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ケ インズ的不確実性 の全体像

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(1)

ケ インズ的不確実性 の全体像

西 垣 鳴 人

1.は じめに

2.内生的不確実性 と外生的不確実性 3.経済環境の二重構造 :典型 と特異性

4.ケインズにおける 「複雑性」 と 「不確実性」に関す る問題区別 5.ケインズの不確実性認識における 「内生性」 と 「外生性」について 6.ケインズの市場経済観のなかの典型 と特異性

7.ケインズ的不確実性に関す る結論的考察

1.は じ め に

ひ とび とが予測すべ き将来には,予測可能な側面 と予測不可能な側面 とが 併存 している。経済学で一般に使用 され る概念に よれば,予測可能な側面に は二種頬あ り,ひ とつは確実性 ,すなわち一個 の意思決定に対 して必ず一個 の結果が対応す る場合 ,もうひ とつは結果は複数予想 され るがそのひ とつひ とつの生起確率は既知であるような確率論的 リスクの場合である。何れに対 しても人間に とっての合理的意思決定が可能である。 これ らに対 して将来の 予測不可能な側面を表現す るもの として不確実性 とい う概念が用いられ るC

こちらは将来に対す る非合理な意思決定が行われる要因 とみなされる0 しか しなが ら現代の経済学では若干の 「混乱」があ り,特に新古典派の著 作物において確率論的 リス クにかん しても 「不確実性」 とい う用語が当てら れている場合 も少なか らず あ り(1),両者の違いを明確化す る目的で ,本来 の

347‑

(2)

不確実性 を言い表す用語 として,不確実性研究に多大 な貢献をな した最 も著 名な経済学者 の名を採 って 「ケイ ンズ的不確実性」 と呼ぶ場合 もある。本論 文において不確実性 とい う場合には断 りの無 い限 りこのケイ ンズ的不確実性 の ことを意味 してい る。

さて ,本稿 でわれわれの研究課題 とな るのは単に リス クと不確実性 の区別 とい うことではない。その ような区別 は当然 の こととした上で最初に問題 と され るのはケイ ンズ的不確実性 の中身が各論者 に よって決 して一様 ではない とい う事実である。そ して次に ,投資な らびに消費需要 の抑制要因 と考 えら れ る不確実性を低減 させ るための政策的手段 について も各論者に よって見解 が一様 ではない とい う事実 も兄 のがす ことはで きない。われわれは これ らの 事実を前に して ,ケイ ンズ的不確実性 の全 体像 が一 体如 何 な る物 で あ るの か ,改めて整理 し体系化 してお く必要を感 じる。

ケイ ンズ的不確実性 に対す る各論老間の相違 と言 ったが ,その相違 は主 と して経済学派間の違 い と言い換 えて もよいだろ う。周知 の ように ,確率計算 が可能 な リス クと不確実性が区別 され るべ きものであるとい う認識 を最初 に 示 したのは シカゴ大学 の

F. H. Kni ght( 1 9 2

1)である(2)。 この

Kni ght

の不確 実性認識 の流れを汲む もの として存在 してい るのが (節) オース トリア学派 と呼ばれ る一群 の経済学者達 である。 そ こに属 す る著 名 な経 済学 者 に は ,

Ⅰ . M. Ker z ner ,G. P. 0' Dr i s co

ll

,M. ∫ . Ri z z o

,そ して

Pi er r eGar e l l o ( 3 )

な どが お り,さらには思考 の類似性において

G. L. S. Shackl e

もこの グル ープに属す るもの と考 え られ る(4)0

しか しなが ら彼 らは ,不確実性 の存在 を強調す るも う一つのグル ープであ るポス ト・ケイ ンジアンとはやや異 な った不確実性認識 のあ り方を示 してい るOでは何が違 っているの鼻、oわれわれは次の第2節において , .)ス クと区 別 された (ケイ ンズ的)不確実性 の属性について述べた後 ,オース トリア学 派 の不確実性認識 の特徴 のひ とつである 「不確実性 の内生性」 について論ず る。それ と同時に ,彼 らと区別 されたポス トケイ ンジアンの不確実性認識が

‑3 4 8

(3)

主 として 「外生的」なものであることを示 したい。続いて第

3

節では,オー ス トリア学派に よる不確実性認識の もうひ とつの特徴である 「典型」 と 「特 異性」 とい う二つの概念について論 じるO

次に第 4節以降では,J.M.ケインズ 自身の不確実性認識の詳細について議 論 して行 きたいQ第 4節では以前筆者の 「研究 ノー ト」で議論 した複雑性 と 不確実性の関係についてのケイ ンズの考えについて言及す る。第

5

節では不 確実性 の 「内生性」 と 「外生性」について,ケイ ンズの考えが どの ような も のであったかについて検討 し,第

6

節では 「典型」 と 「特異性」に関す るや は りケイ ンズの見解について考えてみた い。 そ して最終第

7

節 において ,

∫.M.ケインズの不確実性の認識方法の全体について総括 し,それに基づいて 不確実性低減 のための諸施策のあ り方について結論的な ことを述べたい。そ の結論を簡単に先取 りすれば,定式化 こそ されなか ったが ,ケインズ本人に よる不確実性認識 こそが,そ してそれのみがわれわれが研究対象 としている 不確実性の全体を捉えていた とい うことであるOそ して投資 .消費需要の抑 制要因 としての不確実性を低減 させ るため の適切 な諸施策 を講ず るに あた り,このケイ ンズ本人に よる認識が如何に重要なものであるか とい うことを われわれは理解す るだろ う。

2.

