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ドキュメント内 教化研究 No.03 (ページ 170-178)

である︒つぎに記号Gで示した大原流﹁ユリ二・キリ﹂

の個所は縁山流では﹁三段上り﹂

にな

る音といえよう︒天納侍中師の﹃復刻六巻帖﹄に三杖錫

杖の注釈があり︑﹁調子・実唱は一越調﹂とある︒祖山

流声明(知恩院の声明で大原流声明)の

﹃浄 土宗 聾

集﹄の錫杖も一越調であり︑博士の型︑旋律型ともに大

原流声明を基調としていることからも︑﹁手執錫杖﹂

一句は一越調であると思われる︒

H声をおさ津田師から稽古の時︑﹁手執錫杖﹂までは

えてヘ﹁当願﹂からn声をひらくHと指示を頂いている︒

このことは大変に重要な意味を持つと筆者は考える︒

﹁手執錫杖﹂の一句を一越調とすると︑﹁手執錫﹂

まで

は一律低く唱えるべきであり︑まさにH声をおさえてμ

という口伝がそのまま活きてくることになる︒

﹁当願﹂から︑平調に移るとすると実唱音と原曲五音

が一致する︒の部分から転調されてく

つま

り︑

﹁当

願﹂

ることになるのである︒ある調から他の調へ導入するこ

ウチョウ

とを

声明

では

H反音u

といい︑反音には(ご羽調反

Fヨウチョウ(二)商調反昔︑

(三 )徴 調

反音

(順・逆あり)の

音 ︑

三種類があるとされている︒とするとこの個所の反音は 商調反音に相当するものと考えられる︒つまり津田師の

指導されるH

ひら

Hとは反音をもさしていると考え

られるのである︒この反音は同音の個所から原調(一越

調)に復帰してゆくのである︒

以上述べてきたことから筆者は縁山流声明錫杖の調子

は一越調で反音(商反音)の曲と考えるのである︒

;

(l)片岡義道﹁天台声明﹂﹃仏教音楽﹄十九頁

(2)金田一春彦﹁真言声明﹂﹃仏教音楽﹄八四頁

欽明朝の仏教本来とともに若干の儀式音楽(声明)が

伴っ

てい

たで

あろ

うこ

とは

推察

でき

るが

︑具

体的

な記

録が

ない

(3)﹃東大寺要録﹄

供養章第三﹃続々群書類従

﹄四73

四三頁

(4)﹃東大寺辞典﹄二八七頁

(5)片岡義道

﹃ 叡

鐙論孜﹄二九二頁

(6)金田一春彦﹁真言声明﹂﹃仏教音楽﹄八四頁

(7)公淳﹃大山公淳著作集﹄第四巻一一O (8)

縁山 流声

明で

は﹁ 小由

﹂は 賓由 をい う︒ 後に

﹁小 由﹂

‑ 163‑

の表記は博士から消える (9)吉田恒三﹁天台声明学概論﹂﹃仏教音楽﹄二八五頁

( ω )

同 書 二 八 七 頁 (日)小川貰良﹁知恩院声明伽陀の旋律について﹂﹃教化

研究﹄

二 号 一 四 四 頁

(臼)同舎一四六頁

(日)多紀道忍・吉田恒三

九六頁 ﹁伽陀音楽論

﹂ ﹃

仏教音楽﹄

‑ 164‑

日牌月牌の考査

昭和時代より平成年に︑移り変って参ります中に︑信

仰の篤き浄土真宗でも︑日々の勤行が少なくなったとな

げきの声が聞かれます︒

此の事をふまえて︑五ロが浄土宗の日牌月牌を見て︑先

人の努力とその為に住職の鍛練が強きものかと︑振り返

らせて頂きます︒

月刊﹃浄土﹄に先年︑松浦行真上人が﹁伝弘﹂と云う

表題で︑大僧正岩井智海台下の事を書いて居られました︒

その中に朝の勤行が二時間程なされたそうです︒勿論日

牌月牌は云うに及ばず︑現存者供養︑並に物故者の供養

を懇ろにされたそうです︒現在吾等の地区に居られる明

治生れの老僧もやはり同じ事をされて居られます︒

弘 水 善

毎日﹁歎仏領﹂や﹁般若心経﹂或は﹁四誓伺﹂等をど

れだけ読請されたか判りませんが︑仏の数だけ請された

事には違い有りません︒かかる事を考査して行きますと︑

‑ 165‑

現在使用されて居る浄土宗勤行用式は︑江戸時代始めに︑

﹁観 智国

師﹂に依って︑天台の経門の中より︑抽出され

作成されたと聞きます︒現代でも︑浄土真宗より較べる

と﹁有難い﹂感じがすると云われます︒それでも今一番

遅れて居るのが︑﹁法式﹂ではないかとも恩われます︒

現代にマッチした︑勤行の短くして有難きものを作成し︑

E

つ大衆と共に︑共演の出来るものを作成して︑発表し

て頂き度く存じます︒

又日牌月牌三ケ寺を対象に考査したのですが︑海茎ロヰ寸

は海辺に有り又福厳寺は山の中に在り︑遮代寺はその中江戸時代の神仏混合の時に出来たと思われ︑皆自分を

聞に有ります︒唯同じ浄土宗でも︑祭る神は山と海では守っ

て下さる方々に敬意を以て仕えたと思われます

少異

って来て居り

ます

︒その地の特色が出ます︒

以 上

考査資料﹁

越前地方における日牌月牌記

調査

寺院

海岸部l海善寺(福井県丹生郡越前町城ケ谷)

