把握の指標である<われ>の明示頻度が減少したことから、西光 (2012)は上代から 現代にかけて主観的把握にシフトしていると論じている。また、主観性の変化を言語進化 や文法化の観点から分析した研究に中村 (2009)や金谷 (2004)がある。中村 (2009)は、言 語は一般に主観的把握から客観的把握へと進化しているとし、金谷 (2004:178-184)は、英 語が<ある>言語から<する>言語化していったのに対して、日本語は<ある>言語の特徴をよ り強めていっていると主張している。 また、現代日本語は<なる>言語と呼ばれ、動作主よりも状況全体の変化に焦点を当てた <なる>表現を好んで用いると言われている。他方、英語は状況における個に着目し、その 行為に焦点を当てた<する>表現を多用する(池上 1981)。このような<する>/<なる>表現 の使用に関しては、これまでは日本語と英語のような類型が異なる言語を対照させて通言 語的に論じられてきたが、日本語という同一言語内で通時的にどのように変化していった のかについてはまだ明らかになっていない。 そこで本研究では、中古から現代にかけての日本語の事態把握の変化を、①短歌におけ

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2 る<われ>の明示頻度の増減によって主観的把握/客観的把握の変化を調べ、②心理動詞構文 における<する>表現の使用頻度の増減によって、起因着目型事態把握/状況変化着目型事態 把握の変化を調査する。①は佐佐木 (2007)で調査された中古と中世のデータに加え、まだ 未調査である近世から現代のデータを収集して<われ>の明示比率を比較する。②は中古か ら現代の書き言葉口語体の資料の心理動詞構文を<する>/<なる>表現に分けて収集して<す る>表現の使用比率を各時代で比較する。なお、1.7.2 節で取り上げる心理動詞構文を収集 した予備調査の結果では、日本語話者はいずれの時代も<する>表現よりも<なる>表現を多 用することがわかった。そのため、本研究では客観的把握および起因着目型事態把握とい う英語に代表される言語類型に適用される用語を用いるが、日本語はいずれの時代も英語 に比べれば主観的把握および状況変化着目型事態把握であったと言える。一方で、予備調 査の結果では<する>表現を使用する頻度には時代間で有意差が表れたため、本研究では <われ>においてもその明示頻度に時代間で差が表れると仮定し、<われ>の明示頻度がより 高い時代は他の時代と比べて客観的把握の傾向にある時代、その頻度がより低い時代は相 対的に主観的把握の傾向にある時代、<する>表現の使用頻度がより高い時代は他の時代と 比べて起因着目型事態把握の傾向にある時代、その頻度がより低い時代は相対的に状況変 化着目型事態把握の傾向にある時代と考えて分析することとする。

1. 2 研究の動機と意義

筆者が通時的変化に興味を持ったきっかけは、これまで言語学を学んできた中で、共時 的な現象の背景には通時的な変化による動機づけがあり、その説得力の強さを知ったこと であった。樋口 (2009:50)によると、認知言語学の対象は今のところ共時的現象が中心だ が、歴史言語学の研究成果には共時的現象の謎に新見地からの説明可能性や新展開への糸 口を示唆するものが多い。 認知言語学の通時的研究はこれまで主に歴史語用論の分野で行われてきた。金杉 (2011) によると、歴史語用論は言語の語用論的な意味と機能について、歴史的な変化のプロセス、 個々の時代での社会文化的規範、生活習慣をも含めた視点から考察を重ねる分野である。 ここ10年余りの間、この分野での研究はかなり活発化してきており、文法化、語用論的推 論、主観性、間主観性をキーワードに意味と機能との歴史的拡張の原理を追及することが

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3 最大の課題であるという。これらは主にTraugott (1989, 1995, 2010)などの枠組みで論じ られてきた。一方、本研究で扱う視点に関する研究にはLangacker (1985, 1991a, 1991b, 2009)がある。これらの研究ではともにsubjectivityを扱っているが、Langacker (2006)は これまでのTraugottと自身のsubjectivityの研究を以下の表1のようにまとめ、その違いを 明らかにしている。

