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教化研究 No.03

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巻 頭 言 浄土教団は若返るか 研究ノ

l

ト 仏教の普遍化と現代化について │ │ 宗学の立場より│ │ 個人研究 仏教における生命観 ││スッタ ニ パ l タにみられる生命観 │ │ 凡夫成立の 一 背景 │ │ 阿含に見られる機根 ー ー ー 法然上人のお念仏の価値観 成 田 有 恒 ・ ・ ・ 阿 JII 文 正 ・ ・ ・ 安井 隆 同 ・ ・ ・ 袖 山 栄 輝 ・ ・ ・

山 隆 円 ・ ・ ・ 4

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21 31

(6)

近世浄土宗の布教研究 │ │ 西圃寺日世法道 │ │ 一宗﹁福祉﹂事業展開の一考察 そ の 2 大正期の救貧事業並びに防貧事業等から学ぶもの ﹁臨終行儀﹂の再現について 法然院広布薩法則本について 浄土宗法式雑考(七) │ │ 新訂﹃羅漢講式 ﹄ 制定への経過 │ │ 閉経伺について 日常勤行式の再検 縁山声明の芸術性 縁山流伽陀の音楽論 縁山流声明 H 錫杖 M について 日牌月牌の考査 ﹁ 断酒会 ﹂ に学ぶ 写仏会私孝 ー ー ー 一 般寺院で勤める写仏会について │ │ お盆について 岸 村 定 浩 ・ ・ ・ 硯 JII 員 旬 ・ ・ ・ 森 田 孝 隆 ・ ・ ・ 八 尾 敬 俊 ・ ・ ・ 清 水 秀 浩 ・ ・ ・ 大 津 亮 我 ・ ・ ・ 、 E . , E '

l│

/ ) 貫 良 ・ ・ ・ 中 村 孝 之 ・ ・ ・ 伸 方 ・ ・ ・ 渡

俊 雄 ・ ・ ・ 吉 水 善 弘 ・ ・ ・ 松 本 彰 瑞 ・ ・ ・ 熊 井 康 雄 ・ ・ ・ 長谷川岱潤

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袈裟塚の建立を発願して 和歌山教区布教師会の活動で考えたマ﹂と 兼職・副業を通しての教化活動 情報収集手段として の デー タ ベース利用 臨死体験と来迎・堕地獄 保育と教化に関する 一 考察 │ │ 幼稚園教育要領を中心に │ │ ﹁ いのち ﹂ の教化の研究を め ぐ っ て 現代教化における対象へのアプローチの視点について │ │ 特に法 然 上人における対社会的指向性の問題を中心として │ │ 供 養 儀礼と現代 教化論壇 ﹁ 法儀探求 ﹂ 荘 厳 その二

i│

供物について │ │ 声明における音階の研究 ( E ): : : ・ : 寛文七年版 ﹃ 臨終用心紗 ﹄ に つ いて 森 野 現 弘 ・ ・ ・ 中 西 恭 雄 ・ ・ ・ 吉田 光覚 ・ ・ ・ 水 谷 浩志 大室 照道 家 田 隆 現 ・ ・ ・ 佐藤 雅彦 ・ ・ ・ 林 正 道 ・ ・ ・ 鷲 見 定 信 ・ ・ ・ 生 ハ 一 戸 栄雄 ・ ・ ・ 福 西 賢 兆 神 居 文 彰 ・ ・ ・ 217 208 202 195 193 227 234 241 253 280 270 262

(8)

書 評

特集﹁医療と宗教﹂パ

l

2

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6

公 開 研 'プ』 :tL ぷ:z:;h; 臓 器 移 植 問 題 と 生 命 観

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司 執筆者紹介 集 報 編集後記 t、 Z三 坪 井 俊 映 藤本

2

奈倉 道隆 三枝樹隆善

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巻 頭 言

浄土教団は若返るか

宗務総長

'

1

アメリカの経営学者は企業における ﹁ 文化性 ﹂ を次のように定義づけている。 ー人間行動の綜合的な形態であって、思考や言行および人為結果のさまざまなものを ふ くみ、その集団 意識が次の世代へと伝達されてゆく浸透力を持つ 。 つまり企業における文化性とは立派な社屋でも製品の内容でも収益実績でもないという 。 社員たちの心の なかで生き続ける仕事への熱情│、その炎を絶やさない物心にわたる環境つくりこそが文化性と呼ぶもの である 。 伝統宗教にあって開宗者の教義や人格が不変に尊ばれることは言うまでもない 。 ただし、その尊崇信者の 集団に文化性があるかどうかは、いまふれた企業の﹁文化性﹂と共通しているのであろう 。 幻世紀をのぞんで浄土宗に求められたもの、それはより高く、より広汎な文化性であろう 。 浄土思想が持 つおだやかで智恵深い探究姿勢が世界の精神界でリーダーシップを握ることは間違いないからである 。 一宗教師たちの教団への愛情はどんなものであろうか 。 とりわけ若い世代は、憎悪の念こそないだろうが

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無関心に近いのではあるまいか その証拠として青年宗侶で布教師を目ざす層が余りにも薄い 。 若き布教師こそ教団の核弾頭でなければな らない。その育成が急務であろう。 教団への熱愛

l

文化性を高める環境つくりは私ども管理者に付託された責務である 。 綜合研究所にお願 いしたいのは、その日常的人 マ つくりの方法論である 。 企業用語をかりれば、魅力ある仕事内容、収益計算、戦略分析など若者の情念をかきたてる資料やキーポ イントの提示である。 とりわけ近ごろ増幅しつつある女性教師の存在を見逃してはいけない 。 非教師である寺庭婦人をもふくめ て、女性による布教家集団の結成こそ明日の浄土宗を約束するものであり、かつ教団への熱愛度を高める重 要な点火剤となるはずである。 2 女人のたおやかな声音に乗って語られる宗祖上人の遺徳は必ずや伝統教団に新しい教化者像をもた、りして くれることであろう。

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仏教の普遍化と現代化について

浄土宗総合研究所教学部主任

-e a s ノ

近時、仏教における普遍化とか現代化とか云う問題が、各宗において注目され取り沙汰されている 。 こ の 問題は今急に派生したものではなく、各時代々々に祖師方が真剣に取り組まれている問題である 。 特に ﹁ 念 仏の法門は時機相応の教えである ﹂ という浄土宗の教えの立場か、りするならば、その教えはその時代、そし て そ の 時代に生きる人々に相応するものでなければならない 。 仏教 の 普遍化という 言 葉 の 解釈について、二つに大別することができる 。 第一の普遍化は、釈尊が成道して以来、 二 千五百年の今日に至るまで、その教えが宇宙の大真理であり、 人々の心を安住ならしめる最高原理であると共に、正しい修道の実践がある所に普遍性があるのである 。 仏 教は遠く印度に起って中国に伝わり 、 そして日本へと伝来して思想の発展を遂げた 。 そこには経典翻訳の発 達に伴い、所依とする経典が選定され、経法の是非が分別されてくる所から教相判釈の発展を見るに至るの である 。 従って中国・日本においては教判の発展と共に、各宗派が生じる原因となるのである 。 因みに日本 においては、南都六宗、平安 二 宗、鎌倉五宗の計十 三 宗がある 。 現在存続するところの仏教の各宗派が、長 4

(13)

