• 検索結果がありません。

歴史・視点・物語 : 『小説神髄』研究

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "歴史・視点・物語 : 『小説神髄』研究"

Copied!
48
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

Instructions for use

Title

歴史・視点・物語 : 『小説神髄』研究

Author(s)

亀井, 秀雄

Citation

北海道大學文學部紀要 = The annual reports on cultural science, 38(1): 1-47

Issue Date

1989-09-16

Doc URL

http://hdl.handle.net/2115/33544

Type

bulletin

File Information

38(1)_PR1-47.pdf

(2)

史・視

点・物

一 緒 ⋮ =官 説

髄 "=

序 呂的と範囲 本論の 坪内追議の吋小説神髄﹄研究の し て 、 者 五 日 即 日 U o d 弘雲行 CM の が ベ

Z M

V

片 山 口 三

1

2

0

m

g

g

崎 山 口 開 H M m 同開 p m 州 日2 r ハ リ C H H H H M O 閉山昨日 o p r H M 詩 句 m g g 叩 ωg 令 W M M S 3 ( H

N ) か り に 、 プ九世紀半ばのイギザスとアメリカにお の特設を鴇らかにすること この本を出版し ( 明 治

W-D

‘コックスは東京大学予鱗門の英語教師榊だった。 の 一 年 前 、 か れ は 主 ﹀ の 話 同 州 凶 同 H M 巾吋 O 山 岳 O H W ロ 州 制 M U M M 刊 さ ぬ き ぬ 由 同 O H V M M さ き 合 ωZ 仏開口同部wv し て い て 、 のものがそれに続く中 級 周 教 科 欝 と し て 書 か れ た こ と は 一 一 一 一 日 う ま で も な い 。 いてかれはその資料編とも

5

沼 田 町 的 。 州 出 口 包 山 岳 rzsgH 担 問 C H M

尋 問

5 8 m

239

ω i 恕﹀を出版している。 通遺が開成学校普通科に入学したのは明治九年(阿君。)の九月であるが、 の 際 見 、 開成学校は東京大学、 持 品 心 人 文 学 部 総 婆

(3)

療 が ん ・ 視 点 e 物語 て留年﹀だったわけで、 かれがコックスの 東京大学 一 年 九 月 に は 既 に ふ 人 学 予 備 門 を 卒 業 し 、 に第一ニ学年終了の試験を失敗し かならずしも大きく 英語学校が東京大学予備門と改組されて、かれは大学予備門の最上級に一編入され の本科ハ文学部政治学科)へ進んでいる。つまりコ γ クスが着在し 本論で検⋮討する予定のテタストが出版された年に片山本科 そして翠一一 ない。むしろご だったと言うベ ﹃ 持 議 b でかれが言及し の論文は、菊池大麓訳の﹃修 マあり、後年の ﹁凶櫨護議﹂では の図書鰭も英慣のは で

( 中 略 ﹀ の文学論や美術総は英書では皆無、 修簿書もベイン 一 で あ っ と ﹀

F

M

円 E

き 円

H2MWmw ル ロ の 名 を 挙 。 け る の み っ た 。 そ の 意 味 で 、 を 検 討 ? の立場からみ コックスのテダストを取り上げるのはけっして適 - 2… 切な選択と えないことになるであろう。 しかもコックスの一アタスト 際 立 つ し く 、

c - M

V

0

口 出 合 同 容 E H H ゲハ滋の E ﹀ 円 四 4 田 口

2

ふ の

0

5

明 。 同 ( u c g } M G 曲 川 C C H H 自己初日 M Z C

m S と 、 k r ・ M W 静 寂 の 主 一 切 H M M 山 戸 山 田 ynoH ロ 匂 C m w X F O 静 岡 込 m y z o H 山 内 、 と い う 、 会為 の 異 る 一 一 つ の の折衷的なもの勺しかなかっ の意味でも本論で ろ取り上げるべきなの 進遁'月身も名前安挙げていたベインの修辞学のほ か も し れ な い 。 いは、材製研究や比較文学的な影響関係の測定にあるのではない。そう勺はなくて、 グスとの仕事を同時代的な現象としてとらえ、小説がどんなジャ γ ルとの隣銭関係によって枠づけられたかな検討し し iJミ の コ ツ ながら、ブ開ット、議点、 主人公などの概念があたかも小説の の ご けされて 紛らめることである。 名前合挙げた材源と と の 間 関 係 は 、 はじめとし の研究者広

(4)

よって精密に調べられてきた。その場合、主要な検討対象となったのは芸術や文学に関する追遣の観念水準、あるい は写実、社会批判、人情、内面、および作者の主体性など、いわば小説の ﹁ 自 立 ﹂ に不可欠な、本質条件に関する理 解水準であった。 かれらの見るところ、これらの理念はわが国の伝統に欠けていたか、もしそうでないとしてもごく 稀薄にしか存在せず、 しかもかれら自身がヨーロッパ/日本

l

先進/後進という先入観にまだとらわれていたためで あろう、結局その研究は、かれらの考える﹁ヨーロッパ近代文学﹂に照らした迫蓬の近代文学理念の理解不足、つま り追進の未熟さの批判という傾向から抜け出せなかったのである。 この傾向が、﹃神髄﹄下巻の軽視という結果を生んだ。もともと﹃小説神髄﹄は簡易和績じ木、九分冊の形で出版さ れ、上巻(第一

t

四冊、明治一八年九月

l

一九年三月)は﹁小説総論﹂﹁小説の変遷﹂﹁小説の主眼﹂﹁小説の種類﹂ ヱ ツ セ u J U V ヤ リ ズ ム ﹁小説の稗益﹂などの章によって構成され、原理論的な性格が強い。そのため本質主義的な志向の強い研究者の関心 - 3ー が集中し、追遠の説く小説の非功利性を文学自立の主張と受け取って、文学史上の功績を称揚すると共に、写実観の 暖昧さや、虚構と現実の関係認識の混乱を問題視してきたわけである。それに対して ﹁文体論﹂や﹁小説脚色の法 則 ﹂ ﹁ 時 代 小 説 の 脚 色 ﹂ ﹁ 主 人 公 の 設 置 ﹂ ﹁ 叙 事 法 ﹂ な ど の 章 で 構 成 さ れ た 下 巻 い ず れ も 明 治 一 九 年 四 月)は、小説作法的な性格が濃厚だった。この原理篇と実践篇という二部構成の方法は、多分当時のイギリス修辞学 から学んだものであろう。というのは、先ほどのテクストでコックスが、 ( 第 五

t

九 冊 、 凡戸田由

ω

F

g

n

p

m

r

z

o

H

W

E

4

m

団 長 官

g

p

g

-3

2

w

g

P

F

回 目

m

F

m

匂 岡 山 口 口 円

12

丘 。 。 旨 吉 田 仲 昨 日 。 ロ U 自 由 ロ ﹀ 立 場 仲 件 叩 ロ 同 σ -m w 田 口 印 件 。 同 ︼ u v -U 1 昨 日 戸 町 田 ぬ 匂 同 日 ロ ロ 印 刷 ユ ゆ 印 件 。 - v - m w 江 口 町 ・ と 説 き 、 ほぼ同趣旨の言葉がクアツケンボスのテクストにもみられるからである。 ただし、これらの修辞学における 北大文学部紀要

(5)

歴史・視点・物語 実践とは要するに散文一般の作文練習であって、当然のことながら特に小説の書き方に焦点を合わせたものではな い。それは後述するように、小説そのものの位置が当時のイギリスやアメリカではまだ極めて低かったためでもあっ 皆無﹂という状態であり、 た。先に引用した﹁回憶漫談﹂からも分かるように、追遣が手がかりとしうる﹁単行本の文学論や美術論は英書では わずかに参考としえた修辞学における小説の扱い方がこのような状況でしかなかったとす れば、結局かれはモデルなしに自己流の小説作法を手作りするほかはなかったとみるべきだろう。 やむをえずかれは わが国の近世文学に関する知識を動員し、瀧沢馬琴の﹃南総里見八犬伝﹄内の﹁小説七則﹂を叩き台にして自分の作 法書を編み出したわけだが、しかし結果的にそれが、のちの研究の者から近世的戯作意識の残浮と見られ、軽視の原 日本近代文学大系 3 ﹄ 角 川 書 庖 、 現 在 ま でのところ最も精密な﹃神髄﹄注解と言うことができるが、上巻では迫遣が明示的に言及しなかった材源までも引用 例えば中村完の﹃小説神髄﹄注釈(﹃坪内遣準集 昭和四九年十月)は、 4 -因となってしまったのである。 しているにもかかわらず、下巻においては、追蓬自身が明言していた近世の物語作者の作品さえも確認できていない ﹃鷲塚千代の初声﹄から採った かれが引用したのは、金水から引き継いだ山々亭有人の文 章であった。その程度のことすら確かめられていないのである。中村氏はけっしてこれまで指摘してきたような傾向 箇所が幾つかみられる。 かれが﹁俗文体﹂ の一例として引用した松亭金水の文章は、 も の で 、 たしかにこの作品に着手したのは金水であるが、 の研究者はなく、むしろ遺蓬の前近代的なものへの感受性に在日して新しい追蓬研究を拓いてきた功績を持つのであ るが、その中村氏にしてなおこのような精粗があったということは、従来の研究の蓄積がいかに﹃神髄﹄上巻に偏つ ていたかの有力な証拠と言えよう。

