博 士 ( 医 学 ) 小 林 隆 彦
学 位 論 文 題 名
ヒト腎細胞癌培養株における硫酸化糖脂質 及び糖脂質硫酸転移酵素に関する研究
学位論文内容の要旨
I研 究 目 的
硫 酸化糖脂質は腎細胞癌組織において、正常腎組織に比して著しく増 加 しており、その合成酵素である硫酸転移酵素活性が組織及び患者血清 において上昇していることが報告されて`ヽる。また、細胞の癌化と蛋白 質 リン酸化反応とは密接に関わっていると考えられている。そこで、本 研 究では、ヒト腎細胞癌培養株において硫酸化糖脂質の増加及び糖脂貿 硫 酸転移酵 素活性の 上昇を 明かにし、プロテインキナーゼCの関与を検 討することを目的としたものである。
II実 験 方 法
1) ヒ ト 腎 細胞 癌 株 の培 養 : ヒト 腎 細 胞癌 株(SMKT−R‑3)は10% fetal bovine serumを含む培地DMEMにて継代培養を行った。
2) 糖脂質の 分離と同 定:上 記細胞を 超音波 破砕後、 クロ口 ホルム、メ タノー ル、水の 混合溶 媒にて脂 質を抽出 し、弱アルカリ加水分解した。
これをSephadexAー25のカラムにかけて酸性糖脂買画分を得た。抽出した 糖脂質 を薄眉プ レート 上に展開 後、糖脂 質一般をオルシノール硫酸試薬 に よ り 、 硫 酸 化 糖 脂 貿 を ア ズ ー ル A試 薬 に よ り 発 色 し た 。 3)硫酸化 糖脂質の メタボ リックラ ベリン グ:3xl06個の本 細胞に終 濃度 5メCi/mlとなるように[2:sS]Na2S04を加え24時間培養し、その後、酸性 糖脂質画分を分窩隹し、薄層プレート上に展開後、オートラジオグラフィ
ーを行った。
4)糖 脂質硫酸 転移酵 素活性の 測定: ガラクト シルセ ラミド(GalCer)及 びラクトシルセラミド(LacCer)を基質として,それぞれに対する硫酸転移 酵素活性を[36S] PAPS(3 ―phosphoadenosine―5 ‑phosphosulfate)を用い て測定した。
5)糖 脂質硫酸 転移酵 素反応産 物の同 定:上記 の酵素 反応液よ り酸性糖 脂質画分 を抽出 し薄層プ レー卜上 に展開 後、クロマトスキャナーを用い て標識糖脂買を検出した。
6) 糖 脂 質硫 酸 転 移酵 素 活性に 対するプ ロテイン キナー ゼCの 関与: 本 細胞に12―0‐tetradecanoylphorbol−13‑acetate (TPA)およびプロテイン キナーゼC阻害 剤H−7、 スタウロ スボリ ンを投与 し、そ の効果を 検討し た。
7) 糖 脂 買硫 酸 転 移酵 素 活性に 対するepidermal growth factor (EGF) の効果: 本細胞 にEGFを無血清条件下で投与し、その効果を検討した。さ らに、TPAもし くはH‑7前処理後にEGFを投与し、本酵素活性に対するプロ テインキナーゼCとEGFの相互関係を検討した。
III結 果
1) ヒト腎 細胞癌培 養株の 硫酸化糖 脂質:SMKT―R―3細胞では、硫酸化糖 脂質と してSM4(galactosylceramide3 ‑sulfate)、SM3(lactosylcerami de3 ―sulfate)、及びSM2(gangliotriaosylceramide3 ‑sulfate)が多量 に発現 してい た。硫酸 標識に よるメタ ボリッ クラベリ ングにお いても、
こ れ ら の 硫 酸 化 糖 脂 質 の 生 合 成 さ れ る こ と が 確 認 さ れ た 。 2)糖 脂 質 硫酸 転 移 酵 素: 酵素反応 生成物 を薄層プ レート上 に展開 し、
標識硫 酸化糖 脂質の放 射活性 を測定し た。そ の結果、 酵素反応 産物とし てGalCerを 基 質 と し てSM4が 、LacCerを 基 質 と し てSM3が 生 成 さ れ た。本 細胞に おける、GalCerを基質 とした 硫酸転移 酵素のKm値は43.2メ M、Vmaxは9.2nmol/h/mg蛋白と計算された。LacCerを基質とした場合は、
