●特集「再生医療 ─幹細胞操作と工学技術からのアプローチ─」 ■ 著者連絡先 国立循環器病研究センター研究所生体医工学部 (〒565-8565 大阪府吹田市藤白台5-7-1) E-mail. [email protected]
1. はじめに
1993年,マサチューセッツ工科大学(MIT)のLangerら は,生体吸収性のポリグリコール酸不織布からなるスキャ ホールドに軟骨細胞を播種してヌードマウスの皮下に埋入 することで,異所的な軟骨の再生が誘導できることを示唆 し た1)。 米 国 に お い て 始 ま っ た,こ の よ う なTissue Engineering(組織工学)研究は世界中に広がり,生体吸収 性スキャホールドは再生医療の三要素の一つとされてき た。また,本特集の他稿で詳細に紹介されるように,様々 な幹細胞研究の発展のみならず,2010年11月に「ヒト幹細 胞を用いる臨床研究に関する指針」が改正され,スキャ ホールドを用いない細胞治療の臨床研究が活発化した。し かしながら,細胞移植のみでは三次元構造を有する組織の 再生は容易でない。近年,生体の細胞外マトリックス(extra cellular matrix; ECM)が幹細胞に提供するニッチ(微小環 境)が,その分化増殖に大きく影響することが見出され, 従来とは異なる高次の生物学的機能性を有するバイオロジ カルスキャホールド(biological scaffolds)の研究が盛んに なってきた。2. バイオロジカルスキャホールド
「バイオロジカルスキャホールド」という用語は2001年 頃から使用されるようになった比較的新しい用語であり, その定義はあまり明確ではない。関連する論文をまとめる と,①ECMなどの生体由来タンパクから作製された生体 由来スキャホールド(bioderived scaffold),②生体が本来 有する組織接着性や生理活性などを示す機能性を搭載した 生体模倣スキャホールド(biomimetic scaffold),さらには, ③ヒトや動物の組織から生体成分を除去してECMのみを 残した脱細胞スキャホールド(acellular scaffold)などを指 す。脱細胞組織の研究を主に進めているピッツバーグ大学 のグループはバイオロジックスキャホールド(biologic scaffold)と呼んでいるが,その意味するところはほぼ同じ である。3. 生体由来スキャホールド(bioderived scaffold)
再生医療の三要素の一つとされるスキャホールドは,細 胞接着・増殖の足場として機能し,さらに再生すべき組織 のスペースや形状を規定する。この意味では,1986年に歯 周病治療法として提唱されたguided tissue regeneration (GTR)2)∼4)で組織再生空間の確保に用いられたコラーゲ ンフィルムは同様の発想であり,その臨床における成果も 絶大なものであった。さらに古くは,皮膚組織再建が検討 された5)。1980年,Yannasらは,多孔質材料が真皮組織に 置き換わる人工真皮の概念を発表した。これは,グリコサ ミノグリカンとコラーゲンからなるスポンジ層にシリコー ン層を重ねた二層構造を有していた6)。その構想に基づい た人工真皮や創傷被覆材の開発は,今も精力的に開発が続 いている。さらに,神経再生についてもコラーゲンなどを マトリックスとして利用した神経誘導管の優れた効果が示 されている7),8)。このように,従来からコラーゲンをはじ めとするECMがスキャホールドとして選択されたのはご く自然な流れであり,逆にLangerらによってポリグリコー ル酸が選択されたことは一つのインパクトでもあった。幹 細胞研究の急速な進歩によって,幹細胞の分化や増殖,さ らには発生と臓器形成に与えるECMの重要性が明らかに なり,構造を有する臓器や組織を再生させるために,さらバイオロジカルスキャホールド
国立循環器病研究センター研究所生体医工学部山岡 哲二
