『
興
正
菩
薩
御
教
誡
聴
聞
集
』訳
注
研
究
松
尾
剛
次
監
修
・ 『興
正
菩
薩
御
教
誡
聴
聞
集
』研
究
会
編
【 凡 例 】 、 訳 注 が 底 本 と し た の は 、 西 大 寺 所 蔵慶
長 九 年 写 本 で あ る 。 写本
の 閲覧
に あ た っ て は、 西大
寺
御
当 局 の ご 高 配 を い た だ い た 。 本 写 本 の影
印 と し て は 、 こ れ ま で に 次 の も の が あ る 。 長 谷 川 誠 編著
『興
正 菩薩
御
教
誡聴
聞集
・ 金 剛 仏 師 叡 尊 感 身学
正 記 』真
言律
宗 総 本 山 西 大 寺、 一 九 九 〇 ( 影 印 本 と 別 冊 の 釈 文 ・ 訓 読 ・ 通 釈 ) ま た 本 写 本 に は 、次
の 翻 刻 ・ 注 釈 が あ る 。 工 藤 良 光校
注 『興
正菩
薩御
教
誡聴
聞集
』 真 言律
宗 総 本 山 西 大 寺 、 一 九 六 八 田 中 久 夫 『 興 正菩
薩
御教
誡 聴 聞集
』 ( 日 本 思 想 大 系 『 鎌倉
旧 仏教
』 、 岩波
書 店 ) 、一 九 七 一 翻 刻 に あ た っ て 、
原
本 の 割 注 は 〈 〉 に 入 れ て 示 し た 。 、 語 釈 で引
用 し た 書 物 の 略 称 は 下 記 の と お り 。 岩 波 本田
中
久夫
校 注 『興
正菩
薩
御
教
誡 聴 聞集
』 ( 日 『 興 正 菩 薩 御 教 誡 聴 聞 集 』 訳 注 研 究本 思 想 大 系 『 鎌
倉
旧仏
教 』 岩 波 書 店、一 九 七 一 所 収 )
『 学 正 記 』
『 金 剛 仏 子 叡
尊
感身
学 正 記 』 ( 『伝
記集
成 』 所 収 )
『 行 実 年 譜 』
『 西 大 寺 勅 謚 興 正 菩
薩
行
実
年 譜 』 ( 『 伝記 集 成 』 所 収 )
伝 記 集 成
奈
良 国 立 文 化 財 研 究 所 監 修 『 西 大 寺叡
尊伝 記 集 成 』 ( 法
蔵
館、 一 九 七 七 〈 初版
一 九 五 六 〉 )細 川 訳 注
−
細 川 涼 一 訳 注 『感
身
学
正 記1
』 ( 平 凡 社・東 洋 文 庫、 一 九 九 九 )
長 谷 川 訳 注
長 谷 川 誠 編 著 『 興 正 菩
薩
御
教
誡 聴 聞 集金 剛 仏 子
叡
尊
感 身学
正 記 』 ( 西 大 寺 、一 九 九 〇 ) 、 注 釈 の 作
成
に あ た っ て は、 田 中 久夫
校 注 『興
正菩
薩 御 一教 誡 聴 聞
集
』 ( 前 掲 ) 、 長 谷 川 誠 編著
『 興 正菩
薩御
教 誡聴 聞 集 金 剛 仏 子
叡
尊 感 身 学 正 記 』 ( 前掲
) よ り多
大 の恩 恵 を 受 け た 。 一 、 本 稿 は、 松 尾 の 指 導 の も と で 行 わ れ た
輪
読 会 の 成 果 であ る。 参 加
者
は 下 記 の と お り 。 九 七石 田 尚 敬、 石 田 浩 子 、 金 子 奈
央
、佐
藤
も な 、 沈 仁 慈 、 荘 崑 木、高
柳
さ つ き 、 日 平 勝 也 、 平 野 多 恵 、 前 川 健 一 『 和 上 御 教 誠 等 打 聞 撰 集 』 お 言葉
に ま か せ て こ れ を 記 す 。 少 し も 私 の 言葉
を 加 え て い な い 。 九 八O
韻 ひ び き。 こ こ で は 経 典 の 教 え と 自 ら の 心 が 対 応 し、 響 き 合 う よ う な 関 係 に あ る こ と を 表 現 し て い る か。 本 条 及 び ( 三 〉 「 学 問 可 入 韻 事 」 の ほ か、 ( 四 二 〉 「 十 一 月 廿 日 最 初 四 人 同 心 通 受 成 就 事 」 に も 「 大 に 韻 は 違 い ひ た れ ど も 」 ( 岩 波 本 二 〇 七 頁 ) と あ る 。 ○ 菩 提 心 さ と り を 求 め る 心。 σ曇
巨 け 鼠 の 訳 。 菩 提 心 に つ い て は、 今. 一 五 〉 「 菩 提 心 事 」 参 照。 〈 一 〉 一 、 学 問 は 韻 を 得 る べ き で あ る と い う 事 あ る 時 の ご 教 訓 で ( 師 が ) お っ し ゃ つ た 。 「学
問 を す る の は 、 心 を 正 す た め で あ る 。 い ま の 人 は 上 手 に 読 め る よ う に な ろ う と ば か り し て、 心 を 正 そ う と 思 っ て い る 人 は い な い 。 学 問 と い う も の は 、 ま ず そ の教
え の 言 わ ん と す る と こ ろ を 理 解 し て、 い つ も 自 分 の 心 が 聖教
の よ う で あ る か な い か 、 と い う こ と を 知 る も の で あ る 。自
分 の 心 を 聖 教 と い う 鏡 に 映 し て み て、 教 え に 背 く と こ ろ は 止 め 、 お の ず と 合 致 し て い る と こ ろ は、 ま す ま す 努 め て道
に 進 む こ と を 学 問 と い う の で あ る 、 た だ し ば ら く の 間 に 文字
を い つ も お 読 み な さ い 。 ( そ の 上 で ) ま ず 急 い で お の お の 、 心 を 正 さ れ る べ き で あ る。 心 を 正 さ な い 学 問 を し て 、 何 の 意 味 が あ ろ う か 。 ギ ど れ ほ ど 聖 教 を 習 う と い っ て も、菩
提 心 の な い 人 に は 神 仏 の 加 護 は な い の で あ る 。 た だ 万 事 を さ し お い て 菩 提 心 を お こ し て、 そ の 上 で 修 行 す べ き で あ る 。 手 足 を 休 め な い で 修 行 す る こ と を 所 依 と 名 づ け る 。 心 を た だ す こ と を も つ て 修 行 の 源 と す べ き で あ る 」 と 。 〈 二 V 一 、 修 行 に あ た っ て 用 心 す る 事 ネ 我 執 の執
心 を直
す も の こ そ 、 修 行者
と申
す の で す 。 必 ず、 受 戒 し よ う と お 思 い に な る 人 は、 急 い で こ れ を 止 め る べ き で あ る 。 戒 を受