い歴史を経て現在に至るまで今なお存続し発展しているのは、その宗派の伝統的な教えが、人心をとらえ、 宗教的安心を与えている所に、普遍性をもた、りしているのである 。 第二の普遍化は、この伝統的な教えの中から、現代に即応する教えを見出そうとするものである 。 この両 者はいづれも大切な事で、仏教の伝統的な教えというものは、普遍的なものでなくてはならない 。 即 ち 第 一 の普遍性が無ければ、第二の普遍化は絶対にあり得ないのである 。 故に第 一 の仏教各宗の普遍性の重要性に ついて、宗学の立場から少しく述べて見たいと思う 。 仏教各宗の中において、自宗の教義を宗乗又は宗学という 。 つまり宗学とは、その宗の教えの絶対価値を 示しているものだけに、その宗にだけ通ずる所の宗義であって、当然その中には教義弁証の宗典も含めてい るのである 。 一 般には、宗義と教義とを混同しているものが多いが、宗義と教義とは、詳しく分別すると差 異があるものであ っ て、宗義は狭く、教義は広いものである 。 即ち教義は、教の文理文は教理というもので、 これは客観的教法であるから、広汎にわたるものであって、人師の所見に従ってその釈文を異にする事が あっても、敢えて不思議な事とは云えないのである。故に種々なる論考がなされるのである。空海の﹃耕顕 密ニ教論 ﹄ 巻 上 に 、 諸経論中往往有 二斯義 一 、 難 レ 然 文 随 -執 見 一 隠 、 義 逐 一 一 機根現市己 、誓 如 二天鬼見別人鳥明暗 5 ( ﹃ 正 蔵 ﹄ 七 七 │ 三 七 五 ) と述べられている 。 即ち真実の文義も、一方的な見方によっては真意が隠れて了い、また人の受け入れ方に よ っ て正しく現われるものである、というのである 。 これは例えば同 一 ﹃ 法華経 ﹄ を見るにおいても、華厳と天台とでは、各々その教義を異にする所から、実

(14)

教の宗義を異にするのであるが、若し他からその宗義を異解すれば、宗義を知らざるものとして笑殺される

であって、門外者の智解をさしはさむべきものではない

切経は、おなじく釈迦

仏の所学なれども、宗々の所学にしたがひて、浅深勝劣不同なれば、いづれ

切経とい

天台宗の一切経あり、華厳宗の

切経あり乃至法相・三論にも、おのおの一

切経あるべし

天台の

切経のなかには、法華をすぐれたりするがゆへに、爾前の諸経に相対して十勝

を立たり、華厳

の一切経には、華厳をもちてすぐれたりとす、

一 玄

云 。

(

)

宗には

切経あり

その解釈を各自にするのは常の習いとして、宗旨は他よりこれを

容曝することを許さないのである

6

そもそも

義というものは、些かの異解を挟むことをも許さないものである

もし異解を試みて宗義の大

綱を改めるな

ば、それは

宗とはならない

また宗義の大綱は伝承しているけれども、細義を改めるとき

は、本流から離れて何

の何派となって了い、宗の正流とはな

ないのである

即ち一、二の例を見るなら

同じ

法華経

を所依の経典とするけれども、大綱において異なる所があることによって天台・日蓮の

宗となり、天台の大綱を奉行(宗の趣旨を承けてそれを実行する)するけれども、細義を改めることに

よって、天台宗

盛派となるのである

また同じ

浄土

を所依の経典とする浄土門においても、

同じ口称の念仏も

その安心如何によっては、

信心正因称名報恩

仏体即行機法一体

西山浄土宗とな

、良忠門下において白旗・名越等の六派を生じた如きがそれである

故に自宗において、

宗祖の宗義に改造を試みるような事があるならば、宗祖の法灯を汲む

宗とはならないのである

(15)

自宗の教義において、宗義、宗乗、宗学という言葉があるが、これが同じような意味で用いられている傾

向がある

この言葉の意味は厳然と区別すべきであって、これを明確に理解していなければ、宗義の普遍化

も現代化も考えることはできない

平成二年三月に浄土宗総合研究所の教学部が﹁現在社会の変化とその展

望及びそれに対応する今後の施策に対する基礎的研究﹂についての研究報告書を当局に提出

したが、その中

に示された三義について参考にして述ぷるならば、先づ﹁宗義﹂というのは、宗祖の言葉、即ち具体的に示

す宗祖の遺文をいい、

とは乗は

乗る

という主体的実践がなければ

乗り

としての本来の役割を果すことができない

つまり宗祖の教えである宗義を実践することで、端的に

いえば念仏の実践、即ち念仏を称えることである

そして

﹁ 宗

は、宗祖の遺文を宗義と仰ぎ、それを通

して救済の道理を心得ることが

宗学

即ち宗祖の宗義を、その時代社会に如何に適応させるかと

いうことによって、宗義の活性化をはかり、宗祖の真精神に帰るということである

念仏往生のむねをし

ざらん程は、これを学すべし

もしこれをしりなば、いくばくならざる智恵をも

とめて、称名のいとまをさまたぐべからず

7 ﹃ 和語燈録 ﹄ 巻 第 五 1 1 1 信空伝説の詞 │ │ ( 浄 全 九 ・ 六

O

三 )

を拡大解釈すると、このように考えられる

以上のことから考察すると

、 ﹁

宗義

と﹁宗乗﹂は、時代が変っても変ってはならないものであるが、

はその時代々々に相応して絶えず発展し展開すべきである

即ち

宗義

には普遍的深秘

性が内蔵されており、

宗学

には時代に相応した現代化という重大な問題をかかえているのである

日本仏教は宗派仏教といっても過言ではない

この中で、各宗派の仏教が長い歴史を経て現在にあるのは、

(16)

伝統的な教えが普遍的なものであるからである

宗派が存続する以上、宗派に属するものは、宗祖の教えを

正確に伝承しなければならない。宗祖の教えは、宗祖の宗教体験に基づいて教義を理論的に組織されたもの

である

その教えを無視すれば、その宗派では無くなって了うのである

我れ浄土宗をたつる心は、凡夫の報土にむまる

L

ことをしめさんがためなり。

( 浄 全 九 ・ 四 五 八 )

といわれ、浄土開宗の目的は﹁凡人報土

にあることを強調されている

即ち釈尊一代仏教中、聖道門、浄

土門の

種の勝法の中から、聖道門を捨てて浄土門を選ばれた

聖道門は自力証悟の教えであり、浄土門は

他力救済の教えである

しかるに浄土門に入ったならば、正雑二行の中より正行に帰し、正行を修するにお

いては、助正二業の中から正定業を専修すべきであるといい、

正定業とは、即ち仏名を称するなり、名を称すれば、必ず往生を得、

と述べ、また

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称名念仏はこれ彼の仏の本願の行なり、故にこれを修するものは、彼の仏の願に乗じて必ず往生するこ

と述べられている

阿弥陀仏の本願を絶対の保証として、総べての衆生が念仏の一行で弥陀の浄土に救われ

る、という凡夫救済の教えを示されたのである。このような簡明にして広大な道を聞かれた事に、宗教とし

ての重要性を見ると共に、ここに浄土教の普遍的教えの重大さがあるのである

現代において、伝統的な教義をどの様に一般の人々に普遍化して行くか、という事は、換言すれば、仏教

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(浄土宗の教え)を如何に現代的表現を以って理解させるか、という事であろう

そしてこの普遍化・現代

化の問題としてあげられる事柄は、概ねその宗派の特色とされる教義の個所なのである

去る昭和四十

年八月に、知恩院浄土宗学研究所より出版された

往生浄土の理解と表現

に、六十六名

の浄土宗内の諸学者の意見論考が記載されている

付 、

問題の所在を追及したもの

口、伝統的な理解と表現に近いと恩われるもの

日、伝統的理解と表現への反省を示すもの

側、各種年齢層への表現のしかたを示すもの

と分類されて纏められているが、この分類を見る事によ

ても、宗内の鐸々たる諸師においても、種々なる

9

考えをもっている事を知るのである

近時、宗内外において、法然上人の法語、消息等を解説する出版物が刊行されることは誠に喜ばしい限り

である

しかしそ

解釈において、宗祖の本意と微妙に相違するものが目につくのである

ここで大切なこ

とは

宗義、宗学の現代的理解を試みるときに、ややもすれば現代への適合を急ぐあまり、宗義の本質を損

ない、異質の宗義になって了う恐れが多分にあることである

宗祖の宗義の真意を壊すことなく、宗義を基

準として現代的表現を正しく施して行くことが肝要であろう

これらの現代化は、前述した如く現在におい

て初めて問題になったものではない

祖も

祖も宗祖滅後の混乱期の状勢の中でご苦心されていることは、

西宗要

東宗要

等の述作を通して窺うことができるし、各時代において論議されている問題でもある

本願称名念仏の教えは、己に浄土宗の普遍化であり、現代化の問題を的確に把らえた教えであるが、私共末

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徒の者は、移り行く時代と共に、更に慎重にこの問題に取り組んで行かなければならない

