の
で あ る
。
命 が 断 た れ る 時 に は 必 ず
殺 罪
を
結
ぶ よ
〇 三
聚 浄 戒
〈 、
五
〉
注 参 照
。
O
饒 益 有 情 戒 摂 衆 生 戒
の こ
と
。
三 聚 浄 戒
の一
つ
で
、
菩 薩 が一 切
の
衆 生 を 勉 容
し て
、
あ ま ね く 利 益 を 与 え る
こ
と
。
〈 五
二
〉
一
、
私 は 発 心 が 弱 く、
衆 生 を 深 く
念
じ る 心 が
薄
い
け れ ど
も
、恐 れ お お く も 偉
大
な 師で
あ る 釈 尊
の
教
え に よ
つ
て
、
ひ た
す
ら 興 法 利 生 に 向 か
っ
て
、
と に か く 衆 生
に
任 せ た 身
だ か ら と 思
い ま し て、
苦
を 忍 ん で
願
い
に 応 じ て
様
々
な
所 に 参る の
で あ る
。
そ
の
途 中
に、 あ る
い
は 百 人
、
あ る
い
は 五 十 人
、
山
の
峰
か ら 走
り 下 り 谷
か ら は 上
っ
て
、
私 を 見 よ う と す
る
。
そ
の
中 に は、 年 老
い
た 者 が 腰 を 曲 げ て一 心 に
恭
敬 す る こ とも
あっ
た り、 年 を 璽 ね て い て
も そ れ ほ ど
思
い
入 れ た よ
う
で
も
なく て
世 問
の
人 と 同 じ よ う に 見 て
い
る
者
もい
る
。
あ る
い
は
幼
い
子 ど も
で
合
掌し
恭 敬
し て
非 常 に 信 心 の
あ
っ
た
者
もい
る。
老 い
も 若 き も 走 り
集
まっ
て
き た
の
を
初
め は
、
こ う い
う
の
は た だ や
っ
か
い
な こ と だ な あ と 思 わ れ
ま し て
、
事 の
次
第
を 心 配 し て いた が、
「 私
の
体 を 見 る
者
は、
菩
提 心 を 発 す。
私
の
名 を 聞 く 者
は、 悪
を 断 じ て
善 を 修 め る
。
私 が 議 く の
を
聴
く者
は
、
大
い
な る
智 慧
を
得
る
。
私
の
心 を 知 る
者
は、
即
身 成
仏 す る」
な ど と 思 う
に 至
っ
た
。
ま た 受 戒
の
願 等
か ら
、
私 の
輿
の
窓 を
開
け、 簾を 上 げ
て
合 掌
し て
、
τ 切
衆
生 悉
有
仏=
二
四 性
、
悉
皆
当得
翻 耨
多
羅 三
藐
三
菩
提(一 切
衆
生 に は皆
仏 性 が ある
、
す
べ
て は
皆
阿 廨 多 羅
三
貘
三
菩
提 を 得 るの
だ
ご と 唱 え て 通 り 過 ぎ た
り す る の で あ り ま す。
こ の
よ う な 人 に 何 人
逢
っ
た
こ
と で
し・.
出
う
。
も し
仏
の
數
え の よ う に
修 行 す
る こ と で
遂
に
成
仏 す る とい
う
こ
と な ら ば
、
此 等
の
人 は 必
ず
得度
さ
ま
せ る
べ
き で あ る
。
不 軽
菩 薩
が
「
我 深 敬 汝 等
、
不
敢 軽
慢(
私 は 深 く あ な た
等
を 敬
っ
て
、
敢
え て軽
ん じ た
り は
し な
い
)
」
と
い
う 文 句
で 四 衆 を 礼
拝
し た
時
、
杖
木 瓦 石
の
呵
責
を 受 け たの で
逃
げ 走 り 遠く に 留 ま
っ
て
、
強
引 に 礼 拝 讚嘆
し た
。
そ
の
罵 詈 誹
謗
を 浴 び せ た
者
ど も を
、
そ
の
罪 に よ
っ
て
千 劫 に わ た る
阿
鼻
地 獄 に 堕 と す と
い
っ
て
も
、
そ こ か ら 出
て
還
っ
て
き
て 不 軽
菩 薩
の
化
導
に あ ず か る の で
あ
っ
た
。
今
の
跋 陀
婆
羅 等の 工 百 人 が そ う
で あ る
。
そ
の
よ う
な
の
は 逆 縁
で
あ り、 私
の
場 合 は 順
縁
で
あ る
。
O
私
の
体 を 叩…・・ す る
(
見 我 身 者
… 即 身 成 仏)
『
勝 軍 不 動 明
王
陽 十 八 使 者 槌 密 成 就 義 軌
』
の
引 用
( 大 正 二}