表 1 Langacker (2006)によるトローゴットとラネカーの違い

トローゴット ラネカー 表現/意味がsubjective 捉えがsubjective 概念内容の問題 捉えの問題 ある状況が存在する領域に関係 ある要素に対する場面全体における 捉え,視座に関係 (上原 2016b) 本研究で扱う事態把握という問題は「捉えの問題」である。したがって、Langacker の 研究のsubjectivity と関連しているが、認知言語学において通時的な研究が行われている のは今のところTraugott に代表される歴史語用論の分野がほとんどである。<する>と<な る>については、日本語の<なる>表現への着目は英語の<する>表現との対照に発しているた め、日本語の記述的研究よりも、日英対照の枠で行われる傾向が顕著であった(守屋 2016)。 また、吉村 (2009:19)によると、「捉え方」は物や出来事とそれにかかわる人間の主観、経 験、母語の習慣によって決まるとされ、コミュニティの構成員が1 つの物や出来事に対し て主観と経験を共有し、共通する言葉の慣習にしたがってその物や出来事を指せるように なることと理解できる。このことから、言語共同体は同じ捉え方を同じ言葉で指すコミュ ニティということになり、したがって母語の違いは捉え方の違いを映し出す鏡ということ になるという。このような背景もあって、事態把握の違いはこれまで通言語的に論じられ てきた。しかし、このコミュニティというのを「ある時代を生きる人々」と捉え直すこと で、同じ母語であってもそれぞれの時代のコミュニティによって共有された見方の間には 差異があるのではないかと考えられる。このような考え方に基づくこれまでの捉えの観点

(25)

4 からの歴史的研究は、管見の限り池上 (2012)と西光 (2012)に限られている。したがって、 本研究で事態把握の通時的変化を分析することは、認知歴史言語学において新たな研究課 題を開拓する試みである。通時的にこの事態把握の仕方がどのように変化したかを探る分 析では、共時的研究における対照研究のようにまったく同じテキスト(事態)をどのよう に違う言語形式で表現するかというような、対訳コーパスを用いた分析が可能でないこと が困難な点ではある。しかし、歴史語用論の研究で用いられている手法であるそれぞれの 時代の話し言葉にできる限り近いとされている口語資料の主に会話部分の分析によって表 現形式を比較することで、それぞれの時代の日本語話者がどのような視点で物事を見てい たのかを明らかにすることができると考えられる。本研究の目的は、これまで主に共時的・ 通言語的に分析されてきた日本語の事態把握を通時的に分析することで、認知歴史言語学 の分野に新たな知見を示し、寄与することである。

1. 3 本研究の立場と認知歴史言語学の枠組み

本研究で用いる理論的枠組みである認知言語学では、言語は認知主体の世界の切り取り 方が反映されるとされている。本研究で用いる口語資料は各時代の話し言葉に最も近いと されてはいるが、録音された話し言葉でない以上、当然ながら書き言葉口語体(野村 2011) の域を出ることはできない。そして、書き言葉である以上、漢文や欧文の影響などは排除 しきれない。歴史言語学ではそのような音声資料が入手できないことは研究の限界である と言える。また、そのような外国語における視点の置き方がその時代の人々のものの見方 にまで影響を与えた可能性も排除しきれない。したがって、本研究では、認知言語学の立 場から、各時代の口語資料には各時代を生きた人々の世界の切り取り方が反映されている という考え方に基づき、事態把握の指標の使用の変化を探ることで、中古から現代までの 日本語話者がどのような物事の見方をしていたのかを明らかにする。

