九州大学学術情報リポジトリ
Kyushu University Institutional Repository
心疾患時に生じる筋線維芽細胞の新たな機能に関す る研究
松田, 翔一
http://hdl.handle.net/2324/2236166
出版情報:九州大学, 2018, 博士(創薬科学), 課程博士 バージョン:
権利関係:やむを得ない事由により本文ファイル非公開 (3)
心疾患時に生じる筋線維芽細胞の新たな機能に関する研究
薬効安全性学分野 3PS16014W 松田 翔一
【序論】
心肥大とは、高血圧などの圧負荷が原因となって心筋細胞が肥大する疾患である。長期に渡る心臓へ の負荷は炎症や線維化を亢進させ、やがて心疾患の終末像である慢性心不全病態へと移行する。心肥大 を起こした心臓では、過度なストレスによって、多くのアポトーシス細胞が生じる。通常、これらアポ トーシス細胞はマクロファージなどの貪食細胞によって速やかに除去されると考えられている。しかし ながら、何らかの理由で貪食されなかったアポトーシス細胞は、やがて二次的なネクローシスを起こし、
細胞から漏出した内容物によって炎症応答が誘導される。アポトーシス細胞の速やかな貪食は、この死 細胞からの内容物の漏出による炎症を抑制するなど、心疾患時の病態形成に重要な役割を果たしている。
最近、当研究室では、急激な細胞死が起こる心筋梗塞時において、これまで貪食能を持つことが知ら れていなかった筋線維芽細胞が、マクロファージと同様に死細胞を貪食することを明らかにしてきた。
筋線維芽細胞とは、炎症時に常在性の線維芽細胞をはじめとした様々な細胞が分化することにより生じ る細胞群であり、組織における線維化を担う主要な細胞として知られている細胞群である。
心筋梗塞時の死細胞貪食のメカニズムが明らかになりつつある一方で、これまで心肥大時に生じる死 細胞がどの細胞によって、またどのような分子によって除去されるかについての研究は全くされていな かった。そこで、本研究では、心肥大時に生じた死細胞が貪食除去される分子メカニズムを明らかにす ることを目的とした。
【方法】
横行大動脈狭窄術(Transverse aortic constriction: TAC)による心肥大モデルマウスの作成
6-8週齢の雄性C57BL/6J野生型(WT)マウスとMilk fat globule-EGF factor 8 protein (MFG-E8) ノック アウト (KO) マウスの心臓の横行大動脈を糸で狭窄し、圧負荷をかけることで心肥大モデルとした。
免疫組織染色
TAC処置後1週目のマウスより心臓を採取し、凍結切片を作成した。その後、各種タンパク質に対す る抗体を用いて染色し、共焦点顕微鏡による観察と撮像を行った。
初代培養細胞を用いた細胞貪食能の評価
TAC処置後 1週目のマウス心臓をコラゲナーゼ溶液で消化し、一晩、ディッシュで培養することで、
接着系細胞を単離した。磁気細胞分離法によって接着系細胞をマクロファージと筋線維芽細胞に分離し、
培養した。マウス胸腺細胞から調整したアポトーシス細胞を pHrodo で蛍光標識し、マクロファージや 筋線維芽細胞と共培養させることで、死細胞の貪食を行わせた。その後、貪食されなかった死細胞を除 去し、顕微鏡による撮像を行い、貪食細胞内による蛍光の取り込みを貪食能として評価した。
アデノ随伴ウイルスを用いたマウス心臓への遺伝子導入
塩化セシウム密度勾配超遠心によりアデノ随伴ウイルスを精製し、生後3日目の新生児マウスに皮下 投与することで、マウス心臓へのウイルス遺伝子導入を行った。
【結果】
心肥大時に生じた死細胞はマクロファージと筋線維芽細胞によって貪食される まず、心肥大時の心臓において、マクロファージ
や筋線維芽細胞が死細胞を貪食するかについて検 討を行った。TAC処置後1週目の心臓切片を用い、
TUNEL法によってアポトーシス細胞を検出し、同
時に筋線維芽細胞の細胞マーカー(αSMA)やマク ロファージの細胞マーカー(CD68)との共染色を 行った。その結果、筋線維芽細胞とマクロファージ
が TUNEL 陽性の死細胞を細胞内に取り込んでい
る像が観察された(図1A, 1B)。さらに、筋線維芽 細胞やマクロファージがどの細胞を貪食している かを明らかにするため、心筋細胞のマーカーである TNNI3 と αSMA や CD68との共染色を行ったとこ