⊥一
= 二
)下
。
○ 不 軽 菩 薩 『
法 華 経
』[ 常 不 軽 菩 薩
」品 に 登 場 す る
菩 薩
。
「 我 深 敬 汝 等 不 敢 軽 慢
」
( 大 正 九・
五
〇 下
)
と と な え、 金
て の
入 を 礼 拝 し た
。
彼 を 迫 害 し た 入
々
は 千 劫
の
問 阿 鼻 地 獄 に
堕 ち、
そ
の
綾、
不 軽 菩 薩
の
化 導 を 受 け た と い
う
。
○ 逆 縁 悪 事
が か え
っ
て 仏 道 に 入 る 縁 と な る こ
と
。
仏 に 反 抗 し、 あ る い は
仏 法 を そ し る こ と が、
か え
っ
て
仏 道 に 入
る 因 縁
と な る こ
と を 言
う
。
O
順 縁 逆 縁
の
対 語
で
、
順 調 な、 め
ぐ ま れ
た 縁。 善
い
で
き ご と が
仏 道
に 入 る よ
す
が に な る
こ と、.
〈
五 三
〉
一
、
人 を
恭
敬
す
べ
き
事
一 切
の
衆
生 は 一同の
仏 性
で
あ
る
。
い か
な
る
差 別 が あ ろ う か
。
自
分
は 出
家
で、 彼 は
在 家
で あ る と
か
、
自 分
は 比
丘 で
、
彼 は
沙 弥
で あ る と
い
っ
て、 恭 敬
し
な
い
と
い
う
の
は
、
驕 慢
の
き わ み で あ
っ
て、 も
つ
と も 慎 む
べ
き 事
で
あ る
。
劣 弱
の
心 を 思
え ば
、
ど う し て
驕 慢 す る
こ
と が で
き よ う
か
。
そ う
で
あ る か
ら 私
は 内 心 で は、 こ と さ ら 世
の
中
を 畏 れ 人 を 恭 敬
す
る
の
で す
。
〈
五 四
〉
一
、 私
は 三
十 余 歳 か ら
こ の
修 行 に 入
っ
た
。
ひ た す
ら 身 を
衆
生
(
の
希 望
)
に ま か せ て
精
進し て き た
。
今
年 も 正 月 か らこ の
西 大 寺 を 出 て
、
依 頼
に よ
っ
て い
ろ
い
ろ な と
こ
ろ を め ぐ り 歩 き
、
今 月
〈
陰
暦 四 月
〉
十 六 日、 夏
安
居 を 始 め る た め寺
に帰
っ
た
。
こ の
よ う 一に 生 懸
命
に
精 進 す
る
故
で
あ ろ う か
、
私 が 地 獄 に 入
っ
て
衆
生 を 救
い
出
し た と
夢
に
見 た 人 も
い
る
、
と お
聞
き し て
い
る
。
○
こ の
修 行 戒 律 を 主 と す る 修 行
の こ
と。 叡
尊 は、
三 四 歳
(
文 暦 元、 一
二 三
)四 よ り 戒 律 修 学 を 開 始 し、
三 六 歳 に し て
自 誓 受 戒 を 遂 げ た。
○ 今 年 弘 安
四 年
の こ と
。
年 頭 よ り の
活 動 に
つ
い て は、
『
学 正
記
』
に 次
の よ う に あ る
。
「
正
月 十 五 日、 依 院 宣
、
参 八 幡 宮
。
十 六 日、 於 御 前、
『
古 迹
』
下 末
、
奉 開 講 之
。
十 九
日、 第
二
段 畢
。
廿 日、
『
最 勝
王
経
』
百 部 之 内、
一 部一
日 書 写。
自 余 摺 写
。
護 国 品一 品、 上 皇 宸 筆。 以 大 法 会 軌 則、
奉 供 養
。
叡 尊 奉 講 讃
。
大 躰一 門 本 末 僧 衆
。
他 門 少
々
也。 廿一
日、 於 大 乗 院
、
五
十 五 人 授 菩 薩 戒
。
廿
二 目、 帰 寺
。
二
月 廿
二 日、 下 河
『
興 正 菩 薩 御 教 誡 聴 聞 集
』
訳 注 研 究
内 教 興 寺、
二 百 四 十 八 人 授 菩 薩 戒
。
廿 四
日、 講 堂 供 養。 舞 楽
。
中 法 会。 依 大 雨、 少
々
略 之
。
廿 五
日、 著
天 王
寺 薬 師 院
。
廿 七
日、 著 摂 津 国 生 瀬 宿。 廿
八 日、 著 播 磨 岩 峯 寺
。
廿 九
日、 講 始 十 重
、
行 布 薩。
三 月 四 日、 於 本 堂、 一 千
八 百 五 人 授 菩 薩 戒
。
捧 禁 断 殺 生 等 之 状