1. 4 本研究における指標と事態把握

本研究では、事態把握の指標を表す用語として、①話者を指し示す一人称代名詞の総称

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5 <われ>(客観的把握/主観的把握の指標)、②事態を引き起こす起因に焦点を当てる事態把 握を本研究では<起因着目型事態把握>と呼ぶこととし、その指標<する>、③状況全体の変 化に焦点を当てる事態把握を<状況変化着目型事態把握>と呼び、その指標<なる>を用いる。 すなわち、本研究で扱う指標とそれらが表す事態把握は以下の表2 のようにまとめられる。

表 2 指標と事態把握

指標 事態把握 ①<われ> [明示] 客観的把握 [非明示] 主観的把握 ②<する>表現 起因着目型事態把握 ③<なる>表現 状況変化着目型事態把握 次節ではこれらの指標と事態把握の関係について説明する。

1. 4. 1 <われ>と客観的把握/主観的把握

①における主観的把握とは、話者が自らの五感による体験(見る、聞く、嗅ぐ、触る、 味わう)やそれによって感じたこと、思ったことを語る場合に、話者が体験した内容のみ を言語化する場合の事態把握である。主観的な表現には度合いがあるが、最も主観的と言 える表現は、話者から見えている情景、聞こえている音、匂っている香り、触れている感 触、味わっている味などを感じるままに言葉にした表現である。 このような表現では、話 者は感じたことを形容詞で表したり、感知したものを名詞で表したりする。以下の(1)はそ の例である。 (1) a.(新鮮な果物を食べて) 「美味い!」 b. (美しい歌を聴いて)

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6 「綺麗な声!」 最も主観的なのはこのような話者の感じた内容を感じたままに表したもので、体験主体 である話者の存在は表されない。このような表現が客観的になっていくと、以下の(2a)の ように話者の存在が感じられる表現となり、(2b)の最も客観的な表現では話者が言語化さ れる。 (2) a. (1a)より客観的:「美味いと思う」 b. 最も客観的:「私は美味いと思う」 (2a)では「と思う」が付加されたことで、「思う」主体である話者の存在が含意され、(1a) と比べても表現が体験内容だけではなくなっている点でより客観的把握の表現である。こ のように、体験者主体の存在が感じられる表現になるほど客観的となるため、(2b)は「私 は」と体験主体が明示されていることから最も客観的把握の表現と言える。 そのため、本研究では、作者の見たもの、聞いたもの、感じたことなどの体験を表して いる短歌を題材に、最も客観的な事態把握である場合に明示される<われ>を指標として、 これが明示される場合を客観的把握、明示されない場合を主観的把握であると考える。

1. 4. 2 <する>表現/<なる>表現と起因着目型事態把握/状況変化着目型

事態把握

<する>と<なる>という類型は池上 (1981)で提起された概念で、これまでは主に<する> 言語の英語と<なる>言語の日本語という対立で論じられてきた。①の客観的把握と主観的 把握では、話者の見たこと、聞いたことなどの体験を表す表現において、<われ>という体 験主体が表されているかどうかで客観的把握の表現と主観的把握の表現に分かれるのに対 して、②の起因着目型事態把握と③の状況変化着目型事態把握では話者は問題にならず、 因果関係がある事態をこのいずれかの把握の仕方によって切り取り、<する>表現か<なる> 表現を選んで表現する。例えば、<太郎がくしゃみした>→<花子が驚いた>という2 つの出 来事があったとする。この一連の出来事を、太郎の動作に着目し、太郎を動作主体として 言語化すると、「太郎がくしゃみして花子を驚かせた」となる。これは、2 つの出来事の因 果関係を明確にして表す<する>表現である。一方の、<なる>表現は、太郎の動作ではなく、

(28)

