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第7章 スコールクラスターの内部循環と維持機構*

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7.1 はじめに

 第6章では1987年の沖縄地方の梅雨期間(5/13〜6/26)内に「非前線系降水システム」が20例 発生したことを述べた。このうちの3例はいわゆる「スコールクラスター」と呼ばれるメソスケー ル降水システムであった。ここではこのうちの一例について詳しく解析する。

 スコールクラスター(スコールラインとも呼ばれる)の定義は必ずしも明確ではないが,Houze and Hobbs(1982)によると,進行方向に明瞭な線状又は弧状の積乱雲群を有し後面には層状性 降水域が広がるメソスケール降水システムであり,比較的大きな移動速度と長い寿命を持つ。ス コールクラスターはこれまでに中緯度ではアメリカ大陸中西部(Newton,195010gura and Liou,19801Kessinger6!41.,19871Smull and Houze,19851Smull and Houze,1987a)におい て,熱帯では東大西洋(Houze,1977;Zipser,19771Gamache and Houze,19821Houze and Rappaport,1984),西太平洋(Zipser,1969;Ishihara and Yanagisawa,1982),アフリカ大陸 上(Chong6!認.,19871Roux6!召1.,1984),ベネズエラ(Botts6 81.,1976),西大西洋のバル バドス(Zipser,1977),北オーストラリア(Drosdowsky,1984)において観測されている。しか レ,日本を含めた東アジアではこれまでにスコールクラスターについて系統立った観測や詳しい 解析が行われれたことはない。

 スコールクラスターは通常のメソスケールクラスターにくらべてその発生頻度は低い(Houze and Hobbs,1984)。それにもかかわらず多くの研究者が注目する理由は,その通過にともなって 強い降水や突風がもたらされること,その内部に組織化された循環が存在しそれが長い寿命,大 きな移動速度,広い層状雲の形成維持の要因となっていることなどである。さらに,スコールク ラスターの発生場所,発生後の移動等の予測は困難であり,予報従事者にとってもその形態や構 造を理解することは大切である。

 図7.1は,1987年の沖縄地方の梅雨期問中に発生した3つのスコールクラスターである。図7.1 bのスコールクラスターS13とS15の2つは比較的小規模で短寿命であったが,図7.1aのス

コールクラスターS4は最大長は460kmに達し21時問の長い寿命を持ち,非常に発達したメソ スケール降水システムであった。

 本章の目的は1987年5月20〜21日に東シナ海上に発生し,那覇市上空を通過したスコールク ラスターS4(第6章付録6.4)の形態と内部構造,特にその鉛直構造を主にドップラーレーダー のデータを使って解析することである。7.2節では,このスコールクラスターの概要と周辺の大気

* 担当:石原正仁・田畑 明

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図7.11987年の沖縄地方の梅雨期問中に発生した3つのス    コールクラスター(S14,S13,S15)。ただし,(b)図のC14    はスコールクラスターではない。沖縄,宮古島,石垣島    の3つのレーダーの合成図(沖縄気象台作製)を示す。

   黒い領域は反射強度が33dBZ以上のところ。ハッチ領域    は上空エコーを表す。矢印はクラスターの移動方向を示    す。(a)図の破線はGMSのIRデータによるTBB=一510C    の等値線。

(3)

場を取り扱い,7.3節では主にドップラーレーダーのデータをもとにしてその内部構造を議論す る。7.4節ではこのスコールクラスターの維持機構について考察し,他域のスコールクラスターと の比較を行い,概念的(観測的)モデルを作る。

7.2スコールクラスターの概要 7.2.1スコールクラスターの生涯

 図7.2は20日06Zから21日03Zまでの3時間間隔の那覇,宮古島,石垣島の3つの現業レー ダーによって観測されたスコールクラスターの形状の変化である。さらに図7.3はスコールクラ スターの強エコー域(反射強度が33dBZ以上)の位置の時問変化である。このクラスターは1987 年5月20日06Zに那覇の西250kmの東シナ海上で発生した。その後発達しながら平均6m/s の速度で東南東へ進み5月20日15Z頃には那覇の上空を通過し,5月21日03Z頃南大東島の 西の太平洋上で消滅した。20日21Z〜21日00Z頃には線状の強エコー域はわずかに曲率を持ち 北東から南西に並び長さは460kmに達した。図7.4はこのスコールクラスターのレーダーエ