(6)

既致の主張が始まっていた待拐に、潟謹は雅俗折衷体な唱えた。これは先のような研究傾向から、みれば、 遼遠の近代文学観が不設践だったことの重喪な一例証となるわけだが、しかし近代のいわゆる言文一致体がはたして 最良の文体選択だったか否かという関臨躍を立ててみれば、おそらく評価の方舟は一変ぜざるをえない。かれは小説を 離絡議徹さ佼るための一機能として主人公をとらえ、しかも具体的に近世の物認を挙げて説明する際には、このム お そ め 公を﹁本尊﹂と言い換えた。馬琴の内松染情史秋七草加の場合、久松が興本尊、阿染が女本尊というわけである。 人去とは作者の﹁内面﹂が仮託され、作品の主題を担う人物だ、という見方からみるならば、蘇絡通殺の一 で し かない主人公畿はいかにも古くさく、それを﹁本尊﹂などと呼ぶあたり、遺筆の前近代性は帆紛れもないということに なるであろう。しかし私の﹃神髄﹄研究の最終目的の⋮つは、このような批判の前提そのものの形成過訓械を明らめる ことであり、そのためには当時の迫議の試況に立ってみることがなる。それだけでなく、近世 5 -畿や修辞鏡、あるいは物語それ自体の成熟がどのようにかれを支えていたか、という見方も必要となるはずである。 ︿ 同 議 ω ) と 、 そしてこのような畿点を取ってみる持、部えば﹀

z

v

c

ロ 旬 、 H ,

g z

o M

M

坊の体験的な小説得法論、 のぷツセイとは恰好の比較材料としてえてくるだろう。このトロロープにかぎらず、 それは認可 5 H H M 注 目 。 公 の Z H A 。S M 2 2 0 H H F 命

' H M ﹀

5

0

玄 o h 器 開 岳 、 ゆ 一 八 世 紀 か ら一九世紀にかけて数多くのイギザス作家が体験的小説諭を述べ、

2

0

2

M

w

u

Q

話。﹀に手酷よくまとめられているが、 それではイギザスやアメりカにおいて、 いったい何回瞬、体験的小 説 論 と 次 一 冗 の 間 関 る 、 て み る な ら ば 、 ﹁小説とは仰か﹂というテ!?の体系的な理論議と実践篇とが出現したであろうか。 いかに追壌の企てが震史的に整委で、またそれ故の早産的米熟克性を譲え込家、ざるをえなかった ﹁単行本の文学識や美術論は英警では皆無﹂という事情は、 そのように かが分かるであろう。 おそらく当時の東京大学の臨書館 北大文学部紀凌

(7)

鰍 隣 府 民 ・ 視 点 ・ 物 語 がまだ充実していなかったためだけではなかった 3 そしてこの点からみても の 文 体 論 や ブ 門 H y k y f 論 、 人 公 論 、 の包括的な論点と比較対照できるテクテトは修辞学蓄のみであって、これが弘が修 に迂回するもう つ の 理 由 で あ る 。 のちの研究者の か え っ に み る な ら 、 は 、 逃 謹 自 身 の は 純 か ﹂ と い う 一 から本質論的怒考の不議底を批判される逆説的な結果を招いてしまったと もっとも、右に指摘したこと いま検討されなければならないのは、そのような発想が議議に取り患い 自体だということになるは、ずである。私の遠距離目標も突試そこに向けられているのであるが、しかしさし当り今は イギリス一八、九世紀の修辞観や物語観を等髄的にとらえた上で、この と す る ヰ 一 一 口 え な く も な い 。 わが閣の の交錯したテクストとし と検討と言っても、 ではイギリスやブメザカの修辞学 ただしこのよらな目的からも分かるように、一円 M ν ト 9 ゐ d b w ・ ア ー ト コ y ポ グ uvguJ の関心は霧鳴や換殺などのいわゆる文彩的な修辞法ではなくて、散文の文翠構成法のほ 続く論文で 6 -て叫神様﹄を読み解くことを目的とし、その準備として 近世の文人や物語作者の る こ と に し た い 。 うに向げられている。そ は、ィギヲス的というよりはむしろアメリカ的な修辞闘に い て い る るかも し れ な い 。 いわゆる文彩的な修辞訟については、近世の文人や物籍持者 る轄に取り上げることになる であろう G お よ の底的であって、まず J初めにコックスの名誌を挙げたのは、かれ に 最 も Jニ いからにほかならない。その折衷的な性携については既にふれておいた。 例 m s w ふ 7 ナ ' その折衷性をかならずしも杏

(8)

定的にみているわけでなく、それを情報性としてとらえ返した上で、 コックスという窓口を通してイギリスやアメリ カの修辞学の特徴を把握しようというわけである。換言すればこの窓口によって対象の範囲を定めたいのであって、 もしそうしなければ私は当時の数多い修辞学の大海に紛れ込んで、トータルな調査の不可能という限界に直面し、ど んな修辞学をもって﹃神髄﹄と比較対照すればよいのか決定できない状態に陥んでしまうにちがいない。そんなわけ コックスを手がかりに調査した修辞学のうち、明治十年代から二十年代にかけてわが国に入ってきたことが確実 で 、 なもののみを本論の対象とした。それらを改めて列挙すれば、 およそ次のごとくである。 なお、各著書の冒頭に

ω

l

田の記号を附したが、それは以下の論で一々書名を明記する繁雑さを避けるための処置 で あ る 。

河 口 ・

( U O

E

Z

M

V

片 山 口 口 円

120

220

吋 山 口 出

Z

E

m

-∞

r

p

B

吉田区。口同

O

H

F

宮口冊目

ω

E

P

E

m

u

u

(

H

∞ ∞ ω )

-

7ー 【 (

) 。 ・

M M

・ 0 口 問 ロ } 内 向 ロ ゲ 。 印

E

﹀ 内 山 4 q ロ ロ ロ 一 円 凶 の

O

口 吋 印 日 。 出 口 。 回 目

ν 0

団 広 山

O

出回口仏間

} H

2 0

1 n

v u

(

呂 町 九 日 ) ( o )

k r

・ 切 回 目 ロ

E H W

ロ 包 円

m H H

O H H

H

O

印 日 付 目 。 ロ

m H M

島知町立

O H

山 口

3

(

E

S

)

( 巴 ) ﹀ -∞ 田 山 口

E

何 回 m 山 口 凹 ゲ

( U

0 5

]

呂田正

O

口 出 口 円 山 間

r

E

C

H

R

U

(

H

∞ ∞ 斗 ) 雲 見 ) 県 出 話 寧 同

o

r

ω

・ 出 回 片 付

E

﹀ 宮 間 口 戸 内 凶 -。 同

( U

O B

M

田 正 。 ロ 田 口 門 山 知

Z

吉 岡 山 口

33

∞ 叶 。

)

匂 ) K M ・

o

・ 出 品 ゲ 戸

B

E

呂田ロロとえ肘ロ

h

t

u

r

N

F

Z

o

n v

u (

H

)

k

r

ι

2

5

ω

・出巳

E

r m w

句 同 広 三

120

同月

r

m

g

片 山 口 問 ロ 仏 斗 } 百 円 同 ﹀ 毘 ︼ 円 山 口 問 片 山

O

ロ ョ

( H

∞ 吋 ∞ ) 富 ﹀ 門 回 目 同

H H

ω

・同日

E

Z

H

U

H

-5

n

120

間 同 月 回 目 付

O

吋 山 口 田 口 仏 吋 宮 山 叶 ﹀ ℃

1

k

E

円 。 ロ ョ

( 5

5 )

命 ) 見 ) 県 尚 罰 雌史・視点・物語

(9)

