先使用権の要件と範囲
著者
盛岡 一夫
著者別名
K. Morioka
雑誌名
東洋法学
巻
30
号
1・2
ページ
201-219
発行年
1987-03
URL
http://id.nii.ac.jp/1060/00003581/
Creative Commons : 表示 - 非営利 - 改変禁止 http://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/3.0/deed.ja先使用権の要件と範囲
盛 岡 一
夫
はじめに 特許出願に係る発明の内容を知らないで、自ら発明をし、または発明をした者から知得して、他人の特許出願の際 に、現にその発明の実施である事業または事業の準備をしている者に、その実施または準備をしている発明および事 業の目的の範囲内において引き続いて実施する権利を認めている︵特七九条︶。 この先使用権は通常実施権ではある が、特許権に基づいて設定されるものではない。 先使用権の要件および効力について学説・下級審は見解が対立していたのであるが、最近、特許法七九条に関する ︵1︶ 最高裁判所のはじめての判決がなされた。これは、大量生産ではなく、個別注文をえてはじめて生産にかかる場合の ﹁事業の準備﹂の意義について、また、先使用権の効力のおよぶ範囲に関するものであって、注目すべき判決であ る。 そこで、従来の判決・学説を参考にしながら、先使用権の要件および範囲について考えてみたい。それには、先使東洋法学 二〇一
先使用権の要件と範囲 用権制度の存在理由の考え方が関係してくるので、はじめに、先使用権制度の趣旨、 先使用権のおよぶ範囲について検討する。 ︵1︶ 最判昭和六一年一〇月三日工業所有権関係判決速報二二八号三七三〇 次に、 二〇二 先使用権の要件、最後に、 二 先使用権制度の趣旨 ω 先使用権制度の沿革 先使用権に関する規定をはじめて設けたのは、明治四二年の特許法二九条である。これによると、 ﹁特許権ノ効力 ハ左ノ各号ノ一二該当スルモノニ及バズ﹂とし、その二号に﹁特許出願ノ際現二善意二帝国内二於テ其ノ発明実施ノ 事業ヲ為シ若ハ設備ヲ有スル者又ハ其ノ承継人ノ特許発明ノ実施﹂があげられていた。 このように、明治四二年の特許法では、特許権の効力の制限として消極的に規定されていたのであるが、大正一〇 年の旧特許法三七条は積極的に実施権を有すると規定した。すなわち、 ﹁特許出願ノ際現二善意二国内二於テ其ノ発 明実施ノ事業ヲ為シ又ハ事業設備ヲ有スル者ハ其ノ特許発明二付事業ノ目的タル発明範囲内二於テ実施権ヲ有ス﹂と 規定している。 現行特許法七九条︵昭和三四年︶は、 ﹁特許出願に係る発明の内容を知らないで自らその発明をし、又は特許出願 に係る発明の内容を知らないでその発明をした者から知得して、特許出願の際︵第四十条の規定によりその特許出願 が手続補正書を提出した時にしたものとみなされたときは、もとの特許出願の際又は手続補正書を提出した際︶現に
日本国内においてその発明の実施である事業をしている者又はその事業の準備をしている者は、その実施又は準備を している発明及び事業の目的の範囲内において、その特許出願に係る特許権について通常実施権を有する。﹂ と規定 している。 旧法と現行法の差異は、旧法では、 ﹁善意一こと規定していたが、現行法では﹁特許出願に係る発明の内容を知ら ないで自らその発明をし、又は特許出願に係る発明の内容を知らないでその発明をした者から知得して﹂と改めたこ と、および、旧法では﹁事業設備ヲ有スル者﹂としていたが、現行法では﹁事業の準備をしている者﹂と規定してい ることである。 ③ 先使用権制度の根拠 この先使用権の存在理由について、学説は、①国民経済上の考慮から事業設備等を保護すると解する経済説、②経 済説のほかに先願主義と先発明との調和をはかると解する調和・経済説、③すでに実施している者を他人に登録があ ったからとの理由でその出資を無益にさせることは公平の原則に反すると解する公平説、④公平説を基本とするがこ ︵i︶ れに経済説も加える公平・経済説に分れている。 経済説は、先使用権制度は国民経済上の理由と事業者および設備者保護を趣旨とするものであり、他人の特許出願 前に、善意にそれと同一内容の発明の実施事業または設備をなし、労費を投ずる者がある場合に、他人に特許権の設 定登録があったからといって、その事業または設備を廃絶閉止せしめるのは国民経済上の損失とともに、他方事業者 ︵2︶ または設備者に対しても公正を欠くとする。