それには先づ宗

義の基礎をしっかりと把握することが肝要である

10

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(20)

-仏教における生命観

ー ー

l

タにみられる生命観

││

い の ち ス ッ タ ニ パ

l

タの中で生命にふれられている偲を検討 一面の水浸しのうちにある人々、老衰と死とに圧倒 してみると、第五章、彼岸に至る道の第十一、学生カツ されている人々のための洲(避難所)を、わたくし パの質問というところの一

O

九二信で、カッパが は、そなたに説くであろう 。 12 極めて恐ろしい激流が到来したときに一面の水浸 と述べて、次の 一

O

九四偶で しのうちにある人々、老衰と死とに圧倒されている いかなる所有もなく、執着して取ることがないこ 人々のために、洲(避難所、よりどころ)を説いて と 、 │ │ これが洲(避難所)にほかならない 。 そ れ 下 さ い 。 あなたは、この(苦しみ)がまたと起こら をニルヴァ l ナと呼ぶ 。 それは老衰と死との消滅で ないような洲(避難所)をわたくしに示してくださ ある 。 ぃ 。 親しき方よ 。 と、いかなる所有もなく、執着がなければ老も死もなく と釈尊に問いかけている 。 これに対して師(ブッダ)は、 なり、老死にとらわれることなく、老死を超越して、 次 の 一 O 九三伺で ルヴア│ナに致ると端的に答えている 。 カ ッ パ よ 。 極めて恐ろしい激流が到来したときに スッタニパlタ七七六個で

(21)

﹂の世の人々が、諸々の生存に対する妄執にとら わ れ 、 ふるえているのを、わたくしは見る。下劣な 人々は、種々の生存に対する妄執を離れないで死に 直 面 し て 泣 く 。 と、多くの人が生に対する妄執のために死に苦しめられ ているとし、五八二伺では、 汝は、来た人の道を知らず、また去った人の道を 知らない 。 汝は(生と死の)両極を見極きわめない で、いたずらに泣き悲しむ と、生についても死についても何も知らないでただ苦し んでいるだけだと述べ、五八七伺では、 見 よ 。 他 の ︹ 生きている ︺ 人々は、また自分のつ くった業にしたがって死んで行く 。 かれら生あるも 4 る のどもは死に捕えられて、この世で傑えおののいて い ヲ h v

と 、 ま た 九 三 七 偶 で も 、 世界はどこも堅実ではない 。 どの方角でもすべて 動揺している 。 わたくしは自分のよるべき住所を求 めたのであるが、すでに(死や苦しみなどに)とり っ か れ て いないところを見つけなか っ た 。 と、世の中どこにおもむいても、みんな生老病死の苦し みに苦悩しているとし、 つ づ い て 九 三 八 偶 で は 、 (生きとし生けるものは)終極においては違逆に 会うのを見て、わたくしは不快になった 。 またわた くしはその(生けるものどもの)心の中に見がたき 煩悩の矢が潜んでいるのを見た 。 と、世のすべての生きている人々の心の奥底に煩悩があ 13 り、これが苦の原因であると説き示し、 二 七七備にも かれは無明に誘われて、修養をつんだ他の人を苦 しめ悩まし、煩悩が地獄に赴く道であることを知ら 、 L

O L T ' u ' L W とし、次の二七八伺で お ち い 実にこのような修行僧は、苦難の場所に陥り、母 胎から他の母胎へと生まれかわり、暗黒から暗黒へ と 赴 く 。 死後には苦しみを受ける 。 とし、無明に迷い、煩悩がすべての苦の原因であること

(22)

を覚らなければ、迷いの生死輪廻をくり返しながら地獄 に行くのみであることを説いている 。 そして第三章、大いなる章、第八、矢の五七四偏に p u p た この世における人々の命は、定まった相なく、ど い た れだけ生きられるか解らない 。 惨ましく、短くて、 苦悩をともなっている 。 と、この世の無我、無常、苦なることを述べ次の五七五 伺 で は 、 司 が 生まれたものどもは、死を遁れる道がない 。 老 い に達しては、死ぬ、実に生あるものどもの定めは、 この通りである 。 と、生あるものは必ず老い、そして死なねばならないと し、次の五七六伺と、七六伺とではさらに、 熟した果実は早く落ちる 。 それと同じく、生まれ た人は、死なねばならぬ 。 かれらにはつねに死の怖 れがある 。 たとえば、陶工のつく っ た土の器が終にはすべて 破壊されてしまうように、人々の命もまたその通り である 。 と、人の死は、熟した果実が落ち、どんな陶器でもいつ か必ず壊れてしまうように、法爾自然のことわりである こ と を 述 べ 、 っ , つ い て 五 七 八 伺 で は 、 若い人も壮年の人も、愚者も賢者も、すべて死に 屈服してしまう 。 すべての者は必ず死に至る 。 と、老若、賢愚にかかわらず、すべての人は必ず死ぬと 断言している 。 そして五七九個と五八

O

備で かれらは死に捉えられてあの世に去って行くが、 14 父 もその子を救わず、親族もその親族を救わない 。 見 よ 。 見まも っ ている親族がとめどなく悲嘆に暮 れているのに、人は屠所に引かれる牛のように、 人ずつ、連れ去られる 。 と、死に捉えられて死ぬ人をたとえ親であろうと親族で あろうと、死から救うことができないのだとし、五八九 備 で 、 たとい人が百年生きようとも、あるいはそれ以上 生きようとも、終には親族の人々から離れて、この

(23)

世の生命を捨てるに至る 。 と、また八

O

四個でも同じように、 ああ短いかな、人の生命よ 。 百歳に達せずして死 す 。 たといそれよりも長く生きたとしても、また老 衰のために死ぬ 。 と、たとえ百年、それ以上生きたとしても、必ず老いつ いには死に至るのだと、そして、五八八伺で、 ひとびとがいろいろ考えてみても、結果は意図と や ぷ は異なったものとなる 。 壊れて消え去るのは、この とおりである 。 世の成りゆくさまを見よ 。 と、人々が伺んとか死からのがれたいと願っても、結局 はみんな必ず死に去る。この現実を厳しく見つめよと、 五 八 一 備 で そ -﹄ な ﹂のように世間の人々は死と老いとによって害わ れ る 。 それ故に賢者は、世のなりゆきを知って、悲 し ま な い 。 本 町 会 C と、賢者は、現実の生老病死を諦らかに如実知見して決 して迷ったり悲しんだりしないと 。 以上検討して来たよ い の ち うに、何はともあれ生命あるものは必ずどんな場合でも 死に至るのだと説示している。 そして七四二個では、 執着に縁って生存が起る。生存せる者は苦しみを 受ける 。 生まれた者は死ぬ 。 これが苦しみの起る原 因である 。 と生老病死の苦の起る原因はすべて執着であると述べ九 O 二 信 で は 、 ねがい求める者には欲念がある 。 ま た 、 は か ら い 15 のあるときには、おののきがある 。 この世において 死も生も存しない者 ー ーかれは何を怖れよう、何を 欲しよう 。 と 、 七 七 七 偲 で は 、 (伺ものかを)わがものであると執着し動揺して いる人々を見よ 。 (かれらのありさまは)ひからび た流れの水の少ないところにいる魚のようなもので ある 。 こ れ を 見 て 、 ﹁ わがもの﹂という思いを離れ て行うべきである。│ │ 諸々の生存に対して執着す

(24)

ることなしに 。 と、すべての苦は、﹁わがもの﹂という執着によ っ て 起 こ る こ と を 明 ら か に し 、 であるからこそすべての執着か ら離れるべきであるとし、七四三備では、 それ故に諸々の賢者は、執着が消滅するが故に、 正しく知って、生れの消滅したことを熟知して、再 び迷いの生存にもどることがない 。 と、七七九伺でまた 想いを知りつくして、激流を渡れ、聖者は、所有 したいという執着に汚されることなく、 ( 煩悩の ) 矢を抜き去 っ て 、 つ とめ励んで行い、この世をもか の世をも望まない 。 と、聖者は、世の 人 の心のすべてを知りつくして現実の 生死から離れ、なにものにも執着せずに、生死を乗 り 越 え生死ともにわずらいないのだとし、そしてさらに、八 四九圏、八五六伺では、 師 は 答 え た 、 ﹁ 死ぬよも前に、妄執を離れ、過去 にこだわることなく、現在においても、くよくよと 思いめぐらすことがないならば、かれは(未来に関 しでも)特に思いわずらうことがない 。 依りかかることのない人は、理法を知ってこだわ ることがないのである 。 かれには、生存のための妄 執も、生存の断滅のための妄執も存在しない 。 と、欲望、執着のない人は、世のあ り のままの理法を 知 っ てすべてにこだわることなく、生存に関して死に関 しでも、ともに思いわずらうことがないのだと断言して いるのである 。 ま た 二

