博 士 ( 医 学 ) 岡 崎 学 位 論 文 題 名
家兎過敏性肺炎の抗体産生に及ぼす喫煙の抑制効果
学位論文内容の要旨
望
I.研究目的
過敏性肺炎は,病因抗原の頻回の吸入により経気道的に感作されて発症する外因性アレルギ一 性肉芽腫性肺炎である。
そのうち農夫 肺症は,好熱放線菌であるMicropolyspora faeni(以下Mfと略)などを主要 な抗原とし,牧草を扱う酪農家に発生する。
これら酪農従事者のMf血清沈降抗体陽性率には,喫煙習慣の有無によって著しい差があり,
喫煙者では非喫 煙者の約1/8〜l/2程度と低い頻度であることが古くから報告されている。
同 様 の 現 象 は , 鳩 飼 病 , 加 湿 器 肺 と い っ た 他 の 過 敏 性 肺 炎 で も 観 察 さ れ て い る 。 しかし,これらの喫煙による抗体産生に及ぼす抑制効果の機序に関して,これまで十分な検討 はなされていなかった。
そこで,喫煙が過敏性肺炎の抗体産生能にどのような影響を与え,その現象はいかなる機序に よって生じるかにっいて,従来我々が作製してきた家兎過敏性肺炎モデルを用い,1)短期(5 週)及び,長期(20週)間のタバコ煙曝露による肺,脾臓における抗体産生能の変化,2)リン パ球幼弱化反応 における肺胞マク口ファージ(以下AMと略)の補助細胞機能に及ぼす30週間 のタバコ煙曝露の影響にっいて検討した。
II.研究方法 1.実験材料
1)動物;成熟家兎(日本白色種)雌を使用した。
2)抗原;農夫肺症が発生した畜舎より腐敗牧草を採取し,分離培養して得られたMf菌体を,
一定期間培養,破砕し凍結乾燥させ,菌体抗原として皮下,気道内感作に,可溶性抗原として抗
体産 生細 胞(AFCと略 ) の検 出及 び,Enzyme―linked immunosolvent assay (ELISA)に 使用した。
2.実験方法
1) 皮 下 感 作 ; Mf菌 体 抗 原 10mgを 使 用 し , 家 兎 背 部 に 皮 下 注 射 し た 。 2)気道内感作; Mf菌体抗原1mgを家兎気道内に注入した。
3)夕バコ煙曝露;アクルル製の喫煙箱を作製し,夕バコ煙を空気と一定の割合に混合し容器内 に充満させ,家兎に受動 喫煙させた。喫煙は15分で2本を1クールとし,1日2クール,1週間 に6日間計12クール施行した。
4)実験プロトコール;
実験(1);夕バコ煙の短期(5週),長期(20週)曝露による抗体産生への影響:喫煙曝露の 有無,長短により以下の3群に分けた。
@非 喫煙 群 (Unsmoked: USと略 ):N二 二6,2週間 隔で 皮下 感作を2度 ,その後,
1週間隔で気道内感作を2度行い7日目に各種の検討を行い,この間喫煙曝露を行わなかった群。
◎短 期喫 煙 群(Short−term smoke exposure: SSと略):N二二7,USと 同様の条件 下に5週間喫煙曝露を行った群。
◎長 期喫 煙 群(Longーterm smoke exposure: LSと 略) :N=二7,20週 間,夕バコ 煙曝露を行い,最後の5週間はSSと同様に抗原感作を行った群。
実験(2);肺胞マク口ファージの補助細胞機能に対する喫煙の影響:喫煙曝露の有無のみか ら,2群に分けた。
@対照群(非喫煙群):N二二二6,実験(1)のUS群と同様。
@喫煙群:N二二6,30週間夕バコ煙曝露を行い ,最後の5週間は対照群と同様に抗原感 作を行った。
5)気管支肺胞洗浄(BAL); Myrvikらの方法に準じ,摘出肺を生食で洗浄し細胞成分と上清 に分離した。
6) 抗体 産生 細胞 (AFC); Cunningham chamberを 用いた直接法で行い,抗原 特異性を得 るため,Gronowictzらの方法に従った。
7)Mf特 異的IgG抗体 ,及 び ,IgM抗 体の 測定 ;可 溶性 抗 原を 用い たELISA法( 固相 法 ) によった。
8)脾臓ルンパ球幼若化反応;Tリンパ球をナイ口ンウールを用いて,睥細胞より分離し°Hー thymidineの取り込みを測定した。
