年齢差別問題と憲法 : アメリカの年齢差別禁止法 と「反エイジズム」思想を手がかりに
著者 浅田 訓永
雑誌名 同志社法學
巻 58
号 5
ページ 219‑266
発行年 2006‑11‑30
権利 同志社法學會
URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000011006
年齢差別問題と憲法 二一九同志社法学 五八巻五号
年齢差別問題と憲法
―
アメリカの年齢差別禁止法と﹁反エイジズム﹂思想を手がかりに―
浅 田 訓 永
目 次はじめに第一章 年齢差別問題とアメリカ憲法 第一節 判例理論の確立 第二節 学説の展開第二章 高齢者とアメリカの年齢差別禁止法 第一節 年齢差別禁止法制定の理念 第二節 高齢者保護法としての年齢差別禁止法第三章 アメリカにおける﹁反エイジズム﹂思想 第一節 ﹁反エイジズム﹂思想の展開
︵一八九三︶
年齢差別問題と憲法 二二〇同志社法学 五八巻五号 ︵一八九四︶
第二節 雇用における﹁反エイジズム﹂思想第四章 年齢差別禁止法と﹁反エイジズム﹂思想―﹁年齢差別禁止ルール﹂の意義―むすび
はじめに
本稿は︑年齢差別の問題について︑アメリカの議論を素材として憲法学の立場から検討しようとするものである︒ 一九六四年七月二日︑アメリカにおいて雇用機会の平等が何よりも力説される ︵
of VII
権︵編七第法民中公たし立成で 1︶Civil Rights Act of 1964
︶は︑人種︑皮膚の色︑宗教︑性別︑出身国を理由とする雇用差別を禁止した︒そして︑同法七一五条は︑労働長官に対して年齢を理由とする雇用差別の調査を行うよう︑次のように命じた︒
﹁労働長官︵
The Secretary of Labor
︶は年齢を理由とする雇用差別に起因しがちな諸要因及びそのような差別が経済 と個人に及ぼす影響に関する十分かつ完璧な調査を行うものとする︒労働長官は︑遅くとも一九六五年六月三〇日までに連邦議会へその調査結果を含めて報告し︑その報告の中には年齢を理由とする恣意的な︵arbitrary
︶雇用差別を妨げるための立法勧告を含むこととする ︵
﹂︒ 2︶
そして︑一九六五年六月三〇日︑当時労働長官であった
W irtz
がまとめた同調査の報告書 ︵irtz W
︵以下︑レポートとする︶ 3︶こそが一九六七年の雇用における年齢差別禁止法︵
Age Discrimination in Employment Act of 1967
=ADEA
︶の淵源なのである ︵W irtz workers older
まえてがあてられ︶﹂︵高齢労働者﹁を踏焦点高齢化の当時レポートでは︒に 4︶︵︑連邦議会が 5︶
認定した事実においても﹁高齢者﹂︵
older persons
︶︑﹁高齢労働者﹂︵older workers
︶に対する不利益処遇が重要な問年齢差別問題と憲法 二二一同志社法学 五八巻五号 題となっていたことが指摘されている ︵
ADEA
定︒上以歳〇四︑はたれさ制者でともの識認なうよのこの 6︶︵またを年齢を理由に︑諸個人雇用がしないこと︑あるいは拒絶すること︑︑雇用者をは同法︑すなわち︒した禁止︑別 る対すに雇用差 7︶
は解雇すること︑場合によっては個人の報償・賃金・雇用条件あるいは特典に関して差別することなどを禁止している ︵
︒ 8︶
ADEA
によって雇用者は雇用判断に際して年齢を用いてはならないという法的規律に服することになったが︑一定の場 合には当該規律が及ばないとされた ︵the equal protection of the laws
︶一般的平等保護﹂︵を︶に︑とする憲法保障アメリカ以下︵合衆国憲法したアメリカ 許の法︑﹁は性容的︒雇こうして︑アメリカでは︵用法領域における︶年齢差別の 9︶修正第一四条と年齢差別を明文で禁止している
ADEA
との関係で問われることになる︒ これに比べて︑日本にはADEA
のような法律は存在しないので︑︵雇用領域における︶年齢差別の法的許容性は平等 原則を保障した日本国憲法一四条との関係で一般的には問われることになる︒日本の憲法学において︑年齢差別の問題は高齢者 ︵と未成年者との関係で論じられてきた 10︶︵
︒そして︑定年制度が﹁年齢による差別の代表例 11︶︵
﹂として︑議論がなさ 12︶
れてきた︒たとえば︑同制度に﹁裁判所の特に立ち入った合憲性審査は必要ない ︵
を無視わしい疑が合理性その︑⁝⁝いをするものであって扱した一般化した差 ︵ 個人﹁は同制度︑で一方される解と﹂ 13︶
﹂という主張がなされている︒このよう 14︶
に︑定年制度は日本における年齢差別に関する主要な問題の一つとして検討の対象となっているということができる ︵
︒ 15︶
また最近では︑経済企画庁﹁雇用における年齢差別禁止に関する研究会 ︵
の働齢高用後今﹁省対雇策に関する研究会者 ︵ 厚生労や︺︶労働経済学専攻︹清家篤=座長﹂︵ 16︶
﹄の齢年﹁﹃てしと策政法立︑にうよ︺︶攻専法働労︹雄康訪諏=長座﹂︵ 17︶
規範に固執した制度設計からの脱却を目指し︑﹃雇用における年齢差別の禁止﹄というアプローチ ︵
があるのではなを必要しておく分析に憲法論的を年齢差別問題︑今一度︑ばまえれ踏現状こうした︒っている至れるに さ討検が性能可の﹂ 18︶
いだろうか︒
︵一八九五︶
年齢差別問題と憲法 二二二同志社法学 五八巻五号
本稿は︑このような観点からアメリカにおける年齢差別問題を取り上げ ︵
ADEA
︑から導かれる﹁年齢差別禁止ルール﹂ 19︶を憲法解釈論として構成するための一視点を提示しようとするものである︒具体的には︑
ADEA
に加えてエイジズム︵ageism
︶に関する議論を取り上げる︒一般に︑エイジズムとは︑高齢者差別のことをいい︑人種差別︵racism
︶や性 差別︵sexism
︶と同じくあるグループに関するステレオタイプを理由とする別扱いであるとされる ︵高齢者︶をとしてではなく︑するためには払拭ズムを個人集団として取り扱うことの重要性︵ ︵ ジイエ︑てしそ︒ 20︶
が強調される︵本稿では︑ 21︶
エイジズムを克服するための運動︑理論をさしあたり﹁反エイジズム﹂と呼ぶ︶︒このような﹁反エイジズム﹂の思想は︑老年学をはじめ︑社会学︑心理学などで研究が行われており︑法学の分野にも影響を及ぼしつつある︒そこで︑
ADEA
による﹁年齢差別禁止ルール﹂の意義を明らかにする上で︑﹁反エイジズム﹂の思想を検討することには意味があるように思われる︒従来はADEA
の日本の現実問題への応用に関心が向けられてきたが ︵︑本稿では︑さらに﹁反エイジズム﹂ 22︶
の思想を取り上げ ︵