中間部l遁代寺(坂井郡三国町平山)

山間部│

福 厳 寺 ( 南 条 郡 今 庄 町

今圧)

11 

‑ 166‑

11 

3  2 

i i 

① 

光如 智

国 師 燈月

人 来 仏明 来 仏

⑥ 叡 空 ② 行基

富 里

菩 上

人 菩薩 人

脱上

2 自 露

律 阿上 上誉 人 師 師 人 人

④ 諏 ④ l 田 訪大 田

天 大 名

神明 神明

⑤ ①   ①  ①  海

⑥ ②   ⑥ ②   ② 

=

⑦ ③  ⑦ ③  ③ 

④  ④  ④  寺

①  ①  ①  選

⑥ ②   ② 

③  代

④  寺

①  ①  ①  t~

②  ②  ② 

③  ③  ③  厳

④  ④  ④  寺

12  11  10  9  8  7  6  5  4 

氏 露

①  ① 

如 来

① 

2 2  

妙海 仏 虫日 沙 仏 智

勝仏 t萱 来 羅

仏明

審 議 2 

②  ② 

宮 主

JL

院 鎧

蔵 都僧 世

殿 三

蔵 子

@ 盟勢

夫 害

③  ③ 

大 神 宮

殿 殿

明 源、

④ 

④  ④ 天

船大

満宮

/i  幡大 菩 薩 神宮大照

神明 神明 神明 神明 神明

⑤ ①   ①  ⑤ ①   ①  ①  ①  ⑤ ①   ⑤ ①   ⑤ ①  

⑥ ②   ②  ②  ⑥ ②  ⑤ 

③  ③  ③  ③  ③  ③  ③  ③ 

④  ④  ④  ④  ④  ④  ④  ④ 

①  ①  ①  ①  ①  ①  ⑤ ①   ①  ① 

②  ②  ②  ②  ②  ②  ⑥ ②   ②  ② 

③  ③  ③  ③ 

④  ④  ④ 

①  ①  ①  ①  ①  ①  ①  ①  ① 

②  ②  ②  ②  ②  ②  ②  ②  ② 

③  ③  ③  ③  ③  ③  ③ 

④  ④  ④  ④  ④  ④ 

‑ 167‑

21  20  19  18  17  16  15  14  13 

① 

①  観

書 甑 大

2 2  

菩薩 蔵 薩 薩 王 菩薩 人 蔵菩薩 薩

② 法弘

2

2

② 

慧 ②  ② 

⑥重②

可 大

師 僧都 層大師

大 院 菩

子宝薩

叡 権大

師 殿 薩 権 人 蔵

現 現

③ /¥  ③ 客人 ③ 時国

③ 

i 2 宝 E 

照禅 子 師

大 公

権 市日 師 殿

現 現 現

④ 大猷 ④ 称 ④ 酉誉 重 寛大 師

④ 平 ④ 春

④ 松尾 野大 原大

院 上 上人 大 大

殿 人 神明 神明 神明 神明

①  ⑤ ①   ①  ①  ①  ⑤ ①   ⑤ ①   ⑤ ①  ⑤ ①  

⑥  ②  ⑥  ⑥ ②   ⑥ ②  

③  ③  ③  ③  ⑦  ③  ⑦  ③ 

④  ④  ④  ④  ④  ④ 

①  ①  ①  ①  ①  ①  ⑤ ①   ①  ① 

②  ②  ②  ②  ②  ②  ⑥ ②   ②  ② 

③  ③  ③  ③  ③ 

④  ④  ④ 

①  ⑤ ①   ①  ①  ①  ①  ①  ⑤ ①   ① 

②  ②  ②  ②  ②  ②  ②  ⑥ ②   ② 

③  ③  ③  ③  ③  ③  ③  ③ 

④  ④  ④  ④ │  

‑ 168‑

30  29  28  27  26  25  24  23  22 

富安

r

喜 台 安 奇 富

難 迦 日 空 遮

尊 牟 和 菩 上 那

工 宝 薩E

者 尼仏 尚 薩 人 仏 尚 薩 主薩

② ② 

2 3  

② 遍上 師 師 王 市自 公 師 市日 人

③  ③  ③ 

霊 童

7c 

殿 人 市日 人 師 殿 殿

④ 鹿

④ 

邦大

頭大

荷大

大 大 王 上 大

明 神明 神明 人 明神 神明 王

⑤ ①   ⑤ ①   ①  ⑤ ①   ①  ①  ⑤ ①   ①  ① 

②  ②  ⑤  ② 

③  ③  ③  ③  ③ 

④  ④  ④  ④  ④  ④  ④ 

①  ①  ①  ①  ①  ①  ①  ①  ① 

②  ②  ②  ②  ②  ②  ②  ②  ② 

③  ③  ③  ③  ③  ③  ③ 

①  ①  ①  ⑤ ①   ⑤ ①   ①  ⑤ ①   ①  ① 

②  ②  ②  ②  ⑥ ②   ②  ②  ②  ② 

③  ③  ③  ③  ③  ③  ③  ③  ③ 

④  ④  ④  ④  ④  ④  ④  ④  ④ 

(本論文は平成三年度浄土宗総合学術大会における発表要旨である)

‑ 169‑

﹁ 断

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