朱載堉の楽律論における
『周礼』考工記・嘉量の制
―後期の数学書及び楽律書を中心に
―田中 有紀
【要旨】
明代の朱載堉(1536–1611)は,十二平均律の発明者として知られる.彼は主著
『楽律全書』完成後も,科学的な理論面で際立った変化はないにも関わらず,晩年 に到るまで数学書・楽律書を執筆し続けた.本稿はその理由を考察するものであ る.朱載堉は,『周礼』考工記・嘉量の制を中心とする度量衡の考証,及び句股定 理・円周率などの計算を通し,自らの律制の思想的支えを模索していたのではな いだろうか.
【キーワード】 朱載堉,十二平均律,嘉量,『律呂正論』,『嘉量算経』,『円方句股 図解』
はじめに
明代の朱載堉(1536(嘉靖15)年–1611(万暦39)年)は,朱子学において正統 な楽律計算法として位置づけられていた三分損益法1に異議を唱え,十二平均律
1 三分損益法とは,振動数比が,2:3の完全五度と,3:4の完全四度を用いた音階計算 法である.ある律管の長さを,三分の二にし,五度上の音を算出する「三分損一」(下 生)と,ある律管の長さを,三分の四にし,四度下の音を算出する「三分益一」(上生)
を発明した人物として知られている.彼は楽律学のほかにも,天文暦法や数学の 書を複数著している.『律学新説』『律呂精義』などを含む『楽律全書』(48巻,
1584–1606)完成後の朱載堉の著作には,数学に関するものが多く見られる.ま
た,同じ時期に著された楽律書『律呂正論』『律呂質疑弁惑』にも,それらの数学 書に共通した内容がある.後述するように,これらの著作を『楽律全書』と比較 すると,楽律論・数学論ともに,科学的な理論面で際立った変化はない.しかし,
それならば何故朱載堉は『楽律全書』以降も積極的に著述したのだろうか.
朱載堉の数学史上の功績について,戴念祖氏は,円周率の計算,珠算による平 方根・立方根の計算,九進法と十進法の小数換算,四項から成る等比数列の解法,
度量衡史の考証などを挙げる2.このうち本稿では,円周率の計算,度量衡史の考 証をとりあげ,朱載堉の楽律理論全体の中に,どのように位置づけられるかを考 察する.
ここで改めて,朱載堉の十二平均律理論を概括する.十二平均律とは,隣接す る二律間の律長比がすべて等しくなるよう計算したものである.転調に便利であ るため,現在は伴盤楽器をはじめとする様々な楽器に採用されている.十二平均 律の発明の時期については諸説あるが,朱載堉が西洋に先駆けて発明したという 説が有力である.十二律とは,絶対音高を表す音名である.黄鐘をcとすれば,
大呂=cis,太簇=d,夾鐘=dis,姑洗=e,中呂=f,䋅賓=fi s,林鐘=g,夷則
=gis,南呂=a,無射=ais,応鐘=hとなる.このほか相対音高を表す階名とし て五声がある.宮をドとすれば,宮=ド,商=レ,角=ミ,徴=ソ,羽=ラとな る.朱 載 堉 は,黄 鐘(正 律)=lと す る と,䋅 賓 倍 律= l2+l2= 2l,南 呂 倍 律
= 2l2=4 2l,応鐘倍律=3 4 2l3=12 2lと計算した(倍律は正律の2倍の律長).
このようにして得た12 2を使い,隣接二律間の律長比を1:12 2とした.
朱載堉はまた,隣接する二律の律管の内径比が1:24 2となるよう計算し,管 口補正を行った.管律は,音高の決定に,長さと内径の二つの要素が関与する.
弦と結びつく相生法を管に適用すると音程差が生じるので,管口補正を行わなけ
㲋̅ 㲋̅
㲋̅㲋̅ 㲋̅ 㲋̅㲋̅ 㲋̅
㲋̅ 㲋̅
㲋̅
を反復して音階を作成する.
2 戴念祖(2008)264–286頁
ればならない3.朱載堉は内径逓減によって解決しようとした.黄鐘倍律の長さを 2lとした時の倍律外周を2
9l とし(【図1】第1層の円周),朱載堉の円周率 40 9 㲋̅2= 3.1426968を用い,2
9l÷40 9㲋̅ 2=
2
20㲋̅l によって,倍律外径を計算する(【図1】第1層 の直径).また, 2
㲋̅20l÷ 2=1
20l によって倍律内径を計算し,これは正律外径と一 致する(【図1】第2層の直径).さらに,1
20l÷ 2= 2
㲋̅40lによって正律内径を計算 する(【図1】第3層の直径).
㲋̅
㲋̅
3 弦律と管律の音響特性について簡単にまとめておく.
弦律の公式 N=1 2L T
σ
N(Hz)=基音の振動数 L(cm)=弦長 T(dyn)=張力 σ(g/cm)=線密度 管律の公式 N= V
2(L+ad)(開管の場合) N= V
4(L+ad)(閉管の場合)
N(Hz)=基音の振動数 L(cm)=管長 V(cm/s)=音速 d(cm)=管径 a=定数 これらの公式を比較すると,弦律では,張力と密度が一定のとき,振動数は弦長に反 比例するが,管律では管長ではなく,管口補正(ad)を加えた値に反比例する.ゆえに,
三分損益法によって律長を計算するにあたっては,弦律が適している.また,弦律で は,振動数が張力の平方根に比例するため,絶対音高を定めるのが難しいが,管律では たやすい.ゆえに,絶対音高をしめすのには管律が適している.