Tetsuji YAMAOKAなる高機能のスキャホールドが注目されるに至った。 動物由来のECMがその機能性ゆえに古くから使われて きたにもかかわらず,生体吸収性の合成高分子による代替 が試みられてきた背景には,伝染性海綿状脳症などに代表 される未知の危険性がある。近年の遺伝子組換え技術の向 上に伴い,例えば,フィブロジェン社が組換え型ヒトⅢ型 コラーゲンを用いた角膜損傷治療の高い効果を報告してい る9)。使用できる対象組織が限られているのが現状だが, 有効な解決策として今後も期待される。
4. 生体模倣スキャホールド(biomimetic scaffolds)
インテグリンを介した細胞と基質との相互作用がよく知 られていることから,Arg-Gly-Asp(RGD)配列に代表され る細胞接着ペプチドを合成スキャホールドに導入する研究 が多く進められてきた。我々は,物質透過性と生体分解性 を有するナノファイバー膜で神経誘導管を作製している。 生理的環境を勘案すると,神経の再生にはコラーゲンでな くラミニンを使用するのが妥当であるが,ラミニンの構造 特性は低く,マトリックス作製には不向きである。1989年, 神経細胞接着,増殖,神経突起伸長を促進するペプチド配 列としてラミニンからIle-Lys-Val-Ala-Val(IKVAV)ペプチド 配列が見出されており10)∼12),近年,Silvaらによって,神 経前駆細胞から神経細胞への分化を促進することも発見さ れている13)。そこで,我々はポリ乳酸(PLA)ナノファイ バー膜を基材とした神経誘導管にこのIKVAV配列を組み 込むこととした。PLAの優れた強度を失わずに機能修飾で きる新たな修飾プローブとして,オリゴ乳酸(OLA)とペプ チド(peptide)との結合体(OLA-peptide)を設計した(図 1)。一般的なFmoc固相合成法によりIKVAVペプチドを合 成した後に,重合度7∼20程度の末端アセチル化オリゴ乳 酸(acOLA)とカップリングを行った。蛍光ラベルした OLA-IKVAVを1%含むポリ乳酸溶液(20 w/v%)をヘキサ フ ル オ ロ イ ソ プ ロ パ ノ ー ル(1,1,1,3,3,3-hexafluoro-2-propanol; HFIP)で調製し,(A)キャスト法,(B)スピンキャ スト法,および(C)電界紡糸法により成形したところ,ス ピンキャスト法と電界紡糸法では,マトリックスにペプチ ドが均一に分布することが明らかとなった。次に,雌性ウィ スターラット(8週齢,180∼210 g)に対して,麻酔下で左 肢坐骨神経を10 mm長切除した。14 mmのガイドチュー ブ(図2A,B)に神経末端を2 mm挿入し,ガイドチューブ と神経末端を縫合した(神経断端間距離:10 mm)(図2C, D)。4週間後,組織を採り出し,パラフィンで固定化後, 軸索を蛍光免疫染色により評価した結果,OLA-IKVAVで修 飾した神経誘導管において,未修飾のPLA神経誘導管より も顕著に軸索が再生し,OLA-IKVAV複合化ポリ乳酸ナノ ファイバー膜神経誘導管の優れた神経誘導能が確認されて いる14),15)。 模倣すべきECMの特性は,このような生物学的特性だ けではない。近年,機械的な刺激が細胞の分化や機能発現 に大きな影響を与えることが明らかとなってきた。幹細胞 分化に与える生物学的刺激に対して,このようなシグナル はメカニカルキューとも呼ばれ,詳細な検討が進められて いる。2006年,Discherらは,培養基材の力学特性が間葉 系幹細胞(MSCs)の分化誘導に大きく寄与することを報告 図1 ポリ乳酸製神経誘導管への機能性OLA-peptide複合化 (A)キャスト法,(B)スピンキャスト法,(C)電界紡糸法 5μm 5μm 5μm図2 機能化神経誘導管のin vivo評価 (A)PLAナノファイバーのSEM像,(B)作製した神経誘導管,(C)(D)坐骨 神経再生テスト。 図3 超高圧脱細胞化工程21) 図4 従来培地(左)およびイオンCa2+,PO42−不含液(右)によ り脱細胞化処理した組織のラット皮下埋入3ヶ月後の石 灰化の様子 (a)vonKossa染色,(b)マイクロCT像。 (a) (b) した16)。柔軟な基材上では神経細胞に分化,堅い基材上 では骨に分化,中間的な基材上では筋肉に分化するという 極めて興味深い報告であった。すなわち,バイオロジカル スキャホールドの開発には,物質としての類似性に加えて, 力学的類似性も要求される。