け る と 言 う こ と は、 ひ と え に 法 を 興す
為 に す べ き で あ る 。 も し 自 分 の 為 に 受 戒 し よ う と 思 う よう
お な 者 は 、 全 て菩
薩 戒 で は な い 。 い か に 陰 で ( 言 わ れ て い る の で ) あ っ て も 自分
の 身 の 上 を 少 し で も 悪 く い う の を聞
い て は 怨 ん だ り 怒 っ た り し 、 か り そ め に も 自 分 に 対 し て良
く し て く れ る者
を こ と さ ら に 愛 し 喜 ぶ、 こ れ は 仏 道 を 求 め る 人 で は な い 。菩
提 心 で は な い 。 た と え 自 分 を 殺 し、 打 つ者
が あ っ て も 、 痛 い と い う こ と だ け を 我 慢 し て 、憎
む 心 が あ っ て は な ら な い 。 た と え ば、 幼 い 子 が 手 を の ば し て 母 を 打 っ て も、( 母 は ) こ れ を 喜 ぶ よ う な も の で あ る 。 菩 提 心 も、 ま た こ う あ る べ き で あ る 。 愚 痴 無 慚 の 者 が あ っ て 罵 っ た と し て も、 か え っ て こ れ を 大 切 に 扱 う べ き で あ る 。 ○ 我 執 自 我 が 実 在 す る と い う 執 着 の こ と で あ る が、 こ こ で は 自 己
に と ら わ れ、 自 分 の 身 を か わ い い と 思 う と い う 一 般 的 な 意 味 と 考 え ら れ る 。
O
菩 薩 戒 大 乗 戒 と も い う 。 大 乗 の 利 他 の 精 神 に も と つ く 戒 の こ と 。 菩 薩 は 、 菩 提 薩 壗 ( σ o農
゜。 p 嘗 く 巴 の 略 で、 「 悟 り を 求 め る 者 」 の 意 で あ る が 、 利 他 行 に 励 む 大 乗 仏 教 の 修 行 者 の こ と を 指 す. 〈 三 〉 一 、 学 問 は 韻 に 入 る べ き で あ る事
ま 修 行 を し な い で 、 た だ ( 机 上 で ) 学 ぶ者
を 学 匠 と 云 う 。 し で も修
行 の 為 に 学 ぶ者
を 智者
と 云う
の で あ る 。 少 ○ 韻 底 本 で は 右 に 「 イ ン 」 、 左 に は 「 ヒ 丶 ク 」 の 仮 名 が 振 っ て あ る。 〈 一 〉 注 参 照 。 ○ 学 匠 学 生 ・ 学 侶 な ど と 同 義 で、 中 世 の 寺 内 組 織 に お い て は、 法 会 出 仕 を 主 な 任 務 と し て 教 学 研 鑚 に 励 む 者 の こ と 。 た だ し、 こ こ で は、 一 般 的 に 学 問 に す ぐ れ た 者 の こ と で あ ろ う 。 〈 四 〉 一 、 出家
人 の 悪 は 救 い が た い 事 猟 師 や漁
師
の 罪 は、 よ き 指導
者
に 遇う
こ と で も救
う こ と が で き る 。 出家
人 が 過 ち を 犯 し た 場 合 は 、 罪 を 清 め る の が 難 し い 。 〈 五 〉 一 、学
問 と 修 行 が食
い違
う
事
( 世間
の 仏 教者
が 掲げ
る ) 法 は 大乗
で あ っ て、 ( 行う
)行
は 小 乗 で あ る 。 ( 口 で 言 う ) 言葉
は 菩薩
で あ っ て 、 心 ( の 中 ) は 声 聞 の ま ま で あ る 。 『 興 正 菩 薩 御 教 誡 聴 聞 集 』 訳 注 研 究 〈 六 〉 一 、 修 行 に お い て 気 を 付 け る 事 あ る 人 の と こ ろ に送
っ た お 返 事 に 次 の よう
に あ る 。 「 修 行 に お い て 気 を 付 け る こ と に は、多
く の 事 が あ り ま す が 、 た だ、 長 い 年 月 の 問 で あ っ て も多
く の苦
し み を 恐 れ ず 、 一 心 に 一 切 の 衆 生 を 救 済 す る た め に 仏 に 成 ろ う と 思 う の を 、 み 上 求 心 と 申 し ま す 。 憎 い も の も親
し い も の も 平等
に あ わ れ ホ む 心 が 深 い の を ド 化 衆 生 と申
し ま す 。 こ の 二 つ の 心 を 起 こ し て 全 く 動 ず る こ と が な く、 こ と に ふ れ 感 官 の 対象
に し た が っ て、 何 と し て も 妄 念 を停
止 し よ う と 励 む の を 、 仏 道修
行 と 申 す の で す 。 西 方 ( の 極 楽 世 界 ) を 願 う に し て も 、 (実
際 に 往 生 を 目 指 す と い う よ り ) た だ 、 阿 弥 陀 仏 の悲
願 を 深 ヰ く 念 じ、 極 楽 浄 土 と そ の中
に い る 阿 弥 陀 仏 と 菩 薩等
を 心 に か け て、 (輪
廻 に お け る ) 現 在 の 生 か ら し て 微 塵 ほ ど で も妄
念 を 停 止 し な け れ ば な ら な い と 思 わ れ ま す 。 ( 『観
無 量 寿 ホ経
』 に 説 か れ る、 極 楽 に 関 わ る ) 十 六 想 観 は 様 々 で は あ り ま す が 、 要 は 、 妄 念 を 停 止 し て 、 心 の 本 性 を 落 ち 着 か せ よ う と す る 手 だ て で あ る と 思 わ れ ま す 。 憎 い も の を 憎 い と 思 い 、 親 し い も の を 親 し い と い う よ う に 分 け る の が 、 妄 念 の 根 本 で す 。 よ く よ く 心 得 な さ る べ き こ と と 思 わ れ ま す 」 。 ○ 長 い 年 月 〔 多 劫 ) 劫 は 梵 語 貯 巴冨
