【学位論文審査の要旨】
自保護地域(Protected area)は生態系などを保全するために設けられる区域であり、
世界中に残された豊かな自然の多くが自然保護地域として守られている。減少著しい熱帯 雨林は自然保護地域として保全・利用がなされている。マレーシアでは 740 の地域が自然 保護地域として登録されている。マレーシアにおける多くの自然保護地域においても保全 と利用の両立が議論され、持続的に利用可能な観光のあり方が模索されている。
マレーシアの Endau Rompin 国立公園は半島マレーシアでは二番目に大きな国立公園で、
国内外から年間 2000 名ほどの観光客が訪れている重要な自然観光地の一つである。国立公 園にはフタバガキ植物が優占する熱帯雨林には、アジアゾウやマレートラに代表される絶 滅が危惧される野生生物が数多く生息しており、生物多様性保全への取り組みが求められ ている。
一方、保護地域においては、その設置・保護・管理の有効性を評価しようとする試みが 行われており、保護地域の設置により、保護・管理が適切に行われているのかを評価する ことが必要である。また、保護地域の設置により保護地域内の自然環境や生物資源は法的 に保護されるが、その周囲の自然資源の収奪が進み、却って自然環境の劣化が進んでしま うという副作用が知られている。もし、国立公園等の保護地域指定が周囲の森林減少を加 速するのであれば、広い生息域が必要な野生生物の絶滅リスクを高める恐れがある。そこ で、本論文では、1992 年から 2016 年までのリモートセンシングデータを用いて、保護区に 指定される前と後で森林面積・断片化の程度を計測した。また、森林減少に影響を与える 地理的、社会・経済的要因のデータを修得し、分析を行った。そして、野生生物の生息地、
生態に関するデータベースを利用し、調査地に生息する野生哺乳類の生息地を特定した。
これらのデータを用いて、Endau Rompin 国立公園地域、周囲(10 km 圏内、それ以外)に おける土地利用・被覆(LUCL)変化を評価し、森林減少(deforestation)、劣化(forest fragmentation)の変化を定量化し、それら森林減少・劣化に与える環境・経済的要因、Gap 分析による森林性哺乳類保全の有効性評価を行い、熱帯雨林を有する自然保護地域の有効 性について議論を行った。
第一に、保護地域内外の森林面積、断片化について分析したところ、保護地域内の森林 は保護されているものの、周辺地域では、アブラヤシのプランテーションのための大規模 な農地の転換による大きな森林損失と断片化が発見された。そのため、保護地域指定によ り国立公園内の森林は量的、質的に保全されたものの、周辺地域の森林環境を悪化させる ことで、広い行動圏を持つ野生生物の保全に悪影響を与えた可能性が示唆された。
第二に、これらの森林減少・劣化に対して保護地域と周辺地域における標高、勾配、集 落、農業気候指数、道路および河川からの近さが及ぼす影響について統計モデルを用いて 分析した。その結果、土地の農業適性や集落からのアクセシビリティが強く森林減少・劣 化が起こりやすさと関連し、周辺地域に地理的、環境的要因が多く存在していたことが明 らかになった。
第三に、国際自然保護連合(IUCN)が公開する野生生物生息地データを用いて、既存の 方法による GAP 分析及び生息地情報と土地利用を加味した GAP 分析を行い、野生哺乳類に おける保護の有効性を検討した。その結果、既存の方法よりも生息地情報を加味した方が より高解像度で生息地推定を行うことができることが明らかになった。そして、多くの野 生哺乳類の生息地は保護地域により保護されていたものの、一部の種の生息地は保護され ていないことが見いだされ、保全を進める上で重要な地域が明らかになった。
以上のように、本論文では Endau Rompin 国立公園における保護地域指定の有効性を森林 減少・劣化及び野生生物保全の観点から議論し、周辺地域の保全管理の重要性を示した。
これらの成果はマレーシアの国立公園における保護地域指定が森林減少、劣化、及び野生 生物保全に対して及ぼした影響に関する基礎的データを提供し、将来指定される保護地域 の効果を高めるための科学的知見を提供するものとして高く評価できる。よって、本論文 は博士(観光科学)の学位授与に十分値するものと判断される。