7 2 番目の結果として起こった出来事である<花子が驚く>という状態変化に着目し、「花子は 驚いた」と表す。もしくは、何に驚いたのか/何で驚いたのかをニ格などによって表して、 「花子は太郎のくしゃみに驚いた」と表現する。この場合は、1 番目の出来事に言及して いる点で「花子は驚いた」よりも2 つの出来事の間の因果関係を暗示しているが、太郎を 動作主/仕手と捉えてはいないため<なる>表現である。心理動詞構文では、ニ格の他にデ格 やヲ格でこのように心的変化の刺激となるものが表される。このように、起因着目型事態 把握と状況変化着目型事態把握の違いは事態のどの部分を切り取るかの違いであるが、客 観的把握と主観的把握の違いは話者が事態を外と内のどちらの視点から見るかの違いであ る。外の視点は神の視点とも呼ばれ(金谷2004)、この視点に立って見れば事態の中にい る話者自身がその視野に入るため、<われ>が言語化される。逆に事態の中にいる自分自身 を原点とする視点に立てば、話者自身はその視野に入らないため言語化されない。

1. 4. 3 <われ>の明示/非明示と<する>/<なる>表現の選択の間の関係

<われ>の明示/非明示と<する>/<なる>表現の表す事態把握の違いは以上の通りであるが、 ではこれらの指標の使用の間には何らかの関係があるのだろうか。 池上 (2008a:89-90, 2016:7)は、「霧たつ」、「かぎろひ」のような自然現象の運動を捉え る言葉や、「春めく」、「夕されば」、「夜さり」のような季節ないし時間の移動を表す、身体 感覚に訴え、「私」という語が結びつきようのない日本語の<なる>的な表現を例に挙げ、 <なる>的な表現の本質は<主観的把握>(つまり、<体験>的な事態把握)の言語化ではない かと論じている。以下の(3)の例は、「春めく」という表現における、客観的把握の英語と の違いである。 (3) 「春めく」:太陽の輝きが日に日に強くなって、周囲が明るくなってくる、気 温が上昇して暖かさが増してくる、空気も次第に和んでくる―こ ういったことが「肌を通して」感じられる―英語でなら‘Spring comes’と言うところであろうが、「春めく」にあるような身体感覚 に訴える力は乏しい。(→<推移の感覚>(吉川 1973)) (池上 2016:7) 池上は、英語の‘Spring comes’の‘come’は基本的に<モノ>の<移動>という抽象的な運動を

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8 意味するのと対比して、日本語の「春めく」は<コト>の<推移>、変化する<過程>という様 相での捉え方であると述べている。このことから、日本語の特徴的な主体の体験的な表現 は、<推移>および<過程>に着目する<なる>的な捉え方と結びついていると考察している。 このように、これまで主観的把握と状況変化着目型事態把握の間には相関があるのでは ないかと論じられてきた。そこで本研究では、客観的把握の指標である<われ>と<する>表 現の使用の相関を量的に検証する。

1. 5 時代区分

本 研 究 で は 、 日 本 語 史 研 究 の 慣 習 に な ら っ て 政 治 区 分 で 時 代 を 分 け た 加 藤 他 編 (1989:282-83)による以下の表 3 をもとに、時代を以下の表 4 のように区分した。

表 3 加藤他編 (1989:282-283)による日本語史の時代区分

1. 古代 B.C.13000 ~ A.D. 600 縄文・弥生・古墳時代 2. 上代 600 ~ 784 飛鳥・奈良時代 約200 年間 3. 中古 784 ~ 1184 平安・院政時代 約400 年間 4. 中世 1184 ~ 1603 鎌倉・室町時代 約400 年間 5. 近世 1603 ~ 1867 江戸時代 約300 年間 6. 近代 1868 ~ 1945 明治・大正・昭和前半時代 約80 年間 7. 現代 1946 ~ 昭和後半・平成時代 約70 年間

表 4 本研究の日本語史の時代区分

時代区分 時代名 西暦 上代 飛鳥・奈良時代 600 年~784 年 中古 平安時代 784 年~1184 年 中世 鎌倉時代 1185 年~1333 年 室町時代 1336 年~1603 年 近世 江戸時代 1603 年~1867 年 近代 明治時代 1868 年~1912 年

