平 成 1 6 年 度
水中音響通信の高度化による海洋産業の発展と 新事業創出等効果に関する調査研究報告書
平 成 1 7 年 3 月
社団法人 日本機械工業連合会 社団法人 海 洋 産 業 研 究 会
日機連 16 高度化-15
序
戦 後 の 我 が 国 の 経 済 成 長 に 果 た し た 機 械 工 業 の 役 割 は 大 き く 、ま た 機 械 工 業 の 発 展 を 支 え た の は 技 術 開 発 で あ っ た と 云 っ て も 過 言 で は あ り ま せ ん 。 ま た 、 そ の 後 の 公 害 問 題 、石 油 危 機 な ど の 深 刻 な 課 題 の 克 服 に 対 し て も 、機 械 工 業 に お け る 技 術 開 発 の 果 た し た 役 割 は 多 大 な も の で あ り ま し た 。し か し 、近 年 の 東 ア ジ ア の 諸 国 を 始 め と す る 新 興 工 業 国 の 発 展 は め ざ ま し く 、一 方 、我 が 国 の 機 械 産 業 は 、国 内 需 要 の 停 滞 や 生 産 の 海 外 移 転 の 進 展 に 伴 い 、勢 い を 失 っ て き つ つ あ り 、 将 来 に 対 す る 懸 念 が 台 頭 し て お り ま す 。
こ れ ら の 国 内 外 の 動 向 に 起 因 す る 諸 課 題 に 加 え 、環 境 問 題 、少 子 高 齢 化 社 会 対 策 等 、今 後 解 決 を 迫 ら れ る 課 題 が 山 積 し て い る の が 現 状 で あ り ま す 。こ れ ら の 課 題 の 解 決 に 向 け て 従 来 に も ま し て ま す ま す 技 術 開 発 に 対 す る 期 待 は 高 ま っ て お り 、機 械 業 界 を あ げ て 取 り 組 む 必 要 に 迫 ら れ て お り ま す 。我 が 国 機 械 工 業 に お け る 技 術 開 発 は 、戦 後 、既 存 技 術 の 改 良 改 善 に 注 力 す る こ と か ら 始 ま り 、 や が て 独 自 の 技 術・製 品 開 発 へ と 進 化 し 、近 年 で は 、科 学 分 野 に も 多 大 な 実 績 を あ げ る ま で に な っ て き て お り ま す 。
こ れ か ら の グ ロ ー バ ル な 技 術 開 発 競 争 の 中 で 、我 が 国 が 勝 ち 残 っ て ゆ く に は こ の 力 を さ ら に 発 展 さ せ て 、新 し い コ ン セ プ ト の 提 唱 や ブ レ ー ク ス ル ー に つ な が る 独 創 的 な 成 果 を 挙 げ 、世 界 を リ ー ド す る 技 術 大 国 を 目 指 し て ゆ く 必 要 が 高 ま っ て お り ま す 。幸 い 機 械 工 業 の 各 企 業 に お け る 研 究 開 発 、技 術 開 発 に か け る 意 気 込 み に か げ り は な く 、方 向 を 見 極 め 、ね ら い を 定 め た 開 発 に よ り 、今 後 大 き な 成 果 に つ な が る も の と 確 信 い た し て お り ま す 。
こ う し た 背 景 に 鑑 み 、当 会 で は 機 械 工 業 に 係 わ る 技 術 開 発 動 向 等 の 補 助 事 業 の テ ー マ の 一 つ と し て 社 団 法 人 海 洋 産 業 研 究 会 に「 水 中 音 響 通 信 の 高 度 化 に よ る 海 洋 産 業 の 発 展 と 新 事 業 創 出 等 効 果 に 関 す る 調 査 研 究 」を 調 査 委 託 い た し ま し た 。本 報 告 書 は 、こ の 研 究 成 果 で あ り 、関 係 各 位 の ご 参 考 に 寄 与 す れ ば 幸 甚 で あ り ま す 。
平 成 1 7 年 3 月
社 団 法 人 日 本 機 械 工 業 連 合 会
会 長 金 井 務
はじめに
本報告書は、日本自転車振興会から自転車等機械工業振興事業に関する補助金の交付を 受けて、社団法人日本機械工業連合会が行った「平成16年度機械工業に係る技術開発動 向等の調査補助事業(機械産業高度化対策及び産業協力)」の一環として、社団法人海洋 産業会が受託した「水中音響通信の高度化による海洋産業の発展と新事業創出等効果に関 する調査研究」の成果をとりまとめたものである。
21
世紀の海洋の開発・利用・保全は、地球的規模から身近な沿岸域規模に至るまで、内外の きわめて重要な課題となってきている。わが国でも、科学技術学術審議会が取りまとめた「長 期的展望に立つ海洋開発の基本的構想及び、推進方策について」の諮問に対する答申(平成 14 年 8 月)において、持続可能な海洋利用を目指した政策を究極的な目標として「海洋を守る」
「海洋を利用する」「海洋を知る」のバランスのとれた政策の必要性を打ち出している。
ところで、「海洋を守る」「海洋を利用する」あらゆる活動の基礎を提供するのが、「海洋 を知る」こと、すなわち海洋の調査・観測である。現在、各種の機器、システムにより調査・
観測活動が行われているが、これらの水中での通信はケーブルを介して行うことが多いため、
海底機器の設置ポイント、水中ロボットの行動範囲等に制約が大きいという課題がある。さ らに、地震や津波等の災害予知や港湾等でのセキュリティ確保のためのシステムを構築する上 でも、機動性に富んだ通信手段が必要と考えられる。そこで、本調査研究では、水中音響通信 に関して、内外の技術動向の調査を行うとともに、水中音響通信技術の技術発展の方向と利 用効果、その課題と技術的期待事項、さらには水中音響通信を活用した新たな事業創出の可 能性について調査した。
その作業過程で浮き彫りにされてきたのは、まさに「水中音響通信」が 21 世紀の海洋の開 発・利用・保全のうえでの根幹技術として位置付けられますます重要性を増してくるであろう こと、そして、その技術の発展は、海洋の調査・観測活動の効率や利用範囲、機動性を高める だけにとどまらず、広く海洋利用の諸活動に新しい地平を切り拓くものとして大いなる発展可 能性を秘めていること、という点である。
