【学位論文審査の要旨】
1 研究の目的
本論文は,無線通信技術の高速化や大容量化において,未だシステム構成や達成すべ き標準仕様が国際的にも現在議論進行中であるテラヘルツ通信システムの提案を目指し,
そのために独自の集積デバイス設計と特性の定量的吟味に資するモデル化とを行ない,
それを適用した理論解析によって提案システムの到達性能と有用性を工学的に明らかに した研究である。
テラヘルツ通信技術が斯様に未開拓である理由は,システム構築に必要十分なデバイ ス開発が未だ途上であることに負う点が背景にある。材料中の電子の緩和時間の逆数の オーダに近づくテラヘルツ帯で動作する固体デバイス開発においては,作製プロセスに 要求される最小微細要求寸法はナノメータオーダとなることが不可欠である。それ故に,
テラヘルツデバイスの実現は,産業応用能動素子の王道である半導体集積型トランジス タのサイズ縮小スケーリング則による性能向上設計の延長線上の技術開発路線には位置 づけられない。現在最も高い周波数で動作する固体デバイスの報告は共鳴トンネルダイ
オードの1.98THz発振の報告であり,このデバイスは化合物半導体ナノへテロ薄膜積層
構造における量子効果を利用している点が産業応用トランジスタと原理的に異なる。
加えてテラヘルツ帯無線技術は,固体からの電磁界放射や固体への電磁界閉じ込めや 伝搬あるいは固体構成物質の振動励起などマイクロ波的センスによる取り扱いから準光 学的センスによる取り扱いが必要な電磁波技術であり,アンテナと能動素子との集積が システム設計にはもはや不可欠である。システム損失設計においても,材料へのテラヘ ルツ波の吸収や材料中の局所的電磁界集中箇所が容易に無用な疑似放射アンテナとして 作用するなど,産業応用素子の取り扱いとは大きな隔たりがある。
以上のような観点を背景にして本学位論文では,アンテナと集積一体化した半導体共 鳴トンネルダイオードを用いた小型テラヘルツ発振器を独自に提案し,デバイスの設計 およびモデル化とシステム応用の実現可能性の工学的検証を理論的に行うことを目的と している。
2 研究の方法と結果
本論文では,継ぎ目なく遂行した研究を3段階に分けて取りまとめて明示している。
第一段階を「コンポーネントデザイン」と称している。ここでは,テラヘルツ帯を用い た広帯域通信に資するために採用して設計したボウタイアンテナについての性能を明らか にしている。ボウタイアンテナは自己補対アンテナと呼ばれる広帯域アンテナの実現形状 の中で最も設計がシンプルなものである。自己補対アンテナの広帯域性の起源は,給電部 分の幾何学構造がダイポールアンテナ型とスロットアンテナ型の両者を空間的に相補う形 で配置していること(補対関係)によって生じる電磁界分布の補対性による。本論文では設 計したボウタイアンテナの放射姿態のテラヘルツ帯特性を有限要素法に基づく電磁界解析 を用いて計算し,その結果を用いて補対関係と広帯域特性の関係を明らかにしている。特 に,アンテナが有限サイズであることや半導体メサ構造を集積することに起因する補対関
係の保持/劣化具合を定量的に表す自己補対ファクタを定義して特性を議論した点に特長が ある。さらにこの第一段階では半導体共鳴トンネルダイオードとなるメサ構造とサイズ数 百ミクロン級のボウタイアンテナを集積一体化した設計構造提案をして集積デバイス構成 要素=コンポーネントの設計を完了している。
次の第二段階を「ラジオデザイン」と称している。ここでは第一段階で設計した集積型 テラヘルツ発振器全体のモデルを構築し,それによる放射(=ラジオ)特性を議論している。
具体的には,第一段階で設計した半導体共鳴トンネルダイオードとボウタイアンテナを集 積一体化したテラヘルツ発振器の等価回路の構築を,電磁界解析した S パラメータの周波 数特性を参照して行っている。なお等価回路を構成している多数の回路素子を全て物理ベ ースで定式化し,デバイス構造,サイズ,材料と回路定数との関係ならびにサイズスケー リング則を明らかにしている点が特筆できる。更に得られた等価回路モデルに共鳴トンネ ルダイオードに潜在する非線形微分負性コンダクタンスを含む等価回路を考慮することで 能動素子としてのモデル化を完了し,それによるテラヘルツ帯の弛張振動波の生成と放射 総電力の単一モード発振からの増強効果を定量的に示すところまで到達している。
第三段階を「リンクデザイン」と称して述べている。ここでは,第一段階で提案したデ バイスの第二段階による全体モデル化結果を用いて,提案の小型テラヘルツ無線通信シス テムのリンクバジェット解析(送信側から受信側までのテラヘルツ波の無線伝送特性解析)
を行っている。その結果,提案デバイスを用いた際にテラヘルツ帯弛張発振波が無線伝送 特性へ及ぼす影響と正弦波伝送と比較した際に伝送電力に優位性が生じる条件とを明らか にした上で,システム特性の理論予測と既報告との比較を行っている。
以上に加え,総括として,本論文で対象とした具体的デバイス設計,デバイスのモデル,
特性解析の概念と連成手法,システム特性の理論予測までいたる全体を,独自に提案した 集積デバイスに対して俯瞰している点で工学的意義がある。
3 審査の結果
平成30年1月9日,1月20日の2回の審査を行った。指摘された内容は十分考察 されて学位論文に反映された。さらに2月3日には最終審査および公聴会を開催した。
公聴会には34名の学内外からの参加者があり,質疑に対しても十分な応答がなされた。
したがって,上記審査会を踏まえて本学位論文審査委員は,本論文は博士(工学)の学 位を授与するに十分な価値があるものと認められると判断した。
4 最終試験の結果
本学の学位規則に従い最終試験を行った。公開の席上で論文発表を行い,専門研究 者を含む学内外の出席者からの質疑応答を行った。また,論文審査委員からも本論文 に関する質疑応答を行った。これらの結果を総合的に審査した結果、専門科目につい ても十分な学力があるものと認め,合格と判定した。