コーの総面積とTBBが一51℃以下と一640C以下の領域の時間変化である。このスコールクラス ターの寿命は21時間,降雨域の最大面積は29,000km2に達した。寿命,エコー面積ともにこの 年の沖縄地方の梅雨期間に発生したクラスターの中では最大級のものであった。Maddox(1980)

は半国中西部に発生する大型で長寿命の降水システムをMesoscale Convective Complex

(MCC)と名付けた。今回のスコールクラスターは,形状の縦横比を別にすれば静止衛星のIR データによって定められたこのMCCの基準を満たしており,中緯度のMCCに匹敵する規模と 寿命を持っていた。

 図、7.2によると,線状のエコ、一域の周辺には数10〜100kmの幅の層状性エコー域が分布して おり,この層状性エコー域はスコールクラスターの発生初期(図7.2c)、には強エコー域の東側つ

まり進行方向前面に多いが,時間の経過とともに進行方向後面に多く広がるようになる。図7.5は GMSのTBB分布である。これによると,レーダーエコーが現れる以前の20日00Z(図7.5a)

には東シナ海上にはすでに低温の雲域が存在している。これはこのスコールクラスターが発生す る以前に存在していた別のクラスターに対応している。20日06Z(図7.5b)までは,スコールク ラスターはレーダーエコーではまだはっきりした線状にはなっておらず,これに対応する雲域を TBB分布上に見出すことは困難である。12Zには沖縄本島のすぐ西に一400C以下のTBB領域が現 れ,18Zには明瞭なアーク状の雲域が形成され,最低温度は一60。C以下を示している。その後こ の雲域は南東に進み,レーダーエコーの衰弱と一致して21日06Zには分散し始め,09Z(図省略)

にはほとんど消滅した。20日18Z〜21日00Zに見られたアーク状の雲域の形状はレーダーで観

・測された曲率を持った線状の強エコー域の形状(図7.2)とよく一致する。図7.1aのTBB=一 51◎C(高度約11.5kmに相当する)の等温線(破線)を見ると,上層の雲は強エコー域を中心に

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図7。2 5月20日〜21日のスコールクラスターの発生から消滅までの過程。沖縄,宮古島,石垣島の3つの    レーダーの合成図(沖縄気象台作製)を示す。黒い領域は図7.1と同じ。矢印は久コールラインを示す。

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図7・3 5月20日〜21日のスコールクラスターの反射強度が33dBZ以上の領域の位置の変化。

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図7.4 5月20日のスコールクラスターのレーダー    エコー域,TBBが一510C以下の領域,一64。C    以下の領域の面積の時間変化。

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前後(北西と南東)に広がっていることが分かる。ただし,レーダーエコー(地上の降水域)の 前方(南東)では上層雲はレーダーエコー域より前方に広がっている。これは強エコー域でつく

られた上層雲が上層の風によって南東に運ばれていることを示唆している。

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図7・5GMSのIRデータによるTBB分布。5月20日OQZ〜20日06Zの6時間間隔,等値線はo℃か    ら20。Cの問隔。一40。C以下の領域を斜線で表す。(a)図中の太実線の四角形は図7.1,7.2,

   7。3の範囲を表す。

7.2.2総観場とクラスター周辺の場

 図7.6はスコールクラスター発生6時問後の20日12Zと21日00Zの地上から400mbまで の天気図である。これらはGANALデータをもとにして作った。20日12Zの地上天気図(7.6a)

によると中国大陸南部には低気圧と梅雨前線が見られるがそれらは沖縄地方には達していない。

このスコールクラスターは東経1500より東に中心を持つ太平洋高気圧の西縁に発生した。500mb

(図7.6d)においては東シナ海は弱い正渦度場であるが偏西風トラフ等の際立った擾乱は見ら れない。このような総観状況は12時間後の21日00Zにおいてもほとんど変わらない。

