である︒つぎに記号Gで示した大原流﹁ユリ二・キリ﹂
の個所は縁山流では﹁三段上り﹂
にな
る音といえよう︒天納侍中師の﹃復刻六巻帖﹄に三杖錫
杖の注釈があり︑﹁調子・実唱は一越調﹂とある︒祖山
流声明(知恩院の声明で大原流声明)の
﹃浄 土宗 聾
明
集﹄の錫杖も一越調であり︑博士の型︑旋律型ともに大
原流声明を基調としていることからも︑﹁手執錫杖﹂
の
一句は一越調であると思われる︒
H声をおさ津田師から稽古の時︑﹁手執錫杖﹂までは
えてヘ﹁当願﹂からn声をひらくHと指示を頂いている︒
このことは大変に重要な意味を持つと筆者は考える︒
﹁手執錫杖﹂の一句を一越調とすると︑﹁手執錫﹂
まで
は一律低く唱えるべきであり︑まさにH声をおさえてμ
という口伝がそのまま活きてくることになる︒
﹁当願﹂から︑平調に移るとすると実唱音と原曲五音
が一致する︒の部分から転調されてく
つま
り︑
﹁当
願﹂
ることになるのである︒ある調から他の調へ導入するこ
ウチョウ
とを
声明
では
︑
H反音u
といい︑反音には(ご羽調反
リFヨウチョウ(二)商調反昔︑
(三 )徴 調
反音
(順・逆あり)の
音 ︑
三種類があるとされている︒とするとこの個所の反音は 商調反音に相当するものと考えられる︒つまり津田師の
指導されるH声
ひら
く
Hとは反音をもさしていると考え
られるのである︒この反音は同音の個所から原調(一越
調)に復帰してゆくのである︒
以上述べてきたことから筆者は縁山流声明錫杖の調子
は一越調で反音(商反音)の曲と考えるのである︒
;
(l)片岡義道﹁天台声明﹂﹃仏教音楽﹄十九頁 主
(2)金田一春彦﹁真言声明﹂﹃仏教音楽﹄八四頁
欽明朝の仏教本来とともに若干の儀式音楽(声明)が
伴っ
てい
たで
あろ
うこ
とは
推察
でき
るが
︑具
体的
な記
録が
ない
︒
(3)﹃東大寺要録﹄
供養章第三﹃続々群書類従
﹄四73
四三頁
(4)﹃東大寺辞典﹄二八七頁
(5)片岡義道
﹃ 叡
鐙論孜﹄二九二頁
(6)金田一春彦﹁真言声明﹂﹃仏教音楽﹄八四頁
(7)大山公淳﹃大山公淳著作集﹄第四巻一一O頁 (8)
縁山 流声
明で
は﹁ 小由
﹂は 賓由 をい う︒ 後に
﹁小 由﹂
‑ 163‑
の表記は博士から消える︒ (9)吉田恒三﹁天台声明学概論﹂﹃仏教音楽﹄二八五頁
( ω )
同 書 二 八 七 頁 (日)小川貰良﹁知恩院声明伽陀の旋律について﹂﹃教化
研究﹄
二 号 一 四 四 頁
(臼)同舎一四六頁
(日)多紀道忍・吉田恒三
九六頁 ﹁伽陀音楽論
﹂ ﹃
仏教音楽﹄
‑ 164‑
日牌月牌の考査
昭和時代より平成年に︑移り変って参ります中に︑信
仰の篤き浄土真宗でも︑日々の勤行が少なくなったとな
げきの声が聞かれます︒
此の事をふまえて︑五ロが浄土宗の日牌月牌を見て︑先
人の努力とその為に住職の鍛練が強きものかと︑振り返
らせて頂きます︒
月刊﹃浄土﹄に先年︑松浦行真上人が﹁伝弘﹂と云う
表題で︑大僧正岩井智海台下の事を書いて居られました︒
その中に朝の勤行が二時間程なされたそうです︒勿論日
牌月牌は云うに及ばず︑現存者供養︑並に物故者の供養
を懇ろにされたそうです︒現在吾等の地区に居られる明
治生れの老僧もやはり同じ事をされて居られます︒
弘 水 善
毎日﹁歎仏領﹂や﹁般若心経﹂或は﹁四誓伺﹂等をど
れだけ読請されたか判りませんが︑仏の数だけ請された
事には違い有りません︒かかる事を考査して行きますと︑
‑ 165‑
現在使用されて居る浄土宗勤行用式は︑江戸時代始めに︑
﹁観 智国
師﹂に依って︑天台の経門の中より︑抽出され
作成されたと聞きます︒現代でも︑浄土真宗より較べる
と﹁有難い﹂感じがすると云われます︒それでも今一番
遅れて居るのが︑﹁法式﹂ではないかとも恩われます︒
現代にマッチした︑勤行の短くして有難きものを作成し︑
E
つ大衆と共に︑共演の出来るものを作成して︑発表して頂き度く存じます︒
又日牌月牌三ケ寺を対象に考査したのですが︑海茎ロヰ寸
は海辺に有り又福厳寺は山の中に在り︑遮代寺はその中江戸時代の神仏混合の時に出来たと思われ︑皆自分を
聞に有ります︒唯同じ浄土宗でも︑祭る神は山と海では守っ
て下さる方々に敬意を以て仕えたと思われます
︒
多
少異
って来て居り
ます
︒その地の特色が出ます︒
以 上
考査資料﹁
越前地方における日牌月牌記
﹂調査
寺院
海岸部l海善寺(福井県丹生郡越前町城ケ谷)
中間部l遁代寺(坂井郡三国町平山)
山間部│
福 厳 寺 ( 南 条 郡 今 庄 町
今圧)
11
‑ 166‑
11
3 2 日
イ寸
⑤
i i
① ⑤観 ①日露
光如 智国 師 燈月
人 来 仏明 来 仏
⑥ 叡 空 ② 行基
富 里
菩 上人 菩薩 人
皇
脱上
宮
