O
道 鑑 律 師 道 岸( 六 五 四
〜 七一
七
)。
唐
の
道 宣
の
弟 子
で
、
鑑 真
の
師
。
四 分 律 を 唱 え、 南
山 律 宗 を 普 及
し
た
。
0
軽 重 義 道 宣
『
量 処 軽 重 儀
』
二
巻
。
O
僧 網 大 綱 道 宣
『
四 分 律 行
事 刪 繁 補 闕 行 事 鈔
』
の
「 僧 網 大 綱」 第
七
篇
の こ
と
。
○ 業 疏 道 宣
『
四 分 律 刪 随 機 羯 磨 疏
』
八
巻
。
〈
二 三〉 注
「 戒 疏・ 業 疏」 参 照
。
○ 道 宣
( 南
山
)
〈
二 三〉 注
「
南
」山 参 照
。
み ホ
〈
四 七
〉
一
、
四 摂
の
事
〈
「
表
無
表 章」
ご 講 義
の
時
の
仰
せ で あ る
〉
布 施 は、 す
べ
て
菩
薩 とし て は
、
ま ず
衆
生 を 仏 道 に ひ きい
お
れ る た め の 四
つ の
行 為 と
六
波 羅 蜜 を 行 わ ね ば な ら な
い
。
三
輪 清 浄
で
あ る 場A
口
は
、
み な
六
波 羅
蜜
に お さ め
と ら れ る、 す な わ ち
自
分の
修 行 で あ る
。
慈
悲
に よ
つ
て
布 施 を 行 え ば
、
そ れ は 四
摂
門( 人
々
を 仏 道 に
導
き 入 れ る 方 法
)
で あ
り、 す な わ
ち 衆 生 を 救
う
こ と で あ る
。
愛 語 は、
『
瑜
伽 論
』
で の
意 味 は
、
法 語 を 基 本 と し て い
る
。
又 は、 や
さ し
い
言 葉 で し だ
い
に 衆 生 を 仏 教 に 近
付
け るこ
と で
あ る
。
父 母 ら に
( 子 ど も
に
対
す
)る 嘆
き が あ る と き
、
こ
れ を 嘆
い
た と し て も
、
そ れ
は
愛
語で
あ る
。
利
行 と は、
今
ま で
悪 事 を し て
き た
も
の
に 今 よ り 以 後 は 悪 事 を し な
い
と
い
う 気 持 ち を お
こ
さ せ
る こ と で
あ る
。
同 事 と は
、
相
手 と 同 じ 立 場で
人
の
苦
を 救
い、 同 じ く 人 に 善 を す す め
、
看
病
な ど
の こ と に
力 を
貸
す
こ
と で
あ る。 ま
ネ
た
自
ら 梵 行 を
行
い
、
人 に も そ
う さ
せ る と
い
う、
こ の
こ と で
あ る
。
『
興 正
菩 薩 御 教 誡 聴 聞 集
』
訳 注 研 究
〇 四
摂 四 摂 法・
四 摂 事
の
略。
人 び と を 救 う た
め に 人 ぴ と を お
さ め 守 る 四
つ の
し か た。 他 人 を 仏 道 に ひ
き
入 れ る 四
つ の
方 法。
〔一
〕 布 施( 布 施 摂 事
) 。
真 理 を 教
え た り
( 法 施)、 物
を 与 え た り
( 財 施) す る
こ と
。
〔
二
〕
愛 語
( 愛 語 摂 事)
。
や さ し
い こ
と ば を か け る こ
と
。
〔
三〕 利 行
( 利 行 摂 事)
。
〔
四
〕
童 子
( 同 時 摂 事
) 。
相 于 と 同 じ 立 場 に
身 を 置 く
こ と
。
形 を 変
え て 人 び と に 近 づ き
、
同 じ
仕 事 に い そ し む
こ と
。
○ 表 無 表 章
…
… で
あ る
( 表 無 表 章 御 講 之 時 仰 也)
こ
れ も
〈
二 二
〉
〜
〈
三 七
〉
ま で と 同
様、
弘 安 五
年
に 行 わ れ
た
「
表 無 表 章」 講 義 時
の
話
か
。
〇 六 波 羅 蜜
(
六
度
V
大 乗
の
菩 薩
の
六
つ の
実 践 行。 布 施・ 持 戒・
忍 辱・ 精 進・ 禅 定・ 智 慧
の
六
種。
O
一一 一 輪 清 浄 他 人 に 対 す る 奉 仕の
心 が ま え
。
物 を 与 え、 奉 仕 す る 主 体
(
施 者
)
と
、
奉 仕 を 受 け る 相 手
( 受 者
)
と、 与
え ら れ
る 物
(
施 物) と
い
う
こ
の一.
