◎論説
華 僑 社 会 に 見 ら れ る 意 識 の 多 重 構 造
王彩香・⁝i
はじめに
中国人移民の歴史は︑八世紀までさかのぼることができ
る︒しかし︑彼らが﹁華僑﹂と呼ばれ︑他の移民集団とは
異なる特別な集団として区別されるようになったのは︑一
九世紀後半に入ってからである︒なぜなら︑この時期︑中
国国内の混乱が原因で︑中国人の海外流出が頂点に達し︑
各居住国で中国移民の社会が誕生したからである︒
その後︑一九世紀後半から移住し始めた者を華僑一世と
して︑多くの華僑が居住国に根を下し︑二世・三世へと子
孫を残している︒そして︑華僑社会の様相は︑形成当初の
ように単一なものではなく︑複雑なものへと大きく様変わ りしている︒初期のころの﹁華僑﹂とは︑中国人の血統を
ム 持つ︑華語が話せる︑中国の習俗・生活様式・価値観を理
解する︑中国人であるという意識を持つ︑などのチャイニー
ズ・オリジンにかかわるエスニシティをひとまず共有して
いた者ということができるであろう︒そして︑その意味に
おいて︑当時は︑居住国や地域が異なっていても︑比較的
均一な華僑社会が保持されていたということができる︒
ところが︑現状をかえりみた場合︑必ずしもそうは言え
ないように思える︒まず︑特に血統︑国籍の点において︑
居住国のマジョリティとの同化が顕著になってきている︒
また︑一九七二年の日中国交回復後︑改革開放政策などに
よって新しい中国系移民が渡日するようになった︒一般に
彼らを﹁新華僑﹂と呼ぶ︒そして︑従来から日本に住んで
251華 僑 社 会 に 見 られ る意 識 の 多 重 構 造
いた華僑一世および日本で生まれ育った二世以降の子孫を︑
新華僑と区別するために﹁老華僑﹂と呼んでいる︒老華僑
一世と新華僑一世は同じく中国から日本にやってきた華僑
ではあるが︑老華僑一世が最後に日本にやってきた年代と
新華僑という形で再び渡日が始まった年代の間には約二〇
年も断絶があった︒そのため︑老華僑と新華僑との間には︑
同じ中国生まれの一世といえども︑大きな差異が予測でき
る︒
本稿の目的は︑﹁日本華僑﹂という言葉で一様に語られが
ちな社会集団の実際の様相を明らかにすることである︒先
に述べたように︑そこには︑少なくとも二つの︑老華僑と
新華僑という異質性が予測できる集団が存在する︒さらに︑
それらを︑年齢や︑渡日時期︑渡日以来の世代数などを目
安に︑細分化することも可能であろう︒本稿では︑そうし
ていくつかに分けられた諸集団の意識を分析することを通
じて︑現在の日本華僑の実態を明らかにする︒すなわち︑
それが一様なものなのか︑もしくは︑多様性を持つものな
のかを明確にしたいと思う︒なお︑諸集団の意識調査の方
法としては︑アンケートという方法を採った︒その詳細は
次章に述べる︒そして︑第三章以降︑具体的な分析︑比較
を行なっていく︒ ﹁華僑﹂に関する定義
一九世紀以降から︑一般的に使われるようになった﹁華
僑﹂という言葉であるが︑﹁華僑﹂という言葉が指すものは
様々に解釈されている︒ここでは︑まず︑諸研究者の定義
を見ながら︑本稿の定義を示したい︒
中国政府は﹁華僑﹂の存在を︑﹁中国の国籍を持ち︑外国
に居住している者﹂とし︑﹁一定の期間︑商用・肉親捜し・
留学・または技術交流などで出国する者は華僑ではない﹂
ムヨ と規定していた︒ところが︑近年︑﹁改革開放﹂に伴い︑新
華僑の海外流出が頻繁となっている︒そして︑その中でも
多数を占めるのが︑﹁肉親捜し﹂の﹁中国帰国者﹂家族で
あり︑留学生である︒そこで︑定義に揺れが生じた結果︑
イェンファンツ スヱン近年では︑もっぱら﹁炎黄子孫﹂という言葉を﹁華僑﹂
の代用として使用するようになった︒﹁炎黄子孫﹂とは︑中
国民衆の間で親しまれている炎帝・黄帝にちなんでつけら
れた名前で︑すべての中国系人は︑炎帝・黄帝の子孫であ
り︑共通した中華の血を持っていると規定して︑﹁華僑﹂を
捉えようとする︒しかし︑この方法だと︑国籍︑言語︑帰
属意識さらには政治的背景などといった相違はすべて取り
払われてしまうことになり︑海外に居住している中国系人
だけでなく︑大陸・台湾の中国人もまた︑同じように﹁華
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僑﹂のカテゴリーの中に入ってくる︒しかし︑現実には︑﹁華僑﹂と大陸・台湾の中国人の問には大きな差異があるた
め︑この方法で﹁華僑﹂を把握することはできない︒
日本でも︑これと同じような考え方に︑游仲動氏の﹁中
ら 国人・中国系人﹂というのがあるが︑やはりこれも同じよ
うに︑﹁華僑﹂と大陸・台湾の中国人との違いが区別できな
いので︑適切とはいえない︒そのため︑基準を設けていく
つかの集団に分類する必要がある︒
朱慧玲氏は︑﹁華僑﹂という言葉を︑定住性という観点か
ら捉え︑﹁ホスト国において永住権を取得した人々や︑事実
上の定住性を持つ人々に対して使われる﹂と定義している︒
そして︑それはつまり︑一時滞在者を除く海外移住の中国
系人ということである︒具体的には︑菅原幸助氏の言葉を