︑﹁年齢差別禁止ルール﹂を憲法解釈論として構成するための手がかりを得たい︒ 23︶
以上のことを念頭において︑本稿では︑まずアメリカ憲法下における年齢差別問題の理論的特徴を整理して︑憲法論 として年齢差別問題を扱うことの意義と可能性を明らかにする︵第一章︶︒続く第二章では︑
ADEA
制定の理念を明らかにし︑同法が高齢者保護法の側面を持つことを指摘する︒そして︑第三章では︑ADEA
同様に年齢差別問題に取り組んできた﹁反エイジズム﹂の思想を紹介する︒第四章では
ADEA
と﹁反エイジズム﹂思想の関係について試論的に考察して﹁年齢差別禁止ルール﹂の意義を明らかにし︑最後に憲法論への示唆につなげたい︒ ︵一八九六︶年齢差別問題と憲法 二二三同志社法学 五八巻五号 第一章 年齢差別問題とアメリカ憲法 第一節 判例理論の確立
1 Massachusetts Board of Retirement v. Murgia
判決 高齢者に対する雇用差別が立法的関心の対象となったのは一九六〇年代に入ってからのことであるが︑当該差別自体はすでに第二次世界大戦前からみられた ︵︑者効率化は労働に性ストレスとなりの産業︒う伴に展進の化生産︑ちわなす 24︶
ここで求められる生産能力は加齢により低下すると考えられるようになった︒そこで︑高齢者が年齢を理由に別扱いされるようになったが︑当該別扱いはすぐに訴訟として顕在化しなかった︒これが憲法との関係で本格的に争われたのは︑
一九七六年の
Massachusetts Board of Retirement v. Murgia
判決 ︵を〇われたが争が合憲性の⒜州法二六条⑶とするの定年歳五 ︵ 警察官の州ではマサーチューセッツ事件この︒である 25︶
︑アメリカ合衆国最高裁判所︵以下︑合衆国最高裁とする︶ 26︶
は同条を人種差別に適用されるような厳格な審査基準ではなく合理性の基準を適用して合憲とした ︵
the aged
と人種︵︶は︑を︒理由に不利益扱いを受けてきた者高齢者べるされるのように次は判決︑について理由述用 ︒適が基準の合理性 27︶異なり﹁意図的な︵
purposeful
︶不平等扱いの歴史を経験してきたわけではなく﹂︑自己の﹁能力とは無関係のステレ オタイプ的な特徴を理由に特別不利な条件の下におかれてきたわけでもないし﹂︑﹁多数派による政治プロセスから特別の保護を必要とするほどの少数者でもない﹂からである ︵述ののように次して適用を基準合理性に本件は判決︑そして︒ 28︶
べる︒警察官の身体能力を確保することによって州民を保護するという同法の目的について︑同能力は年齢とともに低下するから︑五〇歳定年制は加齢により身体能力が低下した警察官を除外するのに役立っている ︵
︒さらに︑州が五〇歳 29︶
以上の者の職務適格性をより正確に判断するために個別に審査︵
individualized testing
︶する手法を選択しなかったと︵一八九七︶
年齢差別問題と憲法 二二四同志社法学 五八巻五号
しても︑州法の目的が定年制によって合理的に促進されないということを意味しない︒なぜなら︑州法の目的達成手段
として五〇歳定年制が﹁最良の手段﹂︵
the best means
︶でないからといって︑合理性の基準の下ではアメリカ憲法修正第一四条の﹁法の平等保護﹂に反するということはできないからである︒マーシャル裁判官の反対意見は︑法廷意見が指摘した年齢差別と人種差別の相違点を評価しつつも︑連邦議会が
ADEA
において認定した事実に着目する︒その事実によれば︑高齢者は雇用の場面で繰り返し恣意的な︵arbitrary
︶差 別を受けてきた ︵み益るいてっもを利とな要重てみに的こと合手に的理合が段た︑れさ用採上法立理がち法なわ︑州は︑﹁問題となる立 別扱に理由をを年齢は州立法いしている負が合憲となるために次のような立証責任からうとする︒す︑ 30︶
て当該利益の達成と密接に関連していることを立証しなければならない ︵
Reed v. Reed
﹂︒これは一九七一年の 31︶︵legitimate
やの件に適用すれば︑﹁州法的目をは︑正当︵︶で︑実際本準一基用された基準と同のものであるという︒同 判採で決 32︶むにやまれぬ︵
compelling
︶ものである ︵overinclusive
上リ一第正修法憲カメ条アらかるあで︶四に摂ま以歳〇四は州︑でれ違こ︒たしとるす反︵包大過は︶制 のにめたの成達さ的目選当︑もどれ該れ択象年定歳〇五︵対﹂用適の段手たけ 33︶の警察官の身体能力を判断するのに十分と認められる個別審査の手法を採用してきたが ︵
させらの〇歳になった人が個別審査手法︑によらず当該年齢で自動的に退職五められるのでがあると可能性する継続認 過︑も後ぎたを歳〇五は同能力 34︶
れることには全く理由がないとした︒
法廷意見︵
per curiam
︶は年齢差別をあくまでも人種差別との比較によって捉えているのに対して︑マーシャル裁判 官の反対意見はADEA
を視野に入れて捉えるべきとする︒年齢差別の捉え方について︑両者は対照的な理解の違いを示している︒もとより︑Murgia
判決が下された時点で︑年齢を理由とする別扱いの合憲性判断基準には合理性の基準が適用されるとしても︑あらゆる定年制度が合憲であるとは考えられていなかった ︵
︒むしろ︑同判決は加齢と︵警察官の︶ 35︶ ︵一八九八︶
年齢差別問題と憲法 二二五同志社法学 五八巻五号 身体能力の低下との間の関連性のみを考慮したと考えられていたのである ︵
︒ 36︶
Murgia 2
判決後の下級審判決 そこで︑下級審レベルでは次第に意見が分かれはじめた︒たとえば︑イリノイ州の公立学校教諭の定年を六五歳とす る同州Cook
郡教育委員会のPolicy No. 4146
の合憲性が争われた一九七七年のGault v. Garrison
︵No. 4146 Policy 4146 No. Policy
ず同して違憲とした︒決判適は︑被告はの目的を必用準をは邦訴審判決控を理性の基合 ︑において回第七巡区連 37︶しも明らかにしていないが︑被告の
Brief
からは不適格な教員を排除することだと考えられるとした ︵知合理的な豊富つ役立で職という教育︒がないとした関連性なには間との六五歳定年制である達成手段とその当該目的 ︑は同判決︑しかし︒ 38︶
識と経験は︑長年の実践を通じて得られるものである︒そして︑加齢に伴い身体能力が低下するとした
Murgia
判決と異なり︑本件の場合︑教育に必要とされる知識や経験は低下するどころかむしろ上昇すると理由づけたのである ︵︒とこ 39︶
ろが︑翌年︑七〇歳の幼稚園教諭の強制退職を命じたニューヨーク州退職システムの合憲性が争われた
Palmer v.
