旃
陀 羅家
・婬 女 家
・ 屠児 家
と
申
し 上
げ た な か
で
、
第
に 王と あ る け れ ど も、
い
ず れ も
(
向
こ
う
か ら
)
招
請す
る 場
合
に は 許 さ れ
る
の で
す
。
よ く よ く
(
こ
う
し た
こ
と を
)
頭 に 置
い て
(
権 門 は
)
遠
ざ け るべ
き で
す
。
ホ
し か
し
、
葉 室
の
禅 門 は、 出
家
以 後
も 政 治
の
た め 時
々
参 上 さ れ た
。
し か
る
べ
き
非 難
が あ
っ
て
は
(
い
け な
い
)
と
、
私 が 要 請
し て
袴 に 俗 衣 を 着 せ
、
(
禅
門 は そ の格 好
で
)
参 上
さ
れ た が、
(
院
が 臣 下 で あ
っ
た 禅 門 を
)
き ち ん と 敬 わ れ る
の
は 異 例
『
興 正
菩 薩 御 教 誡 聴 闘 集
』
訳 注 研 究
で あ
っ
た
。
院
が こ の
よ う に 敬 わ れ た
こ
と に 恐 れ
を 抱
い て
、
「 師 に お 願
い し て
俗 衣 を
着
た の で
す が
」
と 申 し 上
げ ら れ た と こ ろ、
「
『
比 丘 で い
ら
っ
し ゃ る の で
す か ら
、
ど う
し て そ ん な
事
が ご ざ
い
ま し
ょ
う か
臨
と お
っ
し ゃ
っ
て
、
(
対 面 し て) 数 刻
に な り ま し た が
、
(
院
)は き ち ん と し て
( 僧 に 対 す る 礼 を 保
っ
)て い
ら
っ
し ゃ い
ま し
」た と
(
葉
室の
禅 門 は) お 話 に な
ら れ
ま し た
。
そ れ は 特 別
の こ
と な
の
で
、
(
普
通の
場 合 は
)
よ く よ く
慎
む
べ
き で
す
。
O
出 家 者
は
…
…
『
涅 槃 経
』
巻
六
( 大 正一
二 二
二
九 九 下)。
○ 故 法 皇 後 嵯 峨 院
の こ
と
。
『
行 実 年 譜
』
弘 長 三
年 二 二 六【. 一
)
の
項 に は 門 後 嵯 峨 院
…
…
欲 受.
威 法、 聞 菩 薩 戒 徳、 勅 入 宮 中
。
師 力 辞 之。 詔 三 至 不 得 已。 上 皇 賜 坐、
召
対 探 法 要
。
…
… 乃 受 梵 網 菩 薩
」戒
( 伝 記 集 成「 四
六
一〜 四 七 頁)
と あ り、 さ ら に そ
の
後、 院
の
た め
『
応 理 宗 戒 図
』
『(
同
)
文 集
』
を 作 成
し た こ
と が
述
べ
ら れ て い
る
。
○ 葉 室
の 入
道 葉 室 定 嗣
(一
二
〇
八
〜 七 こ)
の こ と
。
後 嵯 峨 院
の
近 臣 で あ
っ
た が
、
建 長
二
年
(一
二
五
〇) 出 家
し、 定 然
と
号
し た
。
詳 細 は、 細
州 訳 注 二 五 匹 注} 参 照
。
叡 尊 と
の
関 係 は 文 応 元 年
2
二 六
〇)
に
叡 尊
か ら
受 戒 し た こ
と に 始
ま り
、
翌
年 に は
自 ら
の
山 荘
に
叡 尊 を 招 き 浄 住 寺 と 号
し た。 叡 尊 は し ば し
ば 浄 住 善 を 利 用 し
、
京 都 に 於 け る 西 大 寺 流
の
拠 点 と な
っ
た
。
細 溺 訳 注
二
五 八 頁 注 圏
参 照
。
O
国 王 や
…
…
『
法 華 経
』
巻
五
「 安 楽 行 品隔 に
「 菩 薩 麟
訓
薩
。
不 親 近 鬮 王 王 子 大 駆 宮 長
」
( 大 正
蔵
九・
三 七
)上 と あ
る
。
岩 波 本 頭 注 が
『
梵 網 経
』
を 引 く
の
は 不 可。
O
現 在 の
院 亀 由 院
の こ
と。
岡
学
正 記
廉
建 治 二 年
( ご一 七 六
)
条
に よ れ ば、 閏 三 月 十 劉 日
、
招 請
の
院 宣 が 下
り、
翌 日
嵯 峨 殿 で
斎
日 五 戒 を 授 け、
二 三 葎 に は
、
大 多 勝 院
に て、 院・
両 女 院・ 女 房… 人
に
警 薩 戒 を 授 け た
。
そ
の
際、
院
に は 十 重 戒
の
う ち 不 邪 婬 戒 を 除
い
た と
い
う
( 伝 記 集 成 西 三 頁
)
。
O
宇 治
の} 網 代
弘 安
論 ハ
年
(一
二
八 慧 轟
〉
十一
…
月
十
鍵 に 亀 燐 院仲
か
酉 大 寺 宝 生 護 ご
二
九
国 院 に 行 幸 し、 網 代 破 却
の
詔 勅 を 下 し、 翌 年
二
月
六 ロ ま で に 破 却
し た
(
伝 記 集 成
五 五 頁
)。 叡
尊
の
行
っ
た
殺 生 禁 断
の う ち、 最
も 成
功 を 収 め た
も
の の.