内生的不確実性 と外生的不確実性

(1) 不確実性の定義

確率計算可能な リスクと区別 された不確実性 に関 して ,西垣

(1996b;

1 9 98;1 99 9a )は幾つかの角度か ら定義を試みてきたので あ るが ,それ らの

作業はすでに完了 した ものとして,ここでは最 も一般的な言葉に よる表現を してお く。すなわち,不確実性 とは,将来の任意の事象を予測す るために必 要なデータが 「現在存在 しな」 もしくは 「今後存在 しな くなる可能性 の高 い」状態の ことを意味す る。従 ってそれは,データが存在す るが利用できな

‑3 4 9‑

(4)

いケースである非対称情報 の状態 ,あるいはデ ータは存在 しかつ利用可能な のであるが処理 プ ロセスが複雑 で正 し く リス ク計 算 で きな い複 雑 性 の 問題 等 々ともまた異な っていることに注意 しなければな らない。

( 2 )

内生的不確実性

上記の ように定義 され る不確実性 は ,その発生原因に よって さらに内生的 不確実性 と外生的不確実性 の二つに分類 され る。

筆者は不確実性 を主 テーマに した最初 の論文である西垣

( 1 996b)

にお い て確率論的 リスクや非対称情報 と区別 された不確実性 を 「内生的」 な性格 の もの として描写 していた。それは

P. Da vi ds o n

H. P. Mi ns ky

の不確実性認 識 に言及 しなが らも,不確実性 が増大す る原 因を主 と して

G. L S. Sha c kl e

( 1 95 5 )( 1 958 )

の記述 に基づいて考察 したか らに他 な らなか った。そ こでは 規制を受けない諸 々の経済主体 ,特に冒険的起業家 のユニークな経済行為 に よって過去のデータは将来を予測す るのに有効 ではな くな って しま うとい う ところに不確実性発生の主原 因があると説 明がな された。すなわち不確実性 は市場 の外部か ら与 え られ るとい うよ りは市場参加者の諸行為 に よって生み 出され るOその意味で 「内生的」な もの と考 え られたのである(5)0

内生的不確実性 は

Sha c kl e

だけではな く,

Ⅰ . M. Ker z ner( 1 9 7 3

)(6)や近年 で は

0' Dr i s c o l landRi z z o( 1 9 9 6 )

等の (ネオ ・)オース トリアンに よって も支 持 されている考 え方 である。後者は不確実性 の内生性について 「ある個人の 計画が他 の個人の計画に依存 してい る時の」完全な予見が 「互いに推測 して 反応 しあ うことの終わ りな き連鎖」を生 み 出す とい うオ ス カー ・モル グ ン シ ュテル ンの言葉 を引用す ることに よって 内生 的不 確 実性 の存 在 を説 明す る(7)0

さらにオース トリア ンの立場か らではないが ,近年 リス クについての大作 を著わ した

P. L. Ber ns t e i n ( 1 9 9 6 )

も内生的不確実性に関 して以下 の ように 言及 してい る。

3501

(5)

「実際 ,文 明化が進むにつれて,自然の予想のつかない変転は どうで も よくな り,人間の決定の方が重要にな ってきている。・‥ (中略)‑。不確 実性 とはナイ トとケイ ンズが人間の特性 に見 出 した不合理性 の結果 で あ り,決定や選択の分析は もはや ロビンソン ・クルーソーの ような孤立 した 環境にある人塀に限定 され るものではない ことを意味す る。合理性を熱烈 に信奉す るフォン ・ノイマ ンでさえ,各個人の決定が他人に影響を与え, 各人が 自分の決定を行 うのに他人の予想 され る反応を考慮 しなければな ら ない ような世界での .)スキーな意思決定を分析 している」(8)0

内生的不確実性は注 (7)に も書いた ようにゲーム論 と深 く関係があ り,

Ber ns t ei nの ようなオース トリアソ以外の経済学者に よって も認識 され るに

至 ってお り,その存在は広 く認め られ るようにな っている。いずれに して も 規制緩和 ・撤廃や 自由化が進めば進むほ ど,市場参加者のユニークな行動が 錐を外 され ることに よってケインズ的不確実性における内生的不確実性の占 める重要性は増大 してゆ くものと思われ るo

(3)外生的不確実性

不確実性の発生原因に よる分類において,内生的不確実性に相対す るもの として外生的不確実性が考 えられ るO簡単に言えば市場外賓困に基づ く不確 実性 とい うことになるのだが ,内生的不確実性 との対照で定義すれば,市場 に参加す る各 プ レーヤ‑の意思決定が前提 と してい る諸条件 が予測不可能 な ,あるいは考 えられない ような変化を遂げ ることに よって生み出され る不 確実性である。

例 えば,パ ラダイム ・シフ トとは この外生的不確実性の発生原因 としては 最 も重要な もののひ とつであろ う。そ してそれは内生的不確実性 とほ とん ど 隣あわせであるかの ように も思える. とい うのは代表的パ ラダイム ・シフ ト のひ とつである技術革新を始め として,シフ トは市場参加者 自身に よって引

3 5 1 ‑

(6)

起 こされ るとい う見方 も可能であるためである。 しか しなが ら技術革新はひ とつの市場に とどまるものではな く,広 く他 の市場に も伝播 して行 くもので ある。分断化 された諸市場においては,直接の関わ りのない市場についてわ ざわざ完全情報を保持す るのほ不可能な ことであるし,コス トを掛けてまで 情報収集す ることを誰 も合理的だ とは考えないであろ う。その意味で革新は ほ とん どの場合において市場外要因 とみなす ことが適当である。パ ラダイム の変更には これ以外に,世界的な経済秩序の変動 ,例 えば,ブ レ トンウッズ 体制の崩壊であるとか固定為替相場制が変動為替相場制に移行す るとか ,東 西冷戦の終結な どが考えられ よう。金融 ビッグバ ンな どシステム全体に及ぶ 変革 も勿論含 まれ る。 ポス ト・ケインズ派がほ とん ど無意識の内に想定 して いる不確実性 とは この ような ものであろ う(9)

外生的不確実性のも うひ とつの顕著な例 としてほ,マネタ T)ス トや合理的 期待形成学派が批判の対象 とす るところの政府の裁量的経済政策 もそれにあ たるであろ う。裁量的政府の行動は市場参加者に とっては予見不可能な性質 のものであ り,突然の政策方針の変更な どほ上述 した 「各 プ レーヤーの意思 決定が前提 としている諸条件」の中で も最大級に重要な もののひ とつが予測 不可能な変化を遂げて しま うことであ り,従 って過去の期待形成は修正を余 儀な くされ る.あるいは将来に対 しては各 プ レーヤーの不確実性を高める結 果になるのである(10)

