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龍谷大学佛教学研究室年報 第13号(2007) 003野呂 靖「基弁撰『大乗一切法相玄論』における心識説」

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︿

基弁撰﹃大乗

切法相玄論

独自な思想を展開した.なかでも明和八二七七二年に 撰述された﹃大乗五種姓玄論﹄(以下﹃五種姓玄論﹄と略記) には、五種姓の各別は道理世俗諦の立場によって説かれ ているため﹁仮説﹂であって、開思黛習によって有漏の 本有種子が無漏種子に転じるという﹁無種姓の改転﹂が 主張されており 、 これによって一乗教学の一切皆成説に 極めて近似した思想が完成されたと考えられる 2 さて ﹃ 大乗一切法相玄論 ﹄ ( 以 下 ﹃ 法 相 玄 論 ﹄ と 略 記 ) 二 巻は、との﹃五種姓玄論﹄に先立つ宝暦四(一七五四)年 に撰述が開始され、明和二二七六五)年に刊行された基 弁最初期の著述であるが、その名の通り、大乗の﹁法相﹂ は 二 名 一 一 相﹂がことごとく言説を離れた中道(﹁離 言 中道﹂)に帰結するという ﹁ 盲目勝義﹂の立場から、法相 教義の各問題が論じられている点に特色がある・本書は、 ①建 立相門②本論玄義門③真俗即離門④乗教同異門 ⑤八 識衆相門⑥能所黛相門⑦新旧種相門⑧三祇劫相門③三仏 性相門⑩果唯識相門の十門構成となっているが、このう ち⑤八議家相門⑥能所窯相門⑦新旧種相門の三門にわた って心識説が取り上げられている・これは本書の三分の 一に相当する分量であり、内容的にも全ての有情に法爾 無漏種子の存在する点を示唆していることから、本書の 主題は心識説を論じる点にあるといってよい・また、し ばしば﹁他家誠学﹂と称される他宗派の唯識学に対する 厳しい批判が看取されることから、本書は﹃五種性玄論﹄ 以降、明確に主獲されてゆく抽出自な種姓論の前段階を示 した資料であるとともに、他宗派の唯識学に対する批判

おける心識説

惇 士 課 程 野 呂 靖 〈共同研究〉基弁撰『大乗一切法相玄論』における心臓説(野呂) 一 問 題 の 所 在 近世において唯識教学は、興福寺 ・ 薬師寺など南都諸 寺院のみならず、浄土 ・ 真言など他宗派の学僧によって も、盛んに研捕制されたことが知られている

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こうした諸 宗にわたる講学の特 色は 、既に 世間摘されるように、従来 の 法 相{示における唯識教学と必ずしも一致する訳ではな く、それぞ れ の立場から 批判的な見解をも含めた注釈が 示されていた点にあったと考えられる・なかでも元禄年 間以降には 、 鳳 摘 出 { 一 六 五 九 : 一 七 三 八 } ・ 湛怠(一六七三 3 一 七 四 四 } ・普叙二七

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七 1 一七八二等の諸師によって盛 んな 法相批判が展開された

2

本稿では、このような江戸 時代中期において、自ら﹁法相宗沙門﹂と称し、薬師寺 を中心に活躍した大 同 房 基 弁 二 七 一 八

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一 七 九 一 、 以 下 基 弁と略記)の教学に注目し、基弁が他宗の唯識学へ如何な る対応を示したかという点について明らかにしたい・ 基弁は、薬師寺の基範に師事し、生涯を通じて数多く の講説活動を行うとともに、﹃大乗法苑義林章獅子肌紗﹄ ( 以 下 ﹃郷子肌紗﹄と略記}二十二巻を著すなど法相宗を代 表する学僧として著名であるが?怒思大師基(六三ニ: 六八三を初祖とする護法系唯識の教学系統に止まらない、

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13号2007年3月 梯教学研究室年報第 舵谷大学 書といった側面をも有していると考えられる. 本 稿 で は 、 ﹃ 法 相 玄 論 ﹄ に お け る 心 議 説 の 構 造 に つ い て検討し 、 合 わ せ て 基 弁 が 批 判 の 対 象 と し た ﹁ 他 家 の 講 学 者 ﹂ を 明 ら か に す る こ と に よ っ て 、 本 書 の 撰 述 意 図 に ついて若干の考察を加えたいす 者 は 法 相 を 説 示 す る か し な い か の 相 違 が あ る も の の 、 ど ち ら も 唯 識 相 を 教 示 し て い る の で あ っ て 、 理 世 俗 の 安 立 諦 を 説 く 三 乗 説 で あ っ て も 、 真 勝 義 で あ る 非 安 立 訴 を 説 く 一 乗 説 で あ っ て も 、 説 か れ る 内 容 に お い て は 相 違 が な いという。この点を、基弁は﹁非安立締は証棺に属すべ き で は な い の か ﹂ と い う 問 い を 否 定 す る 形 で 次 の よ う に 述べている。 ニ ﹃ 法 相 玄 論 ﹄ の 基 本 的 構 造 ﹃法相玄論 ﹄ で は 、 総 論 部 分 に 相 当 す る ﹁ 建 立 相 門 第 ご に お い て 、 基 本 的 な 法 相 理 解 を 標 示 し た 後 、 以 下 、 九 門 に わ た っ て 法 相 教 義 上 の 各 テ ー マ を 取 り あ げ て 論 述 してゆ く という織成を取っている. ﹁建立相門第ごでは、まず大乗教における法相には、 ① 証 悟 の 立 場 に お け る 相 ( 証 相 ) と 、 ② そ の 証 相 を 教 と し て 顕 し た 相 ( 教 相 ) の 二 門 が あ る と い い 、 各 々 が さ ら にこ門に分けられるという

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この関係を図示すれば次の ようになる. [ 図 表 } ] ﹁ 建 立 相 門 ﹂ に お け る 征 教 ニ 門 ﹁ l 真実唯識相(円実厳言の境) 寸 証相 斗 法 相 斗 ﹁ ﹄ 因 縁 唯 蟻 相 ( 依 他 縁 起 の 義 } 一 寸 非 安 立 教 相 ( 真 勝 手 一 乗 ・ 如 来 線 等 → 円 固 ) ﹁教相斗 ﹁安立教相(八議六位心所等の法相説示 T

)

問.非安立諮 ハ 此 レ 応 こ ス 証 相 三 。 何 ヵ 故 ニ 復 タ 教 相 中 ニ 立 -ツ ル ヤ 非安立

-

Z

答 。 如 下 ク 難 = ト モ ロ -説 -レ ク ト 火 ト 不 よ レ ル ヵ 能 レ ハ 焼 レ ク コ ロ ヲ ・ 媛 ヘ モ 以 ニ テ 詮 言 ヲ 説 中 ク ト非安立ヘ而

Z

非 ニ ス 真 実 -説 エ キ 非 安 立 二 或 ハ 説 -- タ ハ 離 言

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如 ニ 夕 食 油 虫 -ノ 強 イ テ 以 テ 名 タ 鷲 ・ 実 ニ 則 テ 非 ヱ ス 非 安 立 -ェ 亦 タ 非 ニ ス 離 言 -ニ 也 . ( ﹃ 日 本 大 蔵 経 ﹄ 六 回 、 三 二 六 頁 上 ) 謂 ク 諸 ノ 異 生 迷 一 -謬 シ 諸 法 ノ 安 立 ノ 相 - 沈 三 没 友 生 死 ノ 海 -ニ a 今 為 九 於 ニ イ テ 迷 謬 ノ 相 -示 ン ヵ 非 安 立 諦 主 ヲ 故 ニ 説 -V 安立 諦 ノ 教相 - 也 。 ( ﹃ 日 本 大 蔵 経 ﹄ 六 回 、 三 二 六 頁 上 ) す な わ ち 、 非 安 立 筋 を 説 く 一 乗 説 も 、 結 局 は 言 説 を 用 い ている以上、教相門に配されるべきであり、また一方、 理 世 俗 で あ る 安 立 諦 も 真 勝 義 で あ る 非 安 立 諦 の 内 容 を 生 死 の 海 に 沈 没 し て い る 衆 生 に 示 す た め の 役 割 を 有 し て い る、と述べている. こ の よ う に ﹃ 法 相 玄 論 ﹄ で は 一 乗 説 と 三 乗 説 の 優 劣 関 係 を 論 じ る の で は な く 、 両 者 は 説 示 の 仕 方 に 相 違 が あ る 20 ここで注意したいのが、教相門における非安立教相二 乗 説 ) と 安 立 教 相 ( 三 乗 説 ) の 関 係 で あ る ・ つ ま り 、 両