したがって、本調査は、全体としてみれば予備的調査、頭出し調査の段階として認識される べきものであり、継続的な調査検討なしにはせっかくの成果が宙に浮いた状態のままとなりか ねないことを強調しておきたい。海外におけるこの分野の急速な発展を見ても言えることだが、
引き続いての調査拡大は、わが国海洋関係者にとってさらに有用な成果を生み出していくこと は間違いないところであり、次年度以降の発展的取り組みを望んでやまない。
最後に、本事業を実施するにあたり格別のご指導をいただいた有識者、関連企業等に対 して心から謝意を表するとともに、今後のわが国水中音響機器関係産業ひいては機械工業 の更なる発展に寄与しるよう、本報告書が関係各位の大いなる参考になれば幸甚である。
平成17年3月
社 団 法 人 海 洋 産 業 研 究 会
会 長 武 井 俊 文
目 次
序 はじめに
要約 ··· 1
1.調査研究の概要 ··· 2
1.1 調査研究の目的··· 2
1.2 調査研究の概要··· 2
1.3 調査研究の体制··· 3
2.水中音響通信技術とは··· 4
2.1 音波と電波の違い··· 4
2.2 水中音響通信システムの構成··· 6
2.3 送受波器の特性(感度、指向性)··· 8
2.4 海水中を伝搬する超音波の特性(音速、減衰)··· 9
2.5 海中の雑音··· 11
2.6 ドップラ効果の影響··· 12
2.7 音響データ通信における通信距離、データ伝送速度 ··· 13
2.8 モデム(変復調器)の方式··· 13
2.8.1 アナログ変復調方式··· 13
2.8.2 デジタル変復調方式··· 15
2.8.3 スペクトラム拡散通信··· 17
2.9 誤り検出と誤り訂正機能··· 18
3.水中音響通信技術の現状··· 20
3.1 アナログ変調方式の水中通話装置··· 20
3.1.1 潜水調査船用水中通話機··· 21
3.1.2 ダイバー用水中通話機··· 22
3.2 バイオテレメトリー用の片方向データ伝送装置··· 23
3.3 デジタルデータ通信方式の双方向のデータ伝送装置 ··· 24
3.4 水中音響通信技術の利用例··· 29
3.4.1 有人潜水調査船からの映像データ伝送··· 29
3.4.2 AUV(無索式水中ロボット)との通信··· 31
3.4.3 海底津波計からのリアルタイムでのデータ伝送 ··· 33
3.4.4 ドップラ流向流速計(ADCP)からの観測データの伝送 ··· 34
3.4.5 波高計や水質センサによる観測データの伝送··· 35
3.4.6 吊下式観測装置や曳航式観測装置からの観測データ伝送 ··· 36
3.4.7 海底石油ライザー管の振動や立上がり部の曲げ歪みの計測データの伝送 · 37 3.4.8 水中音響通信ネットワーク··· 38
4.水中音響通信技術の今後の研究開発動向··· 39
4.1 国内における研究開発動向··· 39
4.2 国外における研究開発動向··· 39
5.水中音響通信に関するアンケート調査結果··· 42
5.1 我が国における水中音響通信装置の利用状況··· 42
5.1.1 水中音響通信装置の認知度··· 42
5.1.2 水中音響通信装置の使用目的・使用環境・不満事項 ··· 42
5.2 現状の水中通信技術の問題点··· 46
5.3 水中音響通信技術の高度化による利用が拡大する分野 ··· 48
5.4 水中音響通信技術の高度化による利用方法・産業発展の見通し ··· 50
5.5 水中音響通信技術についてのコメント··· 54
6.水中音響通信技術の高度化による新事業の創出の可能性··· 57
6.1 アンケート調査結果が示す水中音響通信技術の高度化に対する期待 ··· 57
6.2 水中音響通信技術の高度化に対するニーズと技術課題 ··· 58
6.3 水中音響通信技術を身近なものに··· 59
7.まとめ:今後の課題··· 60
参考文献 ··· 61
付属資料 ··· 63
資料1 アンケート一式··· 65
資料2 水中通信関連論文リスト①(Oceans2000~2004)··· 75
資料3 水中通信関連論文リスト②(UDT2000~2004)··· 83
資料4 水中通信関連論文リスト③(日本音響学会、米国音響学会、MTS、その他) ···· 87
資料5 第1回委員会:話題提供関連資料<水中音響通信、日本電気(株)> ··· 91
要 約
21
世紀の日本の発展にとって海洋開発が果たす役割はますます大きなものとなってき ている。平成
13年
4月の文部科学大臣からの諮問「長期的展望に立つ海洋開発の基本的 構想及び、推進方策について」を受け、科学技術学術審議会が平成
14年
8月に取りまと めた答申においては、「持続可能な海洋利用」を目指した政策を究極的な目標として「海 洋を守る」「海洋を利用する」「海洋を知る」のバランスのとれた政策に転換することと 述べられている。また、最近の動きとして、国連海洋法条約に基づき、わが国の大陸棚に ついても
200海里を超えて拡張できる可能性があることから、大陸棚の限界の設定に必要 な調査活動の強化も指摘されているところである。
これらの施策の実施には、海洋環境の継続的モニタリング、海中・海底資源調査、未知 のフロンティアとしての海洋の動態、生物活動、海底地殻変動等の調査が必要であり、現 在船舶による観測のほか、海底設置型センサ、水中ロボット、観測用ブイ等各種計測手段 により計測・調査が行われている。これら水中の機器と海上又は陸上基地との聞の通信は ケーブルを介して行うことが多いため、海底機器の設置ポイント、水中ロボットの行動範 囲等に制約が大きい。更に地震等の災害予知や近年脅威となっている不審船、テロリスト 等から重要港湾を防備するためのセンサシステムを構築する上でも機動性に富んだ通信手 段が必要と推定される。