弦律による三分損益法と,管律による絶対音高表示法の間にある矛盾を解消するた め,これまでも様々な取り組みがなされてきた.前漢の京房は,管律と弦律を併用する ことで矛盾を解消しようとした.晋の荀朂は泰始十(274)年,管口補正を考慮した笛 律の制を考案した.黄鐘笛・大呂笛などと呼ばれる長さの違う十二笛を一組とする.各 笛は,前部に五音孔,後部に一音孔を持つ.一番下の第一孔の音名を笛の名前にし,第 一孔の音と相生順位第五の音(宮と角の関係)の旧律長における差を管口補正値とし,
また,相生順位第五の旧律長の4倍(あるいは8倍)を笛長とする.つまり,管口補正 値が笛ごとに異なり(上記管律公式をふまえると,補正値は,笛径が等しいかぎりすべ て同じでなければならない),また笛長に管口補正が考慮されていないので理論的には 問題がある.しかし,中国で最初に管口補正を考慮した荀朂の笛律は重要である.梁の 武帝は京房同様,管律と弦律を併用した.彼は四通(三弦を張った,横幅9寸・長さ9 尺・高さ1尺2寸の弦楽器四個)と,十二笛(十二個の管律)を作った.十二笛は,三 分損益弦律と絶対音高が等しくなるように,弦律から管長を定めており,直接には三分 損益法によっていない.川原秀城(1985)463–504頁を参照.
㲋̅
【表 1】 十二律管の内径 ( )は,l=100分の時 黄鐘 d=l× 2
40
㲋̅ (3.535533905932737) 䋅賓= 1
4㲋̅ 2d (2.973017787506802) 大呂= 1
24㲋̅ 2d (3.434884118645222) 林鐘= 1
24㲋̅ 27d (2.888381742180682) 太簇= 1
12㲋̅ 2d (3.337099635425085) 夷則= 1
3㲋̅ 2d (2.806155120773432) 夾鐘= 1
8㲋̅ 2d (3.337099635425085) 南呂= 1
8 23
㲋̅d (2.726269331663144) 姑洗= 1
6㲋̅ 2d (3.149802624737182) 無射= 1
12㲋̅ 25d (2.648657735898238) 中呂= 1
24㲋̅ 25d (3.060133858261638) 応鐘= 1
24㲋̅ 211d (2.573255591608730)
【図 1】 律管の外周・外径・内周・内径(『律呂精義』内篇二,不取囲径皆同第五之上,『楽 律全書』一六三頁下)
これを応用すると,正律外周は,1 20l ×40
9 㲋̅2= 2
㲋̅9lであり(【図1】第2層の円周),
正律内周は, 2 40㲋̅l×40
9 㲋̅2= 1
9lである(【図1】第3層の円周).そのほか十一律につ いては,隣接する二律の律管の内径比が1:24 2となるよう計算した.十二律管 の内径は【表1】のようになる.ただし,理論上は,内径比も1:12 2となるべき であり,朱載堉の補正値は完全に正確な値ではない.しかし,弦律・管律の性質 の違いを明確に理解し,十二律の管口に差をつけた功績は大きい4.
1. 本稿でとりあげる文献の概略5
本章では,本稿でとりあげる文献の概略を示し,そこで中心的に論じられる問 題が何かを明らかにする.
本稿では主に『楽律全書』成書後の著作を中心にとりあげるが,比較のために,
『楽律全書』所収の数学書についてもあらかじめ紹介しておく.まず『算学新説』
(一巻,1603)である.『算学新説』は「初学凡例」において,計算の基礎や,算 盤の使い方を述べた後,数学書の先例にならい,問題形式で解説していく.第一 問から第十二問では,句股定理を用いながら,十二律管の長短について述べる.
『算学新説』で論じるのは,律管の長短だけであり,管口の円周・直径・面積・容
㲋̅
㲋̅
4 管口の計算については,劉復(1933)292–298頁,川原秀城(1985)495–496頁,戴念 祖(2008)157–164,265–268頁を参照.
5 本稿で使用する版本は以下の通りである.引用する頁数はすべてこれらに拠る.
『算学新説』『律学新説』『律呂精義』は一部を除き,北京図書館古籍珍本叢刊(明万暦 鄭藩刊本影印)『楽律全書』所收のテキストを使用した.
『律呂正論』,中国芸術研究院音楽研究所資料館蔵明万暦刊本影印本,「続修四庫全書」
第一一四冊経部楽類.
『律呂質疑弁惑』,中国芸術研究院音楽研究所資料館蔵明万暦刊本影印本,「続修四庫全 書」第一一四冊経部楽類.
『嘉量算経』,阮元輯「宛委別蔵」(江蘇古籍出版社,一九八八)所収.
『円方句股図解』,北京師範大学図書館蔵明刊本影印本,「続修四庫全書」第一〇三一冊 子部天文算法類.
積などは『律呂精義』(内篇十巻・外篇十巻,1596)及び『楽学新説』(一巻,1606 以前)で詳細に述べている.また,『律学新説』(四巻,1584)にも「密率求方積 第四」「密率求円冪第五」「密率求周径第六」(巻一),「古今量法考正弁疑」「弁先 儒解周鬴之非」「弁前漢志斛制之謬」「論宋范鎮斛法之非」「論校量器当以水為準 概」(巻四)として,管口の寸法に関する議論を載せる.『律学新説』の巻二・巻 三は「審度篇」,巻四は「嘉量篇」と「権衡篇」であり,度量衡を論じている.
次に紹介するものは,『楽律全書』より後に成立した書である.本稿ではこれら を後期の著作と呼ぶ.
『律呂正論』(四巻)は,万暦三十八年清明節(1610年4月4日)に成立する.自 序に,「邢雲路の『古今律暦考』を寄贈されたことへの謝意をこめて著す」とあ り,書中には邢雲路の理論へのコメントも多い.「続修四庫全書」本(中国芸術研 究院音楽研究所資料館蔵)と「四庫全書存目叢書」本(北京師範大学図書館蔵)を 比較すると,両者とも明万暦刊本の影印であり,同一の版本だと考えられるが,
前者にのみ「古今律暦考序」がある.巻一は「黍竹二山説上第一,下第二」「鈔尺 説第三」「秬黍説第四」「律管説上第五」,巻二は「律管説下第六」「竹黍同異説第 七」「物皆可以為律説第八」,巻三は「簫韶琴律説上第九,下第十」という構成で,
律管作成の基礎となる黍・竹・尺についての論述と,十二律管の長さ,そして琴 の楽譜が収められている.
