博 士 ( 獣 医 学 ) 木 曽 哲 男 学 位 論 文 題 名
下部消化管機能における5 ―HT3 受容体の役割
―主として5―HT3受容体作動薬を用いた検討一
学位論文内容の要旨
5‑Hydroxytryptamine (5‑HT)は生体内アミンであり、神経伝達物質として 重要な役割を担っている。5‑HT受容体は大きく7つのサブタイプに分類さ れている。このうち5‑HT3受容体はイオンチャネル内在型受容体であり、こ の受容体の活性化は神経細胞において速い脱分極反応を引き起こす。大脳皮 質、迷走神経、および小腸など、さまざまな部位の神経系において5‑HT3受 容体研究がなされた結果、5‑HT3受容体が末梢および中枢神経系で多くの役 割を担っていることが示唆されている。
生体内に存在する5‑HTの約90%は消化管に分布し、嘔吐、消化管運動異 常、および下痢などさまざまな消化管機能異常に関与している。化学療法時 に生じる嘔吐反応は求心性迷走神経、大内臓神経、および最後野に存在する 5‑HT3受容体が刺激されることにより生じる。また、結腸運動調節に5‑HT3 受容体が関与することが種々の動物種やヒトにおいて明らかとなっている。
ストレスにより生じる消化管機能異常の少なくとも一部は、5‑HT含有神経 や腸クロム親和細胞(EC細胞)から放出される5‑HTが5‑HT3受容体に作用 することにより引き起こされる。選択的5‑HT3受容体拮抗薬はラットにおい てストレスもしくは5‑HTによる排便亢進を抑制し、ラットおよびイヌにお いて5‑HTによる結腸運動亢進を抑制する。また、5‑HT3受容体拮抗薬が健 常人の結腸輸送を抑制すること、ならびに女性の過敏性腸症候群患者におい て排便回数を減少させることが報告されている。
消化管機能における5‑HT3受容体の役割を解明する目的で、選択的5‑HT3 受容体拮抗薬を用いた検討は比較的進んでいるが、5‑HT3受容体作動薬を用 いた検討はそれほど進んでいない。また5‑HT3受容体作動薬の消化管機能異 常治療薬としての有用性も明らかではない。これらの理由のーっとして、
5‑HT3受容体作動薬投与時に副作用が発現する懸念が挙げられる。5‑HTは求 心性迷走神経、大内臓神経、およぴ最後野に存在する5HT3受容体を介して 嘔吐を惹起することが知られているためである。
そこで本研究においては、下部消化管機能における5‑HT3受容体の役割解
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明を目的とし、主として5‑HT3受容体作動薬を用いた検討をおこなった。ま た5‑HT3受容体作動薬の下部消化管機能異常治療薬としての可能性を追求し た。
新規5‑HT3受容体作動薬として合成されたYM‑31636は、受容体結合実験 において5‑HT3受容体に選択的かつ強カな親和性を示した。また、本化合物 はモルモット遠位結腸収縮作用においてほぼ完全作動薬としての性質を示 したが、右心房陽性変時作用においては部分作動薬としての性質を示した。
これらの結果から、モルモット遠位結腸と右心房とでは異なる種類の5ーHT3 受容体が存在する可能性、ならびに本化合物が結腸運動を選択的に増加させ ることが示唆された。
YM‑31636はフェレットにおいて下痢や嘔吐を惹起することなく排便を亢 進した。また本化合物は既存の緩下剤と比較して作用発現が早く、しかも確 実な作用を示すことが明らかになった。これらの結果から、選択的5‑HT3受 容体作動薬の便秘治療薬としての可能性、ならびに排便に関与するフェレッ ト結腸の神経と嘔吐に関与する迷走神経とでは異なる種類の5‑HT3受容体が 存在することが示唆された。
5‑HT3受容体作動薬の便秘治療薬としての可能性をさらに追求するため、
弛緩性および痙攣性便秘の病態を反映すると考えられるフェレット便秘モ デルを確立し、YM‑31636の作用を検討した。本化合物は弛緩性および痙攣 性便秘のいずれをも改善した。5‑HT3受容体作動薬が有効な便秘治療薬とな りうる可能性が示された。
フェレットにおいて消化管運動調節における5‑HT3受容体の役割を検討し た。5‑HT3受容体拮抗薬であるramosetronは空腹期の胃における伝播性収縮 波 の 発生 間 隔を 延 長し た 。YM‑31636は結腸に おいてgiant migrating contraction (GMC)様収縮を惹起したが、自発性消化管運動にはほとんど影響 を与えなかった。これらの結果から、5‑HT3受容体はフェレット結腸におけ る排便誘発時特有のGMCの発生、ならぴに空腹期の胃における伝播性収縮 波の発生に重要な役割を果たしており、それ以外の自発性消化管運動調節に は関与しないことが示された。
5‑HTは様々な動物種において消化管における水分・電解質分泌刺激作用
を示すことが知られているが、5‑HT3受容体作動薬であるYM‑31636はフェ レ ットにおいて便中水分含量をわずかに増加させるのみで下痢を示さな かった。そこで、5‑HT3受容体の結腸水分・電解質分泌機能への関与の程度 を調べるため、加vitroにおける消化管分泌機能測定系として汎用される短絡 電 流測定系において検討をおこなった。5‑HTはラット遠位結腸において 5‑HT3受容体およぴ5‑HT4受容体を介して短絡電流を増加させたが、5‑HT4 受容体を介した反応の方が優位であった。モルモット遠位結腸においては 5‑HT3受容体を介して比較的大きな短絡電流増加反応を生じた。YM‑31636