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先使用権の要件と範囲 二〇四 調和・経済説は、先願主義を固守するとすでに発明を実施または実施準備申の中止をしなければならないことにな り、国民経済上不利益を生じ、関係者に酷な場合があるから、先願主義と先発明主義との調和を図り、もって産業の ︵3︶ 発達を阻止しないように配慮されたものであるとか、他人の特許のまえに労費を投じた事業または設備の廃絶を防止 することを目的とするのが先使用制度であり、これは先願主義に対する例外として、当該特許権の側からはその特許 ︵4︶ 権の排他的効力を制限することによって、先発明主義との調和を図るものであるとする。 公平説は、先願主義をとって権利関係の明確を図る法制の下では、先出願者のみが特許権を取得しその排他的な独 占権を行使できるが、この先出願よりも以前に同一の発明をなし、また他の公正な方法によってそれを知りかつその ために労力あるいは資本を費やし、その実施の事業または事業設備を有している者を他人の登録があったからとの理 ︵5︶ 由で一朝にしてその出資を無益にさせることは公平の原理に反するとする。 公平・経済説は、先願主義の結果、他人の出願前から善意で実施またはその準備をしていた者が、他人の出願によ って実施できなくなることはその者の既得の状態ないし利益を害し、不公平であること︵公平説︶が基本的であり、 ︵6︶ 事業設備が無駄になるのは国民経済上不利益であるという考慮︵経済説︶も加わっているとする。 判例は、旧特許法三七条について﹁そもそも最先願主義を採用する現行特許法が、その第三七条においてあたかも 最先発明主義をとる場合におけるように、特許出願の際、現に、善意に、国内において、特許発明と同一発明の実施 事業を営み、又は事業設備を有するものに、いわゆる法定実施権を付与している所以のものは、もし最先願主義を貫 き通すならば、特許出願の際、現に善意に、他人の出願にかかる特許発明と同一発明を利用して、製作、使用、販売、
拡布等の実施事業を営み、又はその事業設備を有する者の既存の事業もしくは設備を無用廃絶に帰せしめ、ひいて、 国家経済の見地からしても不利を招来する虞れがあるところから、このような結果を防止する目的をもって、右特許 発明と同一発明の利用者に対し、その利用の範囲内において、なお従前どおり、これを利用する権利、すなわち、実 ︵7︶ 施権を付与し、特許権者の権利と右先用者の権利との調整を図ろうとするためにある﹂との判決があり、これは経済 説の立場をとっている。 ヒれに対む、最近では公平説の立場をとっている。すなわちう ﹁先使用の制度は、特許発明出願の際、現に善意に 国内において該特許発明と同一の技術的思想を有していただけでなく、きらに進んでこれを自己のものとして事実的 支配下に置いていた者について、公平の見地から出願人に権利が生じた後においてもなお継続して実施する権利を認 ︵8︶ めたもの﹂と解している。 西下イッ特許法一二条︵旧法七条︶は、特許権の効力は、特許出願の際すでに国内においてその発明を実施してい た者またはそのために必要な準備︵設備①議o蔵o岳魯窪<①建霧琶け§αQ窪︶をしていた者にはおよばない。この者は、 自己の本来の事業のために自己または他人の工場でその発明を実施する権利を有する旨規定している。この趣旨につ ︵9︶ いても、経済的価値︵且器o訂詮一魯段零9帯︶の廃止をさけるためにあるとする説と、公平の原理︵里凝訂静αq憎毯餌︶ ︵鮒︶ に先使用権の存在理由があると解する説とがあるが、公平説が有力である。 事業設備の保護を存在理由とする経済説に対しては、先使用権制度を経済的必要性から論じるなら、先使用の有す る人的・物的事業設備の多寡、規模の大小が、先使用者に対する保護の有無を決定する要素とならぎるを得ないが、