歴史・視点・物語 これのうちへてフバ i ンの刷は詩についての考察を含まず、 ヒルの師と制に至っては詩だけでなく、文彩的な修辞法 すらも除外して、関心を散文的な文章構成に限定してしまっている。後述するように、詩は芸術(出ロ巾恒三)の一つに 数えるが、歴史や伝記、小説などの散文は芸術とみなさないのが当時の修辞学の一般的傾向で、その点からみればこ れはかなり際立った新しい動向と言えるかもしれない。 阿 川

r

z

o

H

F

n

U

己 お ∞ 丘 町 ロ ロ 開 。 同

F

問 項 目 白 ロ 島 問 。 ロ 回 目 。 同 司

H O

0

・ 句 。

2

4

Z

-。 ロ

q

g

d

r

E

H

O

E

-a

岳 町 岱 ロ 何 回 江 田 ・ : ・ : ・ ︼

V

B

m

u

O

岳 白

g

E

s

q

-三 岡 山

4

2

吉田

R

O

B

-∞

r

g

B

σ

。 三 者 同 丘 町 ロ 円 山 ・ このようなヘップパ 1 ンの言葉から、従来の芸術観を振り切って、散文の科学としての修辞学を確立しようとする意 - 8ー 欲を読み取ることが出来るのである。 ベインもまたゆを倒に改訂するに際して、詩の考察を削ってしまった。それに代って大きな比重を占めるようにな ければならない。だが、 ったのは出関口

50

ω

匂町四口げの章であり、その限りでは文彩的な修辞学の段階からまだ抜け出られなかったと言わな か れ は 、 k r 目 的 ロ

2

0

ω

-v

m

m

n

r

u

m

2

-E

5

ロ 同

551

包 ロ 田 口 門 目 。 丘

S

R

U

1

当 白 可 、 。 同 印 同

V

S

F

E

m

-同

O H

岳 町 田 田 町 開 。 同

m

B

E

2

巾 一 向 目 口 同 ・ ヂスクりプ M V ヨ ν ナ ν t V 君 " ' と定義しつつ、その骨三己目。ロを生む知的能力や心理的プロセスを重視し、文体を論ずる場合も、従前の叙述、語り、 ヱ グ ス ポ グ グ ヨ リ ザ オ ラ ト リ イ タ リ ア ネ ス V Y プ リ γ テ イ イ y プ ν γ イ グ ネ ス ピ ク チ ユ ヤ ν ス ク キ ス 説 明 、 雄 弁 な ど の 形 式 的 、 用 途 的 な 分 類 を 解 体 し て 、 明 断 、 簡 潔 、 印 象 性 、 絵 画 性 な ど の 特 性 に よ る 分 類

(10)

に 再 編 成 し た 。 ﹂ れ ら の 特 性 は 、 他の修辞学の素気たい、 プ ν イ y 平 明 な 、 典 雅 な 、 あるいは華麗な文体という、 文彩的特色 による分類とは異って、よりメンタルな作用を重視した区分であり、その点で形式主義的な修辞学からの離脱、その 心理学化という傾向が認められるのである(ただしそれが修辞学としての進化だというわけではない)。それに対し ア ー ト てヒルは、ヘップパ l y と異り、修辞学は科学でなく、あくまでも言語によるコミュニケーションの技術だと主張し ラ Y ゲ ー ジ ワ ー ド ア 1 F ていたが、実際の考察においては言語よりもむしろ語のレベルで技術の検討を進め、絵画との安易なアナロジーによ って散文を論ずることを批判した。そして、 叶

C

官 。 円 山 口

BEESF-FEFZ

自由片町岳白岡町戸門円刊門町 O 同 ∞

EFmg

ロ関口目的白山口岳町

BE

z m

v

吾 刊 ︿

m H σ

丘 団

H m

5

F

F

5

m

己的巳岱即応

l l

W 4

C

E

回 目

r o

己 円 山 ず 由 記 阻 止

E

F

刊 当

m

q

5

4

岳 山

n

F

F

m

M

﹃ 由 同 開

B

C

印什丘出口

5

E

W

岳 問 看 品 目 ロ d ﹃

E

n

r

由 。 ロ ロ 円 山

B

。 印 同

n

-。 日 刊

q

n

o

H

H

何回目包ロ門目白吉田町

5

9

F

o

z

n

口 町 四 日

F C

P

。 同 ロ ゲ 回 目 立

m

g

o

ロ 匹 目

3mmEF

2

2

2

5

凹 H O 。 同 町 4 開 口 一 打 回 目 ロ 仲 ﹃ 開 m c u 門 司 ・ - 9 と、読者の関心が言語の介在を忘れて意味またはその対象に向けられるようにし、そのためには語の響きや文学の連 なりが伝えられる内容の前で自己顕示的であってはならぬことを主張して、ある意味では修辞学たることを自己否定 さらに制を田に改訂するなかでトロ戸、 l プの﹃自伝﹄など同時代の作家の意見を 積極的に取り入れ、小説中心とまでは言えないにしても、少くとも話に大きな比重を与える傾向を作ったのである。 もしこれらが一八八

O

年前後の新しい動向だったとするならば、 するような方向へと進んでいった。 コックスの凶は、制や倒とほぼおなじ時期に書か れたにもかかわらず、やや古風な形をまだ残して、詩や文彩的な修辞法を律義に論じていた。迫蓬の﹃神髄﹄は、 お のずからその新しい動向と軌を一にしていたわけだが、下巻における律義な包括性の点ではコックスに似ていたと言 北大文学部紀要

(11)

歴 史 ・ 視 点 ・ 物 語 うことが出来るであろう。 一 章 a 小説の位置 出 口 立 。 ロ 2 0 口 問 。 同 岳 由 、 諸 問 問 ユ タ 仏 白 血 刊

25

岡 山 口 二

EB

。目印日目岳町 r o ロ Q 戸円由自門目白

H

H

H

O

E

s

g

z

F

E

E

4

m

E

F

2

H

O

σ

日目ロ円四田町同 4 0 門 同 - h o H 己回目由民門口町田印町民-匂吋 o p w 由 回 目 。 ロ O 間 口 H g 回 目 。 w M M Q 刊 件 H ア 匂 回 目 ロ 円 山 口

m e

H n r x 開 口 一 門 戸 H 片 目 ・ これは出

g

q

F

B

g

の E 吋

ZK

2

0

出 口 町 ORV(H ∞ ∞ 品 ) に 紹 介 さ れ た 、 巧 回 目 芯 同 回 目 印 戸 己 の 同 名 の エ ッ セ イ ( H ∞ ∞ 品 ) の なかの言葉である。 ベザントの論はパンフレット形式で公表されたため、現在入手はむずかしく、 ヘンリl・ジェイ - 10ー ムスの批判を通してその内容を窺うよりほかはない。 かれはかなり皮肉な調子で論評を加えているが、小説に芸術と しての市民権を与えようとする主張に反対だったわけでない。 ただベザントが同時代人の小説への要求(ブルジョア 的趣味の押しつけや道徳主義的偏見を含む)をほとんど無批判に受容れたまま、小説作法的な規則を設けて技術的な 磨きをかけることにしか関心を示さなかった。多分その妥協性にかれは不満を感じて、ベザント的な規則の陵昧さを 批判し、それとともに創作行為を同時代人の実利主義的な要求から解き放つ自由をも主張したのである。もちろんか れは、その自由が作者にとって苦痛に満ちた試練であることも忘れてはいなかった。 イギリスの一八八

0

年代、小説の芸術性が一つのトピックスだった事実は、﹃神髄﹄に新しい照明を与えてくれる。 よく知られているように遇遣は小説を文学のなかで最も芸術性の高いものと位置づけ、勧善懲悪的な教訓性から解き 放とうとした。現在では自明化されたこの観念を、かれは自前で、いわばベザントやヘシリ l ・ジェイムスと世界的

(12)

同時性の現象として着想したのであった。これを逆に言えば、かれがモデルとしたベインの紛においては次のように、 小説はまだ芸術に数えられなかったのである。

M V

C E

H U

1

同 町 田 町

5

0

3 w

。 同 ) 印 吋 阻 止 ロ

m H }

)

一 可

5

2

ロ 凹

O

F

o

ロ ぬ 宮 口

O

4 3

1

白 仏 山 口 戸 田 口 ぬ 出 回 的 巾 ・

M M

O E

弓 間 的 同 町

2

m

g

m

H

口 田 口 可 豆 昨 日 凶

] U m g

片 山 口

m

v

F

巳 吉 日 ♂ ﹀

R

E

8

2

5

9

田 口 仏 冨

5

山 口 山 田 口 仏

5

4

2

n

g

H

片 山 田 合 同 日

4

H

O

B

岳 由 吉 田 仲

258

仲 間 宮 可 巾 自 主

o u

弓 仏 ・ これはコックスの

ω

や そ の 他 の 修 辞 学 に も み ら れ る 、 一般的な見解であった。 ベザントはこの可。立弓の位置に 出口氏。ロを置き換えようとしたわけで、あるいはそれは一寸した発想の転換にすぎなかったように見えるかもしれな い。だが当時の修辞学のなかには、 ハートの回のようにきわめてネガティヴな小説評価もあったのである。 -11ー 吋