T iccione
︵︑憲性の基準を適用して合と合した︒まず︑同判決は理を邦ムいて︑第二巡回区連控に訴審判決は同システお 40︶
本件を
Gault
判決と同様に身体能力の確保を目的とした定年制度の合憲性が争われたMurgia
判決と区別できるとした ︵︒ 41︶
しかし︑本件は︑知力・知能︵
mental skills
︶の確保を目的とした定年制度の合憲性が争われた先例 ︵Gault
邦に格な教員を排除すること限不定していたが︑第二巡回区連適的をにできないとた︒次し︑年判の制目定は決 はとこるす別区と 42︶控訴審判決は本件で問題となった州の退職システムの目的にはこの他にも若年者の雇用の機会を開くためや子どもとのかかわりの中で若年者の新しい考え方や教育方法を提供するためにもあると述べた︒したがって︑このような目的とそ
の達成手段である同システムとの間には合理的な関連性があるとした︒
︵一八九九︶
年齢差別問題と憲法 二二六同志社法学 五八巻五号
Gault
判決とPalmer
判決は︑ともに教員の定年制度の合憲性が争われた事件であったが︑結論を異にした ︵︒その理由 43︶
として︑ひとつは
Palmer
判決が教員の定年制度の合憲性に関する先例を尊重したこと ︵carefully Palmer
目的判決と合理的関連性する関にについて注意よりもとのを払って︵︶検討したことをあげうる手段 ︵Gault
制年定が決判はつとひ今︑ 44︶︒ 45︶
Vance v. Bradley 3
判決 このように︑Murgia
判決後の下級審の対応は分かれていた︒しかし︑合衆国最高裁は︑外交局員の定年を六〇歳とするForeign Service
法六三二条の合憲性を認めた一九七九年のV ance v. Bradley
判決 ︵後︑上記の二つの連邦控訴審に関 46︶
するサーシオレーライを否定した ︵
V ance
のた憲合てし用適を準基理性し合を条同は決判︒と 47︶︵でないでな目的の達成にとって無関係︑いすることが当該別扱いを定めた立法が不合理正当別扱個人なる異あるいはを な︒﹁団集る異︑は廷法当 48︶
限り︑当該立法を違憲とすることはしない ︵
どんなかつかつ専門能力を有している者︑及び困難過酷できな状況の下で海外に勤務し︑︑信頼身体的にも精神的にも うというりの目的は︑外交関係を執重大行﹂︒な立場にある公務員として︑同法 49︶
ときでも当該勤務に対処できる者を採用・訓練・確保することにある ︵
外交けるばしば海外勤務で受精神的身体的︑な苦労によって比較的早い時期からしは︑そのうえで︒ない合衆国最高裁 当事者︒は異論に︑については正当性の目的この 50︶
局員の職務能力は低下するので︑連邦議会が六〇歳で当該職務能力を欠いていると判断したことは合理的であるとした ︵
としを目的達成手段るという図を向上の職務遂行にすることで予測可能機会の昇進の若年者︑は法廷意見︑なお︒ 51︶
て六〇歳定年制をおくことも不合理でないとした ︵
︒ 52︶
しかし︑マーシャル裁判官の反対意見は︑本件で問題となった連邦法を中間審査基準を適用して違憲であるとした︒ 同基準の下では︑政府は同法が﹁﹃重要な政府目的に仕えかつその目的の達成と実質的に関連﹄している ︵
﹂ことを立証 53︶ ︵一九〇〇︶
年齢差別問題と憲法 二二七同志社法学 五八巻五号 しなければならない︒彼は︑本件で問題となった連邦法の目的の重要性については認めたが︑当該目的の達成手段としての六〇歳定年制を違憲としたのである︒彼は︑
Murgia
判決における自身の指摘に加えて次のように述べた︒高齢者は︑ 年齢差別によって身体的にも精神的にも不十分であるという烙印を押されている︒そして︑年齢は性別と違いある時点において能力との関連性があるものの︑実際にそのような関連性があるのかどうか政府が立証しなければならない ︵︒し 54︶
かし︑政府は︑問題となる別扱いが重要な政府目的であり︑それが当該目的の達成にとって実質的に関連していることを立証できていないとした︒なお︑定年制によって若年者の昇進の機会が確保されうるとしても︑少なくとも定年の時
点で外交局員として最も適任の者が排除されることを重視して︑本件で問題となった定年制は憲法上許されないとしている ︵
︒ 55︶
ホワイト裁判官による法廷意見は身体能力に限らずその他の能力低下も加齢との関連で捉えようとしているのに対して︑マーシャル裁判官の反対意見は問題となる場面ごとに個別具体的な判断を行うべきとする ︵
︒年齢と能力の関係につ 56︶
いて︑両者は対照的な理解の違いを示している︒
Gregory v. Abshcroft 4
判決 しかし︑このような違いは一九九一年のGregory v. Abshcroft
判決 ︵ADEA
二性憲合の項六条び五法憲州リー及裁ミが高最国衆合︑たのれわ争が性法合ズた官め定を制年定歳〇七の判裁 たっかズなれらみこ︒ーの事件ではミでリ州のは 57︶︵オコナー裁判官の法廷意見︶は合理性の基準を適用して合憲と判断した︒﹁当法廷は︑年齢が平等保護条項のもとで疑わしい区分︵
suspect classification
︶にあたらないと繰り返し述べてきた ︵て合っよに準基の性理を件本が告原︑に故﹂︒ 58︶
判断されるべきであると主張したことは正当である︒当法廷は︑特定の集団あるいは個人を別扱いすることが正当な目
︵一九〇一︶
年齢差別問題と憲法 二二八同志社法学 五八巻五号
的の達成にとって無関係でかつ不合理でない限り︑州憲法五条二六項を違憲とすることはしない︒州民は︑労力が非常
に要求される裁判官の職務を十分遂行できる司法府を維持するという正当で︑やむにやまれぬ利益をもっている ︵
・衰身体的︒であるとはいえない真実ずしも必︑ることがないといえるが被えをな重大で歳〇七はおそらく裁判官んどの ほと︒ 59︶
精神的能力がときどき年齢とともに低下するという人生にとって不運な事実がある ︵
反対意見ホワイトの裁判官とブラックマン︶同調が裁判官スティーヴンス︵同意意見の裁判官︑しかし︒される許容は 交代の裁判官の高齢︑したがって︒ 60︶
︵マーシャル裁判官が同調︶は︑憲法判断を行わず︑
ADEA
の論点のみを検討している ︵︒ 61︶
ADEA 5
定年制に対するの対応 以上の判例の展開から明らかなように︑合衆国最高裁は年齢差別をアメリカ憲法修正第一四条に違反しないとした︒ なお︑ここで定年制に対するADEA
の対応について触れておこう︒現在ADEA
は︑﹁真正な管理職あるいは高度の政策形成︵bona fide executives or high policymakers
