日本企業の人事管理改革
藤 村 博 之 著
日本企業の人事管理改革
藤 村 博 之 著
はしカfき 第
I
部 日本企業の雇用制度...・H・...・H ・..…...・H ・..………...・H ・..……….
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1
第I章長期雇用と労働意欲鉄鋼業にみる長期雇用の重要性一………3 1.はじめに...・H ・..…………...・H ・H ・H ・..………...・H ・..……...・H ・...・H ・..3 (1)I
終身雇用」の意味…………...・H ・..…………...・H ・..………3 (2)雇用の安定性と労働意欲...・H ・..………...・H ・..・・H・H・...・H ・-…...・H ・-…6 (3)日本企業の経営方式と雇用の安定....・H ・....・H ・・………...・H ・...・H ・'.7(
4
)
この章の構成….
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9
2.長期雇用と労働意欲の関係…・…...・H ・....・H ・..………...・H ・...・H ・'10 (1)仕事の進め方と労働意欲....・H ・...・H ・...…H ・H ・...・H ・-…H ・H ・...・H ・....10 (2)長期雇用と仕事の進め方…・…...・H ・...・H・...・H ・...・H ・..……….153
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鉄鋼労連意識調査に見る雇用削減と労働意欲………...・H ・H ・H ・..……1
7
(
1
)
この節の目的………...・H ・..…………...・H ・..………1
7
(
2
)
資料・.
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1
8
(3)調査時点における鉄鋼業の状況……....・H ・-………...・H ・-…....・H ・'19(
4
)
時系列分析・.
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2
0
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5
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クロス分析....・H ・....・H ・.
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2
6
(6)この節のまとめ…………...・H・...・H ・..…………...・H ・..………33 4.雇用の安定性と労働意欲………...・H ・...・H ・..……...・H ・...・H ・...・H ・34 第2章企業グループ人事と労働組合の役割…・・H・H ・....・H ・...・H ・-…...・H ・'36 1.はじめに…………...・H ・..…...・H ・..…………...・H ・..………...・H ・..362
.
これまでの研究………...・H ・'"・H ・..……...・H・...・H ・..…・…3
8
(
1
)
雇用職業総合研究所の調査・.
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3
8
(2)労働組合の役割・・・・…...・・・・・・・…...・・403
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最近の企業グループ人事…………...・H ・-・・…………...・H ・H・H・..…….
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4
3
(
1
)
出向者数・...・・・・・・・4
3
(
2
)
出向者の属性・.
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4
6
(3)出向による労働条件の変化………...・H ・...・H ・..…....・H ・..…………..514
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A
労働組合の取り組み...・H ・..…...・H ・..…………・……...・H・...・H ・.
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5
4
(
1
)
グループ経営の実際・.
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5
4
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2
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出向に関する協定、覚書……...・H ・...・H ・..…...・H ・..………55 (3)統一労働条件に向けた取り組み………565
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今後の課題・・H ・H ・.
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5
7
第3章 公的資格取得と労働移動ービジネスキャリア制度の将来を考える-59 1.はじめに……...・H ・..………...・H ・...・H ・..………...・H ・..59 (1)この章の目的…・……...・H ・...・H ・H ・H ・..…・………...・H ・..59 (2)この章の構成...・H ・...・H ・..………....・H・..……...・H ・H ・H ・..… ..602
.
公的資格の概念整理....・H ・-……・…....・H ・....・H ・-………...・H ・6
1
(1)資格の種類と検討対象…...・H ・-……・…・・…....・H ・-…・………H ・H・-…6
1
(2)能動的能力と受動的能力・…………...・H ・..…...・H ・...・H ・...・H・...….623
.
労働供給側の意識 資格取得希望者は何を求めているのか?...・H ・.
.
6
4
(
1
)
資料・...・・・6
4
(2)資格取得とその後の行動・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・6
4
(3)受験準備者の思い・...・・…・・・...…・・・・...・・・・・・・・・・66(
4
)
この節のまとめ...・H ・H ・H ・..………...・H ・...・H ・...・H ・H・H・..……・・7
0
4.労働需要側の考え方……...・H ・..………...・H・..…・…………...・H ・H ・H ・.
7
0
(1)中途採用者の選考基準・...・・・・・・・・・7
0
(
2
)
資格取得に対する企業の考え方・.
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7
3
5
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資格取得後の動き....・H ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・7
4
(
1
)
この節の課題と資料・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・7
4
(2)資格取得後の行動・.
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7
4
6
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ビジネスキャリア制度の将来………...・H ・...・H ・..…...・H ・...・H ・..…8
5
第11部 中高年の能力開発………...・H ・..……89 第4章企業内人材育成の問題点と中高年の能力開発...・H ・..…...・H ・...・H ・..91 1. はじめに...・H・H ・H ・...・H ・..…・…...・H ・...・H ・H ・H ・...・H ・..……・・912
.
企業内人材育成の検討………...・H ・...・H ・..………...・H ・..…9
4
(1)現行方式の問題点…・..…・…・...・…・・・・・・・・・…・...・…・・・・・・・・・・・9
4
(2)問題解決の方向・...・・・・・・・・983
.
個人の対応と社会の役割・・H ・H ・...・H ・...………...・H ・...・H ・-…1
0
。
(
1
)f国人の対応一能力形成の自己管理…H ・H ・-…....・H ・...・H ・...…1
0
0
(2)社会の役割 中高年を応援する………1014
.
中高年の能力開発の問題点・H ・H ・...・H ・..……...・H ・..…...・H ・..……1
0
1
5
.
中高年の能力開発のポイント...・H ・..…...・H ・...・H ・..…...・H ・..……1
0
4
(1)金属加工業A
社 ....・H ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・1
0
5
(
2
)
繊維産業資材製造B
社・…....・H ・...・H・....……H ・H・-…H ・H ・..…H ・H ・.
1
0
7
(
3
)
省力化・自動化機械製造C
社…・…・・…....・H ・...…....・H ・....…・・…1
0
8
(4)中高年の能力開発のポイント...・H ・..………...・H ・..……109 6.まとめ…………...・H ・...・H ・...・H ・...・H ・..…...・H ・..…...・H ・..……110 第5章 中高年の職業能力開発と転職……・………...・H ・..………….113 1.はじめに 職業能力と仕事の関係…...・H ・-…...・H ・...・H・...・H ・'..1132
.
転職者の職業意識 ・……・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・1163
.
価値のある職業能力....・H ・...・H ・...・H・H ・H ・...・H ・H ・H ・...・H ・...…1194
.
