が ん細胞の変 性過程 の 研 究
‑ エ ー ル リッ ヒ腹 水がん細胞の DN A 量 と 形 態 との対比一
金沢大 学 医 学 部 内 科学 第三講座 ( 主任 : 月艮部 絢 一教 授)
吉 田 喬
(昭和5 3年6 月7 日受付)
本 論 文の要 旨は昭和50 年 第1 6 回日本 臨 床 細昭学 会給 金お よ び昭 和52 年 第6 回国 際臨 床 細 胞 会 議におい て 報 告 し た.
最 近の細 胞診の多くの領 域では∴細 胞 採取 法の進 歩
にと も ない, 新 鮮な状 態の細 胞を観察する機 会が多く なってき た. 従 来の Papa nic ola o u
lJ の "Crite ria of
m align a n cy'' は, 採取 法や保 存 条 件に よ り. 多 少と も
変 性し た腫瘍 細 胞を対象と して決め ら れ た もの で あ り. 最近. 各 分 野ご とに新 鮮な細 胞の所見を加 味し た 悪性 判定 基 準の検 討が活 発に行な わ れて いる2 I3 抑.これ らの研 究では,当然の ことと して早期の細 胞の変 性過程 を明ら かにし, その結果を も とにして判 定基 準 を設 定 す べきであ る と して いる.
一方, 主に嬉 人 科 領域では細 胞 診によ る集 団 検診 か 普 及し珊, 多 数の検 体を短 時 間で処 理 する た めに, 細 胞診の自 動化7)8躯 強 力に検 討さ れて いる. その中で,
検体を採取 し, 遠隔地 よ り集め, 模本を作製す る まで に数 日 が経過 す ること が予想さ れ る.その よ う な検 体では, 極 度に変性の進ん だ細胞を取り扱う機 会が増し. 検 体 採 取 後におこる細 胞の変 性 過 程の検 討が必要と なっ て
重 た.
現 在t 細胞 診の領 域で適 用さ れて いる悪 性 判 定基 準 は主に核の形 態 学 的 所見によ る所が多く. 細 胞 診の自 動 化 装 置でも, 核 染 色畳あ るいは核の形 態学 的 所見を 良 ・悪 性 判定のた めの重要な情 報 源と して いる. 細 胞
の形 態 学 的観 察を目 的とする各種の染 色 法で の核染 色 畳と深い関係にあ る と考え ら れ る D N A 量に関して
は. 生 化 学 的別= 川‑), あ るいは細 胞 化 学 的にほ トー5惨くの 研 究 成 果が報告さ れて いる. し か し生 化 学 的 測 定値と 細 胞 化 学 的測 定 値を同 次 元で比 較す るのは困 難であ り. 両 者の対比は あ ま り行な わ れ ず, そ れ ぞ れの方 法
によ る研 究が別 個に進め ら れて いる. ま た, 核の形 態 学 的所 見につ い て も き わ めて多くの報 告を み る が, 核
Dege n e r atio n Pr o c e s s of Ehrlich As cite s
の変 性過程につ い て の研究は 比較 的少 な く, 細胞化 学 的には A l fe rt‑6 1お よ び Le u chte nbe rge r
17) な どの
報 告が あ りt 形 態 学 的 所 見では中村‑8 I, 片 柳19l, 田村 ら2 0鹿よ び安藤2 ‖な どの報 告を み る が, これ らで は変 性過程で の細 胞 化 学 的D N A 量の変 化と形 態 学 的 所 見
の比較 検 討は行な わ れて いない,
洗 浄 細胞 診で使 用す る洗 浄液の剥 離 細 胞に対 する影 響につい ては, 胃の洗 浄細 胞 診や術 中の腹 腔 内洗 浄細 胞診 な どで検 討さ れて いる2 2 】2 3 ). ま た最近 子宮がんの集 団 検診で自己採 取 器に よ り、 比 較 的 多 量の液状 検 体が 集め ら れ2 句,適 当な施 設へ送 仇 自 動 塗 抹 器で処 理さ れ る際. 検 体 採取 か ら 固定, 標 本 作 製まで に かな りの 時 間を要し, m ediu m の影 響を 受 け る機会 も 多いた め, m ed iu m の種 類によ る細 胞の変 性過程の違い に つ い て の検 討も必 要と なっ た.
本実 験ではエ ー ルリ ッヒ腹 水が ん細 胞を用い, 細胞
の変性過程で のD N A 量 を経 時 的に生 化 学 的お よ び細 胞化学 的 方 法によ り測 定して対 比し た. ま た, 細胞の 変 性過程で径 時 的に標 本を作 製. 細 胞 化 学 的にD N A 量 を測 定し, 位相 差顕 微鏡 お よ び Papa nic ola o u染色 所 見な ど との対比を試み た. さ らに比較 的容 易に人手
でき, 日常よ く用いら れ る各 種の m ed iu m 中で の細胞
の変 性につい ても, 細 胞 化 学 的に D N A 量 を測 定す る と と もに形 態学 的に検 討し たの で その結 果を報 告す る.