︶﹂の立場にある者で︑最低四四〇〇〇ドルに相当する年金などの退職福利を受ける資格がある者に対する六五歳定年制 ︵
と州の消防士︑警察官の五五歳定年制 62︶︵
air
を︑連邦法は航空管制官︵ 63︶traffic controller
︶の五六歳定年制 ︵materials courier nuclear
定質歳七五の︶﹂︵者扱取物核︑﹁士防消︑官察警の邦連と 64︶年制 ︵
Federal Administration A viation
歳定年制を︑連邦航空局︵を︶規則はパイロットの六〇 65︶︵それぞれ認めている︒ 66︶
第二節 学説の展開
1
判例の評価 こうした判例の展開で注目すべきことは︑まず年齢差別と人種差別との違いを指摘したことである ︵︒すなわち︑高齢 67︶ ︵一九〇二︶
年齢差別問題と憲法 二二九同志社法学 五八巻五号 者は︑人種差別を受けてきた者と異なり意図的に不平等に取り扱われてきていないし︑政治的に無力でないということである︒このほか︑学説では︑年齢はたとえば医療や年金などの社会保障給付のように高齢者を利益的に取り扱うため に用いられることがある一方で︑人種はそのような利益的な取り扱いのために用いられないことが指摘されている ︵
加齢相関関係めたことである認に︑注目すべきことはをと能力低下の ︵ ︒次 68︶
︒確かに︑年齢差別は︑個々の実際の能力とは無 69︶
関係に特定の年齢層に属するすべての者を不利益に取り扱うという意味で︑人種差別と同様の共通点をもっているといえる ︵
とな判定問題すべきかどうかが判定によって審査の個別︑するのではなくで関連との年齢︑を能力低下︑そこで︒ 70︶
る︒もとより︑能力といっても職種により求められる﹁能力﹂は多岐にわたるから︑当該﹁能力﹂に応じた個別審査を行うことについては様々な評価がありえよう︒たとえば︑州裁判官の定年制を七〇歳と定めたイリノイ州裁判官強制退
職法の合憲性が争われた
T rafelet v. Thompson
︵がて裁︑は性格適のし官と官察警︒﹁るべ述判とう観とこるす価評に的客しもりよ性格適のてによ次てし較比を件本の 官区訴控邦連︑回巡七第判てい審に決は警察に求められる身体能力とお 71︶
可能である ︵
︒︑そして︑実際に個別審査は厄介なものだから年齢からであるを理由とする雇用判断には合理性が認められるとした﹂︒ である必要困難なぜなら︑知的能力の低下と司法職にな﹂︒人格性の要素は身体能力よりも判定することが﹁ 72︶
2
ペリーとカーストの指摘 ペリー︵Michael J. Perry
︶説もまた︑身体能力の低下を個別審査により判定することについて︑身体能力の低下を 医学的に予測することは困難であるし︑特定個人の当該能力に対する適合性を完全に把握することは不可能であるとする ︵の︒合理性には合憲性判断基準の年齢差別︑に故があるとする問題うかという行をいかにして個別審査︑そして︒ 73︶
基準が適用されるとした ︵
︒ 74︶
︵一九〇三︶
年齢差別問題と憲法 二三〇同志社法学 五八巻五号
それに対して︑カースト︵
Kenneth L. Karst
︶説は︑﹁我々の社会において︑系統的に﹃弱者﹄︵nonpersons
︶に追い やられるグループがいるとすれば︑それは高齢者である﹂と述べ︑年齢差別に合理性の基準が適用され続けることはないと主張した ︵rights human
絡を齢者の雇用問題人﹁に権﹂︵︶論の脈高代の年ースト説の主張背︒景には︑一九七〇カ 75︶で捉えようとする論稿 ︵
できる社会的諸制度開かれた機会を最大限利用をを問探る方向性を示唆したわず ︵ もが年齢誰高齢者︑されていたからである︒この論稿は︑をめぐるが﹁人権﹂問題に対して公表 76︶
︒つまり︑各人が各々の能力に基づい 77︶
て取り扱われなければならないとし︑このような処遇は﹁人間の尊厳﹂︵
human dignity
︶の一内容であるとした ︵V Murgia ance
びあるという判決およルき判決におけるマーシャでべのすは︑加齢と能力低下と関係を個別具体的に判断 ︒それ 78︶裁判官の反対意見と共通しているように思われる︒こうした﹁人間の尊厳﹂の概念を再確認すべきである ︵
ADEA
差きしたのである︒このとですをにの制定によって年齢促討ト検触発されて︑カース説は年齢差別の合憲性の再 というに論稿 79︶別問題は一応の決着をみていたにもかかわらず︑カースト説がこのような主張をしたのは同法を足がかりに憲法論的展開の余地があると考えていたからではないだろうか︒
第二章 高齢者とアメリカの年齢差別禁止法 第一節 年齢差別禁止法制定の理念
Wirtz 1
レポート 冒頭でも述べたように︑公民権法第七編七一五条を受けて作成されたW irtz
レポートはADEA
の制定に大きく寄与した︒同レポートは︑Ⅰ﹁はじめに﹂︵
Introduction
︶︑Ⅱ﹁事実﹂︵Findings
︶︑Ⅲ﹁結論と勧告﹂︵Conclusion and
︵一九〇四︶年齢差別問題と憲法 二三一同志社法学 五八巻五号
Recommendations
︶から構成されている︒Ⅰでは高齢者を取り巻く環境とレポートの概要が述べられ︑Ⅱでは年齢を理由とする雇用差別が起こる諸要因と当該差別が経済と個人に及ぼす結果について触れられ︑Ⅲでは勧告意見が付されて いる︒W irtz
は︑このレポートの中で高齢者が直面していた差別の最大の問題点を次のように述べた︒すなわち︑年齢差別は年齢が職務遂行能力に影響するという推定︵assumption
︶によるものであるが︑実際当該推定には根拠がない ︵︒ 80︶
彼はこのような推定を理由とする別扱いを恣意的な︵
arbitrary
︶差別であるとした︒そして︑この恣意的な差別こそが立法上禁止されなければならないとしたのである ︵︒ 81︶
彼は︑恣意的な差別の一例として身体能力の低下を理由とする差別をあげ︑なぜ当該差別が恣意的なのかを次のように述べている ︵
であされていない職務する遂行を業務の類似︑に第二︑示が理由できる判断で年齢を身体能力︑に第一︒ 82︶
っても︑設定される年齢制限は雇用者によって大きく違う︑第三に︑一部の雇用者が年齢を理由に高齢者を排除している職種であっても︑実際多くの雇用者は高齢者を使用している︑第四に︑年齢制限設定に際して︑各職務の多様性が考
慮されておらず︑かつ︑特定の応募者の適格性を年齢に関係なく判断するための基準が設けられていない︒そして︑彼は加齢と能力の低下との関連性が小さいとする ︵
