信は野画呂冨の訳語であるが、信という時、我均は信心・信仰というような言葉を想起するのが常であるが、法 華経について信を考える時、想起する言葉は一念信解であろう。 しかし、一念信解は①厨。罫39画&汽菅雷且寓目屋丙蒔昌冨農註ワ冨野且農習画風の訳文であるから、信解に あてはまるものは、農冨目匡置と呂匡降画&厨の二つの言葉であることがわかる。このうち“g泳国呂蔚は い肖画呂冨と同じで信と訳されるものであるが、且冨日︵房匿は解と訳されるものであり、信解と訳されるものでもあ る。この二つの言葉を使った文章をもって、羅什が一念信解と訳したのであるがその後、一念信解が一つの熟語にな っているのに、梵文ではそのような熟語的ではなかったことを示しているであろう。 法華経の説示では、如来寿量の教えを聞いて一念信解をする時に、その人が得る功徳は、五波羅蜜を多年に亘って ① 修行する功徳の百千万億倍する無量のものであるとなされているが、これについて、天台智頭は、一念信解という
信に関する一考察
l方便品におけるI
1望月海淑
(49)説明を加えている。 しかし、このように法華経をとらえたとしても、野呂&敵と且冨目︹烏建とを全同のように考え得るものであるか どうか、信が如来寿量の説示において初めて生きて来るものなのかどうか、という細かな疑いの残るところではある。 そこで、信がどのような場面において使用されたものであったか、という基礎的な問題をとりあげようとしたのが本 稿である。 は、所聞の処に随って諮爾として開明し、語に随って入りて里礦すること有ること無く、一切法は皆是れ仏法なりと ② 信ずるなりとなし、疑い無きを信といい、明了なるを解という、是れを一念信解の心となすなりと、解釈している。 疑いなきが信で、明了なるが解であるというも、その心は、一切法は皆是れ仏法なり、と信ずることにあると思わ 何故なら、如来寿量が説かれるために、仏乗の開顕、多宝如来の証明と二仏並座、上行菩薩の出現等だ、法華経は 実に綿密な展開をしたのであり、それらが混然一体となって如来寿量を説示し、久遠の本仏を開顕したのであった。 そして、本仏の中に生かされている我々としては、本仏の実在を信ずる道以外に方法は残されていないと思われるかそして、圭 らである。 れる。 方便品は釈尊と舎利弗との間の三止三請の後、釈尊が教えを説こうという心を動かされた時、五千人の増上慢の人 々が法座より立ち上って去って行ったことを記している。有名な五千起去であるが、この人々について、次のような 2 (”)
③ 比輩罪根深重、及増上慢、未し得謂レ得、未し証謂レ証、有二如レ此失一。 この文の未得謂得未証謂証は、より優れたもの・仏乗或はそれに近いものをすでに得た、すでに証ったと考えるこ とであり、それは罪根深重なるが故にそうなってしまった、というのであるが、梵文でも同じようである。 ④ 冒昏管己角目号冨自習欝屋綴置目昌g管Hg扇冒ざ冨閏目言旨◎・ロ且匡隠蔚箆冨隠冨3日言邑農一 ︵増上慢の不幸な根の彼等は得ていないものを得たと思い。達成しないものを達成したと思っていたからである。︶ そして、この五千人のことを、自惚れの心を起したものだとし、自惚れの心があるから自尊心を傷つけられたと思 ったのだ、との説明をも加えている。この出来ごとの後の残った人々に対する釈尊の言葉は ⑤ 我今此衆、無二復枝葉一、純有二貞実一、舎利弗、如是増上慢人、退亦佳 であるが、梵文になると更に厳しい言葉がのべられている。
ロ哲巴響四目①織暑貝国冨刷且“冒隠冒冒四億号恥国目冨鼠尉胃画爵旨菌一鼠号巨獣号自国笄の綴目