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先使用権の要件と範囲 、 二〇六 発明には大小の程度の違い、性質の違い、実施のための設備の相違があるほか、先使用者が従前保有する、転用可能 な設備の多少もありうる。これら諸要因は実質的にどのように判断きれるのか、理論的決め手はないものと思われ る。その結果、先使用者の中に、不当に保護されるもの、または、保護きれないものが生じるのは避けられないとの ︵n︶ 批判がある。また、先願主義と先発明との調和を存在理由とする説に対しては、先使用者が必ずしも先願者よりも先 に発明した者とは限らないし、また、先使用権が先願主義に特有な問題ではなく先発明主義でも生じうるので、妥当 ︵12︶ ではないとの批判がある。 発明を完成した場合に、特許の出願をするか、または、出願をしないでノウ・ハウとして秘密のまま実施するか、 あるいは公然実施するかは、発明者の自由である。特許法は、発明をした場合に特許の出願を強制しているのではな いから、特許性のあるものでも特許出願をしない場合もあり、また、特許性がないとおもって特許出願しない場合も ︵焉︶ ある。発明を完成し、それを事業実施しまたは実施の準備をしていた者を、他人が特許権を取得したとの理由によっ て、実施の継続ができなくなるとするのは公平の原理に反するであろう。特許の出願をしないで発明を実施すること は、特許制度に反するものでもなく、他人が出願して特許取得しなければ、継続してそのまま実施できたのであるか ら、発明を事実的支配においていた先使用者と特許権者との利益を公平の見地より調整することに先使用権制度の存 在理由があると解する。 先使用権制度の存在理由は、先願主義と先発明主義との調和を図るためでもなく、また、先使用者を保護する根拠 ︵M︶ は、先使用者の既存事業設備でもなく、先使用者の発明の占有状態にある。特許出願の際、当該特許発明と同一の技
術思想を自己のものとして事実的支配下においていたという発明に対する一種の占有状態が認められる者について、 ︵15︶︵16︶ 公平の見地から、他人の特許権取得後においてもなお継続して実施する権利を認めることが必要である。 ︵1︶ ︵2︶ ︵3︶ ︵4︶ ︵5︶ ︵6︶ ︵7︶ ︵8︶ ︵9︶ (10 ) ︵11︶ ︵B︶ ︵B︶ 仙元隆一郎﹁判例研究﹂民商法雑誌六三巻六号九六三頁以下、森林稔﹁先使用権制度の存在理由﹂工業所有権法の諸問題 ︵石黒・馬瀬先生還暦記念︶嚇七〇頁以下参照。 平田慶吉﹁工業所有権における先使用権について﹂民商法雑誌二巻二号三頁。 滝野文三・最新工業所有権法八七頁、織田秀開蛙石川義雄・増訂新特許法註解二九二頁。 土井輝生・﹁意匠権侵害と先使用による通常実施権﹂特許判例百選︵旧版︶一六五頁。 紋谷暢男・﹁判例醗究﹂ジュリスト三二三号一二五頁、兼子一賛染野義信・工業所有権法︵改訂版︶二一二頁、杉林信義 ﹁熔融アルミナ特許権侵害排除と先使用権の成立要件﹂判例特許侵害法︵馬瀬先生古稀記念︶六五六頁。 豊崎光衛・工業所有権法︵新版︶二五五頁、吉藤幸朔・特許法概説︵第六版︶四二頁、耳野皓三﹁先使用権の範囲﹂特 許判例百選︵第二版︶一七七頁。 東京地判昭和三〇年二月二五目下民集六巻二号三四二頁。 名古屋地判昭和五九年二月二七日判例時報 二一四号九六頁。 臼魯弩R鳩冨窪幾象号ω評冨馨ー︸○Φぼ簿8ぴ馨婁Rー琶α貯ぴ。筥魯馨透静鉱§α奄器魯δ山霞切§留馨榎ぴ葬O①亨 琶o置貰倉ω︾珠一卿︵お○ 。ω︶ψ嶺9 ω窪訂泣︾勺魯Φ馨αq窃①ドq︾魯。︵おc 。一︶ψω○ 。㌣菊鉱臼oび評g馨範o器gq民OΦぼ碧o房琶霧融茜Φ。 。Φ叶斜 q 。︾昆。︵お①o Q︶ ω●きS 松尾和子﹁先使用による実施権の認められる範囲﹂判例特許侵害法︵馬瀬先生古稀記念︶六六八頁。 木棚照一﹁先使用権の抗弁﹂特許判例百選︵第二版︶一七五頁。 拙稿由ノウ・ハウと特許制度﹂日本工業所有権法学会報四号四八頁以下参照。
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二〇七( 14 ) ︵15︶ ︵賂︶ 先使用権の要件と範囲 二〇八 西ドイッにおいても発明の占有︵勝誌&毒αqωぴoω欝︶をしていた者に先使用権を認めている。閑O頴鐸9お。90勾¢菊 お。・ふ&︵じ ご一R訂浮︶る・﹄■お窯O男¢押お。トお①︵哨。讐鶏盈口︶旧じ oΦ巳§斜勲勲ρω●ωG 。ω榊謬欝③び勲鋤.○こ ψき○ 。中参照。 木棚・前掲判例評論二〇四頁、松尾・前掲判例特許侵害法六六九頁、大阪地判昭和四二年七月一〇日下民集一八巻七.八 号七八四頁参照。 満田重昭﹁判例研究﹂ジュリスト四八九号一五四頁は、﹁事実的支配﹂﹁占有状態﹂の意味について詳しく論述している。 