基準職務する判断を身体能力される要求にの一定︑に第一︑なぜなら︒ 83︶
として一般に用いることができる年齢を定めることはできず︑個人の身体能力の差異の幅は年齢に関係なく大きい︑第
二に︑能力の低下の大部分は中枢神経の退化︵
changes
︶に由来するため︑六〇歳に至る前は職業上の技能に対して影響を与えない︑第三に︑加齢により個人の能力差は拡大する一方で︑経験などにより能力の低下を補う能力は増大し︑ 個人の能力は職業上要請される身体的機能を上回っているからである︒なお︑肉体労働による生産性は四五歳を過ぎるとわずかに減少するが︑六〇歳になるまではそれほど減少しないという労働省の調査に基づいて︑W irtz
は高齢者が若年者と同様の職務遂行能力を有しているとした ︵
︒ 84︶
︵一九〇五︶
年齢差別問題と憲法 二三二同志社法学 五八巻五号
しかしながら︑以上のことは年齢差別が人種差別と同様の差別であることを意味するわけではない︒
W irtz
は年齢差 別を人種︑宗教︑出身国を理由とする差別と対比して次のように述べる ︵prejudice
れそく差別ではないけれども︑れ基は客観的事実によって支持さづに由別を理︶する差とのうな﹁偏見﹂︵よ ︑︑年齢差別は出身国人種︑宗教︑︒すなわち 85︶ていない︑高齢者の能力に関するステレオタイプ的な推定に基づくものである︒
2
年齢を理由とする雇用判断の恣意性の排除 こうして︑﹁加齢による身体的機能の低下を理由とする ︵irtz W
﹂恣意的な判断を排除するというレポートの指摘は︑﹁年 86︶齢を理由とする恣意的な︵
arbitrary
︶雇用差別を妨げるための立法勧告﹂を命じた公民権法第七編七一五条から発展し︑ADEA
においても継承されることとなった︒実際︑連邦議会は︑年齢を理由とする雇用判断の恣意性について︑次のよ うな事実を認定している︒すなわち︑ADEA 621
条⒜は︑①職務遂行に関する潜在能力に関係なく︑恣意的に︵arbitrary
︶年齢制限をおくことは共通の慣行となっているが︑場合によっては望ましい慣行が高齢者︵older persons
︶にとって不利益に働くかもしれない︑②通商に悪影響を与える産業において︑年齢を理由とする恣意的な雇用差別が存在することは通商とそれにおける商品の自由な流通にとって負担となっているとした ︵
︒このような事実をもとに︑同法六二一条⒝ 87︶
は雇用における恣意的な︵
arbitrary
︶年齢差別を禁止することをその目的としたのである ︵︒ 88︶
このような
W irtz
レポートやADEA
の意味するところは︑合衆国最高裁においては次のように認識されてきた︒たと えば︑一九九三年のHazen Paper Co. v. Biggins
判決は︑﹁雇用者は生産性︵productivity
︶と能力︵competence
︶が加齢により低下すると信じているので︑高齢労働者︵older employee
︶が解雇される﹂︑これこそが﹁まさに年齢差別の本質︵
essence
︶である ︵v. W ADEA Criswell Airlines estern
︑一九八五年のまた加齢︒によとした判決は︑﹂の立法史が 89︶ ︵一九〇六︶年齢差別問題と憲法 二三三同志社法学 五八巻五号 る精神的・身体的衰退のプロセスは各人によって異なると繰り返し述べ ︵
指摘の連邦議会されるべきであるとした解決バイケースで ︵ はケース年齢差別問題での場面の雇用そして︑ 90︶
ADEA merit
︶個人﹂︵能力﹁の年齢ではなくのもとでは︑て経を 91︶によって判断されると述べた ︵
︒ 92︶
ADEA 3
の例外 このようにして︑ADEA
は四〇歳以上の者に対する年齢差別の禁止に踏み切り︑雇用者は雇用判断に際して﹁各個人 の能力資質にもとづいて評価を行わなければならない ︵︒として禁止せず︑雇用判断の理由年齢絶対的の使用を合法とする例外規定をおいたにをとする理由を年齢︑は雇用判断 ︑服法的規律に同法することになったのである︒ただし﹂という 93︶
それは︑定年制に関する例外のほか︑年齢が特定の職務の遂行にとって合理的に必要とされる﹁真正な職業資格︵
bona
fide occupational qualification=BFOQ
︶﹂と認められる場合である ︵︒たとえば︑判例では︑バスの運転手の採用年齢を三 94︶
九歳以下とすること ︵
︑スクールバスの運転手の定年を六五歳とすること 95︶︵
とこ ︵ ︑大学の警備員の採用年齢を四四歳以下とする 96︶
factor reasonable BFOQ
他いが年齢以外の合の取理的な理由︵扱別的らなどがとして認めれてきた︒次に︑差 97︶other than age=RFOA
︶に基づいている場合 ︵good cause
な合あが︶︵由理当場正にい扱取的別差とる 98︶︵RFOA
である︒は 99︶訴訟においてよく行使される抗弁である ︵
RFOA
︑の裁判所は抗弁と同様議論⁝を展開している﹂と指摘されているなかったし ︵cause RFOA good
﹁といわれる行使なりさほど異とは抗弁されてこは︑で一方 100︶bona
︒また︑﹁真正な先任権制度︵ 101︶fide seniority system
︶﹂を設けている場合 ︵場合る ︵
bona plan benefit fide employee
︵被用者福利計画な真正︶﹂を設けてい﹁や 102︶ADEA
もの適用除外とされた 103︶︵︒ 104︶
︵一九〇七︶
年齢差別問題と憲法 二三四同志社法学 五八巻五号
第二節 高齢者保護法としての年齢差別禁止法 しかし︑このような明文による例外規定がなくても︑
ADEA
の適用対象者が不利益的に取り扱われる危険性が存在していた︒とりわけ︑①ADEA
の適用対象者内での別扱い︵たとえば︑五〇歳の者と四〇歳の者との別扱い︶と②年齢と は関係のない理由による別扱いが同法によって保護される特定の年齢層の者に不利益な効果を与える場合にその危険性を見出しうる︒そして︑このような危険性は実際のADEA
訴訟で顕在化した︒合衆国最高裁は︑いずれの場合においても
ADEA
による高齢者の保護を前面に押し出したようである︒General Dynamics Land Systems, Inc. v. Dennis Cline 1
判決 たとえば︑二〇〇四年のGeneral Dynamics Land Systems, Inc. v. Dennis Cline
︵Inc. Systems, Land Dynamics General
