• 検索結果がありません。

心理動詞の<する>/<なる>表現の構文選択

148

第 6 章 心理動詞の<する>/<なる>表現の構文

149

そふといたしんしたを、ぬしに見とがめられんしたも、まことにふ思 議でおざりいす

(司馬山人戲『今様操文庫』) 近代:新「へえ粗忽の浪士萩原新三郎と申します、白翁堂の書面の通り、何

の因果か死霊に悩まされ難渋を致しますが、貴僧の御法を以て死霊を 退散するようにお願い申します」

(三遊亭円朝『怪談牡丹灯籠 04 怪談牡丹灯籠』)

現代:「あそこに森があって、なおかつ航空支援も望み薄とあっては、敵の 増援にいつまでも悩まされることになります。今日もあぶないところ でした」

(佐藤大輔『真珠湾の暁』)

そして、各時代の<する>表現における使役受身構文の使用頻度は以下の表 60 の通りで ある。(比率は各時代の<する>表現に占める使役受身文の割合で、小数点以下第 2 位を四 捨五入して示している)

表 60 各時代の<する>表現における使役受身構文の使用

中古 中世 近世 近代 現代

悩む 0 0 0 17 1

喜ぶ 0 0 0 0 0

迷う 0 0 0 0 0

(戸)惑う 0 0 0 1 0

腹が立つ/

腹を立てる 0 0 0 0 0

驚く 0 0 1 0 0

怒る 0 0 0 0 0

困る 0 0 0 0 0

堪える 0 0 0 0 0

150

恥じる 0 0 0 0 0

楽しむ 0 0 0 0 0

悲しむ 0 0 0 0 0

嘆く 0 0 0 0 0

計 0 0 1 18 1

% 0.0% 0.0% 5.6% 39.1% 4.8%

表 60 から、近代だけが突出してその使用頻度が高いことがわかる。<する>表現に占め

る割合も39.1%と4割近くを占めている。以下の表61、表62は、使役受身構文の時代間

の使用の差をz検定によって調べたものである。

表 61 使役受身構文の使用頻度の z 検定結果

合計 使役受身 使役受身の比率 p Z 有意差

中古 31 0 0

0.023256 -1.6263 なし

中世 12 1 0.083333

合計 使役受身 使役受身の比率 p z 有意差

中古 31 0 0

0.020408 -1.32593 なし

近世 18 1 0.055556

合計 使役受身 使役受身の比率 p z 有意差

中古 31 0 0

0.391304 -3.45042 あり

近代 46 18 0.391304

合計 使役受身 使役受身の比率 p z 有意差

中古 31 0 0

0.019231 -1.22684 なし

現代 21 1 0.047619

151

合計 使役受身 使役受身の比率 p z 有意差

中世 12 1 0.083333

0.066667 0.298807 なし

近世 18 1 0.055556

合計 使役受身 使役受身の比率 p z 有意差

中世 12 1 0.083333

0.327586 -2.02434 あり

近代 46 18 0.391304

合計 使役受身 使役受身の比率 p z 有意差

中世 12 1 0.083333

0.060606 0.413622 なし

現代 21 1 0.047619

合計 使役受身 使役受身の比率 p z 有意差

近世 18 1 0.055556

0.296875 -2.64324 あり

近代 46 18 0.391304

合計 使役受身 使役受身の比率 p z 有意差

近世 18 1 0.055556

0.051282 0.112019 なし

現代 21 1 0.047619

合計 使役受身 使役受身の比率 p z 有意差

近代 46 18 0.391304

0.283582 2.895273 あり

現代 21 1 0.047619

有意水準α で両側検定 α=

5 棄 却 域

|z|≧ 1.96

152

表 62 <する>表現に占める使役受身構文の各時代間の有意差の有無

中古 中世 近世 近代 現代

中古

中世 -1.6263

近世 -1.32593 0.298807

近代 -3.45042 -2.02434 -2.64324

現代 -1.22684 0.413622 0.112019 2.895273

中古と中世は使役受身構文の使用が0で、他の時代も近代以外は1しかなかったことか ら、18の使用がある近代はすべての時代と有意差がある。このことから、近代は使役受身 構文の使用で特徴づけられる。

6. 3 <なる>表現の格選択

ここからは各時代の<なる>表現の特徴を見るために、<なる>表現における刺激の格選択 を調査する。<なる>表現において刺激がニ格、デ格、ヲ格で表示されている構文を時代ご とに抽出し、それぞれの格で刺激を表示した構文をいくつずつ有しているかを数えた。

6. 3. 1 ニ格

中古から現代の<なる>表現における刺激がニ格で表される構文を収集したとこ ろ、以下のような例が見られた。

(46) 中古:御几帳のうしろなどにて聞く女房、死ぬべくおぼゆ。もの笑ひに堪へ ぬは、すべり出でてなむ、慰めける。

(紫式部『源氏物語』行幸)