の 音 写。 極 め て 長 い 年 月 の こ と 。 ○ 上 求 心 ・ 下 化 衆 生 一 般 に 「 上 求 菩 提。 下 化 衆 生 」 と い う 。 菩 薩 が、 仏 道 の 修 行 に 於 い て 、 自 己 の 向 上 と い う 方 向 で は 菩 提 を 求 め、 利 他 の 方 向 で は 衆 生 を 教 化 す る こ と 。 「 三 聚 浄 戒 は 上 求 下 化 の 二 心 を 以 九 九て 本 と 為 す、 詮 ず る 所 は 唯 利 牛 な り L 〔 岩 波 本 一 九 四 頁 三 行 ) . . こ こ で 「 上 求 心 」 と 言 わ れ て い る も の は、 内 容 上、 菩 提 心 と 同 じ で あ る 。 ○ こ と に ふ れ … … ( 縁 ニ フ レ 境一 一 随 テ ) 縁 ・ 境 は、 心 の 対 象 と な る 外 界 の も の の こ と 。 「 夫 れ 結 界 は、 三 宝 久 住 の 秘 術、 一 味 平 等 の 要 門 な り 。 我 他 彼 此 の 妄 情、 事 に 即 し て 自 ら 晴 れ、 利 行 同 事 の 勝 業、 縁 に 触 れ て 成 じ 易 し 」 ( 『 西 大 寺 結 界 表 白 』 文 永 三 年 ( 一 二 六 六 ) 十 月 廿 四 日 。 『 行 実 年 譜 』 所 引 。 伝 記 集 成 一 五 二 頁 九 行 〜 十 一 行 )、 「 悪 心、 法 界 に 遍 ず。 境 に 随 て 当 に 作 す べ き が 故 に 。 仏 制 亦 法 界 に 遍 ず。 境 に 随 て 禁 ず 可 き が 故 に 。 受 戒 若 し 成 就 せ ば 更 に 前 の 悪 心 を 翻 じ て 新 た に 功 徳 善 法 を 成 ず 」 ( 『 叡 尊 誓 願 文 』 寛 元 三 年 ( 一 二 四 五 ) 九 月 十 =. 日、 『 行 実 年 譜 』 所 引 。 伝 記 集 成 一 二 七 頁 一 〇 行 〜
=
行 ) な ど と あ る の を 参 照 。O
妄 念 清 浄 な 真 如 の ヒ に 現 じ た ( 無 明 か ら 発 し た 〉 生 滅 す る 心 の 動 き 。 一 般 的 に は 誤 っ た 心 の 動 き の こ と。 後 に 十 六 想 観 に つ い て 「 只 妄 念 ヲ ヤ メ テ 心 性 ヲ シ ヅ メ ン ト シ タ ル 方 便 一 と 述 べ ら れ る こ と か ら も、 こ の 語 は 仏 性 ( 如 来 蔵 ) 思 想 を 前 提 と し て 用 い ら れ て い る と 思 わ れ る 。 ○ 極 楽 浄 土 と … ( 浄 土 ノ 依 正 ) 依 正 は 依 報 ( 環 境 世 界 ) と 正 報 ( そ こ に 住 す る 主 体 ) の こ と。 浄 土 の 依 正 と は、 西 方 極 楽 世 界 と そ こ に 住 す る 阿 弥 陀 仏 を は じ め と す る 仏 ・ 菩 薩 な ど を 指 す 。 〇 十 六 想 観 『 観 無 量 寿 経 』 で 説 か れ る、 極 楽 世 界 を 対 象 と し た 十 六 の 観 察 法 の こ と 。 目 想 観 ・ 水 想 観 ・ 地 想 観 ・ 宝 樹 観 ・ 宝 池 観 ・ 宝 楼 観 ・ 華 座 観 ・ 像 観 ・ 真 身 観 ・ 観 音 観 ・ 勢 至 観 ・ 普 観 ・ 雑 想 観 ・ 上 輩 観 ・ 中 輩 観 ・ 下 輩観
.O
心 の 本 性 を … ( 心 性 ヲ シ ヅ メ ン ) 単 に 心 を 落 ち 着 か せ る と い う こ と で な く、 妄 念 を な く し、 心 の 本 来 の 清 浄 駐 に も ど る こ と を 言 う と 思 わ れ る 。 本 書 A 七 〇 〉 「 各 々 菩 薩 の 願 を 発 し 菩 薩 の 行 を 修 し 諸 の 事 相 等 を す れ ど も、 閑 ( し づ ) ま る た び に 仏 性 を 顕 は す な り 。 一 切 皆 爾 な り、 暫 く の ひ ま に も 事 を 止 め ば、 し づ ま る、 即 ち 仏 性 を 顕 は す な り 。 仏 果 に い た つ て、 顕 は し き は む べ し 」 ( 岩 波 本 二 二 〇 頁 ) と あ る の を 参 照。 一 〇 〇 〈 七 V 一 、 我 を 忘 れ る べ き事
授戒
の時
の こ 説 法 で 次 の よう
に言
わ れ た 。 「我
を 引 き 出 す 心 は 、 み な 一 つ 一 つ 仏性
を隠
す も の で あ る 」 。0
我 単 に 「 自 己 」 と い う こ と で な く、 む し ろ 我 執 と い う の に 近 い 意 味 で あ ろ う 。 ( 二 〉 注 参 照。0
仏 性 個 々 人 に 内 在 す る、 仏 と し て の 本 性 の こ と。 叡 尊 に 於 け る 仏 性 思 想 に つ い て は、 〈 六 V 注 「 妄 念 」 「 心 の 本 性 を … 」 参 照 。 〈 八 〉 一 、 住 む場
所 に 固 執 し て は な ら な い 事 ぬ い ホ 弘安
五 年 三 月十
六 日、 聞 願 房 が 高 野 山 に 住 む べ し と い う み 籤 を 引 い て 、 (叡
尊 の ) 御 前 に 参 ら れ た。 長 老 (叡
尊 ) は 次 の よ う に お っ し ゃ っ た 。 「 こ の 世 の 一 生 は ど れ ほ ど も な く 、 何 処 に い て も 生 活 で き よ う 。 ( 住 む ) 場 所 に 固 執 す る の は 間違
っ て い る 。 私 は 此 処 に お り ま す が 、 ( こ の 場 所 に ) 固 執 し て 居 る の で は な い 。 『 食 料 の 不 足 は 正 法 の 興 隆 で あ る 』 な ど と申
す 場 合も
あ る の は、 苦 に 耐 え て 正 法 を 興 隆 さ せ る た め な の で す 。食
料
の 不 足 に 遇 う ま い と 思 う の な ら ば 、 た や す い だ ろ う 。 あ あ い っ た 京 の 辺 り な ど に 居 る の で あ れ ば 、 普 通 は 食 料 が 欠 乏 す る こ と は き っ と な い で し ょ う 。 そ れ で は 弟 子 が 堕 落す
る の で 、 何 処 に い て も 正 法 を築
く の が 本来
の 意 図 で あ る の だ か ら、 こ の 世 に 生 き て い る 問 は 長 く な い と い う こ と で 、住
処 は ど こ で も良
い の で す 」 。O
弘 安 五 年 三 月 十 六 日 『 行 実 年 譜 』 ( 伝 記 集 成 一 七 八 頁 一 二 行 〜 = 二 行 ) に は、 弘 安 五 年 二 二 八 二 ) 三 月 五 日 か ら 六 日 に か け て 『 伝 法 灌 頂 支 分 詮 要 鈔 』 一 巻 を 製 作 ・ 校 訂 し た こ と が 記 さ れ る が、 本 項 に か か わ る よ う な 記 述 は な い 。O