Km値358メM、VmaxCま9.4 nmol/h/mg蛋白であ った。
3)糖 脂 質 硫酸 転 移 酵 素活 性におけ るプロ テインキ ナーゼCの関 与: TP Aを 本細胞 に48時間作 用させ ると10‑1a〜10‑7Mの範囲で、GalCer及びLacC
erを基 質と した 硫 酸転 移酵素活性が濃度依存的に低下した。lO‑eMのTPA を作用さ せると、3時間後には両基質 に対する本酵素活性の低下を認め、
48時間後 まで時間依存的に活性が低下した。これらの結果よりTPAのプロ テインキ ナーゼCのdown−regula tion効果が示唆された。そこで、ブロテ イ ンキ ナー ゼCの 阻害H‑7投与の効果を検〓寸したところ、50〜500メMの 範 囲で 濃度 依存 的 に両 基質に対する本酵素活性が低下した。同様に、ス タウロス ポリン投与により、10‑8〜 10ー6Mの範囲で濃度依存的に本酵素 活性が低 下した。以上より、本細胞において本酵素の活性発現にプロテイ ンキナー ゼCの関与していることが示 された。
4) 糖脂 買硫 酸転 移酵 素活性に対するEGFの効果:生体の中で癌細胞のプ ロ テイ ンキ ナー ゼCに 関与する可能性のある因子 のーっとしてEGFの効果 を検討し た。EGFは10〜50 ng/mlの範 囲で濃度依存的に糖脂買硫酸転移酵 素の比活 性を上昇させた。シクロヘキシミドを同時に投与すると 、EGFの 効果は消 失した。このことより、EGFによる本酵素活性上昇は蛋白合成に 伴 った もの であ る こと がわかった。また、TPAあ るいはH‑7により本細胞 を前処理 した後にEGFを投与しても効果はみられなかった。このことから、
EGFの効果発現にはプロテインキナー ゼCが必要であることが示唆された。
IV. 考 察
本研究により、ヒト腎細胞癌組織における硫酸化糖 脂質の増加及び糖 脂質硫酸転移酵素の活性上昇は、癌細胞自体に由来す ることが明らかと なった。従って、本酵素の活性上昇が賢癌細胞におけ る硫酸化糖脂質の 増量の大きな要因となっていることが示唆された。
TPAを細胞に長時間作用 させた場合、プロテインキナーゼCがプロテア ーゼによって分解されることによるdown−regulation効果のみられること が報告されている。本研究で示されたTPAの糖脂質硫酸転移酵素の活性低 下はその作用させた時間を考慮すると、プロテインキ ナーゼCのdown―r egulation効果によるもの と考えられた。さらに、H―7及びスタウロスポ リンの効果を合わせて考えると本酵素の活性発現には プロテインキナー ゼCが関与して`ヽること を示している。
最 近、EGFによ る情 報の少なくとも 一部は、ホスホリパーゼC‑アを介
してプ ロテイ ンキナー ゼCに 伝達さ れること が報告 されている。本研究 において、EGFにより糖脂買硫酸転移酵素の活性上昇がみられたが、TPA、 Hー7で本細胞を前処理するとその効果はみられなかった。この結果は、プ ロテイ ンキナ ーゼC活性を抑 制することにより、EGFレセプターから糖脂 質硫酸 転移酵 素の活性 発現ま での細胞内情報伝達経路のどこかで遮断さ れるこ とを示 唆してい る。ま た、TPAまたはH‑7で前処理した本細胞はEG F添 加にもかかわらず、TPA及びH―7未処理でEGF未添加のものに比較して 本酵素 活性が 著しく低 下して いた。このことは、糖脂質硫酸転移酵素の 活性発 現には プロテイ ンキナ ーゼCが必須で あるこ とを示唆している。
V. 結 語
ヒト腎細胞癌培養株( SMKT‑R‐3)を用いて硫酸化糖脂質及び糖脂質硫酸 転移酵素活性を検討して、以下の結果を得た。
1)ヒト 腎癌細 胞では糖 脂質硫 酸転移酵 素の活性 亢進に より、硫酸化糖 脂質の合成が増大する。
2)ヒト 腎癌細 胞におい て糖脂 質硫酸転 移酵素の 活性発 現にはプロテイ ンキナーゼCが関与している。
3) EGFはヒト腎癌細胞におぃて糖脂買硫酸転移酵素の活性上昇を誘導し た。
学位論文審査の要旨