153

現代語訳:御几帳の後ろなどにいて聞いている女房は、死にそうなほ どおかしく思う。おかしさに我慢できない者は、すべり出 して、ほっと息をつくのであった。

(渋谷栄一訳)

中世:平家のつわものども鳥の羽音に驚いて, 敗軍して面目を失い,

(『天草版平家物語』)

近世:手前が水車のよふな口車にまよつて、あき車が坂をおりるよふに、

(梅暮里谷峨『傾城買二筋道』)

近代:卑劣な!自分に恥じなさるがいい。

(豊島与志雄『理想の女』)

現代:「この事態に戸惑っておられるみたいですね?」

(西村京太郎『伊豆の海に消えた女』)

ニ格をとる自動構文には以下の例のような心的変化における刺激ではなく、経験者の名 前や心、立場をとり、その「名前や心、立場に対して経験者が恥じる」(すなわち「名前や 立場を汚す行動をとる」という意味)の文例があるが、これらのニ格は刺激を表示してい ないため、ニ格の分析対象からはずした。

(47) 皆が貴様を以て日本人たる資格のないものと断定したが、どうだ。それでも 良心に恥ぢないか。

(泉鏡花『海城発電』)

そして、各時代のニ格の使用頻度を調べたところ、以下の表63、図31の結果が出た。

154

表 63 各時代の<なる>表現におけるニ格の占める割合

中古 中世 近世 近代 現代

悩む 0 0 0 13 5

喜ぶ 0 0 0 0 0

迷う 0 0 6 2 0

(戸)惑う 1 0 0 1 8

腹が立つ/腹

を立てる 1 0 4 3 20

驚く 4 8 1 2 0

怒る 1 1 0 1 0

困る 3 0 1 3 0

堪える 15 0 2 11 14

恥じる 0 0 0 1 0

楽しむ 0 0 0 0 0

悲しむ 0 0 0 0 0

嘆く 1 0 0 0 0

計 26 9 14 37 47

% 9.8% 3.2% 5.4% 9.9% 11.5%

155

図 31 <なる>表現に占めるニ格の使用の変化

また、各時代間の比率に有意差があるかの検証として5%水準でz検定を行った結 果が以下の表64と表65である。

表 64 <なる>表現におけるニ格の使用比率の z 検定結果

合計 ニ格 ニ格の比率 p z 有意差

中古 266 26 0.097744

0.064338 3.10634699 あり

中世 278 9 0.032374

合計 ニ格 ニ格の比率 p z 有意差

中古 266 26 0.097744

0.076482 1.86139298 なし

近世 257 14 0.054475

合計 ニ格 ニ格の比率 p z 有意差

中古 266 26 0.097744

0.099462 -0.0714901 なし

近代 372 37 0.099462

合計 ニ格 ニ格の比率 p z 有意差

中古 266 26 0.097744

0.108148 -0.7018860 なし

現代 409 47 0.114914

0.0%

2.0%

4.0%

6.0%

8.0%

10.0%

12.0%

14.0%

中古 中世 近世 近代 現代

156

合計 ニ格 ニ格の比率 p z 有意差

中世 278 9 0.032374

0.042991 -1.2591317 なし

近世 257 14 0.054475

合計 ニ格 ニ格の比率 p z 有意差

中世 278 9 0.032374

0.070769 -3.2998919 あり

近代 372 37 0.099462

合計 ニ格 ニ格の比率 p z 有意差

中世 278 9 0.032374

0.081514 -3.8807878 あり

現代 409 47 0.114914

合計 ニ格 ニ格の比率 p z 有意差

近世 257 14 0.054475

0.081081 -2.0319252 あり

近代 372 37 0.099462

合計 ニ格 ニ格の比率 p z 有意差

近世 257 14 0.054475

0.091592 -2.6323591 あり

現代 409 47 0.114914

合計 ニ格 ニ格の比率 p z 有意差

近代 372 37 0.099462

0.107554 -0.6961278 なし

現代 409 47 0.114914

有 意 水 準 α で 両 側 検定α=

5 棄却域

|z|≧ 1.96

157

表 65 <なる>表現に占めるニ格の各時代間の有意差の有無

中古 中世 近世 近代 現代 中古

中世 3.1063469

近世 1.86139299

8

-1.2591317

近代 -0.0714901 -3.2998919 -2.0319252 7

現代 -0.7018860 -3.8807878 -2.6323591

3

-0.6961278

有意水準αで両側検定α=5 棄却域|z|≧1.96

これらの結果から、ニ格の使用頻度は、中古、近代、現代が中世よりも有意に高いこと がわかった。また、近世は近代と現代との間に有意差がある。刺激をニ格で表す<なる>表 現は、中古は「堪える」、中世は「驚く」、近世は「迷う」、近代では「悩む」や「堪える」、 現代では「腹が立つ/腹を立てる」や「堪える」でそれぞれ多く用いられている。<する>