実 験 材 料
本 実 験には, 孤 立 散 在 性で, 核径 な ど も 比較的 そ ろっ てお り. 採 取が容 易で多数の細 胞が得ら れ るエ ー ルリッ ヒ腹 水が ん細 胞を材 料と し た. は ぼ 2 0g の
T u m o r Cel l. Takash i Y osh ida, (Ch ief &
P r ofe s s o r : Ke n‑ichi Hatto ri) Third Depa rtm e nt of Inte r n al M ed icin e , Ka n a z awa
Univ e r sit y Scho olof M edicin e, K a n a z a w aCi t y. P .C. 9 20 Japan
が ん細 胞の変 性 過程の研 究
D D K 堆マ ウ ス腹 腔 内にエ ー ル リ ッ ヒ腹 水が ん細 胞 106 個を移 植し, 10 日 ないし 1 4 日後にマ ウス腹 腔 を 凝固を防ぐ た め, あ らかじ め 3 ・8% ク エ ン酸 ナ ト リウム液を入れ た注 射 器で穿 刺し, 抗 凝固 剤の量と腹 水との比を 1 : 9 と し た・
実 験 方 法
Ⅰ. D N A 量の細 胞 化学的計測値と 生化 学的計測値
の比較
移 値1 4 日後のエ ー ルリッ ヒ腹 水がん細 胞を採取し,
試験 管 内で3 70c に可 及 的 無 菌 的に保 存し, 採 取 直 後. 5, 1 0.1 5,2 0 お よ ぴ 30 日後に試 験 管よ り取り出 し, 塗抹 模 本を作 製, カル ノ ア液で湿 固 定 後. 型のご と く Fe ulge n 反 応を施し, N i ko n‑V icke r s M 8 5
s c a n ning mic r ode n sito mete r( 以 下S M M と略す)で 波長5 60m仏 SPOtliL , 対 物レンズ×100 によ りl そ れ ぞ れの模本につ い て腫 壌 細喝1 0 0 個を測 定し. その平 均 値を算 出し た. ま た経 時 的に取り出し た同一試 料につ
い て Sch血i dt‑T ha n nha u s e r・Schn ei de r 法27 )にも と ず き D N A 分画を抽 出し, Bu rto n2 8J のd iphe nyl‑
ami n e 法によ り生 化 学 的に D N A 量を測 定し比較 検 討し た.
ⅠⅠ. 試験 管に 保存し た 自家 腹水中での核の変 性過 程 1 . 形 態学的 観 察
移値10 日後のエ ー ル リ ッ ヒ腹 水が ん細 胞を採 取 し, 3 70c ぉ よ び 40c で可 及的 無 菌 的に保 存し.採 取 直 乱 1,3 ,7, 1 4,21 お よ び 2 8 日後に試験 管よ り取り 出し.藷 層 榎本を作 製し,位 相 差顕 微 鏡 下で観 察し た. 位相 差顕 微鏡は 日本 光 学工業K K 製で対 物 レン ズ は D M x 40. ×1 00 を用い緑 色フィルタ ー を透して観 察し. 写 真撮 影には ネ オパ ンF を使 用し た. ま た同 一 材料か ら塗抹 標 本を作 製し,
鵬 つは95 % エ タノ ー ル.
エ ー テ ル 等量液で湿 固 定 後, W alte r Re ed Ar my Ho spital変法によ る Papa nic ola o u 染色を施し.他の
一 つはカルノ ア液で湿 固定,型の通り Fe ulge n 反 応を
施して形 態学 的 観 察を行なっ た. 2 . D N A 量の変 化
上記の形 態学 的 観 察に使 用し た Fe ulge n 反 応 標 本 を・ S M M によ り実 験Ⅰ と同様の方法で,各 棟 本につい て.腫 瘍 細胞を 1 0 0 個, 非 腫 瘍 細胞を 30 個 測 定し,縦 軸に細 胞数,横 軸にD N A 量 を任 意の単 位にと り, ヒ ス ト グラ ムを作 製し た.