これからの能力開発の方向………1
2
2
第
6
章 日本企業における人事管理の問題点と解決の方向性……...・H ・..…1
2
9
一仕事と時間の主人公づくり一…・…....・H ・...・H ・..…...・H ・...・H ・1
2
9
1.はじめに 人の使い方はこのままでいいのか?………1
2
9
2
.
人材をとりまく3
つの変化…...・H ・H ・H ・...・H ・..…...・H ・...・H ・.
1
3
1
(
1
)
個人の意識が変わった!…...・H ・...・H ・H ・H ・..………...・H ・..…1
3
1
(
2
)
社会の変化一労働時間短縮は国民的課題...・H ・...・H ・..………1
3
3
(
3
)
企業の変化競争力の源泉は創造力………...・H ・...・H ・..……1
3
4
3
.
仕事の主人公を作るには?………...・H ・..…………...・H ・H ・H ・.
.
1
3
5
(
1
)
仕事内容の自由度………...・H ・H ・H ・..………1
3
5
(2)仕事をする場所の自由度...・H ・H ・H ・...・H ・...………...・H ・-….
1
3
7
4
.
時間の主人公をつくるには?………...・H ・..……1
3
8
(
1
)
一日の労働時聞の自由度を高める………...・H ・...・H・..…...・H ・..…1
3
8
(
2
)
休日の自由度を高める...・H ・...・H ・...・H ・..………...・H ・...・H ・.
1
4
0
(
3
)
生涯労働時聞の自由度を高める…...・H ・..………...・H・...・H ・1
4
0
5
.
処方筆 仕事と時間の主人公づくり...・H・...・H ・..………1
4
1
第7
章個人生活とゆとり……...・H ・..………...・H ・...・H ・..…...・H ・.
.
1
4
4
仕事・家庭・地域社会のバランスの上に立つ個人を求めて …1
4
4
1.はじめに・H ・H ・...・H ・..………...・H・...・H ・..…………1
4
4
2
.
資料一働きがいとゆとりに関する意識調査…………...・H・..…1
4
5
3
.
創造力が企業競争力を決める...・H ・...・H ・H ・H ・..………1
4
6
4
.
仕事以外の活動の大切さ...・H ・...・H ・H ・H ・-一………...・H・...・H ・.
.
.
.
1
4
9
5
.
仕事の与え方と評価方法の見直し…・…...・H ・-………H ・H・1
5
8
第8
章 労働時間管理の弾力化と人事評価制度の変革…...・H ・..………1
6
4
1.はじめに…………...・H ・..………...・H ・..…………...・H ・H ・H ・..………1
6
4
2
.
これまでの研究と分析の枠組み……...・H ・-………1
6
6
(
1
)
調査の蓄積 一H ・H ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・-・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・1
6
6
(
2
)
分析の枠組み...・H ・...・H ・...・H・...・H ・..…...・H ・...・H・..……・1
6
6
(1)労働時間管理弾力化に関する企業側の考え方……...・H ・...・H ・
.
.
.
.
1
6
8
(2)労働時間弾力化に関する従業員側の考え方…....・H ・..…...・H ・..…・・1714
.
労働時間管理弾力化と評価制度の問題点…………...・H・..…………1
7
5
(1)評価項目・基準の認知と評価制度への理解・……・・・H ・H ・-…....・H ・.
.
1
7
5
(
2
)
考課制度や評価方法への満足度と評価制度の見方・…・・……H ・H ・.
.
.
1
7
7
(3)評価結果への満足度と評価制度の見直し……・……H ・H ・-…………1
7
7
(
4
)
この節のまとめ……....・H ・..………...・H ・...・H ・...…...・H ・H ・H ・.
.
.
1
8
0
5
.
これからの評価制度のあり方………...・H・..…...・H・..………1
8
1
おわりに 日本企業の人事管理改革に向けて...・H ・..……...・H ・..……...・H ・..…1
8
4
参考文献・…....・H ・.
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0
はしがき
人事部の迷い バブル崩壊後の不況の中で、多くの日本企業は、それまで強みとしてきた仕組 みがうまく機能しなくなったことを実感した。第2
次大戦後、日本経済は何回か の不況を経験したが、 1年から 1年半我慢していれば、需要は急激に回復していっ た。企業は、来るべき需要回復期に備えて一時的に余剰人員を抱え、仕事が減っ て余った時間を教育訓練に当てて、従業員の能力向上に取り組んだ。不況は、見 方を変えれば、次の好況に向けて力を蓄える期間であった。 しかし、今回の不況は、少し事情が違った。景気が底を打った、と言われでも、 需要の急速な回復が見られなかった。個人消費は伸び悩み、企業の設備投資も低 迷した。冷戦構造の崩壊による世界市場での競争の激化や急速な円高によって、 海外から低価格の商品が大量に流入し、消費需要の伸びが圏内企業の売り上げに つながらなかった。他方、日本企業は、海外市場でのシェア確保と安価な労働力 や原材料を求めて、生産拠点の一部を海外に移していった。1
9
9
0
年代の日本国内 の需要は、指の聞から砂がこぼれ落ちるように海外に流れていったのである。 長引く需要低迷は、日本企業の雇用問題を表面化させた。一時的な過剰雇用が 一時的で、なくなり、人員削減に踏み切る企業が続出した。人を減らす行動は、こ れまでの不況でも見られたが、今回の特徴は、ホワイトカラー層、それも管理職 が主たる削減対象となったことである。その背景には、次の4