表現はどの時代も「悩む」や「喜ぶ」で多用されていたが、ニ格をとる<なる>表現の使用 頻度が高い中古、近代、現代は、「堪える」でニ格によって刺激を表す傾向にあることがわ かった。また、図31のグラフを見ると、ニ格の使用頻度の変化は<われ>の明示頻度の変化 と非常に類似している。そして、中古から近代までの変化は<する>表現の使用頻度の変化 とも似ていることから、ニ格の使用と<われ>や<する>の使用の間には相関があると考えら れる。

6. 3. 2 デ格

中古から現代の<なる>表現における刺激がデ格で表される構文を収集したとこ

ろ、以下のような例が見られた。

158 (48) 中古:該当なし

中世:「なふはらたちや、#そのやうな事をいはしますか、#そのこんじやう じや所ではらがたつ#「と云て、つかみつひて、

(大蔵弥太郎虎明『虎明本狂言集』鈍太郎)

近世:聞ばおまへもお爺さんが久しい病気で困んなさるといふ事。

(松亭金水『比翼連理花迺志満台』初編中)

近代:現に僕の事でも彼女が惑うたからでしょう……

(国木田独歩『恋を恋する人』)

現代:いつまでも熊の縫いぐるみや人形で喜ぶと思っていらっしゃるととん だことになりますよ

(平岩弓枝『女の気持』上巻)

そして、各時代のデ格の使用頻度を調べたところ、以下の表66、図32の結果が 出た。

表 66 <なる>表現におけるデ格の占める割合

中古 中世 近世 近代 現代

悩む 0 0 0 2 7

喜ぶ 0 0 0 1 2

迷う 0 0 0 0 0

(戸)惑う 0 0 0 1 1

腹が立つ/腹

を立てる 0 1 4 3 3

驚く 0 0 0 1 0

159

怒る 0 0 0 1 0

困る 0 0 2 2 1

堪える 0 0 0 0 0

恥じる 0 0 0 0 0

楽しむ 0 0 1 0 1

悲しむ 0 0 0 0 0

嘆く 0 0 0 0 0

計 0 1 7 11 15

% 0.0% 0.4% 2.7% 3.0% 3.7%

図 32 <なる>表現に占めるデ格の使用の変化

また、各時代間の比率に有意差があるかの検証として5%水準でz検定を行った結 果が以下の表67と表68である。

0.0%

0.5%

1.0%

1.5%

2.0%

2.5%

3.0%

3.5%

4.0%

中古 中世 近世 近代 現代

160

表 67 <なる>表現におけるデ格の使用比率の z 検定結果

合計 デ格 デ格の比率 p Z 有意差

中古 266 0 0 0.001838 -0.97908 なし

中世 278 1 0.003597

合計 デ格 デ格の比率 p z 有意差

中古 266 0 0 0.013384 -2.70988 あり

近世 257 7 0.027237

合計 デ格 デ格の比率 p z 有意差

中古 266 0 0 0.02957 -2.17393 あり

近代 372 11 0.02957

合計 デ格 デ格の比率 p z 有意差

中古 266 0 0 0.022222 -3.15867 あり

現代 409 15 0.036675

合計 デ格 デ格の比率 p z 有意差

中世 278 1 0.003597 0.014953 -2.25096 あり

近世 257 7 0.027237

合計 デ格 デ格の比率 p z 有意差

中世 278 1 0.003597 0.018462 -2.4337 あり

近代 372 11 0.02957

合計 デ格 デ格の比率 p z 有意差

中世 278 1 0.003597 0.02329 -2.82148 あり

現代 409 15 0.036675

合計 デ格 デ格の比率 p z 有意差

近世 257 7 0.027237 0.028617 -0.17248 なし

近代 372 11 0.02957

161

合計 デ格 デ格の比率 p z 有意差

近世 257 7 0.027237 0.033033 -0.66339 なし

現代 409 15 0.036675

合計 デ格 デ格の比率 p z 有意差

近代 372 11 0.02957 0.033291 -0.55279 なし

現代 409 15 0.036675

有 意 水 準 α で 両 側 検 定 α=

5 棄却域|z|

≧ 1.96

表 68 <なる>表現に占めるデ格の各時代間の有意差の有無

中古 中世 近世 近代 現代

中古

中世 -0.97908

近世 -2.70988 -2.25096

近代 -2.17393 -2.4337 -0.17248

現代 -3.15867 -2.82148 -0.66339 -0.55279

有意水準αで両側検定α=5 棄却域|z|≧1.96

ニ格やヲ格は上代ではすでに使用されていたが(今泉 2009, 田中 2014)、デ格 は今泉 (2009)によると中古の中期に生まれた格助詞であり、『学研全訳古語辞典』

によると、格助詞『にて』が変化したもので、中古末期以降の用法であるため、中

古や中世ではまだその使用が非常に少ない。以上の結果から、デ格の使用に有意差

のある時代は、その使用がない、もしくはまだ少ない中古・中世と、その使用が定

着した近世から現代までの間だけであって、近世以降はデ格の使用頻度に変化がな

いことがわかった。したがって、各時代の構文選択はデ格の<なる>表現では特徴づ