『律呂質疑弁惑』(一巻)は,万暦三十八年,『律呂正論』成書後に完成した.こ の書の前についている序は,本来『律呂正論』のための序で,誤って置かれたも ののようである.「嘉量仰佂図」「嘉量覆佂図」「鬴及び両耳面冪の図」から始ま り,黄鐘9寸の説と三分損益法を否定する論述,そして,空囲9分の説と積810 分の説,「佂の容積は六斗四升である」説を否定する論述を収める.
『嘉量算経』(三巻,附「嘉量算経問答」一巻,「目録」一巻)は,万暦三十八年 閏三月初十日(1610年5月2日)の序がついている.上巻は,円周・直径・容積 を互いに求めあうための計算方法を記す.中巻は,平方根を開いて十二律を計算 し,十二律の長さ,管口面積,容積,円周,直径を計算する.下巻は,転調の理 論を述べ,琴の演奏について論じる.
『円方句股図解』は,「円方図解」巻と「古周髀算経図解」巻に分かれる.『周髀
算経』を周公の遺書として捉え,そこに載せる円方句股の説を解説する.周髀算 経には,漢趙君卿の図解があるが,朱載堉がさらに図解し,「古人がすでに成した 説を採るが,ただ円を求めるという一事だけを詳しく説明する」という.「円方図 解」巻の最後に,「万暦庚戌(三十八年,1610年),七十五歳のとき三月から七月 まで自ら筆をとり,この三書を成して一家言をなそうとした.一に曰く『律呂正 論』,二に曰く『嘉量算経』,三に曰く『円方図解』,みな楽律書(『楽律全書』)は 載せていないものである」とある.
朱載堉の数学書は,あくまでも楽律作成に必要な計算を説明するために書かれ ていると言えよう.十二律管の長さだけではなく,律管の容積や,管口の円周・
面積,これらの計算に用いる円周率などが,かなりの紙幅をもって論じられてい る.
また後期の著作にしばしば登場するのが,『周礼』考工記・㮚氏の嘉量の制であ る.嘉量は,鬴(佂)・耳・䴃の三部分から成る量器である.考工記は「その音程 は黄鐘の宮にあたる」とし,何らかのかたちで,楽律の基準である黄鐘と結び付 けている.嘉量の制については第三章で述べるが,ひとまずここで概略を図示し ておく(【図2】).
【図 2】 周鬴(戴震『考工記図』に依拠したもの)
2. 朱載堉の律制―先儒への批判を通して
朱載堉はしばしば,先行する儒家の楽律理論を厳しく批判する.朱載堉の理想 とする律制と,先儒の律制が異なるためである.特に黄鐘律管の寸法と,十二律 管の管口については,『楽律全書』成書後も繰り返し批判している.本章では朱載 堉の律制を,彼の先儒への批判を通して明らかにし,晩年再びそれを繰り返した 要因について考える足掛かりとする.
2‒1. 黄鐘律管の寸法に関する三つの指摘
朱載堉は,黄鐘律管の管口面積が9平方分ではなく,また,律管の容積は810 平方分ではないことを繰り返し主張する.朱載堉によれば,前漢の劉歆6は,黄鐘 律管の管口面積を9平方分とし,黄鐘の長さ 9寸を,1寸=10分として90分と みなし,容積を810立方分とした.
容積810立方分
90分
管口面積9平方分
【図 3】 劉歆の黄鐘律管
朱載堉が劉歆の理論を誤りとする理由を,ひとまず朱載堉の理解に即して紹介 する.第一に,劉歆は90分を,横黍つまり黍の横幅を90粒並べた長さだと考え たからである.劉歆は,横黍90粒によって90分という長さをはかりとり,「管 口面積9平方分×横黍90分=容積810立方分」と計算した.朱載堉は,横黍90 分では黄鐘律管として短すぎると考えた.また,90分に10分を足して1尺とし,
尺度の基準とするのは人為的操作であり,楽律と度量衡とが完全に一致しないと
6 新の王莽のブレーンとして暦法を整備した.劉歆の三統暦は『漢書』律暦志に記載さ れ,その後の律暦思想のフレームワークを作った.
批判する.朱載堉は,楽律の基準である黄鐘律管と,度量衡の基準である1尺の 長さが完全に一致することを理想としているためである.
第二に,劉歆は黄鐘律管の容積を810立方分とするが,劉歆の制定した暦であ る三統暦では,一月を29日43
81と定めており,810という数字と一致しないから である.言い換えると,朱載堉は,楽律学と暦法が数値の上で一致すべきと考え ているが,劉歆の理論では一致していないという理由である.
第三に,そもそも律管の管口面積は9平方分ではないからである.朱載堉は,
『礼記』月令・鄭玄注にいう「空囲九分」を,管口内周が9分だという意味に解 した.
以上三点を,朱載堉の説明をふまえながら,もう少し詳しく解説する.
まず一点目である.朱載堉は,古には,縦黍尺(黄帝尺)・斜黍尺(漢尺)・横黍 尺(夏尺)の三種の尺が存在していたと考える7(縦・斜・横が,黍のどの部分を 指すのかについては,【図4】を参照).縦黍尺は九進法を採り,横黍尺は十進法 を採る.斜黍尺は,黍を斜めに90粒並べ,1寸=10分,1尺=9寸のように,十 進法と九進法を併用する尺である.このように,古には三種の尺があったが(【図 5】を参照),それらが示す黄鐘律管の長さはすべて同じであった.つまり,1尺 である黄鐘律管を,縦黍尺では81分(9分(=9粒)×9)と表し,斜黍尺では90
7 田中有紀(2011)
【図 5】 縦黍尺・斜黍尺・横黍尺
【図 4】 縦黍・斜黍・横黍
分(10分(=10粒)×9)と表し,横黍尺では100分(10分(=10粒)×10)と表 す.朱載堉は,劉歆が横黍を90粒並べたと理解した.横黍を用いるのなら,100 粒並べるべきであり,90粒では短すぎて,この三種の尺のどれにも当てはまらな い.さらに,90分に10分を加えて1尺とするという劉歆の操作も人為的であり,
律と度の基準が完全に一致しているとは言えない.つまり朱載堉は,横黍90分 の説は,律と度量衡の合一を妨げるとして,批判したのである.