聞 願 房 不 明 。O
高 野 山 叡 尊 と 高 野 山 の 関 わ り に つ い て 、 『 学 正 記 』 に は、 貞 応 二 年 ( 一 二 二 三 ) 十 二 月 に 、 修 行 の 成 就 の た め に 高 野 山 に 登 る こ と を 決 意 し、 翌 元 仁 一 年 ( 一 二 二 四 ) 二 月 二 十 三 日 よ り 五 月 下 旬 ま で 高 野 山 に 滞 在 し て い た こ と が 記 さ れ て い る ( 伝 記 集 成 四 頁 四 行 〜 一 一 行 ) 。 追 塩 千 尋 は、 こ の 『 学 正 記 』 の 記 述 か ら、 叡 尊 の 修 験 者 ・ 勧 進 聖 的 な 側 面 に つ い て 指 摘 し て い る。 追 塩 「 初 期 叡 尊 の 宗 教 的 環 境 」 ( 同 著 『 中 世 の 南 都 仏 教 』 吉 川 弘 文 館、 一 九 九 五 ) 参 照 。O
籤 を 引 い て ( 探 ヲ 取 テ ) 『 聴 聞 集 』 に は 本 項 の 他 五 項 ( ( 十 七 V 「 中 有 不 定 事 」、 〈 二 四 V 「 可 発 闡 提 願 事 」 、 〈 三 三 V 「 修 行 用 心 事 」、 ( 三 五 V 「 菩 提 心 事 」、 〈 七 七 〉 「 袈 裟 並 直 突 事 」 ) に 籤 に つ い て 記 さ れ る。 西 大 寺 教 団 と 籤 に つ い て は、 追 塩 千 尋 の 考 察 が あ る 。 中 世 に お い て 籤 は、 公 平 性 ・ 呪 術 性 を 持 つ も の と し て 受 容 さ れ 、 ま た そ の 結 果 は 人 の 心 の 正 邪 に よ る、 即 ち 神 仏 の 御 告 げ に 匹 敵 す る も の と し て 捉 え ら れ て い た 。 叡 尊 に お い て も、 西 大 寺 教 団 が 形 成 さ れ る 中 で 、 集 団 内 の 規 律 と し て 公 平 性・ 客 観 性 を 持 つ 籤 が 採 用 さ れ る よ う に な っ た 。 史 料 上 の 初 見 は 叡 尊 六 十 二 歳 の 弘 長 二 年2
二 六 二 ) で あ り ( 追 塩 は、 「 中 有 不 定 事 」 に 記 さ れ る 籤 取 り が 弘 長 二 年 に 行 わ れ た と 推 測 し て い る )、 関 係 資 料 は 叡 尊 の 晩 年 に 集 中 し て い る 。 ま た、 籤 を 引 く 心 構 え と し て 「 無 私 」 「 発 菩 提 心 」 を 要 求 す る 史 料 が あ る が ( 本 書 の 〈 二 四 〉 「 可 発 闡 提 願 事 」、 〈 三 三 〉 「 修 行 用 心 事 」 、 ( 三 五 〉 「 菩 提 心 事 」 参 照 ) 、 こ れ は、 籤 取 り が 仏 道 修 行 と し て 機 能 し て い る こ と を 示 す と 同 時 に、 上 記 の よ う な 仏 神 の 示 現 と し て の 籤 観 を も 背 景 に し て お り、 西 大 寺 教 団 と い う 集 団 を 保 証 す る 神 仏 的 役 割 を も 果 た し て い た と し て い る 。 追 塩 「 叡 尊 に お け る 鬮 と 教 団 規 律 」 ( 同 著 『 中 世 の 南 都 仏 教 』 吉 川 弘 文 館 、 一 九 九 五 年 、 二 〇 四 頁 〜 二 二 八 頁 ) 参 照 。 『 興 正 菩 薩 御 教 誡 聴 聞 集 』 訳 注 研 究 お ネ 〈 九 〉 一 、 顕 密 の 宗旨
が 同 一 で あ る事
〈 弘安
五 年 十 月 十 四 ネ 日亥
時 〉 ボ粉
河 寺 の 無 量 寿 院 に て 語 ら れ た 話 で、 次 の よ う に お っ し や っ た 。 「 法 相 ・ 三 論 ・ 天 台 ・ 華 厳 な ど、 顕 ・密
・権
・ 実 の 仏 の 教 え は 、本
当 に 理解
し た な ら、 た だ 一 つ の 趣 旨 で あ る 。 要 す る に 、我
を捨
て て、 ひ た す ら に 他 の た め に 私 心 を 離 れ る こ と な の で あ る 。 後 で ゅ っ く り と 申 し た と し て も、 こ れ 以 上 の こ と は あ り ま せ ん 」 。O
顕 密 ( 顕 蜜 ) 顕 教 と 密 教 の こ と 。 ○ 弘 安 五 年 十 月 十 四 日 『 学 正 記 』 に は 弘 安 五 年 ( } 二 八 二 ) 十 月 九 日 よ り 十 九 口 ま で 粉 河 寺 に 滞 在 し て、 『 梵 網 經 十 重 古 迹 記 』 を 開 講 し、 二 千 七 百 十 五 人 に 菩 薩 戒 を 授 け た こ と が 記 さ れ て い る ( 伝 記 集 成 五 二 頁 八 行 〜 十 行 ) 。 ○ 亥 時 午 後 卜 時 頃 。 ○ 粉 河 寺 和 歌 山 県 那 賀 郡 粉 河 町 に あ る。 本 尊 ・ 千 于 観 音 像 で 名 高 く、 平 安 時 代 に 「 補 陀 落 山 施 音 教 寺 」 「 願 成 就 院 」 の 勅 額 を 受 け て い る。 西 国 三 十. 二 所 第 三 番 札 所 。O
法 相 ・ 三 論 ・ 天 台 ・ 華 厳 法 相 宗 ・ 三 論 宗 ・ 天 台 宗 ・ 華 厳 宗 。 こ の 四 宗 の 並 べ 方 は、 空 海 『 十 住 心 論 』 に 由 来 す る が、 凝 然 『 八 宗 綱 要 』 な ど で も 踏 襲 さ れ て お り、 南 都 の 伝 統 説 で あ っ た と 考 え ら れ る 。 ○ 権 ・ 実 権 は 仮 に 手 立 て と し て 設 け ら れ た も の、 実 は 真 実 ・ 究 極 の も の の 意。 ど の 経 を 実 教 と す る か は 各 宗 に よ っ て 見 解 を 異 に す る が 、 一 般 に 権 実 の 一 語 で 仏 教 の 全 体 を 指 す 。 企 ○ 〉 一 、 三 毒 を 調 伏す
べ き 事 ホ 幼 い 時 か ら、 世 俗 の名
聞 や利
養 の た め に は 正法