学 位 論 文題 名
ヒ 卜 腎 細 胞 癌 培 養 株 に おけ る 硫 酸化 糖 脂 質 及 び 糖 脂 質 硫 酸 転 移 酵 素 に 関 す る 研 究
I研 究 目 的
硫 酸化 糖 脂 質 は腎 細 胞 癌組 織 に おい て 、 正常 腎 組 織に 比 し て老 ニ し く 増 加 し て お り 、 そ の 合 成 酵 素 で あ る 硫 酸 転 移 酵 素 活 性 が 組 織 及 び患 者 血 清 に お い て 上 昇 し て い る こ と が 報 告 さ れ て い る 。 そ こ で 、 本 研 究で は ヒ 卜 腎 細 胞 癌 培 養 株 を 用 い て 、 硫 酸 化 糖 脂 質 の 増 量 が 糖 脂 質 硫 酸 転移 酵 索 の 活 性 上 昇 に 基 づ く こ と を 明 か に し 、 ま た そ の 酵 索 活 性 発 現 に おけ る プ ロ テ イ ン キ ナ ー ゼCの 関 与 を 検 討 し た 。
II実 験 方 法
1) ヒ ト 腎 細 胞 癌 株 の 培 養 : ヒ 卜 腎細 胞 癌 株(SMKT−R―3) は10% fetal
保
章
郎
和
崎
原
嶋
河
宮
大
長
授
授
授
教
教
教
査
査
査
主
副
副
bovinc serumを 含む 培地DMEMにて 継代 培養 を行 った 。
2) 糖 脂 質 の 分 離 と 同 定 : 上 記 細 胞 よ り 酸 性 糖 脂 質 画 分 を 分 離 、 調 製 し た 。 糖 脂 質 一 般 を オ ル シ ノ ー ル 硫 酸 試 薬 に よ り 、 硫 酸 化 糖 脂 貿 を ア ズ ー
´レA試薬 によ り発 色し た。
3) 硫 酸 化 糖 脂 質 の メ タ ボ リ ッ ク ラ ベ リ ング :本 細 胞を [35S]Na2 SO,に て 標 識 し た 後 、 酸 性 糖 脂 質 画 分 を 分 離 し 、 薄 層 プ レ ー ト 上 に 展 開 後 、 オ ー 卜ラ ジオ グ ラフ イー を行 った 。
4) 糖 脂 質 硫 酸 転 移 酵 素 活 性 の 測 定 : ガ ラ ク ト シ ル セ ラ ミ ド (GalCer) 及 び ラ ク 卜 シ ル セラ ミド (LacCer)を 基貿 とし て, そ れぞ れに 対す る硫 酸転 移 酵素 活性 を [3.S]PAPS(3 −phosphoadenosine‑5:‑phosphosulfate)を用い て測 定し た 。
5) 糖 脂 質 硫 酸 転 移 酵 素 反 応 産 物 の 同 定 : 上 記 の 酵 素 反 応 液 よ り 酸 性 糖 脂 質 画 分 を 抽 出 し 薄 層 プ レ ー ト 上 に 展 開 後 、 ク ロ マ 卜 ス キ ャ ナ ー を 用 い て標 言蔽 糖 脂貿 を検 出し た。
6) 糖 脂 質 硫 酸 転 移 酵 素 活 性 に 対 す る プ ロ テ イ ン キ ナ ー ゼCの 関 与 : 本 細 胞 に1Zー0―tetradecanoylphorbolー13−acetate(TPA)お よび プロ テイ ン キ ナ ー ゼC阻 害 剤Hー7、 ス タ ウ ロ ス ポ リ ン を 投 与 し 、 そ の 効 果 を 検 討 し た。
7) 糖 脂 質 硫 酸 転 移 酵 素 活 性 に 対 す るepidermal growth factor(EGF) の 効 果 : 本 細 胞 にEGFを 無 血 清 条 件 下 で 投 与 し 、 そ の 効 果 を 検 討 し た 。 さ ら に 、TPAも し く はH−7前 処 理 後 にEGFを 投 与 し 、 本 酵 素 活 性 に 対 す るプ ロ テイ ンキ ナ ーゼCとEGFの 相互 関係 を検 討し た。
III結 果 な ら び に 考 察
1) ヒ ト 腎 細 胞 癌 培 養 株 の 硫 酸 化 糖 脂 質 :SMKTーRー3細 胞 で は 、 硫 酸化 糖