続いて,二点目である.朱載堉は,黄鐘律管の容積が「810立方分ではない」
ことについて,以下のように論じる.
律管については,先秦の管仲・呂不韋以来,漢の劉安・落下䌘・司馬遷・京 房・劉歆は,みな見解が一致しておらず,学ぶ者はどれに従うべきかわから ない.その本源をたずねてみると,みな同じである.つまり,律管は同じで あるが,計算の仕方と用いた尺が異なるのだ.つまり,彼らの違いは,縦黍 尺か,それとも斜黍尺か,あるいは横黍尺を用いるかの三通りに過ぎない.
『管子』は9に9をかけ,黄鐘を生み,9×9=81という.『淮南子』は黄鐘 の数は81といい,『史記』は黄鐘81
10 寸,落下䌘は「日法は黄鐘81を象る」
という.この四人はまず律に言及している.黄鐘9寸とは,つまり一寸あた り縦黍9分(81分)の長さをいうのに,京房・劉歆に至ると,だんだん支離 滅裂になり,長さ90分と容積810立方分の説が登場した.落下䌘の朔策(筆 者注:1朔望月の日数)は,2943
81 日である.算術では,81は母であり,法
(筆者注:除数)である.43は子であり,実(筆者注:被除数)である.43を 81で除すると,53刻有余であり,今の朔策29.53日と一致する.京房は律 の計算にあたり,寸に満たない場合は10倍し,黄鐘を90分とした.劉歆は 京房の説に依拠して,「空囲9分」を90分に乗じて,810立方分を得た.こ れは䌘の本来の方法ではない.810を法として,䌘の43を除すると,5刻有 余であり,䌘と異なるだけでなく,歆の暦とも異なる.按ずるに,『漢書』律 暦志の三統暦法は朔策を2392とし,810を用いない.ここから,黄鐘の長 さ90分,積810立方分が間違いであることがわかる8.
8 「律管自先秦管仲・呂不韋已來,至漢劉安・落下䌘・司馬遷・京房・劉歆各家不同,學
落下䌘は,前漢武帝に命じられ太初暦の編暦作業に参加した人物である.太初 暦は,武帝の太初元(前104)年に制定され,後漢章帝元和二(後85)年までの約 二百年間使用された太陰太陽暦である.1年=365385
1539 日,1月=2943
81 日とし(八 十一分暦),19年に7閏月を置く(メトン周期).落下䌘が目指したのは,「律に よって暦を起こす」ことである.朱載堉の理解によれば,黄鐘9寸とは縦黍尺の 81分であり,落下䌘は81という数字を1朔望月の日数2943
81 日に取り入れた.こ れに対し劉歆は,黄鐘9寸を横黍尺の90分だと解し,「空囲9分」を管口面積9 平方分と解して90分に乗じ,容積810立方分を得た.劉歆もまた,律暦の合一 をはかり,黄鐘律管にまつわる数値を暦法の数値に取り入れようとした.しかし,
もし黄鐘律管の容積810立方分を,1朔望月の日数に組み込み,2943
810 日とした ら,落下䌘の暦法と合わないだけでなく,劉歆の暦法とも合わない.つまり,黄 鐘律管の長さを90分,管口面積を9平方分,容積を810立方分とする説は,律 と暦の合一を妨げる.そのため,朱載堉は劉歆を批判したのである.
ただし,朱載堉の三統暦理解には,誤解がある.落下䌘と劉歆の律暦理論に は,果たして朱載堉のいうような違いがあるだろうか.劉歆が太初暦を増補し て作成した三統暦は,太初暦と同じく81分暦であり,メトン周期を採用する.
三統暦も,1月=2943
81 日とする.劉歆も自らの暦法を黄鐘律管によって基礎づけ た.『漢書』律暦志に,劉歆の暦を論じ,「太極は中央の元気であり,故に黄鐘とな り,黄鐘律管の容量は一龠である.律管の長さを自乗するので,81が一朔望月の 日数の値となる(太極中央元氣,故爲黄鐘,其實一龠,以其長自乘,故八十一爲 者疑之未知適從,推其本原,無不同也.蓋同者律管也,不同者算術尺度也.總而言之,
不過縱黍・斜黍・橫黍三者耳.『管子』謂九九以是生黄鐘,九九者八十一.『淮南』謂黄 鐘其數八十一,太史公謂黄鐘八寸十分一,落下䌘謂日法象黄鐘八十一.此四人者,最先 言律.雖云黄鐘九寸,蓋指縱黍九分之寸,至京房・劉歆,漸漸支離,故有九十分及八百 一十分之說.落下䌘朔策,二十九日八十一分日之四十三.算術八十一者母也,法也.四 十三者子也,實也.以法除實得五十三刻有奇.與今朔策二九五三同也.京房謂律不盈寸 者十之,始以黄鐘爲九十分.劉歆因京房之說,遂以空圍九分與九十分相乘,得八百一十 分.此非䌘本法矣.以八百一十爲法,除䌘之四十三,止得五刻有奇,不獨與䌘異,亦與 歆暦異.按『前漢志』三統暦法朔策二千三百九十二,則八百一十,是知黄鐘長九十分,
積八百一十分,非也.」『律呂正論』律管説上第五,三一五頁下−三一六頁上.
日法)」9という.つまり,律管の長さを自乗した81が,一朔望月の日数の値にな るという.この記述をふまえると,劉歆は必ずしも810という数値を,そのまま 暦法に取り込もうとしたわけではない.黄鐘律管の長さの自乗である81という 数を,暦の基本的な定数として使う,という認識であろう.