康告2 自 露
薩観
律 阿上 上誉 人 師 師 人 人
神
④ 諏 ④ 謝l 田 訪大 田
天 大 名
神明 神明 神月日
⑤ ① ① ① 海
⑥ ② ⑥ ② ②
主=主
⑦ ③ ⑦ ③ ③
④ ④ ④ 寺
① ① ① 選
⑥ ② ②
③ 代
④ 寺
① ① ① t~
② ② ②
③ ③ ③ 厳
④ ④ ④ 寺
12 11 10 9 8 7 6 5 4
実
氏 露
勝 ① 歎喜 ⑤頻婆 ① 燈明実
如 来
事
① 万
2 2
妙海 仏 虫日 沙 仏 智
勝仏 t萱 来 羅
仏明 蔵 王
審 議 2
諦 ② 恵 ② 阿閤 @ 逆上誉皇存者
宮 主
人JL
、
院 鎧
蔵 都僧 世太
殿 三 天 人
蔵 子 人
蔵
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③ 北里大神子 ③ 気比大 神 宮
殿 殿
明 源、 人
④
喜
大④ ④ 天
量
船大宮
文大実
満宮重
大/i 幡大 菩 薩 神宮大照
神明 神明 神明 神明 神明
⑤ ① ① ⑤ ① ① ① ① ⑤ ① ⑤ ① ⑤ ①
⑥ ② ② ② ⑥ ② ⑤
③ ③ ③ ③ ③ ③ ③ ③
④ ④ ④ ④ ④ ④ ④ ④
① ① ① ① ① ① ⑤ ① ① ①
② ② ② ② ② ② ⑥ ② ② ②
③ ③ ③ ③
④ ④ ④
① ① ① ① ① ① ① ① ①
② ② ② ② ② ② ② ② ②
③ ③ ③ ③ ③ ③ ③
④ ④ ④ ④ ④ ④
‑ 167‑
21 20 19 18 17 16 15 14 13
①
① 観
喜
世書 甑 大
王
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弥陀加来2 2
菩薩 蔵 薩 薩 王 菩薩 人 蔵菩薩 薩
② 法弘
2
徳2
鳴 ② 聖真京 実
昭 ⑥慧 ② 遍明 ⑥明空 ② 不警
⑥重②慈可 大
師 僧都 耶舎 層大師、
大 院 菩
子宝薩E
叡 権大
師 殿 薩 権 人 蔵
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③ /¥ ③ 客人 ③ 時国
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霊
法 ③ 大比i 2 宝 E 2 富
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権 大 公 叡権
権 市日 師 殿
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④ 大猷 ④ 称今 ④ 酉誉 重 寛大 師
④ 平 ④ 春
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④ 松尾 野大 臼 原大院 上 上人 大 大
殿 人 神明 神明 神明 神明
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⑥ ② ⑥ ⑥ ② ⑥ ②
③ ③ ③ ③ ⑦ ③ ⑦ ③
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① ① ① ① ① ① ⑤ ① ① ①
② ② ② ② ② ② ⑥ ② ② ②
③ ③ ③ ③ ③
④ ④ ④
① ⑤ ① ① ① ① ① ① ⑤ ① ①
② ② ② ② ② ② ② ⑥ ② ②
③ ③ ③ ③ ③ ③ ③ ③
④ ④ ④ ④ │
‑ 168‑
30 29 28 27 26 25 24 23 22
富安
雲然量
王実
⑤r甚①虚富 韻 富 書 安
殊喜 台 安 奇 富
蔵童 実
勢至露
無難 迦 日 空 遮
尊 牟 和 菩 責口 上 那
工 宝 薩日E吃コE ヨ
者 尼仏 尚 薩 来 人 仏 尚 薩 主薩主
量
感禅 ② 智証大 ② 不動明官
光大2 3
② 遍上 師 師 王 市自 公 師 市日 人害
院 ③ 聖光 ③ 道 ③望
大霊 童
上 禅7c
殿 人 市日 人 師 殿 殿
霊
④ 鹿苗2
④ 了暁量
邦大
実
山大軍
頭大2 事
荷大 備
大 大 王 上 大
明 神明 神明 人 明神 神明 王 神明 神明 神
⑤ ① ⑤ ① ① ⑤ ① ① ① ⑤ ① ① ①
② ② ⑤ ②
③ ③ ③ ③ ③
④ ④ ④ ④ ④ ④ ④
① ① ① ① ① ① ① ① ①
② ② ② ② ② ② ② ② ②
③ ③ ③ ③ ③ ③ ③
① ① ① ⑤ ① ⑤ ① ① ⑤ ① ① ①
② ② ② ② ⑥ ② ② ② ② ②
③ ③ ③ ③ ③ ③ ③ ③ ③
④ ④ ④ ④ ④ ④ ④ ④ ④
(本論文は平成三年度浄土宗総合学術大会における発表要旨である)
‑ 169‑