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懸繊蕗,諾5鞭覇)
肩蕪骨に軍登ぜる軟骨性外骨腫の」例
緒 言 日本医科大学整形外科教室 (主任 斎藤一男教授) 田 タ 申 ナカ 艶 ツヤ(受付 昭和30年4月28日)
軟骨性外骨腫に就いては1891年Virchow初め て是を詳細に記載し,骨端線に於ける中門軟骨よ り発生する腫瘍であると言い,その後諸家の報告 があり,殊にVolkmann, V. Berkmann, Bessel・ Hagen, Pels−Lensden等の研究に依り本症の本 態は明にされ,該腫瘍は幼時既に現われ骨発育と 共に発育して緩漫に増大し,学令に至り初めて気 付かれる事が多く,而も更に思春期に至り著明と なると言われている。その発生部位は身体諸部の 骨端線に多く,就中長息状骨骨端線に最:屡Aその 発生を見,扁平骨,短小骨壷には比較的少く従来諸 家の報告に於ても専ら多発性のものに就いての記 載多く,而もその主たる腫瘍は長管状骨に発見し, 扁平骨に単発する如きは極めて稀の様である。私 は本年5月,日医大整形外科に於て左肩押出に単 発せる例に遭遇したので鼓に報告する。 症 例 患老:龍○○雄 9才男児 肉細:左肩脾部における硬固なる腫瘤。 家族歴:祖父母,父母,同胞,従兄弟等血族間に同様 の症状を有する者なしという,即ち遺伝的関係を証明 しえず。 既往歴:正常10ヵ月出産にして母乳栄養,2才の時肺 炎を患らい身体虚弱にして感冒に罹り易く,一小児科 医に肺門淋巴腺に軽度の腫脹があるといわれたことが あるが,最近2∼3年間はきわめて健康であるとい う。 現症歴:3年前より左肩月甲骨内側部に摺指頭大の無痛 硬固なる腫瘤を発見,徐々に増大するので昨年6月当 科を訪れ診察をうけた。 当時の所見:腫瘍は栗実大にして骨様硬度を有し浮 腫,発赤,着色異常,熱感等なく,皮下との癒着は認め られず,よって手術を奨めたが患者これを忌避し,そ の後自覚的にはなんら苦痛を訴えなかった。約一年後 野 (昭19,5,3)再び当科を訪れ入院手術を希望し た。 入院時所見:体格稻小,併し乍ら全身略均齊の 発育をして居り栄養中等度,上肢下肢共に異常を 認めす機能は正常,他に内科的,亦整形外.科的異 常所見なし。 局所は左肩脾骨内側面中央部に鶏卵大,半球状 の腫瘤があり,皮下との癒着なく不動性なるも草 月甲骨とは共に動き骨様硬度を有し周囲との境界判 然たる隆起であるn皮膚は正常色,無痛無熱にし て浮腫等なく,「レ」線像は腫瘍部薄影にして鳩 卵大の有華懸垂状骨腫像を呈し判然たる骨隆を示 す。伺上肢下肢「レ」線像正常にして何等変化を 認めす。関節にも異常なし。血液は出血時間平常, 血沈中等価8.7即ち促進なく健常値を示し,その 他血球数血球像共に正常,ワ暗反応陰性にして異 常を認めす。亦ツベルクリン皮内反応陰性。 以上の臨床的所見に依りMargo bertebralis Scapulaeに接して現われた骨腫である事は明で ある。即ち骨端軟骨部及び中間部に一致する事。 亦極めて徐々に発育して炎症症状を全く欠如し, 骨様硬度を有する事,及びX線写真像等より肩脾 手術前,左肩押骨内側に腫瘤を認む 一 c956 一65 骨に発生した外骨腫である事が明らかである,依 って此の診断のもとに5月ユ2日手術』腫瘍全響町 を行う。 手術所晃:腫瘍周囲の軟部組織には異常を認め す,肩鞍骨自体にも変化なく腫瘍は平削骨外面よ り有董状に発生し半球状に膨隆突起して懸垂状を 呈し僅かに結締織にて被われ表面押堀不平であ る (写真像)。肉眼的には表面は薄い軟骨被膜を 有し董状骨質部を以て発生部に移行している。