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9 大正時代 1912 年~1926 年 現代 平成時代 1989 年~ 本研究では、成立・初出の年によって資料を時代区分ごとに分けて分析する。ただし、 『虎明本狂言集』の初出は 1642 年で近世だが、中世の狂言を書写したものとして『日本 語歴史コーパス』(国立国語研究所)でも室町時代編として公開されているため、この資料 の み 初 出 と 時 代 区 分 が 一 致 せ ず 、 中 世 の 資 料 と し て 扱 っ て い る 。 な お 、 加 藤 他 (1989:282-83)は昭和時代を前半と後半に分けて、近代と現代にそれぞれ入れているが、本 研究では昭和時代を扱わないため、これはどちらの区分にも含めていない。

1. 6 中央語の歴史

本研究で研究対象とする言語は日本語であるが、厳密にいうと本研究では日本語の「中 央語」話者の事態把握の変化を調べる。大木 (2013:93-95)、小柳 (2014:20)によると、日 本語史における中央語は、近世以前と近代以降で大きく地域が変わる。上代から近世まで は奈良・京都で使用されていた方言が中央語だが、近代以降は東京で使用される方言に基 づく共通語が中央語となるとされている。この捻れは、日本語の一貫した歴史を描こうと する時に支障となりかねないが、このような捻れが生じたのには、次の(4)の 2 つの事情が あるという。 (4) a. 政治・文化的な中心地(すなわち「中央」)の移動 b. 言語資料の残存状況の変化 (小柳 2014:20) 大木 (2013:93-95)、小柳 (2014:20)によると、(4a)について、上代から中世までは長く 朝廷が支配的だった奈良・京都が政治的・文化的な中心地である。中世前期に一時的に政 治的な中心地が鎌倉に移るが、文化的な中心地は京都であり、中世後期は政治的な中心地 も再び京都に戻る。近世以降は、幕府の置かれた江戸が政治的な中心地となるが、近世前 期は上方が文化的に優位で、江戸が文化の成熟を迎えるのは後期に入ってからである。そ

(31)

10 の後、近代になって東京が首都として政治的・文化的な中心地となった。このように、政 治的・文化的な中心地が近世を境に移動したために、日本語史の「中央語」も地域が変わ ったのである。(4b)については、一般に言語資料となる文献は政治的・文化的な中心地に 多く残り、それらはその地域の言語を反映するものである。逆に、政治的・文化的な中心 地から外れた地域には古い資料が残存しておらず、江戸・東京以前の東国の方言を明らか にするための資料が絶対的に不足している。そのため、現代の「中央語」から遡って歴史 を記述することができない。本研究では中古から現代にかけての日本語話者の事態把握の 変化を探るが、このような事情から、厳密には日本語の中央語話者(中古から近世前期ま では近畿方言の話者、近世後期から現代は東京方言の話者)の事態把握の変化を調査する こととする。

1. 7 仮説

1. 7. 1 先行研究

中村 (2009)は、言語は一般に認知主体が客体との身体的インタラクションによって主客 を明確に区別しない、主客未分の認知モードであるI モードの事態把握から、主体と客体 を峻別し、主客のやり取りを客観的に観察するD モードへ進化するとしている。また、岡 (2013:64-65)は、事態の基本型が<する>型(主語 – 目的語 – 他動詞)で、客観的把握の 事態把握の英語は、主体が場に独立した形で存在する「主体の論理」が強い言語で、事態 の基本型が<なる>型で、主観的把握の事態把握であるという日本語は、主体が場に依存し て場に埋め込まれた形で存在する「場所の論理」が強い言語であるとしている。岡 (2013) はこのような英語と日本語の違いを以下の図1 のように図示している。

(32)