つ
。
○ 王
家
…
…
『
法 華 経
撫
巻 五
「
安 楽 行 品
」
の
取 意
。
長 行
も
偈 も 同 趣 旨
で
あ る が、 偈
の
方 で 示 す
と、
「 常 離 国 王 及 国
王
子
…
… 及 栴 陀 羅
…
… 亦 莫 親 近 屠 毘 魁 鱠
…
… 諸 婬 女 等
尽
勿 親 近」
( 大
疋 九・
三
七 中一 一.
〜 下 五)
。 な お、
『
卜 諞 律
』
巻
四 九 に は
「 更 有 五 不 応 行
処
。
何 等 五.、 賊
家 栴 陀 羅 家 屠 児 家 婬 女 家 沽 酒 家」
( 大 正一
.
三・
二 五 九 中一
八
一〜
、
○
)
と あ り、
『
根 本 説一 切 有 部 毘 奈 耶
』
巻 十
二
に は
「 乞 食
之 人 但 遮 五 処
。
一 唱 令 家
。
二
婬 女 家
。
一一、
沽 酒 家。
四 栴 荼 羅 家。
五
王 家
」
( 大
正一
}
三・
六
A
九 下
二
〜 四
)
と あ る。
○ 葉 室
の
禅 門
…
… 岩 波 本 頭 注
で は
、
文 永
五
年 経 光 卿 記 目 録
の 九 肩
三
十 日
(
)? 条一、
葉 室 入 遵
□
染 法 衣 体
列 朝 議 不 甘 心 事」
の 文 を 引 く.
こ の
文 に
つ
き
、
田
中 久 夫
「 葉 黄 記 に 見 え る
葉 室 定 嗣
の
信 抑 一の
面
」
(
同 著
『
鎌 倉 仏 教 雑 考
』
所 収
)
で は
「
文 永
五
年 九 月 に は、 法 衣 を 着 し て
院
の
評 定 に 列 し て い
た 事 が 考
へ
ら れ る
。
そ れ に は 非 難 も あ
り、 俗 衣 を 着 す る や う
に
な
つ
た
の で あ
ら
」う
(
同 書
=
一 頁)
と あ る。
〈
六 二
〉
一
、
こ の よ う に 思
い
通 り に な ら な
い
と は
い
っ
て
も 一 心 に
打 ち 込 み
、
事
の
次
第
を 申 し 述
べ
よ う と
し て お り ま す 時
に、
未 来 に 弥
勒 菩
薩 が娑 婆
に
下 生
す
る 時 は、 必 ず
こ の
多
く
の
僧 た ち と 共
に
参
上 し、 こ の涅
槃 経
に さ ら に よ く 通
じ
、
人
の
為 に も 思
い の
ま ま に 説 か な く て は な ら な
い の で
す。
そ う で
あ る か ら
、
こ の
世 で、 な ん と
し て
も 気 持 ち を 奮
い 立 た せ
て お 励 み に な る
べ
き な の で
す。
決 し て、 無 意 味 な
事
や 無 益 な 事 を 語り 出 し た り、 心 に 思
い
浮
か
べ
た り し て は な ら な
い の で
す
。
興
法 利 生の
事 以 外 は、 少
し も 考 え て
は
な
ら な
四
〇 い
。
本
当 に 苦し い
よ う な 時 に は 寝
て お し ま
い
な さ
い
。
無 意
味
な
事
や戯
れ 事 を 言
っ
た り 心
に 思
い
浮 か
べ
た り
す
る 事 は
、
決 し て あ
っ
て は な ら な
い。 受
け 難
い
人 間 と
し て
の 生 を 受 け
、
遭
い
難
い
仏 法 に
遭
っ
た
の
だ か ら
、
空
虚
に
過 ご す
の
は、 本 来
の
意
向に 大
い に そ む く
事
に な る に
違
い
な
い の
で あ る
。
〈
六 三
〉
一
、
た だ 学 問 を
し て
い
る ば か り で
、
分
別 す るこ
と を 豊 め、
我
執 を 離 れ な け れ ば、 な んの
益 も 無
い
。
そ う は い
っ
て も
、
(
学