O

三伺では 16 ︿ かの死んだ身も、こ の 生きた身のごとくであっ た 。 この生きた身も、かの死んだ身のごとくになる であろう ﹀ と、内面的にも身体に対する欲を離れる べきである 。 と生と死を如実に見、生と死の欲望から離れるべきであ る こ と を 述 べ 、 つ づ い て 二

O

四 伺 で は 、 この世において愛欲を離れ、智慧ある修行者は、 不死・平安・不滅なるニルヴァ

l

ナの境地に達した 。

(25)

と、智慧ある修行者は、この世の生と死の愛欲から離れ、 い の ち あ ん 生も死も越えた不死、不滅のかぎりない生命の世界に安 じ ん 心 し て 生 き 、 ニ ル ヴ ァ

l

ナの境地に達したと述 べている 。 そして現実にニルヴァ l ナに達している人の例として ス ッ タ ニ パ

l

タの中に次のように表現している 。 四六七 偶 で は 、 諸々の欲望を捨て、欲にうち勝ってふるまい、生 死のはてを知り、平安に帰し、清涼なること湖水の よ う な ︿ 全き人 ﹀ (如来)は、お供えの菓子を受け るにふさわしい と つ ♂ つ い て 四 七 O 偶でも こころの執着をすでに断って、何らとらわれると ころがなく、この世についてもかの世についてもと らわれることがない ︿ 全き人 ﹀ (如来)は、お供え の菓子を受けるにふさわしい 。 と、すべての欲望を捨て、生死を如実に智見し、すべて の執着を離れ、生にも死にもとらわれることのない人は 加来であり応供であると述べ、さらに四九六伺で ﹂の世でもかの世でも、 いかなる世界についても、 移りかわる生存への妄執の存在しない人々がいる 。 ー ー そのような人々にこそ適当な時に供物をささげ よ と、また同じく五 O O 伺で 生と死とを捨てて余すところなく、あらゆる疑惑 を超えた人々がいるー ー そのような人々にこそ適当 な時に供物をささげよ 。 ││バラ モンが功徳を求め て杷りを行うのであるならば 。 17 と、この世、かの世、 いかなる世にも、生老病死に妄執 せず、生にも死にもとらわれず、生・老・病・死を超越 した人(如来)にこそ供養しなさい、そうすればパラモ ンの祭杷以上の功徳があると説いている 。 そして六三四 伺 で 現世を望まず、来世をも望まず、欲求もなくて、 とらわれのない人、ーーかれをわたくしは ぺ ハ ラ モ ン ﹀ と 呼 ぶ 。 と つ山ついて次の六三五でも

(26)

こだわりあることなく、さとりおわって、疑惑な く不死の底に達した人、ーーかれをわたくしは ︿ パ ラモン ﹀ と 呼 ぶ 。 と述べまた同じように、六四三偲に 生きとし生ける者の死生をすべて知り、執着なく、 幸せな人、覚った人、 ー ー ー かれをわたくしは ︿ パ ラ モ ン ﹀ と呼ぶ 。 とし、さらに五二

O

伺では 安らぎに帰して、善悪を捨て去り、塵を離れ、こ の世とかの世とを知り、生と死とを超越した人、 │ │ このような人がまさにその故に 八 道の人 V と 呼 ばれる 。 と、そして五 一 七 偶 で あらゆる宇宙時期と輪廻と(生ある者の)生と死 とを二つながら思惟弁別して、塵を離れ、汚れなく、 清らかで、生を滅ぼしつくすに至 っ た人、ーーかれ を 八 目ざめた人 ﹀ (ブッダ)という 。 と断言している 。 以 上 、 い 白 ち スッタニパ

l

タのなかで、生命に触れられてい るいくつかの伺を取り上げて検討して明らかなように、 いのち 釈尊は、あらゆる人々、生命あるものは、必ず生老病死 していくものであると如実知見し、﹁死﹂そのものを生 いのち -老 ・ 病 ・ 死という生命の流れの中で、必ず ﹁ 死に至る べき身﹂としてとらえ、その﹁死に至るべき身﹂であり ながら、如何に生きれば生老病死の根本苦から離脱し、 あらゆるものに執着なく、現実の生も死も超越した あ ん じ ん 死 一 如 ﹂ という自覚境地に達して、安心を得てかぎりな いのち い生命の流れの中に生 ・ 老 ・ 病 ・ 死しながらよろこんで 生 18 生かされつづけられるかを力説している 。 こ の こ と は 、 釈尊の出家の本懐は生老病死の人間のどうしてもさける ことのできない根本苦を解決することにあったことを考 え合せても当然のマ﹂とである 。 何人かの著名な仏教学者や高僧が臓器提供、臓器移植 は、仏教におけるジャータカの捨身飼虎の嘗えなどに よって、布施行であり菩薩行であると短絡的に考え、仏 教の立場から認められるとしている 。 しかし仏教におけ

(27)

る菩薩行とは、あくまでも正覚を得、仏となるための実 践行であり、強根有力の時に、みずからの意志と力に よって求道実践するべき行であり、寿命尽き体が弱り 切って意識もなく死ぬ直前、または死んだ後できる実践 行 で あ り 菩 薩 行 で あ ろ う か ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 。 また、人聞は、五誼仮和合だから、臓器提供、臓器移 植は仏教的に認められるとしている方もいる 。 しかし五 趨仮和合とは、釈尊が永久不変の個定した我(私 ) と い うものがなく、人間はすべて縁により、五植がよりて集 まって仮りに和合して形成され存在している 。 いわゆる 無我(うつり変り変化してやまない我)なのだ、だから そんな我に執着しとらわれ苦悩するなとの事で説かれた 教えであり、五誼仮和合はあくまでも、苦の原因である 執着から離れるための教えである 。 人聞は五謹仮和合で あり、それぞれがよりて集まって形成されたものだから、 身体を切り刻み別々にして、臓器提供、臓器移植してよ ひ と いとこれまた短絡的に考えられるであろうか 。 他人の臓 器まで提供してもらい移植を受け長生きしたいとの欲望 は、我執そのものではないだろうか 。 釈尊の説かれた仏 教 は 、 あくまですべての苦の原因である。我執、執着、 いのち 妄念から離脱し生死をのり越え、かぎりない生命の世界 に生死しながら生きつづける教えである 。 臓器移植に よって、たとえ二年や 三 年あるいは十年、二十年延命し いつかはまた死の苦しみがおとずれる 。 か いのち ぎりない永遠の生命に目覚めること、目覚めさせること た と こ ろ で 、 ﹂そが釈尊の本懐である 。 仏教者、僧たるものは、あくまで時代が、人々が、現 19 実社会が、医学が、科学がとうあろうと、そんなものに む 司 4 とらわれ迷わされずにかきりないもの、かぎりない生命 の真理、生死一如の仏法を、 ただひたすら説きつ ρ つ け る べきである 。 ス ッ タ ニ パ

l

タを拝読して最後にとうしても、心に残 る伺がある 。 これは九二七伺の わが徒は、アタルヴァ・ベェ

i

ダの呪法と夢占い と相の占いと星占いとを行な っ てはならない 。 鳥 獣 の声を占ったり、懐妊術や医術を行ったりしてはな

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ら ぬ 。 という伺文である 。 これは、仏教はあくまで因縁、因果 の教えであるから、仏教徒たるものは、縁起の法則から 外れた、根拠のないいかなる占いをも行ったり信じ迷う ﹂と無いようにとの教えであり、懐妊術や医術を行なう などは、何か現代の、人間を物質的に見、人工受精した り、技術的に行き過ぎた医学界、医療に警告を発してい るように感じてならないのですが諸大徳のお考えは如何 がでしょうか 。 20 ( 本論文は平成三年度浄土宗総合学術大会における発言要旨 で あ る )