-5

m

H

g

Z

H

H

M

国 立

O

F

m

m

口 巴

O

ロ ロ

0 4

司 匂 戸

H r

-田

} H

向 島 田 口 仏 門 町 田 門 日

r

同 団 ロ

0

0

町 円 。

z

m

n

F

S

B

m

H

O

H

M

-2

2

5

v

g

門H

FEO

同 問

4

2

目 。 羽 町 庄 内 同 ・

Z

0

4

叩 戸 田

O

F

H

回 目 。

2E4

日 間 骨

σ

g

E

m

由 同 町 内 山 口 同 ロ 句 。 ロ 岳 町 匂

H H

E F

B5

仏・吋

} H

O H

何 回 門 出 口 開 。 同 岳 町 民 二 回 国

52

S

S

E

-島 町 田 田 町 一 宮 神 戸

O

P

E

H

T

片 山 口

mFOB

2

σ

o

岳町

O

吋 円 四 国

L

E

m

丘回目。

5

0

-2

E

a

r

z

v

同 ロ 円 山 内

O H

同 日 戸 白 山 口 3 2 4 0 仏 ロ 丘 町 田 。 同 口 問 巾 ・ ア ー ト プ ν ジ ヤ T ユ 一 Y イリテイ 私たちの技術の目的が楽しみと有用性のいずれであるかによって、芸術とそうでないものとを区別けする。 ユテイリテイ イギリスの伝統的な発想であって、追遁もそれに倣って小説を功利的目的から解放しようとしたわけであるが、この ﹂ れ は ハートによれば小説の楽しみはごく低俗なものでしかなく、公共の精神を堕落させてしまう。無差別な小説の乱読は 記憶力に破壊的な悪影響を及ぼす、とさえかれはこれに続く文章のなかで語っていた。 さらに続けてかれは、すぐれ 北大文学部紀要

(13)

組長・穏担2・造手踊E

ぷも漏 Q ilIl:g::;当〈剖今期健お吋 ó 担迂 e 菌語州E肖←かJ --'J~'心も漏@部諸制長繋..J\-!必坦心 Qμ';R'

,J兵 苦 虫4 へと匂--'J~喜納範囲QQ 割程ヰ1 --'J l11111 心て収)~~>0心。矧世 Q~世緋士三制';{J.~人J,J .,s千), "-6冷U準1t長 Q 奥糊--'Jム心血~--'J 0~';込 F ν ム .tl Q~ 崎l'Q。 で〈守、="~、、 、て〉、1"1::-.守、司トミ ~..J ν , J Q1rr]g:担\是主主主--'Jニ心 11 邸主定叶~/南米\!@-<--'Jム m 衣料み1 4jiコヘミ千J ム.tl--'J日」ミ~l'QO 。ぐャ入士~g; ~~lι Q 吋心 4さま蛍~l'Q庄司E室長I n-)"( \-!ム ~O

A work of Art

unlik巴thethings that p巴rishin giving delight to on巴individual

admits the 1うarticipation

of a multitude, A picture

a poem

or a fine building

can be enjoyed by successive generations of men,

It is chiefly what appeals to one or other of the higher s巴nses-Sight and Hearing-that complies with

this demand. Objects of Gustatory sensibility are consumed by the single users; Odours aff巴cta greater S!

number, but are sti1llimited; things that gratify the feelings of Touch and Muscularity -a bed or a

chair-are monopolized for the time. It is the ennobling function of Art to draw human beings together

in mutual sympathy and common enjoyment

instead of holding out occasions of strife and apples of

discord. T、ゐ、有「戸 1 ロ主計総..J,.:t必11わ^~ぬよJl111[]I'

ν

.,(iJ/素系そもvQ-<.tl必も報辛i苧h1..jミ.tlI'¥-!1叫似~OI¥Jl'QQ ';Rtl\~迄 Q~ h1 垣..J' ,'J v)員宮 E 千)~Î'.tl心 E重心 ~.tl-<h1 題よ江れ)~νJ 恒心 .,{iJ Q~~ 兵 11 垣..J~ム。, JQ ι4 心必凶~~〆話料 4ト t長料令部制よ]揮で

ν

r

ム-fi,c、10j[::,皐主皇制覇桝よj醤料iよめ吋l'QU--'Jム」

4

王子.tl0 ""トれふ入%代空電子J~Q .1{]~ み1 .,4l心ぞれ..J v Ji..J vrr罷窓 Jν ム テ。。語科4ト長料令部科会lι. ,0単ム歯科心中m ..jミ加のヤ付~ム Q~' 内J~ ♂ Q~実樹首 d択さをh1恒輔君~/ ~~民 4ト醤料 Q 富士 守句、戸、 ト:益、>--会]毛里心持士」二百 1実母議 Q 越も醤〈早ヨヰ'()~/倒rr'~当初勺d).tl心←, J 心浩司骨~~ぎム」ミ心千)~l'Q。思必'~ f~'~ ..Jム~ム~世ょJ..J\-!

(14)

美の知覚を生むようにみえるが、私たちが既にその物の美しいことを知っていて初めて可能となる。触覚によってあ る程度私たちは柔らかさや規則性などを判断できるけれども、視覚の助けがなければ即座に十分な正確さをもってそ の姿をとらえて認識の喜びに変えることはできない。要するに触味喋覚は過去の経験を回想させて好ましい思考の連 鎖

(

a

H

m

g

Z

巾 可 回 目 ロ え

F

o

m E

)

を惹き起す場合もあるが、精神的な喜び

(

B

g

g

V

H

2

2

2

)

の源泉たりえないとい うわけである。 クアツケンボスは、視覚と聴覚についてこんなふうに言っている。 H ,

r

町 田 町 田 自 田 町 田 { 盟 関 宮 白 ロ 仏 国

g

H

E

m

]

gBZ

宮 古 田 江 戸 口 巳 回

H

q

山 口 吾 何 回 目

H

i

g

o

h

F

m

m

g

]

・ 叶

}

5

2

5

白 昨 日 。

E

H r

巾 可 官 。 仏 ロ ロ 白 白 同 町 ℃ 口 同

P

E

m

H

E

r

-E

目 ロ 目 立

g

r

ロ 。 件 ロ

0 4

0 H

E

-、 H

Z U

H

口 。 ロ

R

5

5

0

5

F

B

F

E

m

g

F

2

F

S

o

m

g

g

百 円 口 問 。

hE

白 ・ 叶

} H O M

可 官 。 ロ ロ 円 四

512

印 己 円 四 国 司 } 岡 山 口 } 回 同 同 町 出 。 仲 田 開

-r

r

田 口 島 田 町 同 岡 田 口 白 ﹁ ゲ 三 口

C

E

問 問 ロ 門 田 町

-2

?

片 岡 ロ

m

-- 13ー そうしてみると、ベインやクアツケンボスは触味喋覚/視聴覚という区別のなかに、肉体/精神というこ項対立を 含ませていたのであろう。前者は芸術の公共性を説き、後者は視聴覚の非利己性を指摘してとりわけ視覚の優越性を 強調した。(叶

r

o

m

可 白

σ

白 山 口

m v

自 宅 巾 ﹃ 同 司 四 回

2

P

H

r

o

虫 色

E

B

o

h

F

冊目

0 2

4 F

J L

門 日 間 ロ 仏 国 ゲ ロ ロ 円 山 由 巳 回 目 ロ 田 阻 止 。 ロ タ

Z

X

目 。 印 件 。 ご

Z

F

O

R

F

l

-g

-E

E

m

w

田 口 己 主 日 開 場 同

R

E

S

2

5

P

自 門 ご

g

r

s

u

?

m

阻 止

E

m

w

-間 同 巾

m M

古 田 町 四

- U 1

邑 門 日 同 白 田 白 色 ・ ) もしそういう言い方をすれば、かれらの考える芸術とは公共の共同享受として個人性を疎外し、それによって個々の 人聞がお互に共感や同情を養いうるような美的規範だったのである。 その場合視聴覚、とくに視覚が重要視されたのは、ただ単に対象を空間的に措定する能力が触味現覚より優れてい るだけでなく、ある対象を一つの全体的なまとまりとして把握しながら、その内部を分節化してゆく仕方が明確で、 北大文学部紀要

(15)