三 先使用権の要件 先使用権の要件は、①特許出願に係る発明の内容を知らないで自らその発明をし、またはその発明をした者から公 正な方法で知得すること、および、②特許出願の際現に、日本国内においてその発明の実施である事業または事業の 準備をしていることである。 ω 公正な方法による知得 前述のように、旧法では﹁善意︸こと規定きれていたが、現行法では﹁特許出願に係る発明の内容を知らないで自 らその発明をし、又は特許出願に係る発明の内容を知らないでその発明をした者から知得して﹂と改められた。そこ で、発明の知得の経路が問題となってきた。 ︵1︶ 二重発明の場合に限定する見解もあるが、現行法は旧法の善意に該当する代表的な場合を規定していると解してよ ︵2︶ いであるう。冒認出願きれた発明者は保護すべきであり、また、二重発明の場合でも不正手段で入手して実施してい
︵3︶ る者を保護する必要もないからである。先使用の趣旨は、公平の原理を図る制度であるから、自己で発明するかまた ︵4︶ は公正な方法によって知得した場合に先使用権を認めてよいと解する。西ドィッでは、公正な方法︵ぼお象畠9 ︵5︶ ∈①誇︶で知得した場合に先使用権を認めている。
⑧事業の準備
先使用権が成立するためには、発明の実施である事業または事業の準備をしていることを要する。これは、当該発 ︵6︶ 明を自己の計算で、自己のために実施しまたは実施の準備をしている意昧に解されているから、自己の計算で、自己 ︵7︶ のために製造がなされていれば、下請会社に製造させてもよい。判例も旧意匠法九条にいう﹁其の意匠実施の事業を 為し﹂とは﹁当該意匠についての実施権を主張する者が、自己のため、自己の計算において、その意匠実施の事業を することを意昧し、かつそれは、その者が、自己の有する事業設備を使用し、みづから直接に右意匠にかかる物品の 製造・販売等をする場合だけでなく、その者が、事業設備を有する他人に注文して、自己のためにのみ右意匠にかか ︵8︶ る物品を製造きせ、その引渡をうけて、これを他に販売する場合も含む﹂と解している。 先使用者が発明の事業を実施し、またはその準備をしていたというためには、先使用者は当該発明思想、ことに課 題解決の手段を構成する外部的因果関係を経験的に把握し、右発明思想に対し事業的に支配可能の状態にあったこと ︵9︶ が必要であって、右外部的因果関係を学理的に理解していることまでは要求されないと解されている。 ここにいう実施とは、特許法二条三項の行為をいうが、この実施は﹁業として﹂の実施であることを要するか否か 間題となる。 ﹁業として﹂の実施ではなく個人的・家庭的に実施しておいて、後に﹁業として﹂の実施をすることは東洋法学 二〇九
先使用権の要件と範囲 一二〇 許きれないものと解する。この点については、わが国で議論されることもなく、また、西ドイツにおいても判例がな ︵10︶ いようである。 次に、事業の準備について検討する。 旧法では﹁事業設備ヲ有スル者﹂と規定されていたが、現行法では﹁事業の準備をしている者﹂と改められた。旧 法の﹁事業設備﹂と現行法の﹁事業の準備﹂とは全く同一の概念であって、その間に広狭の差はないとの見解がある 沿︶ ︵鴛︶ が、 ﹁事業設備﹂では狭すぎるので、これを広げて事業の﹁準備﹂と改めたのであろう。 ︵13︶ 発明の実施である﹁事業の準備﹂とは、発明が完成していて、その発明を即時に実施する意思を有しており、かつ、 ︵聾︶ その即時実施の意図が客観的に認識される態様、程度において表明されることを意昧する。西ドイツにおいても、発 ︵欝︶ 明をただちに実施する真剣な意思︵Φ毎ω島3窪薫簑窪︶を認めさせることを要すると解されている。 それでは、具体的にどの程度の段階を﹁事業の準備﹂にあたると解しているのであろうか。従来の判例をみてみよ ︵蛤︶ γつo 飴菓子製造装置の実用新案登録出願前に、この装置に特有な設備の一つである高圧ボイラーを購入し、この装置に つき第三者を製造物供給契約を締結したうえで、成型器とその裏金の製作を依頼し、最終設計図を完成きせていた場 ︵貿︶ 合に、事業の準備にあたるとしている。 工業用加熱炉が引合いから受注、納品に至るまで相当の期間を要し、しかも大量生産品ではなく個別的注文をえて 初めて生産にとりかかるものであって、予め部品等を買い備えるものではない特殊事情がある場合には、受注し細部