(29)

凡夫成立の一背景

阿含に見られる機根

││

1

研究の視点

1

出 家 と 在 家 と い う 矛 盾

i

阿含の原典研究は、世間に対して釈尊や出家修行者の 生活態度なりその教えを広く示し、多くの人々に感銘を 与えてきた 。 ところが、上村勝彦氏は、もし釈尊ら出家 修行者たちの精神を現実の生活に役立てようと思ってみ たところで、それは不可能である 。 何故ならば、それは 社会を捨でなければ実現できない﹁反社会 ﹂ 主義である から、我々 一 般社会人は救われないと主張する 。 浬繋を 求める出家修行が文字どおり家庭生活を離れ、 一 般 社 会 との関係を断たなければ成立しない以上、確かに彼らと

在家信者とでは一線を画している 。 社会に留まる以上、 出家修行は成立しない 。 従って、浬祭に到達できないこ とになる 。 逆に、もし到達できるのならば、出家修行の 意味がなくなってしまう 。 これでは二律背反である 。 仏 21 教にとって在家信者とは一体何者なのだろうか 。 在家信者について語る場合、従来、 出家 修行者との謹 果の優劣を中心としてきた 。 けれども、例えば来世で釈 尊となるヂョ

l

ティパ│ラと親友であった、ガデイ│ カ l ラ陶師が出家の縁に触れながらも盲目の父母を養う ために在家に留まり、死後、生天して最後身の天子とな り、やはり最後身となった釈尊との再会を喜ぶ件は、在 家と出家に優劣があるとは感じさせないのである 。

(30)

浄土教が凡夫往生を旨としていることは誰もが承知し ていよう 。 往生思想の源流についても、原始仏教以来説 かれてきた四沙門果 ( 特に生天して浬繋に到達する不還 果 ) の思想にあると指摘されて久しい 。 そ こ で 我 々 は 、 阿含経典に見られる四沙門果を軸としながら、凡夫が重 要な概念になって行く背景を検証していきたい 。

2

在家信者

詮果に

諸見解

在 家 信者と出 家 修行者の謹果の比較に関する議論は古 来からあり、現在もまた考 察 の対象となっている 。 近 年 、 我国の初期 ・ 原始仏教に対する研究の動向を振り返ると き、まず目につくのが船橋一哉氏の見解である 。 氏によれば預流 ( 四沙門果の第一、仏教の流れに入 つ て悪趣に落ちることなく、決定して正覚に至る位)の起 源とその成立について、阿羅漢 ・ 不還の成立の後に預流 一来が成立したとする字井伯寿博士に対して、預流の 成立は不還と阿羅漢とがその聞に進展の関係が認められ る以前から、預流は預流だけで初めから独立した意味を もっていて、知実智見に始まる ﹁ 見道的な預流 ﹂ と浮信 を中心とした﹁在家的な預流 ﹂ があるとしている 。 ﹁ 見 道 的 な 預 流 ﹂ というのは、如実智見←厭離←離貧 ←解脱智見という阿含においては謹悟の在り方を示す基 本的な型として示されているのであるが、﹁在家的な預 流 ﹂ と は 、 四 預 流 支 、 つ ま り 仏 ・ 法 ・ 僧に対して不壊の 浮信を成就することと、聖所愛の戒を成就すること、あ 22 るいは布施の実践による福徳によって、死後、善趣 ・ 天 界に生まれることを約束されるのである 。 そして ﹁ 見道 的な預流 ﹂ が悪趣に落ちないことを説いているとしても、 それは必ずしも善趣 ・ 天界に生まれることを意味してい ないと述べ 、 預流に入るためには ﹁ 出家的なもの(智) と在家的なもの ( 信 ) ﹂ の 二 つの考え方があ っ た と し 、 別々の方法で同 一 の謹果が得られたことを示している 。 しかし、それ以外の謹果については、四預流支によっ て在家の信者にな っ ても、未だ浬繋の謹果は約束されて

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おらず、ただ悪趣に堕せ.さることにおいて、決定せるも のとなったに過ぎない 。 在家には不還果までの謹果が許 されているのみで、阿羅漢巣には至り得ないことを思う べきである、としている 。 ﹂れに対し在家信者でも阿羅漢果に達し得る、浬繋に 住し得る、それが仏教本来の姿であるとしたのが藤田宏 達氏や中村元氏である 。 藤田氏によると、北道派と呼ばれる学派は、五比丘の 次に出家したヤサなど三人が在家のまま阿羅漢果に達し たと伝えている 。 ヤサについては仏伝史上つとに有名な 人 物 で あ る が 、 ﹃ マ ハ ! ヴ ア ツ ガ﹄によれば、釈噂は初 転法輪の後、パーラーナシ l の良家の息子であるヤサに 対して次第説法され、ヤサは遠塵離垢の法眼を得る 。 次 いで息子を尋ねてきたヤサの父に対しても次第説法する のだが、その最中に、ヤサは ﹁ 見るがままに、知るがま まに、大地を観察し、その心は取著なくして、諸漏から 解脱した ﹂ という 。 これは明らかに在家のまま阿羅漢果 を得たことを示している 。 ヤサは直後に出家を許される が、これが在家阿羅漢論の根拠となった 。 ﹂れに対してパ

l

リ上座部では、 ﹃ ミリンダパン ハ 1 ﹄の中に表れる所説が、在家阿羅漢に対する見解を はっきり示している 。 ミリンダ王とア

l

ユ パ

l

ラ長老と の対話はその古層に属するが、出家と在家の比較に関す るものである 。 ァ

l

ユ パ ! ラ長老は ﹁ 法の現観﹂を得た 在家信者のいたことを知 っ ていたが、これに対しミリン ダ 王は、しからば出家は無意味ではないかと質問してい る 。 この質問についてア l ユ パ 1 ラ長老は 一 言も答えな 23 -か っ た 。 その理由としては長老が論争を避けたせいもあ ろうが、論理的な弱点をつかれたのも一因と言える 。 その後この経典はは増幅されるが、再びこの問題を取 り上げ、出家者が在家信者よりも優れていることを示し た上で、もし在家者が阿羅漢果に達したならば、即日出 家するか、あるいは般浬繋するしかないとし、言わば即 日出家説と即日死亡説を提起している 。 先のヤサの例は 即日出家説にあたる 。 つまり阿羅漢は在家であ っ て は な らない、ふさわしくないのである 。 ただし、これらの説

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を提示したところでヤサが在家のまま阿羅漢になったこ とにはかわりない 。 氏は更に、部派仏教では、阿羅漢果に達するためには 出家修行が原則であるのに、ヤサのような例を認めるの は、出家教団の維持者であるところの在家信者に対する 配慮であったとしても、原始経典に見られた在家阿羅漢 の記事を認めざるを得なかったからだとし、次いで原始 経典の在家阿羅漢論を検索・検証している 。 それによれ lま ﹁在家者は諸欲を享受するものであり、在家の生活 が磯れ多く結縛に覆われていることは色々な形で強調さ れているけれども、:::在家阿羅漢に関しては、これを 否定するものよりも、これを肯定する経証の方が、むし ろ多いとさえ言える 。 これは、在家者であっても、解脱 浬繋に達し得るという思想が仏教本来の考え方であ っ た ﹂ と結論付けている 。 中村元氏も、原始仏教の理想の境地が様々な言葉で表 現されていたことを指摘した上で、 ﹁ 当時の社会生活に おいては現実に在家と出家という二つの生活様式が行わ れていたのであり、:::それが社会の実情であったため に、仏教は両者の生活法をあっさりと承認し、それぞれ に即して理想的な生き方を説いたのである 。 ﹂とし、在 家者でも出家者でもどちらでも構わないという見解を示 している 。 以上、少ないながら諸見解を見てきたが、このように 在家信者による浬繋の可能性が示される一方、阿含経典 には出家修行者の生天なと、現世で浬繋に到達しなかっ た場合にも触れている 。 24

