博 士 ( 医 学 ) 津 布 久 崇
学位論文題名
Prediction in the timlngofpurSulteyemOVement initiationreVealedbyCrOSS ―aXlSVeStibular −purSuit trainlnglnmonkeyS
(前庭刺激と直交軸で与えた視標運動の追跡訓練により誘発された 眼球運動開始の予測に関する研究)
学位論 文内容の要旨
【 背 景 】 周 囲 の 環 境 と 自 己 との 空間 的相 互関 係 の構 築は 、視 覚・ 前 庭覚 ・筋 固有 知 覚情 報 等 の 統 合 に よ り 行 わ れ る 。 この 破綻 によ り、 平 衡障 害、 眩暈 、空 間 認知 障害 など の 症状 を 呈 す る こ と が 報 告 さ れ て い る。 この 病態 を理 解 する ため には 、視 覚 ・前 庭情 報が ど のよ う な 状 況 で 統 合 さ れ る か を 複 合的 に理 解す る必 要 があ る。 ゆっ くり と 動く 物体 を網 膜 中心 窩 領 域 に 維 持 す る た め に 用 い られ る滑 動性 眼球 運 動は 自身 の動 きが 加 わる 際に は前 庭 系と 協 調 し て 働 く 必 要 が あ る 。 滑 動性 眼球 運動 は網 膜 誤差 速度 を入 力情 報 とし て用 い、feedback 制 御 系 と し て のmodelが 確 立 し て い る 。 滑 動 性 眼 球 運動 では 視覚 対 象が 動い てか ら 眼球 運 動 の 開 始 ま で 約100msの 潜 時 を 要 す る た め 、 ス ポ ー ツ等 頭部 の動 き を伴 う日 常運 動 では 、 遅 い 潜 時 は 予 測 に よ っ て 補 償さ れる こと が必 要 にな る。 過去 の研 究 で前 庭刺 激と 視 覚対 象 の 動 き を 直 交 す る 軸 方 向 に 同時 に与 える 干渉 訓 練を 施し た動 物で 、 滑動 性眼 球運 動 の潜 時 が 短 縮 し 、 初 期 速 度 が 増 大 する こと が報 告さ れ てい る。 この 運動 の 初期 成分 が前 庭 刺激 に 誘 発 さ れ た 予 測 性 眼 球 運 動 であ り、 この よう な 多様 な運 動の 組み 合 わせ が生 体の 行 動に 対 し有利 に働いていることが考えられ るがその詳細は明らかでは ない。
【 目 的 】 こ の 運 動 の 初 期 成 分が 予測 性滑 動性 眼 球運 動か どう かを 調 べる ため に、 前 庭刺 激 の 開 始 を 視 覚 刺 激 の 開 始 よ り先 行し て与 える こ とで 、眼 球運 動開 始 のタ イミ ング を 予測 で き る か 、 そ の 手 が か り と し て前 庭信 号を 用い る こと がで きる か、 ま た先 行し た時 間 の記 憶 が可能 かどうかを調べた。
【 方法 】3頭の ニホ ン ザル(Macaca fuscata)を 用い た。search coil法にて水平・ 垂直眼球運 動 を 記 録 し た 。 け ル の 頭 部 が動 かな いよ うに 椅 子に 固定 し、 両耳 の 中心 を軸 とし て 水平 方 向 に士10°、20° /8の一 定速 度で 回 転さ せた。視覚 刺激はサルの眼前から75cm離 れたスクリ ー ン に直 径O.2° の1aserspotを 投射 する こと で 視標 とし た。 視標 は サル の回 転台 の 動き に 基づき 同波形(土10゜、20°′s) になるように制御されたが、回転台の方向とは直交する垂直方 向 に与 え られ 、ま た、回転 台の開始から一定の遅延時 間後(100.700ms)に、動き 始めるよう に 設 定 し た 。 こ の 前 庭 ・ 追 跡 眼 球 運 動 訓 練 を1日 に1時 間、 週に4日 行っ た。 同一 の 遅延 時 間 によ る 訓練 は通 常、 連続 し た2.3日 で行 った(実験 1)。また、視標の有無が 追跡運動の −463―
開始に影響を与えるかどうかを確かめるために、日々の訓練の終わりに椅子の回転開始か ら80ms後から500‑700msの間、一時的に視標を消し視標の動き始めが見えなしゝ条件下で も 調べた( 実験2)。実 験1、2は2頭の サルで行 った。 もう1頭のサルでは同様の訓練を し た後、前 庭刺激 の代わり に音刺激 (1000Hzのbeep)を視 覚刺激と同時に与えることで 追跡眼球運動の潜時が短縮するかどうかを確かめた(実験3)。しゝずれの実験においても、