を 学 ば な み い と い う 願 を 発 し て 以 後、 こ の 修 行 に 励 ん で き て 四 十 余 一 〇 一年 、 始 め は 少 々 信 ず る 人 も い る と い う
有
様 で し た が 、 今 は 思 い の ほ か に 悪 世 に い る と は 感 じ な い ほ ど で す 。 こ れ は 、 私自
身
が貪
り や 怒 り 等 の 煩 悩 を 調 伏 し た 修 行 の 功徳
に よ っ て 、 人 々 の 信 心 も 次第
に 増 え て き た の で あ る 。 内 心 に お い て 煩悩
を 抑 制 せ ず、 放逸
で あ る こ と は 、 決 し て あ っ て は な ら な い こ と で あ る 。 〇 三 毒 衆 生 の 善 心 を 害 す る 根 本 的 な 三 種 の 煩 悩、 貪 欲 ( む さ ぼ り ) ・ 瞋 恚 ( い か り ) ・ 愚 痴 ( 仏 教 の 教 え を 知 ら な い こ と、 無 知 〕 の こ と 。 ○ 幼 い 時 か ら … … 『 学 正 記 』 建 保 五 年 ( 一 二 一 七 ) 条 ( 叡 尊 一 七 歳 ) に 「 同 秋、 思 惟 す る に、 ( 中 略 ) 名 聞 を 求 め ず、 利 養 を 望 ま ず、 大 乗 を 受 学 し、 正 道 を 修 行 し 、 衆 生 を 利 益 し、 四 恩 に 報 謝 せ ん 」 ( 伝 記 集 成 二 頁 . =. 行 〜 一 四 行 ) と あ る 。 ○ 学 ば な い と い う ( 不 ト 云 レ 学 ) 岩 波 本 で は 「 不 レ 学. 」 で 「 云 」 が 「 イ フ 」 と カ タ カ ナ 表 記。 〇 四 十 余 年 前 条 と 同 じ く 弘 安 五 年 ( 一 、 一 八一 . ) の 法 話 と す る と、 叡 尊 が 覚 盛 等 と と も に 自 誓 通 受 に よ っ て 如 法 の 比 丘 と な っ た 嘉 禎 = 年 ( 一 二 三 六 ) の 頃 を 指 す と 考 え ら れ る。0
決 し て あ っ て は … ( 努 々 之 ) 「 之 」 は 存 疑 。 岩 波 本 で は 「 努 力 々 々 」 。 〈=
〉 一 、 名 聞 や 利養
を 離 れ て 仏 法 を 修学
す べ き こ と 今 の 修学
者 の あ り さ ま は、 名 聞 や 利 養 の た め 正 法 を 学 ポ び、 戒 律 を 守 ら な い も の と な っ て、 地 獄 に 堕 ち る 原 因 を た く わ え て い る。 諍 論 の た め に 仏 法 を 学 ん で 世 智弁
聡
の も の ネ と な っ て、 た ま た ま 仏 法 に 遇 い な が ら も 八 難 の 一 つ と な り 地獄
に 堕 ち る 原 因 を た く わ え て い る こ と は 、 実 に悲
し む べ ○、 き こ と で あ る 。 よ く よ く考
え る べ き こ と で あ る 。O
戒 律 を 守 ら な い ( 非 律 儀 ) 律 儀 に か な っ て い な い こ と 。 岩 波 本 頭 注 も 指 摘 す る よ う に 「 非 」 は 底 本 で 「 候 」 に 見 え る が、 「 候 」 で は 意 味 が 通 ら な い た め、 岩 波 本 に 従 う 。 〇 八 難 仏 を 見 た り 仏 法 を 聞 い た り す る こ と が 困 難 な 八 種 の 境 界 。 八 難 処 ・ 八 無 暇 ( 仏 教 に 関 心 を 向 け る 暇 が な い 意 ) と も い う 。 地 獄 、 餓 鬼、 畜 生 ( 以 上 の 三 悪 趣 は 苦 の た め )、 長 寿 天、 辺 地 ( 以 ヒ の 二 処 は 安 楽 な た め ) 、 聾 盲 症、 世 智 弁 聡 ( 世 俗 智 が 過 ぎ て 邪 見 に 陥 る た め )、 仏 前 仏 後 ( 仏 が い な い と き ) 。 こ こ で 「 八 難 之 随 = と 言 わ れ て い る の は、 世 智 弁 聡 の こ と 。 や く 一 二 V } 、 喜 ぶ べ き こ と は 、 如 来 の ( 説 か れ た ) 聖教
に 逢 っ た こ と で あ る 。 正 し い教
え が 世 に 在 る な ら 、 そ れ こ そ ( 如 来 が ) い ら っ し ゃ る 時 代 で あ る 。 悲 し む べ き こ と は、 お 仏 が い ら っ し ゃ る 時 代 の 前 後 に 、 生 ま れ る こ と で あ る 。 ヰ ( ま た 、 ) 如 来 の 正 し い法
を 名 利 の た め の 代価
と し て、 妻 子 を 養 う こ と で あ る 。 ○ 喜 ぶ : ・ … で あ る ( 可 レ 悦 者 如 来 ノ 聖 教 二 遇 ヘ ル 事 ) 『 学 正 記 』 建 保 五 年 ( 一 一 = 七 ) 条 ( 叡 尊 一 七 歳 ) の 記 述 に 「 人 身 は 受 け 難 く 仏 法 は 値 ひ 難 し 。 適 た ま 正 法 に 値 へ り 」 ( 伝 記 集 成 二 頁 = 二 行 ) と あ る。 ○ 仏 が い ら っ し ゃ る 時 代 の 前 後 ( 仏 前 仏 後 ) 八 難 の 一 つ 。 〈 = 〉 注 「 八 難 」 の 項 参 照 。 ○ 妻 子 を 養 う こ と 叡 尊 の 父 は 興 福 寺 の 学 侶 で あ っ た が、 家 貧 し く、 叡 尊 は 八 歳 の 時 に 養 子 に 出 さ れ て お り、 こ こ で 述 べ ら れ た こ と は、 単 に 当 時 . 般 の 世 相 を 嘆 い た と い う 以 上 の 寓 意 が あ っ た と 考 え ら れ る。 「 父、 家 貧 し 。 三 人 の 小 児 を 養 育 し 難 し 。 故 に 予 を 醍 醐 寺 西 の 大 道 、 小 坂 の 御 子 の 家 に 送 り 遣 わ す 」 ( 『 学 正 記 』 承 元 三 年( 一 二 〇 八 ) 述 を 参 照 。 条 ( 叡 尊 人 歳 ) 、 伝 記 集 成 一 頁 一 二 行 〜 = 二 行 ) と の 記 〈 一 三 〉 一 、 心 想 を 滅 し て、 執
着
す
る 心 を 捨 て る べ き 事 ホ 〈 弘安
六 年 二 月 八 目 〉 ネ ホ菅
原 寺 に お い て行
わ れ た、 『大