水中音響通信は、伝搬速度、音波の減衰、屈折による伝搬距離の制限等物理的特性から の制約があるため、これまで、限定された条件下のみで利用されているが、その技術の発 展は、海洋調査・モニタリング・海洋開発等における事業の効率、利用範囲、機動性を高 めるものと予想される。 以上の状況を踏まえて、本調査研究では、水中音響通信に関して、
内外の技術動向の調査を行うとともに、今後の技術的発展性の見通しを検討した上で、水
中音響通信技術が発達した場合の海洋調査・海洋開発事業について水中音響通信を利用す
る効果、その課題と技術的期待事項、また水中音響通信を活用した新たな事業創出の可能
性について調査した。
1.調査研究の概要
1.1 調査研究の目的
本調査研究では、水中音響通信に関して、国内外の製品の現状技術および市場、また国 内外における水中音響通信技術の研究開発動向を調査し、今後の技術的発展性の見通しを 明らかにする。水中音響通信技術が発達した場合の海洋調査・海洋開発事業について水中 音響通信を利用する効果、その課題と技術的期待事項、また水中音響通信を活用した新た な事業創出の可能性について調査する。
1.2 調査研究の概要
本調査研究では、資料・文献調査の他に、水中音響機器の国内における利用状況を調査 するためアンケート調査を実施し、以下の調査検討を実施した。
1)水中音響通信技術とは
本調査報告書の技術的な理解に資するため、水中音響通信技術の基本を簡単に説 明した。
2)水中音響通信技術の現状
国内外で実際に販売されている製品や実用されている機器について、仕様につい て調査・比較した。
3)水中音響通信技術の今後の研究開発動向
国内外の大学等の研究機関やメーカで実施されている研究開発について、ここ5 年間に発表された論文を調査分析し、今後の技術開発動向や技術的発展性の見通し を明らかにした。
4)水中音響通信の利用状況
国内外で販売されている製品や実用されている機器が、実際に利用されている用 途、市場を調査した。また本調査研究で独自に実施したアンケート調査から得られ た利用状況および問題点についても示した。
5)水中音響通信技術の適用分野について
本調査研究で独自に実施したアンケート調査結果および論文調査結果から、水中 音響技術の発展により、今後の適用分野拡大の可能性について分析した。
6)水中音響通信技術の高度化による新事業の創出の可能性の検討
今後の水中音響技術の発展による適用分野拡大を前提とした、新しい事業創出の
可能性および問題点について検討した。
1.3 調査研究の体制
水中音響機器メーカ、ユーザ、学識研究者の10名による「水中音響通信の高度化によ る海洋産業の発展と新事業創出等効果に関する調査研究委員会」を当海洋産業研究会内に 設置し、調査研究を行った。
委員長 竹内倶佳 電気通信大学名誉教授
委 員 橋本 猛 電気通信大学電気通信学部教授
越智 寛 (独)海洋研究開発機構海洋工学センター 海洋技術研究開発プログラム
海洋観測技術研究グループサブリーダー
酒井 浩 (独)港湾空港技術研究所施工・制御技術部制御技術研究室長 赤松友成 (独)水産総合研究センター 水産工学研究所水産情報工学部
行動生態情報工学研究室 主任研究官 倉本茂樹 (社)海洋調査協会 理事兼事務局長 小島淳一 (株)KDDI 研究所主幹研究員
深山哲夫 日本電気(株)電波応用事業部エキスパートエンジニア 高沖達也 三井造船(株)NGH プロジェクト室室長
白崎勇一 (有)マリン・エコ・テック 代表取締役 事務局 中原裕幸 (社)海洋産業研究会 常務理事
大貫麻子 (社)海洋産業研究会 主任研究員
河崎秀雄 (社)海洋産業研究会 研究員
2.水中音響通信技術とは
水中音響通信技術は、水中音響技術とデジタル通信技術がベースとなっており、専門用 語を含めて一般的に理解しやすい技術とは言えない上、一般向きの適当なテキストが無い。
ここでは、本報告書の理解に最低限必要となる水中音響通信技術について整理する。
2.1 音波と電波の違い
陸上では、携帯電話や無線
LANのように電波による無線通信が盛んであるが、水中で の無線通信は音波で行なわれている。これは音波が電波に比べ水中での減衰が著しく少な く遠くまで届くからである。図2.1は、海中における音波と電磁波(電波、光)の吸収減 衰を示したものである
(1)。水中音響通信で良く使用される周波数帯(10kHz~100kHz)
で、例えば
10kHzの音波は、20m伝搬する間の減衰は無視できるほど少ないが、電波は
20m伝搬する間に信号の強さが1/1000
に減衰することが分かる。なお、光波は、可視光
域の吸収減衰が極めて小さいが、海水中の浮遊物による散乱減衰が大きいため、水中通信 には適さない。
図2.1 海中での音波と電磁波(電波・光)の減衰
(1)電波は、電磁界が振動した波動で真空中でも伝搬するのに対し(空気中の電波の伝搬速
度は
30万
km/s)、音波の伝搬には媒質となる物質が必要で、伝搬速度(水中では約1500m/s)も電磁波に比べ5桁遅い。また水中音波は、電波に比べて、使用できる周波数帯域
が狭いため、単位時間当たり伝送できる情報量が少ない。
図2.2は、水中音響技術の利用例を使用周波数帯で示したものである
(1)。音響通信に ついては、100Hz~1MHz の周波数帯で示されているが、本調査で対象としているデータ 通信での周波数帯は、10kHz~100kHz である。魚類への影響については、多くの海産魚 類の可聴範囲が
1kHz以下であるとされている
(8)ことから、本調査で対象としているデ ータ通信の影響はないと思われる。
図2.2 水中音響技術の利用例と使用周波数帯
(1)電波による無線通信技術では、携帯電話や無線
LANに見られるような高速大容量デー タ通信や、地球周回衛星との長距離通信、火星や土星衛星「タイタン」に送り込んだ探査 ロボットとの超長距離通信も実現されている。一方、水中音響通信では、通信の高速・大 容量化、長距離化は依然として開発課題である。
波動を利用するという点では同じであるのに、何故、水中音響通信技術は開発が遅れて いるのであろうか?