9)AMの 補 助 細 胞 機 能 ;AMを パ ー コ ― ル を 用 い て 分 離, こ れ ら を 種々 の 割 合 で , 先に 得 ら れ た 脾 リ ン パ 球 に 添 加 し ゜ H― thymidineの 取 り 込 み を 測 定 し た 。 10)病理 組 織 学 的 検索 ; 摘 出 肺 をホ ル マ リン固 定後 ,H―E染 色後検 鏡し ,@胞 隔炎, ◎好中 球 主 体 の 急 性 肺 炎 巣 , ◎ 類 上 皮 細 胞 肉 芽 腫 の 各 々 に っ き , ス コ ア 化 し 比 較 検 討 し た 。
皿.結 果
実 験 (1) ; 夕 バ コ 煙 の 短 期 (5週 ) , 長 期(20週 ) 曝 露 に よ る 抗 体 産 生 へ の 影 響 : (DBAL所 見 : 総 細 胞 数 , 回 収 率 ,生 細 胞 数 に おい て3群 間 に差 を 認 め な かっ た 。 ◎ 血 清Mf 特 異 的IgG,IgM抗 体 価 :IgGに っ い て ,LS群O.42土O.24,SS群1.06土O.42, US群0.68 土O. 14(Mean土S.D. )で あ り ,LS群 は 他 の2群 に 比 較して 有意に 低下し ていた 。一 方,SS 群 で はUS群に 比 較 し 増 加傾 向 を 認 め た 。ま た ,IgMに っ い て ,LS群0.18土O.09,SS群1.27 士O. 54,US群O.46土O.13で あ り 同 様の 結 果 で あ った 。 ◎BALF中Mf特異 的IgG,IgM抗 体 価 : ODをAlbで 除し た 値 で み て も,IgGにっ い て ,LS群O.20土O.09,SS群O.45土O.24,US 群0. 43土0.17で,IgMに っいて ,LS群0.19土O.11,SS群の0.47土O.22,US群0.49土O.16で 血 清 の 場 合 と 同 様 で あ っ た 。 @BALF, 脾 細 胞 中AFC数 :BALFでfまlx10° 個 中LS群18土 10, SS群52土20, US群37土13個 ,ま た , 脾 細 胞lxi0°個 中 ,LS群205土101, SS群794土277, US群1004土510個 で あ り ,LS群 は 他 の2群 に 比 較 し て有 意 に 低 下 して い た 。 ◎病理 スコ ア:胞 隔 炎 , 急 性 肺 炎 巣 , 類 上 皮 細 胞 肉 芽 腫 の い ず れ も3群 間 に 有 意 差 を 認 め な か っ た 。 実 験(2):肺 胞マク 口ファ ージの 補助 細胞機 能に対 する喫 煙の 影響:
CDBAL所 見 : いず れ も2群 間に 差 を 認 め なか っ た が , 細 胞分 画 で 喫 煙 群で 対 照群に 比較し り ン パ 球 の 有 意 な低 下 を 認 め た。 ◎牌 臓リン パ球 幼若化 反応: 可溶性Mf抗原 を種々 の濃度 で刺激 し て も ,2群 間 に 有意 差 を 認 め なか っ た 。 ◎AM補 助 細 胞 機能 : 対 照 群 で は, 脾 臓 リ ン パ球 に 対 しAMを0,5,10,20,40,80% の 割 合で 添 加 し て も, リ ン パ 球 増殖 反 応 に 変 動 は見 ら れ ず , 喫 煙 群 で は , 実 際 のBAL細 胞 分 画 に より 近 似 し た ,AMの 比 率 が40〜80%の 時 点 で 著名 な 抑 制 作 用 が 認 め ら れ た 。 @ 病 理 ス コ ア : い ず れ も2群 間 に 有 意 差 を 認 め な か っ た 。
IV.考 察
1. 夕 バ コ 煙の 短期(5週 ),長 期(20週 )曝 露によ る抗体 産生へ の影 響;喫 煙曝露 が肺, 脾,
リ ンパ 説にお ける抗 体産生 を抑制 する ことは これま で知ら れて いるが,家兎過敏性肺炎において も 同様 の結果 がえら れた。 しかし ,喫 煙曝露 期間の 長短に よっ て,多様な影響を与えている可能