その他の外生的不確実性 の発生原因にはおそ らく大小無数の要因を挙げる ことが可能であろ う。地震や風水害等の自然災害 ,諸外国の経済変化に よっ て生 じる輸出入に関す る供給 シ ョック ・需要 シ ョック,貿易相手国の経済政 策変更 ,裁量的経済政策 とは区別 された国内的政変 ,自国 ・他国の戦争や内 乱 ,コンピュータ

2 0 0 0

年問題 ,マス コミの誤 った報道に よる生産物の評判の 失墜な ど,全てが外生的不確実性の発生原因 と見なされ るO

352‑

(7)

( 4 )

「不確実性問題」の全体系

それでは ここでわれわれが過去の研究 も含 めて これ までに考察 して きた

「不確実性」 の全体像についてまとめておきたい。

広義不確実性の全体系

確率論的 リス

非対称情報

複雑性に よる予測不可能性

内生的不確実性

外生的不確実性

(ケ無

広義不確実性

合理的意思決定

非合理的意思決定

われわれの研究テーマである不確実性を狭義の不確実性 とすれば,確率計 算可能な リスクまで含めた 「広義の不確実性」は上記の ように分類が可能で ある。

先ず西垣

( 1 99 6b )の分類に基づいて,広義不確実性は静態不確実性 と動態

不確実性 とに大 き く分れ るO静態不確実性 とは現在か ら予測すべ き将来の一 時点 までの間に期待形成の基盤 となる方程式体系が予測不可能な変化を遂げ て しま うことがない場合を指 している。そ してそれは更に三種類の 「不確実 性」に分類できる。第一のものは確率論的 リスクであ り,確率計算に よって その大 きさが特定できるいわゆ る 「リスク」 である。現代においてはその代 表的指標 として分散

( var i ance)が当て られ ることが多いO二番 目の ものは

非対称情報 もしくは市場構造的不確実性であ り,市場の何処かには必ず確率 論的 リスクの大 きさを特定す るために必要なデータが存在 しているが ,市場 構造的な欠陥に よってデータを必要 としている意思決定者にそれが与えられ ていない状態を指す.だがエージェンシー ・コス トとい う余分な費用を支出 しさえすれば必要な情報は手に入 るとい う意味で,確率論的 リスクとな らん

353‑

(8)

で合理的意思決定が可能な 「不確実性」 として位置づけ られる。 しか しなが ら三番 目の複雑性に よる予測不可能性に至 っては静態不確実性に属 しなが ら もはや合理的意思決定が不可能なものとなる(ll)。 これは必要な情報は コス ト を掛けるかあるいは掛けな くても手に入れ ることができるが,処理すべ き情 報が余 りに膨大であるか計算過程があま りに複雑であるために正確な確率計 算ができない場合を指 しているO

次に動態不確実性は静態不確実性 との対比で述べれば,現在か ら予測すべ き将来時点までの間に リスクの大 きさを特定す るための方程式体系が予測不 可能な変化を遂げ る場合の不確実性である。西垣

( 1 9 9 6 b )( 1 9 9 8 )( 1 9 9 9 a )

で用いた表現を使用すれば,確率過程 が非 エル ゴ‑ ドな ケースに他 な らな い。そ して この不確実性は本節で既に述べた ように内生的不確実性 と外生的 不確実性 とに分類でき,何れの場合においても経済主体の合理的意思決定を 不可能にさせ る要因 として働 く。

以上がわれわれの認識す る広義不確実性 の全体である.オーソ ドックスな 新古典派が想定す る確率論的 リスク

,G. Ak e r l o f( 1 9 7 0 )

やJ.

E. St i g l i t za n d A. We i s s( 1 9 8

1)等のニュー ・ケインジアンに起源を持つ非対称情報 もし く は市場構造的不確実性 (あるいは単に市場不確実性)(12),近年 の複雑系経済 学が人間の非合理的行動を説明す る上で重視す るところの複雑性に よる予測 不可能性 ,現代の (新) オース トリア学派が中心になって議論の対象 とす る 内生的不確実性 ,そ してポス ト ケインジアンとマネタ リス ト/合理 的期待 形成学派がそれぞれ独 自の観点 ・方 向か らその存在に注 目す る外生的不確実 性 ,以上の ように捉えてみ ると現代の種 々の経済学がそれぞれに リスク ・不 確実性 と認識 しているものの実体が広義不確実性のそれぞれ異なった‑部分 を指 していることが分か るO 「不確実性」 とい う‑論点に絞 ってみ て も現代 経済学が如何に分裂 した状態にあるかが理解 され よう。

3 54‑

(9)

3.

経済環境の二重構造 :典型 と特異性

次にわれわれは (節) オース トリア学派の不確実性認識に関す るもうひ と つの特徴である 「典型」 と 「特異性」 とい う二概念 につ いて検討 してゆ こ ラ.両概念について

0' Dr i s c o l la n dRi z z

o(

1 996 )は次の ように述べているO

「完全な安定性 と予測可能性は,時間 と両立 しない。 しか しそれ らが全 くなければ,今度は行為 と両立 しない‑‑。様 々な帰結を見横 もる

( pr o‑

j e c t )

ことができる安定 した枠阻みは,目的を持つ こと

( p ur p o s e f ul ne s s )

に とって論理的な前提条件である。 この不確実性のパ ラ ドクスに対す る解 決は,未来の典型的な面 と特異な面 とを認識す ることの うちにある。真の 不確実性は,諸 々の出来事の流れにおけ る,あま り時間に依存 しない特性 と,時間に依存 した特性の両方に よって,特徴づけ られ る。新古典派経済 学の決定的な難点は,もっぱ ら前者 ,すなわち時間に依存 しない特性に と