ろ、筋線維芽細胞とマクロファージが TNNI3 陽性の心筋細胞を貪食していることを見出した(図 1C, 1D)。以上の結果から、筋線維芽細胞はマクロファージと同様に死細胞の貪食能を持ち、心肥大時に生 じた死細胞の除去は、マクロファージと筋線維芽細胞が担っていることが明らかとなった。
筋線維芽細胞は貪食促進因子であるMFG-E8とGas6を産生する 心肥大時において死細胞の貪食除去に関わる分
子を明らかにするために、TAC 処置後の心臓で発 現が増加する貪食促進因子の探索を行った。様々な 貪食因子について検討した結果、分泌タンパク質で あるMFG-E8とGas6の発現量が、偽処置(sham)
群と比較してTAC処置群で有意に増加することを 見出した(図2A, B)。特に、TAC処置後1週目を ピークとして、MFG-E8 と Gas6 の発現量は sham 群に比べて約3倍に上昇していた(図2B)。
さらに、MFG-E8とGas6の産生細胞を明らかに するために、TAC処置後 1 週目の心臓切片を用い て、免疫組織染色を行った。MFG-E8あるいはGas6 に対する抗体と、様々な細胞マーカーに対する抗体 との共染色を行ったところ、筋線維芽細胞のマーカ ーであるαSMAの染色像とMFG-E8およびGas6の 染色像がほとんど重なり合うことを見出した(図 2C, 2D)。一方で、マクロファージではMFG-E8と Gas6の発現は認められなかった。以上の結果から、
心肥大時には、筋線維芽細胞が貪食促進因子である MFG-E8とGas6を産生することが明らかとなった。
[図1](A and B) In vivoにおける筋線維芽細胞 (A) およ びマクロファージ (B) によるアポトーシス細胞の貪食 (C and D) In vivoにおける筋線維芽細胞 (C) およびマク ロファージ (D) による心筋細胞細胞の貪食
[図2](A and B) TAC処置後の心臓におけるMFG-E8お よびGas6の継時的な発現変化 (A) とその定量結果 (B) (C and D) 筋線維芽細胞マーカーαSMAとMFG-E8 (C)
およびGas6 (D) の免疫組織染色
*; P < 0.05, **; P < 0.01 vs sham.
筋線維芽細胞はMFG-E8/integrin αv/β3経路を介して死細胞を貪食する
MFG-E8 は、死細胞の膜表面に露出している
phosphatidylserine と 貪 食 細 胞 上 の 受 容 体 で あ る integrin αv/β3の両方に結合することで、死細胞の貪 食を促進する因子として知られている(図3A)。免 疫組織染色とフローサイトメトリーによる検討の 結果、筋線維芽細胞がintegrin αv/β3を発現してい ることを見出した。そこで、筋線維芽細胞がMFG- E8を介して死細胞を貪食するかを明らかにするた め、TAC 処置を施したWT マウスと MFG-E8 KO マウスの心臓から筋線維芽細胞を単離し、それぞ れの貪食能を評価したところ、MFG-E8 KOマウス 由来の筋線維芽細胞では、死細胞の貪食能が有意に 減少していた(図3B)。このことから、筋線維芽細
胞はMFG-E8を介して死細胞を貪食することが明らかとなった。
さらに、MFG-E8の欠損が心肥大時の心臓の病態に与える影響について調べたところ、TAC処置後1
週目のMFG-E8 KOマウスの心臓切片では、WTマウスと比較して死細胞の数が増加し、またマクロフ
ァージの浸潤量も増加していた。以上の結果から、MFG-E8を欠損すると死細胞の貪食が抑制されるた めに、心臓に多くの死細胞が残存し、炎症応答が悪化することが明らかとなった。
マクロファージは筋線維芽細胞が分泌したGas6を用いて死細胞を貪食する 次に、もう一方の貪食促進因子であるGas6ついて
検討を行った。Gas6は、死細胞の膜表面に露出して いるphosphatidylserine と貪食細胞上の受容体である MER の両方に結合することで死細胞の貪食を促進 する因子として知られている(図4A)。そこで、TAC 処置後の心臓から筋線維芽細胞とマクロファージを 単離し、それぞれの細胞におけるMERの発現をリア ルタイム PCR によって調べたところ、MER は筋線 維芽細胞ではなくマクロファージに強く発現してい ることを見出した(図4B)。この結果から、マクロフ ァージは筋線維芽細胞から分泌される Gas6 を用い て死細胞を貪食する可能性が考えられた。そこで、