11

(a) 英語

(b) 日本語

図 1 岡 (2013)による英語と日本語の事態把握

岡 (2013)は、場所の論理の方が根源的で、それを基盤として主体の論理があると述べて いる。このことから、古い時代はより主観的把握で場所の論理が強い、すなわち状況変化 着目型事態把握で、新しい時代になるほど客観的把握で主体の論理が強い、すなわち起因 着目型事態把握の傾向が強くなるのではないかと推測できるのではないだろうか。

1. 7. 2 本研究における仮説

本研究では予備調査を行い、前節の先行研究から導き出される仮説を検討した。この調 査では中古、近代、現代を研究対象とし、まず以下の各時代を代表する作家や作品の総索 引において使用頻度の高い心理動詞を集めた。 中古:宮島(編)(1969)『古典対照語い表』 近代:近代作家用語研究会・近代作家用語研究会・教育技術研究所(編) (1985) 『作家用語索引 芥川龍之介』・『作家用語索引 森鴎外』

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12 靏岡(編)(1992)『たけくらべ総索引』 現代:国立国語研究所「現代日本語書き言葉均衡コーパス」語彙表の短単位語彙 表データ) そして、収集した文例を<する>表現と<なる>表現に分けて集計した本研究の予備調査の 結果は以下の表5、6、7 と図 2 の通りである。

表 5 中古・近代・現代における<する>/<なる>表現の使用

図 2 中古・近代・現代における<する>表現の使用の変化

中古 近代 現代 なる する なる する なる する 飽きる 100 0 97 3 98 2 驚く 95 5 96 4 94 6 喜ぶ 99 1 90 10 88 12 悩む 40 10 20 30 46 4 嘆く 25 0 25 0 25 0 計 358 17 328 47 351 24 % 95.5% 4.5% 87.5% 12.5% 93.6% 6.4% 0.0% 5.0% 10.0% 15.0% 中古 近代 現代

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13

6 中古・近代・現代の<する>表現の使用比率の z 検定結果

合計 <する> <する>の比率 p z 有意差 中古 358 17 0.047486034 0.093294 -4.30974 あり 近代 328 47 0.143292683 合計 <する> <する>の比率 p z 有意差 中古 358 17 0.047486034 0.071225 -1.22875 なし 現代 351 25 0.071225071 合計 <する> <する>の比率 p z 有意差 近代 328 47 0.143292683 0.106038 3.047929 あり 現代 351 25 0.071225071 有 意 水 準 α で 両 側 検定α= 5 棄 却 域 |z|≧ 1.96

表 7 中古・近代・現代の<われ>の明示頻度の各時代間の有意差の有無

中古 近代 現代 中古 近代 -4.30974 現代 -1.22875 3.047929 有意水準αで両側検定 α=5 棄却域|z|≧1.96 これらの結果では、<する>表現の使用頻度は中古から近代までは 8%増加、近代から現 代までは 6%減少と大きい変化とは言えないものの、それぞれの時代の間には有意差があ り、山なりの変化を辿っていることがわかった。これまで日本語の変化は、上代から現代 へ客観的把握に変化するか、主観的把握に変化するか、どちらかの一方向的な変化として

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14 捉えられることが多かったが(池上 2012, 西光 2012)、以上の結果から<する>表現の使 用頻度は高い時代から低い時代に移行する場合もあり、高くなる一方ではないということ が見てとれる。したがって、先行研究から推測される結果とは異なる結果となった。この 予備調査はデータ数も少なく簡単な調査であり、第4 章ではより詳細な調査を行うが、こ の結果から日本語の事態把握の変化は直線的ではなく、起因着目型事態把握の傾向が強い 時代と弱い時代に分れるのではないかとの仮説が立てられる。 では、予備調査は<する>表現の使用頻度の変化についてのみ行い、起因着目型事態把握 の通時的変化について調査したが、主観性の変化についてはどのような仮説が立てられる であろうか。櫻井 (2013:3)によると、場の言語学(岡 2013)では、ある主体が対象に対 して働きかけを行い、変化を与えるという他動的関係が明示されるような出来事の捉え方 は、場から離れて存在する話し手の視点である。すなわち、話し手が客観的に出来事を観 察している場合に<する>表現が用いられる。このことから、主観的把握と<なる>表現の使 用、客観的把握と<する>表現の使用には、それぞれ関わりがある可能性がある。したがっ て、客観的把握の指標である<われ>の明示頻度も、起因着目型事態把握の指標である<する >表現の使用頻度と同様の変化をたどっている可能性がある。