} 者
は 空 で 清 ら か で、 滞
り が あ
っ
て は な ら な
い と い
う
こ
と。
○ 愛 語
は、
・・
・
… し て い
(る 愛 語 者
…
… 為 本)
『
瑜 伽 師 地 論
』
巻 第 四 三
に
次
の
文 が あ る。
「
云
何 菩 薩 自 性 愛 語.、 謂
諸 菩 薩 於 諸 有 情
。
常 楽 宣 説 悦 可 意 語 諦
語 法 語 引 摂 義 語。 当 知 是 名 略 説 菩 薩 愛 語 自 性。
」
(
大 止 三
〇・
五}
.
九 下)
.
○ 法 語 正 法 を 説 き 示
し た 言 葉。
○ 梵 行 清 ら か な 修 行
。
比 丘 が 戒 律 を た も
っ
て
修 行 す る こ
と。 清 浄 行。 婬 欲 を 断
つ
実 践 を 行 う
。
〈
四 八
〉
一
、
律
は 立 て が た い
事
ホ お
中
川の
上 人 ご
在 世
の
頃
、
律 学 者 が 浄 地 と
い
う
こ
と を 知 ら な く て
気 が か り で ご
ざ
い
ま し た と き
に
、
例
の
律 学 者
の
も と で
大
工 仕 事 が ご ざ
い
ま し た 時、
「
あ あ
、
浄 地
の
出 入
り
口
よ
」
と 申
し た
の
を 聞
い て 尋 ね た と こ ろ、
「 比
叡
山で は
味
噌や
塩
を 置 く と
こ ろ を 浄 地 と 申
し ま す
」
と 答 え た
。
そ れ で
も な お
浄
・
ら な
く
て、 今 小
路
の
あ た り
に 律 学 者 が お り ま
し た の が 死 に ま
し て
、
も
し
や そ
の
妻
が 知
っ
て い
る
の
で は な
い
か と
、
行
っ
て 尋 ね た と
こ
ろ
、
「 さ あ
、
亡 く な
っ
た 御
房
は
、
漬
け 物の
腐
っ
た
の
を、
“
ふ ら ん や く
”
と 申 さ れ ま し
」た と い
う
。
○ 中 川 の 上 人 実 範(
?