Ⅲ■ Mediu ∫n の核の変性 過 程に及ぼす 影 響 1・ 形 態学 的 観 察
移値1 0 日後の腹 水を採 取し, その1 5 最 を 800rpm で1 0 分 間遠 心し,上 清の大 部 分を捨て,高 度のが ん細
4 5 9
胞 浮 遊 液と し, その0.5 最 あてを, 1) ブ ド ウ糖 液, 2) 生理 食塩 水,3) リンゲル液お よ ぴ 4) ハ ン
ク スⅢ 液の各8mエに加え, 数 回 転倒混 和し た. こ の操 作は無 菌 的に行ない, 3 70c ぉ よ ぴ 40c に保 存し.浮 遊
の直 後. 3,6 .1 2時 間 後. 1,3,7 ,1 4. 21 お よ び 2 8 日後に取り出し,実験 Ⅱと同様に位 相差 顧 微 鏡下で
観 察し. 同 時にPapa nic ola o u 染色 標 本を作 製して形
態 学 的観 察を行なった. 2 . D N A 量の変化
上記 と同一 の 試 料か ら Fe ulge n 反 応 標本を作 製 し, S M M によ り実 験1 と同様に測 定し. 各 m ed iu m につい て経 時 的に ヒ スト グラムを作 製し た.
実 験 成 績
Ⅰ. D N A 量の細 胞化学的計 測 値と 生 化学的 計 測値の 比 較 (F ig.1).
エ ー ルリッ ヒ腹 水が ん細胞の3 70c で の変 性過程で
は, D N A量は次 第に減少し,生 化 学的 及び細 胞 化 学 的 計 測 値の いず れ も 5 日後には採取 直後の約2/3,1 5 日 後には約1/2, 3 0 日後には約1/5 に な りt 細 胞 化 学 的
に定量 し た Fe ulge n r e a ctiv eD N A 畳 と,生 化 学 的に 定 量し た d iphe nyla min e r e a ctiv eD N A 量は は ぼ対 応して減 少す る.
Ⅲ. 試 験 管に保存した自家腹 水中 での核の変性 過 程 1 . 形態 学 的 観 察
1) 採 取 直 後の細胞
i) 位 相差 顕 微 鏡によ る観 察 (F ig.2. a)
核 縁は は ぼ 円滑で不 均 等 肥厚な く. 僅かに小さい凝 集塊の付着を み るのみで ∴核 内は 2 ないし3 個の核小 休と少 数の凝 集塊のは か は特 別の構造を 認 め ない.
ii) Papa nic ola o u 染色によ る観 察 (F ig.2.b) 核 縁は円 滑で不 均 等肥厚な く. 少数の小さい凝集 塊
F ig.1. Sequ e ntial cha nge s in Fe ulge n r e a ctiv e
D N A a nd d iphe nyla min e r e a ctiv e D N A・
享 す 雪 雲
岩 芋 蔓 屋 完 雇 皇妄 喜
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の付 着を み る. 核 内に は鮮 明な核 小 体と少 数の凝 集 塊 を み る.
j ii) Fe ulge n 反応によ る観 察 (F ig,2.c)
核 線は や や硬く不整で あ る が. 凝 集塊の付 着を み な い. 核 内は細 網状 構造を呈し, 核小 体と思わ れ る部 分 は白くぬけてみ え. その周 囲に凝 集塊を みる. ま た核 内は核/ト体と思わ れ る部 分を除 き. 淡く 一様に染 色さ れ る.
2) 3 70c に保存し た細 胞 i) 位 相 差 顕 微鏡によ る観 察
a・ 1 日後 : 核径は著 明に縮 小 する が.細 胞 径 も縮 小 し. 核。 胞 体 比は大と な る. 核縁に凝 集塊が付 着し.
不均 等肥厚 を 示す. 核 内は は ぼ均質 化し. 融 解 状にみ え る. 核小体は′ト型 円 形 化し, その周 囲は明庭 様にな る.
b・3 日後こ 核線は 1 E】後と同 様の所 見を呈 する がt核 内は凝 集塊に よ る細顆 粒 状の構造が著 明に な る.
C・ 7 日以 後(Fig.3.a) : 核 縁に は大 きい凝 集 塊が連 な り, その所々 に断裂を み る. 核 内構 造は 3 日後と変 り な く. 以 後も同様の所 見が続く.
ii) Papa nic ola o u 染 色に よ る観察
a. 1 日後 : 核 径は縮 小し.核縁は大 小の凝集塊の付
着で肥 厚し, 不 整と な る. 核 内に は凝集 塊を み. 核/ト 体と核 縁をつな ぐ粗 網 状の構 造を み る.核小体は縮 小t
円形 化し, その周囲に凝 集 塊の付 着 をみ る. 核は全 般 に遵 染する.
b. 3 日後 : 核径は著 明に縮小し, 核 縁に付 着し た 凝 集 塊の数が減少し. 肥 厚お よ び不 整の程 度は軽 度に な る. 核 内も 同 様に凝集 塊の小 型 化や減少と と もに,
粗 網 状構 造 も 断 裂し ∴粗顆 粒 状にな る. 核小 体は よ り 縮 小し, その周 囲の凝 集塊 も減 少 する. 核は全般にや や淡 染 する.