3

出家修行の達成度

i

不浄観を例に

1

﹃ 相 応 部 ﹄ 五四

l

九によれば、釈尊が不浄観を勧めた 結果﹁極めて身を厭患して﹂自殺したり、他の修行者を 殺してしまう事件があり、代わって数息観を教示したこ とが伝えられている 。 仏教の膜想法では、古来、数息観 と不浄観が有名であるというが、上述の事件は修行内容

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のただならぬ異常性を予想させる 。 ブッダゴ

l

サ(切己内

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-﹀ ロ 印 ( U ) の ﹃ ヴ ィ シユツディマッガ(︿は

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5

9

内 側 釦 ・ 一 清 浄 な 道 の 意)﹄第六品は不浄観について、出家修行者は死体遺棄 の場所において死体を繰り返し観察し、その不浄な観察 内容を心に止めることができるようにするとしている 。 松溝誠達氏は、この念想方法について﹁他に類を見ない ほど、特別な実践法﹂ ﹁ いかに危険な、いかに恐るべき 念想法 ﹂ であると表現する 。 死体置き場自体が 一 般社会 から隔離された、特殊な場所であるせいもあるが、その 最も大きな理由は、念想中に生ずる異常心理であろう 。 念想者は観察対象・環境に対する恐怖の余り、死者の遺 体が立ちあが っ たかのような、襲い掛かってくるような、 あとを追い掛けてくるかのように見えることがあるとい うのだ 。 冒頭の記述が事実であるかは別としても、このような 異常心理を伴う不浄観が、極めて達成困難な膜想法で あったことは事実であろう 。 実際、不浄観が離貧から浬 繋を粛すとしても、現世で達成する場合と、生天して達 成する場合とが述べられるのだ 。 先の ﹃ ヴ ィ シ ユ ツ ディマ ッ ガ ﹄ に よれば、不浄観は ﹁病苦の盛んなる病者が幅吐や下痢の作 用に対して [ 吐や下痢のために気分が軽くなり、我は快方に赴くなら んとして気悦を生ずる] ﹂ のであるとしている 。 つ ま り 、 身体から不浄な汚物、貧りの対象であったものが排出さ れるのだから、不浄観の立場からは貧りを滅するのに有 効でり、その意味では心の平安さえ生ずるというのだ 。

2

5

このことは ﹃ 増支部﹄五

l

三 二 等にも見られる 。 釈 尊が病気の比丘に対して以下の五法から離れないでいた な ら ば 、 ﹁ 久しか ら ずして諸漏の尽くるが故に、無漏の 心解脱・慧解脱を己に現法に於いて自ら知了し、作謹し、 具足して住す﹂としている 。 つ ま り 、 ①身体に対する不浄観 ② 食に対する違逆想 ③ 一 切世界に対する不楽想 ④ 一 切行に対する無常観 ⑤心に於ける死想 という不浄観を基盤とした五法により現世で浬繋に住す

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る の だ 。 ﹂れに対して﹃増支部 ﹄ 四 │ 一 ム ハ 九 は 、 先 の 五 法 を 修 する場合、二通りの結果があると 一 = 一 口 う 。 つ ま り 、 ① 現法に於いて、有行般浬繋となる ② 身壊れて後、有行般担繋となる のである 。 この相違は五法の達成度を示すと恩われるが、 まずこの有行般浬祭(欲界の修惑を断じ尽くして色界に 生まれ、のち長い修行によ っ て般浬繋する不還果 ) と な るのは五法について ﹁ 有学力﹂、不完全であるか ら だ と す る 白 そしてその謹果が ① 現 世 で 現 れ る か 、 ② 死後に現 れるかは五法に伴う五力・五根が ① 優 れ て い る か 、 ② 否 かによるという 。 ここでは更に無行般浬繋 ( 色界に生ま れて修行せず、い く ばくかの時を得て自然と般浬繋する 本還果 ) となるのは、欲を離れ四禅を修してはみるもの の ﹁ 有 学 力 ﹂ で あ る か ら で あ り 、 ③ 現法に於いて、無行 般浬繋となるのは五力・五根が優れているから、 ④ 身 壊 れて後、無行般浬繋となるのはそうでないからだという 。 要するに、修行が不完全である出家者は生天してか ら 後 、 浬繋に至る不還果を獲得せよ、ということである 。 このような解釈がいつ頃か ら 述 べ ら れるようにな っ た か示すことも必要であろうが、出家修行しても、現世に 浬繋を達成できない場合が 認 められるのは、在家信者の 位置を考える上で、また 機 根を重視する浄土教にあ っ て は注目される 。

4

法鏡の法門

26 -四沙門果各 々 に達する割合を、と り あえず数値として 示 し た の が 、 ﹃ マ ハ l パ リ ニ ッ パ l ナ ・ スッタンタ(大 般浬経 ) ﹄ 第 二 品のナ l ディカ村での教示である 。 阿難はこの村で死んだ 数 々 の仏教者 の 謹 果 に つ い て に 、 一 々 釈尊に教えを求めている 。 これに対し、釈尊は四沙 門果をも っ て 丁 寧 に答えている 。 そ れ に よ れ ば 、 ① 阿羅漢果・比丘 一 名 ② 不還果・比丘尼一名 優婆塞五

O

名以上 ③ 一 来 果 ・ 優 婆塞九 一 名

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④預流果・優婆塞五

O

O

名 優婆夷一名 とあり、実数ではないにしろ、阿羅漢果の割合が六四三 分の一であるのに対し、預流果がその大多数を占めてい ることは、編纂者の意図として注目されて良いであろう 。 何故なら、﹃相応部﹄五五

l

1

O

の相当箇所におい ては各謹果一名ずつの名前を挙げるのみで、五

O

、九

O

、 五

O

O

といった数値が示されないからである。この傾向 は、出家修行者にあ っ て も ﹃ 相応部﹄五五

l

五このよう に 、 ﹁ 阿羅漢果に達した比丘は少なく、不還果に達した 比丘は 多 い、不還果に達した比丘は少なく、 一 来果に達 し た 比 丘 は 多 い 、 一来果に達した比丘は少なく、預流果 に達した比丘は多い﹂という修行者の謹果についての評 価と 一 致する 。 更に﹁法鏡の法門﹂は四沙門果に於ける預流果に対し 重要な役割を与えている 。 釈尊は続いてこう言っている 。 人聞が死ぬことは何の不思議もない 。 しかし、人聞が 死んだとき、その行き先、有り様について 一 々質問され たのでは、手間のかかる ﹁ 煩わしい ﹂ 事柄になってしま ぅ。だからこの私に聞かず(言外に釈尊の死後、自らの 謹果を知る能力のない凡夫は以下のようにすべきである、 と 読 み 取 れ る が ) 、 ﹁ 我に地獄は滅し、畜生道は滅し、堕地獄・悪趣 は滅し、我は須陀垣 ( 預流 ) にして不退転の法に住 し、決定して正覚に達せむ﹂ という法鏡の法門を自ら語るべきだとし、続いて四預流 支の次第を説いている 。 ﹂れは、説示の対象が在家信者であって預流がふさわ 27 -しいという仮定が成立したとしても、むしろ預流こそが 必要なのだと解釈できる 。 預流にある以上、いずれは 来とな っ てこの世に生まれ阿羅漢果を獲得する、あるい は不還となって浬繋を獲得する 。 その意味では、預流は 他の三者を包括する概念と言うことができる 。 そ し て 、 現世浬繋が現実的でないからこそ、釈尊は﹁煩わしい﹂ にもかかわらず四沙門果を並べ立てた上で、出家も在家 も欲するならば﹁預流に入る ﹂ ことを勧めるのである 。 この私見は藤田氏が四沙門果について、原始仏教にお