その原因は、電波と音波の性質の違いにあり、水中を伝搬する音波の反射、吸収、屈折、
散乱などの複雑な振る舞いが技術開発を難しいものとしている。
通信が成立するためには、送った信号を誤り無く確実に聞き分ける(受信する)必要が あるが、受信点周囲の雑音が大きいと聞き取るのが難しくなる。また送った音が途中でそ の周波数が変化するような作用(ドップラ効果)を受けた場合にも、どのように周波数が 変化したのか分からないと、聞き分けるのが難しくなる。
電波の場合には、使用周波数が規制されているため、電波雑音や反射波に対しては対策 が取りやすく、また電波の伝搬速度が極めて速いため、飛行機、ロケット、衛星のように 高速移動するものとの通信を除けばドップラ効果の影響は無視できる。
一方、音波は物質の中を伝わるという性質があるため、水中では、不規則に変動する自 然雑音や人工的な雑音が常時存在している。また音波の伝搬速度が遅いため、不規則なド ップラ効果の影響を受けやすい。水中音響通信では、このような電波の場合とは異なる音 波の不規則な変動(変動のモデル化が難しい)に対して効果的な信号処理技術の開発が大 きな課題となっている。
2.2 水中音響通信システムの構成
図2.3は、水中音響通信システムの基本構成を示したもので、この図でセンサや観測機 器のデータが、どのようにして水中を伝送されるのか説明する。
水中音響通信では、観測機器からのデータは、最初にデータ符号器で、無駄な情報を送 らないようにデータを効率よく符号化する。これは、例えば、メールで大きなサイズのフ ァイルを送る時に、圧縮ファイルにして送る作業に相当する。特に、画像データのように 大きなものは、
JPEGや
MPEGなどの圧縮形式で送る必要がある。データ量が少ない場 合は、符号器による処理が不要である。
次に、通信路符号器で、通信路で発生する誤りを訂正する仕組みを原データに付加する。
ここでは、通信するデータに誤りが発生した場合、受信側でデータが誤っていることを検 出したり、またその誤りを訂正することができるような仕組みをデータに組み込む。
通信路符号器からデータは、デジタル変調器(モデム)で、超音波信号として水中を効 率良く伝送するに適した信号に変調され、送波回路で電力増幅された後、送波器から水中 に送出される。送波器は超音波を水中に出すデバイスで、スピーカに相当する。
一方、受波器は、超音波を受けるマイクに相当する。受波器で受信した信号は受波回路 で必要な大きさまで増幅され、また不要なノイズを除去するフィルタ処理が行なわれた後、
デジタル復調器(モデム)で復調され、デジタルデータが取り出される。
通信路復号器は、復調されたデジタルデータに誤りがないか調べ、誤りを検出した場合、
誤り訂正処理を行い、元来の送信データに復旧させる。但し、誤りの割合が多い場合には、
復旧できない。
データ複合器は、例えば圧縮データファイルを伸張処理し、オリジナルデータ(センサ や観測装置から送られたデータと同じ形式)を取り出す。
以上のように、水中音響通信によるデータ伝送では、水中という伝搬路の複雑な特性か ら、長距離高速伝送ができない、データエラーを発生しやすい等の問題があるため、様々 な複雑な信号処理が必要になる。最近、CPU や
DSP半導体技術の進歩により、小型の回 路でこの信号処理が可能となったことにより、小型で低消費電力の実用的な水中音響デー タ通信装置が実現してきた。
データ 符号器
通信路
符号器 デジタ ル
変調器 送波回路
送波器
データ 復号器
通信路 復号器
デジタ ル
復調器 受波回路 受波器 データ
データ
ノ イズ
多重反射波 信号 拡散
減衰 ドップラシフト
図2.3 水中音響通信システムの基本構成
なお、母船と有人潜水調査船やダイバーとの通信に利用されている水中通話機は、デー
タが音声であり、構成も図2.3と異なり、2.8で述べるようにアナログ変復調器が主と
なっている。
2.3 送受波器の特性(感度、指向性)
送波器、受波器には、通常、電気音響変換効率の良い圧電セラミック振動子が用いられ、
その寸法・形状は、必要な感度や指向性によって決められる。なお、圧電セラミックは、
圧力を加えて歪みを与えると電界を発生し、逆に電界を印加すると歪みまたは応力を発生 する性質(圧電効果)を有する材料で、同じものが送波器としても受波器としても使用で きるので、送受波器と呼ぶことが多い。
送受波器の感度特性として送波感度(印加した電圧に対する送波音圧の比)と受波感度
(受波した音圧に対して発生する電圧)があり、圧電セラミックの材料や振動子の設計で 決まる。通常、圧電セラミック振動子は、機械的な共振特性を利用して感度を上げている ため、感度の良い周波数の範囲が狭くなり、通信帯域が狭くなる。これは、データ伝送速 度を早くできないことにつながる。このため、高速データ通信用には、広帯域で高感度な 特性が得られる特殊構成の振動子が採用されている。
送受波器の指向性は、振動子の振動面の面積と波長との関係で決まり、波長に対して 振動面の面積が大きいほど、また、波長が短いほど鋭い指向性が得られる(図2.4)。
送受波器
小 大
図2.4 指向性の比較(同一周波数の場合)
通常の水中音響通信用途では、ほぼ無指向性の送受波器を用いるが、長距離通信では、
送受波器に指向性を持たせることで音響パワーを一方向に集中させ(指向性利得を稼ぐ)、
無駄な電力消費を抑えるために指向性をつけた送受波器が使用される。
また図2.5に示すように、浅海域での水平方向の通信を行う場合、広い指向性の送受波 器を用いると、送波器から出た音波は海面や海底面で多重反射する。受波されるのは、同 図(a)のように送波器からの直接波と複数の多重反射波が重なったものとなるが、高速通信 のためには悪影響を及ぼす。このため、同図(b)のように音響パワーを一方向に集中させ ることで、不要な反射(海面や海底での反射)を減らし多重反射の影響を軽減するため、
指向性をつけた送受波器が使用される。
図2.5(a)
図2.5(b)
2.4 海水中を伝搬する超音波の特性(音速、減衰)
超音波が海水中を伝播する際の速度(音速)は、水温、圧力、塩分濃度に関係し、それ ぞれの値が大きいほど音速は早くなる。図2.6は、水深によって、音速が変化している例 である。ただ通常は音速
1500m/sとして扱うことが多い。
図2.6 海中での音速の変化の例
(4)音速が、図2.6に示すように、深さによって変化していると、音波は屈折するため、そ こを伝搬する超音波は直進しないことになる。図2.7は、その例であり、シャドウゾーン
送波器 受波器
(音が到達しない領域)が出来ることが分かる。これは、特に長距離通信する場合に注意 する必要がある。
図2.7 海中での音の伝搬
(4)超音波は、海水中を伝播する間に、拡散され、吸収されて減衰していく。拡散による減 衰は、一点から送出された超音波が球面状に広がりながら伝播していく場合(球面拡散と いう)、距離
R離れた点での拡散損失(dB)は、20logR で与えられ、1/R の大きさに減衰し てしまう。つまり
1000m離れた点では、超音波の大きさが1/1000になってしまう。ただ し超音波が浅い海を遠距離伝搬していく場合には、拡散は球面状ではなく円筒状に広がる ため、その損失(dB)は
10logRで与えられる。
