博 士 ( 農 学 ) 松 村 洋 子
学 位 論 文 題 名
Evolutionary history of the extremely elongated intromittent organHlCriOCerlnae
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(クビナガハムシ亜科(昆虫綱,鞘翅目)にみられる極端に長いオス挿入器
の系統進化史一発生的制約が形の進化に影響をもたらしてきたか―)
学位論文内容の要旨
地 球 に は多 種 多 様 な 生 物 が存 在 し , そ れ ら の 起源 は 約40億 年前の 単一 の共通 祖先 にまで 遡る ,今み る 多 様 性 が , 長い 時間 を経 ていか に進 化して きた かは進 化生 物学の 主題 である .本 研究で は, 形態の 多 様 性 に 焦 点 を あ て , そ れ ら の た ど っ て き た 歴 史 と 多 様 性 を 生 み 出 し た 背 景 を 議 論 し た , 個 々 の 形態 形 質 の進 化は単 発の 事象で ある が,新 規と 呼ぺる ほど の形態 には ,平行 ・収 斂進化 した も のも少なくない,さらに,我々は多様な生物を「分類群」というまとまりとして認識することができる.これらの 特 徴は, 新規 な形態 形質 の進化 が無 秩序で はな く,偏 りを 持って 出現 してい るた めとも考えられる.この 偏 り を 生 む 要 因と して ,発 生的制 約に よる進 化の 方向付 が重 要であ ると 言われ てい るが, 実証 的な研 究 例 は 非 常 に 乏 しい .し たが って, 形態 進化に 発生 的制約 が与 えてき た影 響カを 推定 するこ とで ,上述 の 問 題に大 きく 寄与で きる .それ には ,発生 的制 約が想 定し うる形 質を 中心に ,ま ず以下を解明する必要が あ る:(1)その 形質の 機能 とその メカ ニズム ,(2)メ カニ ズムや 機能 に必須 な形 質がなにと連動して出現し た か ,(3)そ の 新 規な 形 質 が 獲 得 さ れた 歴史 的背景 ・至 近要因 .系 統史と 至近 要因を 総合 し最良 の進 化 仮 説 を 導 き 出 す こ と で , 形 態 進 化 に も た ら す 発 生 的 制 約 の 影 響 カ を 評 価 す る こ と が で き る . 本 学 位 論文 で は , 昆 虫 類 に見 ら れ る オ ス 交 尾 器の 伸 長 とい う進 化現象 に着 目し, 発生 的制約 の影 響 を 考 察 し た . 昆虫 綱 で は , 体 長 に匹 敵 す る ほ ど 長 い オス の 交 尾 器 が 多 く観 察 さ れ て い る .オ ス 交 尾 器 は , 有 翅 昆 虫で は必 ず腹 部に収 納さ れ,交 尾時 にはメ スに 挿入さ れ精 子輸送 を担 う器官 であ る,そ の た め , 収 納 場 所と 交尾 中の 簡易な 操作 性の欠 如が 適応的 制約 となり ,長 い交尾 器が 有利で あっ ても, 極 端 な伸長 が阻 まれる と考 えられ る. しかし 実際には,予想される制約を乗り越えたように見える,極端に長 い 交 尾 器 を 持 つ分 類群 が多 数存在 する ,そこ で本 研究で は昆 虫の一 群( クビナ ガハ ムシ亜 科甲 虫)を 対 象として,上述の問題解明に取り組んだ.