一〜
一
四
)四
。
中 川 成 身 院 を 創 建 し、 律 を 講 じ た
。
戒 律
の
中 興 者 で、 叡 尊 ら
の
南 都 戒 律 復 興 に お
い て は
始 祖 と し て 意 識 さ れ た
。
O
ご 在 世 の 頃
わ ざ わ ざ 戒 律
の
中 興
の
祖 で あ る
実 範
の
時 と 述
べ
て い
る こ と か
ら、 復 興
の
当 初
は
律
が
す
た れ て お り、 律 学 者 で さ え も 戒 律
の
基 本 用 語 を 知 ら な か
っ
た と い
う 状 況 を 述
べ
よ う と
し て い る と 考 え ら れ る。
○ 浄 地
比 丘
の
住
し て
罪 な き 地。 戒 律
」L
僧 院 に 禁 じ ら れ
て い る 厨 や 倉 庫 を 設 け る た め、 特 別 な 手 続 き を
し て
浄
め た 地。
○
腐 爛 薬
薬 用 と す る 大 小 便。 僧 侶
の
用
い る 語 で、 糞 尿
の こ と
。
○ 今 小
路 今
の
奈 良 県 奈 良 市 に あ る
。
東 大 寺 七 郷
の一
つ
。
ゆ い
く
四 九
V
一
、
『
梵 網 経 古 迹 記
』
等
の
講
座
が 開 か れ た 時
の
打 聞
く
弘
安
四
年
四 月 十 七 日 に 西 大 寺 道 場 に て
講 ぜ ら れ た
V
安 居
の
時 に 必 ず
こ の
経
(
『
梵 網 経
』
)
を 講 ず る
の
は、 末 世
の
時
代
に 人
々
を
救
うの
に 相 応
し い
経
で
あ
る から で あ る
。
真
諦
一.一 蔵
が こ の
経 を 中 国 に
伝
え た 時
に、
「 釈 尊 が 生 涯
の
間 に 説
か れ た 教 え
の
中
で は
、
ど
の
経 が 中 国 に お
い て
救
い
を も た ら す
の
だ ろ う
」か と
い
っ
て、 手 探 り で
『
梵
網 経
』
を 取
り あ
ヰ
て
な さ
っ
た と か
。
我
が 国
で は、 聖 徳 太 子 が ご 自 分
の 手
の
皮
を 剥
い で
(
経
の
)
外
題に
押 さ れ た
。
ま た
鳩
摩 羅 什 もこ の
よ
う
で
あ
っ
て
、
代
々 こ の
よ う な 先 例
が
あ る
。
こ の
よ う な 訳
三 二 で
、
私 が 所
々
で こ の
経
を 講 ず る と
、
目
の
前
で
救
い が
現 れ る
お
の で
あ る
。
そ れ に
加
え て
、
軽 戒 に は
、
父 母 兄 弟 が 死 亡 し
た
日 に は
こ の
経 を 講
ず
る
の が
良
い
と
記
さ れて い
る
、
と
。
O
梵 網 経 古 迹 記 新 羅
の
太 賢
の
著。
三
巻、
二
巻 ま た は 四 巻。
『
梵 網 経
』
の
註 釈 書 で、
日 本
で は 南 都
や 真 言 宗
の
系 統
で 重 用 さ れ た。
○ 打 聞
小 耳 に は さ む
こ
と。 ま た、
ふ と 耳
に し た
こ と の
記 録
。
O
弘 安 四 年 四 月 十 七 日
一
二
八一 年
。
『
学
正 記
』
の 弘
安 四 年 条
に は
(「
四 月) 十 六 日。 帰 寺。 結 夏
」
( 伝 記 集 成 四 九
)頁 と あ り、
『
行 実 年 譜
』
の
弘 安
四 年 条 に は「
四 月 十 五 日
。
結 界 平 田 西 福 寺。 竟
詣 山
之 三 室 山
。
受 菩 薩 戒 者
八 十 四 人
。
十 七 日。 之 宇 治 平 等 院 講 説 戒 經」
(
伝 記 集 成一
七 二
)頁 と あ る。
○ 真 諦一一 一 蔵 真 諦