問 を す る こ と は、
仏
道
に
対
す る〉
遠
い
縁
に は な
り ま
し
ょ
う
。
さ
て
、
あ る 同 法
者
に 申 し 上 げ よう
と
思
っ
て
い
ま し た が
、
あ れ や
こ
れ や し て
(
言 う
の
)を
忘
れて い
ま し た
。
(
そ
の
人
)は
自 分
ほ ど 質 素 に し て
倹 約 に 努 め て い
る
者
は あ る ま
い
と
い
一
う
念に 囚 わ れ て
い
た た め、 立 派
な
人で し た が、
魔
界 に堕
ち た
の で あ る
。
し か
し
、
仏
道
は は や く 成 就 す
べ
き な
の で あ る
。
( そ
の
人 は
)
「
色
々
な 悪 魔 た ち は 私 を 敬
う
の
だ
」
と 言
つ
て い
ま し た が
。
ど ん
な 事
で
あ
っ
て も
、
執
着
す れば こ の よ う
に な る の で
す
。
そ う
い
う 訳
で
、
ど
の
よ
う
な 事 を す る の であ
っ
て
も
、
執 着 心 や
分
別 を 決 し て持
っ
て は な ら な い の で あ る
。
〈
六 四
〉
一
、
叱 責 す る と
、
な ら よ
い
が
、
ま た
、
同 法 者 が 悪
い
か ら と
い
っ
て、 む
や
み に
こ
と ご と く よ
い
入 と 思
う よ
う
な こ と が
あ
る
の
ひ ど く 叱
責
す るの で
煩
わ し がっ
て、 か
え
っ
て
人 が 寄 り 付 か な く な り ま す
の で、 堕 落
の
き
っ
か
け と も な る の で す
。
常
に
慈 悲
の
心 を 持
っ
て
、
そ れ ほ ど 人
の
欠 点 を 見 ず に
、
良
い
機 会
が あ れ ば
(
そ
の
と き
)に
教
え さ と す
べ
き 所 が あ れ ば
徐
々
に
導 く
べ
き
で
あ る
。
生 ま れ
つ
き
の
性
質
が 良
く な
い
者
で、
(
注 意 を
)
言
っ
た
こ
と に よ
っ
て
、
お
の
ず と 直 る
こ
と
ネ
お
が あ れ ば 良
い の
で す が
。
永 乗
房
と
申
し た 人 が
慈
道 房 を ひ ど く 叱 責し て お り ま
し た
の で
、
(
慈 道
房
は
)
「
こ の
よ う
で は、 耐
え ら れ
ま せ
ん」 な
ど と 申 し ま
し た
の で、
「
ど う
し て そ の
よ う な 事 が あ る
の
」か と
申
し た
と こ
ろ、
(
永
乗 房)は
「 同 法 者
ヰ
の
悪
い
所 を
直
さ な
い の
は 罪
に
な る
の で と
い
う 意 趣
で
す
」
と 答
え た
。
(
永
乗 房の
主 張 す る
)
道 理 は 行 き 過
ぎ て
も
お り ま
せ
ん
。
『
仙
説 目 連問 戒 律 中
五 百
軽
重事
』
に、 弟
子
を
教
え 諭 さ な か
っ
た 師 が
海
を 渡っ
た 時 に、
師
を 恨 ん で い
た 弟 子 が
龍 と な
っ
て 師
の
乗
っ
た 船 を と ら え た と
い
う 話 が ご ざ
い
ま す
。
と は 言
い
ま し て
も、 や
り 過
ぎ る
の
は よ く な
い の で あ る
。
道 理 に
厳 格
な 人 に はこ の
よ
う
な 過 ち が あ る の です。
慈 悲
の
心 を
お
第
一 に考
え て一 切
の
事 を
行
うべ
き な
の で
す
。
良
観 房 は、 慈悲
心 が あ り 過
ぎ た
と
申
し て お
り、
(
そ れ は
)
私 も 常 に 申 し て お
り ま
し た が
、
生 ま れ
つ
き
の