第 一 章 では , 体 長 の2倍 近 い 伸 長 部を 内袋 (オス の挿 入器官 の一 部で, メス の膣に 挿入 される 構造 ) に もっト ゲア シクビ ポソ ハムシ (ト ゲアシ )を対象に,伸長部の収納場所・収納様式を特定し,交尾中の出 し 入 れ 機 構 を 明ら かに した .内袋 形態 の詳細 な観 察に加 え, 交尾開 始か ら定期 的に ペアを 固定 し,伸 長 部 を 中 心 に 雌 雄交 尾 器 の 位 置 関 係を 調 べ た , こ れ ら の観 察 から, 本種 は内袋 に伸 長部の 収納 専用の 膜 質 ポケッ トを有し,そこに細長い伸長部が絡まることなく収められることが分かった,また,体液による内圧 の 上昇と 筋肉 の収縮 によ り,ポ ケッ トを含 む膜の反転・引き戻しが引き起こされていた.さらに伸長部は収 納 ポケッ トに しっか りと っかま れる ように 収納されるため,筋肉の付着点を持たない伸長部が膜の動きに連 動 し出し 入れされることも明らかとなった.内袋の動きの機構は他の昆虫類とも共通していることから,これ ら の 結 果 は , 内 袋 の 形 態 変 化 が 収 納 と 機 能 性 の 獲 得 の 鍵 で あ っ た こ と を 意 味 す る . 第 二 章 では ク ビ ナ ガ ハ ム シ亜 科 全 体 (13属133種) を対 象に, 内袋 の構成 パー ツ間の 相同 関係を 確立 し , 外 群 比 較 から 内袋 形態 の系統 進化 史を推 定し た.形 態学 的な観 点か ら,内 袋が 収納さ れる 挿入器 の 長 さ が 伸 長 部 の長 さへ の実 質的な 制限 要因に なる と予想 され る,そ こで ,伸長 部の 挿入器 に対 する相 対 長 と内袋 の形 態変化 の相 関も調 べた ,その 結果 ,トゲ アシ 様の収 納ポ ケット (第 一章)を獲得する形態変
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化が, クビ ナガハ ムシ 亜科で 少な くとも 独立 に3回起こったと推定された,さらに,この新規な形態を獲得 したク レー ドでの み, 挿入器 の長 さを大 幅に 超える 伸長 部が観 察されるという形質相関が確認された,一 方,祖 先状 態を維 持し た種に は, 収納場 所と 同等も しく は遥か に短 い伸長 部を 持っ種 しか 観察さ れな か った. これ らの事 実は ,交尾 器の 極端な 伸長 に対し て適 応的制 約が 潜在的 には 存在し ,収 納ポケ ット を 獲得す る形 態変化 がそ れを乗 り越 える進 化イ ベント だっ たこと を示 唆する ,
第三 章では ,内 袋の新 規形 態の獲 得が 新たに 生ん だ発生 的制 約と, さら にそれ を乗 り越え る行 動形質 の関係 を明 らかに した .伸長 部の 収納と 機能 性の獲 得に は,特 に伸 長部と 収納 ポケッ トの 位置関 係が 重 要であ る( 第一章 ). ところ が, 羽化直 後の オスは ,全 個体で 機能的な関係が成立していなかった,羽化 後・性 成熟 前のオ スを 経時的 に固 定し観 察し たとこ ろ, 伸長部 の再配置により機能的な状態がっくられて いた. また 伸長部 の再 配置が 起こ る時期 に, オス単 独で の内袋 の反 転行動 が頻 度高く 見ら れ,そ の行 動 を阻 害 す る と 伸 長 部の 再 配 置 率 が 大 幅 に低 下した .以 上の結 果は ,内的 要因 による 発生 的制約 が存 在 し,形 態形 成の過 程だ けでは 伸長 部を機 能的 な位置 に作 ること ができないことを示唆している.そして,
観察さ れた 行動は ,こ の発生 的制 約を相 殺し ている .こ の行動 は,同亜属の別種(伸長部は短く,羽化直 後に機 能的 な位置 が出 来上が る) でも観 察さ れてお り, 極端な 伸長 にとっ て前 適応的 に獲 得され た行 動 と言え る,