点があった。(対団 塊の世代が管理職年齢に達し、管理職の数が大幅に増えていたこと、(イ)バブル景 気のときに企画や研究開発といった間接部門の人員を必要以上に増やしていたこ と、(労組合員レベルの人員削減には労働組合が激しく抵抗するが、管理職は非組 合員なので抵抗が少ないこと、(エ)管理職層は人件費が高く、企業経営の重荷になっ ていたこと。 もちろん、経営側は、ナマ首を切るという形での削減方法は採らなかった。不要になった人員をとりあえずは関連会社や子会社に出向させ、時期を見て転籍に 切り替えるという方式で、本体の人員構成を軽くしていったのである。このよう な企業行動は、「日本的経営の崩壊」とか「終身雇用制の終嵩」と表現きれ、日本 企業がとってきた雇用制度の見直しがマスコミを賑わせた。 その議論は、いまも続いている。「労働市場を流動化させなければならない」、 「報酬体系は仕事の成果を反映する年俸制にしなければならない」、「迅速な意思 決定のためには中間管理職をなくさなければならない」など、人事部が解決すべ き課題が怒涛のごとく押し寄せている。これらの課題に対して、人事部は防戦一 方である。間接部門の人員削減で人事部の要員は減少し、少ない人員で多くの問 題に取り組まなければならなくない。日本企業の人事部は、元気をなくしている のが実状である。 本書の目的と構成 この本の目的は、日本企業が直面しているヒトの問題をどう考えるべきかを整 理することである。マスコミの論調を見ていると、多くの日本企業は問題山積で、 すぐにも倒れてしまいそつである。しかし、現実はまったく違うo どんな不況で も利益を上げる企業はたくさんあるし、どれほど円高になろうと世界中から注文 が来る製品を作っている企業も少なくない。そのような企業に共通して見られる 特徴は、ヒトを大切にしていることである。最新のコンビューターをどれだけ並 べてみても、新しいアイデアは出てこない。創造力を発揮して、売れる商品を作 り出すのはヒトである。企業経営の基本はヒトにあり、ヒトの力を十二分に引き 出している企業は、逆境の中でも着々と成果を上げている。 日本企業の人事管理をめぐる最近の議論は、守るべき大切なことと変えなけれ ばならない問題点の区別を誤っているように思えてならない。「日本的なもの
J
と して否定しようとしている制度や慣行の中に、実は決して捨て去ってはならない 大切なものが含まれているからである。その点を見極め、これからの日本企業が どのような人事管理をしていかなければならないかを明らかにしたい。 そのために、第I部で、日本企業の雇用に関する問題点を考える。第I章の前 半で、長期雇用に関する概念を整理し、長期雇用慣行が持つ利点を検討する。第1章の後半は、長期雇用の利点を確認する作業である。鉄鋼労連がおこなってい る組合員意識調査を使って、長期雇用慣行が労働者の働く意欲にどういう影響を 与えているかを分析する。第
2
章は、長期雇用を守る手段としての企業グループ 人事と、その分野での労働組合の取り組みを扱う。日本の大企業は、その会社で 長期雇用が守れないとしても、せめて企業グループで雇用を維持していこうとし てきた。その努力の実態を把握するとともに、労働条件の不利益変更に対して労 働組合がどこまで保障しているかを考察する。第3章では、労働移動の条件を公 的資格の取得を通して考える。長期雇用が大切だとは言っても、それは、ひとつ の会社に何が何でも勤め続けなければならないことを意味しない。経済の活力維 持のために、適正な労働移動は必要で与ある。労働移動の際に、何が考慮されてい るのかを労働供給側と需要側の双方から分析する。 日本企業の雇用に関する問題の中で最も重要なものは、中高年労働者をどうす るかという点である。この問題を議論するのが第II部である。まず、第 4章で、 中高年になっても第一線で働き続けるにはどうすればよいのかを考察する。滋賀 県内の中小企業の例を参考にしながら、中高年の能力開発のあり方を整理する。 第5章では、従業員側から見た能力開発を考える。中高年になってから転職した 人々に対する調査結果を使って、生涯現役で過ごすにはどのような能力を身につ ける必要があるかを明らかにする。そして、第6章で、日本の中高年問題に対す る一般的な認識を聞い直す。中高年が増えると企業や社会の活力がなくなると言 われるが、それは本当なのかを考える。 第III部は、これからの日本企業の人事管理はどうあるべきかを論じることに当 てられる。人々の労働に対する考え方が変わり、企業の経営環境も変わっている。 新しい酒を入れるためにどのような革袋をつくればよいのかを考える。第7章で 日本企業の人事管理の基本理念を提示し、第8章では個人と企業の関係を聞い直 す。そして、第9
章で、新しい働き方にあわせた労働時間管理と評価制度を提示 する。以上の考察をふまえて、「おわりに」で、日本企業が人事管理面で解決すべ き5
つの課題を整理し、この本のまとめとする。 私が滋賀大学経済学部に赴任したのは、1
9
9
0
年の4
月、ちょうど日本経済がパ ブlレ景気に浮かれていたときである。世の中は空前の消費ブームに沸き、企業は狂ったように若者を採用した。「もはや日本企業は他の固から学ぶものは何もな い」という倣慢な議論が聞かれたのも、この頃であった。 それから、約7年が経過した。この間に、日本企業の人事管理は大きな変貌を 遂げた。私は、滋賀大学に移った頃から、日本企業の人事管理を本格的に勉強す るようになった。その意味で、この本は、滋賀大学での7年にわたる研究成果の まとめである。 この本をつくるにあたって、実に多くの人々にお世話になった。まず、企業や 個人に対するアンケート調査やききとり調査の機会を与えて下きった社会経済生 産性本部、関西生産性本部、連合総合生活開発研究所、現代総合研究集団の各機 関とそこで働く方々に感謝しなければならない。ひとりひとりのお名前をあげる ことはしないが、それらの機関が実施した調査に参加することなしに、この本の アイデアは生まれなかった。また、それらの機関で知り合った人事担当の方々は、 実に多くの実態を教えて下きった。特に、
ES
会(社会経済生産性本部に置かれ ている、日本の新しい人事制度を考える実務家の研究グループ)のメンバーには 心から感謝したい。そして、研究者の集まりである関西労働研究会のメンバーか らは、いつも有益なコメントをいただいた。この場を借りて、御礼を申し上げた い。また、本学の冨回教授と美崎教授は、研究叢書の審査委員として拙稿をてい ねいに読んで下さり、有益なコメントをして下さった。心から感謝したい。 最後に、研究叢書といフ形で、ここ 7年聞の研究成果をまとめる機会を与えて 下きった滋賀大学経済学部にも、心から感謝の気持ちを表したい。 1997年 1月 著者 (追記) この原稿を完成してから1カ月も経っていない 2月 7日、美崎先生が急逝きれた。先生 には、冬休み明けにこの本の修正原稿を見ていただくはずだったが、それもかなわないま ま、帰らぬ人となられてしまった。先生には、滋賀大学赴任以来、たいへんお世話になっ た。特に、私を社会政策学会に引っ張り込まれ、それまでとは違った視点から社会研究に 取り組むきっかけを与えて下きった。先生への感謝の意を込め、先生の御霊前にこの拙い 本を棒げ、ご冥福を祈りたい。合掌。 (1997年3月10日)1.はじめに