二
通
A一 通、 領 主 平 時 俊 状
。
一 通
、
代 官 等 状
〉。
領 内 東 西 三 里 許、 南 北 廿 四 五 町 云
々
。
五 日、 於 同 所
、
七 十 七 人 授 菩 薩 戒
。
六 日
、
堂 供 養。
中 法 会。
七 日、 著 温 泉 寺
。
八 日、 堂 供 養。
十 九
日、
二
百
二
十. 人 授 菩 薩 戒。
廿 目、 著 多 田 院。
仕 四
日、 於 本 堂、
四 百 丗
二
人 授 菩 薩 戒
。
廿 五
日、 帰
寺。
四 月 十
二 口、 入 香 子 山 三 学 院。
十
四 日、 於 文 殊 堂 前、
『
大 般 若 経
』
開 題 供 養 く 延 禅 房 法 橋 施
入 経 也
V
。
在 舞 楽
。
中 法 会 作 法 也
。
十 五 日、 布 薩 以 後、
入 平
田
最 福 寺、 結 界。 十 六 日、 帰
寺
。
結
」夏
( 伝 記 集 成
四 八
〜 四 九 頁)
〈
五 五
〉
一
、
遊 行
の
時、 仏 殿 や 仏 塔 を 礼 拝 す
べ
き 事 私 は 他
の
所
へ
行 く 時 は、
昔 か 一ら 度 も や め る
こ
と な く
、
夜 中
で
あ
っ
て
も、
か
な ら ず 仏 殿・ 仏 塔 を 礼 拝 す る
。
何
と 申
し 上 げ て も
、
僧
侶 が た が 仏 殿・ 仏 塔 を 礼拝
さ れ ま せ ん
こ
と は
、
不
届
き なこ
と と 思 わ れ ま す
。
仏 説
の
と お
り 七
条
を か け て
礼 拝
す るこ
と
(
が 望 ま
し い の で
す が
)
、
少 な く と も
忙
し
い
時 に は
(
七
条
を か け ら れ な
い
と
し て
も
)
仕 方 な
い の
で、 五
条
で あ
っ
て
も 帰
依
・信 仰
の
心 が あ る
べ
き だ と 思 わ れ
ま す。
〇 七 条・
五
条 七 条
は 七
つ
の
布 片 で、
五
条 一は
つ
の
布 片
で
縫 製 さ
れ た 袈 裟
。
七 条 衣
( 鬱 多 羅 僧・
上 衣)
は 礼 拝
・
聴 講・ 布 薩 な ど に 用
い
る
。
五
条 衣
( 安 陀 衣・ 中 衣
)
は 日
常
の
作 業 や 就 寝 時 に
着
用 す る
。
○
帰 依・ 信 仰
の 心 原 文 は
「
キ シ
」ム。 岩
波 本 頭 注 で
は
「 鬼 神」 と 解
し て い る
一
三 五
が、
「 帰 信一 ま た は
「
帰
」心 で あ ろ う。
〈
五 六
〉
一
、
依
止 阿 闍 梨 を 怨 ん で
坊
か ら 出
て は な ら
な
い
事
依
止
が
同 法
を は ぐ く む 志 は
極 め て 大 き い
。
思 い
も よ ら な
い
大 事 で あ る と し て
育
て 上 げ
る の
だ か ら、 そ
の
恩 を も 思
い
知 ら ず
、
自 分
の
心
の
悪
い ま ま
に、 一 時
の
さ さ
い
な
事
に よっ
て
、
あ ち ら
こ
ち ら と 僧 坊 を 移
っ
た り す
る こ と は、 不 届 き な 間 違
い で
あ. る
。
○ 依 止 〈
二
〉〇 注 参 照
。
〈
五 七
〉
、
、 堅
く 戒 を 護
り 威
儀 を 直 す
べ
き 事
〈 弘 安 四 年 六 月 十 九 靉
開 講
の
際
の お 話
〉
.一. 人 の 比 丘 が お り
、
釈 尊
の
も と
に
詣
で る 途 中
で
喉 が 渇
い
た
。
あ る と
こ
ろ
で
、
小 さ な 水 溜 り に す ぎ な
か
っ
た が、
〈
そ
の
お
申
)に 虫 が
い
た
。
漉 水
嚢
を 持
っ
て
い
な
か
っ
た
の で
、
年 長
の
姥 丘 が 鬣 う に は、
[ 私 は 喉 が 渇
い て、
こ こ で 死 ん だ と
し て も、 仏
の
禁
じ ら れ
た、 双
を 破
っ
て
仏 前 に
詣
で る こ と は し な
い
偏
と。
も
}う 入
の
地 丘 は
、
コ
無 量 劫 を 経
て
も、 仏
に お
会
い
申
し 上
げ
る
こ
と
は
難
し
い の で あ
る.