般 若経
』 転 読 の 結 願 に 際 し て の御
説法
に お い て 、 次 の よ う に お っ し ゃ っ た 。 「 こ の ホ ゆり経
典
の 主 旨 は、 無 所 得 を 方 便 と な し、 無住
所
を 住 所 と す る 。 キ結
局 、 人 々 が 生 死 を繰
り 返 し、 輪 廻 す る の は 、 幻 の よ う な存
在
に 対 し て 実 在 し て い る と い う 執 着 を な す た め で あ る 。 現在
、 忙 し い 時 に、 長 話 を 申 し 上 げ る の は、 他 人 の 気 持 ち も考
え な い こ と で あ る が 、 一 言 述 べ る こ と に よ っ て 、数
多 く の妄
執
を や め さ せ る た め で あ る 」 と 。 ○ 弘 安 六 年一 一 月 八 日 一 二 八 三 年 。 『 行 実 年 譜 』 弘 安 六 年 条 に 「 ( 正 月 ) 八 日、 『 大 般 若 経 』 を 菅 原 寺 に 於 い て 転 読 す 」 ( 伝 記 集 成 一 八 二 頁 六 行 ) と あ る が、 こ れ は こ の 『 聴 聞 集 』 の 記 述 に も と つ い た も の で あ ろ う 。O
菅 原 寺 喜 光 寺 の こ と。 奈 良 市 菅 原 町。 喜 光 寺 と 叡 尊 門 流 と の 関 わ り に つ い て は、 細 川 訳 注 二 六 八 頁 〜 二 六 九 頁 参 照 。 ○ 大 般 若 経 『 大 般 若 波 羅 蜜 多 経 』 六 百 巻。 唐 の 玄 奘 ( 六 〇 二 〜 六 六 四 ) 訳 。O
転 読 経 題 や 教 典 の 一 部 を 略 読 す る こ と 。 一 部 の 真 言・ 経 文 を 繰 り 返 し つ つ 、 教 典 を 繰 り、 全 体 を 読 む こ と に 代 え る。 大 般 若 経 の よ う に 大 部 の 教 典 に つ い て 行 わ れ る 。 ○ 結 願 日 数 を 定 め て 行 う 法 会 ・ 修 法 ・ 祈 願 な ど の 最 後 の 日 に、 願 意 を 結 び し め く く る こ と 。 ○ 無 所 得 「 一 切 の も の に は 実 体 が な い 」 と い う 空 の 真 理 を 体 得 し て、 す べ て の も の に と ら わ れ ず、 執 着 し な い こ と 。O
無 住 所 住 は 「 と ど ま る 」 の 意 で あ 『 興 正 菩 薩 御 教 誡 聴 聞 集 』 訳 注 研 究 り、 「 無 住 所 」 と は、 と ら わ れ る こ と の な い 自 由 な 状 態 を い う 。 ○ 幻 の よ う な 存 在 ( 如 幻 ノ 法 ) 実 体 の な い 存 在 の こ と。 こ こ で の 「 法 」 と は い わ ゆ る 「 法 則 」 の こ と で は な く、 「 存 在 ・ も の 」 を 指 す 仏 教 用 語。O
他 人 の 気 持 ち ( 機 嫌 V 時 期 。 こ ろ あ い 。 他 人 の 意 向 を 推 察 し つ つ 行 う の に ち ょ う ど よ い 時 の 意 。 ホ 企 四 V 一 、 病 人 に お勧
め に な っ た 事 〈 弘安
六 年 四 月 六 日 〉 般 若 寺 に お越
し に な っ た 際 、 こ の 寺 の饒
益 坊 で 心 定 房 が 病 に 伏 し て お り、 彼 に も う 一 度 会 っ て あげ
る た め に 長 老 が 彼 の も と に お 越 し に な っ た 。 長 老 が 彼 に 向 か っ て お つ し ゃ る に は 、 「浄
戒 を破
ら な い で 死 ん だ な ら ば、 よ い 事 だ 」 と 。 ネ 菩 薩 は ど ん な と こ ろ に ( 生 ま れ る か ) と い う こ と に よ っ て (菩
薩
行 を し た り し な か っ た り す る と い う も の ) で は な い ホ は ず な の で 、 願 に 強 く 思 い を め ぐ ら し て 、 永遠
に菩
提 心 を 退廃
す べ き で な い と い う御
心 で あ る だ ろ う 。 時 に 長 老 は合
ネ 掌 し て 、 真 言 を 授 け ら れ た 。 「 オ ン ア ボ ギ ャ ウ ン と 唱 え る お の が 長 く て 面倒
で あ る の な ら 、 ( 文 殊 の真
言 で あ る ) ア ラ バ シ ャ ナ ウ と 唱 え る の が よ い 。 な お そ れ で も 唱 え 難 い の な ホ ら、 ア の 一字
を 唱 え る が よ い 」 と 。 病 人 は寝
な が ら 合 掌 し て 承 知 し た と い う 。O
弘 安 六 年 四 月 六 日 一 二 八 三 年。 『 行 実 年 譜 』 弘 安 六 年 条 に 「 六 日、 七 箇 日 を ト し、 大 蔵 を 般 若 寺 に 於 い て 転 読 す。 会 の 中、 来 り て 菩 薩 戒 を 受 く る 者、 五 十 八 人 な り 」 と あ る ( 『 伝 記 集 成 』 一 八 二 頁 一 四 行 )。 一 〇 三O
般 若 寺 奈 良 市 般 若 寺 町 に あ る 真 言 律 宗 の 寺 院 で 西 大 寺 の 末 寺 。 叡 尊 と 般 若 寺 と の 関 わ り に つ い て は、 細 川 訳 注 二 三 二 頁 注 六 「 般 若 寺 」 参 照 。O
心 定 房 ( 心 空 房 〉 定 本 で は 「 心 空 房 」 と あ る が、 岩 波 本 は 「 心 定 房 」 と 校 訂 。 「 空 」 と 「 定 」 の 字 体 の 類 似 に よ る、 写 本 書 写 段 階 で の 写 し 間 違 い か 。 「 心 定 房 」 に つ い て は、 弘 安 三 年 の 「 授 菩 薩 戒 弟 子 交 名 」 の 比 丘 衆 の 項 に 「 〈 大 和 国 人 〉 順 盛 心 定 房 」 ( 伝 記 集 成 三 六 五 頁 下 段 二 行) と み え、 同 年 の 「 西 大 寺 西 僧 房 造 営 同 心 合 力 奉 加 帳 」 に 「 五 百 文 心 定 房 」 ( 伝 記 集 成 三 八 四 頁 上 段 一 〇 行 ) と あ る 。 こ の 時 に は 般 若 寺 の 饒 益 坊 に お い て 病 臥 し て い た と 考 え ら れ る。 ○ 菩 薩 は ど ん な … ( 菩 薩 ハ 何 ク ニ ハ 依 マ ジ ケ レ バ V 〈 八 〉 「 不 可 執 住 処 箏 」 及 び 〈 二 八 〉 「 受 生 善 悪 処 願 事 」 参 照。 ○ 永 遠 に ( 生 々 世 々 ) 永 遠 に ず っ と 、 の 意。 輪 廻 を 続 け る 問、 そ の ど の 生 に 於 い て も、 と い う の が 原 意 。 ○ オ ン ア ボ ギ ャ ウ ン 光 明 真 言 「 オ ン、 ア ボ キ ャ ベ イ ロ シ ャ ナ フ マ カ ボ ダ ラ マ ニ 、 ハ ン ド マ 、 ヂ ン バ ラ、 ハ リ バ リ タ ヤ、 ウ ン 」 ( O ヨ ¢ ヨ o σq冨