の打合せを行い、最終製作図を製作可能な段階まで準備していれば、即時実施の意図を有していたというべきであ り、かつ、即時実施の意図は見積仕様書の提出という行為によって客観的に認識きれうる態様、程度において表明さ ︵18︶ れていたというべきであるから、事業の準備をしていたといえるとしている。 次に、学説をみると、事業の準備とは、完成されだ発明を実施すべき状態が客観的に認識されることが必要であ り、量産体制への準備を整へるべく工場建設や機械の購入等、要員の確保等の人的、物的の準備が客観的に表明され ︵鴛︶ るものでなければならないとか、単に頭の中で発明の実施をしようと考えたとか、実施に必要な機械購入のために銀 行に資金借入れの申込みをしたという程度では事業の準備ということはできないが、一方、その事業に必要な機械を 発注してすでにできあがっているとか、雇用契約も結んで相当宣伝活動をしているような場合には事業の準備に含ま ︵20︶ れると解している。また、旧特許法の事業設備とは、工場の建設、工場敷地または機械の購入のほかに、機械の注文、 ︵21︶ 労働者雇人の契約締結、模型、図面の製作も含むとの見解がある。 このように、設計図の作成のみでなく、当該発明を実施するために工場を建設したり、工場敷地を購入したり、当 該発明を製造するための機械設備の購入、原材料の発注等がある場合には、事業の準備にあたることについて問題は ︵22︶ ない。 問題となるのは、発明を実施するために、特有な設備等が必要でなく、既存の設備等でそのまま実施できる場合 や、大量生産品ではなく、個別的注文をえてから生産にかかる場合である。 既存の設備等でそのまま実施できる発明の場合には、当該発明を事業として実施する方針のもとで設計図面が作成
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先使用権の要件と範囲 二一二 ︵23︶ されているときには事業の準備にあたると解してもよいであろう。また、個別的注文をえて部品を購入する場合に は、受注して細部の打合せを行い、最終製作図面を製作可能な段階まで準備しているときには、見積仕様書等の提出 ︵24︶ をもって事業の準備にあたると解してよいであろう。きらに、模型の製作、宣伝活動も事業の準備といえる場合もあ ︵25︶ ろう。事業の準備にあたるか否かは、発明の内容、性質、投下資本、労力、業界の特殊事業等を総合的に考慮し、個 ︵26︶ 別的事業例ごとに判断することになる。 ︵1︶ ︵2︶ ︵3︶ ︵4︶ ︵5︶ ︵6︶ ︵7︶ ︵8︶ ︵9︶ ︵m︶ ︵U︶ ︵1 2︶ 松元重敏・注釈特許法上巻︵申山編︶六二一頁。 中山信弘・﹁判例硯究﹂ジュリスト四四七号コニ九頁。 土肥一吏﹁判例研究﹂特許管理二八巻八号九四七頁。 紋谷・前掲ジュリスト三二三号一二六頁、同﹁判例研究﹂ジュリスト四四九号ご王ハ頁。 望欝ぎ聾︾冨ぼび8げ留ω勺鶏①濤8富︸。。︾5︵お蕊︶ω。一浮ω9q岡瞥9憶象窪お霧器︾G 。︾亀。 男鉱霧oび騨鉾○こω9蔭駅捨 膨g惹識︸9 。皐鉾○こψωG 。属捨じ ﹂○頃ωρ①●お①合 O幻d菊おO舎①お︾ 男息鋤ぴ艮騨霞o斡2蜀。o 。。一り①合O菊q菊お①磨おご偶逡O霞o蚕B℃竃鉱8い 紋谷・前掲ジュリスト三二三号一二六頁、同前掲ジュリスト四四九号一三六頁。 播磨良承・工業所有権法の基礎理論三二五頁。 最判昭和四四年一〇月一七賃民集二三巻一〇号一七七七頁。 大阪地判昭和四一年二月一四日判例時報四五六号五六頁、西ドイッについては、望讐ざ凌詳勲鉾ρ︾ ↓曾§①ぴ勲勲○こω5嶺S 松本﹁先願主義と先使用権﹂工業所有権の基本的課題︵上︶︵原退宮記念︶四八五頁。 特許庁編・工業所有権法逐条解説二〇一頁、豊崎・前掲書二五七頁。 ︵おo 。一︶ω・一ω9 零㎝図③ω鼠謬密周 ω●一鳶参照。
(13 ) ︵M︶ ︵15︶ ︵16︶ ︵17︶ ︵娼︶ ︵珀︶ ︵20︶ 発明とは、自然法則を利用した技術的思想の創作であり︵特二条一項︶、一定の技術的課題︵目的︶の設定、その課題を解 決するための技術的手段の採用およびその技術的手段により所期の目的を達成しうるという効果の確認という段階を経て完 成されるものであるが、発明が完成したというためには、その技術的手段が、当該技術分野における通常の知識を有する者 が反復実施して目的とする効果を挙げることができる程度にまで具体的・客観的なものとして構成されていることを要し、 またこれをもって足りるものと解するのが相当である︵最判昭和五二年一〇月;百・民集三一巻六号八〇五頁︶。 