︶上勤続三〇年以でま退職する者には︵退職後もではれ被こある︒で告ある︑で えるうえでは①を考値特筆にする事件 105︶引き続き彼らの﹁健康保険料﹂︵
health benefits, health insurance benefits
︶を満額負担していた︒しかし︑被告は︑不景気を理由に原告となる一九九七年七月以降の退職者︵ただし︑その時点で五〇歳以上の者は除く︶からは会社の当該 負担を廃止するという労働協約を労働組合︵United Auto W orkers
︶との間で締結した︒この労働協約により︑ADEA
の適用を受ける四〇四九歳の従業員は勤続三〇年以上で退職しても﹁健康保険料﹂を会社側に満額負担してもらえなくなる一方で︑一九九七年七月の時点で五〇歳以上の者は勤続三〇年以上で退職すれば引き続き﹁健康保険料﹂を会社側に満額負担してもらえることになった ︵
齢あ争われたのでる性︒一般に︑﹁年が法よ︒の約協働労なう合のこ︑でこそ 106︶
逆差別﹂︵
reverse age discrimination
︶と呼ばれる問題である ︵〇上下歳であろうと五〇歳であろうと年齢のに四関係なく全く同一に及ぶのか異はあるいは法的保障︑の年齢差別禁止
ADEA
︵︒ここでは︑の適用年齢〇四︑︶に該当する限り歳 107︶ ︵一九〇八︶年齢差別問題と憲法 二三五同志社法学 五八巻五号 なるのかということが争点であった ︵
︒ 108︶
合衆国最高裁︵スーター裁判官による法廷意見︶は︑
ADEA
の適用対象者内における別扱いにおいて︑﹁年齢を理由 とする⁝差別﹂を違法とする同法六二三条⒜⑴は年齢の高い者に対する不利益処遇のみを禁止しているとする︒この結論を支える理由として︑ADEA
の立法史と同法六二一条は︑若年者が高齢者よりも比較的有利に取り扱われ︑高齢者に不利に働く差別を法的に禁止しようとしていたとする ︵
こ先︒そして︑その例とを裏づける 109︶︵
history social
年が理解しているので︑﹁年齢﹂﹁高齢者差別差別﹂と結びつくとき︑当該﹁と年齢差別をもまた︶﹂︵歴史 さを引用し︑︑﹁らに社会的 110︶齢﹂は﹁高年齢﹂︵
old age
︶を意味するとした ︵不年齢の年齢の使用が合法であるとしたと同時に︑のう低い者が年齢の高い者よりも場合扱取に有利を者い高の年齢り
ADEA
いにおいてのこの判示は︑︑の適用対象者内での別扱︒合衆国最高裁 111︶利に取り扱われても
ADEA
の保障は及ばないとしたものである︒2
評価 本判決で注目すべきは︑連邦の反差別立法の文脈で立法の目的と意味の完全な理解を得るために︑当該法律に関する﹁社会的歴史﹂と立法史を見ることの有用性を明らかにしたことである ︵
ADEA
るけおに程過定制の︑は裁高最国衆合︒ 112︶各種資料だけでなく︑同法にまつわる﹁社会的歴史﹂にも真正面から焦点を当てた ︵
︒﹂︑つまり﹁年齢の高い者に認同法の保護を及ぼしたことに批判があるめなかったことをの﹂年齢逆差別﹁もとで主張
ADEA
高衆かし︑合裁国最︒がのし 113︶たとえば︑﹁制定法の適用の仕方を決定する際の始点は当該法律自体の文言である ︵
ADEA
﹂がある概念を考慮する必要はないという批判︒新なぜなら︑の文言は﹁年齢逆差別たなという﹂社会的歴史﹁やADEA
いう立場か︑ら﹂の立法史と 114︶の合法性を争いうることを認めているからである ︵
623 ADEA
⒜⁝条るすと法違を﹂別差たしと由理を齢年︑﹁りまつ︒ 115︶︵一九〇九︶
年齢差別問題と憲法 二三六同志社法学 五八巻五号
⑴は年齢の高い者に対する差別のみを禁止したものではない︒しかし︑合衆国最高裁はしばしば制定法の﹁明白な文言﹂
の背後にあるものをみてきたし ︵
なぜの︑ばめているなら認うことを争を合法性﹂年齢逆差別﹁が⑴⒜同条さらにもし︑ 116︶
Cline
判決以前の下級審はそのような判断を下さなかったのか︑疑問のあるところである ︵︒ 117︶
このように︑
ADEA
の適用対象者内の別扱いにおいて︑同法の保障が年齢の高い者に及ぶとしたことにはそれなりの理由があったのである︒それは︑﹁年齢逆差別﹂の違法性を認めることは︑高齢者の置かれた状況を過小評価し︑高齢 者を悩ます深刻な問題を排除しようとする同法の法的効果を下げるものだからである ︵においてきわめが制定法解釈︑しているのであるから出し映を社会的害悪する対に高齢者しようとしていた救済邦議会 連︑は﹂史歴的会社︑﹁てしそ︒ 118︶
て有効なものであると考えられ ︵
る 119︶︵
︒ 120︶
Smith v. City of Jackson 3
判決 今ひとつ︑ADEA
が遵守されてもなお︑高齢者が不利益的に取り扱われる危険性が存在する︒それは︑差別意図のな い雇用判断がADEA
上保護される特定の年齢層の者に不利益な効果を与える場合に年齢差別と認定されるかどうかという問題である︒一般に︑﹁差別的効果﹂︵disparate impact
︶︑間接差別︑非意図的差別と呼ばれる問題 ︵である︵ここでは 121︶
間接差別とする︶︒たとえば︑二〇〇五年の
Smith v. City of Jackson
︵Jackson plan pay
は九ピー州市員︑一八九シ年一〇月一日︑ッミシきたし用採をるげ上引職を金賃の被告である全 ︵ 上はである事件する値に特筆で︒える考を問題この︑ 122︶︒そ 123︶
の目的は︑適任者を確保し︑職務への動機を提供し︑他の公的機関との競争力を維持し︑年齢︑性別︑人種︑能力に関係なく︑全職員に公平な報酬を確保することにある︒一九九九年五月一日︑同プランの修正によって︑全警察職員と
police dispatcher
の低賃金が地方レベルにまで引き上げられた結果︑階級が低く勤続年数が五年に満たない者は大幅に ︵一九一〇︶年齢差別問題と憲法 二三七同志社法学 五八巻五号 賃金が高くなった︒
この修正プランは︑年齢とは関係のない基準︵年齢に対して中立的な基準︶を用いているために︑表向きは
ADEA
に抵触するものではなかった︒しかし︑修正プランの合法性を問う訴訟が提起された︒原告の訴えは︑修正プランが四〇歳未満の者に比べて圧倒的多数の四〇歳以上の者に不利益な効果をもたらすので違法というものであった︒同プラン
は︑警察職員を①巡査︵
police officer
︶︑②巡査課長︵master police officer
︶︑③巡査部長︵police sergeant
︶︑④警部補︵police lieutenant
︶︑⑤本部長補佐︵deputy police chief