⑥ 豐冨自習涛曽四目四s・冨丙3日g四目一 ︵舎利弗ょ、私の会集には不用な者、無益な者は去っていった。すべて信の心において定住していた。舎利弗よこ れら増上慢に属する者が出て行ったことはよいことだ。︶ 尚、この五千人に対する正法華経は、至懐甚慢であり、未し得想レ得未レ成謂レ成とし、衆会群易有穎去者、雛広大誼 ⑦ 声味所拘、又舎利弗、斯其慢者退亦佳突。となっている。 ここで出て来る画g目画凰冨ゞ“g冒習“は号冨︲ぐ日目からつくられた言葉であり、自分自身のことのみを考え るという意味あいをもっている。自惚れと訳されるのはそのためであり、自惚れの心は慢心につながって行くので、 (5I)増上慢と漢訳されることにもなる。 五千人の比丘たちが、退座したのはよいことだという時、それは慢心をもっていたがためであったといえよう。慢 ③ 心は自己中心のものの見方をするためであるが、この場面で、釈尊によって最も拒否されたものは慢心であった。そ こで、野働呂冨協3頁胃厘冨冨という信とは、慢心に対する立場におかれているといえよう。したがって、それ は自己の考えをかなぐり捨てた素直なものでなければならない。 説し之、として⋮⋮ ⑨ 間二仏所説一則能敬信 と、舎利弗が釈尊に説示を懇請している。これに対する梵文は、 匡勧笛薗昌ぴ彦畠男ぎず園笛薗ョ2隠冨①冨目①乱再冨目一・⋮・・鼠凰匡圃隠菌8ず富樫gョ ⑩ 口盆ロ日感冒遇自ご邑胃四匡遇自陣一一 ︵世尊よ、説いて下さい。善迦ょ、このような意義を説いて下さい。⋮⋮世尊が説いたものを信じ、 ︵世尊よ、説いて下寺 するでありましょう。 であり、妙法華経が敬晶 妙法華経が敬心 この辺のことを、更に明白にするためには、方便品をもう一度、仔細に読んで承ることが肝要であろう。 J 五千起去のおこるすぐ前、そこには釈尊と舎利弗の間の三止三請が行なわれているが、そこでは唯願説し之、唯願” く と訳したものが、 曹 3 到達し、会得 小吋画QQ冨幽の望四1
と訳しているのも、そのためであろうと思われる。ちなみに上記の長行に対する偶では ⑫ 妙⋮.:是会無量衆有一能敬信者一 ⑬ 梵⋮⋮野呂号響胃尉閏昌響普鴇蔚闇恩胃閏幽蔵凶畠自陣篇目日日“日屋尉耳薗ョ訂 ︵彼等は善逝を浄心に敬心に信じ、ダルマの説示を理解するであろう。︶ ⑭ 正・⋮・・恭粛安住欽信慧誼斯之等類必皆欣楽 となっており、妙法華経の敬信にあたるものが、梵文と正法華経ではもっと詳細に説示していることがわかる。この ように妙法華経が意訳をなしていることは、舎利弗の懇請に対する釈尊の、止めよ、と止める言葉の偶文に明白であ る。 諸増上慢者 に対する梵文と正法華はそれぞれ、 ⑮ 呂冨目自画胃g威す農口の目建目圃ロ胃昌、窟Q壷間目儲目一丙望月皇目鼻罠 ︵増上慢を生じた沢山な愚か者がおり、説かれたダルマを無知者は捨てる︶ ⑯
仮使吾説易得之誼愚擬闇塞至懐慢恋
であって、妙法華経の不敬信にあたる直接の言葉は見あたらない。 しかし、二度目の懇請についての長行の偶文は次のようである。 く︲野呂胃画雰く︲一ゞ且く︲腎農の三つの意をもっていたことが示されている。正法華経は ⑪ 悉当一信楽、受持奉行一 ⑫ 聞必不二敬信一 (”)すなわち、長行の部分における妙法華経と梵文の表現は、第一度目の懇請の場面と同じであるが、正法華経は信の 一宇で表現して簡潔になっており、偶文になると、梵文も信にあたる欝且号画の一字によって簡潔に表現されてい る。恐らく信じ、到達し、会得すると云ったところで、それは信の一事を詳細しようとしたにすぎなかったからでは なかろうか。もしもこれが認容されるとするならば、そこでは常に信の一宇をもって基調とした羅什の達意の見事さ に、再び敬意を払わなければならないことを確認することになる。 ⑫ 妙︵長︶⋮如レ是人等必能敬信 ⑮ 丙関口︵長︶⋮団員丘彦画隠ぐ胃◎ず唇瀞詳画ヨ降且Q毎脚豊四国唾ロ国璽曽遇四国辱巨○ぬ国匡選四目感 ⑯ 正︵長︶⋮聞者則信 妙︵偶︶⋮能敬一信此
冨目︵偶︶⋮胃少