したが って、物の発瑚については、その物が現実に製造されあるいはその物を製造するための最終的な製作図面が作成きれている ことまでは必ずしも必要でなく、その物の具体的構成が設計図等によって示され、当該技術分野における通常の知識を有す る者がこれに基づいて最終的な製作図面を作成しその物を製造することが可能な状態になっていれば、発明としては完成し ているというべきであると解する︵前掲最判昭和六一年一〇月三日︶。 前掲最判昭和六一年一〇月三日、旧特許法三七条の﹁事業設備﹂について、前掲東京地判昭和三〇年二月二五βは﹁発開 を既時に実施しようとする意思を有し、かつ、その意思の客観的表明としての施設を有するものをいい、単に特許発明と同 一発明をなすべく研究中のものは勿論、右発開をしたものであっても、その実施をしないもの又はこれを即時に実施しよう とする意思を有しないもの、もしくは、その意思を有していても、それが客観的に表開された施設を有しないものなどは、 右法条にいわゆる実施の事業をなし又は事業設備を有するものには該当しないものと解するを相当とする。 切○匡田。9お。ρ○カα勾一80”竃P総㊤宙Φ浮魯黛じ os訂註”鋤。勲○こ堕ωG 。c 。W頴魯導き”Ω①類Rび浮ゲ角菊ooぼ甲 のoぎF蒔︾魯︵お○ 。︸︶ω。嶺ごω9妥9騨9 。●○こω唇一G 。○ 。 播磨・前掲三二〇頁以下、松尾へ判例研究﹂特許管理三五巻二号一三一七頁参照。 大阪地判昭和五二年三月二日無体集九巻一号二二頁。 前掲最判昭和六一年一〇月三日。 耳野・注釈特許法︵紋谷編︶二一頁。 特許庁・前掲書二〇一頁。
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︵雛︶ ︵22︶ ︵23︶ ︵24︶ ︵25︶ ︵26︶ 先使用権の要件と範囲 二一四 平田・前掲二〇一頁以下。 東京地判昭和三九年五月三〇臼︵判例タイムズ一六二号一六七頁︶は、ブロック製造用型枠の図面の交付を受け、これを 下請会社に手渡して製造の指示をし、この下請会社が製造のために機械設備の転用、工具類の購入をし、自分も材料の発注 をした場合に先使用権を認めている。 吉藤・前掲書四二一頁参照。 土肥・新版特許法五〇講︵紋谷編︶二一六頁参照。 評崖訂箆詳勲黛○;鈴一誤は、宣伝活動および模型の製作も事業の準備にあたると解する。 中山・前掲二二八頁、木柵・前掲判例評論二〇五頁、松尾・前掲特許管理ご二一七頁参照。 四 先使用権の範囲 先使用権者は、 ﹁その実施又は備準をしている発明及び事業の目的の範囲内において﹂通常実施権を有するが、先 使用権は、出願時に現に実施していた実施形式に限定されるのか、それとも実施形式の変更が許きれるのか、従来の 判例は対立していた。 実施形式に限定する立場をとる東京地判昭和四九年四月九日は、 ﹁その実施をしている考案の範囲とは、実用新案 登録出願の際現に実施していた考案をそのまま引続き実施することができれば足りるのであるから、その現に、実施 して来た形式ないし態様の範囲に限る趣旨であると解すべきである。それは、現に実施して来た形式ないし態様を超 え、さらにこれから抽出した考案の範囲についてまで、先使用にょる通常実施権を主張しうるとすることは、その者 としては、もともと、考案の時点において、その考案の内容、登録を受けようとする範囲を明示して登録出願し、権
利を取得しえたにもかかわらず、これをせず、自らは単に特定の実施の形式ないし態様を示したのみにとどまるとこ ろ、後に、他人が出願し権利を取得するにいたった場合に、その権利に徴し、結局その権利範囲にまで及んで保護を 主張せんとするものに帰し、たとえそれが右実用新案権者との対人関係にとどまるものとはいえ、先願主義をとるわ ︵1︶ が国法制の建前及び両者相互の公平にも適合しないものというべきであるからである。﹂とする。 これに対し、現に実施してきた発明の範囲におよぶとの立場をとる東京高判昭和五〇年五月二七日は、 ﹁先使用に よる通常実施権の効力の及ぶ範囲は、先使用者が﹃その実施又は準備をしている考案及び事業の目的の範囲﹄である が、ここにその実施をしている考案の範囲とは、必ずしも現に実施している構造そのものに限られるものではなく、 現に実施してきた構造により客観的に表明されている考案の範囲にまで及ぶものと解すべきである。