【学位論文審査の要旨】
地球温暖化ほかに伴う気候変動は,今日の人間社会が抱える大きな課題の一つである。
本研究で対象とするベトナムでも,すでに農業や水資源などの各方面で気候変動の影響が 顕在化しており,経済発展を阻害する大きな要因として,社会的にも大きな問題となって いる。インドシナ半島東部に位置し,南シナ海に面した長い海岸線と海岸に近い複雑な山 岳地形をもつベトナムの気候は,アジアモンスーンや熱帯収束帯,熱帯低気圧の影響を強 く受けており,これまでもこれらの要因が複合した状況下でしばしば豪雨が発生し,地域 的に大きな被害をもたらしてきた。このような極端気象による被害を軽減すべく,当該国 の極端気象の発現機構やその将来予測についての研究が,現地社会でも強く求められてい る。そこで本研究では,1. 中部ベトナム域において過去の豪雨発生はどのような変動を示 してきたのか? 2. 衛星による降水量や気候モデルはどの程度現在の豪雨を再現してい るのか? 3. 近未来において豪雨発生はどのように変化すると予測されるか? の3点の 課題に着目して研究を進めた。
まず1961~2012年の中部ベトナムの雨季である9~12月における豪雨発生の変化傾向を,
過去の気候データに基づいて解析した結果,北緯17度以南の中部ベトナムの海岸地域では,
1980年代の後半から1990年代の前半にかけて,豪雨発生が顕著に増加したのに対し,北緯 17 度以北では減少していたことを見出した。これは当該地域において,熱帯低気圧による 豪雨発生が増えたことと,南シナ海南部における海面水温が上昇したことに伴い,北東モ ンスーンに伴う水蒸気輸送量が増加し,ベトナム中南部での水蒸気収束量が増加したこと によることが原因であることを解明した。また,数十年スケールで変動する北太平洋にお ける海面水温の変化の影響も強く受けていることを指摘した。
次いで2001~2010年の期間でのベトナムにおける,CMORPH, GSMaP, TRMMによる3種類 の衛星推定降水量の精度を,地上での雨量計データから作成されたグリッド降水量を用い て詳細に検証した。その結果,全般にTRMMによる推定精度がもっとも高いこと,衛星降雨 量の精度は,地域や気象擾乱の種類によって異なり,中部高原や中東部の海岸域での精度 が悪く,風速や標高に対応した誤差があること,が明らかになった。複雑な地形をもつベ トナムでは,地上雨量計の設置密度が必ずしも十分でないため,衛星による降水量推定に は大きな期待がもたれてきた。しかしながら,現状の衛星降水量推定には,さらなる改善 の余地があることを指摘した。
最後に,産業革命以前と比較して温室効果ガスの放射強制力が,今世紀末に4.5 W/m2及 び8.5 W/m2上昇するRCP4.5及びRCP8.5シナリオによる,第5次結合モデル相互比較計画
(CMIP5)での 5つの気候将来予測実験データを使用して,RegCMという地域気候モデルに よって力学的なダウンスケール実験を行った。モデルの過去実験の出力結果に対して,雨 量計データから作成されたグリッド降水量を真値としたクオンタイル・マッピング(QM)
という統計的なバイアス補正手法を確立し,モデルによる将来予測結果に適用して解析し た。その結果,ベトナムにおいては,雨季において降雨の中断が増加し,より乾燥した気
候状態になる可能性があることが見出された。QM によるバイアス補正は,極端降雨の出現 傾向の予測においては,元データの傾向を大きく変えることはないものの,地域的な様相 については,より信頼性の高い情報を与え,特に乾季における状態の予測信頼性の向上に 寄与することが見出された。
地球温暖化に伴い,気温だけでなく極端降水の増加が懸念される中,インドシナ半島の 東端部に位置し,他のアジアモンスーン諸国とは雨季の時期が大きく異なるベトナムにお いて,特に極端降雨に着目し,過去の地上雨量観測データ,衛星による近年の降水量推定 データ,地域気候モデルによる気候の将来予測結果を解析し,過去から未来にかけての降 水量及び極端降雨発現の変動について,定量的に解明したことは,気候学的,地理学的に も重要な指摘である。
以上により,本論文は博士(理学)の学位を授与するのに充分な価値があるものと認め られた。