そして三点目である.朱載堉はいわゆる「空囲九分」は,管口面積ではなく,
管口内周であると考えた.
古に黄鐘九寸,空囲九分といい,もともと容積810立方分の説はない.810 立方分とは,劉歆の誤った説であり,信じるに足りない.律管の形は,算家 の環田の術(筆者注:環状の田の面積を求める方法)に依拠して求めるので,
内周・外周・内径・外径がある.空囲9分というのは,内周である.内径を 言わないのは,径はその中にあるからであり,外周を言わないのは,先に計 算すべきものをまず計算するからであり,最後まで求めないわけではない.
故に私は,先に内周を求め,次に内径を求め,その後外周・外径を求める.
内外周径を得たら,管口面積と管の容積を求めるべきである.10
朱載堉は,「空囲九分」を管口面積と解してはならず,律管の管口は,まずは内 周から求めていくべきだと考えた.計算の順番としては,「内周→内径→外周
→外径→管口面積・管の容積」が正しいと考えたのである.
以上,黄鐘律管に関する朱載堉の批判をまとめる.黄鐘律管の長さは,横黍90 分は間違いで,縦黍81分(=1尺)が正しい.律管の管口面積は,9平方分は間 違いで,9.82平方分が正しい(この数値については後述する).9は内周を示す数 値である.律管の容積は,810立方分は間違いで,982立方分が正しい(この数 値についても後述する).ちなみに,本節では専ら『律呂正論』から引用したが,
ほぼ同じ内容が『律呂精義』(巻四,内篇,新旧法参校第六)にも見られる.
9 『漢書』律暦志上,九八一頁.
10 「古云黄鐘九寸,空圍九分,原無積八百一十分之說.八百一十分乃劉歆謬說,不足信也.
律管之形,當依算家環田之術求之,故有内周・外周・内徑・外徑.空圍九分者,内周 也.不言内徑者,徑在其中矣,不言外周・外徑者,急所先務也.非畢竟不求也.故余先 求内周,次求内徑,而後方求外周・外徑,既有内外周徑,則亦當求面冪・積實.」『律呂 正論』巻二,律管説下第六,三二七頁下.
2‒2. 十二律管の管径逓減について
十二律管の管径に差がないことも朱載堉が先儒に抱いた不満のひとつである.
先儒の旧説では,(十二)律管の長短は異なるが内周と直径はみな等しい.そ の説は,『礼記』月令の鄭玄注に「律空囲九分」とあるのに起こり,蔡氏の
『月令章句』もまた「囲に増減無し」といい,『隋書』律暦志に載せる魏・安 豊王の一段11は最も詳しい.蔡元定は深くこれを信じて,胡瑗を誹った.私 からすれば,瑗は律の理を知らないが,元定と比べて,音のことはよくわかっ ている.元定はただ音を知らないだけでなく律の理も知らず,そのまま律学 の正しい説が途絶えたのは,律管の内周と直径が皆同じだという説に惑わさ れたからである.12
朱載堉によれば,「十二律管の内周と直径はみな等しい」という説は,『礼記』
月令の鄭玄注や,蔡邕の『月令章句』に由来があり,多くの儒者が惑わされてき た.北宋の胡瑗は,理論的根拠はなかったが,管口の直径に差をつけた律制を考 案した.しかし蔡元定は胡瑗を誹った.朱載堉は「十二律管の内周と直径はみな 等しい」という説こそが,「律学絶伝」の原因だと考えた.朱載堉は,管径に差を つける必要性について,以下のように述べる.
十二律は,管口の直径と円周がそれぞれ異なる.旧説ではみな等しいとして いた.私はかつて詳細に論じたので,今ここにも記録しておく.琴・瑟は徽・
柱に遠近があるだけでなく,弦に太さ・細さがある.笙・䊂は管孔に高低が あるだけでなく,簧にも厚薄がある.弦に太さ・細さがなく,ただ徽・柱の 遠近だけで,音高を区別しようとすれば不可である.簧に厚さ・薄さがなく,
11 「『漢志』云「黄鐘圍九分,林鐘圍六分,太簇圍八分」,『續志』及鄭玄竝云「十二律空,
皆徑三分,圍九分.」後魏安豐王,依班固『志』,林鐘空圍六分,及太簇空圍八分,作律 吹之,不合黄鐘商徵之聲.皆空圍九分,乃與均鐘器合.」『隋書』巻十六,律暦志上,律 管囲容黍.
12 「先儒舊說,凡律長短雖異,圍徑皆同.其說起於鄭氏『月令注』云「凡律空圍九分」,蔡 氏『月令章句』亦云「圍數無增減」,『隋志』所載魏安豐王一段尤詳.蔡元定深信之,以 譏胡瑗,以余論之,瑗雖不知律理,而比元定則頗知音,元定不獨不知音,亦不知律理,
遂致律學絶傳,蓋由圍徑皆同之說所惑也.」『律呂正論』巻二,律管説下第六,三四〇 頁.
ただ管孔の高低だけで,音高を区別しようとすれば不可である.律管にたと えると,長短に差があり管口の直径にも差があるのに,先儒は長短は異なる が,管口の直径と円周はみな等しいという.これは完璧な理論ではない.も し今信じられなければ,銅あるいは竹で,同じ黄鐘律管を二つ作り,そのう ちの一つを半分に断ち切って,全律と半律を作ってみればよい.そして,そ れぞれ一人に命じて同時に吹かせてみると,音は絶対に調和しないだろう.
これははっきりと検証できることである.また,同じ大呂律管を二つ作り,
管口の直径や円周は黄鐘と等しくして,そのうち一つを半分に断ち切って,
全律と半律を作る.それぞれ一人に命じて同時に吹かせてみると,やはり大 呂同士は合わず,その半律は黄鐘全律と調和し,微妙な差はあるものの大き な差はない.ここから,半律というものは,みな全律を一律下したものだと わかる.おおむね,管が長ければ気は狭まり,気が狭まれば,管が長くても 高くなる.管が短ければ気は広がり,気が広がれば,管が短くても低くなる.