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﹃起信論 ﹄ に 過 ぎ ず 、 同 じ く 証 栂 門 と ﹁ 無 二 亦 ニ ﹂ の 関 係 に あ る 教 相門刊に属する、とみる点に本書の基本的立場があるとい えよう 2 基弁は、まず根本識である第八識と、 の阿梨耶識との同一性を論証している。 そ も そ も ﹃ 起 信 論 ﹄ に お い て は 、 諸 法 生 起 の 本 体 と し て阿梨耶識を立てているが、その性質は﹁不生不滅ト与二 生滅一和合 y テ 非 レ 二 ニ モ 非 レ サ ル ヲ 異 エ モ 。 名 ツ ケ テ 為 ニ ス 阿 梨 耶 議

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﹂(﹃大正新術大蔵経﹄三二、五七六頁中)と定義されるよう に 、 ﹁ 不 生 不 滅 ﹂ と ﹁ 生 滅 ﹂ と が 和 合 し て い る こ と を い い、そのため阿梨耶識は真妄和合識とも呼ばれる

2

こ の こ と は 、 ﹁ 不 生 不 滅 ﹂ の 真 如 が 直 接 、 生 滅 界 に 介 入 し て いること(真如随縁)に他ならない。 一方、唯識説における第八識は、無為法である真如と 有 為 法 で あ る 第 八 識 と の 和 合 を 認 め な い 。 ﹃ 成 唯 識 論 述 記﹄巻三本では、次のようにある。 所 説 〈共同研究〉基弁熊 f大乗一切法相玄論』における心謎説(野呂) 三 ﹃ 法 相 玄 論 ﹄ の 心 識 説 基 弁 は ﹃ 法 相 玄 論 ﹄ 下 巻 部 分 、 す な わ ち ﹁ 八 議 衆 棺 門 第五﹂﹁能所窯相門第六﹂﹁新旧種相門第七﹂の三門にわ た っ て 心 識 説 を 取 り 上 げ て 論 を 展 開 し て い る 。 こ れ は 本 書 の 約 三 分 の 一 の 分 量 に 相 当 す る も の で あ る が 、 内 容 的 に は 本 書 の 基 本 的 な 枠 組 み で あ る 安 立 ( 法 相 大 乗 ) と 非 安 立 ( 一 乗 ・ 如 来 蔵 系 経 論 ) と の 関 係 が ﹁ 非 即 非 離 ﹂ で あ る こ と を 、 法 相 教 学 の 掻 も 中 心 と な る 教 義 で あ る 心 識 説を用いて論証するという点にある。 そ も そ も 法 相 教 学 に お い て は 無 為 法 た る 真 如 と 有 為 法 で あ る 事 象 と の 隔 別 を 説 く こ と か ら 、 両 者 の 相 即 関 係 を 説 く 真 如 随 縁 説 と は 根 本 的 に 異 な っ て い る と い え よ う . し か し 、 基 弁 は 上 述 の 三 門 に お い て 、 法 相 宗 の ﹁ 真 如 凝 然 ﹂ を 説 く 心 識 説 と 、 ﹁ 真 如 随 縁 ﹂ の 立 場 に 立 つ 心 識 説 とは全く相違がないと主張している。本稿ではこのうち、 述 y テ 日

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顕 ニ ハ ス 種 子 ノ 義 一 ヲ ・ 謂 タ 有 為 法 ハ 有 ニ ル ヵ 生 滅 -故 ニ 。 於 ヱ ヒ テ 転 変 ス ル 位 二 一 能 ク 取 = 与 ス 果 ヲ 。 有 = リ テ 勝 レ タ ル 功 能 一 方 ェ 成 ニ ル 種 子 一 ト 。 ( 中 略 ) 述 y テ 日 夕 。 此 レ ハ 簡 略 ス ル 也 。 無為ハ不レ然:無二

1

転 変 -ス ル コ ト 故 三 園 祭 ニ キ ヲ モ ツ テ 取 与 ノ 用 -非 ニ サ ル 能 生 一 ェ 也 。 ( ﹃ 大正新術大蔵経﹄三一、三 O 九 頁 中 f 下 ) ( l )

(

2

)

第八識と﹃起信論﹄の阿梨耶識の同異 真如における黛習の有無 このように、第八識において諸法の因となり果を引い てくる種子は有為法であり、無為法ではないことが述べ られている。また、﹃成唯議論﹄巻九では、 の二点の論拠に注目して、その構造を検討してゆきたい。 ( 1 ) 第八識と﹃起信論﹄ の阿梨耶識の同異 或 ハ 依 ト イ ヲ ハ 即 テ 是 レ 唯 識 ノ 真 如 ナ リ ・ 生 死 ト 浬 祭 ト 之 レ 所 依 ナ ル

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13号 2007年3月 悌教学研究室年報第 ぷ 朕 ニ 。 慰 夫 ハ 顛 倒 ェ γ テ 迷 ニ ヘ リ 此 ノ 真 如 -一 -故 ェ 無 始 ョ リ 来 タ 受 エ ク 生 死 ノ 苦 -ヲ 。 聖 者 ハ 離 レ レ テ 倒 ヲ 悟 ニ レ リ 此 ノ 真 如

7

.

便 チ 得 ニ テ 浬 紫 -ヲ 畢 究 γ テ 安 楽 ナ リ 。 ( ﹃ 大 正 新 術 大 蔵 経 ﹄ 一 -= ・ 五 一 頁 上 ) 次 ェ 弁

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1

起信・唯識 ノ 同 異 一 ヲ 者・心真如門 ハ 調 ハ ク 本 識 ノ 相心言倶絶 シ 。 説 ニ ク ハ 心生滅

1

.

明 二 九 本識 ノ 相随縁差 別 一 ヲ ・ 而 y テ 説 下 ク 心 真 如 門 ト 与 三 心 生 滅 -和 合 シ テ 名 中 ツ ク ト 阿 繋 耶 ヘ 。 此 レ 約 二 ν テ 唯 タ 因 位 三 論 ニ 成 ス 非 即 非 離 一 ヲ 。 謂 ハ タ 雑染位 ノ 阿 陀 那 識 ハ 名 ニ ツ ク 阿 察 耶

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此レ即チ雑染種子議 ノ 相 ナ リ 。 業 識 ト ハ 者調 ハ ク 異熟識也。根本無明トハ者謂 ハ ク 我 愛執蔵王成=ス頼耶ノ義

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微細恒行

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不 共 ト 与 一 一 染 種 ノ 識 一 俣 也 。 観 下 ル 二 世 ノ 学 ニ ス ル 起 信 -ヲ 者 上 ヲ 。 以 ニ テ 阿 禦 耶 Fヲ 漫 ェ 為 -一 ス 阿 頼 耶 -ト @ 不 レ 応 -セ 道 理 一 エ ロ 阿 頼 耶 之 名 ハ 至 ヱ 第七地三有ニ リ 此ノ名二非レ λ 在 E一 ル ニ 八 地 上 -ニ 。 若 ν 爾 ラ ハ 起 信 中 ニ 論 九 テ 唯 タ 至 ニ テ 第 七 地 三 之 ノ 諸 法 上 ヲ ・ 非 レ

1

論 -A ル ニ第八地上之諸法 -ヲ 耶 。 既 ニ 云 ニ ヒ テ 心 ト ハ 謂 ハ ク 衆生心-ヲ 而 由 刷 工 尽 七 リ 因 位 ノ 諸 法 ヲ 。 故 = 知 ン 累 雑 染 阿 陀 那 ハ 名 ヱ ク 阿 繁耶

1

.