一方、超音波は、伝播する海水の物理的化学的特性に関係して減衰し(吸収損失という)、
吸収減衰率
αは超音波の周波数が高いほど減衰は大きくなる(図2.8) 。例えば、50kHz の超音波が
1000m伝播する間の吸収減衰だけで大きさが1/10となるのに対し、周波数が
20kHzの超音波では、6/10 で済む。
従って、超音波が海水中における伝播損失
TLは、拡散損失と吸収損失の和で、次式で 与えられる。
TL = 20logR + αR (dB)
図2.8 海水中における音波の吸収減衰
(1)2.5 海中の雑音
通信できるかどうかは、受信点での雑音の大きさに対し、受信信号がどの程度大きいか に関係する。従って、水中音響通信装置の設計に当っては、雑音の大きさ・周波数帯をど のように想定するかが、非常に重要になる。想定した雑音レベルが、実際に使用する環境 より小さいと、受信データの誤り率が大きなものとなり、 「これは使い物にならない!」と 失望を招く一因となる。
海中雑音の原因として、風波、降水、生物、航行船舶や沿岸近くの人工雑音等の周囲雑 音と、送受波器を設置している船舶が出す騒音や他の音響機器からの雑音、送受波器が水 を切ることによって発生する雑音等、大きさも周波数帯も様々である。また雑音としては、
この他に、受信機内部の電気的な雑音や、船舶無線を含む船舶の電子機器からの電磁干渉 ノイズもある。
図2.9は、船舶航行雑音の他に、海中雑音として波高や風速などによる雑音を示したも
のである。
図2.9 海中の雑音
2.6 ドップラ効果の影響
ドップラ効果とは、音源が移動すると、実際の周波数の音とは異なった音に聴こえる現 象で、例えば、救急車のサイレン音が、近づいてくる時は、実際の音よりだんだん高くな るように聞こえ、遠ざかるときにはだんだん低くなって聞こえる現象である。
送信点や受信点が船に装備されている場合、船の移動や動揺により、音波は不規則なド ップラ効果の影響を受け、周波数が僅かに変動する(ドップラシフト)。もし、2.8で 後述する位相変調方式のモデムを使用している場合には、送信側も受信側も位相は同じ周 波数に対して決められているから、受信した信号の周波数が変化していると、受信波の位 相検出の際に、送信側での送信位相と異なるものとして認識されることになる。
ドップラシフトが大きくなく規則的であれば、受信側で、周波数の変動を自動的に補償
してやることで、位相検出に及ぼす悪影響を軽減することができる。しかし、ドップラシ
フトが不規則な場合には、補償は難しい。
2.7 音響データ通信における通信距離、データ伝送速度
次に、どこまで通信できるのか(通信距離)は、どのようにして決まるのかを簡単に考 える。送波器から出た超音波(大きさ Pt)は、距離 L 伝播する間に、TL 減衰し、受波器に 到達する。その時の超音波の大きさは Pr、
Pr = Pt - TL
である。この時に受信点での雑音の大きさが N であったとする。Pr が N より、どの程度大 きければ、受信後にデータを誤りが少なく取り出せるのかは、どのような変調方式を用い るのかで異なってくるが、Pr/N が大きいほど、誤り率は小さくなる。実際問題として、使 用する周囲環境の雑音には減らすことができないものもあるので、それ以外の対策可能な 雑音(船のエンジンやプロペラからの雑音等)の低減を図ることになる。なお送信する超 音波の大きさ(Pt)を大きくするのも有効であるが、その分、送信側での電力消費が多く なる。
一方、どの程度、データを速く伝送できるかというデータ伝送速度は、毎秒当りに伝送 するビット数であるが、これは、使用する周波数帯域と変調方式に関係する。広く周波数 を使用すれば、高速でデータ伝送ができる(いわゆるブロードバンド通信)が、2.2で述 べたように、超音波送受波器の特性(感度・周波数特性)は、通常、使用する周波数の数 分の一であるため、簡単な変調方式では、データ伝送速度は速くできない。このため、様々 な変調方式が導入され、高速化が図られるようになってきた。
以上のように、水中音響によるデータ伝送装置における最大通信距離、データ伝送速度、
データ伝送品質(データ誤り率)等の主要仕様は、実際に使用される環境(ノイズ、多重 反射、フェージング、ドップラシフトなど、安定した通信を行なう上で大きな支障となる ものが存在する)が十分考慮されて決められる必要がある。しかし、カタログ製品の多く は、このような使用環境条件が明示されていないため、仕様に記載された性能が得られな い場合もあり、ユーザに水中音響通信装置の有用性に対する誤解を与える一因となってい る。
2.8 モデム(変復調器)の方式
データや音声信号を超音波周波数に乗せるための変調器と、受信した超音波信号から元 のデータや音声を復元する復調器には、アナログ方式とデジタル方式がある。
2.8.1 アナログ変復調方式
水中音響通信で用いられるアナログ通信は、機器の簡便性及び規格の統一性の観点から
SSB-AM(Single Side Band – Amplitude Modulation:片側波帯振幅変調)方式を用い
ているものがほとんどである。
船舶用水中通話機を例にとって、SSB-AM 通信の原理を図
2.10に示す。送受波器の感 度の良い周波数の信号(搬送波)は、マイクから入力された音声信号により図2.10(a)の ような振幅変調される。それにより、搬送波が除去され、さらに搬送波を中心に上下の周 波数に側波帯が生じる。情報を伝送する場合は、側波帯の片側しか必要がないため、片側
(この場合下側波帯)がバンドパスフィルタにより除去された後、電力増幅器と送波器に より音響信号として海中に送波される。受信側では、搬送波が加えられ、検波された後、
フィルタを通って音声が復調される。
図2.10(a) アナログ振幅変調波形
LPF BPF
平衡変調 搬送波 音声
出力
受信信号 送受波器
復調波 f f
搬送波
f 搬送波
LPF BPF
平衡変調 搬送波 音声
入力
送信信号 増幅器・送受波器
下側波帯 上側波帯 f 変調波 f
搬送波
上側波帯 f 搬送波
復調器 変調器
図2.10(b)
SSB-AM変復調の原理
2.8.2 デジタル変復調方式
データデジタル伝送では、図2.3に示すように、伝送するデジタルデータ系列を変調し、
通信路に送出したものを受信機で受波・復調を行って、元のデータ系列を復元する。受波 した信号は、通信路において様々な外乱により歪みを受けているため、この歪みを補償し て、元のデータ系列を復元できるようにするために様々な変調・復調方式が考案されてい る。
一般に広く使われているデジタルデータの変調方式として、
振幅変調方式: Amplitude Shift Keying(ASK)
周波数変調:Frequency Shift Keying (FSK) 位相変調:Phase Shift Keying (PSK)
直交振幅変調:Quadrature Amplitude Modulation (QAM) が挙げられる。
図2.11 に、ASK、FSK、PSK の各変調方式での変調波形を示す。
図2.11
ASK、FSK、PSKの各変調方式での変調波形
ASK
方式は、送受波器の感度の良い周波数帯域から1つの周波数を選択し、デジタル信 号の‘1’または‘0’に応じて、この周波数の信号を‘ON’、‘OFF’させて伝送する方式である。
FSK