1. 8 研究課題

本研究のリサーチクエスチョンは、以下の①~③である。 ①中古から現代にかけて日本語話者の事態把握が、客観的把握/主観的把握どちら の傾向にシフトしたのか、また、起因着目型事態把握/状況変化着目型事態把握 どちらの傾向にシフトしたのか。 ②日本語は、<われ>の明示頻度が高まり、客観的把握にシフトすると、<する>表 現の使用頻度も高まり、起因着目型事態把握にシフトするのか。 ③事態把握の通時的変化は、言語進化や言語発達のように不可逆的にシフトする のか。 これらを究明するために、本研究で調査する内容は大きく分けて以下の1~4 である。

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15 1. 客観的把握/主観的把握の通時的変化 短歌の<われ>の明示頻度の変化を探ることで、<われ>の明示頻度が高い時代 は客観的把握の傾向、低い時代は主観的把握の傾向と判断し、主観性の通時 的変化を分析する。 2. 起因着目型事態把握/状況変化着目型事態把握の通時的変化 心理動詞構文における<する>表現の使用頻度の変化を探ることで、<する>表 現の使用頻度がより高い時代は起因着目型事態把握、より低い時代は状況変 化着目型事態把握と判断し、状況変化着目型事態把握の通時的変化を探る。 3. <われ>と<する>表現の相関関係 ①客観的把握の指標である<われ> ②事態の基本形が<なる>型であるとされる日本語においてあえて使用されてい る<する>表現 の2 つの通時的変化に相関があるのかを調べる。 4. 1~3 の結果を踏まえて、日本語の事態把握が古い時代から新しい時代、子供 から大人にかけて、主観的把握から客観的把握に変化するとされている言語進 化や言語発達と同様の変化を辿るのかを考察する。

1. 9 論文の構成

次の第2 章では、本研究の理論的枠組みである認知言語学における事態把握の概念を概 観する。 第3 章では、中古から現代にかけての短歌における<われ>の明示頻度を調べ、日本語話 者の主観性が中古から現代にかけて客観的把握の傾向にシフトしたのか、主観的把握の傾 向にシフトしたのかを探る。

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16 第4 章では、中古から現代の書き言葉口語体の資料の心理動詞構文における<する>表現 と<なる>表現の使用頻度を調べ、日本語話者の事態把握が起因着目型事態把握の傾向にシ フトしたのか、状況変化着目型事態把握の傾向にシフトしたのかを明らかにする。 第5 章では、第 3 章と第 4 章で調べた<われ>と<する>表現という事態把握の指標の使用 の変化の間に相関性があるのかを調べる。 第6 章では、<する>表現における使役受身構文の使用頻度と、<なる>表現における刺激 のニ格、デ格、ヲ格の使用頻度の通時的変化を調べ、第5 章において<われ>の明示頻度と <する>表現の使用頻度の相関で、現代だけが比較的低い結果となった要因を究明する。 最後の第7 章では、本研究における調査結果をまとめて報告し、日本語話者の事態把握 の通時的変化と言語進化や言語発達における日本語の変化との違いについて考察する。最 後に、日本語の今後の変化について考え、本研究の限界について述べた上で、今後の課題 を提示して総括する。

図  5  Langacker (1991a:209-211, 317)による視点配列モデル
図  11  山梨  (1995:254-259)による前景化と背景化

参照

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