(

中略)由レ テ 是 レ ニ 起 信 ト 与 ニ ハ 唯 識 -亦 同 亦 異 ナ ー 聖 教 ノ 文 勢 各 各 施 設 シ テ 於 ニ ヒ テ 実 ノ 道 理 三 全 ク 無 ニ シ 相 違 1 2 日本大蔵経﹄六回、三三五頁下三三六頁上) として、真如とは生死・浬撲の依り所となるものであり、 悟る対象であって、真如を諸法の所依としながらも、諸 法には影響を与えないとする。さらに﹃成唯識論﹄巻こ で は 、 飽谷大学 諸 ノ 種 子 ト ハ 者。謂 タ 異熟識所持 ノ 一切有漏法 ノ 種 ナ リ 。 此 ノ 識 ノ 性 ニ 摂 メ ラ ル ル ヵ 故 ニ 是 レ 所 縁 ナ リ 。 無 漏 法 ノ 種 ハ ・ 錐 ヘ 依 -一 附 ス ト 此 ノ 識

-

z

-而 モ 非 ニ サ ル ヵ 此 ノ 性 ニ 摂

-1

1

ニ 故 ニ 非 ニ ス 所 縁 -一 言 雄 レ モ 非= ス ト 所 縁 一 ニ 而 モ 不 =相餓ユ。如 二 ク 真 如性ウ不 レ ニ セ 唯 識 一 ニ 。 ( ﹃ 大 正 新 術 大 蔵 経 ﹄ 一 三 、 十 一 頁 上 ) として、輪廻の主体としての阿頼耶識は有漏種子のみか らできており、無漏種子はこれに依附しているのみであ る、とする。阿頼耶識に無漏種子が含まれると考えれば、 阿頼耶識も﹁真妄和合﹂になるわけであるが、しかしそ の﹁真﹂は無漏の種子であって、直ちに真如ではない。 したがって唯識説が、本識の無漏種子の存在を認めるに しても﹃起信論﹄の﹁真妄和合議﹂とは異なっている・ さて、基弁はまず第八識の基本的性格について﹁乗教 同異門第四﹂の二門の中で次のように述べている ・ すなわち﹃起信論﹄における心真如・心生滅和合の阿 梨耶識はV阿陀那識という名称で呼ばれる第八識と相応 している・なぜなら、阿頼耶識という名称は、行位では 第七地までの名であり 、 異熟識という名は、仏果では用 いられない名だからである。これに対し阿陀那という名 称は、一切の位に通じて用いられるので、清浄である仏 果でも使われる名称となる、という。

2

2

[図表一乙第八議の異名

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=晋薩の階位 一

2

或 ハ 為 z y 胸 中 、 色 物 之 執 一

Z

或 ハ 以 三 テ 心 念 -ヲ 而混

-

-

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J 兵心 -Z ( ﹃ 日 本 大 蔵 経 ﹄ 六回、三三八頁下'三三九頁上)

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〈共同研究〉答弁

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大景一切法相玄諭』における心識説(野呂) r-r-下一寸 十 十 十 十 地 図 行 住 │ 向 第 第 第 第 第 第 第 第 第 初 十 九 八 七 六 五 四 三 二 地 地 地 地 地 地 地 地 地 地 阿 雑 梨 一 一 染

野一一位

同 阿 陀 那 と ま で 述 べ て 、 大 八 識 の 名 称 は ﹁ 阿 陀 那 ﹂ に 限 ら れ る こ と を 強 調 し て お り 、 心 真 如 門 を 差 別 の な い 清 浄 な 立 場 で あ る と 捉 え 、 心 生 滅 門 は 差 別 の あ る 雑 染 な 立 場 で あ る と 捉えて、このこ門が和合したのが阿梨耶識であるとする・ そ の こ と か ら 、 清 浄 な 仏 果 に 通 じ る 阿 陀 那 識 は 、 因 位 で あ る 雑 染 位 で は 阿 梨 耶 識 と 同 じ で あ る と す る の で あ る . そ も そ も ﹃ 起 信 論 ﹄ の 阿 梨 耶 識 は 、 真 如 ( 無 為 法 ) と 現 象 ( 有 為 法 ) の 影 響 関 係 を 伴 う 識 で あ る ・ こ れ に 対 し 法 相 教 義 の 第 八 識 は 、 真 如 ( 無 為 法 ) と 現 象 ( 有 為 法 ) の 影 響 関 係 を 認 め な い 。 し か し 基 弁 は 、 第 八 識 が 仏 果 に 通 じ る か 否 か と い う 問 題 に 置 き 換 え て 論 を 展 開 し て い る こ と に な る だ ろ う

2

以 上 の よ う に 、 法 相 宗 で 説 く 第 八 識 は 、 ﹃ 起 信 論 ﹄ で 説 く 阿 梨 耶 識 と 同 一 で あ り 、 ま た 仏 果 に 通 じ る 識 で あ る ことが示されるのである. I 仏 果 ‘ ー そ も そ も 法 相 教 義 で は 、 第 八 識 心 、 阿 陀 那 、 所 知 依 、 種 子 識 、 阿 頼 耶 、 異 執 ⋮ 識 、 無 垢 識 の 七 種 の 異 名 を 挙 げ て い る が ? こ の う ち 、 種 子 と 色 根 を 統 一 保 持 す る と い う 意 味 を 持 ち 、 一 切 の 位 で そ の 名 称 が 使 わ れ る も の が ﹁ 阿 陀 那﹂に相当する。基弁は第八識について、 従 来 ノ 学者、砂ク見エル其 ノ 真-ヲ 。 良 ク 由 下 テ 各 方 ノ 守 一 一 リ 俗 習 -ヲ 而 シ テ 牽 レ 移 文 ヲ 膚 受 y テ 而 不 レ ル エ 能 レ ハ 至 レ ル コ ト 実 よ ェ 所 以 -不 レ 近 ヱ ス ヵ 慈 尊 之 意 -或 ハ 執

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頼 耶 -ヲ 而 不 レ 知 -V 阿陀那

-(

2

}

真 如 に お け る 黛 習 の 有 無 次 に 取 り 上 げ ら れ る の が 真 如 へ の 窯 習 、 如内黛﹂の是非をめぐる問題である・ そもそも真如随縁を説く﹃起信論﹄では、﹁真如浄法ハ 実 エ ハ 無

- - Z

於 染 -. 但 タ 以 ニ テ 笹 川 明 -ヲ 荷 黛 習 ス ル ヵ 故 ェ 則 テ 有 ニ リ 染 相 三 無 明 染 法 ハ 実 エ ハ 無ニ:浄業-。但タ以-写真如-ヲ 而 窯 習 ス ル ヵ 故 ニ 則 テ 有 -一 リ 浄 用 -・ ﹂ ( ﹃ 大 正 新 術 大 蔵 経 ﹄ = 一 一 一 ・ 五 七 八 頁 上 ) いわゆる 真

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13号2007年3月 と し て 、 英 知 は 自 ら 妄 法 に 黛 習 し 、 同 時 に ま た 妄 法 の 黛 習 を 受 け る こ と を 認 め て い る ・ こ れ に 対 し 法 相 宗では、 ﹃ 成 唯 議 論 ﹄ 巻 二 に 窯 習 を 受 け る 処 ( 所 無 処 ) と し て 具 え る べ き 性 質 に つ い て 四 義 を 挙 げ る 中 、 ﹁第三可 黛 性 ﹂ において、 エ セ ハ 無 為 ノ 義 -ニ 旧 種 円 成 y ・能所--亡

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所 以 ニ 遮 三 ス 無 為 ハ 非 -一 ス ト 所 爾 町 二 ・ 此 ハ 是 レ 約 三 シ テ 非 即 門 -一 -而 説 ク

11

若 シ 約 ニ サ ハ 非 離 門 三 則 チ 如 幻 虚 疏 J 能 所 ノ 黒 相 ハ 全 体 真 如 ナ ー 就 - 1 テ 此 ノ 義 辺 -起 信 等 ノ 論 ェ 説 一 エ ク 染 法 黛 ニ ス ト 真 如

-Z

如 実 ノ 義 ハ 則 チ 彼 ノ 論 ェ 設 一 一 一 タ 染浄窯二 九 ト 心 体

V

.