︶に分け︑他の地方の警察職員の賃金調査に基づいて各々 の昇給率を設定した ︵め占は四〇歳未満の者や四〇歳以上の者でめられている・一方で︑④・⑤は四〇歳以上の者が占③②・①︑でみると成 ③二は昇給率の︑・②%①︑・④上げられ︒・⑤のそれは二%未満にとどまった︒年齢構すなわち 124︶
ていた︒原告は︑年齢別でみると︑四〇歳未満の六六・二%の賃金が以前より一〇%以上伸びているにもかかわらず︑四〇歳以上の四五・三%の賃金は一〇%未満にとどまっているとした ︵
︒そして︑勤続五年未満の者の昇給率が勤続五年 125︶
以上の者のそれと比べても高いと主張した︒本件以前のいくつかの下級審は︑間接差別の
ADEA
適合性を争うことはできないとしていた ︵︒ 126︶
しかし︑合衆国最高裁︵スティーヴンス裁判官による法廷意見︶は︑原告の訴えは認めなかったものの︑間接差別の
ADEA
適合性を争いうるとした ︵because would to classify his in any way which employees employee, affect his status as an adversely
⁝すること﹂︵⁝ 法別区を者用被︑で方しる齢を理由に︑⁝被用者とて︒﹁の地位に不利な影響を与え年 127︶of such individual ’ s age
︶を違法とするADEA 623
条⒜⑵は︑単に区分を禁止したのではなく︑むしろ年齢を理由に被用者としての地位に悪影響を及ぼす行為を禁止したのだとする ︵individual ” to “ “ because of such ’ s age
︑は⁝すなわち︑︒ 128︶classify his employees ”
にはかからず︑“ adversely affect his status as an employee ”
にのみかかるとした︒なぜなら︑︵一九一一︶
年齢差別問題と憲法 二三八同志社法学 五八巻五号
“ because of such individual ’ s age ”
の“ individual ’ s ”
は単数形で表現されているので︑複数形で表現されている“ to
⁝classify his employees ”
の“ employees ”
にはかからず︑単数形で表現されている“ adversely affect his status as an employee ”
の“ employee ”
にかかるからである ︵︒ 129︶
その上で︑本件についてみると︑原告は︑問題となっている修正プランが若年者にとって利益的な取り扱いになっている以上のことは述べていないし︑逆に同プランの中に高齢者を不利益的に取り扱うような特別の要件があることも示
していない ︵
が立証招くような特定の雇用慣行であることを原告はしなけれ不利益ばならないとした︒しかし︑原告は当該立証をた 効果そうしプランが単に高齢者に不利益的なを︒及ぼしていると主張するだけでは不十分であり︑統計上同 130︶
できていない︒そして︑合衆国最高裁は︑同プランが
ADEA
の適用除外規定である﹁差別的取扱いが年齢以外の他の合理的な理由︵RFOA
︶に基づいた﹂ものであるとした ︵きの引を金賃てせわ合に員職察警方地︑はンラプ同︑ちわなす︒ 131︶
上げるもので︑警察官としての適任者を雇用したいという市の正当な目的と一致するとした︒
4
評価 本判決は︑間接差別のADEA
適合性を争いうることを認めた最初の合衆国最高裁判決である︒まず︑本判決は︑﹁年 齢を理由に⁝個人︵individual
︶を差別すること﹂を禁止するADEA 623
条⒜⑴が雇用者の意図的な差別のみに向けられたものであり︑﹁employees
を区別することを﹂禁止する同条⒜⑵は︵雇用者の非意図的な差別による︶﹁不利益効果﹂に向けられたものであるとした︒すなわち︑同条⒜⑵は﹁意図的差別の排除を超えて﹂﹁差別効果の排除﹂を禁止したのである ︵
employees
法︑与えているならば該当響区分は同条⒜⑵のを悪影逆︒よって︑の区分がに特定の年齢層の者に 132︶的規律に服する︒次に︑本判決で注目すべきは︑
ADEA
の適用除外規定であるRFOA
を間接差別の事件に適用したこと ︵一九一二︶年齢差別問題と憲法 二三九同志社法学 五八巻五号 である ︵
RFOA
︑なはならないはずである︒よって︑はの場面では不必要当該差別規定︒しかし︑間接差別の事件の場合はである 用用者の雇と判断は違法ず使ま用題︑合場るなと問︑が﹂別差的図使者︒﹁をばれいてい用由が理の外以齢年意 133︶そもそも年齢が使用されない差別である︒したがって︑
RFOA
は間接差別の事件で重要な役割を果たすとしたのである ︵RFOA ADEA
︑理が年齢以外の合理的由効に基づくものであれば果利益につまり︑は間接差別よるの適用対象者への不 ︒ 134︶同差別を合法とする規定であるとした︒以上︑ここにあげた二判決により︑﹁年齢逆差別﹂は
ADEA
に違反せず年齢の高い者に同法の保護が及び︑間接差別はADEA
による規律が及ぶことが明らかにされた︒と同時に︑これら二判決は同 法による高齢者保護の重要性を認めたのである ︵︒ 135︶
ADEA 5
から導かれるルール このようにみてくると︑ADEA
によって導かれるルールの内容は次のようになろう︒第一に︑同法は︑年齢を理由と する雇用判断の恣意性ゆえに︑個人の職務遂行能力を個別に評価した上での雇用判断を求めている ︵︑第二に︑同法は 136︶
BFOQ
やRFOA
といった適用除外規定を設けている︑第三に︑同法は高齢者保護法としての特質を有しているというこ とができよう︒すなわち︑ADEA
において︑一方では年齢を理由とする雇用判断の恣意性の排除が求められ︑他方では 適用除外規定によってそれを弱める結果を引き起こしているようである︒しかし︑それでもなお︑ADEA
のもとで高齢者保護の重要性が強調されるとき︑なぜ高齢者差別のみが法的に禁止されるべきなのか︑再度問い直されるのである︒ たとえば︑W irtz
レポートの目的は高齢者の﹁人間の尊厳﹂︵human dignity
︶の向上である ︵であ注目︒この課題に関連してされるのは考﹁反エイジズム﹂の思想えてみるべきであろうしをもう実質的根拠その少 がと︑がるあとこるれわい 137︶
る︒
︵一九一三︶
年齢差別問題と憲法 二四〇同志社法学 五八巻五号
第三章 アメリカにおける﹁反エイジズム﹂思想 第一節 ﹁反エイジズム﹂思想の展開
1
エイジズムの諸相ADEA