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いて重要視され、部派仏教に入って修道体系の基本的階 位とされるに至ったのは、現世における浬繋が原始仏教 本来の立場であったとしても、それを達成できたのは少 数であり、多くはむしろ達成できずに死んでいった。が、 修行者の修行は無に帰するのではなく、未来に生を変え て続けられるのであって、そこで究極の謹果が約束され る、という見解と軌を一にする。また、船橋氏は ﹁ 見 道 的な預流﹂が生天を目的とした﹁在家的な預流﹂に影響 を受けたとしているが、その場合、修行が不完全である 出家者の存在を背景とすることができよう 。 預流が在家も出家も包括する例証としては、 r z ' レ y -ー ノ -J I J 、 ダが、その昔、アンナパ

l

ラという貧しき食物運搬者で あったとき、沙門ウパリッタに食事を供養したことが因 となり、七度人主として生まれ、七度天界に生まれ、今、 釈迦族に生まれてアヌルッダとなり、釈尊のもとで出家 修行し、生死輪廻を越えた、と自覚している事例(﹃長 老燭 ﹄ 九 一 O 以下、漢訳中阿含六六﹃説本経﹄)などが 挙げられよう 。 アヌルッダも、もとは預流果に達した在 家信者であったと理解されていたのである 。 修行の効果 は生を替えても無とならないのだから、過去現在未来と いう三世の時間で修行、浬繋を理解すべきである 。 以上、現世で阿羅漢果に達し得なかった出家修行者の 存在が、原始仏教本来の立場がどうあれ、実際的な問題 として注目されるべきではなかろうか 。 出家修行者自身 に と っ て、現世における浬繋の可能性が極めて可能性の 低いことと自覚していた実情と、それを前提とした来世 浬繋への道の探求があったと推測される 。

2

8

ところで、中村氏は仏教が形而上

A T

乞説かず、天の観 念も原始仏教当時の諸宗教から取り入れたとして、仏教 の生天論については教化の方策なのだとの評価を与えて い ヲ h v

つまり在家信者に対して出家修行者の ﹁ 絶対の境 地 ﹂ を天と表現し、そしてそこから帰 っ て来ないのが理 想であるという 。 しかし、不浄観のような﹁危険な修 行 ﹂ をしない在家信者と、 ﹁ 危険な修行 ﹂ をした出家者 が、死後ともに﹁理想の境地﹂に達しってしまったなら ば、在家の信仰生活と出家修行の生活とは同価値となり、

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先の指摘のように修行の意味が消失してしまう 。 もし同 価値で あるならば、我々は更に﹁信仰﹂と﹁修行﹂とを 同価値にせしめている何らかの﹁働き ﹂を検証する必要 があろう 。 この問題は不還果に於いてさらに、明確で確 実な疑問となる 。 何故なら不還果が出家修行者でも在家 信者でも達し得る境地であるからだ 。 この﹁働き﹂こそが凡夫往生成立の動力源だと思われ る が 、 これについては別の機会に論じたい 。

5

阿含経典が現世浬繋を説いたとしても、現実には不可 能に近いこという前提が窺える 。 従って、出家者も在家 者も預流に入ることが最重要課題であり、在家阿羅漢論 は理念的な問題でる 。 しかし、転生するにしても出家者 の完全な修行と、不完全な修行、あるいは在家者の信 仰 を、よ り高次の謹果に変換せ しめる機能がなければ不合 理である 。 その機能にこそ凡夫在生の原動力が求められ る。以上をもって阿含における凡夫成立の背景としたい。 ︽ 注 記 ︾ ( l ) ﹃ 相 応 部 ﹄ 一 │ 五 O 、二│二四。﹃中部﹄八一﹃陶師 経 ﹄ はガティ l カ l ラが迦葉仏の熱心な信者で、友人 ヂョ l テ ィ パ 1 ラを迦葉仏の弟子として出家せしめたとし ている 。 ﹃ 相応部 ﹄ では天子とな っ たガティ l カ l ラが釈 尊の枕元に現れ、浬繋について語 り 合う 。 (2 ) 真野龍海氏は右記の﹃相応部 ﹄ 一 │ 五 O で比丘が解脱し て、なおかつ上天した点を指摘し、生天が必ずしも在家型 でないとする 。 ﹁ 仏教における死の理解 ﹂ ( ﹃ 仏教文化研 究 ﹄ 平成二年 ) 。 なお阿含に お ける天の諸相については字 井伯寿﹁阿含に現はれたる党天﹂ ( ﹃ 印度哲学研究 ﹄ 第 三 、 岩波書庖 ) に網羅されている 。 ( 3 ) 松膚氏は、釈尊をはじめとする出家修行者たちが、こと さら死体遺棄の場所を選んで、そこにとどま っ ていたとい うことは、あるいは死体を直接目撃するためと推測し、釈 尊が成道後もそのような場所にいたとし、さらに、釈尊と て生身の人間で有る限 り 、自他の肉体に対する﹁貧 り ﹂ の 心が起こるのはむしろ自然なことであ っ て、問題はそれを どうコントロールし、活性化させないかで、そのためには 生きている限り死体を観察し、それを念想する実践が必要 であったと指摘する 。

2

9

(38)

( 4 ) ﹃ 増 支 部 ﹄ 一 O │ 六 O でも重病のギリマ l ナンダに対し 不浄観等の十の念想を説く。また﹃相応部﹄五五

l

三 で は もうすぐ死んでしまう病の長寿優婆塞に対し、四預流支を 確認した後、離貧想を含む六順明分法を説く 。 その後、長 寿の死を聞いた釈尊は彼が不還果に逮したと述べている 。 ︽ 怠 考 文 献 ︾ 上村勝彦﹃ダンマ パダの教え

l

初期仏教の﹁反社会主義﹂ ﹄ ( 昭和六二年筑摩書房 ) 特に﹁まえがき﹂と﹁結語﹂ 松膚誠達 ﹃仏教者たちはこうして修行した﹄ ( 平成三年浄土宗 出版室 ) 船橋一哉﹃原始仏教思想の研究﹄(昭和二七年法蔵館 ) 藤田宏遠﹁在家阿羅漢論﹂ ( 結城教授頒寿記念﹃仏教思想史論 集﹄昭和三九年大蔵出版 ) ﹃ 原 始 浄 土 恩想の研究 ﹄ ( 昭和四五年岩波書庖 ) 特に第六章二﹁往生思想とそ の 源 流 ﹂ 中村元﹃原始仏教の生活倫理 ﹄( 昭和四七年春秋社 ) 第九章 ﹁人生の理想﹂﹃原始仏教の思想﹄上 ( 昭和四五年春 秋社 ) 第三編第七章﹁天の世界﹂ なお、阿含経典は主に﹃南伝大蔵経﹄を使用した。 ( 本論文は平成三年度浄土宗総合学術大会における発表要旨 で あ る ) - 30

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法然上人のお念仏の価値観

,..---.. ¥、J 私は、この論題において述べる前に自らの考えを申し 上げその視点から、法然上人のお念仏の価値というもの について、考え述 べ させていただきます 。 今日の時代というものを考えます時、実に混迷した時 代であることを指摘するものであります 。 それというの も、表面的には、豊かな社会であるように見受けられる が、裏面においては、人間としての心の安らぎさ、人間 生活の中にあっては、潤いのある生活など微塵を感じら れないほど、世相が混迷している中にあって、これらの 事柄に対して、私共が如何にして、法を説くか困難な気 持さえしてならないことを常に考えている訳けでありま

す 。 今日の時代における人々の ﹁ 物事に対して﹂の考え 方をみても、個々まち/¥の考え方、受け止め方、見方 をしていることを思うと、そこに、人間的な精神の孝養 というものが失われているように感じてならない 。 昔 の ように、人間関係にあ っ て、義理とか人情とか敬愛とか 31 が、微塵にも見受けられない状況であることも確かであ る 。 ﹁現代人として、何かが 一 っかけているような気さ えしてならない 。 ﹂ 人間生活において、ただ悶々と日 々 を過していることでよいか、また、惰性的なものの考え 方、妥協性のないものの考え方で、未来に向かっての人 間生活に対し、不安さえ持つものであります 。 したがって、人間らしき生活、正しい人間としての生 き方というものを考えてみるとする時、私は、そこに必