⑯ 正︵偶︶⋮悉当信楽 そして、五千人の起去が終った時、釈尊は残った人々にむかって次のように語っている。 ⑬ 妙⋮舎利弗。汝等当し信仏之所説言不一虚妄一。 梵⋮降画目且冨薗目・曾号昌目ず言圃目幽号四宮9画の目冒昏倒目凶島農画目儲目昌自画昌呉冨昌画身 ⑲ ● 口唇画H昌凹⑩片口﹄ ⑫ ⋮能敬一信此法一 ⑰ ︵偶︶⋮胃降凹民且冨亀目建蔚目胃自画国風曾圃目 4 (54)正⋮諸比丘為二羅漢一者、無し所二志求一諸漏已尽、聞二斯経典一而不二信楽一 信じないということは、あり得ないというのは、信ずるという道しかないことを明白にもの語っているであろう。 それ故、方便品の長行の末では、釈尊は更に、信ずることを強く念を押しておられる。 ⑳ 正⋮爾等当し信二如来誠諦所説深経一。誼甚微妙言轍無し虚。 ここでは、仏は虚妄を説くものではないので、仏のいうことをただ信ぜよ、と信の一宇をもって、大衆にむかって 念を押されている。真実を語り、ありのままに語り、変らざるものを語るとは、諸法実相の根本理念のままを語ると いうことに外ならない。諸法実相のままを語るものであるならば、大衆としてはその釈尊の言葉を、ありのままに信 ずるということだけが、真実なるものへの直参の道であるといえよう。その証拠に、釈尊はこのような念を押された 上で、一仏乗を開顕せられた。一仏乗の世界においては、素直に信ずる道だけが生きる道であるからである。 それ故、釈尊は舎利弗にむかって次のように語っている。 、 妙⋮若有三比丘実得二阿羅漢一、若不レ信二此法一、無し有二是処一。 梵⋮“騨闘目目①厨。呂副ご昌風目畠圃8雪嵐ずぱ房切目貝冒ご爾冒留日ぐ農の画卦日属丙冨ご言59昏碕“厨 ]日閏ロ・彦閂日画ヨ野巨尊陣ご色野呂Q昌彦望騨 ︵舎利弗ょ、煩悩を尽した阿羅漢の比丘らが、如来の面前でこのダルマを聞いて信じないということは不要で ︵舎利弗よ、私圭 語るものである︶ 私を あり、あり得ない。︶ 信ぜよ。私は真実を語るものであり、私はありのままに語るものであり、私は変らざるものを (”)
⑳ 汝等当四一心信二解受三持仏語一、 詳しくは仏語を信解し受持することが大切である、というのであるが、この妙法華経に対して、梵文法華経には、 ⑳ 旨口の普冒&冒号日日朋巨降鼠忌昌愚号ぐ画日日①の野君昌圖冨蔓冒威ぐ四百壱葛画冨 ︵この仏陀のダルマを信ぜよ。舎利弗よ、私を信ぜよ、信頼せよ︶ とのべられている。注意すべきことは、妙法華経が一心信解とのべた件を、梵文では、信ぜよ、信ぜよ、信頼せよ とくり返しのべていることである。正確にはこのくり返しの言葉は三種のちがった言葉で語りかけられているのでは あるが、それにしても、釈尊が自分の言葉は同時に諸仏の言葉であり、真実の言葉であるから、先づもって信ずるこ とが肝要であると、大変なまでの心をここに集中していることを知ることが出来る。そしてここだけ尚、正法華経の 文は ︽ 当雲一篤信二如来言一 ⑮ ようである。 ⑳ 妙⋮優婆塞我慢優婆夷不信 ⑳ 梵⋮呂留涛獣8鼠乱目ロ豊削冒胃響口昌8口目農豐 ︵信なき優婆夷は五千人より少なくなかった︶ であり、篤信と訳されている。梵文において信ぜよとくり返すそのあり方に意をもちいた故が、妙法華経をして一 心信解と訳させ、ここでは信解の訳語を用いさせ、正法華経をして篤信と訳させたのであろうと思われる。 方便品の最後の偶においても、幾つかの信に関する説示を見出すことが出来る。便宜上、それらを例記すると次の (56)
これは五千起去の人公が増上慢で信仰の念のなかったことを語る件であるが、四l野画&爵は信の正反対であるか ら、増上慢という自惚れの心は信と相反するものであることを示しているとも思われる。 ⑳ 妙⋮少智楽二小法一不毒一自信二作仏一 ⑳ 梵⋮医冒麗冨日烏薗冨閏置目自己胃画ずぽ曽誘冨農卿ず巨邑冨口画野呂目鼻2号 ︵実に劣った解脱の無智な人々に汝等は仏陀となるであろうとしても決して信じないだろう︶ 、
正⋮下劣不肖志懐鼠弱観諸仏興卒不肯信