借りると﹁外交官︑特派員︑旅行者︑留学生︑集団移民な
どを除く︑自立自営によって生計を立てる住民﹂を指すと
思える︒しかし︑この定義も近年に入り渡日してきた新華
僑の多くが'f1時滞在﹂と考えられていた留学生や︑難民
と呼ばれる﹁集団移民﹂であることから問題が生じる︒そ
して︑中国帰国者家族もまた︑﹁事実上の定住性を持つ﹂と
考えられるが︑﹁自立自営によって生計を立てる﹂という点
で当てはまらない側面がある︒
一方で︑世代を基準に﹁四代目までを華人︑五代目以降な ムヨを華商﹂=・二世は華僑︑三・四世は華・人﹂と分類してい るもの︑中国との関連を基準に﹁中国と関連を持っているムむ者を華人︑そうでない者を華喬﹂と分類しているもの︑言
語を基準に﹁華僑は中国語(方言を含む)を話し︑華人はムら居留国語を(同時に中国語も)話す﹂と分類しているもの︑
生まれた場所を基準に﹁中国で生まれ育った者を華僑︑異
ムレ 国で生まれ育った者を華人﹂と分類しているものなど様々
な捉え方があるが︑いずれも︑日本の華僑社会では︑老華
僑の社会でさえ四・五世までしか誕生していないこと︑新
華僑と老華僑の両集団が存在し︑世代による分類が時代の
流れとは必ずしも一致していないこと︑世代や渡日時期に
関係なく居住国への国籍変更が行なわれていること︑居住
国との関係を懸念し︑祖国中国と分断していた時期があり︑
中国との関連は居住国との関係と同様に流動性のあること︑
中国生まれの一世でさえ︑日本語を話している者が多いこ
となどから︑どれも適切とはいえない︒
一般には︑国籍を基準に﹁中国国籍を有する者を華僑︑
ムお 居住国国籍を有する者を華人﹂と分類しているものがよく
見られるが︑彰晋璋氏は︑具体的に中国籍を有する華僑を﹁中華人民共和国のパスポートを持って海外に定住しているムち人たち︒香港・マカオ・台湾にいる中国人も含む﹂として
捉えている︒しかし︑香港は一九九七年に中国大陸に返還
され︑マカオも一九九九年に返還されたこと︑また︑香港
の中国返還に際して︑多くの中国大陸の人々が香港に流入
253‑一 華 僑 社 会 に見 られ る意 識 の 多 重 構 造
したこと︑中華人民共和国成立以前に中国国民として海外
移住をした台湾人の存在等を考えると︑国籍だけに限定し
て﹁華・僑﹂を論じることも難しい︒中国政府も︑華僑を﹁僑
ムお 胞﹂という言葉で表現し︑﹁海外僑胞・港懊同胞・台湾同胞﹂
の中国大陸以外に住む中国系人を三つの集団に分類してい
るし︑一般的に見ても︑海外華僑と香港・マカオ・台湾の
中国人とは同質の集団とは考えられない︒
ところが︑中国政府は︑これら三つの集団について︑さ
らに︑﹁主に漢民族の場合で︑少数民族の他国への移動は指
さない﹂という但し書きを付け加えている︒そして︑可児
弘明氏などによると︑﹁中国の国籍を有する人々を中国人と
するが︑その一割弱はウイグル族︑回族︑チベットなどの
あ 非華人(非漢民族)である﹂と述べている︒したがって︑
現在華僑と呼ぼれている者達が︑すべて漢民族かというと︑
この点は検討の余地がある︒
一方︑﹁華人﹂という言葉は︑シンガポールの自治権獲得
をめぐる動きの中で発生した語で︑在シンガポールの中国
人がシンガポールの独立を目の前にして︑共産主義色を払
拭するために︑この地域に属する人間であるという立場を
︿17>強調し︑自らを﹁華人﹂と呼ぶようになったという経緯が
あるため︑日本でいう﹁華人﹂とは元来意味が異なる︒ま
た︑エスニシティとナショナリティ(国籍)が同一のもの
とみなされがちなのは﹁単一民族国家﹂を標榜する日本だ けであり︑本来両者は別のものである︒英語でも︑華人・
華僑・華喬を一括しN﹁OverseasChinese︑または﹁団陣巨o
︿18>(19>Chineseと呼び︑国籍によって分類することはない︒特に︑
日本において﹁華僑﹂という移民集団は︑便宜上・制度上
の問題から国籍変更した者が多く︑自らが﹁華僑﹂である
ということを否定しての変更が少なかったため︑国籍の変
更が︑すなわちエスニシティの変更になるとは考えにくい︒
そのため︑本稿では︑華人・華喬も﹁華僑﹂の中に含めて
論じることにする︒
以上のような諸氏の説を踏まえた上で︑ここでは︑﹁華
僑﹂を︑①一九世紀以降に中国を離れ︑②中国・台湾・香
港・マカオなどを除いた地域に住み︑そこで永住する可能
性を持ち︑③現在の国籍が中国であるかそうでないか︑現
在華語が話せるか話せないか︑中国と関係があるか関係な
いか︑世代が何代目かということには関係なく︑本人また
は先祖が中国の血統を持つ中国人であり︑④自分は華僑で
あるという意識を多少なりとも持っている者︑と定義す
る︒
一方︑近年頻繁に使われるようになった﹁新華僑﹂とい
う言葉だが︑この語を初めて定義したのは︑莫邦富氏だと
いわれている︒その定義によると︑﹁一九七九年に中国本土
で経済改革・開放政策が実施されてから以降海外に出国し
た︑いわぼ外国での永住権を持つか持たないかにかかわら
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