らわれていることにある」(13)0

換言すれば,すなわちわれわれを取 り巻 く経済環境が安定的な層 と不安定 な層の二重構造を成 しているとい うことである。安定的な層 とい うのが 「典 型的な面」であ り,不安定な層 とい うのが 「特異な面」に他ならない。 また 彼 らは 「安定性 とは,単に時間が変化 しただけでは影響を受けないとい う意 味で,繰返 しうる諸側面のことである」(14)とも言 っている。そ して この よ う な諸側面 は 「確実に予測 しうるか ,もしくは確率的に予期 しうる」(15)ので あ る。

「典型」 と頬似の概念 としてほ複雑系経済学の方面で塩沢

( 1 9 90 )に よっ

て強調 された ,ゆ らぎのあ る経済過程 におけ る 「ル ーテ ィン」 あ るい は

「バ ッファー」を想起す ることもできよう(16)。 しか しなが ら両者は同 じでは ないO典型 もルーテ ィンも経済環境 の安定性を支える要因であ りなが ら,級

3 5 5 ‑

(10)

者はそ もそ も不確実性 を前提に した概念 ではない(17)。 もちろんオース トリア 学派が想定す る二重構造 の経済 に もル ーテ ィンもしくはバ ッフ ァーが存在す る余地 はある。 しか しそれ らは不確実性 を前提 とす るのであれば,時間 とと もに分解 ,雲散霧消 ,その形を崩 さないではい られない性格 の ものである。

市場参加者は短期的にはおそ ら く何 らかの 「繰返 し」 に依存す ることが許 さ れ るであろ うが ,彼 はその 「繰返 し」 の中身を随時更新 して行かなければ適 切な経済計画を立 てることは不可能なのである。

オース TJ)ア学派 の主張す る経済環境 におけ る典型的な面 とは ,ル ーテ ィ ンよ りももっと普遍的な もの,市場 の基礎的条件を形成す るような もの とみ な さなければな らないO例を挙げ るな らば

,2 0

世紀 オース トリアンの代表的 経済学者である

F. A. Ha y e k

が重要性 を強調 してい た と ころの市場取 引 の ル ールや慣行 の よ うな ものがそれであろ う(18).あるいは グローバル ・スタン ダー ドや 日本企業に とっての ジャパ ニーズ ・スタンダー ドも同様 の機能を果 た しているO要はそれが市場で行われ るあらゆ るゲームを規制す る根本的制 御装置 であることである。 この ような根本的制御装置 の存在に よって市場参 加者は将来の経済状態に対す る必要最低限の予測可能性 を手に入れ ることが で きるわけである。

4.

ケインズにおける 「複雑性」と 「不確実性」に関す る問題 区別

さて本節以降では ,これ まで考察を行 って きた 「不確実性」 の体系な らび に関連す る諸概念について,「ケイ ンズ的不確実性」 とい う言葉 の源 で あ る J.M.ケイ ンズ個人が ,どの よ うな認識を持 っていたかについて確認す る作業 を行 ってゆ くことに しよう。

3 5 6 ‑

(11)

(1) ケインズにおける情報の非対称性ならびに複雑性認識

2

節において,広義合理性の中には合理的意思決定が可能な場合 と不可 能な場合 とがあ り,後者の非合理的意思決定のケースには複雑性に よる予測 不可能性 とケイ ンズ的不確実性 とがあることを述べた。 この二つは将来を予 測す るためのデータが何処かに存在す るか しないかに よって明確に区別 され るものであるとい うことも述べておいたO この区別は,内生的不確実性 と外 生的不確実性 の区別が一般にはほ とん ど認識 されていない ことと同様に,し ば しば唆味にされ る傾 向にある(19)0

しか し,ナイ トと共に最 も古 くか ら不確実性について言及 している経済学 者に他ならないケイ ンズが ,この複雑 さ と不確実 さの区別 を理解 して こな か ったか とい うと,決 してその ような ことはないのである。

ケイ ンズの不確実性認識に関 してあま り言及 されない箇所 であ るが ,『一 般理論』第11章 「資本の限界効率」の第

4

節には,少な くとも情報の非対称 性に言及 している箇所が存在す る。そ こで彼は 「二つの型の危険が投資量に 影響す る」 と述べている。その第‑は 「企業者 または借手の危険」である。

この 「危険」は,

「‑彼が希望す る予想収益を現実に獲得す る確率についての彼 自身の心 中の疑念か ら生ず る。われわれが貨幣を危険を冒 して投下す る場合に,関 係 して くる唯‑の危険は これである」(20)

第二の類型が 「貸手の危険」であるO これは 「貸借の組織‑州 が存在す る 場合」に関係 して くる。

「この危険には道徳的危険

( mor a lhaz ar d)

,すなわち,自発的な債務不 履行あるいはその他の合法的な方法に よる債務履行の回避に よるもの と, 担保能力の不足 ,すなわち期待外れのための非 自発的な債務不履行に よる

357

(12)

もの とがある」(21)0

この第二類型が現代的な問題意識 である情報 の非対称性についての もので あることは誰の 目に も明 らかである。 さて,ここで第二類型 に対す る第‑漢 型が確率論的な リスクか といえば,話はそれほ ど単純ではない。 ケイ ンズは す ぐそのあ とで第一炉型 の危険 と第二類型 の危険を次 の ように も区別 してい るQ

「さて第一 の型 の危険は ,平均化に よって また予見の正確 さを高め るこ とに よって低減す る可能性があるが ,ある意味において ,真の社会的費用 である。 しか し,第二 の ものは投資費用 に対す る純粋 の追加であって ,借 手 と貸手 とが同一人であ ったな ら存在 しないはずの ものであるoその上 , 第二 の方 の危険は部分的に企業者危険の一部を重複 して含 んでお り,投資 の誘 困 とな る最低予想収益 の大 きさを求め るさいには ,純粋利子率は この 企業者危険の一部が二度加え られ ることにな る」(22)