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旨 げ O 曇) を 省 略 し て 引 用 し た も の。 大 日 如 来 の 真 言 と さ れ る が、 一 般 に 極 楽 往 生 ・ 死 者 供 養 の 功 験 を 持 つ 真 言 と し て 広 く 用 い ら れ た 。 叡 尊 教 団 と 光 明 真 言 と の 関 係 に つ い て は 細 川 訳 注一 . 七 四 頁 注 二、 松 尾 剛 次 『 救 済 の 思 想 』 ( 角 川 書 店、 一 九 九 六 ) 参 照。O
ア ラ バ シ ャ ナ ウ 五 字 文 殊 の 陀 羅 尼 ( p 茜 Opop 蠧 ) 。 本 誓 は 息 災 で あ る . な お、 般 若 守 の 本 尊 は 文 殊 菩 薩 で あ り 、 叡 尊 は 建 長 七 年2
一 一 五 五 ) よ り 文 殊 造 像 を 指 揮 し ( 『 学 正 記 』 、 伝 記 集 成 二 五 頁 一 五 行 〜 二 六 頁 一 行 )、 文 永 四 年 ( 一 二 六 七 ) に は 開 眼 供 養 を 行 っ て い る ( 『 学 正 記 』 、 伝 記 集 成 = = 頁 九 行 〜 一、 一 三 頁 七 行 ) 。 こ の 供 養 の 際、 『 大 般 若 経 』 な ど の ほ か、 六 字 真 言 一 万 遍 も 奉 納 さ れ て い る 。 ○ ア の 一 字 阿。 梵 語 ・ 悉 曇 a の 音 写 。 阿 宇 は 一 切 言 語 の 根 本 と 考 え ら れ、 密 教 に お い て 極 め て 重 視 さ れ る 。 〈 一 五 V ホ 人 々 を 救 う こ と を 修 行 の根
源 とす
る 事 く 弘 安 七 年 〇 四 甲 申 四 月 晦 日 〉 人 々 を 利 益 し よ う と いう
誓
願 を 堅 固 に す べ き こ と に つ い が て、 授 戒 の 時 の 説 法 で 次 の よ う に 言 わ れ た 。 「 八 地 よ り 前 は 、 ま だ 人 々 を利
益す
る 上 で の 障害
を な く す こ と が で き お やず
、 九 地 に 至 っ て 、 な く す こ と が で き る。 ま し て 下 凡 の 、初
め て 菩 提 心 を お こ し た 人 は 、 衆 生 を 利 益す
る 上 で障
害
が多
い 。 何 と し て も 、 ひ た す ら励
む べ き だ。 三 聚浄
戒 は 、悟
り を 求 め る 心 と 人 々 を 化 導 す る 心 と の 二 つ を根
本
と し 、結
局 は た だ 衆 生 を 利 益 す る こ と に 尽 き る 。 こ の 心 を 堅 固 に し て 摂律
儀
戒 を し っ か り守
る な ら 、 摂 善 法 戒 ・摂
衆 生 戒 は 自 然 と 利 益 が あ る だ ろ う 」 と 。 ○ 弘 安 七 年 甲 申 四 月 晦 日 . 一 、 八 四 年 。 『 学 正 記 』 に よ れ ば、 同 年 四 月 十 二 日 か ら 閏 四 月 四 目 ま で は 西 大 寺 に 住 し て お り ( 伝 記 集 成 五 六 頁 )、 翌 閏 四 月 末 に つ い て は、 「 仕 四 日、 宿 所 に 於 い て、 七 十 二 人 に 菩 薩 戒 を 授 く。 其 の 後、 浄 住 寺 に 帰 る 。 廿 八 日、 内 裏 の 女 房 達 十 人 に 菩 薩 戒 を 授 く。 廿 九 日、 両 布 薩 〔 四 分 律 に も と つ く 四 分 布 薩 と、 梵 網 戒 に も と つ く 梵 網 布 薩 ) 以 後、 木 幡 ( 木 幡 観 音 院 か ) に 著 す。 五 月 一 目、 宇 治 に 参 る 」 ( 伝 記 集 成 五 七 頁 ) と あ る 。 岩 波 本 頭 注 ・ 長 谷 川 訳 注 は い つ れ も 閏 四 月 の 談 話 と 見 な す。 〇 八 地 ・ 九 地 岩 波 本 頭 注 で は、 三 乗 共 十 地 に よ り、 八 地 を 支 仏 地、 九 地 を 菩 薩 地 と 解 釈 す る が、 こ れ は 天 台 宗 の 説 で あ り、 叡 尊 の 教 学 的 背 景 か ら す る と、 い さ さ か 疑 わ し い 。 法 相 宗 の 十 地 説 で は、 八 地 は 不 動 地、 九 地 は 善 慧 地 で あ る。 智 周 『 大 乗 入 道 次 第 』 に は 「 九 利 他 中 不 欲 行 障 。 能 済 有 情 離 苦 得 楽、 名 為 利 他 。 今 求 己 利、 不 楽 導 人 、 名 利 他 中 不 欲 行 也 。 由 是 能 礙 九 地 之 中 四 無 礙 解 。 故 名 為 障。 入 九 地 巳 方 得 除 滅 」 ( 大 止 四 五 ・ 四 六 五 上 ) と あ り、 九 地 に い た っ て 利 他 を 願 わ な い 心 が 消 滅 す る と 説 く 。 智 周( 六 六 八 〜 七 二 三 ) は 中 国 法 相 宗 第 三 祖 で、 『 大 乗 入 道 次 第 』 は 文 永 八 年 ( 一 二 八 一 ) 三 月 に 叡 尊 に よ っ て 刊 行 さ れ て い る ( 大 正 四 五 . 四 六 七 下 ) 。
O