が一九六四年公民権法第七編を契機としたように︑エイジズムもまた公民権運動の中で生まれた概念である ︵︒ 138︶
この概念は︑全米加齢研究所︵
National Institute on Aging
︶の初代所長であり臨床心理学者であったロバート・バトラー︵Robert N. Butler
︶が一九六九年の論稿 ︵統理を﹁高年齢を由ズに高齢者を系ムジででエは彼︒るあイのもたし唱提 139︶
的︵
systematic
︶にひとつの型にはめて差別することである ︵のような︒高齢者に対する不利益的取扱いに焦点をあてていることである最近では︑高齢者を対象とした社会保障給付 のなうよ別義差定義した︒この定の﹂ポイントは︑雇用と 140︶
利益的取扱いもまたエイジズムの定義に含むべきであると解されている︒たとえば︑老年学が専攻のパルモア︵
Erdman
B. Palmore
︶は︑エイジズムをある年齢グループに対する否定的もしくは肯定的偏見または差別であると定義した︵否 定的エイジズムと肯定的エイジズム ︵Medicare
︑アケィデメの年五六九一︶してと例のムズジイエ的定肯︶︒︵ 141︶︵Americans Older Act
︵︶るうげあ高齢者法を ︵ の年同と 142︶供療提をスビーサ険保療医るす関に診以︒院入に者の上︑歳五六は者前 143︶
するものであり︑後者は六〇歳以上の者に食事配達サービスやシニアセンターでの昼食サービスなどの社会福祉サービスを提供するものである︒肯定的エイジズムのポイントは︑これらの社会保障サービスを高齢者だけでなくそれを必要
とする非高齢者層にも拡大すべきであるということである ︵
高年めてはならないということであろう問わず年齢の使用を認︒非高年齢この点︑別扱いの理由にを︑高年齢として由 エイジズムにい換えれば︑おいては肯定的︒︑別扱いの理言 144︶
齢のみの使用を認めるべきでないとする否定的エイジズムとは対照的である︒なお︑バトラーはエイジズムの対象が高 ︵一九一四︶
年齢差別問題と憲法 二四一同志社法学 五八巻五号 年齢層だけでなく非高年齢層にまで及ぶことを示唆しているが ︵
︒いない ︑後者のエイジズムをめぐる問題については描き切れて 145︶
このように︑エイジズムの提起する問題は否定的エイジズムと肯定的エイジズムに分けられる︒日本では︑﹁否定的エイジズムによって社会から排除された高齢者を︑社会保障が引き受け︑彼らを社会的弱者として肯定的エイジズムに よって優遇する ︵
えられている考エイジズムであると否定的は主流けるエイジズムの ︵ ︑アメリカにおられることがあるが捉に連動的エイジズムを肯定的エイジズムと否定的というように﹂ 146︶
︒ 147︶
2
エイジズム克服のための基本的視点 バトラーの問題提起は︑一九六〇年代における公民権運動の高まりの中で高齢者処遇に関する問題をクローズアップしたということで画期的であった︒それでは︑なぜ高齢者を取り上げて研究しなければならなかったのであろうか︒バ トラーは︑個人のライフサイクルの理解にとって﹁高齢期﹂︵late life
︶の本質に迫ることが必要であるからだという ︵attitudes prejudicial the aged old age
︶対﹂︵態度づいた基に偏見﹁する︶︑に高齢化﹂︵高年齢﹁︶︑﹂︵高齢者︑﹁ところが ︒ 148︶や﹁高齢者﹂︵
the elderly
︶に対する雇用差別により︑高齢者は自身の満足の行く人生を送るための機会が奪われ︑彼 らの﹁人格の尊厳﹂︵personal dignity
︶が否定されているとする ︵ー稿年五八九一はラ論トバ︑でこそ︒の 149︶︵
Productive Aging
︑産︒これは︑加齢と生性しの低下という関係を否定したを示グティヴ・エジンイ﹂︵︶という考え方 クダロプ﹁で 150︶高齢者の有する﹁潜在能力﹂︵
capabilities
︶を﹁生産力のある﹂︵productive
︶ものとして活用すべきと考えるものである ︵︑潜者の﹁生産力のある﹂﹁在高能力﹂の活用であるが齢るれけこでまず念頭におかて︒いるのは雇用領域におこ 151︶
バトラーはこの考え方が雇用領域にとどまらずボランティア活動や介護サービスにも妥当するとしている ︵
︒その後の論 152︶
︵一九一五︶
年齢差別問題と憲法 二四二同志社法学 五八巻五号
者により︑﹁プロダクティヴ・エイジング﹂が有償労働に及ぶことについては一般的に支持されているが ︵
︑無償労働︵た 153︶
とえば︑家事や対価を伴わない社会的活動︶やこれら以外の領域にまで及ぶべきかどうかは論議の対象となっている ︵
Betty Friedan
﹂ダのある生産力︑﹁は︶︵ンフリー・であったベティ中心的存在の女性解放運動アメリカにおける︑なお ︒ 154︶という形容詞の使用を留保している点を別にして基本的に﹁プロダクティヴ・エイジング﹂の考え方を共有している ︵
︒ 155︶
バトラーの主張する﹁プロダクティヴ・エイジング﹂は︑①高齢者に雇用領域︑ボランティア活動︑介護サービスへ の参加を強制し︑これら以外の活動︵たとえば︑娯楽やスポーツといった余暇︶の選択肢を排除するのではないか ︵
らに②社会保障サービスを必要としている高齢者を対象外におくことになるのではないか ︵ ︑さ 156︶
という問題点が指摘されてい 157︶
る︒確かに︑彼の主張は①と②を見えにくくしている︒とりわけ︑②についてはアメリカが﹁老人福祉の狭間で十分なサービスを受けられないでいる専業主婦や新移民︑そして︑近年とみに急増している八五歳以上の高齢者の問題など︑
まだまだ多くの問題を抱えている ︵
えておらず考できるとは解決が問題をめぐるすべての高齢者によって ︵ ・ダクティヴグエイジンプ﹂ロ﹁あは指摘されるところでる﹂︒しかし︑バトラーと 158︶
︑あくまでもこの考え方を共有する高齢者の﹁生 159︶
産力のある﹂﹁潜在能力﹂の活用が彼らだけでなく社会にとっても有益な試み ︵
心ヴグンジイエ・ィをテクダロプ﹁﹂押者いの者齢高︑﹁がなしらなはてけ付に齢いる共有しなあいは共有できない高 でるあ方のるそ︒をれ故︑この考えとす 160︶
身機能の低下や役割の喪失が強調されすぎることへのアンチテーゼとして ︵
︒されておいてよい確認は点びている浴 グを目注が﹂ンジイエ・ヴィテクダロプ﹂﹁ 161︶
3
エイジズムと人種差別の同質性 ところで︑バトラーによれば︑エイジズムは我々が見落としがちな﹁偏見﹂︵bigotry
︶の一形態であるとした ︵︒そして︑ 162︶ ︵一九一六︶