歴史・視点・物語 多分それはこのことと関係するであろう。 より客観性が高いからにほかならない。後述するように歴史や小説においても﹁視点﹂がとりわけ重視されていたが、 ヒルは散文を論ずるに当って語のレベルから考察を開始したが、視覚的に は一挙に(同時的に)与えられる対象を内部の各要素に分節化することと、その対象の属性を言葉によって次々と繰 ア ナ ヲ テ イ グ り述べる仕方(換言すれば、一かたまりの対象の言語的線条化)とを対応させて、物語の始源をとらえようとした。 一対象のまわりをめぐって全体像を把握しようとするような運動性が先験的に内在することを 言わば視覚のなかに、 仮定し、そこに物語

1

時間の根源を見出そうとしたのであり、そういうところにも視覚重視の時代的傾向が認められ る の で あ る 。 ただしこれは小説の芸術性がまだ間われぬ段階での問題であって、右のような芸術観が支配的であるか、ぎり、その - 14ー なかに数えられるのは詩のほうであった理由は明らかであろう。依然として詩は公共性の大きい表現とみられていた し

l

それ故叙事詩に特権的な位置が与えられていた││韻律の聴覚性、主人公の行為の崇官室、巧妙な文彩によっ て高められた情景描写の絵画性など、いずれも聴衆あるいは読者の感性や心性を高尚ならしめる美的な規範と意味づ けられていたのである。それに対して小説のほうは出版によって公共性を拡げたかにみえながら、かえってその享受 は極端に個人化してしまった。その享受形態がやがて読者論を喚び起すわけだが、しかしまだその意義づけ方が見出 せなかった時代にあっては、 ヘンリ l ・ジェイムスがいみじくも喝破したように、読者が気がついて警戒する以前に 心のなかに浸み込んで有害な影響を与えてしまう、そんないかがわしさが小説享受にはつきまとっている、と見られ ていたのである。先ほど紹介したハ l トの意見はそういう懸念の率直正直な表明だったと見るべきであろう。

(16)

>V~二千J ぎる揺さ-f'ニリヘミ~幸雪組長1 話料 Q~ ふやゆ必心~~千!-lQ心心ふ。i1 0 ~ 1<:~ Prose Compositionヤ, Descrip唾

tion, Narration, Exposition, Persuation Q g[ ¥'l1i'Rむ, >VQ Narration Qド一組合思ょJ...Jν, History, Biography

(Obituary, Anecdote), Voyage and Travel Q 111 ¥'は畏士 νムぬ':R' Description~}L- AJ 世良思斗, Letter Writing

心, Essey; Thesis AJ' FictionAJム心111型車四ぶ判 ν,FictionQ ド-~司令騒ょJ ...JνTale, Novel, Romance, Dialogu巴

会i 特bν ム記。 ~J 兵堂々ヘト o Jト入役1<: 11 ぎÇ' ~Q -íミ,.,;>...J~主必ム。 ミミト oJトλ冷

K

i

括判.}cILetters, Narratives, Fi司

ctions, Essays, Thesis or Argumentative discourse, Oration Q

i

(

\'以畏士 ~4 ~

Narrativesみ)History, Biogr

-aphy, Obituary, Voyage, Travel, An巴cdote

1

1

命感...J'Fictions~ Tale, Novel, Romance, Dialogu巴l1

q

司思J

V ム ~iミ心や-lQ)-(ð。 糸町内1)...,-.:-. 4r~Q ~づ2 リ ~J ~組制 Jν~ 収)~ム Q~' 選手間gAJ~ 副長~1斗 l且r:;;5. ~~Q 回引く Q 担保掛斗〈選手会Jffflg 点、午〉えぬ!阜県←)-(ð J.l¥ ~官、時、‘マ'"、守、、 ~ITI;-" 選婚や必C'i-"ぶ濯やぷ権必U 出恒例必ゐFぷリ心や掲げぷ':¥J'Story は付子 ν嘩蛍初兵のム叩笠泰明

E

久1倒 嘩 付 ~味期...J'内!...J ν 組制 Q き~.q)]' Story Q ~

-

R

1

1

PlotQ ~~型冷;糧υ 心兵 νJL4」兵士干!-lQ)-(d。

,.,;>C'ょJ,.,;>'Narrative 三郎会)1オ ν 必ム巡駐糾,.,;>,f:ぎふÇ'~兵士 FJ224ぎ->。 くーム当 Letter,Diary, News, Editorial,

Review, Essays, Treatise, Travel, History, Fiction, Discourse よ]京特...J~斗千! History Q,f:ぎるは Annal,M邑moir,

Biographyヤ相.c;' Fiction必)Novel AJ Romance 11~ 士 ν/ 杓 心

1

1

Novel .}cIHistorical NovelょJDomestic

Novel AJ 11 台芸員...J ~O ( 0。れてー〉、

1

1

附C'i-'~三 Dialogueand Epistolary Prose, Didactic Prose, Historical Prose,

Ora torical Prose

1

1

i'R士ν,Historical Prose .}cIUniversal History, Sp巴cialHistory, Biography 11 京賑...J ~Qrt

~1割樺 Q",),午入弐

1

1

~11!l1I肖 Jν ム将兵Ç' ~O 寺44く-T{'IJ作活黒田同

(17)

歴史・視点・物語 このような紹介でも分かるように、歴史のほうが小説よりもはるかに重要視されていたのである。それはなぜかと ナヲテイグ いう問題は、同時に、なぜ旅行記や航海記などが歴史と一緒に物語のなかに含まれたのかという疑問とかかわってく るはずであるが、その問題は次の章に譲り、まずここでは小説、がどのようにとらえられていたかを見ておかなければ 工 ‘ フ 工 、 。 チ J 戸 ル V ご ナ J ︼ V ナ ヲ テ イ ウ フ イ グ シ ヨ シ ハートのネガティヴな小説観は既に紹介した。クアツケシボスは物語と虚構の相違を、前者の語る出来事は真実 ( 叶

E

m

)

に限られるが、後者は想像によって創造されるものであり、歴史的事件という事実の上に性格や会話や場面 などの細部を想像で補うならば、これもまた十分に虚構たりうると考えた。追蓬の時代小説観もかなりそれに近かっ たわけだが、それはとにかく、続いてかれは次のように語っている。 吋

v

o

n

r

同 日 ロ

O

山 口 口 正 日 ロ 仲 間

O

口 当

E

n

r

日 出 口

C

C

口 町 内

O

E

町 門

r

u

g

-m

門 回 目 同 印

E

C

ゲ﹀匂目。仲田げ

O

E

O

r

m

m

F

ユ ロ

m

q

片 岡

H H

U

S

E

r

-m

u

日 付 回 宮 口 ] 仏

r

m

5

2

同 ﹁ 円 。 ロ ∞ 広

R

E

-ロ と ご 宮 司

RFS(

同 町

O

B

自由

m

a

g

H

O

F

巾品回目

4

F

m

同 町 田 内

H O H

W

田 山 口 同 四 日 三 岳 同

O

m

t

5

5

・ 叶 宮 田 町

O

町宮口吉田口日仏ゲ可

H

2

2

4

5

m

g

B

m

E

4

0

H

仲間巳仏

8

0

5

B

g

仲 間 。

H

H

r

m

F

2

2

2

仲 件 。 同

m O

O

H

1

0

グ ロ

O

岳山口問即日目

O H

開 ロ 開 口 四 回 目 白 弓 同

0222

∞宮岱丘町片山

O

E

n

o

s

H

吉田正

O

ロ 岳 田 口 問 団

E

r

z

m

町 田 口 円 山 口 問 問

E

E

B

旬 。 門 昨 日 目 立

H

H

m

O

同 口 } 百 円 同

2

2

・ 同 ロ 去 三 門 同

E

-官 。 己 目 阻 止 片 山 内 山 阻 止

BE

仏国ロ仏自由ロロ

2

回目出回同げ日口問吋己主。

5

・ - 16ー かれは別なところで、

ω

z

q

とは一般に吋丘町と同義で使われるが、過去の出来事の物語にも適用されることも多 いと言い、吋丘町については、 短篇で登場人物の数も限られ、 サスペンスで読者の関心をつないだり、 大団円に導こ うとするわけでもないという意味の説明をしていた。その

ω

g

q

と、右の引用の

E

♀とは勿論意識的に使い分けら れていたのであろう。追遣が親炎した

ω

町 ー 君 田

-Z

H

ω

8

2

は 、 同 問 ロ

o

k

r

g

t

ロ の E 肘

55

日 3 の 批 評 ( 民 自 ) の な か で 、

2

2

(18)