以 ニ テ 如 来浄識旧種一ヲ名ケテ為 ニ ス 心 体 一 ト ・ 以 ニ テ ノ 法爾二本黛

-

2

ヲ 故 ェ 亦 タ 名 ニ タ 真 如 内 窯

1

・如下 シ ﹃ 深 密経﹄説ニキ四智 ノ 品 -ヲ 為 。 ス ヵ 円 成 実上ト・能所薫ノ義 ハ 於 下 テ 新 黛 長 ニ ス ル ノ 本 窯 -ヲ 義辺よニ施設安立ス・故ニ護法宗ハ建ニ 立 シ テ 新 旧 合 成 之 義 -ヲ 云 ニ フ 新 長 - レ ユ ト 旧 ヲ . 此 ハ 即 テ 染 浄 窯 エ ス ル 心 体 ヲ 也 . 亦 タ 名 三 タ 染 浄 黛 ニ ス ト 真 如-ヲ ・ { ﹃ 日本大蔵経﹄六回 、 三四五頁上) 悌教学研究室年報第 三 ニ ハ 可 窯 性 。 若 y 法 ノ 自在ニ ν テ . 性 非 ニ ス ν テ 堅 密 三 能 ク 受 - 一 ク 習 気 -ヲ ・ 乃 チ 是 レ 所 前

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此 ハ 遮 宮 三 - 1 子 ス ♂ 、 心 心 所 ト 及 ヒ 無 為 法 ト ハ 依 レ テ 他 ニ 堅 密 ナ ル カ 故 ﹃ ニ - 非 -- 1 ス ト 所 黛 - 三 - = - Z . ( 2 ﹃ 大 正 新 術 大 蔵 経 h 二 . 九頁下) 飽谷大学 と し 、 有 為 ・ 堅 密 の 性 質 を 有 す る も の は 所 窯 処 た り え な い と し て い る か ら 、 常 住不変の鉱山為法である 真 知 への黛 習 は こ こ に 明 確 に 否 定 さ れ て い る の で あ る . さ て 、 こ の よ う な 真 如 内 無 の 問 題 は 、 法 相 宗 の 第 八 識 と ﹃ 起 信 論 ﹄ の 阿 梨 耶 識 と の 不 相 違 を 証 明 し よ う と 試 み る 基 弁 に お い て は 、 ﹃ 成 唯 議 論 ﹄ に ﹁ 可 窯 性 の 義 ﹂ が 明 文 化 さ れ て い る 以 上 、 最 も 困 難 で あ り 、 解 決 す べ き 問 題 の 一つであ っ た と 考 え ら れ る ・ そ こ で 、 基 弁 は こ の 点 に つ い て ﹁ 能 所 窯 相 門 第 六 ﹂ で は 次 の よ う 会 通 を 行 っ て い ' G . す な わ ち 、 ま ず ﹃ 成 唯 識 論 ﹄ と ﹃ 起 信 論 ﹄ と の 相 違 を ﹁非即門﹂・﹁非離門﹂それぞれに配当し、﹁非即門﹂す な わ ち ﹃ 成 唯 識 論 ﹄ の 立 場 で は 、 無 為 法 は 所 熊 処 と は な らず、一方、﹁非離門﹂すなわち﹃起信論﹄の立場では、 染 法 は 真 如 を 窯 習 す る こ と が あ る 、 と い う 。 そ し て ﹁ 如 実の義﹂ と し て 、 ﹃ 起 信 論 ﹄ の﹁染・浄、心体を雷雨ず﹂ と い う 文 を 引 用 し 、 こ こ で い う ﹁ 心 体 ﹂ と は 、 如 来 の 浄 識 に あ る 本 来 的 な 種 子 を ﹁ 心 体 ﹂ と い う の で あ り 、 そ の 浄 識 に あ る 種 子 は 、 本 来 的 に 黛 習 さ れ て い る ( 法 爾 本 蕪 ) の で 、 衆 生 の 内 な る 真 如 が 無 明 に 黒 ず る と い う の で あ る . 24 問

1

若 y 如 レ ヰ ナ ラ ハ 是 ノ 則 テ 何 ノ 故 ニ 所 雷 同 ノ 四 義 ノ 中 立 ニ テ 可 黛 性 ノ 義

V

.

遮三スャ無為堅密 J 法 非 ニ ス ト 所票二部"・答 7 ・対 ニ ス ル ヲ 能 窯 -一 -以 テ 立 ニ テ ル カ 所 黛 -ヲ 故 -若 ν 無 ニ ヶ レ ハ 所 黛 -亦 タ 無 ニ シ 能 雷 同 二 約 九 ル ヲ 如 幻 虚 疏 ノ 義 -ニ 以 テ 遮 = 堅 密

-Z

約 [図表三]﹃成唯議論﹄と﹃起信論﹄の心識説の関係 寸 約非即門﹃成唯識論﹄{無為法への黛習なし)←如来浄識旧種

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25 ﹁約非難門﹃起信論﹄(無為法への無習あり) ← 真 如 そ も そ も ﹃ 成 唯 識 論 ﹄ と ﹃ 起 信 論 ﹄ と の 相 違 は 、 諸 法 と 真 如 と が 影 響 関 係 に あ る か 否 か と いう点にある・基弁は、 ﹃ 起 信 論 ﹄ に お け る ﹁ 真 如 ﹂ を 、 ﹁ 知 来 浄 識 の 旧 種 ﹂ に 置き換えることで、﹁可窯性﹂の義に違背しないままに、 如来浄識の旧種がもとより窯習されていることを示して、 法相教義としての真如内蕪を説明しているのである・ 基 弁 は さ ら に 第 八 識 の 三 種 の 異 名 ( 三 位 ) の 問 題 を 再 び 取 り 上 げ て 傍 証 と し て い る . すなわち、﹁真如内雷同﹂が阿陀那識にある本有種子を 示 し て い る の に 、 ど う し て ﹃ 成 唯 識 論 ﹄ な ど で ﹁ 頼 耶 を 黒 ず ﹂ ﹁ 異 熟 識 を 黛 ず ﹂ と 説 く の か と の 聞 い に 対 し 、 第 八 識 に 窯 習 す る と い う の は 、 阿 陀 那 識 に 黛 習 す る と い う 義 で あ る と ﹃ 成 唯 議 論 ﹄ を 引 用 し 、 再 び ﹁故に(非即門 と非隊門とは)全く相違なし﹂と強制している・これは、 基 弁 自 身 の 説 が 根 本 論 番 で あ る ﹃ 成 唯 識 論 ﹄ に も 矛 盾 し ないことをあらためて示しているといえるだろう・ 〈共同研究〉墓弁探『大景一切法相玄鎗』における心誠説(野呂) 問フ@若壬一百九ハ真如内黛示 -y 阿 陀 那 ノ 旧 種 -ヲ 又 タ 於 一 エ ピ テ 新長 - F ニ 旧 種 -ニ 立 与 ル ト 能 所 黛 ノ 義 主 ヲ ・ 何 ノ 放 -成唯識等 ノ 由 L -説 レ キ 重 市 三 ス ト 頼 耶 -ヲ 。 或 ヒ ハ 説 三 ク ャ 薫 エ ス ト 異 熟 識 -ヲ 耶 。 答 : 頼 耶 ・ 異 軌 ⋮ ・ 阿 陀 那 ノ 三 位 差 別 ハ ・其ノ本全 タ 一 ナ リ 。 自 ニ リ 異生-乃 ν 至 ヱ ル マ デ 第 七 地 - ・ 我 愛 蔵 勝 ナ ル カ 故 ェ 名 ニ ヶ テ 頼 耶 -: 而 異 熟 ・ 阿 陀 那 ノ 名 ハ 全ク不ニ相ヒ捨隊、.此 ノ 位 J 黛習ハ説 レ タ 意 ニ ス ト 頼 耶

7

・ 文 タ 異 生 ヨ リ 乃 シ 至 こ ル マ テ ハ 金 剛心 -z ・善悪業果識現ルルヵ故ュ名ニヶテ異熟識

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而阿陀 那 ノ 名 ハ 全 タ 不 レ 雌

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此 ノ 位 ノ 薫 習 ハ 説 レ タ 黛 ニ ス ト 異 熟 識 一 ヲ @ 文 タ 若 v 説 レ カ ハ 黛