(
四 九 九
〜
五 六 九)
。
中 国・ 南 北 朝 時 代
の 訳 経 僧。 唯 識 系
の
経 論 を 多
く 訳 し た。
○ 聖 徳 太 子 が
…
(… 聖 徳 太 子 御 手
ノ
皮 ヲ
ハ
ギ テ
…
)
『
聖 徳 太 子 伝 私 記
』
上 巻
の
「
法 隆 寺 年 中 行 事
」
に は
「
御 舎 利 殿 之 内 在 種 種 宝 物
」
一の つ
と し て
『
梵 網
経
』
が 挙 げ ら れ
て お り、
「 次 梵 網 経
二
巻。 押 御 手 皮
。
此 上 書 上 下 外 題 給。 拝 見 此 外 題 之 人
。
閇 三 惡 趣 之 門 也
。
依
之
東 大 寺 忍 性 聖 人。 夢
見 此 旨
。
云
々。 今 此 経 者。 紺 紙 金 泥
玉
軸
。
太 子 御 自 筆。
云 々
。
又 法 花 経。 押 御 手 皮。
云
」々
(
『
大 日 本 仏 教 全 書
』
( 新 版)
. 一
二・
九 二
中
=一 一〜
五) と あ る
。
『
聖 徳 太 子 伝 私 記
』
は、 法 隆 寺 僧 顕 真
の
著
で
法 隆 寺
の
寺 誌・ 聖 徳 太 子
伝
の
秘 伝 を 集 大 成 し た も
の
。
顕 真
と
叡 尊 と の
関 わ り に
つ
い て は
く
二 九
V
注 参 照
。
○
鳩 摩 羅 什
三 四 四
〜 四
=
二
。
乂 は 三 五
〇
〜 四
〇 九
。
後 秦 代
の
訳 経 僧。
O
軽 戒
に は
…
…
こ
れ は 四 十
八
軽 戒 第
二
十
の
「... 若 父 母 兄 弟
死 亡 之 日
。
応 請 法 師 講 菩 薩 戒 経 福 資 亡 者
。
得 見 諸 仏 生 人 天 上。 若 不
爾 者 犯 軽 垢 罪
。
…
」…
(
大 正 二 四・ 一
〇
〇 六
)中 と あ る
箇 所 を 指 し て い る。
〈
五
〇
〉
一
、 私 が
こ の
修
行
に お も む
い
た 事
初
め て
仏 法
(
の
道
)
に 入
っ
た
時
、
法 相・
三
論・ 天
台・ 華
厳
の
中
で
何 に
依
っ
て 学 ぶ
べ
き か
と 神 明 に お 祈
り
申 し 上 げ た と
こ
ろ
、
真 言 を
学
ぶ
べ
き
で あ る と
い
う 霊
夢
を 感
じ
た
。
そ の
時
、
思
い が け ず 四
宗
の
外
で
(
霊
夢
を)
感 じ た
と 思
い
、
三 十
有
余 歳 ま で 真 言 を学
び
、
倶
舎
を兼 学
し た
。
そ う し た
頃
に、
真
言の
教
え を学
ぶ
者
が
多
く魔 道
に 堕 ち た
。
こ
れ に よ
っ
て
教 え
の
判 ず
る 所 を 見 る と
、
(
魔 道 に 堕 ち た の
)は 律 法 を 立 て て い
な
い
事
に よ る と あ
っ
た
。
( そ れ は
)
今、 文
集
に
引
用し て い
ギ
る
『
瑜 伽 論
』
七 十 五
の
文
意
に
符 合
し て
い
る
。
『
遺 教 経
』
に
い
う に は
、
「
も し
浄
戒が
な け れ ば、 諸
善
や功
徳
は
皆 生 じ な
い
」
云
々
。
大
乗 仏 教 は 利 他 を 根 本 と し て いる。
だ か ら
、
摂 律
儀 戒 がな
け れ ば 外の
摂
善
法 戒・ 饒 益衆
生 戒
(
摂 衆 生 戒
)
も
無
い の
で
、
自
分の
本 意
は
、
利 他 を も
つ
ば ら に す る 事
で
あ る か ら
、
摂
律 儀 戒
を 正し
く 行
う
の
で あ る
。
ま た
、
一
つ一
つ の ふ る ま
い
に そ れ ぞ れ 十 利 を 具 え て い