割 面は外面軟骨部頂部に於て最も厚く,内面に向h 骨質部あり,董状部は海綿状で粗野である。 組織駈見:軟骨内骨形成を有する骨組織にして 腫瘍表面に軟骨帯があり,その内面に骨端に見る 骨形成像あり是より骨梁が延びて居り石灰化せる 骨質に移行している。しかし骨新生は微弱にして 閉鎖に近づきつつある骨端線に相当する所見であ る,即ち斯くの如きは分離芽腫に属するものと見 るべきであろうとの病理学者の言葉である。 考 案 軟骨性外骨腫はその好発部位をVirchowの記 載の如く骨端線の中聞軟骨1(:有し,‘即ちEpiphy− senfugenknorpelの発育異常に基いて発生するも のである故,:最発育の盛なる骨端線に現われるが, 主として長管状骨骨端に近く発生し,扁平骨短小 骨では辺縁部に現われると言われてV・る。本四の 如く肩越骨辺縁部に現われたものは後者に一致す る。亦本腫瘍は中景軟骨の成長力と一一一・・致するもの で極めて小なるものより手簿大軍のものを普通と し大人頭大に至るものの報告がある。その数は時 には数千個に及ぶ事があると言う。然るに本例に 於ては左肩騨骨に単独に発生し身体他部には是を 発見出来ないQ此の様な例は極めて稀の様である。 亦腫瘍:先端は本膳の揚合と同様骨幹中央部に向V・ 基底部を以て骨端側に移行するもので表面は軟骨 にて被われ左右対称的に発生する事があると言わ れている。遺伝的関係は多くの場合証明され血族 的に同一家族に多数の本症患者が証明されてい る。算氏は一家族4代に亘り31名,佐藤氏は3代 に亘り6名,別所氏は父親及び4人の兄弟に是を 見,亦Birkenfeldは良く似た双生児に於て身体の 同一部位に於て本腫瘍を見たと言っている。最近, 慶大遠山氏は本症患者の家系調査を行い同一家族 中6名の本症患者を発見して居り氏の調査に依る と本邦報告例59家系中単発25家系,家族的発生24 家系,不明10家系合計148名の本症患者を発見し たと言う。此の中両親の罹患率40.47%±7,44% にして同胞及びその他の傍系の罹患者より高率を 示して居り明らかに優生遺伝なる事を認めたと云 う。亦両親の一人が罹患せる同胞の罹患率を検査 して47.82%±4.65%という結果を得たと言う:是 に依り本症は不規則乍ら優生遺伝形式による遣伝 性疾患であると言っている◎亦性的発生率は男: 女=2;5:1の割合で男性に多いと言う事は先進諸 家の報告に一致していると言ってv・る。此の他 Heymann, Stolzerberg, Weber, Wurmb等も
遺伝的関係を証明してV・るが本例に曾ては一癖縁者 に同様の疾患を認めなかったものである。 発生原因としては従来局所炎症説,外・傷説,内 分泌異常説,結核説,伺爆雷説等諸説あるが何れ も現今では信を置かれす,樹骨膜より発生すると 言う説がある。Virchowは本腫瘍は骨膜より発 生し得べき事を提唱し,E. M豆11erは本症患者 の組織学的検査に依り凡べての骨膜並軟骨膜内に 軟骨小頭の介在するを認め本症発生には単に骨端 軟骨の発育異常があるのみでなく骨膜並軟骨膜の 異常な軟骨形成機能が大V・に関与するものである 事を力説し更にH:・Walterは全骨,軟骨形成組 織の体質的機能減弱が贅骨腫発生の原因であると 言っているが以上は何れも憶説である事に於ては 同様である。然るにVirchowの言う如く骨端線 に於ける中闇軟骨の先天性素因に基く発育異常が 本症に重大な関係を有する事は今巳では殆ど疑を 挾まない所である。更に勝屋氏は是に加ふるに此 の中間軟骨発育異常に更にMUIIerの説の如く骨 膜よりの軟骨の異常形成が関与するものであると 言うのが真に近いであろうと言ってV・る。