方式は、同じ周波数帯から
2つの周波数を選択し、
‘1’または‘0’に応じて、この二つの周波数を切り替えて伝送する方式である。4 つ以上の周波数に割り当てて使用する場合は、
MFSK (Multiple FSK)と呼ばれる。
PSK は、一つの周波数の信号の位相を、デジタル信号の‘1’または‘0’に応じて変
えて伝送する方式である。
PSKの場合も多値化が可能で、多値数
Mを用いて、
M相
PSKと呼ぶ。2 値及び
4値の場合は、BPSK・QPSK と呼ぶことが多い。M=4 の場合の
QPSKの波形例を図2.12 に示す。
45°
3 (11)
135°
1 (01)
225°
0 (00)
315°
2 (10) 開始角度
割当符号 (2進表現)
図
2.12 QPSKの波形例
また、M=2,4,8 の場合の信号空間ダイヤグラムを図
2. 13に示す。
I (同相成分) Q (直交成分)
3
2 0
1
I (同相成分) Q (直交成分)
3 2
0 1
4
5 6
7 (a) BPSK
I (同相成分) Q (直交成分)
0 1
(b) QPSK
(c) 8-PSK
図2
.13 PSKの信号空間ダイヤグラム
一方、QAM は、デジタル信号を位相・振幅の異なる信号点にマッピングし、受信側で は、その位相と振幅両方を検出して元のデータを復元する方式である。多値数
Mを頭につ けて
M値
QAMという呼び方をする。
16値
QAMの信号空間ダイヤグラムを図
2. 14に示 す。水中では、8 値・16 値
QAMが報告されている。
図
2. 14 16-QAMの信号空間ダイヤグラム
0 1
2 3
4 5
6 7
8 9
10 11
12 13 14
15
I(同相成分)
Q(直交成分)
PSK、QAM
共に、多値化すると共に必要とされる
SN比が増大するが、使用する周波 数帯域は同じで済むので、帯域制限される水中通信路で伝送速度を高速化するために、使 用されることが多い。
また、PSK では、ドップラ効果によるドップラシフトは、位相変化を引き起こす検出エ ラーを発生させることになるため、通常は、復調方式では,PSK および
QAMの位相を用 いた変調方式に対しては,アダプティブフィルタを用いる。これは、送受波器及び通信路 の特性の逆特性をフィルタで形成することによって、元のフラットな特性を得るために使 用される。
2.8.3 スペクトラム拡散通信
現在のデジタル伝送技術の中核をなすのが拡散スペクトラム技術で、少ない電力で高速 かつ遠距離へのデータ伝送が可能となっている。これは、デジタル信号を拡散符号と呼ば れる信号によって元の信号より広い帯域に拡散させた上で送信し、受信側で同じ拡散符号 によって元のデジタル信号を復元する技術で、陸上では、無線
LANの
IEEE 802.11シリ ーズや、近距離無線通信規格の
Bluetooth、CDMA方式の携帯電話などで使用されている。
この方式は、情報を含めて広帯域に拡散するため情報の冗長度を増したことになり、伝 搬中に受けた干渉波や雑音は受信側の逆拡散で除去されるため、周波数利用効率が高い、
耐干渉性と耐雑音性(雑音に強い、マルチパスやフェージングに強い)、秘匿性が高いな ど優れた特徴がある。
図 2.15 スペクトラム拡散方式(SS 方式)の基本原理
この技術は変調の方式により次の3方式に分かれる。
・直接拡散変調(DS
DirectSequence)・周波数ホッピング変調
・チャ-プ変調
最近、このスペクトラム拡散通信技術の特徴が、従来、水中データ伝送で問題となって いた電力効率の問題や妨害干渉対策に有効なことが注目され、周波数ホッピング変調方式 およびチャープ方式が、水中データ伝送でも導入されている。なお、拡散スペクトラム変 調は、図 2.12 に示すように、
BPSK・QPSKなどの従来方式の一次変調に加えて適用され る。
直接拡散方式は、元となる信号に擬似雑音をまぜ、元信号より広い周波数にデジタル信 号を拡散させ、受信側では拡散信号を使い拡散信号を合成する事により元信号を再現する 方式である。
周波数ホッピング方式は、 元信号を非常に短い間隔で別の周波数上を切り替えてゆき時 間的に別々の周波数に拡散させるもので、次々に送信周波数を変更していくため、特定周 波数でノイズが発生した場合も他の周波数で通信したデータによって訂正が可能で、ノイ ズの少ない周波数を選択して送信することもできる。この方式は直接拡散方式より回路が 単純で低消費電力化可能である。
チャ-プ方式は周波数ホッピングと考え方は似ているが、周波数を乱数ルールにより連 続的に変化させている。
2.9 誤り検出と誤り訂正機能
水中通話機のようなアナログ通信では、最終的に情報を受け取るのは、人間であるため、
通話機に誤り検出や誤り訂正機能は不要である。一方、デジタルデータ通信では、受信し たデータの誤りが許されない用途がある。例えば、受信データで何らかの機器を制御した りする場合がそうである。このような高信頼度が要求されるデータ伝送では、誤り検出や 誤り訂正機能が不可欠である。この場合、送るべきデータビットに、余分なビット(誤り 検出や誤り訂正を行なうために必要となる)を付加して送ることになるため、実データの 伝送効率は悪くなる。
デジタル通信路の品質はビット誤り率(BER)で表される。例えば、BER=10
-3とは、
1000
ビットのデータを受信した時に、誤りとなったビット数が1つという意味である。
誤りには、ランダム誤り(伝送ビット列中で、ばらばらに不規則に発生する誤り)と、
バースト誤り(伝送ビット列中の一部に集中して連続的に発生する誤り)があり、それぞ
れに対応できる誤り検出方式が考案されている。良く知られているのがパリティチェック
や
CRC(Cyclic Redundancy Check)符号で、パリティチェックはランダム誤りに効果的で、CRC はバースト誤りに効力がある。
双方向でのデータ伝送が出来る場合、確実なデータ伝送を実現するため、受信データに 誤りが無ければ
ACK(肯定応答)を送信側に送り返し、次のデータの受信に移る。誤りが ある場合は、
NAK(否定応答)を返し、そのデータの再送を要求するという再送要求(ARQ:
Automatic Repeat Request)方式が採用される。但し、この方式は、データ更新の効率は
良くない。
一方、一方向のデータ伝送しか出来ない場合や、伝送遅延を少なくするためには、誤り 訂正符号を付加した信号を送信することにより、受信側で誤りの訂正を行なう誤り訂正
(FEC: Forward Error Correction)方式が採用される。受信側で、誤り訂正符号を利用 してデータ列の中の誤りが発生した場所を特定し誤りを修正し正しいデータに復旧させる。
誤り訂正符号としては、
2つ以上のランダム誤りに対する誤り訂正可能な
BCH符号や、
バースト誤りに対する誤り訂正可能なリードソロモン(RS)符号等、多くの符号が考案さ
れ、使用されている。ただし、あらゆる種類・長さの誤りに対応できる符号は無い。
3.水中音響通信技術の現状
水中音響通信技術を製品化したものとしては、(1)アナログ変調方式の水中通話装置、
(2)バイオテレメトリー用の片方向データ伝送装置、(3)デジタルデータ通信方式の双方向 のデータ伝送装置がある。本章では、国内外で、製品として販売されているもの、および 特注品ではあるが実際に使用されている機器を中心に調査した結果を整理した。また、そ れらの機器が使用されている例についても整理した。