第
1
章 長 期 雇 用 と 労 働 意 欲
鉄 鋼 業 に み る 長 期 雇 用 の 重 要 性 この章の目的は、長期雇用の維持がわが国企業の高い生産性を維持していく上 でどれほど重要であるかを明らかにすることであるo この本の最初の章で雇用制 度の問題をとりあげるのは、わが国企業の人事制度の改革を考える場合、「終身雇 用制」の成否に関する議論を避けて通るわけにはいかないからである。「終身雇用 制」が企業経営にどういう意味をもつのかを明らかにせずに、日本企業のヒトの 問題を議論することはできない。「終身雇用制」の検討から始める理由がここにあ る。 (1)r
終身雇用」の意味 バブル崩壊後の不況を契機として、「終身雇用制」の見直しが盛んに議論きれて いる。「終身雇用制を維持していては、世界市場での競争に勝ち残れないj とか、 「終身雇用制が日本企業のリストラの障害になっている」といった論調が毎日の ように聞かれる。終身雇用は、いままさに死に瀕しているようであるが、終身雇 用崩壊論が出てきたのは、今回の不況が初めてではない。第1
次オイルショック 後、多くの企業が人員削減を実施したとき、「終身雇用は終わった j と言われた。 その後も、不況になって人員削減が行われるたぴに、終身雇用制の崩壊がマスコ ミを賑わせてきた。 終身雇用制が議論きれるとき、その内容は論者によって微妙に異なる。しかし、 概ね次のように考えられている。「企業が正規従業員を新卒採用した場合、特別の 事情がない限り定年年齢に達するまで安定的に長期継続して雇用していこうとす る慣行」。学校卒業後すぐに入った会社に定年まで勤める人は、一般に考えられて いるよりもはるかに少ない。中央労働委員会の資料によると、わずか1%
である という1)。にもかかわらず、人々はわが国企業には「終身雇用制J
があると信じてきた。そして、一部の人は、それを改めなければならないと真剣に主張している。 終身雇用の定義をもう少しゆるくして、120歳代半ばまでに入った会社に定年ま で勤め続けること」だとすると、対象者はやや広がる。学校卒業後すぐに入った 会社をやめて、いくつかの会社を変わったとしても、多くの人は20歳代半ばすぎ にはある会社に落ち着〈。それから定年まで勤めることを終身雇用だと考える。 ただ、仮りにそう定義し直したとしても、出向や転籍によって他の会社での勤務 を余儀なくされる中高年の問題が残る。また、きまざまな事情で比較的若いうち に退職する女子労働者も、終身雇用の範曙から外れる。中小企業て働く人々の大 部分も、終身雇用とはほど遠い働き方をしている。日本企業の終身雇用制を議論 する人々が想定しているのは、大企業に正社員として雇用きれた男性であり、そ のような人々は、わが国の雇用労働者の3分の1にも満たないのである。 「終身雇用」の対象となっている労働者が少ないにもかかわらず、日本に終身 雇用制が存在すると考えるようになったのはなぜだろうか。この疑問に対する答 えは、高度経済成長にあると考えられるo 1950年代終わりから1970年代半ばにか けての日本経済は、世界に類を見ないスピードで成長を続けた。一部の構造不況 業種は存在したものの、全体として入手不足の状態が続き、多くの企業は人員削 減の必要をまったく感じなかった。入手不足の状態が20年近く続くと、本人が望 む限りその会社で定年まで勤められる状態が当たり前になってくる。経営者も労 働者も、日本企業は人員削減をしないと信じるようになった。この幻想を打ち砕 いたのが、第1次オイルショックである。 第1次オイルショック後の不況で、日本経済は、第2次大戦後初めてのマイナ ス成長を経験した。この不況の中で、中小企業はもとより大企業も人員削減を実 施した。もし、終身雇用制が日本企業にあったのならば、どんなに赤字になった としても人員削減は行わないはずである。しかし、現実には、経常赤字が2期以 上続くと多くの日本企業が人員削減を行うことが明らかになった2)。不況で企業 が苦境に立った場合、日本企業も人員削減によって人件費を減らして、経営再建 を図るのである。戦後初めての本格的な不況は、「終身雇用jが思い込みに過ぎな かったことを明確にした。 しかし、日本経済は、第1次オイルショック後の不況を短期間で克服し、再び
安定した経済成長を取り戻した。第
2
次石油ショックや円高というマイナス要因 もあったが、それらを巧みに乗り切り、良好なパフォーマンスを維持した。この 時期、他の先進諸国は低成長と高失業率に悩まされていたため、ひとり好調を維 持していた日本が注目されることになった。多くの外国の研究者が、日本企業の 経営方式に焦点を当て、ジャストインタイムやカンパン方式といった生産管理手 法から労使関係までを対象とした幅広い研究が行われた。7
5
年の不況で落ち込んだ企業業績は、その後の合理化によって順調に回復して いく。企業経営が安定するととともに、終身雇用制見直し論は急速に影をひそめ ていった。80年不況や円高不況のときも、終身雇用制に関する議論が登場したが、 日本経済の落ち込みが小きかったために長続きしなかった。今回の不況で終身雇 用制が大きく取り上げられているのは、企業業績の落ち込みが大きかったことと 不況が長期化したことが影響している。冷戦構造の崩壊と情報技術の発達による 大競争時代の到来も、経営者の目を人件費負担の軽減に向かわせ、日本企業の雇 用制度を議論の坦上にのぼらせることになった。 この2
0
年間の日本企業の雇用管理を見れば、本来の意味での終身雇用制は日本 には存在しなかったことは明白であるo しかし、人を雇うときの基本方針として、 「長期雇用」を意図していたことは疑いがない。企業も労働者も、 10年以上の長 期にわたって雇用する(きれる)ことを暗黙の前提としてきた。その企業に長期 で勤めるからこそ、企業側は、従業員の教育訓練に資金を使ってきたし、従業員 も、自らの経済的な充実が企業内での成功によって達成きれると考え、仕事に多 くの精力を費やすことを厭わなかった。長期雇用の考え方は、退出・発言モデル3) を引き合いに出すまでもなく、労働生産性の向上に寄与してきたのである。 最近の終身雇用見直し論を子細に検討すると、「一つの会社に長〈勤めることJ
を批判の対象としていることがわかる。アメリカ企業の経営に関する不正確な情 報に基づいて、「長期勤続は悪であり、転職は善であるJ
と無条件に信じているよ うに見える。終身雇用見直し論は、しばしば、「労働の流動性を高めるJ