これは釈尊が、一仏乗を分別して三乗があるかのように説いて見せた理由を説明した箇所の偶である。 、 妙⋮︵舎利弗当知︶鈍根小智人著相僑慢者不レ能し信一是法一 梵⋮旨溌国民四s届卦①目ご匿男誘冒蕨・号四凰日拝圃留日言凰底いす醒崗昏匡&彦旨蝕日 、 “己二目四目ロ乱冒習画豊昼ぐ閉口鼠目一目の ︵今、動機が小さく、愚かな悟りで、増上慢で、小智に達した者は信じないが.:︶ 、 正⋮少有信者僑慢自大不し肯一言受一 一仏乗は最初から説いたら信じられがたいことで、釈尊の最高の悟りも菩薩以外には信じられ難いものであること を説いた偶であるが、信じられ難い理由は鈍根小智で、著相僑慢であるからで、いいかえれば増上慢な心があること に由来していることを示すといえよう。 正⋮五千人不信 ⑳ 5 (57)以上、方便品における信降且号画についての場面を見て来たのであるが、妙法華経に関する限り、尚、二・三の 場面を見ることが出来る。それはこの品の最後の偏に見られるものであるが、次のようである。 ⑮ 若人償一帰仏一如来不二欺証一 ⑳ 衆生没二在苦一不し能し信一是法一破レ法不レ信故墜二於三悪道一 ⑰ 当来世悪人聞雪一仏説一二乗一迷惑不二信受一破レ法堕一悪道一 ⑬ これらについての梵文法華経を見ると、最初の若人信帰仏に該当すると思われるものは全くなく、次の不能信是法 破法不信故の文に該当すると思われるものは、 ⑳ 蔚日農冒&]閏日脚目爾宣冨旨ず富樫冨日駕宣弓煙隠8昏畠員g豊里旨幽日︾目 ︵愚かな彼等は私のダルマを捨て、言葉を捨て、邪悪な大地に行くだろう︶ であり、不能信、不信にあてはまる表現はとられてはいない。しかし、ダルマを捨て、言葉を捨てるということは 信じないことを意味するし、不信なる者は仏への道から遠ざかるものであるから、邪悪な大地’三悪道におちるべき ものであろう。妙法華経の文章が、このような点をふまえた上での意訳であるとするならば、信こそが仏への道とし て理解していることを物語るのではなかろうか。 第三番目の迷惑不信受に該当すると思われるものは、 脚巨樹gのゞ呂乱目9国日亀貝の画詳ぐ農の目国昌丙盤昌乱口肖画冨忌ぐ風①曽咽 ︵未来において、衆生らは道をさまよい、経典を捨てて、地激におちるであろう︶ となっており、不信受とはなってはいない。しかし、経典を捨てるということは信を持たないことであり、道をさ (認)
まようことに外ならないから、不信受と意訳をなしたものであろうと思われるが、不信受こそは地獄におちること決 定の道であることは論を待たないところであろう。 そして、もう一例はこれらと逆であり、妙法華経には信の訳語はないが、梵文法華経には @ 蔚野“且賢屋路黒目感冒§一s己︺胃自画目 ︵あなたのダルマを信ずるでありましょう︶ 、 とあって臥国Q呂画の語が使われているところがある。これに該当すると思われる妙法華経の訳文は、欲聴受仏語 @ であり、正法華経は心当欽楽於斯法誼となっている。仏語を聴受するということは、信ずることの一つのあらわれ であろうし、斯の法において欽楽すとは、信ずるものの象にゆるされた喜びとなるであろう。これらは教えをうけた ものの、釈尊に対する喜びと覚悟の申請であるから、ひたすらな心の表白としてのくられたものであるといえよう。 更にもう二ヶ所、妙法華経で信力の語の使われているところがある。十如是のすぐ後に語られた偶の始めの方の 、 徐一諾菩薩衆信力堅固者一 と、その偶の後の方の ⑮ 於二仏所説法一当し生二大信力一 であるが、これらに該当する梵文はそれぞれ次のようである。 ⑳ 自冒時色9s号鷺尊の罠5鼠寓目一房冨冨蔚亀農冨箇与 ︵信解に住しているものは菩薩たち以外にはない︶ ⑰ 冒卦綴凰もg8豐恩厨琶胃呂冨組8煙&二目一烏感恩ヨロ日目色ずぱg弾昌国司” (”)