脂質としてS|`14(galaCtOSylCeramide3 −SLllfate)、SM3(laCtoSylCerami de3 −Sulfate)、及びSM2(gangliotriaoSylCeramide3 −Sulfate)が多量 に 発 現 して い た。 硫 酸 桝識 に よるメ タボリック ラベリン グにおぃ ても、
こ れ ら の 硫 酸 化 糖 脂 質 の 生 合 成 さ れ る こ と が 確 認 さ れ た 。 2)糖 脂 質 硫酸 転 移酵 素 : 酵素 反 応生 成 物 を薄 眉 プ レー ト 上に屈 開し、
樔 識 硫 酸化 糖 脂貿 の 放 射活 性 を測定 した。その 結果、酵 素反応産 物とし て GalCerを 基 質 と し てSM4が 、LacCerを 基 質 と し てSM3が 生 成 さ れ た 。本細 胞におけ る、GalCerを基 質とした 硫酸転移酵 素のKm値は43.2メ M、Vmaxは9.2nmol/h/mg蛋白 と計算さ れた。LacCerを基質とした場合は、
Kmf直358ぷM、Vmaxは9.4nm01/h/mぢ蛋白であった。
3) 糖 脂 質 硫 酸 転 移 酵 素 活性 に お ける プ ロテ イ ン キナ ー ゼCの関 与 :TP Aを本細胞に48時間作用させると10‐t。〜10.TMの範囲で、GalCer及びLacC erを基質と した硫酸 転移酵索 活性が濃 度依存的に 低下した 。10,eMのTPA を 作用さ せると、3時間後に は両基貿 に対する本 酵素活性 の低下を 認め、
48時間後ま で時間依 存的に活 性が低下 した。これ らの結果 よりTPAのブ ロ テ インキ ナーゼCのdown−regulation効果が 示唆され た。そこで 、プロテ イ ン キ ナー ゼCの 阻害 剤n―7投 与 の効 果 を検 討 し たと こ ろ、50〜500ルM の 範回で濃 度・依存 的に両基 質に対す る本酵索活性が低下した。同様に、
ス タウロ スポリン 投与によ り、lO.8〜l0‐6Mの範囲で 濃度依存 的に本酵 素 活 性 が低 下 した 。 以 上よ り 、本細 胞おいて本 酵素の活 性発現に プロテ インキナーゼCの関与していることが示された。
4)糖 脂 質 硫酸 転 移酵 素 活 性に 対するEGFの効果:生 体の中で 癌細胞の プ ロ テ イ ンキ ナ ーゼCに 関 与 する 可能性 のある因子 のーっと してEGFの効 果 を 検討した 。EGFは10〜50ng/m1の 範囲で濃 度依存的に薯店脂質硫酸転移酵 素 の比活 性を上昇 させた。 シクロヘ キシミドを 同時に投 与すると 、EGFの 効爿!はi出火した。このことより、EGFによる本酵索活性上界は蛋白合成に
伴っ た も の であ る こ とカiわ かっ た 。 一方 、TPAあるい はn−7によ り本ネ ‖1胞 を 前 処 理 し た 後 にEGFを 投 与し て も 効果 は み ら れな か っ た。 こ の こと か ら 、 じGFの 効 巣発 現 に はブ ロ テ イン キ ナ ーゼCが必要 であるこ とが示Il芟された 。
IV.結 語
ヒト腎細胞癌培養株(S|`tKT−Rー3)を用いて硫酸化紬JJ旨質及び糖脂質硫酸 転移酵素活性を検討して、以下の結果を得た。
1) ヒ ト 腎 癌 細 胞 で は 糖 脂 貿 硫 酸 転 移 酵 索 の 活 性 亢 進 に よ り 、 硫 酸 化 糖 脂質の合成が増大する。
2) ヒ ト 腎 癌 細 胞 に お い て 抽 脂 質 硫 酸 転 移 酵 素 の 活 性 発 現 に は プ 口 テ イ ンキナーゼCが関与している。
3)EGFは ヒ 卜 腎 癌 細 胞 に お い て 糖脂 質 硫 酸転 移 酵 素の 活 性 上 昇を 毳 秀 導し た。
以 上 本 研 究 は 、 ヒ 卜 腎 癌 細 胞 に おけ る 硫 酉望 化 糖 脂質 の 増 量 が糖 脂 質 硫 酸 転 移 舌 斈 索 の 活 性 亢 進 に 基づ く こ とを 朋 か にし 、 そ の酵 素 活 性 発現 に プ ロ テ イ ン キ ナ ー ゼCの 関 与 が あ る こ と を 示 し た も の で あ り 、 博 士 の 学 位 論文として妥当なものと判断される。