とも表現 きれる。適切な労働移動が行われることは、経済全体の効率達成のために重要で・ ある。適材適所を達成するには、健全な労働市場が必要で、ある。しかし、それが 度を越して、企業にとって割高感の強い中高年層を企業の外に追い出す口実として使われるのなら、決して無視できない問題を発生させる。 1993年6月に実施された日本生産性本部の調査によると、上場企業の人事担当 役員の約9割が定年までの継続雇用をすべきだと考えているぺ大企業の人事担 当者の間では、長期雇用の重要性が認識され、守っていくべき慣行として理解さ れている。ただ、この調査が実施された後に、日本経済はもう一段の落ちみを経 験した。 93年6月時点で長期雇用維持と答えた人事担当役員の中にも、その後考 えを変えた人が出ているかもしれない。長期雇用がなぜ重要なのかをあらためて 検討する必要性がここにある。
(
2
)
雇用の安定性と労働意欲 長期雇用を維持することは、とりもなおさず、雇用の安定性を確保することで ある。ある会社にずっと勤めるつもりでいるか、すぐにやめるつもりでいるかは、 労働者の仕事に対する取り組み姿勢に影響を与える。少々の不況では解雇きれな いという安心感があれば、労働者は自分の仕事や職場をよりよくするために、長 期的な視点に立って課題の解決に当たるだろう。逆に、いつやめさせられるかわ からない会社に勤めていれば、仕事のことよりもとりあえず給料がもらえればよ いという態度になり、仕事をいかによくしていくかという視点には立ちにくい。 わが国の企業が強みとしてきた労働者の仕事に対する真筆な態度は、長期雇用 の上に成り立ってきた。工程のムダをなくすために現場作業者が熱心に改善活動 に取り組んだり、管理部門の労働者が残業をイヤがらずに会議用の資料を作成し てきたのは、「企業への忠誠心」という言葉で表現されるようなあいまいなもので はなかった。「この会社で一生懸命働いていれば、将来必ずよいことがある」とい う会社に対する信頼感に裏打ちされた計算があったからである。 長期雇用が崩れたとき、この信頼感が失われ、労働者は仕事に対する意欲を失 う可能性が高い。そして、それはわが国企業の生産性の低下、競争力の減退につ ながっていく。この連鎖がどれほど現実的なものかを確かめておくことは、これ からのわが国企業の雇用制度を考える上でぜひ必要な作業である。(3)日本企業の経営方式と雇用の安定 1980年代に入ると、わが国企業の経営方式は諸外国で高〈評価されるようにな り、ジャスト・イン・タイムや改善活動などが、アメリカやヨーロッパの企業に 広く受け入れられた。わが国企業の生産現場における高い生産性に注目する動き は、すでに1970年代終わり噴からあった。わが国経済が第 1次オイルショックを 巧みに切り抜け高い経済パフォーマンスを維持したのは、日本企業の経営方式に 秘密があるとされた。わが国経済は第
2
次オイルショックもうまく乗り切り、日 本企業の経営方式に対する関心は1980年代になって急速に高まった。「日本的経 営」に関する本が数多く出版され、どうすればジャスト・イン・タイムを導入で きるか、改善活動はどのように進めていくのか、といったハ・ウツーものもたくさ ん書かれた。日本企業の経営方式を扱った膨大な文献のうち、特にここでとりあ げたいのは、 MIT生産性調査委員会 [1990J とウォーマック・ルース・ジョーンズ口
990J の 2冊である。 MIT生産生産性調査委員会は、アメリカ産業の国際競争力低下の原因を明らか にするために、マサチューセッツ工科大学内に設置された機関である。この委員 会は、 1986年終わりから 88年にかけて、アメリカの製造業 8分野(自動車、化学、 民間航空機、民生用電子機器、工作機械、半導体・コンビューター・複写機、鉄 鋼、繊維)を対象とした詳細な実態調査をおこなった。また、この委員会は、日 本やヨーロッパの企業においてもインタビュー調査を実施し、アメリカ企業のど こに問題があるのかをより鮮明に明らかにしようとした。その結果、アメリカの 生産性向上のための必要条件を、次の5
点にまとめたへω
生産における新しい基盤要素の重視 ①財務管理より製品と生産プロセスを重視すること、②フ。ロダクティブ・パ フォーマンスに関する新経営指標を確立すること、③生産技術の有効活用に焦 点を合わせること、④製品のオーダーメイド化とフレキシブル生産化、⑤生産 プロセスの技術革新を確立させることo (B)新しい経済市民として労働者を育成すること ①働くために学び、働きつつ学ぶこと、②従業員の役割を広げ、責任と参加意 識を向上させること、③雇用を安定させ、新しい考えに基づいた報酬を与えること。
(
C
)
協調と個人主義を混和させること ①協調と個人主義を同時に体系化すること、②企業内ならびに企業聞のより良 い関係を増進させること、③パートナーシップの拡大を図ること、④労使協調 を強化すること。 (防世界経済システムの一員として生きることを学ぶこと ①外国の言葉と文化、慣習への理解を深めること、②海外からの調達を行うこ と、③販売網と顧客サービスを拡充させること、④国際意識に立った政策を展 開すること。 (E)将来への布石を怠らないこと ①基礎教育と技術知識向上のための投資をすること、②長期的な事業戦略を展 開すること、③生産性向上のための投資促進政策を確立すること、④フ。ロダク ティプ・パフォーマンスのためのインフラストラクチャーに投資すること。 単に企業の経営政策だけでなく、広〈アメリカ社会全般の問題点を指摘してい ることがわかる。ここにあげられた項目を見ると、わが国企業の経営方式の優れ た点と重なる部分が多い。中でも生産に関連したω
と雇用に関連した(防は、わが 国企業が特に力を入れて取り組んできたものである。また、 (B)はこの章の課題と 深く関係している。「労働者を大切にしてこなかったことが、アメリカ企業の生産 性を落とす要因であった。ここで、もう一度、雇用を安定きせ、従業員が十二分 に能力を発揮できるような環境を作らなければならないJ-MIT委員会は、この ような結論を導き出しているo アメリカにおいて、従業員の雇用安定が大切で〉あるとの認識が出てきたのに対 して、わが国では、「終身雇用jを葬り去ろうという議論か横行している。アメリ カ企業も、かつては従業員を大切にする経営をおこなっていた。多くのアメリカ 企業は、その経営理念の中に「従業員尊重J