彼 に よれば,第一類型 と第二類型 の間には情報量 の違 いに よる リスク量 の 相違 は認 め られ るが ,た とえ第一頬型 であって も正確な確率計算がな され る とは必ず しも考 え られていないのである。すなわち,資金 の借手側 において も情報処理能力の不足 に よる非合理的な リス ク計算は十分にあ り得 る。 しか しなが ら,必要な情報が存在 しない とい うこと (不確実性 のケース) ではな くて ,この場合は 「予見の正確 さを高めることに よって」つ ま り情報処理能 力を高めることで 「(リス クが)低減す る可能性」 が認め られ てい るので あ る。

その他 の 『一般理論』 におけ る例 としては ,無知な個人投資家 と 「区別」

された 「玄人筋の行 う投資」 の記述がある。素人は同 じ情報 を与 え られて も 処理能力が低 いために合理的な判断がで きないが ,ケイ ンズは プ ロの投資家

358‑

(13)

にはそれが可能だ とも言 っている。

「われわれが ,平均的な意見は何が平均的な意見にな ると期待 している かを予測す ることに知恵を しぼる場合 ,われわれは三次元の領域 に到達 し ている。 さらにに四次元 ,五次元 ,それ以上 の高次元を実践す る人 もある と私は信 じてい る」(23)0

ここまでは複雑性 に関す る情報処理能力の問題 である。 しか しケイ ンズの 議論 は これで終わ らない。

「しか し,われわれは同時に現代 の投資市場 においてはその ようなひ と び との優勢 さを危 うくす るい くつかの要因があることを付け加 えなければ な らない。其 の長期期待 を基礎 とす る投資 は今 日では きわめて困難であっ て,ほ とん ど実行不可能 とな ってい る」(24)O

ここで長期 の投資 を 「ほ とん ど実行不可能」 にす るとケイ ンズが考 えてい る諸要 因 とは ,す なわちそれが次に述べ る (まさにケイ ンズ的)不確実性 の 問題だ とい うことにな る。

(2)ケインズにおける不確実性認識

ケイ ンズは リス ク,情報 の非対称性 ,そ して複雑性 の問題等 々と不確実性 の問題 をかな りな程度峻別 している。 この事実を明 らかにす るために ,ケイ ンズが不確実性 について記述 した もの として よ く知 られてお り,しば しば引 合いにだ され る一文 を引用す ることに しよう。

「‑われわれ の決意 の基礎をなす長期期待 の状態は ,単 にわれわれの行 うことので きる最 も蓋然性 の高い予測にのみ依存す るものではない。それ

‑3 5 9‑

(14)

は同時に,その予測をす るにあた っての確信に‑ われわれの最善の予測 がまった く誤 りに帰す る可能性をわれわれが どの程度高 く評価 す るかに

‑ 依存す る。 もしわれわれが大 きな変化を予想 しなが らも,これ らの変 化が どの ような明確な形態を とるか につ いて きわ めて不確実 であ るな ら ば,われわれの確信は弱いものであろ う」(25)0

ここでは複雑 さに基づ く情報処理問題 と区別 した ,純粋に不確実 さの問題 として長期期待の状態についての議論がな されている。 「大 いな る変化」 と い う言葉で言い表 されているのは,期待形成の基盤 となる方程式体系の予測 不可能な 「変化」に他ならない。

ここで注 目すべ きことは,ケイ ンズが不確実性を短期ではな く長期の問題 として捉えていた ことである。『一般理論』第

1 2

章の表題 は決 して偶然 では ないO もうーっ別な箇所か らこれ も有名な一文を引用 しよう.

「率直に言えば,われわれはある鉄道 ,銅山,敵維工場 ,特許薬品のの れん,大西洋定期船 ,ロン ドン市の建物な どの十年後におけ る収益を推定 す るにあた って,われわれの知識がほ とん どないか ,時には全 く無である

ことを認めなければな らな

」(26)0

ここで重要であると思われ るのは 「十年後におけ る」 とい う部分である。

た とえ これ ら 「投資物件」における収益の確率分布が過去に三年間定常状愚 を保 っていた としても,もし予測の対象が十年後 の収益率であるとした ら, 期待形成の基盤 となる方程式体系が保持 されているか否かの保証あるいは保 証 されていることに対す る投資家の確信 といった ものはほ とん ど無いであろ う。 これは計算が複雑 (必要な情報量が多 くかつ情報処理が困難) であるが ゆえに予測不可能な複雑性のケース とは全 く異なるo十年後 の予測に必要な 方程式体系 ・情報が 「存在 しな」 ことに関す る問題なのである。

‑3 6 0

(15)

以上か ら分か るようにケイ ンズの認識は, リスク計算の 「困難 さ」を複雑 さの次元 と不確実 さの次元の両面か ら捉 えるところにまで進んでいたのであ るo

5.

ケ イ ンズ の 不 確 実 性 認 識 に お け る 「内 生 性 」 と 「外 生 性 」 につ いて

第2節(4)に示 した広義不確実性における静態不確実性 と動態不確実性 (其 の不確実性 もしくは (狭義)不確実性) とい う区別をケイ ンズが認識 してい る事実をわれわれは前節において確認 した。次に,ケインズの真の不確実性 認識が果た してオース トリア学派に代表 され るような内生的不確実性 を想定 していたのか ,それ ともポス ト・ケイ ンジアン等に よって想定 され るところ の外生的不確実性を想定 していたのか ,このことについての検討を したいO

(1) ケインズにおける内生的不確実性の認識

ケインズの 「不確実性」は本質的に内生的であるとい う主張 も存在す る。

0' Dr i s c o l la ndRi z z o( 1 9 9 6 )はケインズのあま りに有名な 「

美人投票」の例 を引合いに出す ことに よって,ケインズが 『一般理論』 で存在を指摘 した不 確実性が内生的 (不確実性)であるとい うことを示そ うとす る(27)。 しか し, 彼 らには残念な ことであるが

,

「美人投票」の喰話は真の不確実性 とは直接 的な関係を持たない。 この境は リスク計算が複雑 であるがために正確な計算 を回避 して しま う大衆投資家の存在を推挽す るためにケイ ンズが持ち出 した ものに過 ぎないo もう‑つ ケイ ンズを引用 しようO