TAC 処置後の心臓から単離したマクロファージに筋 線維芽細胞の培養上清を添加し貪食能を評価したと ころ、筋線維芽細胞の培養上清を添加することでマ クロファージの貪食能が顕著に増加することを見出
した(図4C)。さらに、この貪食能の増加は、MERの
中和抗体を処置することで減少した。以上の結果か
[図3](A) MFG-E8を介した死細胞の貪食メカニズム
(B) WTおよびMFG-E8 KOマウス由来の筋線維芽細胞
におけるアポトーシス細胞の貪食能の比較
[図4](A) Gas6を介した死細胞の貪食メカニズム
(B) マクロファージ (Mac) と筋線維芽細胞 (Myo) におけるMERの発現量比較
(C) 筋線維芽細胞の培養上清とMER中和抗体を添加 したときのマクロファージの貪食能の比較
**; P < 0.01, ***; P < 0.001
ら、心肥大時においてマクロファージは、近接する筋線維芽細胞から分泌される Gas6 を用いて、
Gas6/MER経路を介した死細胞の貪食を行っていることが明らかとなった。
さらに、TAC処置を施した心臓へMER中和抗体を心筋内投与し、投与後の心臓の病態を評価した。
その結果、MER中和抗体を投与したマウスの心臓では、死細胞の数が増加し、マクロファージの浸潤量 が増加していた。この結果から、TAC処置後の心臓においてGas6/MER経路を阻害すると、死細胞の貪 食が抑制され、炎症応答が増悪することが明らかとなった。
MFG-E8およびGas6を心筋細胞特異的に過剰発現させることで心肥大時の心臓の病態が改善する
心肥大時の病態に対するMFG-E8とGas6の治療 効果について検討するため、アデノ随伴ウイルス
(AAV9)を用いて、それぞれの因子を心筋細胞特異 的に過剰発現するマウスを作製し TAC 処置後の心 臓の病態を解析した。その結果、MFG-E8やGas6を 過剰発現させたマウスの心臓では、TAC処置後に残 存する死細胞の数が有意に減少していた。(図 5A, 5B)。また、MFG-E8あるいはGas6を心臓に過剰発 現させることで、TAC処置後のマクロファージの浸 潤量が減少することを見出した。さらに、心エコー 法によってTAC処置後の心機能を評価したところ、
MFG-E8 や Gas6 の過剰発現によって心機能パラメ ーターの値が有意に改善することを見出した(図 5C)。以上の結果から、MFG-E8およびGas6は心肥 大時の心臓の病態を改善させ、心保護的に働く因子 であることが明らかとなった。
【考察】
本研究により、筋線維芽細胞から分泌される二種類の貪食促進因子Gas6 とMFG-E8 が、心肥大時の 死細胞の貪食除去に寄与していることが初めて明らかとなった。さらに、マクロファージと筋線維芽細 胞がそれぞれGas6/MER経路およびMFG-E8/インテグリンαvβ3経路を介して、心肥大時に生じる死細 胞を貪食することを初めて明らかにした。本研究は、マクロファージと筋線維芽細胞が死細胞の貪食・
除去に対して協調的に働くことを示した新しい知見であり、心肥大時における死細胞除去の重要性を裏 付ける意義深い研究であると考えている。さらに、MFG-E8やGas6を心臓に過剰発現させることで、心 肥大時の心臓病態が改善することも見出した。これまで貪食を標的とした治療法は存在しないことから、
今後、MFG-E8やGas6が心疾患の新規治療法の創出に繋がることを期待している。
【発表論文】
1. Nakaya M, .., Matsuda S
(21人中5
番目), ..., & Kurose H. J. Clin. Invest. (2017) 127(1):383-401. doi:10.1172/JCI83822
2. Horii Y, Matsuda S,..,, Kurose H & Nakaya M. Bio. Protoc. (2017) 7(18). doi: 10.21769/BioProtoc.2552 3. Horii Y, Matsuda S, ..,, Kurose H & Nakaya M. Bio. Protoc. (2017) 7(18) . doi: 10.21769/BioProtoc.2553
[図5]アデノ随伴ウイルスによりMFG-E8およびGas6
を過剰発現させたマウスの心肥大時の心臓の病態
(A and B) TAC処置後1週目の心臓の死細胞の蓄積
(C) 心エコーによるTAC処置後3週目の心機能評価
***; P < 0.001