3.1 アナログ変調方式の水中通話装置
水中通話機は、水中での音声信号の伝送に音波を利用した無線送受信システムである。
水中の潜水船或いはダイバーと、船上との連絡手段として使用される。
水中通話機の開発は、1970 年代初頭に潜水艦の通信の確保のために、米海軍が UQC や UWC と呼ばれる装置を開発したことに始まる。開発された水中通話機は、やがて製品化され,
民間の潜水調査船用として一般にも販売されるようになった。その後、水中通話機は、潜 水調査船の作業者間の作業指示や緊急時の連絡のためには、不可欠なものとなり、潜水調 査船の運航規則でも必ず装備しなければならない装置に定められた。
一方、スキューバ潜水の普及に伴い、レジャーダイビングや潜水業務の事故防止のため に、簡便な水中通話機の開発が望まれてきたが,近年,安価な市販品を入手することが容 易になった。水中通話機は、トランシーバと同様の単信方式である。変復調方式について は2.6で述べたように
SSB-AM方式を用いるものがほとんどであるが、デジタル方式の ものも研究されている。
音声増幅 変調 通話
呼出
送受信器
送受波器 送話器
呼出ボタン
受話器
送信増幅
呼出発信
音声増幅 復調 受信増幅
送話器
呼出ボタン
受話器 送
受 信 機 送受波器
図3.1 水中通話機の構成
(1)3.1.1 潜水調査船用水中通話機
有人の潜水調査船と母船との間の通信に使用されている水中通話機は、潜水船の運航に は不可欠な装置である。潜水調査船(軍事用の潜水艦も含む)では、遭難時に救難を相互 に行うことが国際的に取り決められており,搬送波周波数
8.08751kHz,変調方式SSB-AM(上側波帯) ,伝送帯域
2.5kHzという仕様で統一されている。
(独)海洋研究開発機構(JAMSTEC)の「しんかい
6500」システムでは、大深度,広範囲のサービスエリアをカバーする必要があるため、母船側の通話器のビーム(送受波指 向性)を鋭くし、ビームを切り替えて潜水船に向けることにより,音響出力を増加させ,
潜水船側での
S/Nの向上を図っている(図3.2)。この装置の仕様を表3.1 に示す。
母船
潜水船
図3.2 潜水船用水中通話機の通信範囲
(1)表3.1 「しんかい
6500」用水中通話機の仕様(1) 項 目 仕 様種 別 母船側 潜水調査船側
搬送波周波数
8.0875kHz±5Hz 8.0875kHz±5Hz
変調方式
SSB-AM
(上側波帯)
SSB-AM
(上側波帯)
伝送帯域 2.55kHz 2.55kHz
潜水船 母船
90。
2,000m
4,000m6,500m
φ4,000m
「しんかい2000」システムの 通信指定範囲
「しんかい6500」システムの 通信指定範囲
送受波器指向角 32°±5°x 9本 ±45°
送波レベル 208dB (re 1µPa at 1m)以上 208dB (re 1µPa at 1m)以上
潜水調査船用の水中通話機の運用に際しては、様々な場所からの反射や残響が残るため、
聞き取りにくくなる場合が多く、海底と海面間での反射の影響で更に長い(数秒間にわた る)残響時間が生じる。そのため、通話は簡潔に行い、更に相手の信号が受信された後、残 響が消えるまで、十分な受信時間を空ける必要があり、円滑な通信のためには、多少の熟 練が必要である。
3.1.2 ダイバー用水中通話機
1980
年代から、スキューバ潜水の普及が急速に進んだことに伴い、事故防止の観点から 小型簡便な水中通話機の開発がなされてきた。表3.1に、市販されている製品例を示す。
その装置の中から例として、米国
OTS社の
AQUACOMの外観を図3.3に示す。通信範 囲は静穏海域で
3km、シーステート6で
200m(共に公称値)となっている。ダイバーが携帯する装置は、小型軽量なバッテリ駆動のものであり、通常、ウェイトを取り付けるベル ト或いは肩に装着される。支援船に搭載される装置の送信電力はダイバー側よりも大きい ため、通信範囲の違いからダイバー側では傍受可能でも船上では不可能な場合もある。ま た、地形によって音響的な陰になり、通信が途絶する場合もあるので、ダイバーの行動範 囲には十分な配慮が必要である。また、潜水調査船用の水中通話機と同様に、通話に際し ては、簡潔な言葉ではっきりとしかもゆっくり繰り返し行うことが肝要である。
図3.3 Aquacom® SSB-2010(OTS 社)
(出典:http://www.oceantechnologysystems.com/ssb_2010.shtml)
3.2 バイオテレメトリー用の片方向データ伝送装置
バイオテレメトリーは、魚類や海産哺乳類等の水中生物の生態調査のために装着する小 型装置である。最も簡単なものは、識別パルス音(一定の周波数のバースト音)のみを発 信する超音波発信器(ピンガ)である。水中生物にピンガを取り付け、小型船の舷側に設 置した指向性のある受波器で受信音波(識別パルス音)の最大感度を求めながら、方向を 定めて追跡し、魚類の行動軌跡を推定することで、平均的な移動経路を把握することがで きる。この装置に水圧センサ、水温センサ、心拍センサ等を追加して、それらの信号の大 きさを識別パルス音の間隔に変換して(パルス間隔変調方式)、水中生物の心拍や遊泳し ている深度や水温を伝送するデータ伝送装置も開発されている。
ここでは、VEMCO 社(www.vemco.com)の超小型装置について調査した。
VEMCO
社は、様々な種類のピンガを製品化しているが、その中で最も小型の V7 と最も
大型の V32 について、図3.4(a)(b)に示す。
図3.4(a)
V7型の小型ピンガ
(周波数は 69kHz,バッテリ寿命は発信頻度に依存し 14 日~75 日)
図3.4(b)
V32型の小型ピンガ
(周波数は 28.5,30.0,31.5,33.0kHz の中の一つ)
3.3 デジタルデータ通信方式の双方向のデータ伝送装置
本調査研究では、国内外で実際に販売されている製品や実用されている機器について、
国内2社、国外5社の技術・製品を調査・整理した。なお、国内については特注品が多く、
カタログ製品化されたものはないので、公表された論文および本調査研究委員が入手した 資料をもとに、仕様を調査した。
国外について、米国の
LinkQuest社,
Benthos社、英国の
Sonardyne社、フランスの
ORCA社、ドイツの
Evo Logics社の製品について調査した結果を、表3.3、表3.4に 示す。なお、国外においても特注品はあるが、仕様の入手が困難であるため調査対象から 除いてある。一方、我が国においては、特注品がほとんどであるが、資料を入手した
JAMSTECおよび(株)KDDI 研究所の装置の仕様を表3.5に示す
(5)(6)。
表3.2 ダイバー用水中通話機の製品
Divelink Underwater Communications
ORCATRON Communications
Ltd. 富士工業(株)
Aquacom® SSB-2010 Aquacom SSB-1001B COM-UC01 Scubaphone Model 2000D MODEL 102 最大通信距離 1,000 m以上(静粛時).