けだし、このよ うに解することが実用新案法第二六条、特許法第二六条、特許法第七九条の文理にかなうところであるうえ、先使用 者が考案の同一性をそこなわない範囲内において実施してきた構造を変更した場合に、この変更した構造のものに先 使用権の効力が及ばないとすることは、先使用者に些細な構造の変更をも許さず当初のものを強いる結果となり、先 使用者にとってあまりにも酷な結果を招来し、実用新案権者と先使用者との間の公平を欠くものといわなければなら ないからである。そして、現に実施している構造のものより客観的に表明される考案を認定するに当っては、当時の ︵2︶ 技術水準を前提として具体的に実施をしている構造を申心に判断すべきものと考える。﹂とする。 このように判例は、特許出願の際に、現に実施していた発明をそのまま引続き実施することができればたりるとし て、その現に実施してきた形式ないし態様の範囲にかぎるとの見解と、現に実施または準備してきた構造により客観
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一二五先使用権の要件と範囲 二一六 的に表明きれている発明の範囲内であれば実施形式の変更は許されるとの見解が対立していたのであるが、最高裁は ﹁実施又は準備をしている発明の範囲﹂とは、 ﹁特許発明の特許出願の際︵優先権主張臼︶に先使用権者が現に日本 国内において実施又は準備をしていた実施形式に限定されるものではなく、その実施形式に具現されている技術的思 想すなわち発明の範囲をいうものであり、したがって、先使用権の効力は、特許出願の際︵優先権主張日︶に先使用 権者が現に実施又は準備をしていた実施形式だけでなく、これに具現された発明と同一性を失わない範囲において変 更した実施形式にも及ぶものと解するのが相当である。けだし、先使用権制度の趣旨が、主として特許権者と先使用 権者との公平を図ることにあることに照らせば、特許出願の際︵優先権主張日︶に先使用権者が現に実施又は準備を していた実施形式以外に変更することを一切認めないのは、先使用権者にとって酷であって、相当ではなく、先使用 権者が自己のものとして支配していだ発明の範囲において先使用権を認めることが、同条の文理にもそうからであ る。そして、その実施形式に具現された発明が特許発明の一部にしか相当しないときは、先使用権の効力は当該特許 発明の当該一部にしか及ばないのはもちろんであるが、右発明の範囲が特許発明の範囲と一致するときは、先使用権 ︵3︶ の効力は当該特許発明の全範囲に及ぶものというべきである。﹂として、発明の範囲におよぶとの立場をとった。 ︵4︶ 先願主義の建前および当事者間の公平を理由に実施形式にのみ制限するのは先使用権制度の趣旨に反する。先使用 権は、先使用権者が自己のものとして支配していた発明の範囲におよぶのであるから、先使用権の効力のおよぶ範囲 を、先使用権者が他人の特許出願前に、現に実施していた形式にかぎるのではなく、先使用権者が発明を占有してい た状態と同じ範囲内での変更を認めるべきである。
特許発明の技術的範囲は、明細書の特許請求の範囲に基づいて定められる︵特七〇条︶のであるから、これとの関 係において考えると、先使用権者の発明の範囲は、発明の実施である事業またはその準備から客観的に認識されうる 程度に表明されている範囲ということになる。特許出願の際に、先使用権者が実施または準備をしてきた実施形式に より外部に客観的に表明きれている発明の範囲にまで先使用権を認めることが、特許権者と先使用権者との公平の原 理にそうことになる。したがって、実施形式の変更も、現に実施または準備していた実施形式に具現されている発明 ︵5︶ の同一性をそこなわない範囲内において許されると解する。 このように解すると、次に何を基準として発明の範囲とするかが問題となる。先使用権の発生後に、どの程度の実 施形式の変更が許されるのであろうか。形式の変更が均等の範囲に属する場合は、先使用権の範囲内であると解され ︵6︶ ている。すなわち、 ﹁先使用権者が実施していた発明・考案の内容・範囲は、通常、先使用権者が特許出願の際に実 施していた技術、変更後の技術、これを実施するまでの諸研究、試験記録、図面、説明書、製造工程および方式に関 する資料、試作品など、客観的に外部に表示されたものから、当時の技術水準に基づいて判断されることになる。先 使用権は、先使用者の形成した発明・考案にかかる事業活動の諸条件を確保することにあるから、右の客観的に表示 された資料を根拠に判断された発明・考案は、先使用者の既得利益状態の範囲内のものとして保護されることにな る。したがって、先使用権の保護は、この範囲に包含される以上、当初の実施形式のみでなく、これとの置換が自明 であり、かつ、その目的、作用、効果からみて置換が不能な物または方法である他の実施形式︵いわゆる設計変更な ︵7︶ いし均等関係にあるものをいう︶に及ぶと解しうるのである﹂とか、 ﹁先使用者として保護される根拠は既に事業設