これは自然の理であり,先儒が到達しなかったことである.つまり,長短広 狭には,一定の理があり,一定の数があるのだ.新法では,9分の黄鐘の長 さを管口の内側の円周とし,句股求弦の術を用いて,その外周を得る.20分 の黄鐘の長さを管口の外側の直径とし,句股求弦の術を用いて,その内径を 得る.すなわち,律管の両端は,環状の田のようであり,内外周径がある.
外周に内接する正方形の一辺の長さが,内径である.内周に内接する正方形 の対角線が,外径である.方と円とが互いに入れあうのは,天と地のかたち であり,理と数の精妙なはたらきである.13
13 「十二律,圍徑各不同,而舊說以爲同.余嘗辨論甚詳,今附於此.論曰,琴瑟不獨徽柱 之有遠近,而弦亦有巨細焉.笙䊂不獨管孔之有高低,而簧亦有厚薄焉.弦之巨細若一,
䝆徽柱遠近,別之不可也.簧之厚薄若一,䝆以管孔高低,別之不可也.譬諸律管,雖有 脩短之不齊,亦有廣狹之不等.先儒以爲長短雖異,圍徑皆同,此未達之論也.今若不 信,則以銅或竹,製黄鐘之管一樣二枚,截其一枚,分作兩段,全律・半律各令一人吹 之,聲必不相合矣,此昭然可驗也.又製大呂之管,一樣二枚,周徑與黄鐘同,截其一 枚,分作兩段,全律・半律各令一人吹之,則亦不與大呂相合,而其半律,反與黄鐘全律 相和,微差不遠.是知所謂半律者,皆下全律一律矣.大抵管長則氣隘,隘則雖長而反 淸,管短則氣低,低則雖短而反濁,此自然之理,先儒未達也.要之長短廣狹,皆有一定
琴・瑟が,徽・柱のほか,弦の太さで音の高低の差をつけるように,また,笙・
䊂が,管孔のほか,簧(リード)の厚さで音高の差をつけるように,律管も管の長 短だけでなく,管口の直径にも差をつけるべきである.そのように考えた朱載堉 は実験を行った.まず,同じ寸法で黄鐘律管を二つ作り,そのうちの一つを半分 に切断し,吹き比べたのである.このとき,音は調和しなかった.また,大呂律 管を二つ作り,管口の直径や円周は黄鐘と等しくし,そのうち一つを半分に切断 し,吹き比べる.このとき,大呂律管同士は合わず,大呂半律はむしろ黄鐘全律 とほぼ調和したという.朱載堉は,このような実験によって,管口の直径に差を つける必要性を説明した.朱載堉は律管の中での気の動きを,「管が長ければ気は 狭まり,気が狭まれば,管が長くて高くなる.管が短ければ気は広がり,気が広 がれば,管が短くても低くなる」とし,このような気の動きを「自然の理」と位 置づけた.律管独特の空気振動に関する朱載堉なりの説明である.
朱載堉は,具体的には以下のような手順で,黄鐘正律の管口の内周・内径・外 周・外径を求めた(この計算は「はじめに」で述べた管径計算と同一である).黄 鐘正律の律長が縦黍81分のとき,「空囲九分」つまり内周が9分であるから,黄鐘 正律の律長:黄鐘正律の内周は,81:9=9:1となる.ゆえに,「l=黄鐘正律の律長」
とすれば,1
9lが黄鐘正律の内周となる.黄鐘正律9寸を1尺と考えれば,1尺÷9= 1寸1分1釐1毫有奇,これが正律内周となる.自乗して2倍し実とし,開平方の法 を行って,1寸5分7釐1毫有奇を得て,正律外周とする.また,黄鐘1尺を20で 割って5分を得れば,正律外径となる.正律外径を自乗して半分にしたものの平方根 を開けば,3分5釐3毫有奇を得て正律内径とする.ほかの律はそれぞれ,隣接二律 間の律長比が1:12 2 ,内周・内径・外周・外径比が1:24 2となるよう計算する.
この計算では,円と,その円に内接する正方形,さらにその正方形に内接する 円を想定し,句股定理を用いながら,律管の内周・内径・外周・外径を求めてい る.朱載堉はこのような過程を「方と円とが互いに入れあう」と表現し,「天と地
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之理,一定之數在焉.新法九分黄鐘之長以爲内周,用句股求弦之術得外周.二十分黄鐘 之長以爲外徑,用句股求弦之術得其内徑.蓋律管之兩端,形如環田,有内外周徑焉.外 周内容方面,即内徑也.内周外施方斜,即其外徑也.方圓相容,天地之象,理數之妙者 也.」『律呂質疑弁惑』,弁空囲非九分,積非八百一十分下,三八一―三八二頁.
のかたち」「理と数の精妙なはたらき」と述べた.本節で専ら引用したのは,『律 呂正論』と『律呂質疑弁惑』であるが,管径逓減についても,『律呂精義』(内篇 二,不取囲径皆同第五之上)にほぼ同じ内容がある.
黄鐘律管の寸法及び十二律管の管径逓減に関しては,『楽律全書』に収める書 と,その後に記された『律呂正論』『律呂質疑弁惑』との間に,大きな差はない.
第三章では,朱載堉が後期の著作で改めて先儒への批判を行い,ほぼ同じ理論を 繰り返した理由について考察する.
3. 朱載堉の度量衡論
3‒1. 「理」としての嘉量
楽律と度量衡の関係については,古より様々な議論があった.『漢書』律暦志を はじめとする儒家の律暦思想において,黄鐘律管は全ての基準となり,暦法・度 量衡を生み出す起源であった.しかし実際は,古の黄鐘律管が滅んでしまった以 上,既存の度量衡制に依拠して,律管を起こさざるを得ない状況が続いていた.