100m(Sea State 6)
1,500 m以上(静粛時).
150m(Sea State 6) 300m 1000m 500m
最大使用深度 60m 100m 40m
変調方式 SSB SSB SSB SSB SSB
使用周波数: 31 to 33 kHz. 25 to 31 kHz. 31.250kHz 28.5kHz 32.768kHz
音声帯域 300-4,000 Hz 400-5000Hz 音声、ビープ音
通話チャンネル 4 8
送信電力 3 W 10W 1W 1W
使用電源 単三アルカリ電池8個/ニッ カド電池パック
単三アルカリ電池8個/ニッ
ケル水素電池パック 充電式ニッカド電池 充電式ニッカド電池 9Vアルカリ電池(6LR61)1個 電池寿命
送信率10%で連続12 H
(アルカリ電池)/連続6H
(ニッカド電池)
送信率10%で連続12 H
(アルカリ電池)/連続13H
(ニッケル水素電池)
送信率 20%で連続4H以上 送信率 15%で連続14H以上 送信率10%で連続8H
寸法 193H×90W×46D mm193H×90W×46D mm 45H×67W×80D mm
水中重量 750g 約530g(電池含まず)
URL http://www.oceantechnologysystems.com/index.shtml http://www.divelink.net/ http://www.orcatron.com/sp1.html http://www.fuji-us.co.jp/sea/
Ocean Technology Systems(OTS)
表3.3 外国の水中データ伝送装置(製品-1)
LinkQuest Inc. UWM2000 UWM3000 UWM4000 UWM10000 ATM-885 ATM-887 音響データ伝送速度
(bps)
17,800 17,800 5,000 8,500 5,500
使用周波数:(帯域) 26.77~ 44.62 kHz
(17.85kHz)
26.77~44.62 kHz(17.85kHz)
7.5~12.5 kHz
(5.0kHz)
12.75~21.25 kHz
(8.5kHz)
8.25~13.75 kHz
(5.5kHz) 変調方式
最大通信距離(m)
350 m 1,500 m (狭ビー ム),1,200 m (無指 向性)
3,000 m or 5,000 m (ハイパワータイ プ)
4,000 m 10,000 m
記載無し 記載無し
狭ビーム:200 m (洋上ユニッ ト),1000 m (海底 ユニット) 無指向: 2000 m 誤り訂正方式
伝送誤り率
1 W (広ビーム, 狭 ビーム)
1 or 4 W (狭ビー ム)
2 W (無指向) 2 or 8 W (無指向)
消費電力(受波時) 0.75 W 0.8 W 1 W 1 W 1 W
送受波器指向性
120° (広ビーム) 210° (無指向), 70° (狭ビーム)
60° (狭ビーム), 210° (無指向)
210° (無指向) 70° 70°
使用環境温度
全長 235.7 mm 249.7 mm 236 mm 286 mm 580 mm 775 mm 851 mm
直径: 87.2~126.2 mm 87.2~126.2 mm 126 mm 144 mm 150 mm 89 mm 127 mm
空中重量 4.2 kg 4.8 kg 4.1 kg 7.6 kg 21 kg 10.9 kg 16.3 kg
水中重量 2.3 kg 2.6 kg 1.9 kg 4.1 kg 5.0 kg 7.7 kg
URL www.link-quest.com www.benthos.com/
3,000m or 6,000 m 周波数ホッピングスペクトラム拡散方式(FH-SS)
28W 10-9 以下
LinkQuest Inc.
-2 to 45 °C 消費電力(送波時)
3 ~ 12 W 7 W 50 W
最大使用水深
200 m 2,000m or 6,000 7,000 m
m
0.35W 無指向性 BENTHOS
2,000m 6,000m
10-7 以下 MFSK 100~2,400 9-14kHz, or 16-21kHz, or 25- 30kHz (5kHz)
表3.4 外国の水中データ伝送装置(製品-2)
Sonardyne
MATS12 MATS53 TIVA2000 TIVA6000 Type 8057 S2C M1 Modem S2C 280 音響データ伝送速度
(bps) 20~2,400 20~4,800 19,200 9,600 1,200 33,333 20,000
使用周波数:(帯域) 10~14kHz
(4kHz)
50~58kHz
(8kHz) 53kHz(10kHz) 26kHz(5kHz) 14~19kHz (5kHz) 48~78kHz (30kHz)
40~80kHz
(40kHz)
変調方式 スペクトラム拡散
最大通信距離(m) 記載無し 記載無し 記載無し 記載無し 記載無し 2000m 2000m
誤り訂正方式 伝送誤り率
消費電力(受波時) 3.5W 2.5W
送受波器指向性 ±90°(浅海用)
±30°(深海用)
使用環境温度
全長 400mm 420mm
直径: 130mm 170mm
空中重量 70kg 7.3kg 27kg
水中重量 8 kg 50kg 3.2kg 12kg
URL www.sonardyne.co.uk
消費電力(送波時)
最大使用水深
ビタビ復号
16 kg
ORCA Instrumentation
PSK2 or PSK4
2000m 6000m チャープ周波数ホッピングPSK2/PS
2,000m or 6,000m
無指向性タイプ or 有指向性タイプ
Evo Logics
www.orca-inst.com/
3000m
10-7 以下
100m 6000m
700 mm 140 mm
Sweep-Spread Carrier communication Method
www.evologics.de
±30°