博 士 ( 文 学 ) 紅 林 幸 子
学位論文題名 書 体 の 変 遷 学位論文内容の要旨
第一部 、「書法 の異なり」では、「氏」と「弖」、「爾」と「个」と「尓」とを扱う。
大陸では、戦国時代早期に、二十八宿のーつ「氏」を筆書きした文字が存在する。「氏」は、
他に地名、民族を示す場合もあり、漠代の木簡資料、「名籍」に「氏池」という県名が度々記 された。地名には、判読可能な範囲で、草体化の進んだ字形も記された。そこに「弖」に近 似の字形が登場する。更に他の部首との結合により、「互」とも判読可能な字形も登場する。
木簡に筆写された「氏」、「弖」.「互」に近似した文字は、いずれも書法が異なる同一の文字 である。事実「氏」を一筆で続けて書く時、筆の動きは「氏」でありながら、書かれた字形 は「弖」にも「互」にもなりうる。従って、文字が筆写されていた時代において、「弖」「互」
に近似した文字は「氏」の異体字という字体概念で捉えるべきではなく、書法の違いと捉え るべきであり、書体レベルでは、同一の文字と認識すべきである。
これらの文字が、半島、日本へ伝わり、新たな基準が生まれる。半島資料『広開土王碑』
には楷書体に近い文字群の中に「弖」と判読可能な文字が記される。日本では、文字文化草 創期の資料に、人名に使用された当該字を見ることができるが、字形そのものは「互」とい える。その後、「弖爾乎波」の「て」として、「弖」や「互」等の字形で使用される。「氏」が 記されるまでには、しばらく時を待たねばならない。「弖」に関しては、大陸にその典拠を求 める事が出来ることから、「国字」とはいえない。
「爾」.「个」.「尓」についても、「氏」.「弖」と同様に、大陸の戦国時代から日本の古 筆に至る資料に基いて考察する。
第二部、「出自の異なり」では、「無」と「无」とを扱う。
「無」は殷代の甲骨文字にその祖形を認めることができる。篆書体の「無」は、本来、「大」
「HH」「林」に「亡」を加えた宇形であるが、そのすべてを兼ね備えていたわけではなく、これ らを部品として、組み合わせによって成り立っていた。甲骨、金石、木竹と書写材料が変わ り、隷書体の「無」が成立する。筆写することで草体化し、やがて楷書の「無」が成立する。
「无」は、戦国時代の竹簡、秦代の帛書に祖形となる字形を見出す事ができる。出現当初 の字形は、楷書体の「无」と基本点画が異なる。甲骨資料に多見される「亡」「不」「勿」等 の否定詞の類は時代が下るにっれ、文字種を増加させていく。「無」も「毋」も六書でいう「仮 借」の用法である。何琳儀氏は、「无」を「無之省文」とみなしているが、その字形からも省 文とは言い難い。むしろ『説文解字』に見る「毋」の結体に「无」の祖形が透視できる。後 漢、隷書の中で「无」の字形が完成する。
「无」と「無」は、音・義をーにするが、文字発生時点の書体が異なる。出自を違えているの ―33ー
であるから、「无」は「無」の「古字」でもなければ「略字」でもない。楷書体の成立、楷書体 内での字体の整理に伴い、異体関係にある同一の文字として認識されるようになったのであ る。 ´
34―
学位論文審査の要旨 主査 教 授 石月晴通 副査 教 授 池田証壽 副査 助教授 近藤浩之
学位論文題名 書 体 の 変 遷
本論文は、第一部では書法の異なりを、第二部では出自の異なりを視点にして、書体の変 化と書法の相違から文字認識の違いを指摘したものである。「書体」「字体」「字形」の概念把 握を明確にして、中国大陸・朝鮮半島の漢字文献を博捜・分析し、今日出版され続けている 多くの漠和辞典類の記載と異なる結果を導き出し、今後の訂正が必要なことを示している。
第一部の、「氏」と「弖」とを取り上げて書体から字体に至る文字認識の違いを扱った部分は、
訓点語学会に於て研究発表して高く評価され、その機関紙に長文の論文として掲載されてい る。また、第二部の「無」と「无」とを取り上げて、出自が異なり文字発生時点の書体が異 なっていたものが、楷書体の成立、字体の整理に伴って、異体関係にある同一の文字として 認識されるようになった背景を扱った部分は、書学書道史学会で研究発表して高く評価され、
その機関紙に論文として掲載されている。
本学の言語情報学講座で構築中の「漢字字体規範データベース」の成果を有効に活用して いる点も高く評価し得る。
最近の課程博士論文として出色の成果であり、当委員会は全員一致して、本論文を「博士
(文学)」の学位に相応しいものと認定する。
― 35一