「投資市場の組織が改善 され るにつれて,投機が優位を占める危険は事 実増大す るO世界におけ る最大の投資市場のひ とつであるニューヨークに おいては,投機‑の支配力は巨大な ものである。金融界の外部においてす

361‑

(16)

ら,アメ リカ人は平均的な意見がなにを平均的意見であると信 じているか を発見す ることに不当に関心を寄せる傾 向がある。・‑ (中略)‑・。投機家 は,企業の着実な流れに浮かぶ泡沫 としてな らば,なんの害 も与えないで あろ う。 しか し,企業が投機 の渦巻の中の泡沫 となると,事態は重大であ る。一国の資本発展が賭博場の活動の副産物にな った場合には,仕事は上 手 くいきそ うにない」(28)0

ケイ ンズは,「美人投票」の ような期待形成 のあ り方が,正当化 され るべ き 一般的方法であ り,したが って内生的な不確実性の存在は不可避であるとい うような ことは言 ってお らず ,反対に 「美人投票」的な期待形成のあ り方に 非常な危機意識を持 っていたのである。すなわち 「美人投票」的なそ して情 報処理能力の低い素人投資家の期待形成 と投機的行動が経済体系の不安定化 をもた らす とケインズは言 っているのであってそれ以外ではない。ではケイ ンズがわれわれの定義 した内生的不確実性の存在を否定 していたか とい うと それ もまた違 うO彼は 「美人投票」的期待形成に よってマクロ経済体系が不 安定化す る結果 として,真 っ当な玄人投資家 ,あるいは合理的な期待形成を 行お うとしているノーマルな意思決定者が前提 としている方程式体系が予想 不可能な 「変化」を被 って しま う可能性を懸念 しているのである(29)。 このこ

とに よって玄人投資家達の 「仕事は上手 く行 きそ うにな」 くな るわけ であ る。

われわれは先に内生的不確実性 の発生原因 として,冒険的起業家の革新的 行為を挙げたのであるが,ケインズはそれ と同様の役割を 「無知な個 々人」 に与えているo冒険的起業家に して も無知な大衆投資家に しても共通す るの は彼 らの行動が (その他の冒険的起業家 も含めた)合理的意思決定者に とっ てほ重要である 「法則性」を持たない とい う点である。その意思決定の無法 則性 こそが内生的不確実性の本質なのだ とい うこと,ケイ ンズはそのことを 十分心得ていた もの と考 えられ る。

‑3 6 2‑

(17)

( 2 )

ケインズによる外生的不確実性の認識

ケイ ンズが内生的不確実性 の生ず るメカニズ ムについて十分理解 していた ことは以上に見て きた通 りである。 ではケイ ンズの正統的継東者を 自負す る ポス ト・ケイ ンジアンに よってその存在が強調 され る外生的不確実性にかん してはケイ ンズは如何 な る認識 を示 しているのであろ うか。勿論彼 は外生 タ イプの不確実性にかん して も内生 タイプのモノと同様にその存在 を十分認識 していた。Ke

ynes( 1 937 )

に外生的不確実性 の多種類 の具体例が示 されてい るので参照 したい。彼 は確率的な リス クとみずか らが語 る不確実性が異質な ものであるとい うことを述べた後 に次 の ように続け る。

「私 がその言葉を使用 していることの意味は ,ヨー ロッパでの戦争 の見 込みが不確実 であるとい うこと,あるいは

2 0

年後 の銅価格や金利 ,現在の 新技術が陳腐化 して しまっているか ど うか

,1 9 70

年 におけ る社会体制 にお いては私的な富 の保有が如何な る位置づけを されてい るか とい った ことが 不確実だ とい う意味においてである」(30)

技術革新 の内生性 とい うことをケイ ンズが考 えていたか ど うかは分か らな いが ,これ らは主 として市場参加者 に とっては所与 とされているところの外 生的要 因であるとみな して差 し支 えないであろ う。国家間での戦争 な らびに 経済体制転換等 の政治的要 因 ,鋼 な どの原材料価格 ,実物要 因 ・貨幣要因そ れぞれの需給関係に よって決 まって くる利子率 (しば しば政治的意図 も関係 して こよう),そ して大多数 の人間に とっては所与 である と ころの技術 的要 因 ,これ らは一般的に外部か ら与 え られ た もの で あ る と受 け留 め られ てい るoそ して再度指摘 され るべ きは ,ここで もケイ ンズに よって何十年後かに おけ るそれ らの状態が問われてい る点なのであ り,その よ うな遠 い将来にお いては現在 の期待形成が依存 している方程式体系がその まま通用す る保証 は 皆無に等 しい ,つ ま り全 くの不確実 とい うことである。

3 6 3

(18)

以上に観て きた ように ,ケイ ンズの考 えていた不確実性 には内生的不確実 性 ・外生的不確実性 の両方 が含 まれ るO第

2

( 4 )

で行 った不確実性 の採型化 は ケイ ンズの意識下においてすでに完了 していたのであるO

6.

ケインズの市場経済観のなかの典型 と特異性

では さらに ,オース トリア学派 の特徴的論点 と考 え られ る 「典型」 と 「特 異性」 にかん してケイ ンズが どの程度 意識 して きた のか につ いて議 論 しよ

う。

ケイ ンズは 「将来に関す るわれわれの無知 の影響を事実上い くらか緩和す る若干の要因」 と して以下 の三点を挙げている。

「きわめて長期 の投資物件 の中で最 も重要 な部類 で あ る建 物 の場 合 に は ,危険は長期契約 の方法に よって しば しば投資 家 か ら借 家 人 に転嫁 さ れ ,あるいは両者 の間で分担す ることがで きる」。

「長期投資物件 の も うひ とつの重要な部類 である公共事業 の場合には , 予想収益 のかな りの部分は ,様 々な独 占的特権や ,ある法定 の利潤 を生む

ような料金を課す る権利 に よって事実上保証 されている」。

「最後 に ,政府 当局 に よって行われた り,政府 当局の危険負担に よって 行われ る投資物件の部頬 ‑については ,政府当局は投資を行 うさい ,その 投資か ら将来社会的利益が生ず るとい う一般的想定に よっては っき りと影 響 されてお り,その商業的利益が広 い範 囲で どの よ うな値 になろ うともか まわず ,また収益 の数学的期待値 が少な くとも現行利子率に等 しくな くて ほな らない とい う条件 を満たそ うと努めて もいない」(31)0