 図7.7は20日12Zにおける地上から400mbまでの水平風の流れを表している。スコールク ラスター周辺の地上から850mbまでの流れ(図7.7a,b)は南東から北西に向いている。スコー

(7)

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1987年5月20日12Zと21日00Zの地上,850mb,700mb,500mb,400mbの天気図。太 破線はスコールクラスターの位置を表す。

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図77 図7.6と同様。ただし,風の分布から描いた流線。

(9)

ルクラス、ターの線状の強エコーはこの下層風と垂直な方向に(北東一南西)並びこの流れの風上 側に移動している。このような下層風とスコールクラスターの走向や移動方向との関係はGATE に期間中に発生した熱帯スコールクラスターにおいても認められた(Leary and Houze,1979)。

700〜400mb(図7.7c,d,e)では流れは南西から北東に向かっており,スコールクラスターの 強エコー域の走向と一致している。このようなスコールクラズター周辺の流れの状況は,クラス ターの消滅3時問前の21日00Zにおいてもほとんど変化ない。ただし21日00Zの200mbの流 れの場ではスコールクラスターの走向に沿って明瞭な収束域が見られる。収束域はスコールクラ スタ∀の位置とよく一致しているので成熟期に達したスコールクラスター内の対流がこの収束域 を作り出したのかも知れない。

 次にスコールクラスター周辺の成層状態を見る。図7.8は20日12Zと21日00Zにおける那 覇での高層観測の結果である。20日12Zではスコールクラスターの進行方向前方(南東側)100 km,21日00Zではスコールクラスターの後方(北西側)150kmの成層状態を表している。スコー ルクラスターの前方では地上から640mbまでの層は対流不安定である。自由対流高度は882mb であり,地上付近の気塊がこの高度まで持ち上げられると周囲の場から2,095」/kgの正の浮力を 得て153mbの高さまで上昇する。したがってスコールクラスター前方の気層の潜在不安定度は 非常に大きい。梅雨期間中の平均場からの気温の偏差の時間一高度断面図(図7.9)によると,15

日から20日の700mbより上層には一2。Cを越える寒気域が存在し,この潜在不安定の形成に寄 与していた。一方,スコールクラスターが通過した後の21日00Zでは成層は最下層を除くとほぽ 中立状態にあり,スコールクラスター内の対流による鉛直混合が成層の安定化をもたらしたこと を示している。

 風の鉛直シアーについて考えると,20日12Zのホドグラフ(図7.8a)では風は高度とともに 順転する鉛直シアーを持っており,矢印で示されたスコールクラスターの移動ベクトルと一致す る風は見当たらない。地上〜500mbシアーベクトルは北東に向いており・スコールクラスターは このシアーベクトルに直交しその右前方に向かって移動したことが分かる。

7.3 スコールクラスターの構造

 この節ではスコールクラスターの内部構造についての観測事実を述べる。

7.3.1特徴的形態

 沖縄開発庁八重岳レーダーのデジタルデータ(図7.10)によると,スコールクラスターは沖縄 本島の通過前の20日12Zでは線状の強エコー域とそれを取り囲む層状性降水雲から成ってい

る。システムの進行方向(東南東一西北西)に沿った幅は150km程度である。南北方向にはシス テムは図7。10の外まで広がっている。線状の強エコー域はシステム全体のほぼ中央に北北東から

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(10)

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図7.8 1987年5月20日12Z(a)と21日00Z(b)の那覇におけるエマグラムと温位(θ),相当温位

(θε),飽和相当温位(θε*)の分布。その右上はホドグラフ。

(11)

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図7・91987年の沖縄地方の梅醐間中那覇での平均気温からの偏差の鉛直一時問断面図.等温線は耗    ごと・ハッチは一2。C以下の領域を表す。矢印はスコーノレクラスターの通過時刻を示す.