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の分泌刺激作用はモルモット、ラットいずれにおいても弱かった。これらの 結果から、YM‑31636は種々の動物において下痢を起こさない程度の適度な 水分分泌刺激作用を有すると考えられた。
5‑HT3受容体作動薬は結腸運動を亢進するが、その際、腹痛強度や腹部感 覚閾値への影響が懸念されることから、腹痛反射モデルにおいて検討をおこ なった。ラットにおいてYM‑31636は排便を亢進し、結腸運動を増加させた。
しかし本化合物は結腸拡張による血圧降下を増強せず、さらに腹痛反射の閾 値も低下させなかった。これらの結果から、ラッ卜において5‑HT3受容体作 動薬は腹痛反射に影響を与えることなく排便を亢進させることが示唆され た。
以上より、5‑HT3受容体は下部消化管において排便時特有の結腸収縮惹起 およぴ排便、ならびに結腸における水分・電解質分泌亢進に関与することが 示された。また、同一種内に異なる種類の5‑HT3受容体が存在する可能性が 示された。さらに、結腸運動を選択的に亢進するYM‑31636のような選択的
5‑HT3受容体作動薬は、嘔吐、下痢、およぴ腹痛を惹起することなく排便亢
進および便秘改善を示すことから、便秘治療薬として有効であることが示さ れた。
学 位論文審査の要旨 主査
副査 副査 副査
教授 教授 教授 助教授
伊 藤 茂 男 岩 永 敏 彦 葉 原 芳 昭 太 田 利 男
学 位 論 文 題 名
下 部消 化 管 機能 に おける 5 ーHT3 受 容体の 役割
―主として5−HT3受容体作動薬を用いた検討ー
生 体 内 ア ミ ン で あ る5‑hydroxytryptamme(5・HT) の 約90% は 消 化 管 に 存 在 す る こ と か ら 、5‐HTは 消 化 管 機 能 に 重 要 な 役 割 を 果 た し て い る と 考 え ら れ て い る 。5‐ HT受 容 体 は7つ の サ ブ タ イ プ に 分 類 さ れ 、5‐HT3受 容 体 拮 抗 薬 は 抗 ガ ン 剤 に よ り 誘 発 さ れ る 嘔 吐 を 抑 制 す る 制 吐 剤 と し て 用 い ら れ て い る 。 し か し 、5‐HT3受 容 体 の 下 部 消 化 管 機 能 に お け る 役 割 お よ び5‐HT3受 容 体 作 動 薬 の 消 化 管 機 能 異 常 に 対 す る 治 療 薬 と し て の 有 用 性 は 明 ら か で は な い 。 本 研 究 で は 、 下 部消 化管 機能 に おけ る5―HT3 受 容 体 の 役 割 を 調 ベ 、5‐HT3受 容 体 作 動 薬 の 治 療 薬 と し て の 可 能 性 を 検 討 し 、 以 下 の 結 果 を 得 た 。
新 規 に 合 成 さ れ たYM‐31636は 、 強 カ か つ 選 択 的 な5.HT3受 容 体 作 動 薬 で あ り 、 モ ル モ ッ ト 遠 位 結 腸 の 収 縮 に お い て は 完 全 作 動 薬 と し て 、 ま た 右 心 房 陽 性 変 時 作 用 に お い て は 部 分 作 動 薬 と し て 作 用 し た 。 フ ェ レ ッ ト に お い て 、YM‐31636は 嘔 吐 や 下 痢 を 惹 起 す る こ と な く 排 便 を 亢 進 し 、 こ の 排 便 反 応 は 既 存 の 緩 下 剤 と 比 較 し て 作 用 発 現 が 速 か っ た 。 弛 緩 性 お よ び 痙 攣 性 便 秘 の 病 態 を 反 映 す る フ ェ レ ッ ト 便 秘 モ デ ル に お い て も 、YMー31636は 排 便 反 応 を 引 き 起 こ し た 。
YM−31636と5‐HT3受 容 体 拮 抗 薬 を 用 い て 消 化 管 運 動 調 節 に お け る5−HT3受 容 体 の 役 割 を 調 べ た 結 果 、5ーHT3受 容 体 は フ ェ レ ッ ト 結 腸 に お け る 排 便 誘 発 時 に 生 ず るgiantmigratingcontractionの発 生な らび に空 腹期 の胃 にお ける 伝播 性 収縮 波の 発生 に 重 要 な 役 割 を 果 た し て い る こ と を 示 し た 。5‐HTは ラ ッ ト 遠 位 結 腸 に お い て は5‐ HT3と5―HT4受 容 体 を 介 し て 、 ま た モ ル モ ッ ト 遠 位 結 腸 に お い て は5‐HT3受 容 体 を 介 し て 水 分 ・ 電 解 質 分 泌 を 促 進 し た 。 し か し 、 い ず れ の 動 物 に お い て もYM−31636 の 分 泌 刺 激 作 用 は 弱 く 、 フ ェ レ ッ ト で は 下 痢 を 引 き 起 こ さ な い こ と か ら 、YMー31636 は 排 便 に 有 用 な 適 度 の 水 分 分 泌 を 引 き 起 こ す こ と を 示 し た 。 さ ら に 、 ラ ッ ト に お い
て、YM ‑31636は結腸拡張による血圧降下を増強せず、結腸―直腸拡張による腹痛 反射の閾値も低下させないことから、YM ‑31636は結腸運動を亢進させても、腹痛 を引き起こさないことを示した。
本研究は、新規に合成された選択的5‑HT3受容体作動薬を用いて、排便と嘔吐 に関与する5‑HT3受容体が異なる可能性を示し、結腸機能選択的に作用するYM ‑ 31636のような5‑HT3受容体作動薬は、便秘治療薬として有効であることを示した。
よって、審査委員一同は木曽哲男氏が博士(獣医学)の学位をうけるのに十分な資 格を有するものと認めた。