だ
か ら 私 は
、
わ ず か な 戒
を 破 る
こ
と に な
っ
て も、 虫
の い
る
水
を飲
ん で
身 命 を
つ
な
ぎ、 仏の い
ら
つ
し ゃ る と
こ
ろ
へ
詣
で よ う
」
と 言
っ
た
。
例
の
年 長
の
比 丘 は、
戒 を
護
る た め に
身 命 を
捨
て た こ と に よ
っ
=
二
六 て
、
死 ん だ
後
すぐ
さ ま 仞 利 天 に 生 ま れ た。
飛 行 が 自 由
で あ
っ
た た め、
本
来の
願
い
を
覚
えて い て、 仏
の い ら
っ
し
ゃ る と
こ
ろ
へ
詣
で た
。
も 一う 人
の
比 丘 は
、
人
(
の ま ま
)
で あ
っ
た
の で
、
遅 れ て
仏
前
に
詣
で
た
。
そ
の
時、 釈
尊
は、
二
人
の 比 丘
の
や
っ
て き た 経
緯
を お 尋 ね に
な
っ
た
。
(
二
人 は
)
こ
う
で
ホ
あ
っ
た と お 答 え し た
。
釈 尊 は す ぐ さ ま 金 色
の
胸 を 出 し て お
っ
し ゃ
つ
た
。
「
こ の
身 は 不
浄
な もの で あ る
。
骨
が
集
っ
て 成
り 立
っ
て い
る も
の
を、 血 や 肉 が
飾
っ
て
い
る
の で
あ る
。
そ う で あ る な ら ば、
こ の
生 身
の
体
を 見て
何
を し よ
う
と
い
う
の
か
。
か
の
年
長の 比 丘 は、
真 実
の
戒 法 身 を 備 え て い る の で、 優
れ て い
る
。
た だ、
二
人
の
意
向 に は、 書い
分 が な
い
わ け
で は な
い
」
と
。
釈 尊
の 入 滅
の の
ち
は、 釈
尊
の 正 し い
教 え は 絹
々
滅 し て い
る
。
何 を
言
っ
て
も
、
寒 世
の
私 た ち
は、 形
ば
か み
り
の
状
態
で あ る
。
優 婆 崛
多
は 数
滴
の
油 を
こ
ぼ し た
。
百 歳
の 沱 が 言 う
に は
、
. 釈 尊
の
こ 在 世
の
と き に は
、
そ
の よ
う な 粗
暴
な 振 る
舞
い は な か
っ
た も
の
だ
。
六 群
比 丘 で 一も 滴
の
油 も
こ
ぼ さ な
か
っ
た
隔
と 雷
っ
て、 恥 を か か せ
た
。
蠣 多
尊
者 は ま す ま す 恥じ 入
っ
た
。
尼 が 言 う
に は
、
「
い
や
い
や、 恥
じ る
の
を や め な さ
い
。
釈
尊
が
中 夜
に 入 滅 さ れ た
の
で
、
後 夜 に は
ハ
す で に) 正
法 が 滅 び だ し て、
日
々
衰 え
て い
る
の
だ
。
ま し て
百 年 経
っ
て い る
の で あ る か
ら
隔
と
。
(
私 た ち が 生 き
て い
る
)
現
在
は、
( 釈 尊
の
入 滅
か ら 長
い
時
間
が 経
っ
て い る だ け
で
な く、
こ こ
口 本
は
)
辺 地
で
も あ る
。
形 だ け
で
あ
っ
て も、 出
家 僧
で
あ