眼球、視標、椅子の速度記録を椅子の回転開始時間を基準にそろえ、20試行以上の記録か ら 平 均 速 度 を 求 め 、 追 跡 眼 球 運 動 の 開 始 時 間 、 速 度 の 大 き さ を 求 め た 。 【 結果】実 験1,2において、2頭のサルの結果は同様であった。実験に先立ち前庭刺激 を 加 えずに 、視標の 動きだ けで追跡 眼球運 動を行わ せたと ころ、運 動開始の 潜時は 約 110‑120msであ った。前 庭刺激開 始後、100、300、500、700msで視標を動かして追跡眼 球運動を訓練したところ、実際の視標の動き始めに先行して追跡眼球運動が開始した。こ の眼球運動速度はその後一定の増加を示し、本来の滑動性眼球運動の潜時に対応した時点
( 視標の動 き始めから約l10‑120ms後)で、急に増大した。このような眼球運動の適応性 変 化は訓練 開始後より徐々に現れ、約30分(約250試行)で明らかとなった。一度この適 応 性変化が 現れると、翌日以降に前庭刺激と視標運動開始の遅延時間を変更しても、2頭 のサルとも数分の訓練で遅延時間に相当した追跡眼球運動を行うことができた。前庭刺激 開始後の眼球運動の潜時と、前庭刺激と視標開始の遅延時間をplotすると高い相関を示し、
そ の回帰直 線のslopeは2頭の平均 で0.64であり、明らかに視標開始に先立ち眼球運動が 開 始されて いることが明らかとなった。視標運動開始後100msでの平均眼球速度の大きさ を 比較する と、前 庭刺激を 加えた訓 練後は有意に訓練前の速度より大きかった(one‑way ANOVA,Pく0.01,post‑hoc Scheffe g test)(実験1)。訓練後、視標を一時的に消すことで視 標の動き始めが見えないようにしても、以前に獲得した潜時で追跡眼球運動が開始され、
視 標の有無 は、訓練後の追跡眼球運動の潜時に影響を与えなかった。実験1同様に眼球運 動 の潜時と 、前庭刺激と視標運動開始の遅延時間をplotし求めた回帰直線のslopeは0.78 であった(実験2)。もう一頭のサルで前庭刺激の代わりに音刺激で同様の眼球運動が生じ るかを確かめたが、音刺激・追跡眼球運動訓練を行っても眼球運動開始の潜時は視標のみで の運動と変化がなかった。音刺激、前庭刺激、視標の動きを同時に与える訓練をすると他 の2頭の サルと同様、眼球運動開始の潜時が短縮されたが、その訓練の後に再度、音刺激 と視標のみを同時に与えても潜時の短縮は見られなかった。
【考察】本研究で認められた前庭.追跡眼球運動訓練後の眼球運動の初期成分は、前庭刺激 と視標の動き始めの間の遅延時間を記憶することを要求されるものであり、さらに実際の 視標の動き始めに先行してみられており、予測的に実行されたものであると解釈される。
ヒ トで視覚 刺激、音刺激、触覚刺激をcueとして予測性眼球運動が誘発されたという報告 があるが、サルを用いた本研究では、予測性眼球運動は前庭刺激では誘発されたが、音刺 激では誘発されなかった。本研究は、前庭信号が追跡眼球運動開始に予測成分を与えるcue としての役割のみならず、眼球運動自体を駆動する情報としても用いられる重要な信号で あることを明らかにした。前庭信号の重要性は、前庭機能障害により生じる平衡障害によ って、よく知られているが、本研究により、スポーツ等頭部の動きを伴う運動の予測にお いても重要であることが明らかになった。
―464―
学位論文 審査の要旨 主 査 教 授 福 田 諭 副 査 教 授 福 島 菊 郎 副査 教授 佐々木秀直
学位論文題名
Prediction in the timlngofpurSulteyemOVement initiationreVealedbyCrOSS ―aXlSVeStibular ―purSuit trainlnglnmonkeyS
(前庭刺激と直交軸で与えた視標運動の追跡訓練により誘発された 眼球運動開始の予測に関する研究)
