資本金の果たす役割と最低資本金の撤廃について (文責: 土橋正) 始めに 資本金が100億円の会社Aと資本金1億円の会社Bがあったときに、A と取引をする方が安全だと思う人が多い。もちろん、資本金が多ければそれ に見合う財産があるという前提をとるのであればその見方も妥当するが、資 本金に果してそのような機能があるのであろうか。大型倒産の場合には負債 総額数百億円というようなこともあり、資本金を大きく上回る負債が生ずる ケースもある。以下では、資本金の果たす役割と最低資本金制度の撤廃につ いて解説する。なお、本学の法学部・法学研究科では中国の諸大学・大学院 と積極的な交流を図っているが、中国でも最近なされた最低資本金の撤廃に 関して賛否の議論が活発となっている。 1.資本金制度の変遷 会社(以下では「会社」とは株式会社をいう。)の資本金については、 明治32年商法120条が興味深い規定であり、定款で資本の総額を定め た上で、これを1株の額面金額(この当時は額面株式しかなかった。)で 除して発行株式数が算出されることとしていた。「資本ノ總額」と「一株 ノ金額」は定款の絶対的記載事項であり、「一株ノ金額」×「発行株式 数」=「資本金額」という関係にあった。 その後、昭和25年の商法改正により授権資本制がとられることとな り、資本金額は定款の絶対的記載事項からはずされ、株式の発行予定総数 が絶対的記載事項になった(166条)。そして、この改正においては、 従来の額面株式に加えて無額面株式が導入されることとなったが、これに より、資本金の計算は、この二つによって異なることとなった。すなわ ち、額面株式の場合には額面金額の総額が資本金とされたが、無額面株式 についてはそもそも額面金額がないので「発行価額の総額」(厳密に言え ば、現物出資もあるので「払込と給付の総額」ということになるが、以下 では発行価額の総額という。)が資本金とされた。しかし、額面株式には 超過発行がされることがあり、例えば額面5万円の株式を7万円で発行す
れば2万円の超過が生じ、その2万円は払込剰余金=資本剰余金とされた が、これとの均衡上(無額面株式の利用にインセンティブを与えるために ということでもある)、無額面株式についても会社設立時ならば発行価額 の25%以下を資本金としないことも認められることとなった。 いずれにしても、資本金額を先に決めた上で一株の額面金額によって発 行する株式数を決めるという従来の方式は、無額面株式の導入によりとら れる余地はなくなった。 なお、額面株式については、従来から額面株式が資本金とされ、額面を 超過して発行された場合にはその超過部分は資本準備金とされていたが、 その結果、極端に言えば、額面5万円の株式が20万円で発行された場合 に、資本金は5万円、資本準備金は15万円となるので、資本金と資本準 備金の比率が後者の方が多いという事態が生ずるようになった。これに対 して、無額面株式を20万円で発行した場合には最大でも25%(5万 円)しか資本準備金にすることができないので、資本金は15万円、資本 準備金は5万円ということになり、額面株式と無額面株式の間でアンバラ ンスが生ずるようになった。そこで、昭和56年の商法改正では、額面株 式についても無額面株式と同じように、発行価額の総額を資本金とした上 で、無額面株式でも額面株式でもその発行価額の50%を超えない額を資 本準備金とすることができるものとした(但し、額面株式については額面 相当額を資本に組み入れるものとされ、無額面株式については最低5万円 は資本に組み入れるものとされていた。284条ノ2第1項・第2項)。 その後、平成13年商法改正により額面株式が廃止されたため「額面」 という概念がなくなり、額面が資本金額の決定に意味をもつという制度そ のものも廃止された。 このように、資本金については実際の株式の発行 価額の総額をベースに決定することになったが、この考え方は平成18年 会社法でも踏襲されている。すなわち同法445条1項は「株式会社の資 本金の額は、この法律に別段の定めがある場合を除き、設立又は株式の発 行に際して株主となる者が当該株式会社に対して払込み又は給付をした財 産の額とする。」としている。そして、同条第2項において、払込み又は 給付に係る額の50%以下を資本金として計上しないことができるものと
し(同条2項)、資本に計上しない分については資本準備金として計上し なければならないものとしている。 2.資本金の果たす役割 資本金には、は配当規制としての機能がある。すなわち、会社法はまず、 「剰余金」の概念を設ける。これは、基本的には、(①資産の額+②自己株 式の帳簿価額の合計額)から、(③負債の額+④資本金と準備金の額の合計 額+⑤その他省令で定められる額)を差し引くものである(446条1項1 号)。これを簡略すれば、資産額-負債額-資本金・準備金額ということに なり、純資産から資本金・準備金を差し引いたものが剰余金とされている。 そして、この基本構造に、⑥自己株式を処分した場合の増加(同2号)、⑦ 資本減少の場合の増加(同3号)、⑧準備金減少の場合の増加(同4号)を 加算し、⑨自己株式消却の場合(同5号)、⑩剰余金の配当をした場合(同 6号)、⑪省令で定められる額を減算して剰余金を算出することになる。 会社はこの剰余金を配当することができるが(454条)、その他に剰 余金の額を減少して資本金の額を増加したり(450条)、準備金の額を 増加したり(451条)、損失の処理・任意積立金の積立てにあてる(4 52条)こともできる。 このように、会社は剰余金を配当することができるが、その配当額は「分 配可能額」を超えてはならないものとされており(461条1項)、分配可 能額は、臨時計算書関係を除けば、「①剰余金(同2項1号)-②自己株式 の帳簿価額(同2項3号)-最終事業年度の末日後に自己株式を処分した場 合における処分の対価(同2項4号)-省令で定められる金額(同2項6 号)」として計算される。自己株式の処分がない場合には、「剰余金-省令 で定められる金額」ということになる。 資本金は剰余金の算出及びそれを前提とした分配可能額の算出に影響す るものであり、配当を規制する機能を有している。例えば、資産100億 円、負債200億円、資本金100億円(純資産の部に計上される)とし た場合には、この会社は200億円の欠損を生じており、会社は配当をす ることができない。この会社が配当することができるのは、資産が300 億円を超えた場合であり、例えば純資産が320億円の場合には、剰余金