について

J

r

o

o

t

τ

2

0

2

2

可 印

E

H

F

-ロ

0 4

-E

3

という註を加えた。 クアツケンボスの概念とほぼ同義だったと思 らかにすることだと主張したが、 われる。追造は小説と仮作物語(多分目立芯ロの訳)とを同じように使い、その目的はもつれ合った因果の秘密を明 おそらく脈絡通徹という言葉で緊密に仕組まれた長篇小説的構成を考えていたので あ る 。 それだけではない。 ナヲテイグ クアツケンボスは、多分に虚構を物語

l

歴史に引きつけてとらえていた気配があり、だから小 説にも現代(風俗)史的な条件を与えようとしていたのである。 吋

} M

m Z

0 4

-w

F

o

m

r

F

5

-即 日 内 叩 吾 四 河

O

B

田口口白宮町田自由ぽ同町田吉吋白夕食再開門印片岡

O

B

F

o

-2

5

片 山 ロ

FE

円 仲 間 目 白 印

E

F

白 骨

-5

2

2

0

口 え 印

O

E

B

田 ロ ロ

2

V

O

H

F

m

4

O H M

自 由 ロ 件 。 同 問

2

0

q

F

E

己 主

o

ロ岳町広三円凶

ggo

問 。 丘 町 ロ 同

H u

-- 山 内

P

2

t

o

F

Z

m

z

r

2

u

当 日 混 同 日 回 目 岳 白 河

o

自 由 ロ ロ

mug

由 主 。 ロ 山 口 口

ESF

252

M 1

- B

同 氏 。 ぴ 同

E m

u

E

m

L

g

m

m

F

2

1

5

8

0

5

0

同 岳 町 ロ

O

B

5

0

ロ ロ

O

口吋回目。町民∞

E

F

印宮町田町巳仏回予

1

0

-m

m

g

r

o

S

m

o

ロ σ 同

m

g

v

Z

H

o

r

a

-o

-z

。 問 問

O

H

5

2

5

2

w

田 口 問 ) 巾

EE

E-2gFS

H

4

白 m町 田 岡 山

g

。 同

H r

四 日

B

a

-S

片 山

O

5

m

m

口 町 同 国 -- 17ー マ ー ペ ヲ ス プ ロ パ プ 戸 ウ ォ ル タ l ・スコットは E

2

5

2

0

w

の前書き ( H ∞出)で、驚異と蓋然性という二つの要求を充たす ピ リ オ ド 歴史小説の条件をこんなふうに説明した。最も色彩に豊んだ歴史の時代というのは、古代の粗野で野蛮な風習が衰退 しかもその反面、新たに開化され洗練された時代の動きが始まっ たエポックである。前者によって目覚ましく特異な人物の事件を導入し、後者の感情や性格によってその人物に現実 の萌しをみせつつもまだ十分に色濃く残っており、 感を与えつつ描き出す。 つまり奇具な事件を設定しても読者から異議の出ない程度には隔り、現代人の心理や感情で リプライス出来るくらいに近いような歴史的転換期こそが望ましい、 というわけである。 クアツケ γ ボスが物語

1

歴 北大文学部紀要

(19)

歴史・視点・物語 史に引きつけて虚構を論じたのも、このような歴史的ユポックの小説的発見を踏まえてのことであろう。そして今、 右に引用した箇所では、スコット的な混合形態からロマンスとノヴェルを蹄分けし、社会風俗の描写、日常生活のな かの事件に基づく

ω

z

q

の展開という条件を、小説の特質として意味づけたのであった。 それはまた生活の描写、人生の再現という当時の小説家たちの合言葉の反映でもあった。 ただしへンリ l ・ ジ ェ イ ムスふうに言えば、当時の作者たちはけっして現代社会の人生をリアルに描いて能事足れりと安心できていたわけで イギリスのような。プロテスタント社会では、多くの人ははっきりと言明するのを恥じてはいるが、要するに アポログエティックス

ω

5

4

のように見せかけの現実でしかないものは何らかの程度で護教諭的でなければならず、 主 -£ 、 。 ' u v d /

L V 真に人生の再現を試み ているかのごとき口実は放棄されなければならぬ。 ﹂のような暗黙の圧力の下で、 かれらは一寸した余談を設けてみ - 18ー ずから手の内を明かし、小説は現実のみせかけでしかないと釈明した。 一八世紀から一九世紀にかけてのイギリス小 ア ポ ロ グ エ デ ィ タ タ 説の自己言及的な性格が、最近構造主義的な立場から関心を呼んできたが、もともとは以上のごとき自己弁明的な事 情に始まり、やがてそれがテクスト内にその解読法を仕組んだ独自な言語体系に自立される発展を辿ったのであろう。 さ て

W

・ D-コックスの虚構観は、単にとらえ方だけでなく、その言いまわしまでクアツケンボスとほとんどおな じ で あ っ た が 、 わずかに次のような点にコックスらしさが認められる。

k

r

m

o

o

門同め己芯ロ

m r

o

E

白 - d -品 、 田 ゲ 日 当

H F

丘町ロ

4

1

F

恒 三 日 当 吉 田

r o

d

-ロ

m

F

m

σ

g

E

U

﹃ 同 ロ 門

H

2

E

B

H

v

r

o

R

E

}

岡 田 口 門

H

4 F

H H

C H

P

間 口 仏

F

m

仏 出 向 。

H

B

I

一可自門同匂

H

M

H

H

U

r

H

S

E

O

同 同 国 -田 町

F 0

0

仏田口門

H

i

s

-吋}阿佐ロ戸国間由。同ロ

S

E

E

R

-回 目

O H

白 羽 正 即 日 ︺ ﹃ 吋 何 回 門

H

F

S

S

U

1

0

F

2

w

g

門 目 。 同 窓 口

m

M

2

2

同 匂

O

当 日 同 巳 吉 出 回 目 口 口 開

0

4

2

B

O

B

-回 出 口 門

HS

由同問由。同白ロ

E

-o

ロ ・

(20)

吋 } 凶 日 ﹀ 可 。 刊 、 町 内 噌 4 山 口 } 同 町 田 空 回 同 巾

p v

t o

ロ 円 山

g

R

F

g

m

F

O

山 口 ロ 広 町 ロ

g

c

H

5

0

H O H

ロ 印

O

口 町 田

-E

向 。

HB

同 ロ ロ

m

H

p

n

o

E

回 目 ' 山 口 ぬ 四 4 由 同 一 可 唱 。 印 回 一 寸 日 開 4 同 吋 日 開 片 山 ﹁ C 同 門 戸 戸 田 同 田 口 一 打 開 門 田 ロ 円 円 。 向 田 口 町 ロ ゆ 吋 一 ア 出 口 仏 仏 由 回 目 的 口 問 門 四 件 。 四 阿 ロ 芹 白 片 0 4 ﹃ 由 史 山 田 門 同 町 へ 田 町 三 内 山 口 ω

σ

同 問

H

a

E

2

2

2

O

O

0

4

8

F

同 ロ 山 口

4

0

H

a

B

m

E

5

5

2

F

S

円 山 岳

O

E

M

5

4

-g

m

o

同 百

E

S

巳 何 回 。 向 田

V - E

-コックスらしさと言っても、結局それはクアツケンボスの意見合}少しばかり敷街して美/醜、真実/虚偽、美徳/ 悪徳というような二項対立の観点を持ち込む程度のものにすぎなかった。 ほとんどみられない。初めにもふれておいたように、 つまりベインの

ω

ついて言えば、このような箇所との関連は かれは詩を芸術の一つに数えていたが、

H

V

5

2

目立芯ロにつ いてはその詩の考察のなかで僅かに言及しただけで、要するに小説とは叙事詩の散文的翻訳にすぎず、主題を現代に - 19ー ちなみにかれが明らかに参照したもう一つの修辞学、 見出すか過去から選ぶかによって種別が出来る、という程度のことを指摘したにとどまった。それに対してクアツケ シボスは、そもそも芸術という問題には関心を払わず、詩はごくつけ足し程度にしか取り上げなかった。 コ ッ ク ス が後者に依拠して小説を考察していたことは、この点からも明らかである。 ただ、真善美の観点の導入を、一国家の徳義や審美眼への影響という点と結びつけてみるならば、新たな特徴が一 つ浮んで来るであろう。それは三宅雪嶺の﹃真善美日本人﹄の出現を予告するような、美的ナショナリズムの発想で ある。真善美の偽悪醜に対する勝利という、この

H V

。 丘 一 口 H d 在日の方法は││この点だけはベインの叙事詩論からコ ナヲテイグ ックスは摂取したと思われる││i民族や共同体や国家がその内部でみずからの物語

l

歴史を作るときの伝統的な仮構 方法であった。 それを小説の根本要件として取り込むことは、小説を民族や国家などの歴史の隠轍と化することにほ か な ら な い 。 北大文学部紀要