第 四 章 で は ,伸 長 部 の 収 納 と 操 作性 の 鍵と なる 新規性 が独 立に何 度も 獲得さ れた 要因の 解明 を,比 較発生 学的 アプロ ーチ から試 みた .形態 形質 の進化 は発 生過程 の変更によってもたらされる.しかし,発 生は 物 理 的 に 近 い 器官 と の 関 係 性 を 保 ちな がら進 まな けれぱ なら ず,特 定の 器官の 大幅 な変更 は近 隣 器官へ 負の 影響を もた らすと 予想される.にもかかわらず,クビナガハムシ亜科内では,祖先形から大きく 逸脱し た新 規性が 独立 に3回生 じた と推定 され た(第 二章 ).一 方で ,祖先 形か らの変 形パ ターン が3者 間で共 通し ていた ため (第二 章) ,一っ のグ ループ に的 を絞り ,伸 長部を 持つ2種と祖 先形 を保持 した2 種の オ ス 挿 入 器 の 発生 過 程 を 調 べ 比 較 した .その 結果 ,派生 的な 形態を 持つ 種では ,成 虫原基 が未 分 化な時 期に 上皮組 織層 の陥入 が起 こるこ とで 伸長部 の収 納ポケ ットが作られ,さらに付随的な変化によっ て派生 的な 形態が 作ら れるこ とが 判明し た, また祖 先的 な状態 を維持した種では,これらの新たな発生要 素が追 加さ れる場 所は ,他の 器官 から隔 離さ れた広 い空 間とな っていた.一方,収納ポケッ卜と伸長部が 十分に 機能 するた めに は,複 数の 新規形 質が 同時に 起源 する必 要が ある, した がって ,こ れらの 収斂 を 可能に し得 る要素 と妨 げる要 素の バラン スに よって ,ク ビナガ ハムシ亜科の内袋に見られる形態形質の分 布は規 定さ れてい ると 考えら れる .
以上 のよう に, クビナ ガハ ムシ亜 科の オス挿 入器 におい て,(1)適応 的制 約の潜 在的存在,(2)制約を 相殺 す る 新 規 な 形 態の 獲 得 ,(3)新 規 形 態の 獲 得 が 新 た に 生 んだ 内 的 要 因 に よ る発 生的制 約,(4)前 適応的 に獲 得され てい た行動 形質 による 制約 の相殺 が推 定され た, また, 新規 な形態 形質 の獲得 には , それを 可能 にし得 る要 素と妨 げる 要素( 発生 的制約 )が あり, そのバランスが新規性の獲得頻度に影響し ている と考 えられ た. 少なく とも 本亜科 の交 尾器の 系統 進化史 には ,複数 の段 階で発 生的 制約が 影響 カ を持っ てい ると推 定さ れた. 今後 は,遠 縁の 分類群 に見 られる オス 交尾器 の伸 長現象 につ いて発 生的 制 約の 役 割 を 推 定 し ,本 研 究 と の 比 較 か ら, 発 生 的 制 約 の 一般 的 影 響 カ を 評 価す る こと が望ま れる .
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学位論 文審査の要旨 主査 副査
副査 副査
准教授 教授 教授 准教授
吉 澤 和 徳 秋 元 信 一 大 原 昌 宏 長谷川英祐
学 位 論 文 題 名
Evolutionary history of the extremely elongated intromittent organlnCriOCerlnae
(
InSeCta,
C01eoptera) ―
HaVe deVelopmentalCOnStraintSa任
eCtedeV01utionoff・
OrmS? ‐
(クビナガハムシ亜科(昆虫綱,鞘翅目)にみられる極端に長いオス挿入器
の系統進化史―発生的制約が形の進化に影響をもたらしてきたか−)
本論文は4 章からな り,図31 ,表13 ,引用文献152 編を含む総ページ数115 の英語論文であ る.別に7 編の参考論 文が添えられている.
現在見られる生物の多様性が,長い時間を経ていかに生じてきたかは,進化生物学の主題 である.個々の形態形 質の進化は単発の事象であるが,新規と呼べるほどの形 態には,平 行・収斂進化したものも少なくない.したがって形態形質の進化は無秩序ではなく,偏りを 持って出現していると考えられる.この偏りを生む要因として,発生的制約による進化の方 向付が重要であると言われるが,実証的な研究例はほとんどない.形態進化に発生的制約が 与えてきた影響カを推定することで,この問題に大きく寄与できる.発生的制約を想定しう る形質を対象に,その形質の機能とメカニズム,その形質と連動する形質・行動,そしてそ の形質が獲得された歴史的背景・至近要因を明らかにすることで,形態進化に対する制約の 影響を評価することができる.