が20億円生ずるので、これを元に算出される分配可能額の範囲内で配当 をすることができる。 資本金は会社の元手であって、資本金が100億円ということは、10 0億円に見合う財産が本来あるはずである。しかし、200億円の欠損が あるような状態であれば本来あるはずの財産はないということになるが、 このようなことは大いにあり得るものであって、資本金100億円の会社 が 負 債 総 額 2 0 0 0 億 円 で 破 産 と い う こ と も 現 実 に あ る ( 大 型 倒 産 の 例)。そうであれば、資本金には「会社の資産を負債と共に拘束する」と いう機能すなわち元手分が確保されなければ配当できないという機能しか ないことになる。従って、債権者保護という観点からは、欠損状態である のに配当がされて会社財産が社外に流出することを防止するという消極的 な役割しかないことになる。 そして、仮に資本金に見合う財産を確保して債権者保護を図ろうとする ならば、欠損状態になった場合には増資などをしてその欠損を解消して資 本金に見合う財産を確保するよう強制するしかないが、これは現実的では ない。 3.最低資本金制度 1990年(平成2年)商法改正においては、最低資本金制度が導入さ れ、株式会社については1000万円が最低資本金額として定められた。 しかし、このような最低資本金制度は、2006年(平成18年)で廃止 された。その際の議論としては、最低資本金制度の果たす機能についての 議論があった。すなわち、改正にあたっての法制審議会では、①設立時の 出資額の下限額に関する規制、②利益配当等を行う場合における純資産額 規制、③資本の額として表示し得る額の下限規制という観点からの最低資 本金の意義の検討がなされた。②は既に上記で説明しているが、①につい ては濫設の懸念、法人格の濫用の懸念によるものであり、③については純 資産額が資本の 額に満たない場合には会社を解散させたり増資を義務付けることを意味す る。そして、②については上記のように会社法で配当規制として定めること
とし、①についても法人格の濫用規制や他の制度による会社債権者保護を図 るべきとされ、また③についてはそのような規制は不合理であるとされた。 そして、資本金は配当規制について意味を有するが、他方において資本 減少手続などにより剰余金を増加すれば配当は可能となるため、設立時に おいて最低資本金を要求してもあまり意味はないことになる。そこで、最 低資本金制度を廃止して、資本金の最低額を定めないこととしたのであ る。 上記のように、最低資本金制度を撤廃する際の議論として会社の濫設の 懸念が示された。しかし、資本金の最低額を1000万円としていたとき でも「見せ金」によって会社を設立することは可能であった。「見せ金」 とは会社設立にあたって必要な金銭を借り入れて、実質的には会社の利益 から返済するというものであり(形式的に借り入れるのは発起人であり、 発起人はその後経営者として会社から報酬や配当を受けてこれを返済する ことになるが。)、借入れができるのであれば設立は容易であって、最低 資本金制度を設けても濫設の恐れが解消される訳ではない。むしろ、優秀 な技術がありながら財産がなく借入れもできない者にとっては、創業の足 かせになるという悪影響がある。 しかし、会社の濫設や法人格の濫用については、最低資本金の撤廃によ り会社債権者の保護が欠ける事態は避けなければならない。そのために は、まず法人格否認の法理も考えられる。しかし、日本ではこの法理は明 文化されておらず、一時は判例において用いられたこともあったが、現在 の判例の主流は個々の規定を類推適用したり拡張解釈することにより同じ 結論を導く傾向にある。また、会社の濫設や法人格の濫用があった場合に は、役員等の第三者に対する責任(429条1項)により会社債権者を保 護することも必要であるが、同条は取締役や監査役などの責任を定めるも のであり、会社を濫設して法人格を濫用する者が取締役等の役員になら ず、背後で実質的経営者として経営を行っているときには、民法の不法行 為による損害賠償責任(民法709条)で対応するしかない。この点で、 会社法は十分に対応していないので、何らかの立法も必要になろう。 これらのことは、会社が破綻した場合のいわば事後的に会社債権者を救
済する手段である。しかし、会社債権者が会社と取引を行う前に、予防的 に自己を防衛することも必要である。大会社(資本金5億円以上又は負債 総額200億円以上の会社。2条6号)には公認会計士又は監査法人であ る会計監査人がおかれており(328条1項・2項)、その監査結果はあ る程度信頼ができるものであるが、大会社以外の会社では計算書類の信頼 性には疑問もある。もちろん、虚偽の計算書類が作成された場合には、取 締役や監査役(置かれている場合)に対する損害賠償請求も可能であるが (429条2項)、これは事後的な救済手段でしかなく、大会社以外につ いても計算書類の信頼性を高める方策が求められよう。 (以上。2014年2月1日付)