る か
ら
、
比 丘 は 八 万 四
千
の
功
徳
を
常
に ひ
ろ め て
、
(
そ
の
功
徳
は
)
め ぐ
り め ぐ
っ
て
増 長
す る。
ま た
、
戒 法 を
行
じ て 理 が 顕 れ、
( そ れ は
)
速 や
か に 浅
い
智
の 理
観
に
勝
る
の
で あ る
。
一
つ一
つ の
ふ る ま
い の
下 で は
、
一
つ一
つ
に
法 身
が 顕 れ る か ら、 私 は 仏
道
の
た め に 諸
々 の
大 乗
を 学 ん で
、
理 の 法 門 に お
い て た
い
そ う 心
を 懸 け
、
そ
の
当 時
の
修
行 や 律
の
文 面 な ど も
皆 菩 薩
の
行
で あ る か ら
、
ど れ も 違
う
こ と は
な か
っ
た
。
教 門 は
異
な る とい
っ
て も 仏
意
を 明 ら『
興
正
菩 薩 御 教 誡 聴 聞 集
』
訳 注 研 究
か に す る と こ ろ は、 同
じ 一く
つ
の 理 に 帰 す る
の
で あ る
。
そ う で
あ る
の に、 な
ま じ
自
分自 身
の
考 え
で
様
々
に
異
な る 見 方 をし て
、
あ る 者
は
善 悪 不
二
な ど と 不 完 全
で 理 に 及 ぼ な
い
考
え に 安 穏 と し て
年 月 を
費
やし た り す る
。
ど
う
し て 理 を 明 ら か に す る
こ
と が で
き る だ ろ
う
か。 様
々
に 異 な る 見 方 を し て
、
私
の
立 て た 修 行 と 違
う 者
達
は
、
独 り で
住
ん だ
り、 ほ か
の
修
行 に 向 かっ
て い
っ
た り す る
。
そ れ も
い
か が な も
の で あ
ろ う
か
。
関 東
で 西 明 寺
の
禅
門 に 対 面 し た 時、
そ
の
人 が
、
「
斎
戒を 受 け た
の
も
、
理 を 顕 す た め で あ り ま す」 と
申
さ れ た。 西 明 寺
の
禅
門 は禅
を 修 し て
常
に 心 を 証 し て い
る の で、 そ
う
し た 言 葉 が あ
っ
た
の
だ ろ う
か
。
○ 文 集 〈
四 九〉
に
引 き 続
い て
『
梵 網 経
+n 迹 記
』
開 講 時
の
発
言 で
あ る な
ら、
『
梵 網 古 迹 記 輔 行 文 集
』
十 巻
の こ と と 考 え ら れ る。 抜 文 に
よ れ ば、 本 書
は 文 永
二
年 秋 に 起 草
し、 文 永 四 年
五
月 二
〇 目 に
完 成 し た
も
の
( 伝 記 集 成一
五 三
頁
)。
○ 遺 教 経 『
仏 垂 般 涅 槃 略 説 教 誡 経
』。
「 若 無 浄 戒 諸 善 功 徳 皆 不 得 生 是 以 当 知
。
戒 為. 安 穏 功 徳 之 所 住 処」
( 大 正一
二・ 一 一 一
上)。
〇 十 利 仏 が 戒 を 制 定
し た 理 由 と し て 挙 げ る 十 箇 条
。
O
西 明 寺
〈一 七
〉
注 参 照
。
ホ
〈
五一
〉
一
、
行 者
の
発 心
の
初 め
に
既
に 三
聚 浄 戒
の
宣
誓
式 に よっ
て
深 く
誓
願を 発 し て か
ら
、
成 仏
に 至 る ま で
、
そ
の
中
間
ホ
に あ 一る
つ一
つ の
所 作
か ら 戯 れ に
笑
うこ
と 等 ま で
も 饒 益
有 情 戒に
含
ま れ る
の で
あ る
。
人 に
教
えて
殺 生 を 行 わ せ
よ う と 約 束
し た な ら ば
、
そ の 人 が ま
っ
た く 忘 れ
て し
ま
っ
て も
、
(
対
=
二一
二