周囲の環境と自己との空間的相互関係の構築は、視覚・前庭覚・筋固有知覚情報等の統 合により行われる。この破綻により、平衡障害、眩暈、空間認知障害などの症状を呈する ことが報告されている。この病態を理解するためには、視覚・前庭情報がどのような状況 で統合されるかを複合的に理解する必要がある。ゆっくりと動く物体を網膜中心窩に維持 するために用いられる滑動性眼球運動は自身の動きが加わる際には前庭系と協調して働く 必 要がある 。滑動性眼球運動では視覚対象が動いてから眼球運動の開始まで約100msの潜 時を要するため、頭部の動きを伴う日常運動では遅い潜時は予測によって補償されること が必要になる。前庭刺激の開始を視覚刺激より先行して与えることで、眼球運動開始のタ イミングを予測し、その手がかりとして前庭信号を用いることができるか、また先行した 時間の記憶が可能かどうかを調べた。3頭のニホンザルの頭部を固定し、両耳の中心を軸と して水平方向に土10°、20°/sの一定速度で回転させた。視標はサルの回転台の動きに基づ き同波形になるように制御されたが、回転台の方向とは直交する垂直方向に与え、また、
回転台の開始から一定の遅延時間後に動き始めるように設定した。前庭刺激開始後、100、 300、500、700msで視標を動かし追跡眼球運動を訓練したところ、視標の動き始めに先行 して追跡眼球運蜘ミ開始した。前庭刺激開始後の眼球運動の潜時と、前庭刺激と視標開始 の遅延時間をプロットすると高い相関を示したが、その回帰直線の勾配は2頭の平均で0.64 であり、明らかに視標開始に先立ち眼球運動が開始されていることが明らかとをった。視 標 運動開始 後100msでの平均眼球速度の大きさを比較すると、前庭刺激を加えた訓練後は 有意に訓練前の速度より大きかった。訓練後、視標を一時的に消すことで視標の動き始め が見えないようにしても、以前に獲得した潜時で追跡眼球運動が開始され、視標の有無は、
―465―
訓練後の追跡眼球運動の潜時に影響を与えなかった。前庭刺激の代わりに音刺激で同様の 眼球運動が生じるかを訓練したが、眼球運動開始の潜時は視標のみでの運動と変化がなか った。本研究で認められた前庭ー追跡眼球運動訓練後の眼球運動の初期成分は、前庭刺激と 視標の動き始めの問の遅延時間を記憶することを要求するものであり、さらに実際の視標 の動き始めに先行してみられており、予測的に実行されたものであると解釈される。ヒト で視覚刺激、音刺激、触覚刺激を手がかりとして予測性眼球運動が誘発冬れたという報告 があるが、サルを用いた本研究では、予測性眼球運動は前庭刺激では誘発されたが、音刺 激では誘発されず、ヒトとは異なる特徴を示した。本研究は、前庭信号が追跡眼球運動開 始に予測成分を与える手がかりとしての役割のみならず、眼球運動自体を駆動する情報と しても用いられる重要な信号であることを明らかにした。
発表後、副査の佐々木教授から皮質下機構、特に小脳が関与する可能性について質問が あった。申請者は前庭動眼反射経路が関与している可能性と小脳片葉領域がこの予測性眼 球運動に関与している可能性を述べた。福島教授から前庭刺激が単に視標運動開始の手が かりとして用いられたのか、また、訓練後、誘発される眼球運動発現の脳内機構について 質問があった。申請者は水平前庭刺激が垂直眼球運動に影響を与えた機構は未解明ではあ るが、前庭信号はそれ自体で眼球運動を駆動する情報として用いられたと思われると返答 した。また、福田教授から、本研究結果の臨床への応用の可能性について質問があった。
申請者は、この予測性眼球運動を計測することで、自発眼振が消失した後の前庭機能の回 復を推定しうる可能性について述べた。フロアーから、この訓練により誘発された眼球運 動は、視野全体に与える視運動性刺激と前庭刺激の組み合わせにより誘発される反射性眼 球運動とどのように異なるかとの質問があったが、申請者の研究では、視覚刺激として視 野全体に与える視運動性刺激は用いておらず、滑動性眼球運動を誘発するスポット刺激の みを用いたことを返答した。
この論文は、前庭信号の重要性は、前庭機能障害により生じる平衡障害によって、よく 知られているが、スポーツ等頭部の動きを伴う運動の予測においても重要であることを明 らかにし、今後この神経機構の解明、既存のものより高次の前庭機能検査への応用が期待 される。
審査員一同は、これらの成果を高く評価し、大学院課程における研鑽や取得単位なども 併 せ申 請 者が博 士(医学 )の学位 を受け るのに十 分な資 格を有す るもの と判定し た。
‑ 466―