明 らかにケイ ンズに よるこれ らの 「要因」 とはオース トリアソの言 う 「典 型」 に属す る諸事象である. ケイ ンズの挙げ る第‑ と第二 の要 因は ,商慣習

‑ 3641

(19)

や商法な どの法律 ・ルールの類である。 これ らはオース トリア学派に とって も容易に想定可能な要素であろ う。社会的慣習 とか法体系等の市場参加者に 共通に科 され る 「ルール」 とは,おそ らく思想的立場を超 えて誰 もが不確実 性低減要因 として了解で きる事象であろ う(32)

ケインズが第三にかかげている要因は政府機能である。不確実性を減少 さ せ るための装置 としての政府機能は,ここに例 としてあげ られているものは 一部に過 ぎないのであって,さらに多様な役割がケイ ンズに よっては期待 さ れているものと推測 され るoオース トリア学派の発想か らは出て来ないか も しれないが ,ポス ト・ケイ ンズ派であれば迷 うことな く最大の不確実性低減 要因 としてその重要性を強調す るに違 いない(33)。だが一方で合理的期待の経 済学者達に よってはむ しろ政府の裁量政策が不確実性 の増大要因 として批判 の対象にされ る。そ してル ールに基づいた予想可能な政府行動の必要性を説 くのである。 しか しなが ら,本稿 の第

2

節で述べた ように,ポス ト・ケイ ン ジアンも合理的期待 の経済学者達 も何れ も不確実性の発生原因については部 分的な認識 しか持 っていない。不確実性を減少 させ るための諸施策は時 々の 経済状況に応 じて異なって しか るべ きものである。網羅的な不確実性認識を 持 っていた唯一の経済学者であるケインズだけが ,各景気局面に対応 したそ

の正 しい適用法を知 っていた と考えられ る。

慣習 と法律等のルール と政府機能 ,これ ら (一応は)時間に依存 しない経 済環境の第‑層をベース としてアニマル ・スピリットにあふれた起 (企)莱 家や金融投資家達が第三層である 「特異性」の不確実な諸事象に向か って, 可能な限 りの合理的経済計算を一方で行 いなが ら,生来の活動への衝動に突 き動か されて市場経済を発展の方 向へ と導いて行 く‑ ケインズの現代市場 経済観を簡単に要約すれば,お よそ以上 の よ うに言 うことがで きるであろ

う。

3 6 5 ‑

(20)

7.

ケインズ的不確実性に関す る結論的考察

それではこれまでわれわれが探求 して きたケインズ的不確実性の全体像に ついて主要な論点を整理 してお こう。

第一に,市場参加者の合理的な期待形成 もしくは リスク計算を妨げる要因 としての不確実性は情報の非対称性 とか ,計算 プロセス自体が困難な ことか ら生 じる複雑性 の問題 と混同 してはな らない とい うことであるOわれわれが ケインズか ら受継 ぐべ き不確実性概念 とは,将来の一時点におけ る経済事象 についての正確な収益お よび リスクの計算 ,あるいは現在か ら将来の一時点 までの収益お よび リスクの変化の軌跡等に関す る正確なシ ミュレーシ ョンを 行 うために,意思決定者が利用 しなければな らない過去か ら現在に至 るデー タが 「存在 しない」ために生 じる不確実性に他ならない。 この不確実性は関 連す る情報を収集す ることの困難 さ (非対称情報の場合)や処理す ることの 困難 さ (複雑性の場合) とは別次元の問題である。

第二に,ケインズ的不確実性すなわち動態不確実性 (狭義不確実性 ,真の 不確実性 も同義)は,内生的不確実性 と外生的不確実性の二種類に分れ る。

内生的不確実性 とは市場参加者 自身の無法則的行動が経済体系の諸変数にお ける定常性を断絶 した り,変化のプ ロセスの法則性を失効 させた りす る場合 に生 じる。具体例 として考 えられ るのは冒険的起業家 の革新 的行動 や ノイ ズ ・トレーダーに よる非合理的市場行動の二つである。外生的不確実僅 とは 経済体系の外部的要因に よって,経済諸変数の定常性 あるいは変化 プロセス の法則性が失われて しま うことに よって生み出され る不確実性である。 この 二つの区別が重要であるのは,以下に述べ る不確実性低減政策の適用におい ては不確実性発生原因の違いが重要になることと関係 している。

そ して第三の論点 としては,各市場参加者が意思決定を行 う経済環境は二 重の構造を してお り,将来事象に関 して確実 もしくは確率的に予測が可能で あるような第一層 (典型) と時間に依存 して不確実 に変転 して行 く第二層

‑3 6 6

(21)

(特異性) とか ら成 ってい るとい うことである。 しば しば ケイ ンジアンは裁 量主義 もしくは政府機能重視 ,マネ タ リス ト・合理的期待形成学派はル ール 主義 とい う単純 な図式化が行われ るが ,オ リジナルなケイ ンズは実は政府機 能 も社会的ル ール も不確実性低減手段 として共に認めていたのであるO

そ して何れの不確実性低減手段 が よ り効力を持つかは ,経済変動 の諸局面 に よって異 な ってい るoす なわち経済が順風万端 な好況期 には,実物部門で は革新的起業家に よって様 々なアイデ ィアが生み出 され ,また証券投資市場 は素人の大衆投資家 の多数参加に よって ,内生的不確実性が生み出されかつ それが増大す る可能性が高 まるであろ う。 この内生的不確実性が景気拡大の ボ トルネ ックにな り,反動で不況や証券市場 の暴落 な どが引起 こされない と も限 らな くな る。 これに対 しては ,市場 に一定 の規律を与 えるために も様 々 な経済的 ・社会的ル ールを整 えることが ,最適な不確実性低減策 であると言 え よ う。