(21)

歴史・視点・物語 そうすると問題は、小説がみずからの複雑な仕掛を発く

EE

の方向を選ぶとき、 はたしてそれが隠聡としての民 族や国家の歴史の

EE

をも発くことが出来るかどうか、あるいはそれは単に小説における物語性の喪失と自滅を招 テヲテイグ 来するだけではないかということになるであろう。しかしそれを判断する前に、歴史が物語である所以をみておく必 要 が あ る 。 章 歴 史 と い う 物 語 ヘ ッ プ バ l ンの刷は、本論で取り上げる修辞学のなかで最も多く歴史に筆を費していたが、時代区分についてこん エ ポ ツ ク なことを言っている。時代を区分することは歴史を明確で完全に理解する重要な手段であって、時代の境界線を画期 - 20ー と呼ぶのであるが、それは一連の出来事が終結する重要な事件によって画され、かつ歴史のコ l スに新しい方向を与 える。そこから過去を探り、あるいは新たな段階へ入ってゆく有益な地点を提供するのである。それ故、このように 画されたそれぞれの時代は、事件の特質によって与えられた明瞭な歴史的個性を備え、事件のプロットを完遂するド ピ ギ =y グ ミ ド 山 W エ y ド エ ポ ツ ク ラマを演じ、それ自体の開始と中間と終結を持つ。換言すれば、画期とは世紀単位のものではないのだから、ある種 ナラテイゲ の教会史や世俗史に用いられる世紀単位の区分によって物語を中断するような愚は避けねばならない。 かれが、わざわざこのようなことを断った理由は、二つ考えられる。 その一つは、右の要約的紹介からも分かるよ うに、かつて優勢を誇った教会史の方法に対する抵抗である。教会史は聖書の予言に従って人類の運命を千年単位で とらえ、さらにそれを十分割して世紀という概念を作ったが、現在でもそれは世紀末意識や終末観として残っている。

(22)

しかしかれのように事件の生成と終結によって時代区分を構想する立場からみれば、世紀とは単なる年表上の目盛 にすぎない。時代に個性を見、事件の展開という旦己によって時代を画そうとする意識。この雌誠意識も、あるい アネク V1 ト は伝道者や荊教者の逸話の集積であるような布教史に対する批判だったのかもしれない。ただし時代の始まりと中 間と終結という構成を強調する発想のなかに、世紀末意識や終末論の残像があることは承知しておく必要がある。 も う 一 つ の 、 より強調された理由は、年代記から歴史を質的に区別することであった。 さまざまなカテゴリーに属 する出来事を時間的順序に配列しただけの年代記は歴史の資料と言うべきであって、ある事件の原因と結果を明らか にする観点からそれを取捨選択するところに歴史が成立する。これは一人へップパ!ンにかぎらず、当時の修辞学者 たちに共通の認識だった。もう少しこれを敷桁すれば、年代記的な時間意識とは、年毎に繰り返される祭-組、儀礼や 生産活動による持続感と、ある年の自然的社会的事情によるそれらの一寸した変更が、隣接する年との比較で差異

l

変 化として知覚されることと、その両面から成り立っていると言えよう。いわば時間的隣接性のなかの差異の連鎖がロ 註 三 マ l ン ・ ヤ l コブソンの言う換職的な

ω

Z

弓を作るわけで、その反復

l

持続が何らかの形で断ち切られないか、ぎり歴 史は生れないのである。それに対してヘップパ l ンたちの考える歴史とは、その差異の終結のない連鎖のなかに事件 y ド ナ ヲ テ イ ず の生成を見出して因果論的な

E2

を構成し、事件の終結によって時代を画する物語の方法だったことになるであろ エポツタ う。その意味で画期とは世紀単位の区分に劣らず人為的な虚構でしかないのであるが、しかしかれらの眼にはあくま でも事実の領域で起った事件の幕が降る、現実的な区切りなのであった。 それでは、このような時代区分の方法がリアリティを持ったのはどのような社会単位に対してなのであろうか。 ヘ ッ プ パ l γ は当時の多くの歴史家にみられた、単なる歴史的事件への興味で戦争や革命、陰謀、政治的取り引き 北大文学部紀要 - 21ー

(23)

組長{・軍事唆・毒剤E

4fZ人jヤ刑判制Eぷ11宍会]説草.-J-iJO lJ 兵心 ti#41-í 0~岡田:ifi~酪相会l担ム-íJ ~jご V>\-'0 ド- 0~到|臨~謀総R およjι0>1'(いム~

-->。越4く~屋社長(縦士~

!

i

l

i

~長 Q 剖想ヤ酎睦←t(ò!1 ~1オ 01時却Kう対 f 韮.11ilモ必 lJ 付心感車事.-J-íJ心 ti .-J.tヨム

0

'P崎向。吊1I-iJiミ」之宮

闘民会l全]昧長{'思員長(〆

l

話回

0

1

1

1

0

は員会〆車!iI}主張{!1

0

ムν

t

!

'

待直後内)-'i主~-'iヰ 0~ぷ罰うおま臣 2トt(ò~ 1トト'p必Fνr

J

Q 田富士三〈摂 Q 摺稔 UJ耳士t(ò:!l!並4く~ヨヨ件特事 0~t親会!お々は l 民← lJ 心~-\J縮~.-J-íJ。 ぷヰ

2

.-J

>

¥

-

'

0

l

隊長{0 -ft\誕~/ .{2可l

F迫田'p剖 qê: 0 .tヨム冊目1K 0 球陣 4ミ r 時J 心千J ,だ士兵望書輔君騒〈奇~0 略語み11絡よj ←t(ò都俳誌,~ì><

1

1

王t.子ド J 制心桓鑑定~t(ò O

>\-'~会l額穏 .-J\-i::,-íJ~ 千)

t

i

'

iミ4主主よ心Fν辛!iI}なる

{

t

i

制ヰ」巡1宿主嘩思

e

出謹'P.-J~必 4ミ 0 -íJょJill実必士 4之官必心~::,。よ) ←t(ò.tヨ必'~' ~""'ti:-\t同.-J-íJ組長w 設母語 ti>\-'~ ベ心 445 れJ ム癖起 0#々1-í-\J.tさ心初予0 ヤぱト,

>

¥

-

'

0

t.さふ¥J"'"制臨手当

0ti

阪'P ~0 -íJ。

Every society can have its history. The most important of this class [Special History] is the history

of a nation.

3

1

4

ミ-'=''P必v'ふ兵士

1

S0

ム-6^"-.tさ'社、-0~m~ 1i!実ヤ ~~{)!;l君主」騒ぐ弐 .-J\-i::'-íJ 。

“J¥lIen expect from history,"says Guizot,“experience analogous to the wants they feel, to the life

they live; they desire to understand the real nature and hidden springs of institutions; to enter into

the movements of parties

to follow them in their combinations

to study the secret of the in:fluence of

the masses

and of the action of individuals. Men and things must resuscitate before them

no longer

merely as an interest or deversion, but as a revelation of how rights, liberties, and power are to be acquired,

exercised, and defended; how to combine opinions, Interests, passions, the necessities of circumstances,

C'I C'I

(24)

m w 岳 白 即 日

0

5

2

g

o

h

E

E

F

3

2

句 。 宮 山 口 同 日 正 問 ・ 吋 FU24 吾 丘 町 一

2

0

4

σ

2

c

B

g

r

同町同日開口伊丹

5

ロ m ・: : : H ,

E

2

円 円 。 同 ゲ H O 同 門 凶 ℃ ﹁ 出 。 ∞ OMMESH-巾 当 。 円 円

r

開 口 OZ 門 田 町 o h F 出自由ロ担問戸山門回出口門凶匂門。∞同町田印。問団。口

w

q

r

回目的色ロ巾

LmRg

∞ 岳 山 口 出 付 加 国 門 目 。 同 ぴ

m h

o s

-ロ∞自己ロぬ戸山田円高︻山山当

m

r

告 白 ロ C 同 円 四 回 目

a

z

z

o

H

Z

F

丘 団 同 。 片 田 O 目 立

r

E

m

B

B

F

E

自 白 同 巾 ロ 但 片 岡 出 HF4 由 回 九

. . . .