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要とすべきものは、﹁宗教的な信仰に、改めて、還りみ ること﹂が重要ではないかという視点にたって、それを 実践的布教教化としての活動によって、人々の救われる 道としての一番の糧でなかろうかと思うものであると指 摘するものである 。 法然上人が、(常に仰せられける御詞)を引用すると、 次の如く御詞である 。 ﹁ 有 縁 の 人 の た め に は 、 身 命 財 を 捨 て て も 、 ひ と え に 、 浄土を思い法を説べ し 。 ﹂ ( 十 六 門記 ) ﹂の御詞を以ってすれば、﹁自分の身近におる縁のあ る人々のためには、自分の身体、命を捨てて、財産をも 投げ出しても、 ひたすらに、浄土の教えを説きなさ ぃ 。 ﹂ 教化者はそのぐらいの覚悟がなければ、人々を救 うことはできないことを明示している 。 ﹂の事柄を考えてみて、法然上人の自らの教えを生か す 意 味 に お い て も 、 私 達 は 、 一教師としての使命感を忘 れではならないのであります 。 したがって、私共が、法 然上人を継承し信棒し、自らの与えられている職務遂行 のためにも、努力し、常に教化に専念することが必要で あることを認識し、これから述べるところの﹁法然上人 のお念仏の価値観﹂というものを知っていただく意味に おいて、考えを述べるものである 。 f

¥、J ﹁ 名号を聞くというとも、信ぜずんば、聞かざるが如 し 。 たとえ、信ずるといえども唱えずば、信ぜざるが知 し 。 只つねに念仏すべし 。 ﹂ ( 常 に 仰 せ ら れける御詞 )

3

2

人々が、﹁南無阿弥陀仏のいわれをどんなに聞いても、 それを自ら信じなかったら、聞かないのと閉じことだ 。 たとえ、そのことを信じたとしても、お念仏を唱えな かったら、信じないのと同じことである 。 お念仏という ものは、やはり唱えることによって、自らの信心も深く なり、そのいわれの理解をできるものであると、だから、 常にお念仏を申しなさい 。 ﹂ という御調を法然上人が明 記しております 。 この事から、私は、今日の人々の心の

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内面が失われている原因を知るとき、そこに、 ﹁ お念仏 の価値﹂を知る人は、別であるが、知らない人が多いの ではないかと思うものであります 。 現に社会は混迷している中にあって、如何に人々の心 の安らぎのある生活にとりもどすことができるか 。ーー ということを考えなければなりません 。 釈尊にと っ ても、釈尊の時代においては、末法思想と い う 中 で 、 ﹁ 如何に人間とうあるべきか ﹂ ﹁ 自分はどうな ん だ ﹂ ﹁ 人生の無常観には、諸行無常、 四苦八苦の中に 常に道理としてなされている苦しみの解説というものを 自らが悟された 。 その根本原理を基軸となされ、法然上 人も、法然上人の時代において、混乱させる人々の心の 安らぎの救いの道を追求せられたことである 。 そ れ も 、 法然上人は、末世末法とみる時代感覚を通して、時機相 応の念仏の教えを確立し、しかも、それ措いて人の救わ れる道のない永遠の教えであると強調した 。 ﹁ : : : と に か く 法 然 が ﹁ 無量寿経﹂の末法万年後の止 住百歳を主張し、かっこの経の止住は念仏にほかならな いと言いかえたことは、法然上人の念仏にまったく独自 の 性 格 を 与 え た も の と き 弓 え る 。 それは、法然上人が余行 を捨て去って念仏の 一 行のみを選択したこと、および念 仏が、末法万年の後の絶対的破滅に直面してもなお生き つづけ、衆生の救済を背負うという確信を強く打ち出し て、いわば念仏に永遠の生命をあたえたことを意味して いるのであります 。 ﹂ 即ち、法然上人が、念仏を超時間、 超歴史的に価値 J つ け た -﹂ と を 指 摘 な さ れ て い る の で あ る 。 法然上人の自らのみ教えである ﹁ 念仏信仰﹂とは、人間 - 33 -存 在 の 本 質 自 覚 と し て 意 味 、 . つ け て お ら れ る と こ ろ に 唯 一 の価値があると指摘するものであります 。 したが っ て、法 然 上人のお念仏は、善導大師の ﹁ 観 経 疏 ﹂ において、専修念仏の灯をたてられ、更に報恩蔵に た て こ も り 、 ﹁ 一 切経 ﹂ をひもどき ﹁ 阿弥陀経 ﹂ を読謂 なされ、そこに法然上人独自の著述を明らかにされたの が ﹁ 選択本願念仏集 ﹂ で あ る 。 この本願の念仏において は、二つの念仏の意を明記なされている 。 一 つ は 、 ﹁ 称 名念仏﹂であり、二つには﹁三心具足の念仏﹂ で あ る 。

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したがって、この念仏が浄土宗の本意をなす教えであり、 念仏の意味としては、﹁人間性﹂を意味し、個々人間の 感情をおし静める混として受け止めていただくとそのお 念仏というものの理解ができると思うのであります。 お念仏を唱えることによって、罪悪凡夫である私達す べて極楽往生ができるその意味とても、例え臨終という 人間究極的な場においても、何んの恐れもなく、人間ら しき正しい心を持って唱えさえすれば、﹁心は顛倒せず 心はと錯乱せず心は失念せず身心にもろ/¥の苦痛なく 身心快楽にして、仏の本願に乗じて阿弥陀仏国に上品往 生ができる﹂ことを指摘されております 。 日常生活に あって、常に私達は、智者の振るまをせずして、 ひ た す らに念仏することが肝要であることをも指摘なされてい る の で あ り ま す 。 そこに唯一のお念仏の価値があることを述べ、とりと めのない発表でありましたが、時間がきましたので終ら せて頂きます 。 ( 本論文は平成三年度浄土宗総合学術大会における発表要旨 で あ る ) 34

表 1 長音供養文 ( 朱 )(円珍・遍照 )( 朱)(湛芸)││(生木)(安然・玄静・ 寂 昭 ⋮ ・ 覚 超 )織法安芸・平願・法仙・覚運・皇厳 ( 慶か ) ・ 覚 尊 ・ 指 西(朱)恵心僧都戒品(安恵・安然・尊意了1源信・ 覚丁慈恵大師よ檀那僧正(智謹大師・尊意YL﹁覚運・慈覚大師 阿闇梨阿闇梨覚灯・広明・法引声相応・義性・法禅・証範・実性・覚刃寸法円・賢源・錫杖貴所小山僧都和泉守四条大納言大日蔵上人・浄蔵・覚忍・盛時・八ム任・懐空・延(朱)(永雲・遍照・安然・大恵)表2手執錫杖示如実道当願衆生設
表 3 錫 杖 光 明 後伽陀 先 請 敬 礼 我 此 切当 2  ロイ云アリ ソ ノ レ ソ l レ 4  ソ J, [ 5  ソ J レ 6  切押 2  押 6  押 6  押 9  押 9  押 1  2  当三 2  当 9  当 8  当 1  2  当 1  2  当 1  2  当 2  4  朝日 2  柳 2  柳 3 相 H 3  逆ソ リ 押 2  3  引込 2  引込 2  ヲ │ 込 3  引込 3  柳 2  ナヤシ押 3  引込 2  押上 3  大山 大山 大山 大山 イ
図 4ー イ 錫 杖 L 可 て 楽 大 原 流 で は 「 殺 大 絶 会 示 如 実 道、 供 養 之 宝 J を リピー卜する 。三唱自 の「三」である 。- Y G r 浄土宗聾明集』 昭 和 六 十 二 年 三 月 一 日 発 行 総 本 山 知 恩 院 三 上 人 大 逮 忌 奉 修 事 務 局 墨 譜 者 宍 戸 栄 雄 識 - 156-存会ち義被 二Lら/ムー育?7
表 4 記 号 大原流声明 縁山流声明 A  小由 切当 ・ 切押、当・押、当、押 {昌文 右に閉じ 手、錫、当、願、設、会、如、実、養、三 B  マクリ 当三、当二 偶 文 右に閉じ 錫、設、如 C  マクリ 押巻 {昌文 右に同じ 生、大、会、如 D  ソリ ナヤシ押 偶 文 右に同じ 願、施、会 E  ソリ ソ j レ 偲 文 右に同じ 如、養 F  ユリニ 二重ユリ {萄文 右に同じ 衆生、大 G  ユリニ ・キ リ 三段上り 傷 文 右に同じ 生、大 H  半ソリ・イロ イロ当・当 縄 文 右に同
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