C. 7 日後 : 核 縁は や や薄く な る が,他は 3 日後の所 見と は ば同様で, 核 内は粗 顆 粒状にな る. ま た 一部に
は核 径の縮 小が著 明で濃縮状の核を有 する細 胞を み る.
d. 1 4 日後 (Fig.3.b) : 核 線は凝 集塊が連な り, 一
部で断 裂を み る. 核 内の凝 集 塊は小さ く, 細 顆 粒 状に な る. 核′ト体は よ り小 型 円 形 化し. その周 阻まぬけて み え る. 溝板状の核も み る.
e. 2 1 日後 : 核 縁の断 裂が著 明にな り, 核 内は顆 粒 状でl 核 小 体との区別が困 難で 一 部は破砕 状にな る.
濃縮 状の核は減少 する. iii) Fe ulge n 反応によ る観 察
a. 1 日後 :・核径は縮 小し,核 縁は凝 集塊の付 着によ
り不 均等に肥 厚. 核 内は粗 網 状になる. 核小 体と思わ
れ る空 泡の周凝にも凝 集 塊が増 加する.
b・3 日後 : 核 径は さ ら に縮 小し, 核 縁の凝 集 塊の
付 着は減少・ 核 内の凝 集 塊も減 少し粗 網 状 構 造が 一部
では断 裂し た よ うにみ え る. 核 小 体と思わ れ る空 砲は 削 、す る・ 核 内の構 造の間 隙部 分は ば とんど染色さ れ ない.
C・7 日後 = 3 日後の所 見と著 変は ないが,核 内は粗
顆 粒 状にな り・ 核 径は著 明に縮 小す る. 濃縮 状の核も か な り出現す る.
d・ 1 4 日後 (F ig・3:C) : 核 縁は凝 集 塊の付 着が減少 し薄く な る・ 核 内は細ないし粗 顆 粒 状にな り. 核小体 と思わ れ る空 泡の周 囲の凝集 塊 も 減 少す る.
e・ 2 1 日後 : 核 縁は凝集 塊が連なっ た よ うにみ え. 所々 で断 裂を み る. 核 内は粗ないし紬 顆 粒状で. 核小 休と思わ れ る空泡は不 明 瞭にな る.濃 縮状の核 もみ る.
3 ) 40c に保 存し た細胞 i) 位 相 差 顕 微 鏡によ る観 察
乱 1 日後 ‥核 径は僅かに縮小し.核 縁は凝集 塊の付
着に よ り. や や不 均 等に肥 厚し不 整に な る. 核 内は凝 集 塊が増 加し,
一 部では網 状 構 造を呈 する. 核 小体に は著 変を み ないが,その周 囲に付 着し た凝 集塊のた め,
大き く 不整 形にみ え る.
b.3 日後 : 核 径は著 明に縮 小し, 核 縁は 1 日後の 所 見と著 変を み ないが, 核 内は凝集 塊が増 加し顆 粒状
にな る, 核 小体は縮 小してや や円形 化, その周 囲は明 庭 枝と な り, 凝 集 塊の付着は減 少 する、
c.7 日後 : 細 胞 径. 核 径と もに縮 小す る が,核・胞 体 比は大に な る. 核 縁お よ び核 内の所 見は 3 日後と著 変を み ない .
d. 1 4 日後: 核 縁は凝集 塊が連な り, 念 珠 様にみ え. 所々 で断 裂を み る.核 内の構 造は著 変を み ないが・
核 小 体は よ り小 型 円形 化 する. 370c に保 存し た細 胞
の5 日後の所 見に相 当 する.
e‑2 1 日 お よ び 2 8 日後 (F ig.4.a) : 1 4 日後と ほ ぼ 同 様の所 見を呈 する.
ii) Papa nic ola o u 染 色によ る観 察
a.1 日後 : 核 径は僅かに縮 小す る. 核 縁,核 内お よ
び核小 体の周 囲の凝 集 塊が や や増 加 する.
b.3 日後 : 核 径は さ らに縮小 する. その他の所 見 は 1 日後のそ れ と著 変を み ない.
c■.7 日後 ‥核 縁は凝集 塊の付 着によ り不 均 等 肥厚・
不 整にな る∴核 内は核 小体の周 囲 等への凝 集塊の付着 が増 加 する. 3 70c に保 存し た細 胞の1 日後の所 見に 相 当す る.
d.1 4 []後 : 核 径は著 明に縮 小し. 濃 縮 状の核を有 する細 胞が増 加 する.