を掲げているところが多い。たとえ ば、フォード自動車の経営理念は、人材について次のように述べている6)。 「従業員は企業発展の鍵である。質の高い人材は、企業のインテリジェンスを形 成し、名声をもたらし組織を活性化させる。従業員の参加とチームワークは フォード社の人間中心主義の現れである」。フォード自動車は、人間尊重、従業員重視を理念として持ちながらも、経済環 境の変化と企業業績の悪化を前にして、従業員をいつでも取り替えのきく機械部 品のように扱う過ちをおかしてしまった。その結果、生産性は低下し、日本の自 動車メーカーに遅れをとることになった。そして、その回復のために、多くの時 間を費やしたのである。いま、わが国企業は、アメリカ企業が衰退していったの と同じ道を歩もうとしているように見える。 もう 1冊のウォーマック他の著書は、前述の MIT委員会に参加した研究者た ちが中心になって組織した国際研究グループの活動をベースに書かれている。こ のグループは、自動車製造に関する詳細な国際比較研究をおこなうために、アメ リカ、ヨーロッパ、日本の自動車製造国の研究者と実務家によって構成された。 その分析は、各国の代表的な自動車会社の協力によって、とても精轍なものとなっ ている。 ウォーマック他は、わが国自動車産業の生産方式をモデルにして、「リーン生産 方式
J
を概念化した。リーンな生産方式とは、ムダを徹底的に排除した生産方式 という意味である。ウォーマック他は、この本において、①リーンな生産の原理 は世界中のあらゆる産業に適用可能であること、②リーン生産の基本思想は普遍 的なものであり、日本以外の企業でこの方式をすでに学んで、いるところも多いこ との2
点を指摘している7)。 リーン生産方式は普遍的な通用性を持つとはいうものの、労働者の経営への信 頼感が重要な条件となっているとする。経営への信頼感とは、雇用の安定に他な らない。雇用に不安があるとき、従業員はりーンな生産方式を維持していこうと する意欲を失う。雇用の安定は、日本企業の生産方式の根幹をなすと理解されて いるのである。 (4)この章の構成 雇用の安定性と労働者の勤労意欲の関係を明らかにするために、この章では次 の2つの作業をおこなう。まず、第 1の作業として、長期雇用と労働意欲の関係 を明らかにする。企業内の仕事の進め方をモデル化し、長期雇用=雇用の安定性 が失われたときにどのような問題点が出てくるかを整理する。第2の作業は、人員削減を経験した労働者の意識調査から、雇用の安定性と労 働意欲の関係を考えることである。わが国の製造業は、順調に伸びてきたいくつ かの産業を除いて、規模の大小はあれ何らかの雇用不安を経験している。ここで は、鉄鋼労連が実施した4回の意識調査(1981年、 84年、 88年、 92年)を使って、 雇用の安定性が失われたとき労働者は仕事に対する取り組み姿勢をどう変化させ るのかを分析する。 以上
2
つの作業結果をふまえて、雇用の安定性と労働意欲の関係を整理し、長 期雇用の維持がわが国企業の将来にとっていかに重要で‘あるかを考える。2
.
長 期 雇 用 と 労 働 意 欲 の 関 係 (1)仕事の進め方と労働意欲 図1-1は、長期雇用が仕事の進め方と労働意欲にどのような影響を与えるか を示したものである。この図は、競争的な市場を前提として組み立てられている。 企業は市場支配力を持っておらず、他企業との競争に勝つために常に生産性を向 上し、競争力の確保につとめている。この前提をおくことによって、いわゆる「親 方日の丸J
的な体質が引き起こす弊害(雇用が安定しているので、従業員は安心 して働かなくなること)を除去することができる。市場競争があると、従業員の 怠慢をチェックするメカニズムが評価制度の中に組み込まれると考えるのであ る。 企業内の仕事は、課題(役割)設定・評価基準設定→実行→評価→報酬という 順序で進んでいしこの流れは、ホワイトカラーもブルーカラーも基本的には同 じである。両者の違いは、個人の希望を取り入れる余地が大きいか小きいかで、あ る。一般的に、ホワイトカラーの仕事の方が個人の希望を取り入れやすいと考え られる。しかし、ブルーカラーの仕事も組織の要請に応えるだけのものではない。 生産現場においても、期ごとの個人目標を定め、日常の仕事と並行してその達成 に取り組んでいるからである。 課題と評価基準の設定 課題(役割)設定とは、個人が今期どういう仕事に取り組むかを決めることで ある。従業員個人としては、自分の希望する仕事をしたいと考える。しかし、そlJI32421:!?ll
-為蓋
j-〈価[;;[社内ザ「業績評価矧の業績 百 長期雇用が労働意欲に与える影響 図 1-1 来季以降へつながる業績q
能力評価 現在の職位での能力 将来の職位での能力 〈前提条件〉 市場競争が存在し、企業は競争力の 工場をめぎして、常に努力している 食長期雇用の崩壊が与える影響 → 企業はスポ y ト・ 7 ーケ y ト的な行動をとる ①課題設定は短期の視点からおこなう → 中長期の発展には無関心 ②他社でも通用する一般的能力の向上に努める → 企業特殊的能力の要請には消極的 ③自分に与えられた課題遂行のみに努力する → 組織全体の生産性向上は二の次。組織内の助け合いを軽視=誰もしない仕事が発生 ④仲間の雇用を危うくすることはしない → 要員削減につながるような改善には取り組まない ⑤上司の評価を第一に考える → 顧客満足を忘れる ⑥金銭的報酬に固執=今期の業績を直ちに報酬化 → 来期以降につながる仕事の停滞 育長期雇用=雇用安定にともなう?イナス面(親方日の丸的体質で向上努力をしなくなること)は、市場競争を前提としているために回避きれる。それは、企業競争力 の 低下が組織の衰退を招くので、評価制度を使って働かない労働者が出ないようなしくみができあがると考えるからである。れは、必ずしも組織の要請と一致しない。そこで、通常とられる方法は、組織の 中で必要とされる仕事を確定した上で、個人の希望を取り入れていくことである。 具体的には、自己申告制や面接制度がこれにあたるヘ従業員は今期の目標を自己 申告書に書き、それを持って上司との面接に臨む。上司は前期の成果をふまえ、 今期必要とされる職務内容と照らし合わせながら、本人の育成も考えて課題を決 める。両者の話し合いて骨量終的な課題(役割)が決まるが、実際にイニシャティ プをとるのは上司である。 課題設定とともに重要な点は、評価基準を明確にすることである。短期的には 何が評価されるのか、中長期的に評価される点は何かをあらかじめ決めておく必 要がある。いわば、競技のルールづくりである。何をどうすれば評価されるのか がはっきりしていた方が、部下にとっても上司にとっても都合がよいはずである。 部下は「カンどころ」を押さえて課題に取り組むことができるし、上司は期末の 評価の時に部下に明確な説明ができるからである叱 課題の実行 課題が決まると、それを実行するのが次の段階である。自分に与えられた課題 を達成すべく努力するのは当然で、あるが、同時に、組織の一員として組織全体の 課題にも貢献しなければならない。具体的には、同僚の仕事を助けるとか、新た に発生した仕事を引き受けるといったことである。個人の成果をあげることはも ちろんだが、自分の所属する組織の成果を上げることにも努力する必要がある。 休暇をとって休んでいる同僚宛にかかってきた電話にきちんと対応するとか、予 期せぬ仕事が発生したときに他人の処理を待つのではなく率先して解決すること によって、個人の仕事の集大成である組織全体の成果が向上していく。 自分の仕事や組織の課題に取り組むことは、同時に能力の向上につながる。能 力には、大きく分けて、他の会社に移っても活かせる能力(一般的能力)と、そ の組織でしか活きない能力(企業特殊的能力)の