--

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本 識

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λ 存 ち 黛

- 1

7

阿陀那ヲ義 主 ヲ ・ 成 唯識ニ説

3

・ 根 本 識 者 ト ハ a 阿 陀 那 識

1

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染・浄 ノ 諸 議 ノ 生 ス ル 栂 本

1

7

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此 レ ハ 是レ法爾 ノ 旧 種

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・凡 ・聖無差ノ談相ニ ン テ 。 染 ・ 浄 新 黛 ハ 長 ニ ス ノ 本 種 一 ヲ 義 名 九 票 ニ ? 本識-ヲ 。 亦 タ 名 レ ク 黛

- - f

阿 陀 那 識

- z

故 ニ 全 タ 無= シ 相違二(﹃日本大蔵経﹄六四‘三四五頁下) 四 ﹃ 法 相 玄 論 ﹄ の 撰 述 意 図 基 弁 は な ぜ ﹃ 起 信 論 ﹄ の 真 如 説 と 法 相 教 義 と の 同 一 性 を 主 張 し な け れ ば な ら な か っ た の で あ ろ う か 。 次 に こ の 点 を 基 弁 と 他 宗 派 の 唯 識 学 と の 関 係 に 注 目 し て 検 討 し た ' ν 結 線 令 聞 氏 は 江 戸 時 代 に お け る 唯 識 教 学 の 展 開 に つ い て、四期に分類している

2

以下に図示しよう。 [図表四]江戸時代の唯援学 第 第 第 期 期 期 時 期 7c ¥ E L

文 享 七 享 ーハ 以前 和 三 保 八 年 五 年 八 問 } 間 } 普 寂 湛 高 鳳怠 範 湾 証 翁間 秀 ( (ー(

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人 1」、六ム、ノ 物 七 六 六 O 七 五 五 七 一 五

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13号2007年3月 一1 一 八 O 三 一 文化・慶応年間 [ 3 一 八 六 七 ] 戒 定 二 七 五 0 3 一 八

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五 、 真 言 宗 一 一 海応二七七一 1 一 八 三 三 、 真 言 宗 ) 快麟(ワ 1 一 八 二 四 、 浄 土 宗 ) ハ 子 路 一

錐 レ ト 毛 無 レ キ ト 闘 レ ク コ ト 之 レ 、 薬 蘇 何 ソ 得 レ ン 蔽 ヲ コ ト ヲ 駕 。 今 夫 レ 世 之 他 家 ノ 講 学 、 其 レ 為 ニ ス ハ 薬 腕 -卜 者 不 レ 可 こ 勝道

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設 シ 令 下 毎 三 示 ヱ ス 正 路 ヲ 学 者 ヲ シ テ 高 ク 履 中 マ シ ム レ ハ 中 道 . 則 チ 其 レ 為 -ス 葉 線 -卜 者 、 欲 レ ス ル 無 エ キ ヲ 枯 死 ヲ 得 -ル コ 耶 . ( ﹃ 日 本 大 蔵 経 ﹄ 六 回 、 三 二 四 頁 上 ) 第 四 期 悌教学研究室年報第 結 城 氏 は 、 第 二 期 を 南 都 を 中 心 と し た 唯 識 教 学 が 展 開 し た 時 期 で あ り 、 第 二 期 以 降 、 す な わ ち 元 禄 年 間 以 降 の 唯 識 教 学 は 、 諸 宗 派 に よ る 教 学 が 興 隆 し た 時 期 と 位 置 づ け て い る ・ ま た 、 第 三 期 の 学 風 に つ い て 、 主 に 華 厳 教 学 の 立 場 か ら の ﹁ 思 想 批 判 ﹂ の 傾 向 を 有 す る ﹁ 批 判 的 自 由 討 究 の 学 風 ﹂ で あ っ た と し 、 こ れ ら の 他 宗 に よ る 教 学 が 興 隆 す る 一 方 、 薬 師 寺 な ど を 中 心 と す る ﹁ 純 南 都 系 の 唯 識 ﹂ は 零 落 し た 情 況 で あ っ た と 指 摘 し て い る 。 こ の う ち 基弁は第二期より第三期に該当するから、滋患や普寂・ 戒 定 と ほ ぼ 同 時 期 と い っ て よ く 、 安 永 元 二 七 七 三 年 に 著された﹃五種姓玄論驚珠光﹄では、師であった無染一房 一 妙適の没後、﹁(師乃化率。時年十八也.)既失師後、身 比雲水心住求法・機内知法之匠﹂勺と述べていることから も 、 初 期 の 段 階 か ら こ う し た 学 風 に 触 れ て い た と い え よ

基 弁 が ﹃ 法 相 玄 論 ﹄ の 撲 述 に 際 し 、 他 宗 派 の 唯 識 学 を 意識していたことは、明和二年に付された自序に、 とあることより明らかである。 ここで批判の対象とされる﹁他家の講学﹂が如何なる 教学系統を指すかという点について注目されるのが、基 弁晩年の著述である﹃獅子肌紗﹄における次の記述であ る . 飽谷大学 又 タ 我 朝 ノ 近 代 -有 -1 信 倍 ト イ フ 者 三 浄 業 之 徒 エ シ テ 自 ぅ 称 レ y テ 解 ニ 得 ス ト 唯 識 一 ヲ 、 講 ニ ス ル コ ト 三 十 論 疏 -ヲ 数 度

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予 志 レ ス 学ヲ之後、侍エリテ彼ノ講席三、退顧純テ慨九其レ講 z シ テ 唯 識 -ヲ 而 非 ル コ b ヲ 唯 識 上 z e 雄 官 三 口 ニ 説

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大 乗 ノ 法 相 -ヲ 、 不 レ 議 、 以 -一 テ 離言 ノ 説ヲ為。

2

大乗教ヘ 、 自 ラ 堕 一 一 ス 小乗-一 一 ・ 講 者 既 ニ 爾

1

聴 者 悉 タ 至 レ ル ナ リ 不 レ ル ニ 弁 ニ ゼ 大 小 乗 之 萩 麦ヲ。今也 、 他家ノ講尊被エリテ害信培之毒

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至 レ ル 誘 エ ル -大 乗 -ヲ 者 甚 タ 多 失 。 予 、 粛 然 ト シ テ 慨 = 嵯 ス ル コ ト 子 是 -レ ヲ 年久

11

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如 -3 法相玄論之初 ノ 弁訴-ノ 駕 ・ 如 レ キ 是 ク ノ 信 倍 ト イ フ 者 、 遂 ヒ ニ 作 ニ ス ナ リ 唯識疏集成編-ヲ ・ ( ﹃ 大 正 大 蔵 経﹄七て五四三頁上) 26 余少時ニ聴

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唯 識 疏 ヲ 講 ニ ス ル ヲ 平 安 三 、 私 心

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-曙九之

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-Z ( 中略)古人ニ有レ リ 言 。 葦 ν 萎 練 之 厳 塞 ハ 、 職 ョ リ 由 -- U 人 之 希 レ ニ 行 エ ス ル ェ 斯 ノ 路 -ヲ 也 . 若 y 使 z 人 ヲ

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賂 z 駅 セ y ム レ た と す 称 な し わ て ち E司 成 近

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子守 つ日

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い 乞 た 還 が 解 、し

(9)

27 ロ で は 大 乗 の 法 相 を 説 い て は い る も の の 、 実 際 に は 言 説 を 総 れ た 立 場 が 大 乗 教 で あ る こ と を 知 ら ず 、 自 ら 小 乗 教 に 堕 落 し て し ま っ て い る 。 そ れ だ け で な く 、 他 家 の 講 学 者は﹁信培﹂の影響を受けていることから、﹁法相大乗﹂ の 教 え を 誹 誘 す る 者 が 甚 だ 多 い 。 そ こ で こ の 点 を 批 判 す る こ と が ﹃ 法 相 玄 論 ﹄ の 撰 述 意 図 で あ っ た 、 と い う の で あ る 。 この﹁信培﹂とは、浄土宗鎮西派の学僧、信培湛暗唱を 指 す と 考 え ら れ る ・ 湛 患 は 数 多 く の 論 説 活 動 を 行 っ て い る が 、 享 保 一八年の ﹃成唯識論述記﹄の講義には六