「律が先か」「度が先か」という問題は,儒家の楽律学において重要なテーマとなっ た.北宋の司馬光は度を律より優先させた.南宋の朱熹・蔡元定は,黄鐘律管を 起こすにあたり,気を基準とし,律から度が生まれることを強調した.朱載堉は 司馬光と同じく,実際に律を起こす際には既存の度量衡制にのっとるべきだとし た.ただし,筆者が以前指摘したように,朱載堉が書の中で繰り返し強調するの は「律度量衡を同じくする(同律度量衡)」という概念であった.朱載堉は,「律 が先か」「度が先か」という問題をこえて,律と度量衡が表裏一体となり,相互に 関連する世界を目指したのである14.律と度量衡が完全に表裏一体であれば,律 が失われたので,やむをえず度量衡を参照するのではなく,正しい度量衡からは,
当然正しい律が復元できることになる.
それでは「正しい度量衡」を,どのように得たらよいのか.その重要な伴とな るのが,『周礼』考工記・嘉量の制であった.朱載堉は『嘉量算経』序文で,「周
14 田中有紀(2011)
公は,楽器と音が失われることを危惧し,長さ・容積・重さをはかる手段として 度量衡(嘉量)を定めた.また,嘉量が失われることを危惧し,その寸法を数値と して残した.律と度量衡は表裏一体である.律から度量衡を求めることもできる し,度量衡から律を求めることもできる.律も度量衡も滅んだら,『周礼』考工記 に残る嘉量の制に関する数値から,度量衡を起こし,律を起こしていけばよい」
という.ほぼ同じ内容が,初期の著作である「律学四物譜」序15にもあり,度量衡 の重要性を訴えているが,朱載堉は特に晩年,改めて度量衡の制度,特に『周礼』
考工記・嘉量の制に強く関心を持ち,『嘉量算経』を著したのではないだろうか16. 本節では朱載堉の後期の著作をとりあげ,度量衡をどのように位置づけている かを確認したい.『律呂正論』(巻一,律管説上,三二五―三二六頁)では,欧陽 之秀の説をわずかに改変して引用するが,そこでは「則」の字を「理」に言い換 えている(「律は,損益の説を捨てられないが,三分だけを使って損益の法とする のは,声と数の不一致を免れ得ず,天然自然の理ではない」,「声は数によって伝 わり,数は声によって定まる.この二つにはみな,自然の理があり,その自然の 理を得られなければ,数は考究できず,その自然の数を得られなければ声は得ら れない」).そして朱載堉は,律呂の学において重要なのは,「明理」「善算」「知 音」の三つだとし,すべてを理解することは難しいので,一つに長じた者が集まっ て,検討すべきだという.たとえば,朝廷においては,「翰林国学明理の儒」・「霊 台欽天善算の官」・「太常教坊知音の工」の三者の中から,特に秀でた者に協議さ せるという.
朱載堉のいう「理」,「算」,「音」とは具体的には何を指すのだろうか.『嘉量算 経』目録では,同書の上巻を「律の理を明らかにする」と位置づける.上巻の内
15 「律学四物譜」は『律学新説』の原本である.朱載堉は「律学四物譜」の自序を捨てる のを惜しみ,『律学新説』の末尾に付したと言う.
16 「律学四物譜」序は,『嘉量算経』序とほぼ同じ内容を載せるが,『周礼』考工記・嘉量 の制に特に言及しない.しかし,「律学四物譜」が付された『律学新説』では,嘉量の 制を詳細に論じている.また,嘉量の具体的な数値についての朱載堉の考証も,前期・
後期の著作を通じて特に変化はない.筆者が注目しているのは,朱載堉が嘉量の制に対 し,自らの理論の中でどのような位置づけを与えているかである.特に後期の著作にお いて朱載堉は,自らの律制の根幹を支える存在として嘉量に注目したのではないか.
容を簡単にまとめると,以下の通りである.①嘉量の佂(鬴,第一章【図2】を参 照)が8斗であることについて,②佂の径,③佂の周,④佂の面積,⑤佂の容 積,⑥斗の容積,⑦升の容積,⑧合の容積,⑨龠の容積,⑩黄鐘律管の管口 面積・円周・直径,⑪黄鐘律管の面積から円周率を使い,円周や直径を求める計 算,⑫䴃の面積・円周・直径,⑬耳の面積・円周・直径,⑭佂・区・豆・升の 容積,⑮佂・豆・升から黄鐘の容積を求める計算,⑯佂・䴃・耳の内径・外径・
内周・外周・面積・容積の計算,銅で鋳造した場合の容量,⑰嘉量を五つの部分 に分けて計算することについて,⑱嘉量各部分の内外周径・面冪・容積を互いに 計算する方法,⑲ 1立方寸に鋳造した銅の重さから,嘉量各部分の重さを比較し 計算する方法,⑳量器鋳造にあたり,銅の精錬が肝要であることについて.朱載 堉は,『周礼』嘉量の中心部である佂の寸法を計算し,佂に基づき,斗・升・合・
龠の容積を計算し,龠と等しい黄鐘律管の寸法を計算する.この過程については 後述する.それから,䴃・耳の各部分の内外周径・面積・容積を計算する.最後 は,嘉量を銅でどのように鋳造するかを論じる.朱載堉はこのような嘉量に関す る諸々の計算を「律の理」と呼んだ.
中巻は「律の数を明らかにする」と位置づける.中巻の内容は以下の通りであ る.①平方根の開き方,②『周礼』嘉量における句股定理の解説,③黄鐘から 䋅賓を,南呂から夾鐘の律長を求める計算,④立方根の開き方,⑤応鐘から黄 鐘を計算し十二律が循環することについて,⑥応鐘の値12 2が十二律を計算す る際,乗除の母となることについて,⑦十二律管の律長,⑧十二律管の管口面 積,⑨十二律管の容積,⑩十二律管の黍の容量,⑪十二律管の管口内周,⑫十 二律管の管口内径,⑬十二律管の管口外周,⑭十二律管の管口外径.つまり,嘉 量の計算や律管の計算に用いる平方根・立方根の開き方や,句股定理の解説から 始まり,平均律の計算,十二律管の律長,管口内外周径・面積・容積に及ぶ.こ のような具体的な計算方法や,計算によって得られた十二律管の寸法を,朱載堉 は「律の数」と呼んでいる.