酔い且底幽はい国旦十包冨の型をとるもので種々な漢訳がなされてはいるが、基調となるものは信・信仰であると思 われる。そして、且匡日烏建は且匡十日月を基本とするもので、日月は解き放すという意を基調としていると思 われる。解き放すというのは、種だの迷い、悩承から解放されることで、一般に解脱という型で考えられているもの の基本である。したがって、この二つの言葉の間にはいささかちがった一重1アンスがあるようにも思われる。しか し、法華経においては、仏語を信受する、能く敬信せぱ、信ずべし、というような具合に、釈尊の教えを信受すると いうことに、非常なまでの力点がおかれており、ここでは信はさとりに達するための唯一の方法として考えられる。 一方、解脱は仏教の伝統的なさとりへ達するための道であった。そしてそれは、菩提樹下で禅定に入られた釈尊が開 悟された事実が示すように、理智をともなうものを本質としていると思われる。その点では、同じ覚りに達する道で あるとしても、信が行動的であるのに対し、解脱は静止的である、といえるのかもしれない。 方便品のはじめの偶で、釈尊が舎利弗に信力堅固者といい、当生大信力という時、それらは且冨白戸房感によって 語られたものであることを指摘したが、この言葉を使った釈尊の心には、従来の伝統の上に立ったものの見方を、更 うか◎ ︵舎利弗よ、善逝が語るものに信解を具足せよ︶ ここで妙法華経が信力と訳したものは、の風呂厨ではなくて、農冨昌烏匿であることに注意をしなければならな い。分別功徳品の一念信解におけるものが、且寓目︵民建と降画&颪とであったが、そこでは両者を合せて妙法華経 は信解と訳出をしていた。ここでは且置日一民睦だけをもって信力と訳して、ただ信とは訳さなかった。そして今ま で見て来たように、一つの例外を除いて酔い且彦画は常に信と訳出されていた。このへんのちがいは何故なのである (“)
に動的なものに発展させようとしたものがあったのではなかろうか、とすら考えさせられる。 その理由は、舎利弗は釈尊の直弟子であった。阿含仏教の代表的存在で、しかも智慧第一とさえ称せられた。阿含 仏教は解脱を目指す仏教であった。そこでこの箇所が法華経の特性を表現するところでもないこともあって、昌彦宇 目一房盆を使うことによって、覚りを求める人を表現しようとしたのではなかろうか。 五千起去以後からは、不要な人、気力のある人ばかりという、ひたすらに求め統けようという人殉ばかりになった、 又、それらの人々だけが大切だということを強調したこともあって、野“&富が使用され出したのではなかろうか。 信を心に刻むことこそが法華経のそれ以後の命題を定めるに至る、一つの鍵として登場して来たように思われる。 ︹註︺ ①扇の目ⅡⅡP唖l坤妙ⅡⅡ大正九“下。正ⅡⅡ大正9坤中。尚、一念信解という妙法華経の熟語に対して梵文法華では 簡潔な熟語ではない。 ②大正鯉・唖中下 ④厨閏目・詔、4羽 ⑤大正・九・7上 ⑦大正九・的中 ③弄胃目本国笛には次のように、五千人の比丘は自我を傷つけられたと思った、とある。 3脚目凶冒画昌閏ぐ3画四日蔵騨ぐ脚冨冨毎℃肖箇§ご農圖昌豐 これについて、文句は﹁五濁障多名二罪重、執し小弱し大名二根深一、未し得調し得名二上一慢、未し得二三果一未し証二無学一、有二如咳此失一 者、謂二障執慢三極之失一也。﹂︵大正三十四姐下﹀となし、義疏は﹁何故五千独去而三根住耶、是故釈云、五千罪根深重十方諸 ⑥冨目・釣 ③大正九・7上 (6I)
⑳大正九・犯中
、″・皿上
@房目・駒 ⑳冨冒・弱⑳″・9下
⑳大正九・和上 ⑳冨目・“⑳″・7下
⑳大正九・和上 ⑳斎目・“ ⑳大正九・的下 ⑳冨目・鐙 ⑳大正九・7下 ⑳大正九・的中 ⑲冨目・釣 ⑬大正九・7上 ⑰篇目・鑓 ⑯大正九・的中 ⑮慰昌・蔀 ⑭大正九・的上 ⑬冨昌・鍋 ⑫大正九・6下 、大正九・的上 ⑲爾冒・鍋 ⑨大正九・6下 僅不レ能二抜済一、是故退庵Ⅷ:⋮実未し得二小乗遊果、謬得二小乗道果一救名為し宝.:⋮﹂尖迄一千四・蝿中’五と等となし、 玄賛は﹁比去之所以者何謂也や今釈有一三意一、一罪根深重、二有二増上慢一、⋮⋮﹂︵大正三十四・畑中l畑中︶ (62)⑰⑳、、 〃大〃大 正正 九九 ● ● ● ● 109872 中下上下 、⑲、