しか しそれ とは逆 に ,バ ブル崩壊 の ような経済環境 の急激な変化 に対応で きず市場が一旦谷底に落 ち込 んで しまった時期には,市場参加者 の不確実性 はすでに高 い レベルにあるのが常である。彼 らが懸念す るのほ内生的不確実 性 ではな くさらに将来 なん らかの外部的要 因に よって期待形成基盤が失われ て しま う可能性 である。 この ような場合にはい くら市場規律を整 える努力を して も将来に対す る不透 明感が拭 えない限 りは革新的起業家の活躍や大来資 産家 の資金提供 は十分期待 で きない。 したが って ここで有効 な不確実性低減 手段 としてわれわれが想起 しなければな らないのは ,不確実性を度外視 した 公共部門に よる投資 プ ロジ ェク トとい った ものであろ う。 あるいは所得倍増 計画の ような政府 の国家 レベルにおけ る経済方針を明確 に打 ち出す ような何 らかの努力であろ う。そ うしない限 り,ポジテ ィブ ・シ ョックの ような他 の 好条件が生れない限 りひ とび との外生的不確実性が低下す ることにはな ら枚 いのである。

以上の よ うに,ケイ ンズ的不確実性が内生的か外生的かで打 ち出すべ き政

一3 6 7‑

(22)

策 は異な って しか るべ きものである。 こ うした事実をわれわれはケイ ンズの オ リジナルなテキス トか ら学ぶ必要があるだろ うO

参 考 文

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(1)太 田 (1995),p.2等を参照。

(2)F.H.Knight(1921),pp.19‑20に最初の リスクと不確実性の区別 を述 べ た箇所 が あ る。

(3)P.Garello(1996),pp87‑99を参照。

(4)FA Hayekが彼 らの思想的バ ックボーンになっていることは否めない事実であるが , 後述す るルールの重視 とい う点を除けば,Hayekの不確実性認識論 に対す る貢献 は限 定的な ものであろ う。

(5)西垣 (1996b)では本論文で内生的不確実性 と区別 され ることになる外生的不確実性 について も多少の言及を行 ってはいる(pp.79‑80)。 しか しそれは規制緩和論に対す る アンチテーゼの立場か ら内生的不確実性に重点を置 くことにな り,補足 的 な説 明に終 わ ってい る。

(6)Ⅰ.M.Kerzner(1973),邦訳 pp79‑89参照。

(7) ここで各 プ レーヤーの行動様式が互いに完全に知 られてい るな らば ,ゲ ーム論 的観 点か らは必ず しも予測が不合理に行われ るとは言えず ,それ で もなお将 来が不確実 で あるとすれば,それは非対称情報や複雑性の問題 であって,不確実性 の問題 とは無関係 とい うことに もなろ う。 しか しなが ら,各 プ レーヤーの行動がいずれ もユニークである ような 「起業家社会」を想定す るな らば,将来はわれわれの定義における不確実性に支 配 され ることになる。

(8)P L.Bemstein (1996),弗訳 pp.443‑444.

(9)P.Davidson(1994)は 「不確実性が支配す る環境」について 「意思決定者は,選択時 点 と投資回収期 日との間で暦時間が経過す る間に ,予測で きない変化 が起 こ りうる と 考えているOいいかえれば,意思決定者は ,将来の見通 しに関す る倍耕 しうる情報が現 時点では存在 しない と信 じている」 (朔訳p105)と述べているO

(10)合理的期待 の経済学 な どの現代新 古典派 が リス クのみ な らず不確実性 に対 して も

369‑

(24)

はっきりしたスタンスを持 っている事実については西垣 (1999b)を参照のこと。但 し 同論文において筆者はその不確実性認識はバイアスがかか った ものであるとい う点を 指摘 しておいた。すなわち,合理的期待学派は不確実性の中の外生的不確実性 ,それ も 上記の理由によって発生する外生的不確実性に高いウエイ トをおいた議論 を展開 して いるとい うこと,この点に注意 しなければならない。

(ll)正確 には 「広義合理性」 とい う概念が必要 にな るのだが ,詳細 につ い て は西 垣 (1998),pp390‑393を参照のことO

(12)この呼称については太田(1995),p 7参照。太田はさらに非対称情報について 「通信 的不確実性」の呼名があることを紹介 しているが出所は明らかにされていないO (13)0'DriscollandRizzo(1996),邦訳pp90‑91.

(14)IbidHp.91 (15)同上。

(16)塩沢 (1990),pp.223‑225等を参照o

(17) この点については,西垣 (1998),p393において指摘 しておいたO (18)F.A Hayek (1973),pp41‑46等を参照。

(19)P.L.Bernstein(1996),邦訳pp.373‑392においても,情報過多に よる意思決定者の計 算簡略化の問題が,不確実性問題 と明確に区別 されることな く並列的に扱われている。

しか し非合理的意思決定の原因の二つが ともに網羅 されている とい う見方をすれ ば , 彼の研究が如何に幅広いものであるかが理解 されるであろ う。

(20)Keynes(1936),朔訳p.142, (21)ibidリp.142.

(22)ibid.,pp142‑143.

(23)ibidりp154. (24)ibidリpp.157‑158.

(25)ibid"p146.

(26)ibidりpp.147‑148.

(27)0'DriscollandRizz(1996),邦訳 pp.86‑89参照O (28)Keynes(1936),邦訳p.157.

(29)補足的に述べ るならば,要す るにケインズは

,

美人投票」的な期待形成を行 う大衆 投資家の 「不確実性」 としてではな く,彼 ら 「ノイズ ・トレーダー」達に よってもたら

されるプロの投資家 もしくは企業者にとっての 「不確実性」として内生的不確実性を問 題視 しているのであるO

(30)Keynes(1937),p214.

(31)ibid.,pp.163‑134

(32)ポス ト・ケインズ派に非常に近い立場にあるCrotty(1994)は,Shackle的な完全不 確実な市場観に反対する理由として,経済的 ・社会的諸貫習の重要性を指摘 している。

(33)Dymski(1996),pp.89‑94等を参照。

370‑

参照

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