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つがある。企業特殊的能力は その企業で働いていれば意味があるが、企業をやめてしまうと役に立たなくなる 性質をもっている。どのような仕事をしていてもこの2つの能力が養成きれるが、 両者の比率は仕事内容によって異なる。 組織全体の課題として重要なものは、生産性の向上である。いかに仕事をムダなく進めていくか、どうしたらミスが少なくなるか、といった点を考える改善活 動が、組織の生産性向上を支えている。ム夕、をなくしたりミスをなくすと、今ま でよりも少ない人員で同じ仕事量をこなせるようになる。これを生産現場の言葉 を使って表現すると、工数低減=要員削減となる。 評価 課題を実行すると成果があがる。それを評価するのが第3の段階である。評価 には、自己評価と他人の評価の2つがある。ここでいう自己評価とは、企業の人 事制度の中に取り入れられているものではなく、自分自身の満足感や達成感につ ながる内面的なものである。自己評価にとって大切なのは、自分自身が設定した 目標に到達できたかどうかである。自分が納得のいく成果をあげることが、自己 評価のポイントとなる。ただ、自己評価はしばしば、他人の評価の影響を受ける。 自分は納得できなくても、社内外から高〈評価されると見方が変わることがある。 他人の評価は、社内と社外の
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つからなっている。社内の評価とは、上司と同 僚の評価である。「いい仕事をした」と組織構成員から認めてもらうことがまず大 切である。社内の評価は、社外の評価(たとえば顧客)からも影響を受ける。社 内では認められなかった仕事が、顧客から高く評価されることで表に出て、再評 価されることがある。これは通常、上司のルートを通じて知らされるので、図の 中の矢印は上司に向かっている。 評価には基準が必要で、ある。課題設定の時に評価基準についても決められてい るはずだが、その中身は、業績評価と能力評価の2
つの部分からなっている。業 績評価とは、与えられた課題に対してどれだけの成果をあげたかというものであ り、能力評価は、仕事を進めていく上で十分な能力をもっているかどうかを判断 するものである。これら2
つの評価は、短期の視点と長期の視点の両方を含んで いる。業績評価というと、今期に達成された成果が評価の対象となるように思わ れているが、現実には、成果があがりつつある課題も考慮される。能力評価も、 現在だけでなく将来の可能性をも含めておこなわれるのが一般的である。評価に は中長期の視点が入っていることに注意されたい。 報酬 評価が終わると、その結果に基づいて報酬が支払われる。報酬には、大きく分けて3種類ある。金銭的な報酬、権力を手中にする報酬、仲間から存在価値を認 められ尊敬きれるといっ報酬である。まず金銭的な報酬であるが、これには、定 期昇給、ボーナス、金一封の3つがある。高い評価を得られれば定期昇給で平均 以上の賃金上昇が受けられるし、ボーナスも上がるo また、めざましい成果をあ げれば、金一封という報償が用意きれている。 2番目の報酬である権力とは、組 織の中での権限を意味している。昇進すれば自分で決定できる範囲が広がるし、 仕事のために使える予算額も大きくなる。自分のやりたい、おもしろい仕事に取 り組める可能性が広がる。 仲間からの認知・尊敬も重要な報酬である。組織の中で「彼にきけばまちがい ない」という信頼を寄せられることは、何ものにも代えがたい報酬である。生産 現場には、しばしば「神様jがいる。どんなに難しいことでも、どんなに複雑な 故障も、あっという聞に処理してしまう人、困ったときに頼めば必ず解決してく れる人、それが神様である。よい成果をあげることによって組織の中での存在感 を認められることも、決して無視できない報酬である。 労働意欲との関係 以上説明した仕事の進め方に、労働意欲はどう関わっているのだろうか。図1
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にあるように、労働意欲の高低は課題設定とその実行に影響を与える。労働 意欲が高ければ、より難しい課題に挑戦しようとするだろうし、課題の実行にあ たってはより高い水準を求めて努力するであろう。また、組織全体の課題達成に 努力するか否かも、労働意欲に左右きれる部分が大きい。 労働意欲は、同時に、時間軸によって区分きれている。ひとつは中長期的な仕 事に影響する部分であり、他のひとつは短期の仕事に影響する部分である。中長 期的な目標を持って仕事に取り組もうとするとき、課題設定の視点や課題実行の 方法に短期とは異なる傾向が出てくる。短期的な視点だけではなく、中長期の観 点から仕事を見る人たちがいないと組織はうまくまわっていかない。 中長期の視点を持てるかどうかは、評価基準の設定のしかたによって決まる。 労働意欲の形成にとって、評価と報酬は重要な役割を果たしている。短期の仕事 の成果をより重視すれば、中長期のことを考える人が少なくなる。逆に、中長期 のことばかり強調すると、現在の業務がおろそかになりかねない。要は、いかにバランスをとるかである。