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余 人 が 参 集 し た と さ れ て お り で ﹃ 成 唯 議 論 述 記 集 成 編 ﹄ 四 十 六 巻 を 著 し て い る こ と か ら 、 近 世 中 期 を 代 表 す る 唯 識 学 者 で あ っ た と い え よ う . ﹃ 長 時 院 律 法 開 祖 滋 懇 和 上 行 状 ﹄ に よ れ ば 、 湛 慧 は 享 保 十 六 年 か ら 元 文 二 年 に か け て 、 た び た び 講 径 を 開 い て い る が

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この時期は基弁が商 都 に 遊 学 し て い た 時 期 に 相 当 す る

7

し た が っ て 、 基 弁 は 直後、湛慧の講径に緩していたとみてよいであろう。 と こ ろ で 湛 慾 の 教 学 的 立 場 は 、 ﹁ 若 y 准 ヱ ス レ ハ 玄 奨 ・ 慈 恩 ノ ニ祖三、則テ学者之有智愚賢不肖、唯タ由-一ルノミ於ニヒテ近遠-ニ 此 ノ 唯議論三而己﹂勺とするように、あくまで基の解釈に 則 っ た 法 相 解 釈 に 中 心 が あ っ た と 考 え ら れ る . し た が っ て、﹁若 シ 従ニテ華厳・天台宗 -z 而判、ハ之レ

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則子法相慈恩 等 J 釈 ノ 所立、甚タ浅近也﹂とされるのであって、華厳・天 台などのご乗家﹂によれば﹁慈恩等ノ疏唯三百=フ ノ ミ 此 是 心法・此是心所法・此是色法・此是不相応法等︿皆目定レ 五確・十二処・十八界等ノ法相ヲ也・他 ノ 頓円宗駿ニ貸 手 之 レ ヲ ¥ 言 レ フ ナ リ 似 レ タ リ ト 選 ニ ヲ Z 里 町 豆 -ヲ ﹂ ると理解しているのである

2

こ の よ う な 湛 慧 の 見 解 に 対 し て は 、 実 際 に 基 弁 は ﹃ 法 相 玄 論 ﹄ ﹁ 本 論 玄 義 門 第 二 ﹂ に お い て 、 次 の よ う に 批 判 している. と し て 批 判 の 対 象 と な 今之世ノ学ニフ唯識一ヲ者、名相所レ拘、一読此論逐相数 名。未三始問一-中道ノ真理ノ如何-ヲ・所領非即非離、心 言倶絶等依詮以談玄・文頑、然為--長物二則雄三少談 -一 甘 問 義 -亦 既 隔 レ 靴 。 読 -唯 識 -不 = 痛 快 -。 ( ﹃ 日 本 大 蔵 経 ﹄ 六 四 、 三 二 九 頁 上 ) 〈共同研究〉基弁探『大衆一切法相玄論』における心機鋭(野呂) 方今ノ末学膚受 y テ 不 レ 得 ニ 菓 ﹃ 本 -ヲ 、 徒 ス 2 -謂 ヒ テ 萄 ク モ 為 レ 侍

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1

名 相 -ヲ 、 乃 テ 唯 識 之 学 モ 亦 タ 自 ラ 可 レ y 得 駕 ・ 唯 タ 事 こ ト y 皇女立-ヲ簡髪数米、必将紛然.不レ免 z サ レ ハ 反 リ テ 為 ニ ス ヲ 計執

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則 チ 非 三 徒 ラ ニ 亡 -九 大 乗 益 一 ヲ 、 為 レ ス コ ト モ 害 ヲ 亦 タ 甚

11

規 エ テ 斯 ノ 玄 論

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解 ニ サ ハ 八 議 差 別 ノ 相 -ヲ 、 則 チ 自 ラ 得ニルナリ中道唯識ノ真理ヲ。二日本大蔵経﹄六回、三二八 頁 ) こ こ で 基 弁 は 、 細 か な ﹁ 名 相 ﹂ に と ら わ れ る こ と で い ま だ 中 道 の 真 理 で あ る ﹁ 非 即 非 離 ﹂ ﹁ 心 言 倶 絶 ﹂ と い っ た 玄 談 を 問 題 と せ ず 、 た だ ﹁ 安 立 教 相 ﹂ の み に 注 目 し て いる唯識学者の態度を問題とする・ ま た ﹃ 法 相 玄 論 ﹄ ﹁ 建 立 相 門 第 ご 基範の説を紹介しており、 に は 、 次 の よ う に

(10)

13号2007年3月 の心識説、 及 び 本 書 の 撰 述 意 図 に 一 日 僧 都 調 ニ ヒ テ 基弁二日夕、吾間三ェ不 ν 議 ニ ラ サ ル 大 乗 J 法 相 ノ 心玄-ヲ 者之言上ヲ、日夕法相 ノ 教門隔ニ解 シ 於法性二、 誘九出回ヲ於妄言三、但タ是レ順 -Y テ 迷 情 -混 -y 小 乗 三 、 一向定別、一向偏有ナリ:是レ読 - - 5 7 大 乗 一 ヲ 全 然 不 レ 知 エ ラ ヲ ル 大 乗 -ヲ 之 者 、 致 ニ ス 此 ノ 歯 葬 一 ヲ ・ 終 ヒ ニ 当 ニ ル 伝 通 之 弾 町 三 。 目 定 レ 不 レ 得 -一 正 伝 ヲ 之 弊 ナ リ @ ( ﹃ 日 本 大 蔵 経 ﹄ 六 回 . 三 二 六頁下) 以 上 、 ﹃ 法相玄論﹄ ついて検討を行った. 基弁の著述態度は 、 三乗教と一乗教とのどちらか一方 の優位を強調することなく、三乗教の法相安立の教学は、 何等如来蔵思想や一乗教の立場と相違するものではない と主張する.しかしながら、護法や基の義に違背しない ことに最大限配慮しているものの、心議説においては結 果的に第八識を阿梨耶識の性質に近づける解釈をとるこ ととなっている・ こうした基弁の主張には、 他 宗派による唯識教学、な かでも湛懲の理解に対応したものであったことが街摘で きる.上述のように、そもそも基弁には﹁法相宗血脈﹂ を製作するなど護教的側面が強く看取されるのであって、 他宗の僧侶による従来の法相教学理解については、批判 的たらざるを得なかったと考えられる・湛憲に対しては、 後期の ﹃ 獅子呪紗 ﹄ においても教判論に関してなど激烈 な批判を展開していることから‘基弁の生涯における一 貫した問題意識であったといってよく、すでに本書の段 階で基弁教学の基本的な枠組みは成立していたといえる だ ろ う ・ し か し な が ら 、 本 筈 に お け る 基 弁 の 論 証 は 充 分 に成功してい 切 るとは言い難いように恩われる・なかでも 本有無漏種子の有無については直接的な言及を避けたま ま、第八識と阿梨耶識の関係を論じており、充分に種姓 論などに踏み込んでいない点が挙げられる?こうした点 は、後の﹃ 五 種姓玄論﹄﹃獅 子 肌 紗 ﹄ な ど で よ り 詳 細 に 論証されてくるのであって、この点が基弁中後期の思想 {部教学研究室年報第 基 弁 に お い て は 、 法 相 宗 に 説 か れ る ﹁ 法 相 ﹂ と は 必 ず し も ﹁ 法 性 ﹂ と 隔 絶 し た も の で は な い こ と を あ ら た め て 証明する必要があったといえよう。 以上のように、基弁の 他 家 譜 学 批 判 は 、 江 戸 時 代 中 期 の 他 宗 派 に よ る 唯 識 学 理 解 が 、 ﹁ 法 相 ﹂ の 側 面 の み に 固 執 し て 統 合 的 な ﹁ 其 勝 義 ﹂ の 立 場 に 基 づ か な い と い う 点 にあり ‘ 具 体 的 に は 基 弁 自 身 が 初 期 の 段 階 か ら そ の 議 箆 に 触 れ て い た 湛 慾 の 教 学 に 対 す る 批 判 が 中 心 的 課 題 で あ っ た と 考 え ら れ る . 基 弁 は 、 自 ら を 末 尾 に 記 し た ﹁ 法 相 宗 血 脈 図 ﹂ を 作 成 す る な ど 、 唯 識 学 の 法 統 の 正 当 性 を 主 張 し て お り ? 従 来 の 法 相 解 釈 を 行 う 湛 患 に 対 し て は 、 基 弁 自 身 に よ る ﹁ 自 宗 の 見 解 ﹂ を 明 示 し な け れ ば な ら な か っ た と い え よ う . こ こ に 、 ﹃ 法 相 玄 論 ﹄ に お け る 心 識 説 成立の背景をみることができると思われる・ 偲谷大学 五 結 論 28