性的発 隼率は断然男子に多いと言う点は異論がない様で ある。 外骨腫と骨発育との関係は屡々その発生掌骨に 発育障害を来す事は衆知の事実で本症患者は一般 に体魂呼小にして殊に下半身著しく短小の事多・く 高度の揚羽は保障を生する。Pels−Leusdenは Epiphysenfugeに本疾患の原因が作用する時又 は発育障害となり,又或は骨腫形成と同時に骨の 発育障害を招来すると述べてV・る。本症患者は亦 屡々骨琴曲,脱臼,外填足,内外足,尖足,膝内球 帯は外轡を招来しX脚を生する事があIJ,樹亦骨 腫のために二骨の癒着を起し関節の運動障害を伴 一 857 一
6eJ う事があると言う。本例では体躯他の同年令の小 児に比し小なるも個kの骨には異常を認めナ勿論 運動障害の如きはなく亦他に合併症も認められす 均齊に発育を遂げつつある。 斯くの如き骨腫の消長は時には腫瘍の自然消失 或は縮小が報ぜられているが一般には:自然治癒は 望み難く時には悪性に変化する事があり亦増大し て神経,血管に圧迫症状を呈する事がある故本四 ぽ患家の希望もあIJ手術に依り除去した。術後経 過良好で型の如く一週間後抜糸退院以後順調にし て健全である (約2ヵ月後迄診)。 総括並結薄 本疾患は幼少の男児に多く発見され,遺伝的関 係を有しその大さ,数等は種k雑多にして従来の 報告は圭として多発性にして而も骨腫発生骨には 著明な短縮並三曲等なく関節の位置異常或は機能 障害を伴う事少く良性腫瘍にして骨面の発育障害 を伴い,骨関節の変形を来す事多く無痛,無熱に 経過し時には圧迫症状を呈する事があると言われ ているが,本義は是等の症状を欠き上肢下肢の好 発部位に於けるX霊像も何等異常を認めなv・。1血 縁関係に煽ても亦同様の疾患を発見しなかった一 例である,依って鼓に報告し大方の御教示を仰が んとするものである。 終りに御校閲の労を賜りたる斎藤教授に深甚なる謝 意を表し,あわせて病理組織的所見につき御三淳をわ ずらわしたる東京高等歯科医専宮崎教授に深謝す。 孟要文献 1,相羽:日外会誌19,7号 2,篁繁:東京医会誌23,19号 3,勝屋:グvンツゲビ・一一ト7〔昭8) 4,河井:九州医会誌41,76 5,革野:日外会誌22,9号 6,熊野:東京医会誌19,7号 7,佐藤:児科雑誌291号(大正13) 8, 関, 山口:諾台・療医学誌12,6号 (B召17) 9,野崎:岡山医会誌3号(昭17) 10,花田:治療医学誌12,1号 11,藤浪:中外医事新報828号 12, 昌ll所: 日外会誌「19,7号 13,李:外科6,2号
14, Alban−KOh!er:Grenzen des Normalen u. anftinge des pathologischen iim R6ntgen−
bild.
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16, Bessel−Hagen:Langenbecks Arch. 41.4−20 (1891)
17,B二rkenfeld:D. Z. Chir.226397(1930) 18, Fehleisen: Langenbeck$ Arch. ss (1886)
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22, Ritter : Med. Klin. Chir 458 (1908) 23, Stark;Beitr.Z. Klin. Chir. 34 508
24, Virchow:Berlin. Klin W. Schrift 1082 (1891)