5. 脱細胞スキャホールド(acellular scaffold)
類似の物質で類似の物性を発揮させるには,生体組織を そのまま使用するのが最も有効である17)。細胞成分を除 去して構造タンパクのみを残した脱細胞スキャホールドの 研究論文数は年間500近くにものぼる18),19)。さらに,ヒ トの真皮や心膜,ブタの真皮や小腸や膀胱,ウシの心膜な どは臨床研究のみならず,例えば脱細胞ヒト真皮である AlloDerm®(LifeCell社)は,認可を受けた医療機器として 広く使用されている20)。組織から細胞を除去する過程で 最も重要なのは,タンパク構造を保持して細胞成分のみを 取り除くことである。多くの研究グループが,デキストラ ン硫酸ナトリウム(SDS)やトライトンX-100などの界面活 性剤で細胞成分を除去している。脱細胞後に十分な洗浄を 行うのだが,残存界面活性剤が移植後の組織浸潤を遅延さ せるといった報告もある。そこで,凍結融解や浸透圧法な ど,化学物質を用いない手法も検討されている。 国立循環器病研究センターでは,2000年度より北村 惣一郎前総長,藤里俊哉室員(現・大阪工業大学教授)らに より,脱細胞化心血管組織の研究を進め,980 MPaという 超高圧で組織を処理した後に一般的な緩衝液などで洗浄す ることで,構造タンパクの力学強度を保持したままで効率 良く細胞成分を除去できることを見出した(図3)21)。ミ ニブタ下行大動脈および肺動脈弁の脱細胞処理後に同種同 所移植を行い,1年までの観察をした結果,早期の内膜形 成と順調な長期開存性が確認された。高圧系における心血 管系脱細胞組織の最大の問題である石灰化も,DNaseによ る十分な脱DNA除去と80%エタノール処理によるリン脂 質除去で,大きく抑制することが可能となった21)。しか しながら,低頻度かつ軽微ではあるが石灰化の完全抑制に は至っておらず,さらなる脱細胞工程の改良を進めてきた。 石灰化が極めて起こり易いことが報告されているラット皮 下埋入系において比較した結果を図4に示した。従来の培 地による処理と比較して,カルシウムイオン(Ca2+)とリ ン酸イオン(PO42−)を含まない培地での処理により,石灰 化を大きく抑制できることが明らかとなった。ただし, DNaseによるDNA除去処理に際しては塩化マグネシウム を最低量存在させ,最後に,キレート剤により十分除去し た結果である。また,Simionescuらは,石灰化の原因と疑 われている変性エラスチンを除去してほぼコラーゲンのみにした脱細胞血管の優位性を報告している22)。 近年,臓器全体の脱細胞組織研究の論文が相次いで報告 された。図5はOttらによって報告された,ラット心臓か ら(a)PEG,(b)トライトンX-100,(c)SDSで灌流するこ とで脱細胞化した臓器の写真である23)。SDSが組織の形 状を変えずにほぼ完全に脱細胞化できていることが明らか である。このバイオロジカルスキャホールドに心筋細胞を 播種して,所定期間ビーティングが起こることをエレクト ロカルティオグラムで確認している。このように,望まれ た形状に細胞をアレンジすることはスキャホールドの特徴 であり,幹細胞ニッチとしても有効性が期待できる。
6. おわりに
細胞移植療法が次々と臨床ステージに上がる中,スキャ ホールドを用いた構造組織の再構築に対するハードルはま だまだ高い。培養系では様々な高機能が確認されているに もかかわらず,次のステージへ進むのは容易ではない。動 物実験に対する批判も大きい現状ではあるが,in vivo評価 によりスキャホールド材料の安全性を早期に立証しない限 り,優れたバイオロジカルスキャホールドも実用には向か わないのであろう。 文 献1) Langer R, Vacanti JP: Tissue engineering. Science 260: 920-6, 1993
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図5 ラット皮下からの灌流型細胞除去
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