(11)

2

9

的課題となったと思われる. 集﹄四二四、一九八四).本稿では、山崎氏の研究を参照しつつも、 とくに氏が触れられなかった下巻部分⑤八識燕相門⑥能所煎相門 ⑦新 旧種相門の三門に注目し、若干の検討を行なうものである. M U ﹃日本大蔵経﹄六四 .三 二五頁下 η 是 J 故 -証 教 二 J 唯識相.全体無二而亦

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相.本来歴然

1

・ 固 定 レ 即テ雌言中道

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・ 2 日本大蔵経﹄六回、三二六頁上) 句なお、この安立・非安立締の構造は、既に指摘されてきたよう に、貞慶・良還の三性・三無性門において一乗 ・ 三 乗の不即不離 を説く教学を継承していると考えられる.すなわち貞慶の﹃法相 宗初心路要続編﹄巻 下では、三性・三無性をニ門に分けて‘三性 を有門に配して表彰法門と呼ぴ.三無性を空門に配して遮止法門 と称して、これに事と理、五姓と一乗とを対応させて、このこ門 が﹃不即不離﹂であるとする(﹃大日本仏教会審﹄八

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、三

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二頁 上

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句法蔵は﹃大乗起信論議記﹄巻下においての中で、﹃此の験は即ち 是れ真妄和合なり﹂{﹃大正大蔵経﹄四四・ニ七五頁上)と述べて い る . n υ 円この基弁の引用については、﹃起信論﹄(﹃大正大蔵経﹄三二・五 七六頁上 i 中)に同様の内容が述べられている. 円第八識の異名については﹃成唯議論 ﹄巻三 に﹃然第 八識錐賭有 情皆悉成就.市随義別立種種名.調或名心.由種種法黛習種子所 積集故・或名阿陀那・執持種子及諸色根令不塩故・或名所知依・ 能興問用品押所知諸法為依止故・或名種子様・能適任持世出世間緒種 子故・此等緒名通一切位・或名阿頼耶・福蔵一切錐染品法令不失 故 ・ 我見愛等執蔵以為自内我故・此名唯在異生有畢・非無皐位不 [ ニ O O 五 年 一 月三 O 日脱稿 ︼ [ 付 記 ] 本稿はニ

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四年度の能谷大学大学院仏教学演習において‘浅田 正博教綬の御指導のもと、宮武大悟氏・前回文氏・藤原久世氏(以 上、当時修士課程)・久保田千織氏・大谷由香氏(以上、当時樽土 課程)と筆者との計六 名で行った共同研究﹁大同房基弁の研究﹂ の成果の一部である.本稿の発表にあたって‘ この場を借り、浅 田先生及び共同研究者に感謝の意を表したい. く共同研究〉基弁燦『大桑一切,去相玄給』における心議説{野呂) 円近世における唯識教学については結械令聞﹁江戸時代に於ける 諸宗の唯識講学とその学風﹂{ ﹃日本仏教の歴史と理念 ﹄一九四 0 ・ニ.後、﹃結械令聞著作集二﹄所収.春秩社 、 一九九九 )参照 勺このうち‘特に普寂の法相批判については太田久紀﹃日本唯識 研究

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普寂の法相教義批判│﹄(﹃印度学仏教学研究﹄三十 ・て 一九八二、西村玲﹃可知と不可知の隆路﹂(﹃南都仏教﹄八二 、 二 O O ニ)参照. 勺基弁の著作に関しては橋本凝胤﹁薬師寺基弁大徳の事績及び其 の著書﹂(﹃仏教学雑誌 ﹄ 一 五 、 -九 二

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)

に詳しい. 吋山崎慶輝﹁近世の唯識教学│基排の﹃大乗五種姓玄論﹄を中心 として

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﹄(﹃飽谷大学論集﹄三九八、一九七ニ)参照. 吋本書については既に山崎慶輝氏によってよ巻に対する詳細な続 解研究がなされており、基弁初期における思想の全体像が纏めら れている(山崎慶輝﹃基緋撲﹃大乗一切法相玄論﹄﹂﹃縫谷大学論

(12)

13号2007年3月 退 菩 薩 有 錐 染 法 執 躍 義 故 . 或 名 異 熟 識 . 能 引 生 死 善 不 善 業 異 熟 果 故 . 此 名 唯 在 異 生 二 乗 諸 菩 薩 位 . 非 如 来 地 猶 有 異熱無妃法故 .或 名 無 垢 議 . 最 短 清 津 諸 無 漏 法 所 依 止 故 此 名 唯 在 如 来 地 有 . 菩 薩 二 乗及異生位持有漏種可受煎習.来得善調印第八識故 如契綬脱﹂( ﹃ 大 正大蔵経﹄=二‘二ニ頁下)とあるのを参照. 山この阿陀那識について﹃八識衆相門第五﹄ではさらに、 m u 結成令聞﹁江戸時代に於ける諸宗の唯議誠学とその学風﹂(﹃日 本仏教の歴史と理念﹄一九四

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、 後 ﹃ 華 厳 思 怨 結 場 令 聞 著 作 選 集 一 一 ﹄所収、一九九九、四一八頁) 叩 け ﹃ 怨珠光﹄五丁左、﹁大同房基弁の伝記とその教学﹂﹃仏教 学研 究﹄三六、一九八

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、五頁 5 円 ﹃長時院律法開 祖滋慧和上行状﹄は﹁明年{享保一七年)壬子. 又腕=唯議論述記-聴者至六百余人﹂と伝えている(﹃浄土宗全容﹄ 一八、一八九頁 上 ) . 6 吋・而己(事保)十一年丙午、遊南都就 雲松帯電受観情沙弥措

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倶 舎論 ・ 唯 識輪二(﹃浄土宗全書﹄一八、一八八頁下) ・ 明年(事保一七年}壬子、又鱗=唯識論述配-聴者至六百余人. 撰集成篇四十五巻

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浄土宗全書﹄一八、一八九頁上) ・ 元文二年丁己洛之智山和之豊山錨侶 謀儲 師於因幡堂西坊 講唯議 論述犯.聴者 五百有余人

.

2

浄土宗金 書 ﹄ 一 八 、 一 八 九頁上)

円以下に 、基 弁の行状と湛慧の講説活動について列挙してみよう. ・享保十七(一七三二)年、湛慧、和泉明王院にて﹃述記﹄を講 述す.この時期﹃集成編﹄を撰述. 享保二 O ( 一七三五)年、基弁、南都に遊学するが(一八歳) ・天文二(一七三七)年、湛窓、京都智積院にて﹃述記﹄を講述. ・ 延 事 元 二 七 四 四 ) 年 、 湛 懲 没 す . ・ 宝暦四(一七五四)年、基弁、﹃法相玄論﹄撰述開始.宝暦十三 年頃まで改稿か. ・明和二二七六五)年、基弁‘﹃法相玄論﹄出版. 8 吋﹃大正大蔵経﹄六七.二頁下 向 ツ 円﹃大正大蔵経﹄六七、ニ頁上 悌教学研究室年報第 所 論 雄 ¥ 広

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可 -シ 略 主 而 雷 V 開 -J 二 位 於 真 臓 -, 総

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括 - V 三無 差之広説

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一 市 ニ レ 種 現 於 同 処 ヲ 普 ク 綜 = 2 一良法界之幽致

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-華厳帝網盛重之極政 ・ 法華三周知如之本懐・鴛峰無 相之宗・鶴林一味之趣 -J 凡 J 此 レ 等 J 教.衆典之肝心

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・ 一 , 以 テ 貫 ハ 之 レ ヲ 者其レ唯タ真実 J 識

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乎・﹃深密経﹄ェ説 f 阿陀那 識益,深細

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一切種子如= シ 暴流-J我レ於 -V 凡 愚 一 = 不 z開演、. 恐 ヱ ル ル ト 彼 , 分別 J 執為