本学位論文では,昆虫に見られるオス交尾器の伸長という進化現象に着目し,制約の影響 を考察した.オス交尾器は,有翅昆虫では必ず腹部に収納され,交尾時にはメスに挿入され 精子輸送を担う器官である.そのため,収納場所と操作性の困難さが適応的制約となり,極 端な伸長が阻まれると考えられる.しかし実際には予想される制約を乗り越え,極端に伸長 した交尾器を持つ分類群が多数存在する.
まず,体長の2 倍近 い伸長部をもっトゲァシクビボソハムシ(トゲアシ)を対象に,伸長
部の収納場所・収納様式を特定し,交尾中の出し入れ機構を明らかにした.本種は内袋(オ
スの挿入器官の一部で,メス の膣に挿入される構造)に伸長部の収納専用の膜質ポケットを 有し,そこに細長い伸長部が 絡まることなく収められる.ポケットを含む膜の反転・引き戻 しは,体液による内圧の上昇 ・筋肉の収縮によりそれぞれ行われる,伸長部を直接動かす筋 肉は無いが,伸長部は収納ポ ケットにしっかりとっかまれるように収納されるため,膜の動 きに連動して伸長部が出し入 れされる.以上から,内袋の形態変化が収納と機能性の獲得の 鍵であったことが考えられる .
次にトゲアシが属するクピ ナガハムシ亜科を対象に,内袋の構成パーツ間の相同関係を確 立し,内袋形態の系統進化史 を推定した.その結果,トゲァシ様の収納ポケットを獲得する 形態進化が,亜科で少なくと も独立に3 回起こったと推定 され,この新規な形態を獲得した クレードでのみ,挿入器の長 さを大幅に超える伸長部が観察されるという形質相関が確認さ れた.これは,交尾器の極端 な伸長に対して適応的制約が存在し,収納ポケットの獲得がそ れを乗り越える進化イベント だったことを示唆する,
さらに,発生的制約と行動 形質の関係も明らかにした.伸長部の収納と機能性の獲 得に は,特に伸長部と収納ポケッ トの位置関係が重要である.しかし,羽化直後のオスは全個体 で,伸長部とポケットの機能 的な状態が成立しておらず,オス単独でポケットの反転行動を おこなうことにより伸長部が 再配置され,機能的な状態がっくられていた.これは,形態形 成の過程だけでは伸長部を機 能的な位置に作ることができないこと(制約の存在)を示し,
観察された行動がこの制約を 相殺する.この行動は,伸長部の短い同亜属の別種でも観察さ れ て い る こ と か ら , 極 端 な 伸 長 の 前 適 応 と し て 獲 得 さ れ た と 考 え ら れ る ,
最後に,伸長部を持つ種と 持たない種のオス挿入器の発生過程を比較した.伸長部を持つ 種では,成虫原基が未分化な 時期に上皮組織層の陥入が起こることで伸長部の収納ポケット が作られ,さらに付随的な変 化によって派生的な形態が作られた.新たな発生要素が追加さ れる場所は,他の器官から隔 離された広い空間となっていた.一方,収納ポケットと伸長部 が十分に機能するためには, 複数の新規形質が同時に起源する必要がある.したがって,こ れらの収斂を可能にし得る要 素と妨げる要素のバランスによって,クビナガハムシ亜科の内 袋に見られる形態形質の分布 は規定されていると考えられた.
以上のように,クビナガハ ムシ亜科のオス挿入器において,適応的制約の存在,制約を相
殺する新規形態の獲得,新規 形態の獲得が新たに生んだ内的要因による制約,前適応的に獲
得されていた行動形質による 制約の相殺が推定された.また,新規形態の進化には,それを
可能にする要素と妨げる要素 があり,そのバランスが新規性の獲得頻度に影響していると考
えられた.以上の結果は,進 化的新規性の起源における制約の影響を明確に示しており,学
術上高く評価される.よって 審査員一同は,松村洋子が博士(農学)の学位を受けるに十分
な 資 格 を 有 す る も の と 認 め た .
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