【学位論文審査の要旨】
1 研究の目的
酸化ストレス等により脱分極した不良ミトコンドリアの蓄積は、パーキンソン病など 疾患発症の原因となる。そのため、細胞内には脱分極ミトコンドリアを細胞内から速やか に分解除去するシステムが存在する。そのひとつであるマイトファジーは、E3ユビキチン リガーゼParkinとリン酸化酵素PINK1を介した経路により制御されていることが知られ ている。Parkin / PINK1経路においては、脱分極ミトコンドリア表面にユビキチン鎖が形 成された後、これにオートファジー因子 p62 が結合し、核近傍へと移行・凝集した後、リ ソソームにて分解される。一方、Parkin / PINK1経路において、脱分極ミトコンドリアが 核近傍へ移行するプロセスがどのように制御されているかに関しては全く検討されていな い。そこで本論文では、細胞内タンパク質品質管理の中核タンパク質として知られるBAG6 が、脱分極ミトコンドリアの輸送と品質管理に関与する着想に至り、これを解明すること を目的に研究を行った。
2 研究の方法と結果
本論文では、タンパク質の疎水性領域を認識する新しいシャペロンとしてBAG6に注目し、
これをベイトに質量分析を行うところから研究を開始した。得られたBAG6結合候補タンパ ク質の細胞内局在を検討した結果、細胞質、核局在タンパク質に次いでミトコンドリア局 在タンパク質が多くを占めることを見いだした。実際、細胞分画法によりBAG6のミトコン ドリア画分を用いた検討した結果、BAG6はミトコンドリア外膜表面に局在し得ることを初 めて見いだした。
次に、BAG6ノックダウン細胞におけるミトコンドリア局在の変化をコントロール細胞と 比較した。その結果、Parkin / PINK1経路を活性化した条件下において、脱分極ミトコン ドリアの凝集は正常に誘起されること、一方、脱分極ミトコンドリアの核近傍への移行が 破綻することを初めて見いだした。この現象は、2種の異なるミトコンドリア脱共役剤
(CCCP及びアンチマイシン)で再現的に観察されうることを示すと同時に、脱分極ミトコ ンドリアの細胞内分布を計測する複数の手法を考案し、いずれの方法においても脱分極ミ トコンドリアの細胞内輸送がBAG6によりサポートされていることを定量的に示すことに 成功した。
続いて、先行研究より核近傍移行・凝集にはp62/SQSTM1の不良ミトコンドリアへの局 在が必須とされていたため、p62の局在化にBAG6が関与する可能性を検討した。その結果、
p62はBAG6ノックダウン細胞においても、核から離れた不良ミトコンドリア凝集へ局在す ることが明らかになった。さらに、脱分極ミトコンドリア表面に形成されるポリユビキチ ン鎖の形成にはBAG6ノックダウンは影響を与えないことも確認した。これらの実験結果は、
BAG6がp62、あるいはParkin / PINK1経路の下流で機能することを示唆しており、これま で未解明である不良ミトコンドリア凝集から核近傍移行プロセスについて、新たな分子機 構の解明に先立つ結果であると考えられた。このように本研究では、BAG6が脱分極ミトコ ンドリア輸送の枢要となる新規因子であることが初めて明確に示された。
3. 論文としての完成度
本論文の研究成果は、それぞれの項目にて適切に説明されている。本論文の結果は、(1)
BAG6がミトコンドリア外膜のタンパク質群と細胞内で相互作用することを質量分析で初 めて示したこと(第一章)、(2)BAG6が脱分極ミトコンドリアの細胞内輸送に必須の機 能を保持していること(第二章)、の2つの章に分けて、多方面の実験結果からまとめら れている。関連の深い先行研究を網羅して引用し、それらとの関係で,本論文の新規性や 意義を明確に論じている。今後の研究への展望も、適切に述べられている。英文も明解で あり、博士学位論文としての完成度は高いと評価される。
4 審査の結果
本論文は、BAG6 が脱分極ミトコンドリアの細胞内輸送を制御しうるという仮説を、複 数の実験技術を組み合わせつつ、初めて実験的に検証した.また、このシステムが脱分極 ミトコンドリアの蓄積、あるいはマイトファジーの異常に起因する疾患(パーキンソン病 など)の防御にも関わりうる可能性を提起した。これらの知見は、BAG6 が持つ生理的/
病理的意義を提案する上において大きな意味を持つ。
本論文の内容は、すでに英文学術雑誌(FEBS Open Bio誌, Scientific Reports誌など)
に審査のうえ筆頭著者(Scientific Reports誌は共筆頭著者)として受理されている。これ ら筆頭著者論文を含めて、既に3報の欧文学術論文を発表しており、また残りの部分につ いても、今後公表されるに十分値する新規な知見を多く含んでいる。よって、本論文は博 士(理学)の学位に十分値すると判定した。
5 最終試験の結果
本学の学位規則および生命科学専攻内の申し合わせに従って最終試験を行った.公開の 席上で論文内容を発表し,生命科学専攻教員による質疑応答をもって論文内容および関連 分野についての最終試験とし,合格と判定した.