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我ト・阿陀那識之相既 z 其 レ 如 レ シ 是 J 開 ヲ ハ 則 テ窮尽法界ヲ為勺 相 J A ロ セ ハ 則 予 三位三相 ヲ 為 レ ス 標 ょ 三位 之 内 容 一 - テ 凡 聖 一 ヲ 市 不 レ 乱 レ 法 界 之相同ヱ シ

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識三而混 融 ﹁ 是 レ ヲ 以 , 開 合 自 在 . 遣 ・ 存 無 磁

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・ 開 シ テ 而不凡多=・合 主 而不 レ ス 少 -F 遣 テ 而 笹 川 勺 減.存 シ テ 而 盤

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増.是レ為ヱス阿陀那議甚,深細 之棺一ト也.{﹃日本大蔵経﹄六四、三三九頁上) 飽谷大学 30 と し て ‘ 本 援 の 三 位 に 差 別 な く ‘ 種 子 と 現 行 が 同 一 時 処 お い て は た ら く と い う 本 裁 に は . 一 真 法 界 の す ぐ れ た 点 が お さ め ら れ て お り ・ 一 乗 側 の 教 理 と 同 傑 で あ る と い う ・ さ ら に ・ 経 鉦 と し て ﹃ 解 深 密 経 ﹄ を 用 い て 阿 陀 那 織 の 名 称 を 挙 げ て 、 自 説 が 法 相 宗 の 所 依 の 経 典 と も 相 違 し て い な い こ と を 示 し て お り 、 法 相 教 務 の 本 識 と は、阿陀那援であることを強翻している.

(13)

31 切大谷徹奨﹁薬師寺法相宗の血脈﹂(﹃薬師寺﹄所収・ 切 基 弁 は 無 漏 種 子 の 有 無 に 関 す る 問 題 に つ い て 、 ﹃ 法 相 玄 論 ﹄ で は 明 確 な 言 及 を 避 け て い る . し か し 、 無 漏 種 子 を 含 め る 一 切 種 子 が 第 八 識 に 収 め ら れ て い る こ と が 、 次 の よ う な 箇 所 に 間 接 的 に 主 張 されている. ① 問 フ 何 ノ 故ニ本裁之体 ハ 遍 タ 収 ニ メ 微 塵 J 民 ヒ 大 千 界 1 ・ 相 ハ 無

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鳩 減 - . 答 Z 本 識 ハ 以-一 テ 種 子 有 根 身 器 世 界 コ 為 -1 相 分 ¥ 也 . 四 分 合 成 ス ル ヲ 名

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裁 体 一 ト 故 -F 此 J 三 種 ノ 境 ハ 即 テ 本 識 J 体

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・(中略) {ア]収微塵者

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小 鹿 ハ 尽 -1 本 裁 ノ 全 1 ・ 所 以 者 ハ 何 J 此 レ 即 テ 本 識 J 相分エ シ テ 四分合成ス ル ヲ 名 -V 2 議 体 ¥ 故

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一小鹿 J 相 一 ヲ ・ 於 - V 此 レ 小 ナ ル 栂---本来一切三性 . 世 出 世 間 J 種 J 相円満成就ス . 種 現 ハ 同 処 -シ テ 不 レ 可

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・ 故 -一 塵 J 相 ハ 即 テ 尽 V -1 -切

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於 ヱ テ 内 塵 J 少 分 J 相 三 亦 復タ如¥是 J 但タ髄 -7 縁 助 一 一 一 見 エ ル ノ ミ 一相-ヲ耳・{中略) { イ ] 文 遺 大 千 界 者

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小 塵 一 -本 駿 J 全 V . 即 チ 亦 a , 湿

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・ (﹃日本大蔵 経 ﹄ 六 四、三四 O 頁上) 由 、 如 ¥ 是 ノ 種 現 同 時 , 義 - -一 ・ 審 -一 観 ス レ ハ 本 識 縁 起 相

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則 テ 且 ク 約 レ バ 顕 z現スルエ欲界人趣 J 果 体 -J ・ 於 -V 此 J 果 体 二 余 界 余 趣 ノ 種 子 ハ ・ 一 一 円 満 具 足

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此 レ 一 一 ノ 種子ト与 z

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一切諸法 ハ 至 = リ 微 塵 J 数 -一 -亦 復 タ 如 勺 是 J ( ﹃日本大蔵経﹄六回、三四 O 頁下) 一 九 九 O ) 是 ノ 色 界 J 自 体 ノ 中 - Z 亦 タ 有 一 - 欲 界 ・ 無 色 界 J 一切種子 一 ・ 無 色 界 ノ 自 体 ノ 中 エ モ 亦 タ 有 -一 リ ト欲・色界 J 一 切 種 子 二 是 r 故 一 - 一 一 ノ 自 体 J 中 ニ 皆 ナ 有 勺 一 切 J 自 体 種 子 二 ( ﹃ 日 本 大 蔵 経 ﹄ 六 回 、 三四 O 頁下) ま ず ① で は 、 四 分 ( 相 分 ・ 見 分 ・ 自 証 分 ・ 在 自 証 分 ) が 合 わ さ っ て 成 立 し た も の を 識 の 体 と す る か ら ‘ 第 八 畿 の 認 識 対 象 で あ る 種 子 ・ 有 棋 身 ・ 器 世 界 も ま た 第 八 擦 の 体 で あ る と す る . こ の こ と か ら い え ば 、 一 つ の 小 さ い 塵 で あ っ て も 第 八 織 の 相 分 で あ る ことか ら 、 第 八 識 が ﹁ 微 直 に 収 ま る ﹂ と い え 、 他 の 三 千 大 千 世 界 と 自 ら の 界 と が 、 人 と い う 趣 生 の 第 八 議 の 相 分 で あ る か ら 、 第 八 識 は ﹁ 大 千 界 に 遍 ず る ﹄ と い え る 、 と 基 弁 は 述 べ る . ② ③ で は こ れ に 関する教証として、 ﹃ 成 唯 護 論 ﹄ 、 ﹃論伽飾地論﹄﹃本地分﹂が引用 す さ れ 、 第 八 識 は 無 漏 種 子 を も 含 め た 一 切 の 種 子 の 相 を 具 足 し て いるという の である. ま た 基 弁 は 、 〈共同研究〉基弁撰『大乗一切法相玄論』における心議説(野呂) ② ﹃ 成 唯 識 ﹄ ェ 説

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他 方 J 自 地 ¥ -彼 J 裁 ハ 亦 タ 得 レ -- 為

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此 , 土 1 ・ 又 タ 如 レ タ 是 J 於 下 号 遁

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他 J 大千-, 人 趣 J 体 九 ・ 法爾=具 -一 足 ス 界 趣 生 等 有 漏 無 漏 一 切 J 種相一ヲ・(﹃日本大蔵経﹄六回、 四

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頁上 ) ③ ﹃本地分﹄ュ説

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・随ニ チ 所 生 J 処 -一 一 自 体 之 中 -Z 余 体 J 種子皆ナ悉 タ 随 逐 ス ・ 是 J 故 z 欲 界 J 自 体 中 - E 亦 タ 有 エ リ 色 ・ 無 色 J 一 切 種 子 二 如 レ ク と 述 べ て ‘ 欲 界 に 住 す る 人 と い う 趣 生 ( 欲 界 人 趣 ) の 一 人 一 人 の 体 に も 、 そ の 他 の 世 界 ( 余 界 余 趣 ) の 種 子 の 一 つ 一 つ が 円 満 に 具 足 し 、 し か も 既 に 現 行 し て い ると説く.

(14)

13号2007年3月 このように基弁は.有情の種姓の各別には全く触れることなく、 欲界にいる人趣にも無漏種子を含む全ての種子を有していること を証明するのである. 悌教学研究室年報第 能 谷 大 学 32

参照

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︵人 事︶ ﹁第二十一巻 第十號  三四九 第百二十九號 一九.. ︵會 皆︶ ︵震 告︶

 一六 三四〇 一九三 七五一九八一六九 六三

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〔追記〕  校正の段階で、山﨑俊恵「刑事訴訟法判例研究」

(消費税法(昭和六十三年法律第百八号)第二十八条第一項(課税標

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