性 を示 唆 し た 。 喫煙 は , リ ン パ 球サ ブ セ ッ 卜 に影 響 す る こ と,AMか ら 産生 さ れ るIL−1な ど を 低下 さ せ る こ とな ど が 指 摘 さ れて お り , 今 回の 結 果 は , 肺内 リ ンパ 球及 び,AMの 相互関 係 によっ て生 じたも のと考 えられ る。 一方, 病理所 見に差 を認め なか ったことから,抗体産生の機 序 と , 過 敏 性 肺 炎 の 病 変 形 成 機 序 に は 密 接 な 関 連 が な い こ と が 考 え ら れ た 。 2. 肺胞マ ク口フ ァー ジーの 補助細 胞機能 に対 する喫 煙の影 響;今 回の検 討で ,脾臓 リンパ 球に おいて は, リンパ 球増殖 反応で みる かぎり ,喫煙 の影響 は現れ てい ないことが示された。一方,
AMの 補 助 細 胞 機能 は ,BAL細 胞 分 画 に より 近 似 し た 値で 喫 煙 に よ り抑 制 的 に 作 用し て い る こ とが確 認さ れた。 以上よ り,サ イト カイン ネット ワーク の初期 段階 での障害が,以後の抗体産生 に抑制 的に 作用し ている 可能性 が考 えられ た。
V.結 語
1.家 兎過敏 性肺炎 におい ては, 夕バ コ煙曝 露期間 の長期 化は ,肺や 睥臓に おける 抗体産 生能 に 対 して抑 制的に 作用し てい た。
ま た,短 期曝 露では むしろ 促進傾 向がみ られ ,喫煙 はその 曝露期 間に よって多様な影響を与え る ものと 考えら れた。
2.喫 煙はり ンパ球 ―肺胞 マク口 ファ ージの 相互の 機能に 関与 し,曝 露期間 の長期 化にと もな っ て 肺胞マ ク口フ ァージ の補 助細胞 機能を 変化さ せ, その結 果,抗 体産生 能を抑制する可能性が示 唆 された 。
学位論文審査の要旨
農夫 肺症ナ ょど過 敏性肺 炎の発現頻度は,喫煙者では非喫煙者よりも低いことが疫学的に知られ ている 。
本 研 究 は 家 兎 過 敏 性 肺 炎 モ デ ル を 用 い て , こ の 機 序 を 解 明 し よ う と し た 。 方 法 : 対 照, 短 期 (5週) 及 び 長 期(20週) 受動喫 煙の家 兎に,Micropolyspora faeni (Mf)
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で 経気道 的,皮 下感作 を行な い, 肺及び 脾にお ける抗 体産 生の変 化,リ ンパ球幼若化反応におけ る 肺胞マ クロフ ァージ の補助 機能 に及ば す影響 を検討 した 。
結 果 : 血 清Mf特 異 的IgG,IgMは , 長 期 喫煙 群 で 短 期 喫煙 群 , 非 喫 煙群 に 比 べ て 低 下し て い た 。気管 支肺胞 洗浄液 中のIgG,IgMも 血清と 同様の 変化で あっ た。
洗 浄液: 脾細胞 中の抗 体産生 細胞 数は, 長期喫 煙群で は他 の2群 に比 較して 低下し ていた 。洗浄 液 中総細 胞数, 回収率 ,生細 胞数 には, 非喫煙 群と喫 煙群 に差を みなか ったが,リンパ球数は喫 煙 群で低 下,睥 リンパ 球幼若 化反 応では 両群に 差なし ,補 助細胞 機能でfま 喫煙群 で肺胞 マクロ フ ァージ 比率が40〜80% の時点 で著明 な抑 制がみ られた 。
以 上の結 果から ,家 兎過敏 性肺炎 におい ては, タバ コ煙曝 露期間 の長期化は肺や脾の抗体産生 能 に抑制 的に働 くこと ,喫煙 はり ンパ球 ー肺胞 マクロ ファ ージの 相互の 機能に関与し,補助細胞 機 能を変 化させ ,その 結果抗 体産 生能を 抑制す ること が示 された 。
口 答発表 に際し ,皆 川教授 より抗体価と臨床像の関係,気道内感作と静脈内感作の比較の有無,
モ デルの 妥当性 などに っき, また 小林教 授から は皮下 感作 を加え ること の是否などにっき質問が あ ったが ,申請 者はほ ぼ妥当 に答 えたよ うに思 われる 。
以 上,本 研究は 家兎 過敏性 肺炎に おいて 喫煙と くに 長期喫 煙が肺 や脾の抗体産生能に抑制的に 働 くこと ,リン パ球― 肺胞マ ク口 ファー ジの補 助細胞 機能 を変化 させて 抗体産生能を抑制するこ と を明ら かにし たもの で,博 士( 医学) に相当 するも のと 認める 。