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図7・10沖縄開発庁八重岳レーダーのPPI画像。1987年5月20日,(a)1200Z,(b)1400Z,(c)1600Z,(d)1730     Z。等値線は20,30,40,50,55dBZ。45dBZ以上に斜線。図の中の円はドップラーレーダー     の観測領域を,(d)の太実線の四角形は図7.11のCAPPIの領域を表す。

一101一

(12)

南南西に向かって並んでいる。45dBZ以上の反射強度を持つ領域を「降水セル」と定義すると,

それぞれの降水セルは20〜30kmの水平規模を持ち,それらの問隔は30〜40kmである。このよ うな状況は2時間後の14Z(図7.10b)までほとんど変化しない。ところが,さらに2時問後の 16Zでは沖縄本島付近の降水セルの多くは消滅し,システムの一部分が一時的に衰弱したように

見える。この時刻にはスコールクラスターは沖縄本島の上空に達しており,図7.2にも示されて いるように降水セルの衰弱が起こった部分は沖縄本島の位置と一致している。このことから,沖 縄本島の地形が降水セルの形成・維持を困難にさせる作用を及ぼしたと考えられる。つまり,新 しい降水セルの形成に必要な古い降水セルから出た下層の冷気塊(cold pool)の流出が本島の地 形によって一時的にせき止められ,そのため新しい降水セルの形成が阻上されるか,形成の時期 が遅れたと推測できる。本島の走向は降水セル群の走向とほぼ一致しており,このような効果を 起こざぜるには都合がよかったであろう。ChangandYoshizaki(1989)は,この梅雨観測期問

、中に沖縄本島のすぐ近くで禿生し数時間本島上空で停滞した今回とは別のクラスター(第8章参 照)を2次元数値モデルでシミュレーションし,このような地形の作用によって対流雲の停滞が 起き得ることを示した。ただし沖縄本島の山の標高はたかだか500mである。この程度の山が今 回のスコールクラスターのような大規模な降水システム内の降水セル群の形成,維持にどの程度 影響を及ぼしたのかは,AMeDAS等の既存のデータを調べてみた限りではよく分からなかった。

このような地形による降水セルの一時的な衰弱は興味あるテーマであるが,今回はこれ以上議論

しない。

 スコールクラスターの強雨域が沖縄本島上空を通過した1時問後の1730Zには降水セル群は 再編成され始め通過前の形にもどりつつある。次の副節ではほぼこの時刻のスコールクラスター の微細構造をドップラーレーダーのデータを用いて解析する。

7.3.2 水平構造

 図7.11は,スコールクラスターの強雨域が沖縄本島の上空を通過した約90分後の20日1725 Zに得られたドップラーレーダーのCAPPI(水平断面図)である。これによると,直径5〜10km の4つの降水セルA,B,C,Dがレーダーの東30kmに北北東から南南西の走向を持って並んで いる。ただし,このドップラーレーダーのデータでは反射強度が35dBZ以上の領域を降水セルと 定義する。7.3.1節での定義と異なるが,反射強度の値は同一目標に対しても各レーダーによって 多少異なった値を示すのが一般的である。図7.10の降水セルと図7.11の降水セルの大きさが異 なるのはレーダーの空間分解能の違いによるものである。分解能の高いドップラーレーダーで見 ると対流性降水雲の基本的な大きさは5〜10kmであり,それらが10〜15km間隔で並んで,強7 エコー域を構成していることが分かる。

 7.3.1節で述べたように,沖縄本島上空とそのすぐ東側にあるエコーは地形の影響を受けて一

(13)

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1987年5月20日1725Zにおけるドップラーレーダーで得られたスコールクラスターの反射強度 とドップラー速度の高度1,3,5,7kmのCAPPI画像。反射強度の等値線は5dBZから5dB間 隔。25dBZ以上に薄い斜線を30dBZ以上に濃い斜線をほどこす。ドップラー速度は2m冷問隔で・

正領域(レーダーから遠去かる成分を持つ領域)を斜線で示す。さらに沖縄本島を細破線で示す。

A,B,C,Dは降水セルを示す。図(a)の中の太破線は図7。12と図7,13の鉛直断面図の位置を示す。

       F 一103一

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