. . 3

グ イ ウ イ ド ・ ナ ν イ グ ヨ シ しかし歴史家は生彩に富んだ語り口を失ってはならないと考 え、それと幅広い哲学的な視点との統合を理想とした。哲学的視点とはギゾlが言うように、抽象的には人類の事業 と社会の発展が力強いものになってゆく過程を認識することであるが、もっと具体的に言えば、権利や自由や権力が ギ ゾ 1 の意見の最後の点について、 ヘ ッ プ バ l γ は 、 いかに獲得され、実践され、守られるかを開示して、歴史が自由を重んずる国家にふさわしい理由を明らかにするこ と で あ ろ う 。 ハートにとって一般に歴史とは国家あるいは帝国(又はその統治) テ ラ テ イ ウ スにとっては共同体や国家の事件の物語であった。 の事業の記録であり、 ク ア ツ ケ ン ボ - 23ー ヘヅプバ lンはそれに較べて歴史のあり方をもっと幅広くとらえ ていたが、それでもなお結局、歴史の主要な社会単位は(ギゾlとおなじく)国家以外ではなかったのである。 国家がまだ多くの人々の重要な献身対象だった時代の、それはやむをえない傾向だったと言うべきかもしれない。 だがたとえそうだとしても、 おそらく国家という枠組みなしには歴史が現代に至るまで人文科学の主要な一領域とな エ ポ ツ ク りうるほど発達はとげなかったし、時代とか画期とかいう概念もその枠組みを除いてはほとんどリアリティを持ちえ さしあたり歴史学にできる抵抗は一見して明らかな物語性を排除することであったが、時代という観 ナヲテイグ 念や、後述するような物語の基本的要素は依然として残している。歴史家ももちろんみずからの方法を明かしはす な い で あ ろ う 。 る。だが、小説はその自己言及的な性格のおかげでみずからの盟主を明かすもう一つの

}

U

F

?

を内在させることがで 北大文学部紀要

(25)

組長.!jQS唆・冬眠E

冷1J)'(l 0~ 活 f 幽以後~0 臨時十宍唱さ3 ぬ余込)0 ム->^'\.{:j i回目 11i1IT 肖右組縫う陶器。ぱ 4ヨム 0 t-'~)'(l。

み町、4ド守、

~':R~*~ょJ ,.,;> iミ'V"女~!1 ~.{:j存]闘長(弔奪回g t-'必士*'~必心.{:j iミÍ' -iJ 0iミヤ ~~~ν J{)'(l~障も~)'(l~心心。

There are two defective methods of historical composition which are very prevalent.

1st. History deals with individual concr巴tefacts, and aims to embody them in an a妊ectivepicturesque

narrative; it is closely related to poetry and romance.

I

f

it is written with a view simply to giv巴 a

brilliant narrative that shall please the imagination and satisfy curiosity

it b巴comes a romance; and

realizes none of ends for which history is written.

2nd.

I

f

the writer gives promin巴nceto the principles which can be derived from the facts

and make his

work a depository of general views

that gratify the speculative intellect

he does not write history; his 申

work is a scientific treatise, wanting in the essential features of genuine history.

A perfect history avoids both extremes. 1t gives to imagination and reason their du巴 and combines

vivid narration with broad philosophical views. History is not science.

I

t

exhibits individual facts, and

is not a system of notions and general principles,・・・・・ittells, not what generally is, or what must be, but

facts that once occurred and that will never occur again.

;J 兵,.,;>(示。れらく一入イミ心 0r~h~ 千J 時点。内)*!1"イ」二百 f 嵐長{~母宅設 R ...lJ間割以同訓必選定制 1曜づ;;-~~)'(l':込/ヰ)0 ム

'ト」之」ミム」盗塁1要以!翠 Fν 士~.{:j必.{:jム。園長(士~ 1 @l~至心 e 司保時制民心高 J二〆内)*ヤ枕や阜市!1闘州 νJ 廿-6AC¥;J 心 4ト'~

;J ふ心 8~4*,~.{:j 車購〈ヤ抑翌朝時吋応、必 1 :謡呂匝尉

w

主総ヤ)'(l;J...lJ t-'~.{:j

:

iミ心t-'~点。ぎ 41....:> ν 組長〈主飾北 ~1 @l

E至心 0 ..,4) 0 -0 0iミ~AÇ\ふ。 ';;U >('{jJJ表~~主えめ~~図副司ままは久J <-.0~ミヰ44」闘長{~軍首州、ミロ, ~)'(lf,事主主 Q 棺州~:tl::必J~~王宮とんU

(26)

別な歴史の考え方を採るならば、 空間のなかにそっくり再現するのは不可能だという限界論の、その裏返しの表現でしかないのではないか。もし全く 一回性の問題などは起らなかっただろう。歴史が年代記的な持続感を断ち切る事件 とともに現われる、それ自体もまた一個の事件にほかならないとするならば、何回でもそれは起りうるのである。 そ ういう疑問、が起ってくるのであるが、ともあれヘップパ l ンやその他の修辞学者たちは右のように考えたわけで、多 分それは時代という観念と無関係ではない。 と い う の は 、 かれらは時代の区切りを、 一連の出来事を終結させる重要 な事件が起った時点に求め、そこから過去を探り未来を展望するという時間の構造化を行なっていたからである。そ の時点を想像的な現在とみなしたことは言うまでもなく、年代記にはもちろんその意味での過去現在未来は内在しな い。逆に言えば、その時点を認識上の現在として生き生きと追体験できる想像力をこそヘップパlンたちは求めてい た の で あ っ た 。 - 25ー とするならば、そのような歴史を物語りうる語り子はどんな条件を備えていなければならないか。引用、が多くなる が、次もまたへてフパlンの言葉である。 同 ロ 自 由 丘 町

H

m

F

m

B

O

印 件 同 目 的

EE6

同 門 昨 日 同

-F

q

o

同 岳 白

E

2

0

H

F

E

w

-三 回 ロ

O

片 号

5

8

仏包吾戸昨日戸四日戸一宮町曲目白口℃由同日

O

口 出

-p m

- z

m

-叶}同日開仲回目

F

-m

o

o

Z

2

昨 日

1

4

片 付 一 可 。 同

r

u

g

H

4

4

E

n

r

n

o

ロ 回 目

m

g

E

岳 町 田

σ

2

2

。内包戸内開即日目ロぬ田口門回目ロ同町同町田件 。 ロ 匹 目 官 立 。 同 吾 担 当 ユ

Z F

i

-吋

zruz

巳 自 由

F o

己 門 円

F

2

m

m

M

a

g

i n

H F

O

U 4

4

由 民 匂 目 立

E

B

E

r

m

-B

O

B

-山 口 門 出 ∞ ロ

25

E

4

2

0

m v

田口門山吉田可

B

匂 担 任 -持 者

-F

d

F

E

U

o

E

O

田 口 円 山 向 。 。 門

Y

E

四 日 目 白 守 門 紅 白 出 回 当 開 口 回 目 担 当 ぽ ロ 師 団 田 山 山 片 山 田

F

U

mEZ

門 回 目 印

R

F

E

町 田 三 回 日 目 白

g

ι

r

F

B

f

d

司町門凶。ロ

O

仲 仏

m

g

同 ロ ︻ 凶 岳 四 件 } 石 田 宮 口

r

m

r

m

t

z

z

o

同同町巾ロロ

m v

ゲロ同己μ由同

r n

同 m w m 目 白 r H m w 芹回口円。史民ロ肉片 0 4 品 回 白 門 回 目 門 日 同 国 交 凶 印 。 同 C 泣 い 忠 岡 田 ロ 仏 し 一 口 凹 昨 日 口 町 ・ ロ 円 田 区

E

m

E

口百円目立町円片山口

m

F

開 門 何 日 間 昨 日 。

5

0

町 内 田 口 門 出

w

任 回

255mF

白 山 門

S

F

9

8

H

同町ロ片ゲニロ

8

4

5

5

H

m

岳 町

H H r

北 大 文 学 己 申 紀 要

参照

Outline

関連したドキュメント

図2 縄文時代の編物資料(図版出典は各発掘報告) 図2 縄文時代の編物資料(図版出典は各発掘報告)... 図3

「父なき世界」あるいは「父なき社会」という概念を最初に提唱したのはウィーン出身 の精神分析学者ポール・フェダーン( Paul Federn,

 Schwann氏細胞は軸索を囲む長管状を呈し,内部 に管状の髄鞘を含み,Ranvier氏絞輪部では多数の指

   づ  1889年Edinger(4)ガ下等動物等=於ケル踏

定義 3.2 [Euler の関数の定義 2] Those quantities that depend on others in this way, namely, those that undergo a change when others change, are called functions of these

[r]

手話言語研究センター講話会.

山階鳥類研究所 研究員 山崎 剛史 立教大学 教授 上田 恵介 東京大学総合研究博物館 助教 松原 始 動物研究部脊椎動物研究グループ 研究主幹 篠原