東洋法学 二一七
先使用権の要件と範囲 p 二一八 備を設けていたという事実自体ではなく、その者の占有状態であるというべきである。そうすると、同一考案利用者 が実用新案権者の出願時において利用していた考案の構成要素の一部につきこれと作用効果を同じくする置換可能な 物または方法をその際既に認識していたことが同入の前記占有状態から認められる場合においては、右置換物または ︵8︶ 方法も右占有状態内のものとしてこれにつき先使用権を認めるのが妥当である﹂と解きれている。 先使用権制度は、先使用権者が現に発明の実施または準備していることから客観的に表明される発明の占有状態を 保護するのであるから、先使用権者が特許出願時に発明を支配していた範囲内での実施形式の変更は許されるのであ ︵9︶ り、この場合の基準は、均等の範囲内ということになる。すなわち、実施または準備をしていた実施形式と均等の範 ︵10︶ 囲内での変更の場合には、先使用権の保護がおよぶと解すべきである。 最後に、いかなる範囲で実施態様の変更が許されるかについて検討する。 実施とは、物の発明にあっては、その物を生産、使用、譲渡、貸し渡し、譲渡もしくは貸渡のための展示、輸入す る行為であり、方法の発明にあっては、その方法の使用、物を生産する方法の発明にあっては、その方法の使用、そ の方法により生産した物の使用、譲渡、貸し渡し、譲渡もしくは貸渡のための展示、輸入する行為をいう︵特二条三 項︶。そこで、先使用権者が、特許出願の際に、物を生産︵製造︶のみしていた場合に、物の使用や譲渡︵販売︶に変 更することは許されるか、また、販売のみをしていた先使用権者が、後に物の製造に変更することが許されるかとい う問題が生じる。物の製造をしていた場合には、使用、販売、貸し渡し等への変更は許されるが、使用、販売、貸し ︵∬︶ 渡し等のみをしていた場合に、製造に変更することは許されないと解する。
︵1︶ ︵2︶ ︵3︶ ︵4︶ ︵5︶ ︵6︶ ︵7︶ ︵8︶ ︵9︶ ( 工0 ) (11 ) 沁Oc 吉藤・前掲書四一四頁、滝井朋子﹁先使用権の範囲﹂企業法研究二三八輯二二頁、耳野・前掲特許判例百選一七七頁、 性の判断は厳格にするべきであると解している。 一性判断のいかんによっては、当初の実施の時には予想もきれなかった態様まで同一性と判断される危険もあるから、同一 川口博也﹁登録実用新案の先使用権と﹃考案の範囲﹄﹂判例特許侵害法︵馬瀬先生古稀記念︶六八二頁以下は、発明の同 吉藤・前掲書四一四頁、木柵・前掲判例評論六〇五頁、松本・前掲注解特許法六一八頁。 前掲最判昭和六一年一〇旦三揖。 無体集七巻一号ご一八頁、これは東京地判昭和四九年四月八日の控訴審である。 無体集六巻一号八三頁。 。,餅お参菊ON5PG 。⑩Pωω一旧留冒。び鉾勲P︸ψ餐。 。旧ω&詳鋤●勲9︶ω。建9じ oΦ爵鍵αも専鋤●ρ”ω. ω8旧b ご①箏訂鉱訴勲勲○;¢一ミ参照。 松尾・前掲判例特許侵害法六七二頁。 大阪地判昭和四二年七月一〇日下民集一八巻七・八号七八四頁。 川口・前掲六八三頁は、均等理論は巧妙な模倣者から権利者を守るため、その権利範囲を実質的同一の範囲内で拡張する もので、いわば、無権利者対権利者の関係に適用きれるのに対し、先使用権の効力の問題は、例外的権利者︵先使用者︶の 利益のために原則的権利者の権利範囲を縮少する点にその実質があるので、発明の﹁同一性﹂判断を厳格にする根拠とし て、このような原理的相違を確認しておくことも無駄ではないとする。 木柵・前掲判例評論二〇六頁は、当業者にとって先使用の実施様式から明らかに置換できる物または方法によっているか どうかが一応の基準になるとする。 幻Φ冒R讐餌。勲ρ︸の鵠藻廟↓馨弩Φさ鉾勲ρ︸伊一①○嚇浮艮鋤銭︸勲勲P︸ψωお嚇閃o讐訂箆貯博勲辞ρ︸¢ 一ミ旧松本・前掲論文四九二頁、豊崎・前掲書二五八頁、吉藤・前掲書四一四頁参照。 東洋 法 学 二一九