本 性 と し て 性 格 が 慈
悲
深
い の で
す か ら
、
そ う
で
あ れ
ば
多
くの
同 法 者
の
中
で
も
、
良
観
房 に まさ る 利
他
の
心 を 持
つ
者
は ご
ざ
い
ま
せ ん
。
こ
れ は も
つ
ば ら
慈
悲に よ る
の で
す
。
学 問 な ど は さ し た る 事
は ご ざ
い
ま せ
ん で
し た が
、
関 東
で の
利 他
の
行
い
は 立 派
で し た
。
お お よ そ 望
『
興 正 菩
薩 御 教 誡 聴 聞 集
』
訳 注 研 究
ん で い
た
事
は 達 成
し
た 様 子 で ご ざ
い
ま す な
。
○ 永 乗 房 「 授 菩 薩 戒 弟 子 交 名 そ の一
」
に
「 大 和
国、 寂 尊、 永 乗 房」
( 伝 記 集 成 三 六
〇 頁
)
と あ る
。
ま た、
「 宝 治
二 年 将
来 律 三 大 部 配
分 状
」
( 伝 記 集 成 三 二 八
〜 三 二
九 頁) 中 に も 記 載
が あ る
。
O
慈 道 房
岩 波 本 頭 注 に よ れ ば、 信 空
(.
二 三一
〜
=
二一
六)
の こ
と。
『
学
正
記
』
仁 治 三 年
(一
二
四 三) 条 に
「
二 月 上 旬
。
…
… 十
二 日。
… 当 家 末 子 童 子 字 松 石。 有 出 家 志
。
父 母 許 之
。
… 十 六 日 夕 方。 松 石 童 子 来
。
三 月 十
口。 与 舎 弟 源 景 親 息 曼 殊 童 子
。
同 時 与 剃 髪。 持 五 戒。 松 石 者 信 空 慈 道 房。
…
」
( 伝 記 集 成一
七
頁) と あ る こ
と か ら、 仁
治
三 年
(一
二 四 二)
三 月
に
剃 髪 し た
こ と が わ か る。 ま た、
『
行 実 年 譜
』
文 永
四
年
七 月 廿 目
条
に
「
曽 所 命 法 橋 善 慶 之 丈 六 文 珠 尊 像 彫 造 全 成
。
即 奉 安 置 之 南 京 般 若 寺。 大 啓 開 光 供 養 法 会。
… 而 后
。
佛 殿 僧 坊 鐘 楼 等
。
次 第 興 建 之
。
然 成一
方 望 刹
。
幾 平 復 聖 皇 草 創 之 昔 也
。
即 令 弟 了 慈 道 空 公 居 其 住 持 位」
( 伝 記 集 成一
五 四
)頁 と の
記 載
が あ る こ
と
か
ら、 文 永
四
年
七 月 に
般 若 寺 住 持 と な
っ
た
こ
と が
う か が え る
。
○ 良 観 房 〈 一
七
〉
注
参 照
。
O
意 趣 原 文
「 韻」。
2
>
注 な ど を 参 照
。
O
『
仏 説 目
連 問 戒 律 中
五 百 軽 重 事
』
本 条 所 引
の
説 話 は、
大 正 二
四・ 九 七 六 上
〜 下
に あ る。
。
〈
六 五
〉
一
、
〈 弘 安
八
年
〈
乙
酉
〉
二
月一 日 に
『
涅
槃
経』
第 九 以
下 を
講
じ
ら れ
た 時
の お 言 葉 少
々
。 V
た と え た
っ
た 今、
敵
に
首
を は ねら れ る 事 が あ
っ
て
も、
「
ど う し て
な
の か
」
と 思 う
こ
と が あ る は ず だ と 少
し
も 思 わ れ ま せ ん
。
菩 薩
の
臨 終
は
様
々
で ご ざ
い
ま す か ら
、
( 私 は
)
ど
の
よ う
に し て 臨 終 を 迎 え る
の
で し ょ
う
。
竜 樹
菩
薩 は 引正
太 子
の
ホ
た め に
自 殺
に 追
い
込 ま れ
、
提
婆 菩 薩
は 外 道
の
者
の
た め に
殺
さ れ た
の で あ る
。
菩 薩
の
教
化の
足 跡 に は、
こ の
よ