下巻は「律の音を明らかにする」と位置づける.朱載堉は凡例で「律の得失は 琴によって証明すれば明らかである」と述べ,十二月に十二律を配当し,各月ご とにどのような調性で演奏すべきかを論じる.たとえば,建子月は,黄鐘均を用
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い,旋宮第一調は,黄鐘の羽である南呂で起調畢曲,旋宮第二調は,黄鐘の徴で ある林鐘で起調畢曲,旋宮第三調は,黄鐘の角である姑洗で起調畢曲,旋宮第四 調は,黄鐘の商である太簇で起調畢曲,旋宮第五調は,黄鐘の宮である黄鐘で起 調畢曲するとし(楽譜が載るのは第一調のみ),建亥月(応鐘均)まで記す.つま り,十二月に応じた様々な調性の楽譜を,朱載堉は「律の音」と呼んでいる
「律の理」を論じる上巻に戻り,その内容を分析したい.上巻では『周礼』考工 記・㮚氏の経文から,佂を計算し,佂から黄鐘律管の容量を計算する過程を論じ る.以下,その過程を細かく見ていく.
最初に,佂が8斗であることを論証する.その理由は,明代に編纂された『洪 武正韻』が,鐘を解して8斛とし,かつ『春秋左氏伝』が,佂を10倍したもの を鐘とするからである.つまり,佂は8斛÷10で8斗となる.先儒は佂を6斗4 升と解しているが,間違いである.朱載堉はこれを「律度量衡の理」と呼ぶ.
二番目に,佂の直径を計算する.朱載堉は,『周礼』の「佂深尺,内方尺而円其 外」とは,算家のいう「円の中に方をいれ,方の外に円を求める(円内容方,方 外求円)」,つまり句股求弦の法を指すという(正方形の一辺から句股定理を使い 対角線を計算し,その対角線が正方形に外接する円の直径となる).円に内接する 正方形の一辺10寸を股,自乗した100寸を股冪,もう一辺の10寸を句,自乗し た100寸を句冪,合わせた200寸を弦冪とし,弦冪を実として,平方根を開いて 得た弦一尺四寸一分四釐二毫一糸三忽五微六繊が,円の直径であり,佂の内径で ある.それを半分にして七寸○分七釐一毫○糸六忽七微八繊を得,円径密律と名 づける.
三番目に,佂の円周を計算する.朱載堉の円周率では,円に内接する正方形の 一辺の長さが9寸の時,円周は40寸となる(円周率については第二節を参照).
よって,正方形の一辺の長さが10寸だとすると,その正方形に外接する円は,10 に40をかけ,9で割ることによって求められる.ゆえに佂の内周は,四尺四寸四 分四釐四毫四糸四忽四微四繊である.半分にして二尺二寸二分二釐二毫二糸二忽 二微二繊を得,円周密律と名づける.
四番目に,佂の周と径を乗じて,佂の面積を計算する.佂の半径七寸○分七釐 一毫○糸六忽七微八繊と,佂の半周二尺二寸二分二釐二毫二糸二忽二微二繊を乗
じると,百五十七寸十三分四十八釐四十毫を得,それが佂の面積である.
五番目に,深さ1尺を面積にかけて,佂の容積千五百七十一寸三百四十八分四 百釐を得る.
六番目に,斗を計算する.1佂=8斗なので,千五百七十一寸三百四十八分四 百釐÷8=百九十六寸四百一十八分五百五十釐となる.
七番目に,升を計算する.1斗=10升なので,百九十六寸四百十八分五百五十 釐÷10=十九寸六百四十一分八百五十五釐となる.
八番目に,合を計算する.1升=10合なので,十九寸六百四十一分八百五十五 釐÷10=一寸九百六十四分一百八十五釐五百毫となる.
九番目に,龠を計算する.1合=2龠なので,一寸九百六十四分百八十五釐五 百毫÷2=九百八十二分百九十二釐七百五十毫となる.1龠は黄鐘律管の容積と等 しいので,黄鐘律管の容積を810立方分とする説は間違いである.
十番目に,黄鐘律管の容積と管口面積・内周・内径を計算する.黄鐘には三種
(縦黍尺・斜黍尺・横黍尺)あるが,計算しやすいので横黍尺(100分=1尺)で考 える.『周礼』の「鬴深尺」を「鬴の深さ一尺」と解せば,黄鐘の長さが1尺で あることがわかる.佂の容積千五百七十一寸三百四十八分四百釐を1600(1佂=
1600龠)で割ると,九百八十二分百九十二釐七百五十毫となり,これが黄鐘律管 の容積である.また,佂の面積百五十七寸十三分四十八釐四十毫を1600(1佂=
1600龠)で割ると,九分八十二釐十九毫二千七糸五十忽となり,これが黄鐘律管 の面積である.さらに,佂の内周四尺四寸四分四釐四毫四糸四忽四微四繊を40で 割ると,一寸一分一釐一毫一糸一忽一微一繊となり,これが黄鐘律管の内周であ る.そして,佂の内径一尺四寸一分四釐二毫一糸三忽五微六繊を40で割ると,三 分五釐三毫五糸五忽三微三繊九塵となり,これが黄鐘律管の内径である.
十一番目に,今度は,黄鐘律管の面積から,円周率を使って円周と内径を計算する.
以上の過程をまとめると,まず,佂が8斗であることを示し,佂の内径・内周・
面積・容積を求める.続いて,斗の容積を佂の八分の一として計算し,升は斗の 十分の一,合は升の十分の一,龠すなわち黄鐘は,合の二分の一と計算して,容 積982. 019275立方分を算出する.これは佂の容積を1600で割ったものと同じ である.また,佂の面積を1600で割り,黄鐘の管口面積9.8201920075分を算