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長期雇用と仕事の進め方 長期雇用の慣行がある場合とない場合で、人々の仕事に対する取り組み姿勢は どう変化するだろうか。図1-1では、長期雇用慣行がどの点に影響を与えるか についても考えている。右側の「長期雇用jから出ている6本の実線と l本の点 線がそれで、ある。まず、実線の方から検討していこう。 ①課題設定は短期の視点からおこなう→中長期の発展には無関心 長期雇用慣行がなくなると、課題設定において短期の視点がより重視されるよ うになる。これは、評価基準の設定のしかたが変わることによって発生する。雇 用が不安定になったとき、従業員は、 1年か2年で成果があがるような課題を志 向し、数年ががりで取り組まなければならない課題に対して消極的になる。その 結果、中長期の発展に必要な仕事をおこなう人がいなくなり、企業の発展が阻害 きれる可能性がでてくる。 ②他社でも通用する一般的能力の向上に努める→企業特殊的能力の養成には消極 的 課題の実行にともなって養成きれる2つの能力うち、他社に移っても通用する 一般的能力の向上に従業員は励むようになり、その企業でしか役に立たない企業 特殊的能力の向上に対する関心が薄れてくる。このことは、短期的にはきしたる 影響を与えないが、中長期的には深刻な問題となってくる。それは、企業組織を 円滑に運営していくためには、企業特殊的能力を持った人が一定数必要だからで ある。いつ解雇されるかわからないような状態では、その企業でしか役に立たな い能力を身につけてもしかたないと考えるのが普通で、あろう。 ③自分に与えられた課題遂行のみに努力する→組織全体の生産性向上は二の次と なり、組織内の助け合いを軽視=誰もしない仕事が発生 課題に実行にあたって、自分の課題遂行には熱心になるが、組織全体の課題達 成にはあまり興味を示きなくなる。これは、評価基準と密接に結びついている。 長期雇用がない場合、評価は短期の業績に基づいておこなわれる。組織全体の課 題達成への貢献を評価基準の中に盛り込むことは可能であるが、その場合には「仲聞の仕事を助ける」という抽象的な表現では不十分で、ある。
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きんの仕事のうち X部分についてははBきんが助け、 Y部分についてはCさんが助ける」といった 形で、具体的に指示することになる。これは、とりもなおさず、個人の課題設定 である。組織全体の課題達成への貢献とは、個人の課題設定から漏れてしまった 仕事をカバーすることである。どんなに細かく個人の課題を決めても、組織の中 には誰も担当しない仕事が必ず残る。長期雇用慣行の崩壊は、組織全体の効率を 落としてしまう危険性を含んで、いる。 ④仲間の雇用を危うくすることはしない→要員削減につながるような改善には取 り組まない 長期雇用が保障されない場合、生産性向上努力がおこなわれなくなる可能性が ある。生産現場で繰り広げられている改善活動にはさまざまな種類があるが、究 極のテーマは、より少ない人数で同じ生産量と品質を維持するにはどうすればよ いかという点である。この活動の前提条件となっているのは、工数低減=要員削 減は仲間の雇用減にはならないという、経営に対する信頼感である。雇用の安定 が崩れた場合、仲間のクビがとぶような改善活動に従業員は取り組むだろうか。 ⑤上司の評価を第一に考える→顧客満足を忘れる 評価が短期の視点でおこなわれると、個人の関心は上司が自分の仕事をどう見 ているかという点に集中する。そこで犠牲になるのは、顧客満足で・ある。組織の 中での課題達成を第一に考えると、顧客満足が二の次になる場合が出てくる。あ る案件について、顧客にとってはLという方法で処理するのがもっとも望ましい のだが、組織の中で「その案件の処理はM
という方法による」と決められている と、誰もLの方法をとろ7とはしない。取り残されるのは顧客であり、嫌気のき した顧客は他の企業に移っていくo この企業は、中長期的に顧客を失い、衰退し ていくことになる。 ⑥金銭的報酬に固執=今期の業績を直ちに報酬化→来期以降につながる仕事の停 滞 長期雇用慣行の崩壊は、評価の方法を通して報酬の部分にも影響を与える。従 業員は、この企業に何年勤めるかわからないので、将来の報酬よりも現在の報酬 をより多く求めることになる。具体的には、金銭である。昇進は、組織の中でのパワー獲得とともに給与の上昇も含んでいる。しかし、この企業にいつまでいる かわからないので、将来の所得の増加を期待しでもしかたがない。いま手に入れ ることのできる報酬として、ボーナスや金一封に、より大きな魅力を見いだすこ とになる。従業員がこのような行動基準を持つようになると、すでに②でも述べ たような問題が発生する。すなわち、従業員は中長期の目標を持って仕事をしな くなるのである。 以上、長期雇用慣行が崩れた場合に、仕事の進め方にどのような影響が出るか を見てきた。その結果は、図 1-1の下に簡単にまとめておいた。 最後に、点線部分について考てみよう。これは、長期雇用と労働意欲の関係を 示したものである。長期雇用慣行は、長期的な労働意欲に影響を与える。ある企 業に長〈勤める慣行があれば、従業員はその企業の発展に関心を持つようになる。 これは、課題の設定や実行に大きな意味を持つ。前記①から⑥で検討したことの 逆を思い起こせばよい。経営側と従業員側の双方に長期的な視点で仕事を考える 習慣があると、仕事の進め方のバランスがよくなり、組織全体の生産性が向上す る。長期雇用慣行は、長期の労働意欲形成を支え、長期の労働意欲が組織の円滑 な運営をもたらしているのである。
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鉄 鋼 労 連 意 識 調 査 に 見 る 雇 用 削 減 と 労 働 意 欲 (1)この節の目的 前節で、長期雇用が労働意欲に与える影響を整理した。その結果、長期雇用慣 行が失われると、従業員は短期的な視点で仕事に取り組むようになり、組織全体 の効率が落ちる可能性のあることが指摘された。そこで、この節では、長期雇用 慣行が崩壊したときに従業員の労働意欲がどのように変化するのかを、鉄鋼業を 対象とした組合員意識調査の結果を使って検討してみたい。 鉄鋼業は第l次オイルショック以降、幾たびか雇用調整を経験してきた。鉄鋼 業に属する多くの会社は、希望退職の募集もおこなった。希望退職の募集は、長 期雇用慣行の崩壊に他ならない。新規採用の削減や残業規制といった雇用調整は、 長期雇用となんら矛盾するものではない。しかし、ひとたび雇用削減となると話 は別である。希望退職は、名称こそ「希望jだが実態は解雇である。仲間のクビがとんだとき、残された従業員は、仕事や企業に対してどのような態度で臨むの だろうか。鉄鋼業の経験を分析することは、日本企業の長期雇用慣行の今後を考 えていく上で、とても参考になるはずで、ある。 そこで、この節の作業仮説として、次の