下 凡 の … … ( 下 凡 ノ 初 発 心 ノ 人 ) 「 下 凡 一 は、 能 力 . 素 質 な ど の 劣 る こ と 。 な お、 長 谷 川 訳 注 は 「 下 凡 」 を 「 下 品 」 と 解 釈 し て い る が、 本 書 〈 七 二 〉 「 比 丘 に 取 て は 第 四 の 機、 最 下 品 の え せ 比 丘 也。 ( 中 略 ) 菩 薩 に 取 て は 纔 に 一. 一 賢 な ら ば 」 ( 岩 波 本 二 二 一 頁 ) , 同 〈 七 五 〉 「 某 は 三 賢 の 初 発 心 に 至 る 歟 之 程 で こ そ 候 へ ば 」 ( 岩 波 本 二 二 二 頁 ) な ど の 発 言 を 参 照 す る と、 「 下 品 」 と い う 解 釈 も 可 能 と 思 わ れ る。 〇 三 聚 浄 戒 菩 薩 の 自 利 ・ 利 他 の 活 動 を 戒 と し て ま と め た も の で、 摂 律 儀 戒 ( 戒 律 を ま も る ) ・ 摂 善 法 戒 ( 善 を 行 う ) ・ 摂 衆 生 戒 ( 衆 生 を 利 益 す る ) の 三 種 。 ホ ホ 〈 一 六 〉 一 、 西 大 寺 に お い て 〈 弘 安 六 年 六 月 二 十 七 日 〉 、 八 幡宮
で 『 般 若 心 経秘
鍵 』 を 講義
さ
れ た 。 ( 同 書 の ) 分 別 諸 乗 分 に 「 唯 一 の悟
り を智
慧
と そ の 対 象 と に 溶 け 込 ま せ れ ば 、 ( 三 つ の教
え を 象 徴 す る ) 三 つ の 車 は 沈黙
に 帰 す 」 と あ る 。 一 切 の諸
教
は 、 ま こ と に 、 区 別 が あ る あ い だ は 仏 の 意 思 に 合 し な い の で あ る 。一 切 の
教
え の 区 別 は 、 人 々 の 能 力 の 浅 深 に し た が う も の で あ り 、 そ の 理 は唯
一 で あ る と 理解
す
る ネ な ら、 仏 法 を 知 る者
で あ る と 知 る べ き で あ る 。 ま た 、 昔 の 太 上 天 皇 は 紺 紙 を 手 に 握 っ て、 こ の 経 を 書 写 さ れ ま し た 。 今 私 は か た じ け なく
も 八 十 歳 代 の 年 齢 で こ の経
を 書 写 し ま し た 。 ( 八 幡 神 が ) 「 昔、 霊 鷲 山 に 在 っ て 」 と お っ し ゃ る お 言葉
は 、 は る か に こ の こ と を 見 通 さ れ た の で あ る 。 必 ず 納 受 が あ る よ う お 願 い い た し ま す 。 『 興 正 菩 薩 御 教 誡 聴 聞 集 』 訳 注 研 究 ○ 弘 安 六 年 六 月 二 十 七 日 一 二 八 三 年 。 『 学 正 記 』 弘 安 六 年 条 で は、 四 月 十 四 日 に 般 若 寺 よ り 帰 寺 し て 以 来、 八 月 二 日 に 八 幡 大 乗 院 に 参 る ま で、 記 事 が な い ( 伝 記 集 成 五 四 頁 ) 。 『 行 実 年 譜 』 弘 安 六 年 条 に は、 「 六 月、 西 大 寺 に 於 い て 、 衆 の 為 め に 『 四 分 羯 磨 疏 』 并 ぴ に 『 心 経 秘 鍵 』 を 講 説 す 」 ( 伝 記 集 成 一 八 二 頁 ) と あ る が、 翌 弘 安 七 年 条 に も 「 六 月 廿 七 日、 菩 薩、 自 ら 『 心 経 秘 鍵 』 を 書 写 し て 之 を 講 演 す 。 大 覚 ( 釈 尊 ) の 善 現 ( 須 菩 提 ) に 般 若 を 談 ぜ ら る る が 若 ( ご と ) し 。 其 の 講 演 已 に 訖 て、 斎 戒 を 受 く る 者、 二 百 七 十 餘 人 」 ( 伝 記 集 成 [ 八 七 頁 ) と あ り、 問 題 が 残 る。 〇 八 幡 宮 西 大 寺 の 鎮 守 社 で あ る 八 幡 宮 ( 現 存 ) 。 現 在 の よ う な か た ち に 整 え ら れ た の は 叡 尊 の 頃 か ら と 考 え ら れ る 。 『 学 正 記 』 弘 安 八 年2
二 八 五 ) 十 一 月 十 七 目 条 に は 「 寅 時、 当 寺 の 八 幡 宮 に 於 い て 御 躰 を 安 置 し 奉 り 畢 ん ぬ 」 ( 伝 記 集 成 六 一 頁 ) と あ る 。O
分 別 諸 乗 分 空 海 撰 『 般 若 心 経 秘 鍵 』 で は 『 般 若 心 経 』 本 文 を 人 法 総 通 分 ・ 分 別 諸 乗 分 ・ 行 人 得 益 分 ・ 総 帰 持 明 分 ・ 秘 蔵 真 言 分 の 五 つ に 分 け る 。O
唯 一 の 悟 り を … … ( 一 道 ヲ・ … : ) 『 般 若 心 経 秘 鍵 』 の 引 用。 「 一 道 泯 能 所 一 一. 車 即 帰 黙 一 ( 定 本 弘 法 大 師 全 集 三・ 九 頁 )。 底 本 で は 「 一 道 を 能 所 に 泯 ず れ ば 」 と 読 み 下 し て い る が、 内 容 的 に は 二 道 に 能 所 を 泯 じ … … 」 と 読 み 下 す 方 が 妥 当 。 ○ 昔 の 太 上 天 皇 は … … 『 般 若 心 経 秘 鍵 』 の 跋 文 に 「 于 時 弘 仁 九 年 春 天 下 大 疫。 爰 帝 皇 自 染 黄 金 於 筆 端、 握 紺 紙 於 爪 掌 、 書 写 般 若 心 経 一 巻 」 ( 定 本 弘 法 大 師 全 集 三・ 一 三 頁 ) と あ る の を ふ ま え た 表 現、 「 太 上 大 皇 」 は 嵯 峨 天 皇 ( 七 八 六 〜 八 四 二、 在 位 八 〇 九 〜 八 二 三 ) を 指 す 。 弘 仁 一 四 年 ( 八 二 三 ) に 淳 和 天 皇 に 譲 位 し て、 太 上 大 皇 ( 上 皇 V と な っ た。 ○ 昔、 霊 鷲 山 に 在 っ て … … ( 昔 在 霊 鷲 山 ノ 御 言 ) 大 隈 国 の 正 八 幡 の 石 刻 銘 文 の 引 用。 日 蓮 撰 『 智 妙 房 御 返 事 』 に 「 昔 在 霊 鷲 山 説 妙 法 華 経 今 在 正 宮 中 示 現 大 菩 亠 薩 」 と し て 引 用 さ れ る ( 昭 和 主 本 日 蓮 聖 人 遺 文 第 二 巻 一 八 二 六 頁 ) 。 岩 波 本 頭 注 が 指 摘 す る よ う に 『 法 華 経 』 「 如 来 寿 量 品 」 の 「 常 在 霊 鷲 山 」 ( 大 正 九 ・ 四 三 下 ) の 句 を ふ ま え る 。 〇 五キ み 〈 一 七 〉 中 有 が 不 定 で あ る こ と 〈 弘 安 四